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第8部 分かたれる道
5-7変装って何か悪いことしてるみたいで後ろめたい
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日曜の昼間。いつもなら、観光案内で、忙しく飛び回っている時間だ。でも『一週間の営業停止中』なので、今日は仕事がない。シルフィードを始めてから、土日・祝日は、いつも仕事だったので、日曜に休むのは、初めての経験だ。
ちなみに、今日は、ユメちゃんと一緒に〈南地区〉に来ていた。私は『謹慎中だから』と、断ったんだけど。『どうせ家にいても、ゴロゴロしてるだけでしょ?』と、無理やり、連れ出されてしまったのだ。確かに、その通りなんだけど……。
一日、二日なら、まだしも。流石に、一週間は長すぎる。毎日、クローゼットの中の、シルフィードの制服を見るたびに、早く仕事に行きたくて、うずうずしていた。
結局、することがなくて、家でゴロゴロしている。仕事をしていた時は、一瞬で、一日が終わってたのに。今は、一日の時間が、永遠に感じるぐらいに長い。じっとしているのも、そろそろ限界だ。
まぁ、こんなに、無駄な時間を消費するぐらいなら、外の空気を吸いに行ったほうが、マシかもしれないよね。仕事ができないだけで、外出は、禁止されていない訳だし。
ただ、世間では、かなり話題になっているので、今日は、バッチリ変装してきた。ユメちゃんが持ってきた服を着て、ウィックをつけ、サングラスも掛けている。すっかり、セレブな雰囲気になり、完全に、見た目は別人だった。
ロングヘアって、初めてなので、何か違和感がある。でも、これなら私だと、誰も分からないはずだ。
変装のお蔭で、バレないとは思うけど、何か後ろめたい気がする。まるで、仕事を、ズル休みしているような気分だ――。
私は、ユメちゃんと一緒に、いろんな店を回って行った。いつもなら、私が案内するんだけど。今日はずっと、ユメちゃんに連れ回されていた。何だか、今日の彼女は、妙にテンションが高い。
休日で学校が休みだから、というのも、あるかもしれないけど。たぶん、私に気を遣ってくれているんだと思う。結局、私が落ち込んだり、悩んだりしている時、いつも元気づけてくれるのは、昔からユメちゃんだった。
私たちは、軽くランチを済ませたあと、人気のフルーツパーラーに来ていた。テラス席は、ほぼ満席状態で、物凄く賑わっている。
今、私たちの目の前には、滅茶苦茶、巨大なパフェが置かれていた。『スペシャル・デラックス・スーパータワー・パフェ』という、名前からして、とんでもない、超特大パフェだ。
もし、フィニーちゃんがいたら、大喜びで、完食したに違いない。でも、私たちは、絶対に、一人じゃ無理な量なので、二人で挑戦していた。先ほどから、必死に、スプーンを動かしているが、全然、減っていない気がする。
「ねぇ、ユメちゃん。今更だけど、やっぱ、これ無理じゃない?」
「何言ってるの、風ちゃんらしくもない。不可能を可能にするのが、いつもの風ちゃんでしょ?」
「いや、いくらなんでも、この量は。気合じゃ、胃袋は、大きくならないから」
「まぁ、いいじゃん。『成否が大事じゃないし、何事も経験』って、風ちゃんが、前に言ってたことだよ」
「あははっ……そうだっけ? まぁ、あのころは、若かったからねぇ」
そういえば、昔は、よくそんなことを、言ってた気もする。
「いやいや、今だって、若いでしょ! なに言ってるの?」
「でも、シルフィード業界だと、十八って、若くないよ」
この業界は、新人の子たちは、十五か十六。なので、若いという感覚は、十七歳ぐらいまでだ。『エア・マスター』以上になると、もう、新人としては、見てもらえないし。物凄く、早熟な業界なのだ。
「そんなこと言ったら、私なんか、どうするの? みんなより、二年遅れで、デビューするんだから。最初から、年寄りじゃん」
ユメちゃんは、ブーッと頬を膨らませる。
彼女は、二年、休学して、また、一年生からやり直していた。なので、他の人より、スタートが遅くなってしまう。でも、そのハンデは、本人も承知して選んだはずだ。
「ユメちゃんは、大丈夫だよ。頭いいから、ストレートで、昇進すると思うし。『エア・マスター』になっちゃったら、全員、横並びで、一緒だから」
「でも、シルフィードって、若い人のほうが、人気あるんでしょ?」
「全然、そんなことないよー。歳を重ねるごとに、人気が出る人もいるし。リリーシャさんなんか、まさに、そんな感じだから」
リリーシャさんは、今、二十二歳。でも、初めて出会った時と変わらず、若々しいし。ますます、美しくなった気がする。ファンの数も、うなぎ上りに増えていた。
「確かに『天使の羽』は、相変わらず、物凄い人気だもんね。風ちゃんより、人気あるの?」
「当然だよ。私なんて、足元にも及ばないから。そもそも『グランド・エンプレス』の指名が、来るぐらいだもん」
「ええぇぇー?! そうだったの?」
「あっ、ゴメン――。今の、オフレコでお願い。まだ、正式決定じゃないから」
ELのやり取りでも、まだ、話していなかった。ことがことだから、本決まりまでは、言っちゃマズイと思ったので。でも、気が抜けていたせいか、うっかり、口に出てしまった。
「って、それいつの話?」
「数日前に、来たばかりで。面接も、これからだよ」
「うー、聴いてないよー」
「ごめんね。決まってから、知らせようと思って」
指名が来た以上、ほぼ決まったも同然だと思う。でも、本決まりするまでは、やっぱり、少し不安だった。
「決まったら、世界中で、物凄い騒ぎになるだろうね」
「なんで?」
「だって、親子二代で『グランド・エンプレス』だよ。それって、とんでもない快挙じゃん。本当に〈ホワイト・ウイング〉って、史上初が多いよね」
「あー、確かに……」
そもそも『親子二代で上位階級』というのも、史上初で、凄く話題になったらしい。〈ホワイト・ウイング〉の、知名度の高さの一端は、そこにある。
「会社が人気になれば、仕事も増えて、いいことだと思うけど。風ちゃんは、本当に、それでいいの?」
「え――?」
「だって、風ちゃんも、エンプレスを目指してたでしょ? 一席しかないのに、ゆずっちゃっても、いいの?」
ユメちゃんは、真剣な表情で訊ねてきた。
「……まぁ、全く心残りがないと言えば、嘘になるけど。でも、今回は、すんなり受け入れられたんだ。どう考えったって、エンプレスに一番ふさわしいのは、リリーシャさんだもん。私の中では、最高のシルフィードだから」
「もし、他の人に指名が行ったなら、滅茶苦茶、ショックだったと思うけど。リリーシャさんなら、自分のことのように、物凄く嬉しいよ。今まで以上に、追い掛け甲斐があるし」
むしろ、リリーシャさんに指名が来たことで、ホッとしていた。彼女が、私の上にいてくれることで、これからも、永遠に目標として、追い掛けられるのだから。
「相変わらず、風ちゃんは、リリーシャさん一筋だねぇ。でも、私は、ちょっと残念かなぁ。風ちゃんが、エンプレスになるところ、見てみたかったし」
「なんて言うか、時期が悪かったよね。すでに、クイーンが、七人もいるんだし。全員、滅茶苦茶、優秀な人たちだから。私なんて、プリンセスになったばかりだから、まずは、クイーンを目指さないと」
「今は『珠玉の世代』なんて、言われてるし。確かに、優秀な人が多いよね。でも、その中から一人を選ぶなら、やっぱり、私も『天使の羽』にするかな」
「でしょー! やっぱ、そうだよね」
リリーシャさんの優秀さは、誰もが知るところだ。そもそも、欠点らしい欠点が、何もないので、非の打ち所がなかった。
「でも、風ちゃんがクイーンだったら、絶対に、風ちゃんを選ぶけどね!」
「あははっ、ありがとう」
ユメちゃんの私びいきは、昔から変わらない。
「それより、風ちゃん大丈夫?」
「えっ――なにが?」
「だって、元気ないじゃん。お店を回ってる時も、ボーッとしたり、心ここにあらずな感じで」
「うっ……そうだった? ごめんね。一応、謹慎中の身なので――」
「まだ、気にしてるの? 先日の火事のこと」
「うん。まだ、少しだけ、モヤモヤしてるかな。人としては、間違ってないと思うんだけど。立場的には、間違った行動だったのかなぁー、なんて」
少女を助けたことには、全く悔いはない。むしろ、あそこで行動しなかったら、別の意味で、後々まで、後悔していただろう。ただ、ルール違反をしたのは事実で、正しい行動だったとは、自信を持って言えない。
「間違ってなんかない! 絶対、正しい行動だったから! 私が同じ立場だったら、絶対に、同じことするよ!」
「ちょっ……ユメちゃん、声大きい――」
周囲の視線が、一斉に、こちらに集まる。私は、ペコペコと頭を下げた。
「とにかく、誰がなんと言おうと、絶対に、正しい行動だったよ。人の命以上に大事なものなんて、ある訳ないもん。それは、命を救ってもらった私が、一番よく分かってるから」
「……そうだよね。なんて言うか、いてもたっても、いられなくて。気付いたら、勝手に体が動いちゃって。アリーシャさんも、きっと、そんな気持ちだったんだろうね。自分の立場とか、一切、関係なしに」
『三・二一事件』の、アリーシャさんの行動についても、一部では『立場を考えて自重するべきだった』という、批判的な意見がある。
でも、それは、現場にいなかったからこそ、言える意見だと思う。目の前の人を見捨てるのは、想像以上に、辛い選択だから。
「きっと、そうだと思う。だから私も、彼女と同じように、人として正しく生きたいんだ。自分の保身なんか考えてたら、正しいことが、何も出来なくなっちゃうよ」
「だよねぇ。でも、上位階級の立場って、凄く難しいんだ。大きな権限とか、人気とかある代わりに、行動に制限があるから。昇進してから、日々ずっと悩んでるよ。『どこまで素でやっていのか?』って」
「全部、素でいいんじゃない? 私は、ありのままの風ちゃんが、一番、好きだよ。どんなことにも、迷わず果敢に進んで行く、強い意思と行動力。私は、それに憧れて、シルフィードになろうと、思ったんだから」
ユメちゃんは、言いながら、パフェをどんどん食べ進める。ちょっと、やけになっている気もする。
「世の中の人が、全員、ユメちゃんみたいに、理解があったら、楽でいいんだけどね。でも、結局、こうして営業停止に、なっちゃった訳だし。立場もルールも、守らないとならないから、自分らしい行動は、難しいよ」
「自分のやりたいことや、正義を貫くのも、大事だと思う。でも、周りに合わせたり、ルールを守るのも、世の中では、大事だから。それが『大人になる』ってことなのかもね――」
ユメちゃんを見ると、一昔前の自分と、姿が重なる。血気盛んで『何でも自分で出来る』『何でも自分の考えが正しい』と、思っていた、あのころに。でも、社会に出て、自分の無力さを知ってから、少しずつ、丸くなってきた。
「そんなんだったら、風ちゃんは、一生、大人にならなくていいよ。周りを気にして、縮こまってるなんて、風ちゃんらしくないもん」
「いや、流石に、そういう訳にも。ってか、私のイメージって……?」
ユメちゃんの中の私は、見習い時代から、何も変わっていないみたいだ。
「私、決めた! 将来、絶対にシルフィード協会の理事になる。そして、つまんないルールは、全部、変えるから。正しい行動をして罰せられるなんて、あり得ないよ」
「あははっ――。ユメちゃんなら、本当に、やりそうだね」
一見、大人しそうな性格だけど、ユメちゃんは、物凄く有言実行だ。結構、熱い性格だし、行動力もある。学校に通い始めてから、どんどん、昔の私に、似て来た気がする……。
でも、積極的に行動する、彼女の姿を見ていると、とても元気になる。可能か不可能か、正しいか間違ってるか。そんなの関係ないんだよね、若いころって。やれると思うからやる。ただ、それだけの、至ってシンプルな考え方だ。
私も、昔みたいに、もっとシンプルに考えて、行動したほうがいいのかも。立場上の行動って、結局は、保身を考えてるだけだよね――?
「私も、決めたよ。これからは、もっと、私らしく行動する。まぁ、それで、上位階級をクビになっちゃったら、それはそれだよね」
「うんうん、それでこそ、風ちゃんだよ! でも、クビになんて、絶対にさせないから。もし、そんなことになったら、うちの親に頼んで、シルフィード協会、潰してもらうから」
「ちょっ……なに不穏なこと、言ってるの? 冗談だよね?」
「えっ? 本気だけど」
「怖い、怖いって、ユメちゃん!」
ユメちゃんが言うと、冗談に聞こえないから怖い。でも、お蔭で、物凄くすっきりした。
「それよりも、私、もう限界なんですけど――」
「えぇー?! まだ、半分も行ってないよ。もっと、頑張ってよー! って、うぷっ。私も、きつくなってきた……」
結局、超特大パフェは、周りにいたお客さんたちにも、手伝って貰って、かろうじて完食した。当分、パフェは見たくないかも――。
ただ、今回の火事の件で、少し吹っ切れた気がする。やっぱり、正しいと思うことは、どんな立場だろうと、やると思うし。同じ場面に遭遇したら、また、同じ行動をするだろう。
アリーシャさんも、エンプレスになったあとも、気ままにやってたみたいだし。私も、私らしくやればいいと思う。昇進のために、自分を殺してしまっては、意味がないし。リスクのない行動だけを選ぶなんて、私らしくない。
私は私のやり方で、これからも、真っ直ぐ、前に進んで行こう。例え、それで認められなかったとしても。きっと、ユメちゃんのように、私を認めてくれる人は、いると思うから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『この幸せな時間が永遠に続くと思っていたのに……』
永遠に続く道はない。いつかは分かれ道が訪れる
ちなみに、今日は、ユメちゃんと一緒に〈南地区〉に来ていた。私は『謹慎中だから』と、断ったんだけど。『どうせ家にいても、ゴロゴロしてるだけでしょ?』と、無理やり、連れ出されてしまったのだ。確かに、その通りなんだけど……。
一日、二日なら、まだしも。流石に、一週間は長すぎる。毎日、クローゼットの中の、シルフィードの制服を見るたびに、早く仕事に行きたくて、うずうずしていた。
結局、することがなくて、家でゴロゴロしている。仕事をしていた時は、一瞬で、一日が終わってたのに。今は、一日の時間が、永遠に感じるぐらいに長い。じっとしているのも、そろそろ限界だ。
まぁ、こんなに、無駄な時間を消費するぐらいなら、外の空気を吸いに行ったほうが、マシかもしれないよね。仕事ができないだけで、外出は、禁止されていない訳だし。
ただ、世間では、かなり話題になっているので、今日は、バッチリ変装してきた。ユメちゃんが持ってきた服を着て、ウィックをつけ、サングラスも掛けている。すっかり、セレブな雰囲気になり、完全に、見た目は別人だった。
ロングヘアって、初めてなので、何か違和感がある。でも、これなら私だと、誰も分からないはずだ。
変装のお蔭で、バレないとは思うけど、何か後ろめたい気がする。まるで、仕事を、ズル休みしているような気分だ――。
私は、ユメちゃんと一緒に、いろんな店を回って行った。いつもなら、私が案内するんだけど。今日はずっと、ユメちゃんに連れ回されていた。何だか、今日の彼女は、妙にテンションが高い。
休日で学校が休みだから、というのも、あるかもしれないけど。たぶん、私に気を遣ってくれているんだと思う。結局、私が落ち込んだり、悩んだりしている時、いつも元気づけてくれるのは、昔からユメちゃんだった。
私たちは、軽くランチを済ませたあと、人気のフルーツパーラーに来ていた。テラス席は、ほぼ満席状態で、物凄く賑わっている。
今、私たちの目の前には、滅茶苦茶、巨大なパフェが置かれていた。『スペシャル・デラックス・スーパータワー・パフェ』という、名前からして、とんでもない、超特大パフェだ。
もし、フィニーちゃんがいたら、大喜びで、完食したに違いない。でも、私たちは、絶対に、一人じゃ無理な量なので、二人で挑戦していた。先ほどから、必死に、スプーンを動かしているが、全然、減っていない気がする。
「ねぇ、ユメちゃん。今更だけど、やっぱ、これ無理じゃない?」
「何言ってるの、風ちゃんらしくもない。不可能を可能にするのが、いつもの風ちゃんでしょ?」
「いや、いくらなんでも、この量は。気合じゃ、胃袋は、大きくならないから」
「まぁ、いいじゃん。『成否が大事じゃないし、何事も経験』って、風ちゃんが、前に言ってたことだよ」
「あははっ……そうだっけ? まぁ、あのころは、若かったからねぇ」
そういえば、昔は、よくそんなことを、言ってた気もする。
「いやいや、今だって、若いでしょ! なに言ってるの?」
「でも、シルフィード業界だと、十八って、若くないよ」
この業界は、新人の子たちは、十五か十六。なので、若いという感覚は、十七歳ぐらいまでだ。『エア・マスター』以上になると、もう、新人としては、見てもらえないし。物凄く、早熟な業界なのだ。
「そんなこと言ったら、私なんか、どうするの? みんなより、二年遅れで、デビューするんだから。最初から、年寄りじゃん」
ユメちゃんは、ブーッと頬を膨らませる。
彼女は、二年、休学して、また、一年生からやり直していた。なので、他の人より、スタートが遅くなってしまう。でも、そのハンデは、本人も承知して選んだはずだ。
「ユメちゃんは、大丈夫だよ。頭いいから、ストレートで、昇進すると思うし。『エア・マスター』になっちゃったら、全員、横並びで、一緒だから」
「でも、シルフィードって、若い人のほうが、人気あるんでしょ?」
「全然、そんなことないよー。歳を重ねるごとに、人気が出る人もいるし。リリーシャさんなんか、まさに、そんな感じだから」
リリーシャさんは、今、二十二歳。でも、初めて出会った時と変わらず、若々しいし。ますます、美しくなった気がする。ファンの数も、うなぎ上りに増えていた。
「確かに『天使の羽』は、相変わらず、物凄い人気だもんね。風ちゃんより、人気あるの?」
「当然だよ。私なんて、足元にも及ばないから。そもそも『グランド・エンプレス』の指名が、来るぐらいだもん」
「ええぇぇー?! そうだったの?」
「あっ、ゴメン――。今の、オフレコでお願い。まだ、正式決定じゃないから」
ELのやり取りでも、まだ、話していなかった。ことがことだから、本決まりまでは、言っちゃマズイと思ったので。でも、気が抜けていたせいか、うっかり、口に出てしまった。
「って、それいつの話?」
「数日前に、来たばかりで。面接も、これからだよ」
「うー、聴いてないよー」
「ごめんね。決まってから、知らせようと思って」
指名が来た以上、ほぼ決まったも同然だと思う。でも、本決まりするまでは、やっぱり、少し不安だった。
「決まったら、世界中で、物凄い騒ぎになるだろうね」
「なんで?」
「だって、親子二代で『グランド・エンプレス』だよ。それって、とんでもない快挙じゃん。本当に〈ホワイト・ウイング〉って、史上初が多いよね」
「あー、確かに……」
そもそも『親子二代で上位階級』というのも、史上初で、凄く話題になったらしい。〈ホワイト・ウイング〉の、知名度の高さの一端は、そこにある。
「会社が人気になれば、仕事も増えて、いいことだと思うけど。風ちゃんは、本当に、それでいいの?」
「え――?」
「だって、風ちゃんも、エンプレスを目指してたでしょ? 一席しかないのに、ゆずっちゃっても、いいの?」
ユメちゃんは、真剣な表情で訊ねてきた。
「……まぁ、全く心残りがないと言えば、嘘になるけど。でも、今回は、すんなり受け入れられたんだ。どう考えったって、エンプレスに一番ふさわしいのは、リリーシャさんだもん。私の中では、最高のシルフィードだから」
「もし、他の人に指名が行ったなら、滅茶苦茶、ショックだったと思うけど。リリーシャさんなら、自分のことのように、物凄く嬉しいよ。今まで以上に、追い掛け甲斐があるし」
むしろ、リリーシャさんに指名が来たことで、ホッとしていた。彼女が、私の上にいてくれることで、これからも、永遠に目標として、追い掛けられるのだから。
「相変わらず、風ちゃんは、リリーシャさん一筋だねぇ。でも、私は、ちょっと残念かなぁ。風ちゃんが、エンプレスになるところ、見てみたかったし」
「なんて言うか、時期が悪かったよね。すでに、クイーンが、七人もいるんだし。全員、滅茶苦茶、優秀な人たちだから。私なんて、プリンセスになったばかりだから、まずは、クイーンを目指さないと」
「今は『珠玉の世代』なんて、言われてるし。確かに、優秀な人が多いよね。でも、その中から一人を選ぶなら、やっぱり、私も『天使の羽』にするかな」
「でしょー! やっぱ、そうだよね」
リリーシャさんの優秀さは、誰もが知るところだ。そもそも、欠点らしい欠点が、何もないので、非の打ち所がなかった。
「でも、風ちゃんがクイーンだったら、絶対に、風ちゃんを選ぶけどね!」
「あははっ、ありがとう」
ユメちゃんの私びいきは、昔から変わらない。
「それより、風ちゃん大丈夫?」
「えっ――なにが?」
「だって、元気ないじゃん。お店を回ってる時も、ボーッとしたり、心ここにあらずな感じで」
「うっ……そうだった? ごめんね。一応、謹慎中の身なので――」
「まだ、気にしてるの? 先日の火事のこと」
「うん。まだ、少しだけ、モヤモヤしてるかな。人としては、間違ってないと思うんだけど。立場的には、間違った行動だったのかなぁー、なんて」
少女を助けたことには、全く悔いはない。むしろ、あそこで行動しなかったら、別の意味で、後々まで、後悔していただろう。ただ、ルール違反をしたのは事実で、正しい行動だったとは、自信を持って言えない。
「間違ってなんかない! 絶対、正しい行動だったから! 私が同じ立場だったら、絶対に、同じことするよ!」
「ちょっ……ユメちゃん、声大きい――」
周囲の視線が、一斉に、こちらに集まる。私は、ペコペコと頭を下げた。
「とにかく、誰がなんと言おうと、絶対に、正しい行動だったよ。人の命以上に大事なものなんて、ある訳ないもん。それは、命を救ってもらった私が、一番よく分かってるから」
「……そうだよね。なんて言うか、いてもたっても、いられなくて。気付いたら、勝手に体が動いちゃって。アリーシャさんも、きっと、そんな気持ちだったんだろうね。自分の立場とか、一切、関係なしに」
『三・二一事件』の、アリーシャさんの行動についても、一部では『立場を考えて自重するべきだった』という、批判的な意見がある。
でも、それは、現場にいなかったからこそ、言える意見だと思う。目の前の人を見捨てるのは、想像以上に、辛い選択だから。
「きっと、そうだと思う。だから私も、彼女と同じように、人として正しく生きたいんだ。自分の保身なんか考えてたら、正しいことが、何も出来なくなっちゃうよ」
「だよねぇ。でも、上位階級の立場って、凄く難しいんだ。大きな権限とか、人気とかある代わりに、行動に制限があるから。昇進してから、日々ずっと悩んでるよ。『どこまで素でやっていのか?』って」
「全部、素でいいんじゃない? 私は、ありのままの風ちゃんが、一番、好きだよ。どんなことにも、迷わず果敢に進んで行く、強い意思と行動力。私は、それに憧れて、シルフィードになろうと、思ったんだから」
ユメちゃんは、言いながら、パフェをどんどん食べ進める。ちょっと、やけになっている気もする。
「世の中の人が、全員、ユメちゃんみたいに、理解があったら、楽でいいんだけどね。でも、結局、こうして営業停止に、なっちゃった訳だし。立場もルールも、守らないとならないから、自分らしい行動は、難しいよ」
「自分のやりたいことや、正義を貫くのも、大事だと思う。でも、周りに合わせたり、ルールを守るのも、世の中では、大事だから。それが『大人になる』ってことなのかもね――」
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「そんなんだったら、風ちゃんは、一生、大人にならなくていいよ。周りを気にして、縮こまってるなんて、風ちゃんらしくないもん」
「いや、流石に、そういう訳にも。ってか、私のイメージって……?」
ユメちゃんの中の私は、見習い時代から、何も変わっていないみたいだ。
「私、決めた! 将来、絶対にシルフィード協会の理事になる。そして、つまんないルールは、全部、変えるから。正しい行動をして罰せられるなんて、あり得ないよ」
「あははっ――。ユメちゃんなら、本当に、やりそうだね」
一見、大人しそうな性格だけど、ユメちゃんは、物凄く有言実行だ。結構、熱い性格だし、行動力もある。学校に通い始めてから、どんどん、昔の私に、似て来た気がする……。
でも、積極的に行動する、彼女の姿を見ていると、とても元気になる。可能か不可能か、正しいか間違ってるか。そんなの関係ないんだよね、若いころって。やれると思うからやる。ただ、それだけの、至ってシンプルな考え方だ。
私も、昔みたいに、もっとシンプルに考えて、行動したほうがいいのかも。立場上の行動って、結局は、保身を考えてるだけだよね――?
「私も、決めたよ。これからは、もっと、私らしく行動する。まぁ、それで、上位階級をクビになっちゃったら、それはそれだよね」
「うんうん、それでこそ、風ちゃんだよ! でも、クビになんて、絶対にさせないから。もし、そんなことになったら、うちの親に頼んで、シルフィード協会、潰してもらうから」
「ちょっ……なに不穏なこと、言ってるの? 冗談だよね?」
「えっ? 本気だけど」
「怖い、怖いって、ユメちゃん!」
ユメちゃんが言うと、冗談に聞こえないから怖い。でも、お蔭で、物凄くすっきりした。
「それよりも、私、もう限界なんですけど――」
「えぇー?! まだ、半分も行ってないよ。もっと、頑張ってよー! って、うぷっ。私も、きつくなってきた……」
結局、超特大パフェは、周りにいたお客さんたちにも、手伝って貰って、かろうじて完食した。当分、パフェは見たくないかも――。
ただ、今回の火事の件で、少し吹っ切れた気がする。やっぱり、正しいと思うことは、どんな立場だろうと、やると思うし。同じ場面に遭遇したら、また、同じ行動をするだろう。
アリーシャさんも、エンプレスになったあとも、気ままにやってたみたいだし。私も、私らしくやればいいと思う。昇進のために、自分を殺してしまっては、意味がないし。リスクのない行動だけを選ぶなんて、私らしくない。
私は私のやり方で、これからも、真っ直ぐ、前に進んで行こう。例え、それで認められなかったとしても。きっと、ユメちゃんのように、私を認めてくれる人は、いると思うから……。
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次回――
『この幸せな時間が永遠に続くと思っていたのに……』
永遠に続く道はない。いつかは分かれ道が訪れる
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【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~
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~あらすじ~
炎の力を使える青年、リ・リュウキは記憶を失っていた。
見知らぬ山を歩いていると、人ひとり分ほどの大きな氷を発見する。その中には──なんと少女が悲しそうな顔をして凍りついていたのだ。
美しい少女に、リュウキは心を奪われそうになる。
炎の力をリュウキが放出し、氷の封印が解かれると、驚くことに彼女はまだ生きていた。
謎の少女は、どういうわけか、ハクという化け物の白虎と共生していた。
なぜ氷になっていたのかリュウキが問うと、彼女も記憶がなく分からないのだという。しかし名は覚えていて、彼女はソン・ヤエと名乗った。そして唯一、闇の記憶だけは残っており、彼女は好きでもない男に毎夜乱暴されたことによって負った心の傷が刻まれているのだという。
記憶の一部が失われている共通点があるとして、リュウキはヤエたちと共に過去を取り戻すため行動を共にしようと申し出る。
最初は戸惑っていたようだが、ヤエは渋々承諾。それから一行は山を下るために歩き始めた。
だがこの時である。突然、ハクの姿がなくなってしまったのだ。大切な友の姿が見当たらず、ヤエが取り乱していると──二人の前に謎の男が現れた。
男はどういうわけか何かの事情を知っているようで、二人にこう言い残す。
「ハクに会いたいのならば、満月の夜までに西国最西端にある『シュキ城』へ向かえ」
「記憶を取り戻すためには、意識の奥底に現れる『幻想世界』で真実を見つけ出せ」
男の言葉に半信半疑だったリュウキとヤエだが、二人にはなんの手がかりもない。
言われたとおり、シュキ城を目指すことにした。
しかし西の最西端は、化け物を生み出すとされる『幻草』が大量に栽培される土地でもあった……。
化け物や山賊が各地を荒らし、北・東・西の三ヶ国が争っている乱世の時代。
この世に平和は訪れるのだろうか。
二人は過去の記憶を取り戻すことができるのだろうか。
特異能力を持つ彼らの戦いと愛情の物語を描いた、古代中国風ファンタジー。
★2023年1月5日エブリスタ様の「東洋風ファンタジー」特集に掲載されました。ありがとうございます(人´∀`)♪
☆special thanks☆
表紙イラスト・ベアしゅう様
77話挿絵・テン様
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