私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

文字の大きさ
上 下
331 / 363
第9部 夢の先にあるもの

1-6自分の進むべき道は誰にも変えられないものだ

しおりを挟む
 仕事が終わったあとの夜。私は〈北地区〉から〈東地区〉に向かい、エア・カートで空を飛んでいた。今日は久しぶりに、ノーラさんに会いに行く。でも、その前に、手土産を買いに〈北地区〉に、ちょっと寄り道したのだ。

 私は、まるで、実家に帰るような感じで、ソワソワしていた。あのアパートは、物凄く大好きだったし。ノーラさんも、厳しい人だけど、本当は、心根のとても優しい人だ。元住居を見るのも、お世話になった人に会えるのも、心から嬉しい。

 散々お世話になったり、新居祝いで、高価なエア・カートをもらったり。本来なら、もっと早くに、お礼をしに、うかがうべきだった。

 でも、せっかく、独り立ちするために、ノーラさんが、背中を押してくれたのだから。あまり、頻繁に会いに行くのも、マズイと思ったのだ。

 結局、会いに行きたいのを、ずっと我慢して、半年以上が経過した。新居祝いのパーティー以降、ノーラさんとは、全く会っていない。相変わらず、元気にやっているだろうか……?

〈東地区〉に入り、しばらく飛んでいくと、見慣れた建物が見えて来た。その瞬間、懐かしさで、胸がじんわり温かくなる。嬉しさと懐かしさで、ちょっと涙が出そうになった。

 私は、アパートの庭に、静かにエア・カートを着陸させる。機体から降りると、建物と敷地を、ぐるりと見まわした。

 昔住んでいた時と、何も変わらっていない。建物の入口も、敷地内も、とても綺麗に手入れされていた。きっと、綺麗好きなノーラさんが、毎日、隅々まで掃除しているのだろう。

 やっぱ、ここに来ると、物凄く落ち着くなぁー。この年季の入った建物が、味があっていいんだよねぇ。そういえば、あの屋根裏部屋って、今はどうなってるんだろう――?

 私は、建物を見上げ、最上階のさらに上にある、屋根を見つめた。そこには、小さな窓が、一つだけついている。私は、あそこからの町の眺めが、大好きだった。

 見えるのは、古びた住宅街だけだし。窓も小さいから、外も見づらい。今の家に比べたら、大して綺麗な景色ではないけれど。生活感があって、ホッとする眺めだった。

 って、いかんいかん。感傷にひたってる場合じゃないよ。早く行かないと、ノーラさんを待たせちゃう……。

 私は、助手席に置いてあった箱を、大事に抱えると、アパートの入口をくぐって、左に曲がる。目の前にあるのは、ノーラさんの部屋の扉だ。

 私は、背筋を伸ばして深呼吸すると、服装を正し、扉をノックした。いくら、知った顔とはいえ、やはり、ノーラさんと会う時は、かなり緊張する。仮にも『元シルフィード・クイーン』なのだから。私の、超大先輩だ。

 中から返事が聞こえて来ると、ほどなくして、静かに扉が開いた。

「こ――こんばんは。大変、ご無沙汰しておりました。新居祝いの際は、本当に、ありがとうございました。あんなに、高価なものをいただきまして……」
 私は、ノーラさんの顔を見た瞬間、深々と頭を下げる。

 今まで、滅茶苦茶、お世話になったのもあるけど。どうしても、彼女を見ると、かしこまってしまう。

「何やってんだ、お前?」 
「へっ――?」

「気持ち悪いから、普通に話しな。全然、似合ってないし」
「んがっ……。『立場に見合った行動をしろ』って、ノーラさんが、言ったんじゃないですかぁ!」

「あははっ。やっぱお前は、それが一番、似合ってるな」
「もー、からかわないで下さいよ。精一杯、上品に振る舞ってるんですから」 

 ノーラさんは、ゲラゲラと大笑いする。会う度に、いじられるのは、昔から変わらない。

「まぁ、入りな。ちょうど、夕食の準備が出来たところだ」
「はい。あぁ、これ、つまらない物ですが」
 私は、持っていた箱を、そっと差し出した。
 
「どこのだい?」
「これは〈青りんごの家〉の、アップルパイです。最近、見つけたんですけど、凄く美味しいんですよ」

「相変わらず、渋いのを選ぶな。しかし、よくあの店を見付けたな」
「ノーラさんも、行ったことあるんですか?」

〈青りんごの家〉は〈北地区〉にある、小さなパン屋だ。あの地区は、お店が少ないし。完全に、民家と同じ見た目なので、非常に分かり辛い。 

「自分の農場で育てたリンゴを使っている、この町で、一番アップルパイが美味しい店だ。パン屋というより、パイの専門店だな。見習い時代は、町の隅々まで飛んでたから、その時、見つけたんだよ」

「へぇぇー。ノーラさんにも、見習い時代が、あったんですね」
 当たり前と言えば、当たり前だけど。全く想像がつかない。

「当然だろ。それよりも、今になって、ようやく見つけるとは。お前、見習い時代、何やってたんだ? 練習、サボってたんじゃないのか?」

「超真剣にやってましたよ! ただ、見た目が全然、お店っぽくないし。民家の中にあったので、気付かなかったんですって」
 民家は、観光案内に関係ないので、あまり細かくは、チェックしないのだ。

「お前、まだまだ、だな。そんなんで、よくプリンセスやってるな」
「うぐっ――」
 大先輩のノーラさんに言われると、全く言い返せない。

 相変わらず、ノーラさんは辛口だ。突っ込みの厳しさと的確さは、ナギサちゃん以上だと思う。そんなこんなで、色々突っ込まれながら、部屋の中に入って行くのだった……。

 
 ******


 夕食後。私はダイニングのテーブルで、ハーブティーを飲んでいた。今日も、滅茶苦茶、豪勢な食事で、大満足だった。やっぱり、ノーラさんの手料理は、最高に美味しい。完全に、プロレベルの料理の腕前で、久々に感動してしまった。

 いつもは、買ってきたパンばかりだから。手料理って、滅多に、食べる機会がないんだよね。このアパートに住んでいた時は、しょっちゅう、お呼ばれして食べてたけど。今になって、その有難みを痛感する。

「で、今日の話は何だい? 別に、礼を言うだけで、来たんじゃないんだろ?」
「はい。まぁ、色々ありまして――」

「また、何かやらかして、協会がらみの問題じゃないだろうな?」
「いや、何もしてませんから。ただ、協会が関係あるのは、合ってますが……」
「何だい、うじうじしてないで、ハッキリ言いな」

 今回の件は、物凄く話し辛い。自分のことなら、いくらでも言えるんだけど。他の人のことは、どう説明していいのか、どこまで話していいのか、判断が難しいからだ。でも、ノーラさんの鋭い視線に促され、静かに話し始めた。

「その、今回は、リリーシャさんの件なんです。実は先日、リリーシャさんのところに、協会から、昇進を知らせる手紙が届きまして――」 
「何だ、そんなことか」 
 
 ノーラさんは、表情一つ動かさずに、あっさりと答える。

「って、驚かないんですか?」 
「まぁ、慰霊祭も終わったし、時期的に、そろそろ決まると思ってたからな。それに、選ばれるとしたら、リリー嬢ちゃんしかいないだろ」

「何で、リリーシャさんが選ばれる、と思ったんですか?」
 私は、ただの個人的な願望だったけど。ノーラさんは、何らかの、確信があったはずだ。

「そんなの、一番、優秀だからに決まってるだろ。それに、理事たちは、何だかんだで、伝統を重視する保守派が多い。派手なシルフィードよりも、古風で大人しい、リリー嬢ちゃんを選ぶのは当然だ。シルフィードの、手本のような存在だからな」

「あと、権威主義の人間は、所属や家系などの背景も重視する。母親が『伝説のシルフィード』とまで言われた『グランド・エンプレス』なんだから。実力も血統も、何一つ、文句のつけようがないだろ?」

 確かに、その通りだ。本人も、その母親も、人気・実績・実力の全てにおいて、文句のつけようがないほど、ハイレベルだった。

「でも、結局、断ったんだろ?」
「えぇっ?! 知ってたんですか?」
「いや。ただ、リリー嬢ちゃんの性格なら、断るだろうと思っただけだ」

 そういえば、ノーラさんは、物凄く勘の鋭い人だ。やはり、リリーシャさんと付き合いが長い分、色々と分かってるのだろうか?

「その、なぜ、断ると思ったんですか? いくら考えても、私には、全然、意味が分からなくて……」
「それで、今日、相談に来たのか?」
 
「まぁ、そんな感じです。断ってしまった事実は、いまさら、変わらないです。でも、リリーシャさんの気持ちが分からないのが、一番、気になってしまって――」

 一応は、私も納得したし。リリーシャさんの選択を、ちゃんと尊重して、全力で応援すると決めた。でも、完全に、スッキリした訳ではなかった。

 これほど長く、一緒にいるのに。私は、いまだに、リリーシャさんの気持ちを、理解しきれていない。もう、これ以上、彼女の本当の気持ちを、分からないままでは、いたくなかった。

 つまり、今回の選択の問題ではなく、彼女の本心が分からないのが、一番、気になっているのだ。おそらく、リリーシャさんを一番よく知っているのは、ノーラさんだと思う。だから、今日、その話をしに来たのだ。

「そんなの、本人に、訊けばいいじゃないか?」 
「もちろん、理由は聴きました。でも、リリーシャさんは、けっして、本音は言わない人です。それに……」

 私は、リリーシャさんが面接に行ってきた日の、詳細を話した。シルフィードを、好きでやっている訳ではないこと。いつまで続けるか、分からないこと。私にとっては、滅茶苦茶ショックで、とても辛い言葉だった。

「なんだ、ちゃんと、答えを言ってるじゃないか」
「でも、それって、本音なんでしょうか? あんなに、活き活きと楽しそうにやっていて。いつも素敵な笑顔で。嫌々やっている人は、あんな事できないと思うんです」

 あれがもし、演技でやっているとしたら、プロの大女優並の能力だ。

「確かに、リリー嬢ちゃんは、本音は中々言わないがな。でも、今回の言葉は、間違いなく本音だろ? それに、好きじゃないことだって、完璧にやり遂げるぐらいの、努力家なんだよ」

「じゃあ、辛いのを我慢してやっていた、ってことですか?」

 リリーシャさんが、誰よりも努力家なのは、ずっとそばで見ていて、誰よりも知っている。じゃあ、自分が、好きでやってるように見せるために、必死に努力してたってこと?

「何でそうなる? お前の中には、大好きと大嫌いしかないのか? 大好きではないけど、普通に、好きだった。ただ、お前ほど好きじゃないと、言いたかったんだろ? 好きにも、色んな大きさがあるからな」

「好きだけど、天職というほどではない。それだけのことだ。リリー嬢ちゃんは、言葉が足りないし。お前も、たいがい察しが悪いし。どっちもどっちだな。だが、お前もいい加減、相手の気持ちを察することを、覚えたらどうだ?」

 ノーラさんは、静かに私を見つめて来る。

「なるほど――そういうことですか。やっぱり、私って、全然、リシーシャさんの気持ちが、見えていなかったんですね……」

 シルフィードが、嫌いじゃないことが分かって、少しホッとした。でも、相変わらず、リリーシャさんを理解できていないのは、物凄くショックだ。分かろうと、努力はしているんだけど――。

「一番の問題は、お前が、勝手に決めつけていることだ。自分が天職だから、他の人間もそうとは限らない。それに、お前は、リリー嬢ちゃんを、美化して見過ぎだ。どんなに優れていても、ただの人間だぞ」

「自分の価値観や理想を、無理やり、押し付けようとするから、相手の心が見えないんだ。ちゃんと、一人の人間として見たらどうだ? あと、人には、それぞれの価値観や道がある。けっして、自分の思い通りには、ならないんだよ」 

「……」 

 正論すぎて、何も言葉が出てこなかった。あまりにも、思い当たる節が、あり過ぎるからだ。私は、ずっとリリーシャさんを、特別視し過ぎていた。今だって、リリーシャさんは、はるか高見にいる、特別な人に思える。
 
「まぁ、他人の生き方は、なるようにしかならない、ってことだ。お前だって、そうだっただろ?」
「えっ――?」

「お前が、親の反対を押し切って、家出してきたのは。自分の道を、真っ直ぐ進んだからじゃないのか? 結局、人の進むべき道は、誰にも変えられないんだよ」
「あぁ……なるほど、確かに」

 きっと親は、自分たちと同じ、安定した道を進ませたかったのだと思う。もちろん、私を心配してくれていたのは分かる。でも、それは、親の道であって、私の道ではなかった。結局、私は、自分の道を選んで、ここまでやって来た。

 なら、リリーシャさんにも、自分の道があるのだろう。ちょっと、寄り道していただけで。これからは、自分の道を、真っ直ぐ進んで行くのだと思う。私が、そうだったように、やっぱり、誰にも変えることは、できないのだろう。

「そうですね――。私は、これからも、私の道を進んで。リリーシャさんも、彼女の道を進んで行く。ただ、それだけなんですよね?」

「あぁ。できるのは、ただ一つ。自分の道を進むことに、専念するだけだ。余力があれば、他の人間が、進むべき道に進めるよう、応援してやればいい」
「はい。そうします」 
  
 リリーシャさんは、自己主張しない人だから、あまり気にした事がなかったけど。ちゃんと、自分の進むべき道があるのだ。もしかしたら、ずっと昔から、他にやりたいことが、あったのかもしれない。

 自分と同じ道に進ませようとするなんて、ただのワガママだ。大好きな人だからこそ、望むべき道に進めるように、応援してあげるべきだと思う。

 道が分かれてしまうのは、物凄く寂しいけど。これからも、リリーシャさんの進むべき道を、見守って行こう。自分の道を進んでこそ、その先に、本当の幸せがあるのだから……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『人は夢を叶えるために生きているんだと思う』
 
 人生において最大の不幸は、叶えたい夢を持たないことだ
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...