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第9部 夢の先にあるもの

2-2歴史とは想いを伝えるメッセージなのかもしれない

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 夜、自宅にて。私は、静まり返った、物置部屋にこもっていた。背の低いテーブルの前に、畳マットと座布団をしいて、正座している。目の前には、複数の空中モニターが表示されていた。毎晩、恒例の『お勉強タイム』だ。

 もう、昇級試験はないので、試験勉強からは、解放されていた。しかし、毎日、様々なニーズのお客様を、観光案内する。そのため、とにかく、たくさんの知識と情報が必要なのだ。

 最新の情報は、政治・経済から、芸能界のニュースまで。また、人気商品や人気店の情報。イベント情報は、町が主催する、大規模なものはもちろん。商店街や学校などでやっている、小さなイベントも、全てチェックしておく。

 シルフィードは、観光案内だけではなく、情報のプロフェッショナルでもある。なので、常に、最先端の流行を、押さえておく必要があるのだ。特に、私の場合は、若いお客様がメインなので、流行に敏感な人が多い。

 でも、今日は、打って変わって、歴史の勉強をしている。ちょうど『大金祭』の最中なので、その由来や歴史の、おさらいをしておこうと思ったのだ。観光案内は、流行だけでなく、歴史的な知識も必要になる。

 若い人たちは、あまり歴史に興味を示さないので、話題に出すことは少ない。それでも、知っていて話さないのと、知らないから話せないのでは、全然、違う。例え、使わないとしても、何事も歴史的な背景を知るのは、とても重要なのだ。

『大金祭』は、今では、金運アップや、年末の恒例行事として、派手に飾りつけ、楽しむためだけに行われている。向こうの世界のクリスマスと、全く同じ感じだ。

 でも、本来は、もっと別の意味のある行事だった。『大地の魔女』が、暮れになると、この町に住んでいる人、全員に、お礼に回ったのが起源だ。国のトップの人が、住民全員に、お礼をしに回るなんて、今じゃ考えられないよね。

『大地の魔女』は、非常に厳格だったけど、情に厚く、礼を大切にする人だったと言われている。お礼回りは、彼女の人柄が、とてもよく現れている行為だった。

 また、世界を平和にするためだけに、自分の人生の全てを捧げ、戦い続けた人だ。歴史的背景を、学べば学ぶほど、彼女の偉大さがよく分かる。

 もし、彼女がいなかったら、今もまだ、この世界では、戦争が行われていたかもしれない。それに〈グリュンノア〉も、存在しなかっただろう。

 しかし、いくら力のある人だったとはいえ、最初は、たった一人で、世界中の戦争を止めさせようと、果敢に行動した。つまり、一人で、全世界を敵に回したのだ。その無茶っぷりと行動力は、私なんかとは、比較にならない。

 私は『叡智の魔女』が、一番、好きだったけど。いろいろ勉強している内に『大地の魔女』に、物凄く共感するようになった。おそらく、性格的には、私に、最も近いと思う。魔女なのに、物凄く、体育会系思考だし。

 各種情報を読んでいると、マギコンから、メッセージの着信音が鳴り響く。送信者名を見ると、ユメちゃんからだ。私は、すぐにELエルを開いて、返信する。

『風ちゃん、こんばんはー! 元気してる?』
『うん、元気元気、超元気!』

 毎度のことだけど、この時間のユメちゃんは、かなりテンションが高い。昼間は、割と大人し目なので、完全に夜行性なんだよね。

『勉強中だった?』
『うん。今日は「大金祭」の勉強してた。あと「大地の魔女」のこと調べたり』

『そういえば、今「大金祭」の真っ最中だもんね。お仕事、忙しいの?』
『そうだねぇ。お蔭さまで、毎日、予約が一杯だよ。特に、暮れは観光に来る人も、滅茶苦茶、多いから』

 十二月は、年間でも、最も売り上げが高く、どこの会社も書き入れ時。シルフィード会社だけじゃなく、各種サービス業や小売業も、滅茶苦茶、忙しい時期だ。

『そっかー、お疲れ様。「大金祭」って、世界的にも人気だもんね』
『だねー。暮れに金運アップして、いい年を迎えたいって人が、多いから』

『この町の人たちは、縁起物が超大好きだし。年々飾りつけとか、各種イベントも、どんどん派手になって行くんだよねー』
『確かに。私がこっちに来たばかりの頃より、さらに派手になってる気がするね』

 この町の人たちは、伝統と共に、縁起を物凄く大事にしている。シルフィードが、とても人気があるのも、縁起物の一つだからだと思う。

『今は、物凄く派手になっているけど。元々は、地味なイベントだったんだよね。昔は、こんな金ピカの飾りも、してなかったみたいだし』
『普通に、お礼に回る行事だったんだよね?』

『そうそう。元々は「大地の魔女」が始めたんだけど。みんな、それに習って、暮れになると、お礼回りをしてたみたいだよ』
『向こうの世界の、年明けに、親戚にあいさつ回りするみたいな感じかな?』

『へぇー。向こうは、年明けに挨拶に行くんだ?』
『うん。みんなが、する訳じゃないけど。親戚が多い人は、結構やってるね』

 こちらの世界は、年内がお正月みたいな感じなので、年明けは、特にお祝いはしない。もっとも、この町では、毎月イベントがあるので、一年中、お祝いしてるみたいな感じだけどね。

『親戚かぁー。私、全然、会ったことないや』
『そうなの? 親戚付き合いって、しないんだ?』

『親戚は、みんな大陸のほうに住んでるし。何かのパーティーとかで、会う機会は、あるみたいだけど。社交界以外での付き合いは、特にないね』
『へー、そうなんだ』

 この世界に来てから、親戚付き合いなんかの話を、全く聴いたことがない。でも、誰にでも気兼ねなく、優しくしてくれるので。あまり、血のつながりとかは、気にしていないだけかもしれない。

『そういえば、風ちゃんは、歴史って、興味ないんじゃなかったっけ?』
『昔は、全く興味なかった、というか、超苦手だったけど。今は、結構、好きだよ。観光案内でも、必須の知識だし』

『それは初耳。なら、一緒に歴史トークできるね! 私、歴史は超大好きだから』
『いや、そこまで、得意じゃないんで。お手柔らかに、お願いします……』

 学生時代、一番、苦手だったのが、国語。その次が、歴史かな。昔のことなんて、全く興味なかったし。年表を覚えるのが、凄く苦手だったので――。

『別に、そこまで、コアな話はしないよー。だって、本気で話すと、本好きの友達にも、引かれるぐらいだから』
『えぇー?! どんだけ、歴史が好きなの?』

『まぁ、好きなことは、ついつい、細かく調べちゃうんだよね。どんな些細なことでも、知りたいから』
『相変わらず、ユメちゃんは、勉強熱心だねぇー』

 伊達に、偏差値70越えの超名門校で、首席な訳じゃない。

『風ちゃんは、四魔女の中で、誰が一番、好き?』
『うーん、全員、好きだけど。境遇的には「叡智の魔女」かな。シルフィードの生みの親だし。変な言い方だけど「家出仲間」だし』

『確かに、凄い人だよね。この町の、政治・経済の基礎を作ったうえに、世界を変える、核心的な発明や思想を、いくつも生み出した人だから』
『だよねぇ。本当に、心の底から凄いと思うし、とても尊敬しているよ』

『叡智の魔女』は、元々は『第四次水晶戦争』を引き起こした『ドルギア帝国』の第一王女だった。だが、戦争を推し進める父親とけんかして、城を飛び出し、身分を偽って、世界平和のために、生涯をささげた人だ。

 彼女が行った『シルフィード・プロジェクト』では、様々なものが作られた。『人工マナ・クリスタル』『魔力通信』『マギコン』『マナフローター・エンジン』など。どれも、現在の世界には、必要不可欠な、革新的な技術だった。 

 しかも、これほどの凄い発明をしながら、特許などは取っておらず、全て無償で、世界にその技術を公開したのだ。お蔭で、戦争は終結し、世界中の技術レベルが、物凄い速さで進歩した。

 彼女は『世界の時計を数世紀進めた』と言われる、稀代の大天才だ。『叡智の魔女』が、学問の神様として信仰されているのも、うなずける。

『ただ、最近は『大地の魔女』も、凄いなぁー、って思うんだ。生き様とか人柄に、共感する部分が多くて』
『物凄く、カッコイイもんね。強いうえに、とても人格者だから』

『うんうん。上位階級って、人格が大事だから、私も、あんな人間になりたいなぁー、って思うんだ』
『風ちゃんは、もう、なってるじゃん』

『えっ……?』
『いつも、何事にも、果敢に立ち向かうし。こないだの、火事の救出劇だって、そうだし。人のために、平気で命を懸けられるんだもん』

 あの火事の時は、何とかして少女を救おうと、必死だっただけで。私は、そんな人格者じゃない。結構、私欲が強いし。他者ためだけに生きた『大地の魔女』とは、全然、違う。

『そんな、カッコイイものじゃないよ。私の場合は、単に、その場の勢いだから。そこまで、人のためだけに、生きられないよ』
『また、同じ場面に立ち会ったら、どうするの?』

『そりゃ、助けると思うよ』
『じゃあ、アリーシャさんの時と、同じ場面に遭遇したら?』
『えぇっ?! そんなの、考えたことないなぁ――』

 火事で少女を救った際。アリーシャさんと同じ行為をしたと、称賛している人たちもいた。でも、ゴンドラが墜落して来る、ほんの一瞬の間に、即座に判断して行動できるかは、正直、自信がない。

『風ちゃんなら、絶対に助けるよ。もし、道を歩いている私の頭上に、ゴンドラが落ちて来たら、どうする?』
『もちろん、全力で助けるよ!』

『ほら、やっぱり、助けるじゃん』
『でも、それは、親友のユメちゃんだから……』

『そんなことない。例え誰だったとしても、風ちゃんは、自分の命を顧みずに助けるよ。こないだ助けたのだって、知らない子だったじゃない?』
『まぁ、そうだけど――』

 友達なら、間違いなく助けに行く。でも、知り合いだろうとなかろうと、人の命の重さは変わらない。なら、誰であっても、助けに行くのだろうか? ただ、実際、その現場に居合わせないと、私にも分からない。

『私には、絶対に出来ないなぁ。「大地の魔女」や、アリーシャさんの行為は、滅茶苦茶、カッコイイと思うけど。真似するほどの勇気はないよ。それに、救って貰った命だから、大事にしないといけないし』

『それで、いいんじゃないかな。自分の命を大事にするのは、むしろ、当たり前のことだし。アリーシャさんも、そう願ってると思うよ』

 以前『慰霊祭』の時に、ユメちゃんが言っていた。自分の命は、自分一人のものではないと。アリーシャさんや、亡くなった人たちの命も、背負って生きているのだと。

『だからこそ、そういうことが、平気で出来ちゃう人に、憧れるんだよね。私だけじゃなくて、世界中の誰もが。「大地の魔女」にも、風ちゃんにも』

『平気で……って訳じゃないよ。私は、火事の時、超怖かったもん。「大地の魔女」は、世界中を敵に回して、怖くなかったのかな?』

 一人を助け出した私と、世界中の人を救おうとした彼女とでは、スケールが違い過ぎる。それに、いくらチャレンジャーな私でも、さすがに、世界を敵に回したりはしないと思う。

『どんなに、凄いと言われていても、同じ人間だし。恐怖が、全くなかった訳じゃないと思うけど。会って訊いてみないと、真実は分からないよね。歴史は、想像や拡大解釈が、多いから』

『だよねぇ。私も一度、会ってみたかったなぁ。どうして、あんなに凄いことが出来たのか、訊いてみたいよ』

 その後も、四魔女について、様々な話で盛り上がった。歴史というのは、確かに古臭い面もあるけど。昔の人たちが、何を考え、どんな想いで行動していたのかを知るのは、とても勉強になる。

 いくら技術が進歩しても、人の想いは、あまり変わらない。なぜ、歴史が語り継がれていくのか、今なら、何となく分かる。

 四人の魔女は、それぞれに、性格も価値観も、違っていたけど。世界平和と、人々の幸せを願う気持ちは、共通していた。その想いは、今でも受け継がれており、その結果、生まれたのが『シルフィード』だ。
 
 私は、シルフィードであることを、誇りに思っている。単に、人気職業だからではない。平和と幸せの象徴であり、そこに、ほんの少しでも、貢献できるからだ。

 世界の平和を切に願って、戦い続けた四魔女の志を、私も受け継いで行きたいと思う。シルフィードとして、人として、私の人生を懸けて……。


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次回――
『知り合いがいない孤独な世界がこんなに心細いとは……』

 孤独を味わうことで、人は自分に厳しく、他人に優しくなれる
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