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第8部 分かたれる道
5-2伝統は過去の栄光ではなくより良い未来のために
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私は〈シルフィード協会〉の会議室で、理事会に参加していた。今日も朝から、議論が重ねられているが、かなり、煮詰まっている様子だった。それぞれの理事の意見が、いまだに、割れたままだからだ。
今、行われているのは、上位階級への昇進会議だった。毎回、この会議は、非常に長丁場になる。全員の意見が、すんなり一致することは、まず、ないからだ。
上位階級は、世間に与える影響が、極めて大きい。そのため、安易に選出することは、できないのだ。全シルフィードの代表であり、この町の象徴でもある。さらに、全世界のシルフィード・ファンの、憧れの的でもあった。
人気・人格・技術・品位・外見。あらゆる部分が、細かく審査される。全てにおいて、他のシルフィードより、数段、優れている必要があった。
最近は、特に、外見が重視される傾向がある。能力には、ほとんど、関係ない部分ではあるが。結局、大多数は、人を外見で判断するため、これは、ある程度やむを得ない。最近の上位階級が、美形ぞろいなのも、外見重視の影響だ。
ただ、一番、問題になるのは、シルフィード個人よりも、各理事の利権だった。十五人の理事は、元シルフィード、もしくは、シルフィード会社の、元関係者だ。中には、元経営者や重役、大株主などもいる。
つまり、どの理事も、どこかしらの企業と繋がりがあり、利権が絡んでいるのだ。もし、上位階級が、その企業から出れば、大幅な増収が見込まれる。そのため、自分と関係のある企業のシルフィードを、強く推すのが普通だった。
当然、各企業からも、関係のある理事に、自社のシルフィードを推してもらうよう、働き掛けがあるようだ。嘘か実かは分からないが『裏で巨額のお金が動いている』という噂もある。
上位階級、一人の売り上げは、各種ライセンス料、CMやMVへの出演などを含めれば、億単位になる。加えて、上位階級が出ることで、会社の知名度が、抜群に上がる。上位階級者は、大きな収入源であるとともに、強力な広告塔なのだ。
それらの事情から、毎回、上位階級の昇進会議は、かなり難航する。各理事は、自分と関係のある企業のシルフィードを、必死に推薦するからだ。
特に、今回は、久しく止まっていた『グランド・エンプレス』の選出のため、いつも以上に、各理事に熱が入っている。
ただ、私は、自分の出身企業のシルフィードを、推すことはしない。あくまでも、個人の能力と人格を、重視すべきだからだ。また、中小企業にも、優秀なシルフィードはいる。
先ほどから、各理事たちの間で、延々と議論が繰り返されていた。だが、私は、静かに聴いているだけで、一切、口は出していない。私が発言すると、流れが変わってしまう。なまじ、発言力があると、下手に口出しは、できないものだ。
「やはり、今の時代は、知名度とイメージが重要です。その点『銀色の妖精』は、抜群の知名度に加え、極めて容姿端麗。実力も、申し分ありません。全シルフィードの象徴しては、申し分ないでしょう」
『銀色の妖精』は〈ベル・フィオーレ〉所属。世界的に有名なトップモデルで、その容姿の美しさは、誰もが認めている。やや無口ではあるが、技術も人格も、問題ない。トップに立つ資質は、十分に持っている。
「知名度で言うなら『虹色の歌声』を忘れて貰っては、困ります。世界中の誰もが知っている、超有名シンガーです。圧倒的な人気とカリスマ性で、象徴にはピッタリじゃないですか」
『虹色の歌声』は《ワールド・エンターテイメント》所属。圧倒的な歌唱力と美声で、世界中で人気があり、数々の賞を総なめにしている。また、若者たちのカリスマ的存在だ。接客も操縦技術も高く、象徴たりうる人物だ。
「人気では『蒼空の女神』も、負けてはいませんよ。ファン層も、非常に広いですし。今の時代は、強い女性が、求められています。全シルフィードのトップに立つには、最適な人物です」
『蒼空の女神』は〈ブルー・エアーズ〉所属。MSRのプロレーサーで、数々の輝かしい戦績を持っている。『疾風の剣』に憧れているというだけあり、色々似ている部分が多い。技術、人格ともに申し分なく、彼女も、間違いなくトップの資質がある。
「強さでいうなら『金剛の戦乙女』意外には、誰もいないでしょう。MMA8連覇に加え、先の孤児院の件もあり、人気、知名度も抜群です。何より、今まで取り込めなかった層のファンが多い。王者の風格は、頂点に立つのに、一番では?」
『金剛の戦乙女』は〈アクア・リゾート〉所属。格闘家という、異色のシルフィードではあるが、とても厳格で礼儀正しく、真っ直ぐな性格。今までのシルフィードと毛色は違うが、あの威厳と風格は、人の上に立つのに向いた人物だ。
「知名度で言うなら『守護騎士』も、忘れて貰っては困りますよ。少々無口ではありますが、熱狂的なファンが多いですし。口を開かずとも、圧倒的な存在感がある。象徴とは、ただ奇抜なだけではなく、存在感だと思います」
『守護騎士』は〈ルミナス・スター〉所属。黒い制服に身を包み『史上最も無口なシルフィード』と言われている。かなり変わっているが、確かに、不思議な存在感と魅力を持っている。無口ではあるが、あの存在感は、上に立つに資質がある。
「私は、断然『深紅の紅玉』を推しますよ。人気も知名度も抜群。何より、突き抜けて、明るい性格です。今の時代は、何と言っても、キャラクター性です。それに、業界を盛り上げるためにも、明るい性格は、必須ではありませんか?」
『深紅の紅玉』は〈ファースト・クラス〉所属。その、中性的な性格と見た目から、女性に、圧倒的な人気がある。話術も巧みで、上品さや礼節も、兼ね備えていた。確かに、あの社交性の高さは、上に立つには、相応しい能力と言える。
「今求められているのは、癒しです。その点『癒しの風』以上の、適任はいないでしょう。シルフィードに必要なのは、派手さではなく、上品さや、柔らかさです。彼女ほど、シルフィードらしい、シルフィードはいませんよ」
『癒しの風』は〈ウィンドミル〉所属。穏やかな性格と、のんびりした口調と振る舞い。『癒し系シルフィード』として、非常に人気が高い。派手さはないが、上品さ、人格、技術、全てを兼ね備え、トップに立つ資格は十分だ。
「最も正統派なのは、文句なしに『天使の羽』でしょう。彼女は、シルフィードのみの評価で、ここまで上がってきました。あの柔らかな性格、人格は、天性のもので、技術も完璧。すでに『白き翼』を越えた、という意見も多いです」
『天使の羽』は〈ホワイト・ウイング〉所属。柔らかな性格と、人当たりのよさ。加えて、とても腰が低く、謙虚な性格。さらに、あらゆる仕事が完璧。地道な営業活動だけで、ここまでやって来た、まさに、正統派のシルフィードだ。
多くの人が『白き翼の娘』という評価をしているが、けっして、そんなことはない。母親とは、性格が正反対だし、細やかな仕事では、彼女のほうが上だ。極めて模範的なシルフィードで、頂点に立つには、文句なしに、相応しい人物だ。
しかし、彼女を推す声は少ない。というのも、今の時代は、派手さや、一芸に秀でた者が好まれる。目立つほうが、注目され、人気が出やすいからだ。
あと、一番の問題は、個人企業のため、バックが弱い点にある。中小企業だと、経済効果は小さく、その会社と、個人の知名度が上がるだけだ。
対して、大企業から、エンプレスが生まれた場合。就労人数も、関連企業も多く、経済効果は、非常に大きい。また、宣伝効果も、大企業のほうが高いため、シルフィード業界全体の、市場拡大に繋がる。
ビジネス的な観点では、シナジーの大きい、大企業所属のシルフィードを選ぶのが、妥当な考え方だ。上位階級者が、大企業ばかりから生まれるのも、それが、理由の一つだった。
年々、シルフィード業界は、ビジネスに傾倒してきている。発足当初の、世界平和や、希望や幸運の象徴としての存在は、薄れつつあった。業界全体が、大きくなるほど、この傾向は強まっている。
私とて、馬鹿ではない。業界の未来を考えれば、より大きな収益を生み出す必要があるのは、十分に理解している。しかし、そのために『グランド・エンプレス』を、広告塔にしてしまっても、いいのだろうか……?
利益だけを考えるなら、三大企業に所属する者を選出するのが、間違いない。選出された所属企業は、大々的に、宣伝やフェアを行い、シルフィード業界は、ますます活性化するだろう。だが、それで本当に、明るい未来になるのだろうか?
私が、意見を言わないのは、自分の発言力が強すぎ、皆の判断に、大きな影響を与えてしまうから。だが、一番の理由は、理念と利益のどちらを優先すべきか、決めかねているからだ。むろん、本心としては、理念を優先したいが――。
資料を見ながら、考え込んでいると、隣に座っていた議長が、私に視線を送ってきていた。今回で、五回目の会議。加えて、ずっと、意見が膠着したままだった。誰もが、自分に関係あるシルフィードを推し、折れる気は、全くなさそうだ。
私は、小さく頷くと、静かに口を開いた。
「皆さんの意見は、どれも、ごもっともです。とても優秀な上位階級が揃い、実際のところ、誰が頂点に立ったとしても、上手く行くでしょう。ファンの方々も、皆、納得してくれるはずです」
部屋の中は、急に静まり返り、全ての視線が、私に注がれる。
「ただ、今一度、冷静になって、公平に考えていただきたいのです。むろん、ビジネスですから、その後の利益は大切でしょう。しかし『グランド・エンプレス』は、特別な存在です。他の上位階級のように、利益だけで、決めるべきでは有りません」
「利益も、横のつながりも、一度、全て捨て。人として、シルフィードとして、最も優れた人物を、選んでいただきたいと思います。今は亡き『白き翼』も、きっと、それを望んでいるでしょう」
話し終えると、私は、議長に視線を送った。
「えー『白金の薔薇』からの、ご提案通り、是非、公平なご判断をお願いします。それでは、いったん、休憩といたします。二十分後に、再開しますので、それまでに、考えを、まとめておいてください」
議長が話すと、皆、ぞろぞろと、部屋を出て行く。私は、椅子に座ったまま残り、議長と二人きりになった。
「白金の薔薇、いつも、すいません。最後のまとめ役を、お任せして」
「お気になさらず、議長。自己主張の強い方が、多いですからね」
「まぁ、私も、分からないでも、ありません。皆、関連企業の繁栄のため、必死なのです。私も、どこかの企業との、強いしがらみがあれば、同じことをしていたでしょう。ただ〈ウィンドミル〉は、色んな意味で、自由ですから」
「いえ。あなたは、おそらく、どんな立場にあっても、公平を貫かれたと思います。数少ない、シルフィードの基本理念を、理解する方ですから」
彼は、昔〈ウィンドミル〉の、副社長をやっていた。その経営手腕は、見事なもので、トップ企業に押し上げたのも、彼の功績だと言われている。自由な社風で、あれだけ成長したのは、ひとえに、彼の才覚と努力の賜物だ。
しかし、彼は、理事になってから〈ウィンドミル〉のシルフィードを、ひいきしたことは、一度もなかった。常に、中立で公平な視点で、見ているからだ。また、斬新で優れた経営手腕を持ちながらも、伝統や理念も、大切にしている。
「皆も、業界の未来を、真剣に考えています。ただ、自分の関連する企業を、最優先に守りたい気持ちは、仕方がありませんね」
「それは、分かります。私とて、今でも〈ファースト・クラス〉の繁栄を、心から願っていますから。『自由の風』からは、何も言われないのですか?」
「えぇ。我が姉上は、気まぐれで、自由な人ですから。今も、気ままにやっていますよ。それでいて、しっかり、業績が出ているのですから、不思議なものです」
「それは『自由の風』の、優れた経営能力と、人柄なのでは?」
議長の姉は『元シルフィード・クイーン』で〈ウィンドミル〉の現社長。自由な社風は、彼女の性格によるものだ。
「いえ、物凄い放任主義で、ほとんど、経営には口を出さない人です。よほど、いい社員たちに、恵まれたのでしょう。結局、会社を盛り立てるのも、この業界を成長させるのも、我々ではなく、シルフィード自身なのです」
「だからこそ、変なしがらみを、気にする必要はありません。特に、あなたには、自分の思う通りのことを、言っていただきたい。どんなに時代が変わっても、シルフィードの本質は、変わりませんから」
彼の目は、とても真剣だった。
「確かに、我々の務めは、真に優れた人物を、選出するだけ。あとは、今のシルフィードたちを信じて、全てを任せるのが、いいのかもしれませんね」
彼の言う通りだ。我々が、どんな思惑を持って、誰を選出をしようとも。結局は、今活躍しているシルフィードたちが、これからの業界を、作り上げていくのだから。
彼の言葉のお蔭で、私の心が決まった。やはり、短期的な利益よりも、理念に則った選択をすべきだ。今までが、そうだったように。
すでに、私の中には、ある人物の顔が、くっきりと浮かんでいたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『彼女の幸せのためにはどの選択が最善なのだろうか?』
最善のために、次善を諦めるのを恐れてはならない
今、行われているのは、上位階級への昇進会議だった。毎回、この会議は、非常に長丁場になる。全員の意見が、すんなり一致することは、まず、ないからだ。
上位階級は、世間に与える影響が、極めて大きい。そのため、安易に選出することは、できないのだ。全シルフィードの代表であり、この町の象徴でもある。さらに、全世界のシルフィード・ファンの、憧れの的でもあった。
人気・人格・技術・品位・外見。あらゆる部分が、細かく審査される。全てにおいて、他のシルフィードより、数段、優れている必要があった。
最近は、特に、外見が重視される傾向がある。能力には、ほとんど、関係ない部分ではあるが。結局、大多数は、人を外見で判断するため、これは、ある程度やむを得ない。最近の上位階級が、美形ぞろいなのも、外見重視の影響だ。
ただ、一番、問題になるのは、シルフィード個人よりも、各理事の利権だった。十五人の理事は、元シルフィード、もしくは、シルフィード会社の、元関係者だ。中には、元経営者や重役、大株主などもいる。
つまり、どの理事も、どこかしらの企業と繋がりがあり、利権が絡んでいるのだ。もし、上位階級が、その企業から出れば、大幅な増収が見込まれる。そのため、自分と関係のある企業のシルフィードを、強く推すのが普通だった。
当然、各企業からも、関係のある理事に、自社のシルフィードを推してもらうよう、働き掛けがあるようだ。嘘か実かは分からないが『裏で巨額のお金が動いている』という噂もある。
上位階級、一人の売り上げは、各種ライセンス料、CMやMVへの出演などを含めれば、億単位になる。加えて、上位階級が出ることで、会社の知名度が、抜群に上がる。上位階級者は、大きな収入源であるとともに、強力な広告塔なのだ。
それらの事情から、毎回、上位階級の昇進会議は、かなり難航する。各理事は、自分と関係のある企業のシルフィードを、必死に推薦するからだ。
特に、今回は、久しく止まっていた『グランド・エンプレス』の選出のため、いつも以上に、各理事に熱が入っている。
ただ、私は、自分の出身企業のシルフィードを、推すことはしない。あくまでも、個人の能力と人格を、重視すべきだからだ。また、中小企業にも、優秀なシルフィードはいる。
先ほどから、各理事たちの間で、延々と議論が繰り返されていた。だが、私は、静かに聴いているだけで、一切、口は出していない。私が発言すると、流れが変わってしまう。なまじ、発言力があると、下手に口出しは、できないものだ。
「やはり、今の時代は、知名度とイメージが重要です。その点『銀色の妖精』は、抜群の知名度に加え、極めて容姿端麗。実力も、申し分ありません。全シルフィードの象徴しては、申し分ないでしょう」
『銀色の妖精』は〈ベル・フィオーレ〉所属。世界的に有名なトップモデルで、その容姿の美しさは、誰もが認めている。やや無口ではあるが、技術も人格も、問題ない。トップに立つ資質は、十分に持っている。
「知名度で言うなら『虹色の歌声』を忘れて貰っては、困ります。世界中の誰もが知っている、超有名シンガーです。圧倒的な人気とカリスマ性で、象徴にはピッタリじゃないですか」
『虹色の歌声』は《ワールド・エンターテイメント》所属。圧倒的な歌唱力と美声で、世界中で人気があり、数々の賞を総なめにしている。また、若者たちのカリスマ的存在だ。接客も操縦技術も高く、象徴たりうる人物だ。
「人気では『蒼空の女神』も、負けてはいませんよ。ファン層も、非常に広いですし。今の時代は、強い女性が、求められています。全シルフィードのトップに立つには、最適な人物です」
『蒼空の女神』は〈ブルー・エアーズ〉所属。MSRのプロレーサーで、数々の輝かしい戦績を持っている。『疾風の剣』に憧れているというだけあり、色々似ている部分が多い。技術、人格ともに申し分なく、彼女も、間違いなくトップの資質がある。
「強さでいうなら『金剛の戦乙女』意外には、誰もいないでしょう。MMA8連覇に加え、先の孤児院の件もあり、人気、知名度も抜群です。何より、今まで取り込めなかった層のファンが多い。王者の風格は、頂点に立つのに、一番では?」
『金剛の戦乙女』は〈アクア・リゾート〉所属。格闘家という、異色のシルフィードではあるが、とても厳格で礼儀正しく、真っ直ぐな性格。今までのシルフィードと毛色は違うが、あの威厳と風格は、人の上に立つのに向いた人物だ。
「知名度で言うなら『守護騎士』も、忘れて貰っては困りますよ。少々無口ではありますが、熱狂的なファンが多いですし。口を開かずとも、圧倒的な存在感がある。象徴とは、ただ奇抜なだけではなく、存在感だと思います」
『守護騎士』は〈ルミナス・スター〉所属。黒い制服に身を包み『史上最も無口なシルフィード』と言われている。かなり変わっているが、確かに、不思議な存在感と魅力を持っている。無口ではあるが、あの存在感は、上に立つに資質がある。
「私は、断然『深紅の紅玉』を推しますよ。人気も知名度も抜群。何より、突き抜けて、明るい性格です。今の時代は、何と言っても、キャラクター性です。それに、業界を盛り上げるためにも、明るい性格は、必須ではありませんか?」
『深紅の紅玉』は〈ファースト・クラス〉所属。その、中性的な性格と見た目から、女性に、圧倒的な人気がある。話術も巧みで、上品さや礼節も、兼ね備えていた。確かに、あの社交性の高さは、上に立つには、相応しい能力と言える。
「今求められているのは、癒しです。その点『癒しの風』以上の、適任はいないでしょう。シルフィードに必要なのは、派手さではなく、上品さや、柔らかさです。彼女ほど、シルフィードらしい、シルフィードはいませんよ」
『癒しの風』は〈ウィンドミル〉所属。穏やかな性格と、のんびりした口調と振る舞い。『癒し系シルフィード』として、非常に人気が高い。派手さはないが、上品さ、人格、技術、全てを兼ね備え、トップに立つ資格は十分だ。
「最も正統派なのは、文句なしに『天使の羽』でしょう。彼女は、シルフィードのみの評価で、ここまで上がってきました。あの柔らかな性格、人格は、天性のもので、技術も完璧。すでに『白き翼』を越えた、という意見も多いです」
『天使の羽』は〈ホワイト・ウイング〉所属。柔らかな性格と、人当たりのよさ。加えて、とても腰が低く、謙虚な性格。さらに、あらゆる仕事が完璧。地道な営業活動だけで、ここまでやって来た、まさに、正統派のシルフィードだ。
多くの人が『白き翼の娘』という評価をしているが、けっして、そんなことはない。母親とは、性格が正反対だし、細やかな仕事では、彼女のほうが上だ。極めて模範的なシルフィードで、頂点に立つには、文句なしに、相応しい人物だ。
しかし、彼女を推す声は少ない。というのも、今の時代は、派手さや、一芸に秀でた者が好まれる。目立つほうが、注目され、人気が出やすいからだ。
あと、一番の問題は、個人企業のため、バックが弱い点にある。中小企業だと、経済効果は小さく、その会社と、個人の知名度が上がるだけだ。
対して、大企業から、エンプレスが生まれた場合。就労人数も、関連企業も多く、経済効果は、非常に大きい。また、宣伝効果も、大企業のほうが高いため、シルフィード業界全体の、市場拡大に繋がる。
ビジネス的な観点では、シナジーの大きい、大企業所属のシルフィードを選ぶのが、妥当な考え方だ。上位階級者が、大企業ばかりから生まれるのも、それが、理由の一つだった。
年々、シルフィード業界は、ビジネスに傾倒してきている。発足当初の、世界平和や、希望や幸運の象徴としての存在は、薄れつつあった。業界全体が、大きくなるほど、この傾向は強まっている。
私とて、馬鹿ではない。業界の未来を考えれば、より大きな収益を生み出す必要があるのは、十分に理解している。しかし、そのために『グランド・エンプレス』を、広告塔にしてしまっても、いいのだろうか……?
利益だけを考えるなら、三大企業に所属する者を選出するのが、間違いない。選出された所属企業は、大々的に、宣伝やフェアを行い、シルフィード業界は、ますます活性化するだろう。だが、それで本当に、明るい未来になるのだろうか?
私が、意見を言わないのは、自分の発言力が強すぎ、皆の判断に、大きな影響を与えてしまうから。だが、一番の理由は、理念と利益のどちらを優先すべきか、決めかねているからだ。むろん、本心としては、理念を優先したいが――。
資料を見ながら、考え込んでいると、隣に座っていた議長が、私に視線を送ってきていた。今回で、五回目の会議。加えて、ずっと、意見が膠着したままだった。誰もが、自分に関係あるシルフィードを推し、折れる気は、全くなさそうだ。
私は、小さく頷くと、静かに口を開いた。
「皆さんの意見は、どれも、ごもっともです。とても優秀な上位階級が揃い、実際のところ、誰が頂点に立ったとしても、上手く行くでしょう。ファンの方々も、皆、納得してくれるはずです」
部屋の中は、急に静まり返り、全ての視線が、私に注がれる。
「ただ、今一度、冷静になって、公平に考えていただきたいのです。むろん、ビジネスですから、その後の利益は大切でしょう。しかし『グランド・エンプレス』は、特別な存在です。他の上位階級のように、利益だけで、決めるべきでは有りません」
「利益も、横のつながりも、一度、全て捨て。人として、シルフィードとして、最も優れた人物を、選んでいただきたいと思います。今は亡き『白き翼』も、きっと、それを望んでいるでしょう」
話し終えると、私は、議長に視線を送った。
「えー『白金の薔薇』からの、ご提案通り、是非、公平なご判断をお願いします。それでは、いったん、休憩といたします。二十分後に、再開しますので、それまでに、考えを、まとめておいてください」
議長が話すと、皆、ぞろぞろと、部屋を出て行く。私は、椅子に座ったまま残り、議長と二人きりになった。
「白金の薔薇、いつも、すいません。最後のまとめ役を、お任せして」
「お気になさらず、議長。自己主張の強い方が、多いですからね」
「まぁ、私も、分からないでも、ありません。皆、関連企業の繁栄のため、必死なのです。私も、どこかの企業との、強いしがらみがあれば、同じことをしていたでしょう。ただ〈ウィンドミル〉は、色んな意味で、自由ですから」
「いえ。あなたは、おそらく、どんな立場にあっても、公平を貫かれたと思います。数少ない、シルフィードの基本理念を、理解する方ですから」
彼は、昔〈ウィンドミル〉の、副社長をやっていた。その経営手腕は、見事なもので、トップ企業に押し上げたのも、彼の功績だと言われている。自由な社風で、あれだけ成長したのは、ひとえに、彼の才覚と努力の賜物だ。
しかし、彼は、理事になってから〈ウィンドミル〉のシルフィードを、ひいきしたことは、一度もなかった。常に、中立で公平な視点で、見ているからだ。また、斬新で優れた経営手腕を持ちながらも、伝統や理念も、大切にしている。
「皆も、業界の未来を、真剣に考えています。ただ、自分の関連する企業を、最優先に守りたい気持ちは、仕方がありませんね」
「それは、分かります。私とて、今でも〈ファースト・クラス〉の繁栄を、心から願っていますから。『自由の風』からは、何も言われないのですか?」
「えぇ。我が姉上は、気まぐれで、自由な人ですから。今も、気ままにやっていますよ。それでいて、しっかり、業績が出ているのですから、不思議なものです」
「それは『自由の風』の、優れた経営能力と、人柄なのでは?」
議長の姉は『元シルフィード・クイーン』で〈ウィンドミル〉の現社長。自由な社風は、彼女の性格によるものだ。
「いえ、物凄い放任主義で、ほとんど、経営には口を出さない人です。よほど、いい社員たちに、恵まれたのでしょう。結局、会社を盛り立てるのも、この業界を成長させるのも、我々ではなく、シルフィード自身なのです」
「だからこそ、変なしがらみを、気にする必要はありません。特に、あなたには、自分の思う通りのことを、言っていただきたい。どんなに時代が変わっても、シルフィードの本質は、変わりませんから」
彼の目は、とても真剣だった。
「確かに、我々の務めは、真に優れた人物を、選出するだけ。あとは、今のシルフィードたちを信じて、全てを任せるのが、いいのかもしれませんね」
彼の言う通りだ。我々が、どんな思惑を持って、誰を選出をしようとも。結局は、今活躍しているシルフィードたちが、これからの業界を、作り上げていくのだから。
彼の言葉のお蔭で、私の心が決まった。やはり、短期的な利益よりも、理念に則った選択をすべきだ。今までが、そうだったように。
すでに、私の中には、ある人物の顔が、くっきりと浮かんでいたのだった……。
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次回――
『彼女の幸せのためにはどの選択が最善なのだろうか?』
最善のために、次善を諦めるのを恐れてはならない
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旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
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