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第9部 夢の先にあるもの
2-4あまりに非現実的な出来事に理解が追い付かないんだけど……
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私は今、大きな建物の前に立っていた。剣を突き付けられたまま、ここに連行されたのだ。どこにいるのかは、さっぱり分からない。でも、この建物には、何となく見覚えがある。〈中央区〉にある〈旧行政府〉の建物に、そっくりだったからだ。
ただ〈中央区〉にあるのは、歴史的建造物として保存されている、かなり年季の入った、古い建物だ。でも、目の前にあるのは、出来たばかりな感じの、とても綺麗で、真新しい建物だった。
行政府ビルに比べると、だいぶ小さいけど。外観は、なかなか立派な、お屋敷風の建物だ。門も大きく、全体的に、かなり凝った作りになっている。
私は、建物の中に入り、ある部屋に連れて行かれた。扉を開けると、正面の机には、書類が山積みになっており、壁際の棚には、たくさんの本が並んでいる。簡素な内装の部屋だが、どうやら執務室のようだ。
目の前の机には、私を連行してきた女性が、席についている。私は、鋭い視線で睨みつけられながら、机の前に、硬直して立っていた。明らかに、怪しまれているのが分かる。
「名前と年齢は?」
「如月 風歌、十八歳です」
「どこから来たんだ?」
「〈グリュンノア〉です。〈東地区〉の海沿いに住んでいます」
私が答えると、彼女は、小さなため息をついた。
「この町に〈東地区〉はない。嘘をつくにしても、もう少し、ましな話をしたらどうだ? どうやら、本当のことを言うつもりは、なさそうだな」
「えっ?! この町って……?」
えーっと、どういうこと――? 私は、全て本当のことを、話しているんだけど。先ほどから、微妙に、話がかみ合っていない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。『どうぞ』と彼女が答えると、静かに扉が開き、一人の女性が入って来た。長く艶やかな青い髪に、澄んだ青い瞳。真っ白な肌の小顔と、ややつり上がった目。知的そうで気品が漂う、美しい女性だ。
「レイアード、いたのね。ちょうど良かったわ。新しい、造成計画について、相談しようと思ったのだけど。来客中だったの……?」
「アルティナか。別に、構わんよ。ただの、不審者の取り調べだ」
「ちょっ――不審者って、なによ? って、あなた何者っ?! 間違いなく、普通の人間じゃないわよね?」
青い髪の女性は、急に身構えた。どうやら彼女にも、私が見えているらしい。
んっ……ちょっと待って――。レイアードに、アルティナ……。何か、見覚えがあると思ったら、町の四方にある『守護女神像』とそっくりだ。
「あぁぁーっ!! 大地の魔女に、水竜の魔女っ?!」
私は、思わず、大きな声をあげてしまった。
私の大声に反応して、二人はサッと、手を前に突き出す。そこには、クルクルと回転する、大きな魔方陣が現れていた。
「あっ……す、すいません。つい、ビックリしちゃって。まさか、伝説の魔女に会えるとは、思ってもなかったもので――」
私は、両手を小さく上げながら、静かに謝る。
二人は、顔を見合わせ頷くと、フッと魔方陣が消えた。
「お前は、我々を知ったうえで、来たのではないのか? 間者、もしくは、暗殺者だと思っていたのだが……」
「おかしな魔力を放っているけど、殺気は、全くないわね。そもそも、暗殺者は、こんな間抜けな顔をしてないわよ」
「んがっ――。間抜けな顔って……」
それにしても、今一つ状況が呑み込めない。やっぱ、コレって夢だよね? だって、ずっと昔の時代の、大魔女たちがいるんだから。最近、よく歴史の勉強をしてたから、きっと、その内容が、夢に出てきたのだろう。
「しかし、今一つ、要領を得ないのだ。そもそも、船が出ていないのに、どうやって、ここに来たのかもな。まさか、大陸から、泳いできた訳でもあるまい」
「あなた、いったい、どうやって、ここに来たのよ?」
水竜の魔女は、いかぶしげな視線を向けてくる。
「先ほども、説明したんですけど。私は、不思議な鏡に触れたら、いつの間にか、ここに来ていたんです。全く見知らぬ場所なので、私も訳が分からなくて――」
「鏡? もしかしたら、空間転移魔法……?」
「少なくとも、私のいた場所では、そんなの聴いたことないです。そもそも、魔法を使える人も、全くいませんし」
「つまり、あなたの国では『魔法使いがいなかった』って、ことかしら?」
彼女は、不思議そうな表情で尋ねて来る。
「魔法機器は、たくさん有りましたけど。もう、魔法を使える人は、ほとんどいないと聴いています」
「その、魔法機器とは、魔道具のこと――? 魔法の杖とか、水晶とか?」
「機械のことなので、ちょっと違います。昔は、魔法の杖とか、あったのかもしれないですけど。私は、そういうのは、歴史書や博物館でしか、見たことがないです」
昔、本物の魔女たちがいた時代は、実際に、魔法の杖とか、空を飛ぶためのほうきとかが、あったらしい。でも、私からすると、完全に、おとぎ話にしか思えない。
「ちょっと、待って……。昔って、いったい、あなたは、いつの時代から来たの? あなたがいたのは、何年?」
「えーっと、世界歴2063年。ノア歴だと、123年ですけど――」
「ちょっ……嘘でしょ?! じゃあ、あなたは、百年以上の時を、超えて来たってこと?」
「えっ――?」
水竜の魔女が、大地の魔女に視線を向けると、
「とうてい、信じられんな。そんなことが、本当に可能なのか? それとも、未来には、時を超える魔法が、発明されたというのか……?」
彼女は、険しい表情で答えた。
「あまりに、突拍子もない話だけど。でも、彼女の不思議な魔力と、不安定で希薄な存在感。それって『この世界の人間ではない』という可能性も、あるのではないの?」
「ふむ。どうやら、我々意外には、存在が見えていないみたいだしな。その線も、ないとは言い切れないか――」
二人の鋭い視線が、私に突き刺さる。
「え……えぇーっと。つかぬことを、お聴きしますが。ここって、本当に〈グリュンノア〉なんですか? 私がいた〈グリュンノア〉とは、全然、違うんですけど。あと、私って、生きてるんでしょうか? 体が、透けたりしてるんですけど――」
頭の中が混乱して、何が何だか、さっぱり分からない。夢なら、一刻も早く覚めて欲しい……。
「どうやら、本人にも、分かっていないみたいね。それに、見た感じ、嘘をついている様子でもないわ」
「とはいえ、手放しに、信じる訳にもいかんな。フィーネに、頼んで見たらどうだ? 確か、彼女は、空気の揺らぎや、風の精霊を通じて、嘘を看破できるのだろ?」
「そうね。でも、どうせ、どこかで油を売っているだろうから。ちょっと、念話で呼び出してみるわ」
水竜の魔女は、目を閉じ、額に手を当てた。すると、薄っすらと、彼女の体が、青い光を帯びる。
しばらくして、
「どうやら、昼寝してたみたいね。まったく、この忙しい時に、何をやってるんだか。とりあえず、今から、こっちに来るらしいわ」
彼女は、話しながら、小さなため息をついた。
「そうか。なら、真偽の確認は、彼女に任せるとしよう。お前には、もうしばらく、付き合ってもらうぞ」
「は、はい――」
私は、訳が分からないまま、立ち尽くすしかなかった……。
******
しばらく待っていると、静かに部屋の扉が開いた。そこからは、緑色の髪をした女性が入って来た。温和な笑顔を浮かべているが、先ほどの話の流れだと、彼女が『旋風の魔女』だと思う。
そういえば、フィニーちゃんの、ご先祖様なんだよね。確かに、彼女と顔が似てる気がする。目も髪も緑色だし、何か、フワッとしたゆるい感じが、フィニーちゃんに、そっくりだ。
「レイちゃんも、アルちゃんも、お疲れさまー。どうしたの、大事な話って? また、小難しい会議?」
「ちょっと、その呼び方は、止めなさいよ。しかも、他人がいるところで」
「あら、お客様? って、あなた凄いわね。物凄く強力な、風の力を感じるわ」
彼女は近づいてくると、私の体を、しげしげと観察し始めた。
「あなたを呼んだのは、他でもないわ。真偽を確かめて貰うためよ。何でも、百年以上、先の未来から、来たらしいんだけど。どう考えたって、怪しいでしょ?」
水竜の魔女は、怪訝な表情で言うが、
「彼女は、嘘をついていないわ」
旋風の魔女は、即答した。
「それは、本当なのか?」
「風の精霊は、嘘をつかないの。それに、彼女は、とんでもなく強力な『風の加護』を持っているわ。加護は、素直で心の清らかな人間にしか、つかないのよ」
彼女は、大地の魔女に、笑顔で答える。
「あの――以前、知り合いの占い師さんに『シルフィードの加護がある』って、言われたんですけど。どうやら、普通の風の加護よりも、強いらしいんです」
「まぁ、凄いじゃない! あなた、女王に認められたのね。どうりで、とんでもなく強力な風の力を、まとってる訳ね。こんなに強い加護は、初めて見たわ」
彼女は、とても嬉しそうに答える。
「ちょっと、それってまさか『蒼空の女王』の加護を、受けているってこと?!」
「そうよ。だから、この子は、嘘はついていないわ。風の申し子に、悪い子はいないもの」
「そんな……。大精霊の加護を受ける人間がいるなんて、信じられない――」
水流の魔女は、唖然とした表情を浮かべた。どうやら『シルフィードの加護』は、本当に特別なものらしい。
「だが、フィーネが言うのだから、間違いはないだろう。実際、先ほどから観察していたが、特に、殺意や敵意は、感じられないからな」
そう言うと、大地の魔女は、静かに立ち上がった。
「疑って、すまなかったな。だが、戦時下ゆえ、許して欲しい。それに、あまりにも、話が荒唐無稽すぎて、信じられなくてな。確か、如月風歌だったか?」
「いえ、私自身も、何が何だか分からなくて……。風歌と呼んでください」
「よろしくねぇ、風歌ちゃん」
「あっ、はい。こちらこそ」
旋風の魔女が、手を差し伸べて来たので、私も手を出し握手する。
どうやら、ようやく、私の話を信じてくれたようだ。だが、水竜の魔女だけは、相変わらず、疑わしそうな視線を向けてきている。
なんか、このジト目には、見覚えがある。そう、ナギサちゃんの視線と同じだ。それに、どことなく、雰囲気や話し方が、彼女に似てるんだよね。
「――つまり、要約すると。謎の鏡に触れたら、百年前の世界に、時空転移した。それで、本来この世界には、いないはずだから、存在が希薄で、一部の者にしか認識されない。こういう事かしら?」
「大筋では、そんな感じだろうな。原理は分からないが、古いの文献で、鏡と鏡の間を、移動する魔法があったと、書いてあるのを読んだことがある。もっとも、時を越えられるかまでは、分からないがな」
難しい表情の水竜の魔女に、大地の魔女は無表情のまま、淡々と答える。
「でも、昔から『鏡は別世界とつながっている』と、言われているわ。きっと、それじゃないかしら? だとしたら、凄く素敵よね」
「それは、あくまでも、童話の類でしょ? 現実には、絶対にあり得ないわ。そもそも、時空転移魔法は、ただの空想上の話よ」
旋風の魔女は、とてもワクワクした表情で語っているが、水流の魔女は、常に難しい顔をしている。どうやら、完全に、正反対の性格のようだ。
「普通なら、無理かもしれないけど。『シルフィードの加護』があるなら、話は別じゃない? 女王の力があれば、人間には不可能なことも、可能になると思うわよ」
「まぁ、あり得ないこともないけど。あまりにも、不確定すぎる話だわ。そもそも、何で過去の世界に、飛ばす必要があったのよ?」
「風の精霊は、気まぐれだから。単なる、いたずらか。もしくは、何らかの、大事な意味があるのかも。もしかしたら、両方って可能性もあるわね」
二人の話を聴いている内に、私は、だんだん不安になってきた。もしかして、これって……。
「あのー、つかぬことを伺いますが――。これって、もしかして、夢じゃなくて、現実なんでしょうか? もし、現実だとしたら、私は、元の世界に、帰れるんでしょうか……?」
私が質問すると、大地の魔女が、静かに口を開いた。
「これは、紛れもない現実だ。我々以上に、当の本人は、それを受け入れがたいだろうがな。あと、帰れるかどうかは、全くの未知数だ。少なくとも、この世界に、時空を越える魔法は、存在していない」
「そんなっ⁈ それじゃ、私は、元の時代に、帰れないんですか――?」
その言葉に、私は、激しく動揺した。
「でも、起こった事象がある以上、必ず原因と仕組みが存在するわ。その逆をたどれば、何か方法があるはずよ。もっとも、その方法を見つけること自体が、とんでもなく、大変そうだけど」
水流の魔女は、何かを考えながら、真剣な表情で答える。
「大丈夫よ。きっと、何とかなるわ。『明日は明日の風が吹く』ってね」
私は、旋風の魔女に、ポンポンと背中を叩かれた。
あまりのショックに、私は、何も言葉が出てこなかった。もし、これが、本当に現実だとしたら。もし、本当に、元の時代に帰れないとしたら。私、これから、どうすればいいの……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『平和を願う強い想いを私は全力で受け継いで行きたい』
平和への道はない。平和こそが道なのだ
ただ〈中央区〉にあるのは、歴史的建造物として保存されている、かなり年季の入った、古い建物だ。でも、目の前にあるのは、出来たばかりな感じの、とても綺麗で、真新しい建物だった。
行政府ビルに比べると、だいぶ小さいけど。外観は、なかなか立派な、お屋敷風の建物だ。門も大きく、全体的に、かなり凝った作りになっている。
私は、建物の中に入り、ある部屋に連れて行かれた。扉を開けると、正面の机には、書類が山積みになっており、壁際の棚には、たくさんの本が並んでいる。簡素な内装の部屋だが、どうやら執務室のようだ。
目の前の机には、私を連行してきた女性が、席についている。私は、鋭い視線で睨みつけられながら、机の前に、硬直して立っていた。明らかに、怪しまれているのが分かる。
「名前と年齢は?」
「如月 風歌、十八歳です」
「どこから来たんだ?」
「〈グリュンノア〉です。〈東地区〉の海沿いに住んでいます」
私が答えると、彼女は、小さなため息をついた。
「この町に〈東地区〉はない。嘘をつくにしても、もう少し、ましな話をしたらどうだ? どうやら、本当のことを言うつもりは、なさそうだな」
「えっ?! この町って……?」
えーっと、どういうこと――? 私は、全て本当のことを、話しているんだけど。先ほどから、微妙に、話がかみ合っていない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。『どうぞ』と彼女が答えると、静かに扉が開き、一人の女性が入って来た。長く艶やかな青い髪に、澄んだ青い瞳。真っ白な肌の小顔と、ややつり上がった目。知的そうで気品が漂う、美しい女性だ。
「レイアード、いたのね。ちょうど良かったわ。新しい、造成計画について、相談しようと思ったのだけど。来客中だったの……?」
「アルティナか。別に、構わんよ。ただの、不審者の取り調べだ」
「ちょっ――不審者って、なによ? って、あなた何者っ?! 間違いなく、普通の人間じゃないわよね?」
青い髪の女性は、急に身構えた。どうやら彼女にも、私が見えているらしい。
んっ……ちょっと待って――。レイアードに、アルティナ……。何か、見覚えがあると思ったら、町の四方にある『守護女神像』とそっくりだ。
「あぁぁーっ!! 大地の魔女に、水竜の魔女っ?!」
私は、思わず、大きな声をあげてしまった。
私の大声に反応して、二人はサッと、手を前に突き出す。そこには、クルクルと回転する、大きな魔方陣が現れていた。
「あっ……す、すいません。つい、ビックリしちゃって。まさか、伝説の魔女に会えるとは、思ってもなかったもので――」
私は、両手を小さく上げながら、静かに謝る。
二人は、顔を見合わせ頷くと、フッと魔方陣が消えた。
「お前は、我々を知ったうえで、来たのではないのか? 間者、もしくは、暗殺者だと思っていたのだが……」
「おかしな魔力を放っているけど、殺気は、全くないわね。そもそも、暗殺者は、こんな間抜けな顔をしてないわよ」
「んがっ――。間抜けな顔って……」
それにしても、今一つ状況が呑み込めない。やっぱ、コレって夢だよね? だって、ずっと昔の時代の、大魔女たちがいるんだから。最近、よく歴史の勉強をしてたから、きっと、その内容が、夢に出てきたのだろう。
「しかし、今一つ、要領を得ないのだ。そもそも、船が出ていないのに、どうやって、ここに来たのかもな。まさか、大陸から、泳いできた訳でもあるまい」
「あなた、いったい、どうやって、ここに来たのよ?」
水竜の魔女は、いかぶしげな視線を向けてくる。
「先ほども、説明したんですけど。私は、不思議な鏡に触れたら、いつの間にか、ここに来ていたんです。全く見知らぬ場所なので、私も訳が分からなくて――」
「鏡? もしかしたら、空間転移魔法……?」
「少なくとも、私のいた場所では、そんなの聴いたことないです。そもそも、魔法を使える人も、全くいませんし」
「つまり、あなたの国では『魔法使いがいなかった』って、ことかしら?」
彼女は、不思議そうな表情で尋ねて来る。
「魔法機器は、たくさん有りましたけど。もう、魔法を使える人は、ほとんどいないと聴いています」
「その、魔法機器とは、魔道具のこと――? 魔法の杖とか、水晶とか?」
「機械のことなので、ちょっと違います。昔は、魔法の杖とか、あったのかもしれないですけど。私は、そういうのは、歴史書や博物館でしか、見たことがないです」
昔、本物の魔女たちがいた時代は、実際に、魔法の杖とか、空を飛ぶためのほうきとかが、あったらしい。でも、私からすると、完全に、おとぎ話にしか思えない。
「ちょっと、待って……。昔って、いったい、あなたは、いつの時代から来たの? あなたがいたのは、何年?」
「えーっと、世界歴2063年。ノア歴だと、123年ですけど――」
「ちょっ……嘘でしょ?! じゃあ、あなたは、百年以上の時を、超えて来たってこと?」
「えっ――?」
水竜の魔女が、大地の魔女に視線を向けると、
「とうてい、信じられんな。そんなことが、本当に可能なのか? それとも、未来には、時を超える魔法が、発明されたというのか……?」
彼女は、険しい表情で答えた。
「あまりに、突拍子もない話だけど。でも、彼女の不思議な魔力と、不安定で希薄な存在感。それって『この世界の人間ではない』という可能性も、あるのではないの?」
「ふむ。どうやら、我々意外には、存在が見えていないみたいだしな。その線も、ないとは言い切れないか――」
二人の鋭い視線が、私に突き刺さる。
「え……えぇーっと。つかぬことを、お聴きしますが。ここって、本当に〈グリュンノア〉なんですか? 私がいた〈グリュンノア〉とは、全然、違うんですけど。あと、私って、生きてるんでしょうか? 体が、透けたりしてるんですけど――」
頭の中が混乱して、何が何だか、さっぱり分からない。夢なら、一刻も早く覚めて欲しい……。
「どうやら、本人にも、分かっていないみたいね。それに、見た感じ、嘘をついている様子でもないわ」
「とはいえ、手放しに、信じる訳にもいかんな。フィーネに、頼んで見たらどうだ? 確か、彼女は、空気の揺らぎや、風の精霊を通じて、嘘を看破できるのだろ?」
「そうね。でも、どうせ、どこかで油を売っているだろうから。ちょっと、念話で呼び出してみるわ」
水竜の魔女は、目を閉じ、額に手を当てた。すると、薄っすらと、彼女の体が、青い光を帯びる。
しばらくして、
「どうやら、昼寝してたみたいね。まったく、この忙しい時に、何をやってるんだか。とりあえず、今から、こっちに来るらしいわ」
彼女は、話しながら、小さなため息をついた。
「そうか。なら、真偽の確認は、彼女に任せるとしよう。お前には、もうしばらく、付き合ってもらうぞ」
「は、はい――」
私は、訳が分からないまま、立ち尽くすしかなかった……。
******
しばらく待っていると、静かに部屋の扉が開いた。そこからは、緑色の髪をした女性が入って来た。温和な笑顔を浮かべているが、先ほどの話の流れだと、彼女が『旋風の魔女』だと思う。
そういえば、フィニーちゃんの、ご先祖様なんだよね。確かに、彼女と顔が似てる気がする。目も髪も緑色だし、何か、フワッとしたゆるい感じが、フィニーちゃんに、そっくりだ。
「レイちゃんも、アルちゃんも、お疲れさまー。どうしたの、大事な話って? また、小難しい会議?」
「ちょっと、その呼び方は、止めなさいよ。しかも、他人がいるところで」
「あら、お客様? って、あなた凄いわね。物凄く強力な、風の力を感じるわ」
彼女は近づいてくると、私の体を、しげしげと観察し始めた。
「あなたを呼んだのは、他でもないわ。真偽を確かめて貰うためよ。何でも、百年以上、先の未来から、来たらしいんだけど。どう考えたって、怪しいでしょ?」
水竜の魔女は、怪訝な表情で言うが、
「彼女は、嘘をついていないわ」
旋風の魔女は、即答した。
「それは、本当なのか?」
「風の精霊は、嘘をつかないの。それに、彼女は、とんでもなく強力な『風の加護』を持っているわ。加護は、素直で心の清らかな人間にしか、つかないのよ」
彼女は、大地の魔女に、笑顔で答える。
「あの――以前、知り合いの占い師さんに『シルフィードの加護がある』って、言われたんですけど。どうやら、普通の風の加護よりも、強いらしいんです」
「まぁ、凄いじゃない! あなた、女王に認められたのね。どうりで、とんでもなく強力な風の力を、まとってる訳ね。こんなに強い加護は、初めて見たわ」
彼女は、とても嬉しそうに答える。
「ちょっと、それってまさか『蒼空の女王』の加護を、受けているってこと?!」
「そうよ。だから、この子は、嘘はついていないわ。風の申し子に、悪い子はいないもの」
「そんな……。大精霊の加護を受ける人間がいるなんて、信じられない――」
水流の魔女は、唖然とした表情を浮かべた。どうやら『シルフィードの加護』は、本当に特別なものらしい。
「だが、フィーネが言うのだから、間違いはないだろう。実際、先ほどから観察していたが、特に、殺意や敵意は、感じられないからな」
そう言うと、大地の魔女は、静かに立ち上がった。
「疑って、すまなかったな。だが、戦時下ゆえ、許して欲しい。それに、あまりにも、話が荒唐無稽すぎて、信じられなくてな。確か、如月風歌だったか?」
「いえ、私自身も、何が何だか分からなくて……。風歌と呼んでください」
「よろしくねぇ、風歌ちゃん」
「あっ、はい。こちらこそ」
旋風の魔女が、手を差し伸べて来たので、私も手を出し握手する。
どうやら、ようやく、私の話を信じてくれたようだ。だが、水竜の魔女だけは、相変わらず、疑わしそうな視線を向けてきている。
なんか、このジト目には、見覚えがある。そう、ナギサちゃんの視線と同じだ。それに、どことなく、雰囲気や話し方が、彼女に似てるんだよね。
「――つまり、要約すると。謎の鏡に触れたら、百年前の世界に、時空転移した。それで、本来この世界には、いないはずだから、存在が希薄で、一部の者にしか認識されない。こういう事かしら?」
「大筋では、そんな感じだろうな。原理は分からないが、古いの文献で、鏡と鏡の間を、移動する魔法があったと、書いてあるのを読んだことがある。もっとも、時を越えられるかまでは、分からないがな」
難しい表情の水竜の魔女に、大地の魔女は無表情のまま、淡々と答える。
「でも、昔から『鏡は別世界とつながっている』と、言われているわ。きっと、それじゃないかしら? だとしたら、凄く素敵よね」
「それは、あくまでも、童話の類でしょ? 現実には、絶対にあり得ないわ。そもそも、時空転移魔法は、ただの空想上の話よ」
旋風の魔女は、とてもワクワクした表情で語っているが、水流の魔女は、常に難しい顔をしている。どうやら、完全に、正反対の性格のようだ。
「普通なら、無理かもしれないけど。『シルフィードの加護』があるなら、話は別じゃない? 女王の力があれば、人間には不可能なことも、可能になると思うわよ」
「まぁ、あり得ないこともないけど。あまりにも、不確定すぎる話だわ。そもそも、何で過去の世界に、飛ばす必要があったのよ?」
「風の精霊は、気まぐれだから。単なる、いたずらか。もしくは、何らかの、大事な意味があるのかも。もしかしたら、両方って可能性もあるわね」
二人の話を聴いている内に、私は、だんだん不安になってきた。もしかして、これって……。
「あのー、つかぬことを伺いますが――。これって、もしかして、夢じゃなくて、現実なんでしょうか? もし、現実だとしたら、私は、元の世界に、帰れるんでしょうか……?」
私が質問すると、大地の魔女が、静かに口を開いた。
「これは、紛れもない現実だ。我々以上に、当の本人は、それを受け入れがたいだろうがな。あと、帰れるかどうかは、全くの未知数だ。少なくとも、この世界に、時空を越える魔法は、存在していない」
「そんなっ⁈ それじゃ、私は、元の時代に、帰れないんですか――?」
その言葉に、私は、激しく動揺した。
「でも、起こった事象がある以上、必ず原因と仕組みが存在するわ。その逆をたどれば、何か方法があるはずよ。もっとも、その方法を見つけること自体が、とんでもなく、大変そうだけど」
水流の魔女は、何かを考えながら、真剣な表情で答える。
「大丈夫よ。きっと、何とかなるわ。『明日は明日の風が吹く』ってね」
私は、旋風の魔女に、ポンポンと背中を叩かれた。
あまりのショックに、私は、何も言葉が出てこなかった。もし、これが、本当に現実だとしたら。もし、本当に、元の時代に帰れないとしたら。私、これから、どうすればいいの……?
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次回――
『平和を願う強い想いを私は全力で受け継いで行きたい』
平和への道はない。平和こそが道なのだ
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お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
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少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
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おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
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平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
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