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第8部 分かたれる道
5-1勢いに身を任せたら世界中で偉い事になっていた
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『ノア・マラソン』の翌日。私は〈ホワイト・ウイング〉の事務所に詰めていた。今日は『レース翌日で、疲れが残っているだろうから』と、事前にリリーシャさんの提案で、予約は受けずに、事務所待機になっている。
でも、そのアドバイスは、大正解だった。朝起きたら、体中が痛いうえに、体が異常に重かった。極度の疲労と筋肉痛だ。あと、マナチェックをしたら、いつもに比べ、明らかに、魔力値が低くなっていた。
昨日、レース後に気絶している最中にも、メディカル・チェックをしてもらった。その結果、過労に加え、極度に魔力が減少していた。通常、マラソンで魔力を消耗することはない。なので、お医者さんも、首を傾げていたそうだ。
私も、よく分からないんだけど。たぶん、不思議空間に入ったり、マナラインが現れたり、自分の周りに、風がまとわりついたり。あれらが原因だと思う。もっとも、話しても、信じてもらえないと思うので、誰にも言っていない。
今回も『ノア・グランプリ』の時みたいに、風が力を貸してくれたのだろうか? いまだに『シルフィードの加護』については、効果や発動条件が分からない。ただ、自分の実力だけでは、勝てなかったのは、まぎれもない事実だ。
ちなみに、あのあと、私が想像していた以上に、大変な騒ぎになった。スピでも、MVでも、私が『ノア・マラソン』を完走した話題で、一色になっていた。
『陸上界に革命』『マラソン新時代の到来』『常識を覆す新記録』など。どこもかしこも、物凄い盛り上がりになっている。MVのニュースなどでも、専門家たちが、今回のレースについて、熱い議論を交わしていた。
私の走りについては、非常に、好意的な評価だった。ただ、今後の陸上界が、どうなるかについては、とても難しい話になっていた。というのも、出した記録が『史上初』だらけだったからだ。
今までの、50キロマラソンの世界記録は、2時間29分57秒。対して、私が出したタイムは、2時間28分58秒。一気に、約一分近いタイムを、更新している。この記録は、10キロを、三十分以下で走る、とんでもないハイペースだ。
加えて、女子が男子の世界記録を抜いたのは、史上初。男女混合マラソンで、女子が優勝したのも初めて。また、十八歳の世界記録は、史上最年少。アマチュアの世界記録も、史上初。
さらに言えば、異世界人が、この世界の陸上競技で、世界記録を出したのも、初めて。当然、シルフィードが『ノア・マラソン』で優勝したのも、史上初だ。
また、区間タイムも、世界記録を更新。特に、最後の10キロは、驚異的なタイムが出ていた。
私は、無我夢中で、必死に走っていただけだし。そもそも、タイムを気にしている余裕なんて、全くなかった。ただ、一緒に走っていた、フリード選手が、滅茶苦茶、速かったので。そのペースに合わせて、ついて行っただけだ。
もし、私が途中でペースを落として、追い付けなければ。彼が、ぶっちぎりで一位で、なおかつ、世界記録も更新していたはずだ。
つまり、本来なら、彼が出すはずだった記録に、便乗したに過ぎない。それでも、世間では、私の功績として、大変な騒ぎになっていた。
正直、朝起きて、スピでニュースを見るまでは、こんな騒ぎになるとは、思いもしなかった。昨日は、モリモリご飯を食べて、すぐに寝ちゃったので。ニュースとか、全然、見てなかったし。
レースの動画は、拡散されまくり。スピのトレンド・ランキングの、上位10位まで、全て『ノア・マラソン』と、私関連の検索になっていた。たった一日で、世界が一変してしまった。これは『ノア・グランプリ』で、優勝した時以上の騒ぎだ。
今朝は、早目に出社して、念入りに掃除をしていた。とりあえず、気持ちを落ち着けようと思ったからだ。
リリーシャさんも、いつもより、かなり早く出社してきた。おそらく、ニュースを見て、ただ事じゃないのを、察したのだろう。
その直ぐあとの、八時ごろから、魔力通信のコールが、鳴りっぱなしになった。しかも、会社のマギコンを確認したら、数えきれないほどのメールが、送られてきていた。
私を指名する、大量の予約。あと、私宛の激励メールも、山のように来ており、あまりの量に、唖然としてしまった。『ノア・グランプリ』の優勝後も、凄かったけど。今回は、その比ではない。
結局、朝早くから、リリーシャさんと二人で、ずっと、対応に追われていた。あまりに、予約が多すぎて、二ヵ月先まで、埋まってしまった。
受けきれない分は、リリーシャさんが対応してくれたが、それでも無理なものは、残念ながら、丁重にお断りする。世界中から、予約が来ていたので、とても、二人で対応できる人数ではなかった。
加えて、取材のオファーが、ひっきりなしに入って来た。しかも、今回は、大手メディアの取材ばかりだ。
滅茶苦茶、忙しくて、取材どころではないが。上位階級の立場上、取材を断るわけには行かない。メディアに出て、シルフィード業界のイメージアップをするのも、上位階級の立派な仕事だからだ。
なので、予約の合間を見計らって、細かくスケジュールを組み、全のオファーに対応していく。
「本当に、すいません、リリーシャさん。ご迷惑を、お掛けして。まさか、ここまでの騒ぎになるとは、思わなかったので……」
対応が、一段落したところで、私は、リリーシャさんに頭を下げて、お詫びする。毎度毎度、迷惑を掛けっぱなしで、本当に、申し訳ない。
「風歌ちゃん、気にしないでいいのよ。今回は、無事に帰ってきてくれたし。でも、相変わらず、無茶はしたみたいだけど」
「うっ――申し訳ありません。つい、熱くなってしまって……」
リリーシャさんは、ニコニコ微笑んでいる。彼女は、微笑みながら、無言の圧力を加えてくるのが、凄く怖いんだけど。今回は、特に怒ったりは、していないようだ。
「お客様が、たくさん来て下さるのは、会社にとっては、いいことよ。特に、中小企業は、お客様の獲得が大変だから。それに、今回は、新規のお客様ばかりだし」
「ですよねぇ。経営が苦しい会社も、多いみたいですし。でも、二人だけで、流石にこの数は、厳しいですよね。それに、アットホームな〈ホワイト・ウイング〉の雰囲気が――」
中小企業は、大企業にはない、のんびりした感じが好きで、訪れるお客様も多い。でも、あまりにも、流行り過ぎて、お客様が多くなってしまうと、雰囲気が崩れかねないのだ。
「しばらくは、この忙しさが、続くかもしれないけれど。時が経てば、いつも通りに、落ち着くと思うわ。ただ、風歌ちゃんは、当面、物凄く大変そうね。頑張って」
「うぐっ……。が――頑張ります」
昔は、有名になりたいとか、お客様がたくさん欲しいとか、常に思っていた。でも、それは、ジワジワであって、こんな急にではない。それに、あまり、注目され過ぎるのも、好きではなかった。それはそれで、プレッシャーが大きいので……。
その時、魔力通信のコールが鳴ったので、私が対応する。
「ご連絡、ありがとうございます。こちら〈ホワイト・ウイング〉です。はい……喜んで、お受けいたします。ただ、本日は、すでに予定が、完全に埋まっておりまして。はい、明日の、営業終了後になってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「それでは、明日の十八時からですね。時間を空けて、お待ちしております。はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」
通信が終わると、私は、フーッと息を吐き出した。また、取材のオファーだった。今日は、案内に出ないので、命一杯、取材の予定が詰まっている。中には、MVの出演依頼まで来ていた。それでも、今日だけでは、対応しきれない。
私、取材とかって、苦手なんだよね。じっとしてるのも、上品に振る舞うのも、物凄く疲れるので。やっぱり、私は、接客している時が、一番、楽しいかも――。
******
午後、一時。私は、メディア局の、MVの撮影スタジオに来ていた。ちなみに、メディア局とは、向こうの世界のテレビ局と新聞社が、セットになったような感じのものだ。
メディア局までは、車で送迎。さらに、到着すると、専属の警備員と、案内係が常駐。スタジオ入り前には、スタイリストの人が、髪を整えたり、軽く化粧をしてくれた。
私専用の、大きな控室が用意され、高級なお茶やお菓子も、用意されている。なんだか、信じられないぐらいの、超VIP待遇だ。
時間になって、案内係の人とスタジオに向かうと、次々とスタッフの人たちから、頭を下げられた。私も、一人一人に、丁寧に対応する。
今回、出演するのは『レジェンドとティータイム』という、三十年以上つづいている、超人気番組だ。毎回、今話題になっている人や、偉業を成し遂げた人が呼ばれ、人気アナウンサーと、お茶をしながら、トークする。
全世界放送なうえに、滅茶苦茶、視聴率が高い。しかも、ここに出てくるのは、そうとうな実績の持ち主や、有名人ばかりだ。過去には『白き翼』や『白金の薔薇』も、出たことがあるらしい。私は、ちょっと、場違いな感じがする――。
軽く打ち合わせをしたあと、私は、部屋のセットのソファーに腰掛けた。話すのは、好きだけど。流石に、全世界放送となると、緊張する。やがて、番組の前振りの話と、私の紹介が終わると、対談が始まった。
「今回の『ノア・マラソン』の出場は、いつから、決められていたのですか?」
「昨年末あたりです。なので、今年の一月から、トレーニングを始めました。ただ、正確には、もっと前から、ずっと、参加を考えていました」
「それは、三年前のレースが終わったあと、直ぐですか?」
「はい。本当は、その翌年に、出たかったのですが。タイミングを逸してしまいまして……」
査問会がなければ、普通に、出ていたと思う。でも、この件に、触れるわけには行かない。
「今回は、本当に、素晴らしい走りでしたが。三年前も、全ての人の記憶に刻まれる、とても熱いレースでしたね」
「たくさんの方に、応援してもらえたのも、評価していただいたのも、とても嬉しかったです。でも、私にとっては、物凄く、悔いの残るレースでした」
「歴史に残るレースではありましたが、足に怪我を負ってしまいましたし。特別ルールの適用でしたからね。では、今回は、その雪辱戦だった、ということですか?」
「それも有るのですが、心の区切りを、つけるためです。この三年間、あの時のことを、一度も忘れたことが有りませんでした。どうしても、完全な形で、ゴールしたかったのです」
判断ミス、練習不足、考えの甘さ、中途半端な結果。全てにおいて、悔いだけが残るレースだった。
「なるほど、自分なりの、ケジメということですね。では、今回のゴールで、納得はできたのでしょうか?」
「はい。お蔭さまで、スッキリしました。これで、一切の迷いなく、前に進んで行くことができます」
今は、驚くほど、気持ちが軽い。自分が思っていた以上に、あのレースを、引きずっていたようだ。
「ところで、今回の、素晴らしい結果ですが。冒頭でもお話ししたように、世界記録の樹立を始め、物凄い数の記録の更新など。大変な、歴史的な偉業になっています。これは、最初から、狙っていたのでしょうか?」
「いえ、正直なところ、完走さえ出来ればいいと、考えていました。あくまでも、三年前のレースの、やり直しが目的ですので」
「最初から、ハイペースで飛ばしていましたが。あれは、記録を狙ってでは、なかったのですか?」
「はい。周りの一流の選手の方々のペースに、引っ張られた感じです。途中で、ペースを落とすつもりでしたが。ズルズルと、ついて行ってしまいました」
本当は、中間地点あたりで、速度を落として、マイペースで、確実に、完走するつもりだった。だが、単に、集団から抜けるタイミングを、逃してしまったのだ。
「トップ・アスリートたちの、速いスピードについて行くのは、辛くはありませんでしたか? 普通なら、すぐに、振り落とされてしまいそうですが」
「ハーフゴール辺りまでは、何とか、ついていけました。ただ、それ以降は、非常に、苦しかったです。特に、最後の10キロは、常にギリギリでした」
「最後の、デッドヒートは、物凄かったですが。勝ちを確信されたのは、どのあたりでしたか?」
「勝ちは、全く考えていませんでした。というか、考える余裕すら、全くありませんでした。ただ、必死について行っただけで。ゴール後も、すぐに、気を失ってしまって。優勝を知ったのは、そのだいぶ後なんです」
ゴールした直後のことは、あまりよく覚えていない。最後の一滴まで、力を振り絞って、完全に精魂尽きていた。
「ゴール後に、すぐに倒れられて、救護テントに、搬送されたのですよね。私も、中継を見ていたのですが、ビックリして、心臓が止まりそうになりました。お体のほうは、大丈夫だったのですか?」
「ご心配お掛けして、大変、申し訳ありませんでした。医師の診断では『過労と緊張のため』ということで、体には、何も異常はありません。今は、とても元気です」
「気を失うほど、全力で物凄い走りだった、ということですね。そういえば、学生時代に、陸上をやられていたようですが。その頃から、優れた才能を、発揮されていたのですか?」
「いえ、学生時代は、特に、記録や結果は出していません。ただ、走るのが好きで、やっていただけですので」
それなりに、足は速かったけど、2着や3着が多かった。単に、風を切って走るのが、好きだったたけで。特に、記録は気にしていなかった。私にとって、走るのは、趣味のようなものだ。
「では、今になって、隠れていた才能が、開花した感じでしょうか?」
「いえ、私の才能ではなく、単に運がよかっただけです。天候・コンディション・一緒に走っていた選手。全ての条件に、恵まれていました。一つでも欠けていたら、おそらく、今回の走りは、なかったと思います」
「流石は『天使』の名を継ぐ、シルフィード。とても謙虚な、お答えですね。でも、並みいるトップ・アスリートを、全員、押さえての、堂々の優勝です。その才能は、大いに誇っても、いいのではないでしょうか?」
とても謙虚な、リリーシャさんの二つ名を、継いでいるけど。私は、けっして、謙虚な性格ではない。自己主張も、欲望も、強いほうだ。ただ、自分の身の程は、わきまえている。
「いえ、能力的には、他の選手の方々のほうが、圧倒的に上でした。特に、フリード選手は、本当に強かったです。本来であれば、彼が世界記録で、優勝したはずでした。私は、彼について行っただけで――」
「では、世界記録を出す走りをしていた、彼について行ったおかげで、優勝できた、ということですか?」
「はい、間違いなくそうです。彼がいなければ、成し得なかった結果です。一緒に走れたことが、大変な幸運でした」
私が一人で走っても、絶対に出せない結果だった。実際、トレーニングの際に、これほどのタイムを、出したことはない。
「つまり、今回の素晴らしい結果は、二人で作った記録なのですね?」
「はい。あとは、応援してくださった、たくさんの方々のお蔭です。走っていて辛かった時、みんなの応援が、確実に力になっていました。なので、世界中の人たち、全ての力で作った結果だと思います」
「なるほど。たくさんの人たちの力で、歴史を塗り替えたのですね」
その後も、普段の仕事の話や、シルフィードになるキッカケだったり、色んな質問に答え、一時間ほど話が続いた。
撮影が終わると、スタッフ全員から、大きな拍手が巻き起こった。アナウンサーのケヴィンさんから、激励の言葉を掛けられ、握手を求められた。
「天使の翼。今まで、色んな偉人のインタビューを、やって来ましたが。あなたのような方は、珍しいです」
「え……?」
「世界がひっくり変えるほどの、物凄い結果を出しながら。あなたは、全く自覚せずに、ケロッとされている。別の意味で、驚きました」
「あ――あの、無自覚で、すいません」
「いえ、いい意味でです。案外、あなたのような方が、世界を変えていくのかもしれませんね。『白き翼』も、そんな感じでしたから」
「そうなんですか?」
「無自覚で、凄いことをやってしまう。あなたたちは、そっくりですよ。彼女の名を継ぐに、相応しい方ですね。これからのご活躍も、期待しています」
「はい、ありがとうございます」
私は、彼の手を取って、力強く握手する。こうして、MVの撮影は、無事に終了した。
私としては、リリーシャさんを、目指しているんだけど。最近よく『アリーシャさんに似ている』と、言われる。やっぱり、私は、おしとやかとか、計画的とか、完璧な行動は、全く向いていないらしい。
これからも、無茶をしながら、全力で上を目指して行こうと思う。結局は、テンションと勢いで行動するのが、一番、私らしい生き方なので……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『伝統は過去の栄光ではなくより良い未来のために』
過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられる
でも、そのアドバイスは、大正解だった。朝起きたら、体中が痛いうえに、体が異常に重かった。極度の疲労と筋肉痛だ。あと、マナチェックをしたら、いつもに比べ、明らかに、魔力値が低くなっていた。
昨日、レース後に気絶している最中にも、メディカル・チェックをしてもらった。その結果、過労に加え、極度に魔力が減少していた。通常、マラソンで魔力を消耗することはない。なので、お医者さんも、首を傾げていたそうだ。
私も、よく分からないんだけど。たぶん、不思議空間に入ったり、マナラインが現れたり、自分の周りに、風がまとわりついたり。あれらが原因だと思う。もっとも、話しても、信じてもらえないと思うので、誰にも言っていない。
今回も『ノア・グランプリ』の時みたいに、風が力を貸してくれたのだろうか? いまだに『シルフィードの加護』については、効果や発動条件が分からない。ただ、自分の実力だけでは、勝てなかったのは、まぎれもない事実だ。
ちなみに、あのあと、私が想像していた以上に、大変な騒ぎになった。スピでも、MVでも、私が『ノア・マラソン』を完走した話題で、一色になっていた。
『陸上界に革命』『マラソン新時代の到来』『常識を覆す新記録』など。どこもかしこも、物凄い盛り上がりになっている。MVのニュースなどでも、専門家たちが、今回のレースについて、熱い議論を交わしていた。
私の走りについては、非常に、好意的な評価だった。ただ、今後の陸上界が、どうなるかについては、とても難しい話になっていた。というのも、出した記録が『史上初』だらけだったからだ。
今までの、50キロマラソンの世界記録は、2時間29分57秒。対して、私が出したタイムは、2時間28分58秒。一気に、約一分近いタイムを、更新している。この記録は、10キロを、三十分以下で走る、とんでもないハイペースだ。
加えて、女子が男子の世界記録を抜いたのは、史上初。男女混合マラソンで、女子が優勝したのも初めて。また、十八歳の世界記録は、史上最年少。アマチュアの世界記録も、史上初。
さらに言えば、異世界人が、この世界の陸上競技で、世界記録を出したのも、初めて。当然、シルフィードが『ノア・マラソン』で優勝したのも、史上初だ。
また、区間タイムも、世界記録を更新。特に、最後の10キロは、驚異的なタイムが出ていた。
私は、無我夢中で、必死に走っていただけだし。そもそも、タイムを気にしている余裕なんて、全くなかった。ただ、一緒に走っていた、フリード選手が、滅茶苦茶、速かったので。そのペースに合わせて、ついて行っただけだ。
もし、私が途中でペースを落として、追い付けなければ。彼が、ぶっちぎりで一位で、なおかつ、世界記録も更新していたはずだ。
つまり、本来なら、彼が出すはずだった記録に、便乗したに過ぎない。それでも、世間では、私の功績として、大変な騒ぎになっていた。
正直、朝起きて、スピでニュースを見るまでは、こんな騒ぎになるとは、思いもしなかった。昨日は、モリモリご飯を食べて、すぐに寝ちゃったので。ニュースとか、全然、見てなかったし。
レースの動画は、拡散されまくり。スピのトレンド・ランキングの、上位10位まで、全て『ノア・マラソン』と、私関連の検索になっていた。たった一日で、世界が一変してしまった。これは『ノア・グランプリ』で、優勝した時以上の騒ぎだ。
今朝は、早目に出社して、念入りに掃除をしていた。とりあえず、気持ちを落ち着けようと思ったからだ。
リリーシャさんも、いつもより、かなり早く出社してきた。おそらく、ニュースを見て、ただ事じゃないのを、察したのだろう。
その直ぐあとの、八時ごろから、魔力通信のコールが、鳴りっぱなしになった。しかも、会社のマギコンを確認したら、数えきれないほどのメールが、送られてきていた。
私を指名する、大量の予約。あと、私宛の激励メールも、山のように来ており、あまりの量に、唖然としてしまった。『ノア・グランプリ』の優勝後も、凄かったけど。今回は、その比ではない。
結局、朝早くから、リリーシャさんと二人で、ずっと、対応に追われていた。あまりに、予約が多すぎて、二ヵ月先まで、埋まってしまった。
受けきれない分は、リリーシャさんが対応してくれたが、それでも無理なものは、残念ながら、丁重にお断りする。世界中から、予約が来ていたので、とても、二人で対応できる人数ではなかった。
加えて、取材のオファーが、ひっきりなしに入って来た。しかも、今回は、大手メディアの取材ばかりだ。
滅茶苦茶、忙しくて、取材どころではないが。上位階級の立場上、取材を断るわけには行かない。メディアに出て、シルフィード業界のイメージアップをするのも、上位階級の立派な仕事だからだ。
なので、予約の合間を見計らって、細かくスケジュールを組み、全のオファーに対応していく。
「本当に、すいません、リリーシャさん。ご迷惑を、お掛けして。まさか、ここまでの騒ぎになるとは、思わなかったので……」
対応が、一段落したところで、私は、リリーシャさんに頭を下げて、お詫びする。毎度毎度、迷惑を掛けっぱなしで、本当に、申し訳ない。
「風歌ちゃん、気にしないでいいのよ。今回は、無事に帰ってきてくれたし。でも、相変わらず、無茶はしたみたいだけど」
「うっ――申し訳ありません。つい、熱くなってしまって……」
リリーシャさんは、ニコニコ微笑んでいる。彼女は、微笑みながら、無言の圧力を加えてくるのが、凄く怖いんだけど。今回は、特に怒ったりは、していないようだ。
「お客様が、たくさん来て下さるのは、会社にとっては、いいことよ。特に、中小企業は、お客様の獲得が大変だから。それに、今回は、新規のお客様ばかりだし」
「ですよねぇ。経営が苦しい会社も、多いみたいですし。でも、二人だけで、流石にこの数は、厳しいですよね。それに、アットホームな〈ホワイト・ウイング〉の雰囲気が――」
中小企業は、大企業にはない、のんびりした感じが好きで、訪れるお客様も多い。でも、あまりにも、流行り過ぎて、お客様が多くなってしまうと、雰囲気が崩れかねないのだ。
「しばらくは、この忙しさが、続くかもしれないけれど。時が経てば、いつも通りに、落ち着くと思うわ。ただ、風歌ちゃんは、当面、物凄く大変そうね。頑張って」
「うぐっ……。が――頑張ります」
昔は、有名になりたいとか、お客様がたくさん欲しいとか、常に思っていた。でも、それは、ジワジワであって、こんな急にではない。それに、あまり、注目され過ぎるのも、好きではなかった。それはそれで、プレッシャーが大きいので……。
その時、魔力通信のコールが鳴ったので、私が対応する。
「ご連絡、ありがとうございます。こちら〈ホワイト・ウイング〉です。はい……喜んで、お受けいたします。ただ、本日は、すでに予定が、完全に埋まっておりまして。はい、明日の、営業終了後になってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「それでは、明日の十八時からですね。時間を空けて、お待ちしております。はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」
通信が終わると、私は、フーッと息を吐き出した。また、取材のオファーだった。今日は、案内に出ないので、命一杯、取材の予定が詰まっている。中には、MVの出演依頼まで来ていた。それでも、今日だけでは、対応しきれない。
私、取材とかって、苦手なんだよね。じっとしてるのも、上品に振る舞うのも、物凄く疲れるので。やっぱり、私は、接客している時が、一番、楽しいかも――。
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午後、一時。私は、メディア局の、MVの撮影スタジオに来ていた。ちなみに、メディア局とは、向こうの世界のテレビ局と新聞社が、セットになったような感じのものだ。
メディア局までは、車で送迎。さらに、到着すると、専属の警備員と、案内係が常駐。スタジオ入り前には、スタイリストの人が、髪を整えたり、軽く化粧をしてくれた。
私専用の、大きな控室が用意され、高級なお茶やお菓子も、用意されている。なんだか、信じられないぐらいの、超VIP待遇だ。
時間になって、案内係の人とスタジオに向かうと、次々とスタッフの人たちから、頭を下げられた。私も、一人一人に、丁寧に対応する。
今回、出演するのは『レジェンドとティータイム』という、三十年以上つづいている、超人気番組だ。毎回、今話題になっている人や、偉業を成し遂げた人が呼ばれ、人気アナウンサーと、お茶をしながら、トークする。
全世界放送なうえに、滅茶苦茶、視聴率が高い。しかも、ここに出てくるのは、そうとうな実績の持ち主や、有名人ばかりだ。過去には『白き翼』や『白金の薔薇』も、出たことがあるらしい。私は、ちょっと、場違いな感じがする――。
軽く打ち合わせをしたあと、私は、部屋のセットのソファーに腰掛けた。話すのは、好きだけど。流石に、全世界放送となると、緊張する。やがて、番組の前振りの話と、私の紹介が終わると、対談が始まった。
「今回の『ノア・マラソン』の出場は、いつから、決められていたのですか?」
「昨年末あたりです。なので、今年の一月から、トレーニングを始めました。ただ、正確には、もっと前から、ずっと、参加を考えていました」
「それは、三年前のレースが終わったあと、直ぐですか?」
「はい。本当は、その翌年に、出たかったのですが。タイミングを逸してしまいまして……」
査問会がなければ、普通に、出ていたと思う。でも、この件に、触れるわけには行かない。
「今回は、本当に、素晴らしい走りでしたが。三年前も、全ての人の記憶に刻まれる、とても熱いレースでしたね」
「たくさんの方に、応援してもらえたのも、評価していただいたのも、とても嬉しかったです。でも、私にとっては、物凄く、悔いの残るレースでした」
「歴史に残るレースではありましたが、足に怪我を負ってしまいましたし。特別ルールの適用でしたからね。では、今回は、その雪辱戦だった、ということですか?」
「それも有るのですが、心の区切りを、つけるためです。この三年間、あの時のことを、一度も忘れたことが有りませんでした。どうしても、完全な形で、ゴールしたかったのです」
判断ミス、練習不足、考えの甘さ、中途半端な結果。全てにおいて、悔いだけが残るレースだった。
「なるほど、自分なりの、ケジメということですね。では、今回のゴールで、納得はできたのでしょうか?」
「はい。お蔭さまで、スッキリしました。これで、一切の迷いなく、前に進んで行くことができます」
今は、驚くほど、気持ちが軽い。自分が思っていた以上に、あのレースを、引きずっていたようだ。
「ところで、今回の、素晴らしい結果ですが。冒頭でもお話ししたように、世界記録の樹立を始め、物凄い数の記録の更新など。大変な、歴史的な偉業になっています。これは、最初から、狙っていたのでしょうか?」
「いえ、正直なところ、完走さえ出来ればいいと、考えていました。あくまでも、三年前のレースの、やり直しが目的ですので」
「最初から、ハイペースで飛ばしていましたが。あれは、記録を狙ってでは、なかったのですか?」
「はい。周りの一流の選手の方々のペースに、引っ張られた感じです。途中で、ペースを落とすつもりでしたが。ズルズルと、ついて行ってしまいました」
本当は、中間地点あたりで、速度を落として、マイペースで、確実に、完走するつもりだった。だが、単に、集団から抜けるタイミングを、逃してしまったのだ。
「トップ・アスリートたちの、速いスピードについて行くのは、辛くはありませんでしたか? 普通なら、すぐに、振り落とされてしまいそうですが」
「ハーフゴール辺りまでは、何とか、ついていけました。ただ、それ以降は、非常に、苦しかったです。特に、最後の10キロは、常にギリギリでした」
「最後の、デッドヒートは、物凄かったですが。勝ちを確信されたのは、どのあたりでしたか?」
「勝ちは、全く考えていませんでした。というか、考える余裕すら、全くありませんでした。ただ、必死について行っただけで。ゴール後も、すぐに、気を失ってしまって。優勝を知ったのは、そのだいぶ後なんです」
ゴールした直後のことは、あまりよく覚えていない。最後の一滴まで、力を振り絞って、完全に精魂尽きていた。
「ゴール後に、すぐに倒れられて、救護テントに、搬送されたのですよね。私も、中継を見ていたのですが、ビックリして、心臓が止まりそうになりました。お体のほうは、大丈夫だったのですか?」
「ご心配お掛けして、大変、申し訳ありませんでした。医師の診断では『過労と緊張のため』ということで、体には、何も異常はありません。今は、とても元気です」
「気を失うほど、全力で物凄い走りだった、ということですね。そういえば、学生時代に、陸上をやられていたようですが。その頃から、優れた才能を、発揮されていたのですか?」
「いえ、学生時代は、特に、記録や結果は出していません。ただ、走るのが好きで、やっていただけですので」
それなりに、足は速かったけど、2着や3着が多かった。単に、風を切って走るのが、好きだったたけで。特に、記録は気にしていなかった。私にとって、走るのは、趣味のようなものだ。
「では、今になって、隠れていた才能が、開花した感じでしょうか?」
「いえ、私の才能ではなく、単に運がよかっただけです。天候・コンディション・一緒に走っていた選手。全ての条件に、恵まれていました。一つでも欠けていたら、おそらく、今回の走りは、なかったと思います」
「流石は『天使』の名を継ぐ、シルフィード。とても謙虚な、お答えですね。でも、並みいるトップ・アスリートを、全員、押さえての、堂々の優勝です。その才能は、大いに誇っても、いいのではないでしょうか?」
とても謙虚な、リリーシャさんの二つ名を、継いでいるけど。私は、けっして、謙虚な性格ではない。自己主張も、欲望も、強いほうだ。ただ、自分の身の程は、わきまえている。
「いえ、能力的には、他の選手の方々のほうが、圧倒的に上でした。特に、フリード選手は、本当に強かったです。本来であれば、彼が世界記録で、優勝したはずでした。私は、彼について行っただけで――」
「では、世界記録を出す走りをしていた、彼について行ったおかげで、優勝できた、ということですか?」
「はい、間違いなくそうです。彼がいなければ、成し得なかった結果です。一緒に走れたことが、大変な幸運でした」
私が一人で走っても、絶対に出せない結果だった。実際、トレーニングの際に、これほどのタイムを、出したことはない。
「つまり、今回の素晴らしい結果は、二人で作った記録なのですね?」
「はい。あとは、応援してくださった、たくさんの方々のお蔭です。走っていて辛かった時、みんなの応援が、確実に力になっていました。なので、世界中の人たち、全ての力で作った結果だと思います」
「なるほど。たくさんの人たちの力で、歴史を塗り替えたのですね」
その後も、普段の仕事の話や、シルフィードになるキッカケだったり、色んな質問に答え、一時間ほど話が続いた。
撮影が終わると、スタッフ全員から、大きな拍手が巻き起こった。アナウンサーのケヴィンさんから、激励の言葉を掛けられ、握手を求められた。
「天使の翼。今まで、色んな偉人のインタビューを、やって来ましたが。あなたのような方は、珍しいです」
「え……?」
「世界がひっくり変えるほどの、物凄い結果を出しながら。あなたは、全く自覚せずに、ケロッとされている。別の意味で、驚きました」
「あ――あの、無自覚で、すいません」
「いえ、いい意味でです。案外、あなたのような方が、世界を変えていくのかもしれませんね。『白き翼』も、そんな感じでしたから」
「そうなんですか?」
「無自覚で、凄いことをやってしまう。あなたたちは、そっくりですよ。彼女の名を継ぐに、相応しい方ですね。これからのご活躍も、期待しています」
「はい、ありがとうございます」
私は、彼の手を取って、力強く握手する。こうして、MVの撮影は、無事に終了した。
私としては、リリーシャさんを、目指しているんだけど。最近よく『アリーシャさんに似ている』と、言われる。やっぱり、私は、おしとやかとか、計画的とか、完璧な行動は、全く向いていないらしい。
これからも、無茶をしながら、全力で上を目指して行こうと思う。結局は、テンションと勢いで行動するのが、一番、私らしい生き方なので……。
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次回――
『伝統は過去の栄光ではなくより良い未来のために』
過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられる
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この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
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