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第9部 夢の先にあるもの

3-6父親の背中が小さく見えたのは私が成長したからだろうか?

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 朝八時ごろ。私は、エア・カートに乗って、お父さんと一緒に、カフェに朝食に来ていた。この時間は、焼き立てのパンを、出しているお店が多い。どのお店に行っても、自家製のパンが食べられるのが、この町のいいところだ。

 焼き立てのパンとサラダに、ベーコンエッグ。どれも美味しいし、家で食べるよりも、栄養バランスがいい。まだ、時間は早いが、テラス席には、結構、人の姿が見える。今日は、天気がいいし、温かいので、観光には打って付けの日だ。

 ちなみに、昨日、お父さんは、私の家の客間に泊まった。家に着いたら、あまりの大きさに、唖然として固まっていた。実家よりも、ずっと大きいし。とても、一人暮らしで住む、広さじゃないので。

 家の中を案内するたびに『おぉー!』と、驚きの声をあげていた。でも、割とすぐに、慣れたみたいだ。順応力の高さは、私と同じなんだよね。そのあとは、大きなリビングで映画を見ながら、夜遅くまで、楽しく世間話をしていた。

 私は、今朝は、五時半に起きて、海沿いを軽くランニング。戻ったあと、庭を軽く掃除してから、シャワーを浴びて、身支度を整えた。そのあとは、熟睡していたお父さんを起こして、朝食にやってきたのだ。

 私は、休みの日でも、規則正しい生活を心がけている。なぜなら、少しでもだらけていると、平日にも、気のゆるみが出てしまうからだ。

 上位階級は、例えプライベートでも、常に、気を引き締めていなければならない。ナギサちゃんの言ってた、言葉の意味と重要性が、最近、ようやく分かって来た。

「昨日は、よく眠れた?」
 眠そうな顔をしながら、コーヒーを飲んでいるお父さんに、そっと声を掛ける。寝起きが悪いのは、私と変わらない。

「ちょっと、興奮してて、寝付けなかったけど。気付いたら、朝になってたよ」
「えっ? 興奮って、何に?」

「だって、娘に再会できたうえに、あんな大豪邸に、住んでいるんだからなぁ」
「流石に、大豪邸は、言いすぎだよ」

「いやいや、滅茶苦茶、大きいだろ。客間も、広くて豪華だし。まるで、高級ホテルにでも、泊まってる気分だったよ……」

 確かに、置いてある調度品は、かなり高価なものだ。絵画や像などの、各種オブジェも飾ってあるし。ただ、最初から置いてあったものなので、私には、その価値はよく分からない。

「今日は、どうする? 疲れてるなら、家で、のんびりしててもいいけど」
「いや、せっかく来たんだから、観光しないとな。風歌こそ、大丈夫なのか? 毎日、仕事が忙しくて、疲れが溜まっているんじゃないか?」

「ううん、私は、全然、平気だよ。むしろ、動かないほうが、疲れちゃうから」
「そういうところ、子供のころから、全く変わってないなぁ」
「あははっ、そうだね」

 私は、昔から、いくら動いても、ほとんど疲れない。むしろ、動き回るほど、元気になる体質だ。逆に、ジッとしてると、激しく疲れてしまう。

「どこか、行きたい所ある? どこでも、案内するよ」
「うーん、特にはないなぁ。風歌の好きな所でいいよ。あー、でも、お土産屋には、寄って欲しいな。手ぶらで帰ったら、家に入れて貰えなさそうだから――」

「あー、だよねぇ……。帰る前に、一度、連絡したほうが、いいんじゃないの?」
「……そうする。はぁ――帰りたくないなぁ……」
 お父さんは、ゆううつそうな顔で、小さくため息をついた。

 お母さんは、怒ると、滅茶苦茶、怖い。しかも、今回は、了解を得ずに、勝手に来ちゃったから。間違いなく、そうとう怒ってると思う。

「まぁ、それは置いといて、今日は、思いっきり楽しもうよ。お土産も、任せておいて。お母さんの好きそうな物、一杯あるから」
「そうだな、全て忘れて、楽しむか」
  
 軽く朝食を済ませると、私たちは、さっそく観光に向かうのだった――。


 ******


 最初に向かったのは〈中央区〉にある〈シルフィード像〉だ。ここは、観光客は必ず訪れる、最も人気のある観光名所だ。予想通り『おぉー!』と声をあげて、お父さんは、滅茶苦茶、喜んでいた。大きい物が、大好きなんだよね。

 その次に向かったのが〈新南区〉だ。一キロ以上続く〈ドリーム・ブリッジ〉や〈ドルフィン・ランド〉の大観覧車を見て、お父さんは、またもや、大きな声をあげて、はしゃいでいた。

〈新南区〉の上空を飛んで、ぐるりと一周したあと。次は〈南地区〉の〈シルフィード・モール〉に向かった。ここは、セレブ向けの高級なお店が多い。お母さんは、質にも結構うるさいので、お土産を買うなら、ここが一番だ。

 色んなお店を回って、人気のお土産を、一つずつ説明する。お父さんは、真剣に説明を聴いて、次々とお土産を買っていった。

 途中〈シルフィード・ショップ〉に寄ったら、嬉々として、私のブロマイドや、グッズなんかを、大量に買いこんでいた。流石に、本人がいる目の前で買われると、恥ずかしい……。
 
 両手いっぱいに、大量のお土産を買ったあと、エア・カートのトランクに積んで〈北地区〉に向かった。農場で、牛や馬を見て、しぼりたての牛乳で作った、ソフトクリームを食べる。あと、産直コーナーで、お菓子などを買い込んだ。

 時間は、一時ごろ。ちょっと、遅めの昼食をとるために〈西地区〉に向かった。本当は、人気の高級レストランに、行こうと思ったんだけど。お父さんの希望で、普通のファミレスに入った。

 何でも、私の日常生活が見たいから、よく行くお店がいいらしい。なので、見習い時代からよく通っていた、リーズナブルな〈シーキャット〉で、ランチをすることになった。

 上位階級になってからは、全く足を運ばなくなったので、凄く久しぶりだ。制服を着たままだと、目立っちゃって、人の多いところは、なかなか来れないんだよね。

 天気がいいせいか、テラス席は、ほぼ満席になっていた。でも、今日は帽子をかぶって、伊達メガネも掛けてるし。カジュアルな私服なので、特に、声を掛けられたりはしなかった。

 私は、プライベートの時は、かなりラフな格好だ。制服とは、かなり雰囲気が違うので、よほど親しい人じゃないと、気付かない。

 ランチのあと、お茶を飲みながら、のんびり世間話をする。普段は忙しいし、常に気を張ってるから、こういうのは、久しぶりだ。それに、お父さんと一緒だと、物凄く気楽でいい。

「お土産も、一杯、買ったし、これで安心だね。他に、どこか見てみたい所ある?」 
「うーん、そうだなぁ――。あぁ、そうだ。風車が見てみたいな。本物は、見たことがないから」

「向こうの世界だと、見る機会がないもんね。でも、ちょうどいいよ。〈西地区〉には、たくさん風車があるから。私のお気に入りスポットもあるし」
「そうか、それは楽しみだな」

 私たちは、レストランをあとにすると、エア・カートで、風車見物に向かった。

 まず、最初に向かったのが〈ウィンドミル〉の大風車だ。空からの観光名所として、とても有名だ。上空から見ても、はっきり分かるぐらい、物凄く大きい。巨大な四枚の羽根が、ゆっくりと回っている。

 そのあと、町の各所にある、色んな形の風車を見て回った。昔に比べると、三分の一ぐらいまで、減ってしまったみたいだけど。それでも〈西地区〉の各所には、古い風車が点在している。

 途中、着陸して、ウイング焼きや、人気のパン屋で、買い食いをした。あと、風車の前に立って、一緒に記念撮影をする。

 一通り回ったあと、最後に向かったのは〈風車丘陵〉だ。いつ見ても、大きな風車が一斉に回る姿は、実に壮観だった。お父さんも、その光景を見て、滅茶苦茶、テンションが上がっていた。

 なんか、私が初めて、ここを見た時のことを思い出す。私とお父さんって、性格が似てるせいか、リアクションも、そっくりなんだよね。

 エア・カートを降りたあと、丘を登って行き、頂上付近の、マナラインの密集地点に向かった。ここは、いつ来ても、風が強い。不規則に風が吹き抜け、時折り、体の周りにまとわりつく。

 目的の場所にたどり着くと、二人並んで、町を見下ろした。今日は、天気がいいので、海のほうまで、くっきりと見える。

「本当に、素晴らしい景色だな。風も、とても気持ちいいし。つくづく、いい所だな、ここは。食べ物もおいしいし、町も綺麗だし。何から何まで、最高だよ」
「でしょ。私が、家を飛び出した理由、少しは分かった?」

「あははっ、そうだな。こんな、素敵なところなら、誰だって、来たくなるよな。この町は、凄く開放感があるし。そう考えると、向こうの世界は、ちょっと、窮屈な感じがするな……」

 確かに、そうかもしれない。私も、向こうの世界に帰るたびに、それを感じている。別に、向こうの世界が、嫌いな訳じゃない。でも、風や空が違うせいか、微妙な違和感があるのだ。

「こんな、広々した景色を見てると、何か、帰りたくなくなってくるな――」
「また、来ればいいじゃん。今度は、お母さんも一緒にね」

「そうだな。って、母さんの怒った顔を思い出したら、ますます、帰りたくなくなってきた……」

「あははっ――。でも、なんで、急に来ちゃったの? ちゃんと、お母さんの了解を得て、私にも、連絡して来ればよかったのに。それに、二人で来れば、何も問題なかったんじゃない?」
 
 無計画に動くのは、私も、人のことは言えないけど。今回は、あまりに、突然すぎた。今は、家出中の時と違って、ちゃんと連絡も取れるし、場所も分かってるから。そんなに、焦って来る必要もない。

「んー……ちょっと、夢を見てなぁ」
「夢って、どんな?」

「風歌が、遠くに行ってしまう夢。だから、もう、二度と、会えなくなってしまうんじゃないか、と思ってなぁ――」
「それは、流石に、考え過ぎだって」

「でも、こんなに素敵なところだと。もう、帰って来たくないんじゃないか?」
「えっ……? ないない、そんなことないよ。私の生まれ故郷は、あくまでも、あっちの世界なんだから」

 確かに、この世界は、とても居心地がいい。今では、すっかり、こちらの世界の人間の気持ちでいる。それでも、向こうの世界は、私の大事な故郷だ。

「そうか――。なら、いいんだ」
 それっきり、お父さんは、黙り込んでしまった。


 ******


〈グリュンノア国際空港〉の、時空航行船のゲート前。搭乗手続きや、荷物の預け入れなど、全てが終わったあと。私は、お父さんと、軽く世間話をしていた。

 突然だったし、たった、一泊だけだったのも有るけど。何か、あっという間に、時間が過ぎてしまった。

「今回は、迷惑をかけて悪かったな、風歌」 
「そんなことないよ。来てくれて、とても嬉しかった。本当は、こっちから行くべきなんだけど。なかなか時間がとれなくて……」

「忙しいのは、いいことさ。でも、体には気を付けて、これからも頑張ってな」
「うん。精一杯、頑張るよ。お父さんも、体を大事にね」

 しばし、無言の時間が訪れる。いつでも会えるとはいえ、やっぱり、別れる時は、凄く寂しい。

「あー、その――。次は、いつ帰って来るんだ? 夏休みとか、ないんだよな?」
「んー、そうだね。一般の人の長期休暇中が、書き入れ時だから。やっぱり、年末年始になるかなぁ」

「そっか。また、しばらくは、お別れか……」 
 お父さんは、少し寂しげな表情を浮かべる。

「でも、連絡なら、いつでも取れるし。お父さんも、また、遊びに来てよ」
「あぁ、必ず、また来るよ」
 その時、時空航行船の、出発のアナウンスが流れた。

「じゃあ、そろそろ行くよ。元気でな、風歌」
「うん。お父さんもね」

 お父さんは、微笑むと、静かにゲートに向かって行く。その背中は、昔見た、大きな背中ではなかった。でも、私が大好きな、優しい後ろ姿だ。
 
 私は、息を吸い込むと、大きな声をあげた。
「お父さん、大好きだよ! 必ず帰るから、待っててね!」

 お父さんは、振り返ると、驚いた表情を浮かべていた。だが、
「あぁ、自分も大好きだよ、風歌! 待ってるからな!」
 すぐに、大きな声で答えてくれた。

 お父さんは、満面の笑みを浮かべたあと、軽やかな後取りで、歩いて行く。私は、姿が完全に見えなくなるまで、じっと見送った。

 私は、この世界が好きだけど。故郷も家族も、それと同じぐらい、大切で大好きだ。いつも、忙しさを理由に、帰っていなかったけど。年末年始以外も、たまには、帰ってみようかな。

 今度は、こっちが、サプライズをする番だからね……。


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次回――
『緑色に輝く世界で感じた懐かしさの真実とは』

 真実の存在を知るためには、己の内に沈黙を育まなければならない
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