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第8部 分かたれる道

4-2沢山の人に元気や勇気を与えられる人間になりたい

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 夜、静まり返った物置部屋で。私は、背の低い折り畳みテーブルの前に、座布団を敷き、正座していた。マギコンを操作しながら、目の前には、複数の空中モニターが表示されている。夜の日課の、お勉強タイムだ。

 ちなみに、この物置部屋は、今住んでいる家の、二階の隅にある。大きな部屋が、いくつもある中、唯一、こじんまりした空間だ。狭い場所のほうが、落ちつくので、いつも、ここで勉強している。

 寝室は、物凄く大きいし。リビングも、滅茶苦茶、広くて快適なんだけど。私は、一人で広いところにいると、寂しくなってくる。

 あと、ふかふか過ぎるソファーや、豪華な調度品は、どうも落ちつかない。なので、一人の時は、最も狭い物置部屋で、過ごすことが多かった。

 広い部屋が、たくさんあるのに、何かおかしいけど。でも、狭いところのほうが、落ち着くんだよね。あと、床に座るのが好きだから、背の低いテーブルと座布団の組み合わせが、一番のお気に入りだ。

 今、勉強しているのは、新店のチェックと、新しいニュースについて。昇級試験は、もうないけど。上位階級としての、立場と責任があるので、以前にもまして、勉強に熱が入っている。ある意味、日々の接客が、試験のような感じだ。

 みんな、上位階級のシルフィードの、最高の接客を期待して来ている。だからこそ、お客様の期待を、はるかに上回る、ハイレベルな対応が必要だ。そのためには、やれることは、何でもやらなければならない。

 各種情報をチェックしていると、マギコンから、メッセージの着信音が鳴った。この時間は、間違いなくユメちゃんだ。私は、急いでELエルを開いて、返信する。

『風ちゃん、こんばんはー。元気してるー?』
『うん。元気元気、超元気!』

 いつもと変わらない、このやり取りで、物凄くホッとする。なぜなら、ここ最近、私に気楽に接してくれる人が、少ないからだ。

『勉強中だった?』
『うん。物置部屋にこもって、ボチボチやってた』

『大きな家なのに、なんで、そんな所にいるの?』
『いやー、なんて言うか、あまり広すぎると、落ち着かないんだよねぇ。特に、リビングとか、広すぎて……』

 ちなみに、リビングには、何人も座れる大きなソファーが、何組も置いてある。凄くふかふかだし、いかにも高級そうな見た目だ。でも、居心地が悪くて、一人でいる時は、すみに、ちょこんと座っている。

『あんなに、オシャレで、いいリビングなのに? しかも、目の前に、海が見えるなんて、最高の立地じゃない?』

『んー、景色は、確かにいいんだけどね。でも、一人だと、凄く寂しいんだ。特に、ガランとした部屋で、一人で見る夜の海って、虚しくなってくるんだよね――』

『ふーん。じゃあ、風ちゃんの家、遊びに行ってもいい?』
『もちろん、OKだよ。部屋、余ってるから、泊まって行ってもいいし』

 一部屋あれば、十分なんだけど。寝室も複数あるし、応接室やティールームまである。地下には、バー・カウンターや、ビリヤード台なども置いてあった。どう考えても、一人用の家じゃないし。リゾートで使う、別荘のような感じだ。

『やったー! じゃあ、パジャマ・パーティーやろうよ! 差し入れ、いっぱい持ってくね』

『ありがとう。でも、そんなに、気を遣わなくていいからね。こないだのは、流石に、多過ぎたから……』

 新居祝いの時は、あまりにも、プレゼントが多すぎて。リチャードさんが、何度も往復して、せっせと運んでくれていた。

 高価そうな、ティーカップセットや食器類。各種アメニティーグッズ。大量のお菓子や、高級缶詰など。あと、有名ブランドの、化粧品のセットなどもあったけど。私は、化粧をしないから、全く使わないんだよね。

 ただ、あの量を見れば、ユメちゃんが、どれだけ本気で祝福してくれたかが、よく分かる。間違いなく、そうとうな金額が、掛かってるはずだ。

『だって、新居祝いだよ。あれが、普通じゃないの?』
『うーん、どうなんだろ? 私は、初めてだから、よく分からないけど』

『向こうの世界は、こういうの、やらないの?』
『一応、やるけど。引っ越し祝いや新築祝いは、あくまで、気持ちだから。あげても、一品だね。こんなに、大量にはしないよ』

『ふーん、そうなんだ』
『それに、高価なものも多かったし、ビックリだよ。ユメちゃんのも、高そうなのが、多かったけど。ちなみに、おいくらぐらいだったの――?』

 こういうのを訊くのは、失礼かもしれないけど。でも、今度は、私があげる立場になった時のために、知っておく必要がある。

『うーん、今回は、全部、親が出してくれたし。詳しくは、知らないんだけど。たぶん、百数十万ベルぐらい……?』
『えぇっ、百数十万っ?!』

『食器類は、お母さんが、好きなブランドの選んでたし。ティーカップ・セットが、三、四十万ベルとかじゃない?』
『ちょっ――?! そんな高価なもの、本当に、もらっていいの?』

 高そうだとは思ってたけど、流石に、そこまでとは、思っていなかった。

『いーの、いーの。大事な新居祝いだし、うちの家族、全員分だから』
『はぁー……何か申し訳ないなぁ。他の人たちからも、滅茶苦茶、たくさん貰ったし。どう、お返ししていいのか――』

『お返しなんて、いらないよ。あげたくて、あげてるんだから。それこそ、気持ちの問題だよ』

『確かに、そうだけどね。でも、いつも、何かもらったり、助けてもらってばかりで、何もお返しできてないから。嬉しい反面、ちょっと、心が痛むんだよね……』

 この世界に来てからは、与えられる一方で、お返しが、全く追い付いていない。感謝の気持ちは、常に持ってるんだけど。お返しする前に、どんどん貰っちゃうし。これじゃ、バランスが悪すぎるよね。

『風ちゃんって、結構、そういう細かいこと、気にするよね?』
『そうかなぁ? でも、何かしてもらったら、お返しって、気にするものじゃない? ユメちゃんは、そういうのないの?』

『私は、特に気にしないかな。もちろん、ありがたいとは、思うけど。この町は「分け与える」ことが、普通だから。「大地の魔女」の話は、知ってる?』
『うん、ある程度は』

 大地の魔女は、四魔女のリーダーで、この〈グリュンノア〉の創始者だ。彼女は、魔女だけではなく『大陸最強の武人』とも言われた、剣の達人でもある。自分には、凄く厳しかったけど、とても情のある人だったらしい。

『彼女は、暮れになると、全ての家を回って、銅貨を一枚ずつ、配っていたんだ。それが、十二月に行われる『大金祭』の起源だね。あと、国のトップだったけど、裕福だった訳じゃないんだ』

『彼女の死後、自宅には、数冊の本と剣しか残ってなくて。私財の全ては、他の人たちにあげちゃって、金品は全く残っていなかったらしいよ。だから「史上最も清貧な執政者」って、言われてるんだ』

 自身に厳格な人だとは、聴いていたけど。本当に、自分には、とことん厳しかったようだ。普通、国のトップの人って、そうとう豪華な生活をしてるよね――。

『でも、彼女は、幸せだったみたいだよ。人に与えることに、喜びを感じていたから。この町の人たちが、人に幸せや財を分け与えるのは、彼女の影響だね。彼女の場合は、極端すぎるけど。他の魔女たちも、多くの物を、分け与えていたから』

『この町の人たちは、四魔女の子孫であることに、誇りを持ってるし。与えることに、喜びを感じているから。何かをもらっても、気にする必要はないよ。誰もが、好きでやってるんだもん』

 なるほど、そういうことなんだね。どうりで、みんな、よくしてくれる訳だ。子供のころから『与えるのが当り前』という考え方が、自然に身についているのだろう。

『本当に、素敵な習慣だね。世界中の人が、そんな考えになったら。きっと、素晴らしい世界に、なるだろうねぇ』

『それに、奪うよりも、与えるほうが、はるかに効率的だと思うよ。みんなで、与え合っていれば、絶対に、争いが起こらないもん。歴史上の戦争って、全ては、奪い合いが発端だから』

 確かに、ユメちゃんの言う通りだ。戦争まで至らなくても、普段の生活の中でも、常に、利益や物の奪い合いはある。

 でも、この町の人たちは、全く違う。みんな、とても大らかで、手放しに、色んなものを与えてくれる。四魔女の思想が、今でも、深く根付いている証拠だ。

『理屈では、分かるんだけどね。向こうの世界では、こういう習慣は、なかったから。色々して貰っちゃうと、やっぱり、気になっちゃうんだよね』

『まぁ、この町が、特別なだけだからね。この世界の全てで、与える習慣が、ある訳じゃないし。でも、風ちゃんも、周りの人に、色々与えてるでしょ?』

『えっ? ほとんど、何もお返しできてないし。贈り物も、あまり、したことないけど……』

 ちょっとした、差し入れぐらいは、するけど。あまり、本格的な贈り物は、したことがない。

『与えるって、物だけじゃないよ。風ちゃんは、いつも、元気や勇気を、沢山の人に与えてるじゃない』
『えーっと――そう?』

『精神的なものって、お金で、どうにかなるもんじゃないし。誰もが、できる訳じゃないから。物をあげるより、はるかに、価値があると思うよ。そもそも、風ちゃんの知名度が、一気に上がったのって「ノア・マラソン」の時だったでしょ?』

『あー、アレね。自分的には、黒歴史だったんだけど……』

 やってくるお客様の多くが『ノア・マラソンで知った』と、口にする。MVが、全世界放送だったし。スピの動画が、滅茶苦茶、拡散した影響だと思う。 

『何言ってるの? 世界中の人に、勇気を与えたじゃない。見ていた人、全てに与えたとしたら。数百万、いや、数千万人に、与えたことになるんだよ。もらった分以上に、与えてるじゃん』

『私だって、風ちゃんから、いっぱい元気や勇気をもらったし。新居祝いのお返しじゃ、足りないぐらいだよ。きっと、他の人たちも、同じ気持ちだと思う。風ちゃんは、これからも、物じゃなくて、精神的なものを、与えていけばいいじゃん』

『なるほど。それなら、できるかも』

 物を物で返すことばかりに、とらわれ過ぎていたのかもしれない。そもそも、元気や幸せを、たくさんの人に与えるのは、私のポリシーにも、シルフィードの理念にも、ピッタリだと思う。

『私、ユメちゃんにも、ちゃんと、与えられてるかな?』
『当り前だよ。毎晩、こうやって、元気もらってるし。そもそも、風ちゃんの存在自体が、生き甲斐だもん』

『それは、流石に、大げさすぎじゃない――?』
『そんなとないよ。ファンは、推しが頑張ってるだけで、超幸せなんだから。私が「ファン一号」だって、忘れてない?』

『もちろん、覚えてるよ。見習い時代、ファンは、ユメちゃん、一人しかいなかったし。私の一番の理解者だもん』

 最初は、冗談で言っているかと思った。でも、ユメちゃんは、本物の私のファンだ。しかも、かなり熱狂的な……。 

『最近は、風ちゃんのファンも、かなり増えて来たけど。世界一のファンは、絶対に私だからね。これからも、全力で応援するよ』
『ありがとう。ユメちゃんが、ファンでいてくれる限り、安泰だね』

 予約が、たくさん入っている今でも、しっかり、ユメちゃんの予約が、定期的に入っている。

『あ、そうそう。今年の「ノア・マラソン」は、出場することにしたから。申し込みも、済ませてあるし』
『おぉー、本当に?! でも、超忙しいのに、大丈夫? ブランクもあるでしょ?』

『ずっと前から「今年は出る」って、決めてたから。年明けから、ずっとトレーニングしてたんだ。早朝のランニングや、休日のトレーニング。あと、ジムにも通ってるし』
 
 ただ、やみくもにやるのではなく、ジムでプロのトレーナーから、本格的な指導も受けている。『ノア・グランプリ』の時に、プロの指導の重要性が、よく分かったからだ。なので、ロード・ワークについても、トレーナーと相談して決めている。

『へぇー、凄く本確的にやってるね。でも、私そんな話、全然、聴いてないよ』
『ごめんね。別に、隠してた訳じゃなくて。正直、結構、迷ってたんだ。立場が立場だし。あの時のケガの記憶も、まだ残ってるから――』

『上位階級になると、行動に制限が多いもんね。それに、怪我の恐怖が、ずっと尾を引くのは、私も、痛いほどよく分かるよ……』

 ユメちゃんは、一歩、間違えば、命を落とすほどの大怪我だったので、当然だ。私の場合は、そこまで、酷くなかったけど。それでも、査問会なんかもあったし。恐怖心を抱くには、十分すぎる、重い記憶だった。

『でも、ユメちゃんと話して、スッキリしたよ。私、今回は、世界中の人のために、走ろうと思う。少しでも、元気や勇気を、与えてあげられるように』

『凄くいいね! それでこそ、私の大好きな、風ちゃんだよ。私、超気合いを入れて応援するから。また、私に、大きな夢を見せてよ』

『うん。私も、四魔女に負けないように、頑張って、希望の光になるよ。私が目指すのは「幸運の使者」だもん』

 私は、元々この世界とは、全く無縁の異世界人だ。でも、以前、リリーシャさんが言っていた。シルフィードはみんな、四魔女の子孫のようなものだと。だから、私も、与えることの意志を、継いでいこう。

 それに、私の特技なんて、運動ぐらいだし。走ることで、人を幸せにできるなら、人生の全てを懸けてもいいと思う。私だって、この町の一員なんだから。体を張って、全力で与えるためだけの走りをしよう……。


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次回――
『走ると人生の色んなことが見えて来る』

 人生は壁の隙間から白馬が走る姿を見るようなものだ
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