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第9部 夢の先にあるもの
1-6自分の進むべき道は誰にも変えられないものだ
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仕事が終わったあとの夜。私は〈北地区〉から〈東地区〉に向かい、エア・カートで空を飛んでいた。今日は久しぶりに、ノーラさんに会いに行く。でも、その前に、手土産を買いに〈北地区〉に、ちょっと寄り道したのだ。
私は、まるで、実家に帰るような感じで、ソワソワしていた。あのアパートは、物凄く大好きだったし。ノーラさんも、厳しい人だけど、本当は、心根のとても優しい人だ。元住居を見るのも、お世話になった人に会えるのも、心から嬉しい。
散々お世話になったり、新居祝いで、高価なエア・カートをもらったり。本来なら、もっと早くに、お礼をしに、うかがうべきだった。
でも、せっかく、独り立ちするために、ノーラさんが、背中を押してくれたのだから。あまり、頻繁に会いに行くのも、マズイと思ったのだ。
結局、会いに行きたいのを、ずっと我慢して、半年以上が経過した。新居祝いのパーティー以降、ノーラさんとは、全く会っていない。相変わらず、元気にやっているだろうか……?
〈東地区〉に入り、しばらく飛んでいくと、見慣れた建物が見えて来た。その瞬間、懐かしさで、胸がじんわり温かくなる。嬉しさと懐かしさで、ちょっと涙が出そうになった。
私は、アパートの庭に、静かにエア・カートを着陸させる。機体から降りると、建物と敷地を、ぐるりと見まわした。
昔住んでいた時と、何も変わらっていない。建物の入口も、敷地内も、とても綺麗に手入れされていた。きっと、綺麗好きなノーラさんが、毎日、隅々まで掃除しているのだろう。
やっぱ、ここに来ると、物凄く落ち着くなぁー。この年季の入った建物が、味があっていいんだよねぇ。そういえば、あの屋根裏部屋って、今はどうなってるんだろう――?
私は、建物を見上げ、最上階のさらに上にある、屋根を見つめた。そこには、小さな窓が、一つだけついている。私は、あそこからの町の眺めが、大好きだった。
見えるのは、古びた住宅街だけだし。窓も小さいから、外も見づらい。今の家に比べたら、大して綺麗な景色ではないけれど。生活感があって、ホッとする眺めだった。
って、いかんいかん。感傷にひたってる場合じゃないよ。早く行かないと、ノーラさんを待たせちゃう……。
私は、助手席に置いてあった箱を、大事に抱えると、アパートの入口をくぐって、左に曲がる。目の前にあるのは、ノーラさんの部屋の扉だ。
私は、背筋を伸ばして深呼吸すると、服装を正し、扉をノックした。いくら、知った顔とはいえ、やはり、ノーラさんと会う時は、かなり緊張する。仮にも『元シルフィード・クイーン』なのだから。私の、超大先輩だ。
中から返事が聞こえて来ると、ほどなくして、静かに扉が開いた。
「こ――こんばんは。大変、ご無沙汰しておりました。新居祝いの際は、本当に、ありがとうございました。あんなに、高価なものをいただきまして……」
私は、ノーラさんの顔を見た瞬間、深々と頭を下げる。
今まで、滅茶苦茶、お世話になったのもあるけど。どうしても、彼女を見ると、かしこまってしまう。
「何やってんだ、お前?」
「へっ――?」
「気持ち悪いから、普通に話しな。全然、似合ってないし」
「んがっ……。『立場に見合った行動をしろ』って、ノーラさんが、言ったんじゃないですかぁ!」
「あははっ。やっぱお前は、それが一番、似合ってるな」
「もー、からかわないで下さいよ。精一杯、上品に振る舞ってるんですから」
ノーラさんは、ゲラゲラと大笑いする。会う度に、いじられるのは、昔から変わらない。
「まぁ、入りな。ちょうど、夕食の準備が出来たところだ」
「はい。あぁ、これ、つまらない物ですが」
私は、持っていた箱を、そっと差し出した。
「どこのだい?」
「これは〈青りんごの家〉の、アップルパイです。最近、見つけたんですけど、凄く美味しいんですよ」
「相変わらず、渋いのを選ぶな。しかし、よくあの店を見付けたな」
「ノーラさんも、行ったことあるんですか?」
〈青りんごの家〉は〈北地区〉にある、小さなパン屋だ。あの地区は、お店が少ないし。完全に、民家と同じ見た目なので、非常に分かり辛い。
「自分の農場で育てたリンゴを使っている、この町で、一番アップルパイが美味しい店だ。パン屋というより、パイの専門店だな。見習い時代は、町の隅々まで飛んでたから、その時、見つけたんだよ」
「へぇぇー。ノーラさんにも、見習い時代が、あったんですね」
当たり前と言えば、当たり前だけど。全く想像がつかない。
「当然だろ。それよりも、今になって、ようやく見つけるとは。お前、見習い時代、何やってたんだ? 練習、サボってたんじゃないのか?」
「超真剣にやってましたよ! ただ、見た目が全然、お店っぽくないし。民家の中にあったので、気付かなかったんですって」
民家は、観光案内に関係ないので、あまり細かくは、チェックしないのだ。
「お前、まだまだ、だな。そんなんで、よくプリンセスやってるな」
「うぐっ――」
大先輩のノーラさんに言われると、全く言い返せない。
相変わらず、ノーラさんは辛口だ。突っ込みの厳しさと的確さは、ナギサちゃん以上だと思う。そんなこんなで、色々突っ込まれながら、部屋の中に入って行くのだった……。
******
夕食後。私はダイニングのテーブルで、ハーブティーを飲んでいた。今日も、滅茶苦茶、豪勢な食事で、大満足だった。やっぱり、ノーラさんの手料理は、最高に美味しい。完全に、プロレベルの料理の腕前で、久々に感動してしまった。
いつもは、買ってきたパンばかりだから。手料理って、滅多に、食べる機会がないんだよね。このアパートに住んでいた時は、しょっちゅう、お呼ばれして食べてたけど。今になって、その有難みを痛感する。
「で、今日の話は何だい? 別に、礼を言うだけで、来たんじゃないんだろ?」
「はい。まぁ、色々ありまして――」
「また、何かやらかして、協会がらみの問題じゃないだろうな?」
「いや、何もしてませんから。ただ、協会が関係あるのは、合ってますが……」
「何だい、うじうじしてないで、ハッキリ言いな」
今回の件は、物凄く話し辛い。自分のことなら、いくらでも言えるんだけど。他の人のことは、どう説明していいのか、どこまで話していいのか、判断が難しいからだ。でも、ノーラさんの鋭い視線に促され、静かに話し始めた。
「その、今回は、リリーシャさんの件なんです。実は先日、リリーシャさんのところに、協会から、昇進を知らせる手紙が届きまして――」
「何だ、そんなことか」
ノーラさんは、表情一つ動かさずに、あっさりと答える。
「って、驚かないんですか?」
「まぁ、慰霊祭も終わったし、時期的に、そろそろ決まると思ってたからな。それに、選ばれるとしたら、リリー嬢ちゃんしかいないだろ」
「何で、リリーシャさんが選ばれる、と思ったんですか?」
私は、ただの個人的な願望だったけど。ノーラさんは、何らかの、確信があったはずだ。
「そんなの、一番、優秀だからに決まってるだろ。それに、理事たちは、何だかんだで、伝統を重視する保守派が多い。派手なシルフィードよりも、古風で大人しい、リリー嬢ちゃんを選ぶのは当然だ。シルフィードの、手本のような存在だからな」
「あと、権威主義の人間は、所属や家系などの背景も重視する。母親が『伝説のシルフィード』とまで言われた『グランド・エンプレス』なんだから。実力も血統も、何一つ、文句のつけようがないだろ?」
確かに、その通りだ。本人も、その母親も、人気・実績・実力の全てにおいて、文句のつけようがないほど、ハイレベルだった。
「でも、結局、断ったんだろ?」
「えぇっ?! 知ってたんですか?」
「いや。ただ、リリー嬢ちゃんの性格なら、断るだろうと思っただけだ」
そういえば、ノーラさんは、物凄く勘の鋭い人だ。やはり、リリーシャさんと付き合いが長い分、色々と分かってるのだろうか?
「その、なぜ、断ると思ったんですか? いくら考えても、私には、全然、意味が分からなくて……」
「それで、今日、相談に来たのか?」
「まぁ、そんな感じです。断ってしまった事実は、いまさら、変わらないです。でも、リリーシャさんの気持ちが分からないのが、一番、気になってしまって――」
一応は、私も納得したし。リリーシャさんの選択を、ちゃんと尊重して、全力で応援すると決めた。でも、完全に、スッキリした訳ではなかった。
これほど長く、一緒にいるのに。私は、いまだに、リリーシャさんの気持ちを、理解しきれていない。もう、これ以上、彼女の本当の気持ちを、分からないままでは、いたくなかった。
つまり、今回の選択の問題ではなく、彼女の本心が分からないのが、一番、気になっているのだ。おそらく、リリーシャさんを一番よく知っているのは、ノーラさんだと思う。だから、今日、その話をしに来たのだ。
「そんなの、本人に、訊けばいいじゃないか?」
「もちろん、理由は聴きました。でも、リリーシャさんは、けっして、本音は言わない人です。それに……」
私は、リリーシャさんが面接に行ってきた日の、詳細を話した。シルフィードを、好きでやっている訳ではないこと。いつまで続けるか、分からないこと。私にとっては、滅茶苦茶ショックで、とても辛い言葉だった。
「なんだ、ちゃんと、答えを言ってるじゃないか」
「でも、それって、本音なんでしょうか? あんなに、活き活きと楽しそうにやっていて。いつも素敵な笑顔で。嫌々やっている人は、あんな事できないと思うんです」
あれがもし、演技でやっているとしたら、プロの大女優並の能力だ。
「確かに、リリー嬢ちゃんは、本音は中々言わないがな。でも、今回の言葉は、間違いなく本音だろ? それに、好きじゃないことだって、完璧にやり遂げるぐらいの、努力家なんだよ」
「じゃあ、辛いのを我慢してやっていた、ってことですか?」
リリーシャさんが、誰よりも努力家なのは、ずっとそばで見ていて、誰よりも知っている。じゃあ、自分が、好きでやってるように見せるために、必死に努力してたってこと?
「何でそうなる? お前の中には、大好きと大嫌いしかないのか? 大好きではないけど、普通に、好きだった。ただ、お前ほど好きじゃないと、言いたかったんだろ? 好きにも、色んな大きさがあるからな」
「好きだけど、天職というほどではない。それだけのことだ。リリー嬢ちゃんは、言葉が足りないし。お前も、たいがい察しが悪いし。どっちもどっちだな。だが、お前もいい加減、相手の気持ちを察することを、覚えたらどうだ?」
ノーラさんは、静かに私を見つめて来る。
「なるほど――そういうことですか。やっぱり、私って、全然、リシーシャさんの気持ちが、見えていなかったんですね……」
シルフィードが、嫌いじゃないことが分かって、少しホッとした。でも、相変わらず、リリーシャさんを理解できていないのは、物凄くショックだ。分かろうと、努力はしているんだけど――。
「一番の問題は、お前が、勝手に決めつけていることだ。自分が天職だから、他の人間もそうとは限らない。それに、お前は、リリー嬢ちゃんを、美化して見過ぎだ。どんなに優れていても、ただの人間だぞ」
「自分の価値観や理想を、無理やり、押し付けようとするから、相手の心が見えないんだ。ちゃんと、一人の人間として見たらどうだ? あと、人には、それぞれの価値観や道がある。けっして、自分の思い通りには、ならないんだよ」
「……」
正論すぎて、何も言葉が出てこなかった。あまりにも、思い当たる節が、あり過ぎるからだ。私は、ずっとリリーシャさんを、特別視し過ぎていた。今だって、リリーシャさんは、はるか高見にいる、特別な人に思える。
「まぁ、他人の生き方は、なるようにしかならない、ってことだ。お前だって、そうだっただろ?」
「えっ――?」
「お前が、親の反対を押し切って、家出してきたのは。自分の道を、真っ直ぐ進んだからじゃないのか? 結局、人の進むべき道は、誰にも変えられないんだよ」
「あぁ……なるほど、確かに」
きっと親は、自分たちと同じ、安定した道を進ませたかったのだと思う。もちろん、私を心配してくれていたのは分かる。でも、それは、親の道であって、私の道ではなかった。結局、私は、自分の道を選んで、ここまでやって来た。
なら、リリーシャさんにも、自分の道があるのだろう。ちょっと、寄り道していただけで。これからは、自分の道を、真っ直ぐ進んで行くのだと思う。私が、そうだったように、やっぱり、誰にも変えることは、できないのだろう。
「そうですね――。私は、これからも、私の道を進んで。リリーシャさんも、彼女の道を進んで行く。ただ、それだけなんですよね?」
「あぁ。できるのは、ただ一つ。自分の道を進むことに、専念するだけだ。余力があれば、他の人間が、進むべき道に進めるよう、応援してやればいい」
「はい。そうします」
リリーシャさんは、自己主張しない人だから、あまり気にした事がなかったけど。ちゃんと、自分の進むべき道があるのだ。もしかしたら、ずっと昔から、他にやりたいことが、あったのかもしれない。
自分と同じ道に進ませようとするなんて、ただのワガママだ。大好きな人だからこそ、望むべき道に進めるように、応援してあげるべきだと思う。
道が分かれてしまうのは、物凄く寂しいけど。これからも、リリーシャさんの進むべき道を、見守って行こう。自分の道を進んでこそ、その先に、本当の幸せがあるのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『人は夢を叶えるために生きているんだと思う』
人生において最大の不幸は、叶えたい夢を持たないことだ
私は、まるで、実家に帰るような感じで、ソワソワしていた。あのアパートは、物凄く大好きだったし。ノーラさんも、厳しい人だけど、本当は、心根のとても優しい人だ。元住居を見るのも、お世話になった人に会えるのも、心から嬉しい。
散々お世話になったり、新居祝いで、高価なエア・カートをもらったり。本来なら、もっと早くに、お礼をしに、うかがうべきだった。
でも、せっかく、独り立ちするために、ノーラさんが、背中を押してくれたのだから。あまり、頻繁に会いに行くのも、マズイと思ったのだ。
結局、会いに行きたいのを、ずっと我慢して、半年以上が経過した。新居祝いのパーティー以降、ノーラさんとは、全く会っていない。相変わらず、元気にやっているだろうか……?
〈東地区〉に入り、しばらく飛んでいくと、見慣れた建物が見えて来た。その瞬間、懐かしさで、胸がじんわり温かくなる。嬉しさと懐かしさで、ちょっと涙が出そうになった。
私は、アパートの庭に、静かにエア・カートを着陸させる。機体から降りると、建物と敷地を、ぐるりと見まわした。
昔住んでいた時と、何も変わらっていない。建物の入口も、敷地内も、とても綺麗に手入れされていた。きっと、綺麗好きなノーラさんが、毎日、隅々まで掃除しているのだろう。
やっぱ、ここに来ると、物凄く落ち着くなぁー。この年季の入った建物が、味があっていいんだよねぇ。そういえば、あの屋根裏部屋って、今はどうなってるんだろう――?
私は、建物を見上げ、最上階のさらに上にある、屋根を見つめた。そこには、小さな窓が、一つだけついている。私は、あそこからの町の眺めが、大好きだった。
見えるのは、古びた住宅街だけだし。窓も小さいから、外も見づらい。今の家に比べたら、大して綺麗な景色ではないけれど。生活感があって、ホッとする眺めだった。
って、いかんいかん。感傷にひたってる場合じゃないよ。早く行かないと、ノーラさんを待たせちゃう……。
私は、助手席に置いてあった箱を、大事に抱えると、アパートの入口をくぐって、左に曲がる。目の前にあるのは、ノーラさんの部屋の扉だ。
私は、背筋を伸ばして深呼吸すると、服装を正し、扉をノックした。いくら、知った顔とはいえ、やはり、ノーラさんと会う時は、かなり緊張する。仮にも『元シルフィード・クイーン』なのだから。私の、超大先輩だ。
中から返事が聞こえて来ると、ほどなくして、静かに扉が開いた。
「こ――こんばんは。大変、ご無沙汰しておりました。新居祝いの際は、本当に、ありがとうございました。あんなに、高価なものをいただきまして……」
私は、ノーラさんの顔を見た瞬間、深々と頭を下げる。
今まで、滅茶苦茶、お世話になったのもあるけど。どうしても、彼女を見ると、かしこまってしまう。
「何やってんだ、お前?」
「へっ――?」
「気持ち悪いから、普通に話しな。全然、似合ってないし」
「んがっ……。『立場に見合った行動をしろ』って、ノーラさんが、言ったんじゃないですかぁ!」
「あははっ。やっぱお前は、それが一番、似合ってるな」
「もー、からかわないで下さいよ。精一杯、上品に振る舞ってるんですから」
ノーラさんは、ゲラゲラと大笑いする。会う度に、いじられるのは、昔から変わらない。
「まぁ、入りな。ちょうど、夕食の準備が出来たところだ」
「はい。あぁ、これ、つまらない物ですが」
私は、持っていた箱を、そっと差し出した。
「どこのだい?」
「これは〈青りんごの家〉の、アップルパイです。最近、見つけたんですけど、凄く美味しいんですよ」
「相変わらず、渋いのを選ぶな。しかし、よくあの店を見付けたな」
「ノーラさんも、行ったことあるんですか?」
〈青りんごの家〉は〈北地区〉にある、小さなパン屋だ。あの地区は、お店が少ないし。完全に、民家と同じ見た目なので、非常に分かり辛い。
「自分の農場で育てたリンゴを使っている、この町で、一番アップルパイが美味しい店だ。パン屋というより、パイの専門店だな。見習い時代は、町の隅々まで飛んでたから、その時、見つけたんだよ」
「へぇぇー。ノーラさんにも、見習い時代が、あったんですね」
当たり前と言えば、当たり前だけど。全く想像がつかない。
「当然だろ。それよりも、今になって、ようやく見つけるとは。お前、見習い時代、何やってたんだ? 練習、サボってたんじゃないのか?」
「超真剣にやってましたよ! ただ、見た目が全然、お店っぽくないし。民家の中にあったので、気付かなかったんですって」
民家は、観光案内に関係ないので、あまり細かくは、チェックしないのだ。
「お前、まだまだ、だな。そんなんで、よくプリンセスやってるな」
「うぐっ――」
大先輩のノーラさんに言われると、全く言い返せない。
相変わらず、ノーラさんは辛口だ。突っ込みの厳しさと的確さは、ナギサちゃん以上だと思う。そんなこんなで、色々突っ込まれながら、部屋の中に入って行くのだった……。
******
夕食後。私はダイニングのテーブルで、ハーブティーを飲んでいた。今日も、滅茶苦茶、豪勢な食事で、大満足だった。やっぱり、ノーラさんの手料理は、最高に美味しい。完全に、プロレベルの料理の腕前で、久々に感動してしまった。
いつもは、買ってきたパンばかりだから。手料理って、滅多に、食べる機会がないんだよね。このアパートに住んでいた時は、しょっちゅう、お呼ばれして食べてたけど。今になって、その有難みを痛感する。
「で、今日の話は何だい? 別に、礼を言うだけで、来たんじゃないんだろ?」
「はい。まぁ、色々ありまして――」
「また、何かやらかして、協会がらみの問題じゃないだろうな?」
「いや、何もしてませんから。ただ、協会が関係あるのは、合ってますが……」
「何だい、うじうじしてないで、ハッキリ言いな」
今回の件は、物凄く話し辛い。自分のことなら、いくらでも言えるんだけど。他の人のことは、どう説明していいのか、どこまで話していいのか、判断が難しいからだ。でも、ノーラさんの鋭い視線に促され、静かに話し始めた。
「その、今回は、リリーシャさんの件なんです。実は先日、リリーシャさんのところに、協会から、昇進を知らせる手紙が届きまして――」
「何だ、そんなことか」
ノーラさんは、表情一つ動かさずに、あっさりと答える。
「って、驚かないんですか?」
「まぁ、慰霊祭も終わったし、時期的に、そろそろ決まると思ってたからな。それに、選ばれるとしたら、リリー嬢ちゃんしかいないだろ」
「何で、リリーシャさんが選ばれる、と思ったんですか?」
私は、ただの個人的な願望だったけど。ノーラさんは、何らかの、確信があったはずだ。
「そんなの、一番、優秀だからに決まってるだろ。それに、理事たちは、何だかんだで、伝統を重視する保守派が多い。派手なシルフィードよりも、古風で大人しい、リリー嬢ちゃんを選ぶのは当然だ。シルフィードの、手本のような存在だからな」
「あと、権威主義の人間は、所属や家系などの背景も重視する。母親が『伝説のシルフィード』とまで言われた『グランド・エンプレス』なんだから。実力も血統も、何一つ、文句のつけようがないだろ?」
確かに、その通りだ。本人も、その母親も、人気・実績・実力の全てにおいて、文句のつけようがないほど、ハイレベルだった。
「でも、結局、断ったんだろ?」
「えぇっ?! 知ってたんですか?」
「いや。ただ、リリー嬢ちゃんの性格なら、断るだろうと思っただけだ」
そういえば、ノーラさんは、物凄く勘の鋭い人だ。やはり、リリーシャさんと付き合いが長い分、色々と分かってるのだろうか?
「その、なぜ、断ると思ったんですか? いくら考えても、私には、全然、意味が分からなくて……」
「それで、今日、相談に来たのか?」
「まぁ、そんな感じです。断ってしまった事実は、いまさら、変わらないです。でも、リリーシャさんの気持ちが分からないのが、一番、気になってしまって――」
一応は、私も納得したし。リリーシャさんの選択を、ちゃんと尊重して、全力で応援すると決めた。でも、完全に、スッキリした訳ではなかった。
これほど長く、一緒にいるのに。私は、いまだに、リリーシャさんの気持ちを、理解しきれていない。もう、これ以上、彼女の本当の気持ちを、分からないままでは、いたくなかった。
つまり、今回の選択の問題ではなく、彼女の本心が分からないのが、一番、気になっているのだ。おそらく、リリーシャさんを一番よく知っているのは、ノーラさんだと思う。だから、今日、その話をしに来たのだ。
「そんなの、本人に、訊けばいいじゃないか?」
「もちろん、理由は聴きました。でも、リリーシャさんは、けっして、本音は言わない人です。それに……」
私は、リリーシャさんが面接に行ってきた日の、詳細を話した。シルフィードを、好きでやっている訳ではないこと。いつまで続けるか、分からないこと。私にとっては、滅茶苦茶ショックで、とても辛い言葉だった。
「なんだ、ちゃんと、答えを言ってるじゃないか」
「でも、それって、本音なんでしょうか? あんなに、活き活きと楽しそうにやっていて。いつも素敵な笑顔で。嫌々やっている人は、あんな事できないと思うんです」
あれがもし、演技でやっているとしたら、プロの大女優並の能力だ。
「確かに、リリー嬢ちゃんは、本音は中々言わないがな。でも、今回の言葉は、間違いなく本音だろ? それに、好きじゃないことだって、完璧にやり遂げるぐらいの、努力家なんだよ」
「じゃあ、辛いのを我慢してやっていた、ってことですか?」
リリーシャさんが、誰よりも努力家なのは、ずっとそばで見ていて、誰よりも知っている。じゃあ、自分が、好きでやってるように見せるために、必死に努力してたってこと?
「何でそうなる? お前の中には、大好きと大嫌いしかないのか? 大好きではないけど、普通に、好きだった。ただ、お前ほど好きじゃないと、言いたかったんだろ? 好きにも、色んな大きさがあるからな」
「好きだけど、天職というほどではない。それだけのことだ。リリー嬢ちゃんは、言葉が足りないし。お前も、たいがい察しが悪いし。どっちもどっちだな。だが、お前もいい加減、相手の気持ちを察することを、覚えたらどうだ?」
ノーラさんは、静かに私を見つめて来る。
「なるほど――そういうことですか。やっぱり、私って、全然、リシーシャさんの気持ちが、見えていなかったんですね……」
シルフィードが、嫌いじゃないことが分かって、少しホッとした。でも、相変わらず、リリーシャさんを理解できていないのは、物凄くショックだ。分かろうと、努力はしているんだけど――。
「一番の問題は、お前が、勝手に決めつけていることだ。自分が天職だから、他の人間もそうとは限らない。それに、お前は、リリー嬢ちゃんを、美化して見過ぎだ。どんなに優れていても、ただの人間だぞ」
「自分の価値観や理想を、無理やり、押し付けようとするから、相手の心が見えないんだ。ちゃんと、一人の人間として見たらどうだ? あと、人には、それぞれの価値観や道がある。けっして、自分の思い通りには、ならないんだよ」
「……」
正論すぎて、何も言葉が出てこなかった。あまりにも、思い当たる節が、あり過ぎるからだ。私は、ずっとリリーシャさんを、特別視し過ぎていた。今だって、リリーシャさんは、はるか高見にいる、特別な人に思える。
「まぁ、他人の生き方は、なるようにしかならない、ってことだ。お前だって、そうだっただろ?」
「えっ――?」
「お前が、親の反対を押し切って、家出してきたのは。自分の道を、真っ直ぐ進んだからじゃないのか? 結局、人の進むべき道は、誰にも変えられないんだよ」
「あぁ……なるほど、確かに」
きっと親は、自分たちと同じ、安定した道を進ませたかったのだと思う。もちろん、私を心配してくれていたのは分かる。でも、それは、親の道であって、私の道ではなかった。結局、私は、自分の道を選んで、ここまでやって来た。
なら、リリーシャさんにも、自分の道があるのだろう。ちょっと、寄り道していただけで。これからは、自分の道を、真っ直ぐ進んで行くのだと思う。私が、そうだったように、やっぱり、誰にも変えることは、できないのだろう。
「そうですね――。私は、これからも、私の道を進んで。リリーシャさんも、彼女の道を進んで行く。ただ、それだけなんですよね?」
「あぁ。できるのは、ただ一つ。自分の道を進むことに、専念するだけだ。余力があれば、他の人間が、進むべき道に進めるよう、応援してやればいい」
「はい。そうします」
リリーシャさんは、自己主張しない人だから、あまり気にした事がなかったけど。ちゃんと、自分の進むべき道があるのだ。もしかしたら、ずっと昔から、他にやりたいことが、あったのかもしれない。
自分と同じ道に進ませようとするなんて、ただのワガママだ。大好きな人だからこそ、望むべき道に進めるように、応援してあげるべきだと思う。
道が分かれてしまうのは、物凄く寂しいけど。これからも、リリーシャさんの進むべき道を、見守って行こう。自分の道を進んでこそ、その先に、本当の幸せがあるのだから……。
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マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
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