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第8部 分かたれる道
2-3親しい人には立場が変わっても普通に接してほしい
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一日の仕事が、全て終わったあと。時間は、夕方、六時半ごろ。私は、ユメちゃんの家に来ていた。今日は、ユメちゃんのご家族に、ディナーに誘われたからだ。まだ、開始まで時間があるので、ユメちゃんの部屋で、世間話をしていた。
本当は、ディナーなんて堅苦しいのは、好きじゃないんだけど。先日の、昇進パーティーの際には、大型クルーザーを貸してくれたり、料理の準備をして貰ったり、滅茶苦茶、お世話になっている。なので、そのお礼を言うために、やって来た。
そもそも、上位階級は、各種イベントやパーティーなどに、呼ばれる機会がとても多い。つまり、上位階級になるというのは『社交界デビュー』するようなものだ。
今までのように、ただ、通常業務を、淡々とこなせばいい訳ではない。これからは、人付き合いや、人脈作りが大切だ。特に、政財界の著名人との関係は、大事にする必要がある。これは、ノーラさんからのアドバイスだ。
上位階級は、ただ単に、称号だけに権力がある訳ではなかった。そのバックにある、人脈の影響が大きい。つまり、多くの人脈がある人ほど、発言権や権力が強くなる。大御所シルフィードの、権力の強さも、実はここにあるのだ。
ちなみに、ユメちゃんのお父さんの、ジークハルトさんは、アッシュフィールド財閥の現当主。アッシュフィールド家は、元々は大陸の貴族の血筋で、長く続く、伝統的な名家だ。政財界でも、非常に強い、影響力を持っている。
ユメちゃんのお母さんの、エリザベートさんは、ご先祖が王女様で、遠縁だが王族の血を引いている人だ。さらに、昔は、物凄く有名な、女優さんだった。政財界の御婦人方の、まとめ役のような存在で、芸能界にも、かなり顔が利くようだ。
二人とも、物凄い血筋と実績に加え、強力な権力と人脈を持っている。つまり、ユメちゃんは、とんでもない、サラブレッドで、正真正銘のお嬢様だ。
とはいえ、彼女は、全然そんな風には、見えないんだよね。のびのびと、自由に育ってきたせいか、ごく普通の一般人と、何も変わらない。
今も、私の隣で、Tシャツと短パンのラフな格好で、ベッドに座っている。ベッドの上には、たくさんの本が散乱しており、目の前のテーブルには、山のように、お菓子が置いてあった。
それにしても、ユメちゃんは、甘いものが大好きだ。さっきから、バクバクとドーナツを食べ続けている。体は細いのに、本当に、よく食べるんだよね。しかも、いくら食べても、全く太らない体質らしい。
「ユメちゃん。夕飯前に、そんなに食べたら、マズイんじゃない?」
「えー、平気だよ。甘いものは、別腹だもん。それに、私、食事は、あんま食べないから。お菓子さえあれば、生きて行けるよ」
「いやいや、それじゃ、全然ダメじゃん。体によくないよ」
「もー、風ちゃん。お母さんみたいなこと言うね」
「そんなつもりは、ないけど。ただ、ユメちゃんが、心配なだけだよ。私にとってユメちゃんは、親友であると共に、妹みたいな存在だから」
「ってことは、風ちゃんが、お姉ちゃんかぁー……」
ユメちゃんは、ちょっと考えたあと、
「風歌お姉ちゃーん」
私の後ろから抱き着いて、甘えた声を出す。
「うっ――。な、なんか違う……」
「うん。私もやってて、違和感が、半端なかった――」
ユメちゃんが離れると、二人で、ゲラゲラと大笑いする。
ちょうどその時、扉を叩く音が聞こえてきた。ユメちゃんが『どうぞ』と言うと、静かに扉が開き、リチャードさんが入ってくる。
「天使の翼、お嬢様、ディナーのご用意ができました。旦那様と奥様も、すでに、お待ちです」
「うん、分かった。すぐ行く」
「あぁ、それから、お嬢様。ちゃんと、正装をしてくるようにと、旦那様からの、言伝です」
「えぇー? いいじゃん、家族で食事するだけなのに」
ユメちゃんは、面倒くさそうに答える。
「お嬢様。本日は、特別な来賓がおられるのです。『スカイ・プリンセス』には、最大限の、敬意と礼節が必要なのです」
「もー、風ちゃんは、私の親友なのに」
「親しき中にも礼儀あり、ですよ、お嬢様」
「はーい」
そんなこんなで、ユメちゃんの準備を済ませてから、私たちは、ディナーに向かうのだった……。
******
私たちが案内されたのは、物凄く大きな部屋だった。純白のテーブルクロスが敷いてある、とんでもなく長いテーブル。天井には、いくつも、大きなシャンデリアがついており、床一面に、複雑な模様のじゅうたんが、敷き詰められている。
壁には、絵画が飾られ、石膏像や壺など、様々なオブジェが置かれていた。どれも、とんでもなく、高価そうなものばかりだ。部屋の壁ぎわには、リチャードさんを始め、数人の執事さんが、待機していた。
本来のマナーだと、当主と主賓は、長いテーブルの、端と端に座るらしい。ただ、今日は、話がしやすいようにと、普段、家族がしているのと同じ、略式でやることになった。
長いテーブルの中央付近に、私とユメちゃんが座り、その正面には、ジークハルトさんと、エリザベートさんが座っていた。テーブルの上には、ワイングラスと、沢山のフォークやナイフが並んでいる。
一応、テーブルマナーは、勉強してきた。というか、ナギサちゃんに、徹底的に、叩き込まれたんだよね。『食事は品性が出やすいから、特に気を付けるように』と、厳しく指導されたのだ。
フォークとかって、確か、外側から使って行けば、いいんだっけ? 実はまだ、あまり、自信がないんだよね――。
運ばれてきた料理は、見るからに、高価そうな素材を使っており、滅茶苦茶、美味しそうに見える。でも、緊張して、あまり味が分からない。
いつも、パンばかりだから、ナイフとフォークは、使い慣れていないし。いくら、友人の家とはいえ、超大物が、二人も目の前にいるので、食事を、味わうどころじゃない。
ただ、ユメちゃんは、流石に手慣れた感じだった。自室にいる時は、ゴロゴロしながら、だらしなく、お菓子を食べているのに。テーブルに着くと、とても上品に食事をしていた。
「天使の翼。本日は、お忙しいところ、お越し下さり、誠にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。お招きいただき、ありがとうございます」
ジークハルトさんが、静かに声を掛けて来た。とても上品で、いかにも、紳士な感じの人だ。
「あと、先日の昇進の際は、色々とご配慮いただき、心より感謝しております。お蔭さまで、大変、素晴らしい、昇進パーティーができました」
「いえいえ。あなたは、うちの娘の恩人ですから。あの程度、お安い御用です。今後も何かあれば、ご遠慮なく、おっしゃってください。それに『スカイ・プリンセス』のお力になれるのは、とても光栄なことです」
彼は、爽やかな笑顔で答える。
ユメちゃんが、外に出るお手伝いをして以降。顔を合わせるたびに『娘の恩人』だと、お礼を言われている。私としては、単に、友達をちょっと手伝っただけで。そこまで、大げさなことを、した気はないんだけど……。
「とても、素晴らしいパーティーでしたわ。大物も、沢山いらしていましたし。流石に、若くして成功される方は、違いますわね。時の人である『天使の翼』をお招きできて、大変、光栄ですわ」
隣に座っていた、エリザベートさんも、素敵な笑顔で、話し掛けてきた。流石に、元人気女優だけあり、物凄い美人だ。あと、あふれ出る気品が凄い。
「そんな、私なんて、まだまだ、修行中の身ですし。他の先輩シルフィード方に比べれば、足元にも及びませんので」
「あら、ご謙遜を。今、私の友人たちの間でも、あなたの話題で、持ちきりですのよ。〈ホワイト・ウイング〉では、三人目の上位階級への昇進。流石は、一流の名門企業ですわ」
「いえ、会社が凄いだけですので――」
実際〈ホワイト・ウイング〉から、三人目の上位階級者が出たことは、かなりの話題になっているようだ。通常、中小企業から、上位階級に昇進すること自体が、非常に珍しい。上位階級は、ほぼ全員、大企業に所属しているからだ。
しかも、うちは、たった二人だけの、零細企業。加えて『三人連続、上位階級への昇進』は、史上初の快挙らしい。でも、アリーシャさんと、リリーシャさんが、凄いだけで。私は、まだ、完全に、名前負けしてる気がするんだよね……。
「もう、お父さんも、お母さんも、堅苦しい話は、やめてよね。今日は、風ちゃんのこと、友達として呼んだんだから。そういう事するなら、私、風ちゃんを、自分の部屋に連れて帰るから」
ご両親と話していると、ユメちゃんが、不機嫌そうな声をあげた。
「あぁ、すまないね、ユーメリア。でも、とても、お世話になっているのだし。やはり、大人としての、礼儀というものがあるだろう?」
「そうよ。いくら、親しくして頂いているからとはいえ。社会的にも、高い地位にいる方なのよ。ちゃんと、敬意を払わなければ」
その言葉を聴いて、ユメちゃんは、ブーッとむくれた表情をする。
「あ、あの。私、本当に、全然、凄くも偉くもありませんので。つい先日までは、無名のシルフィードでしたし。私、ユメちゃんとは、見習い時代からの大親友で。地位とか、そういうのは、全く関係ないんです」
「確かに、上位階級が、この町では、とても尊重されているのは分かります。でも、私は、親しい人には、一人の人間として接してほしいです。もし、可能であれば、ユメちゃんの、お父様とお母様にも、そうして頂けると、嬉しいのですが――」
昇進して以降、周りの人たちの対応が、滅茶苦茶、丁寧になった。誰もが、私のことを、畏敬の目で見てくる。嬉しくはあるんだけど、私が求めているものとは、ちょっと違う。私は、尊敬されたいのではなく、全ての人と、友達になりたいのだ。
「なるほど……。『天使の翼』が、そう言われるのであれば。でも、本当に、よろしいのですか?」
ジークハルトさんは、少し困った表情で答える。
「はい。以前と同じで、お願いします。あと、二つ名ではなく、名前で呼んで下さると嬉しいです」
私が答えると、ジークハルトさんとエリザベートさんは、少し困惑した表情で、顔を見合わせていた。
しかし、ほどなくして、
「そうね。ユメの親友は、私たちの親友でもあるのだから。これからも、仲良くしてくださいね、風歌ちゃん」
エリザベートさんが、笑顔で優しく声を掛けてくれた。
「ふむ。確かに、その通りだね。娘ともども、よろしくお願いします」
ジークハルトさんも、柔らかな笑顔を浮かべる。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
やっぱ、いつも通り、普通にしてくれたほうが嬉しい。
「全くもう、最初から、そうしてればいいのよ。友達が遊びに来ただけなのに、カッコつけすぎだよ、二人とも。いつもは、もっと、適当じゃん」
ユメちゃんは、ずけずけと言い放つ。
「いや、しかしなぁ。『スカイ・プリンセス』を、自宅に招くなんて、初めてじゃないか。それなりに、体裁を整えないと。一応、うちは、名家で通っているからね」
「そうよ。社交界って言うのは、色々ルールがあるし、周りの目が厳しいんだから。いきなり、フレンドリーな対応は、できないわよ。そもそも、上位階級は、とても高貴な存在なのだから」
「風ちゃんは、風ちゃんなの! そういう、つまんないことに、巻き込まないでよね! 社交界とか、大人の事情なんて、関係ないんだから」
ユメちゃんの言葉に、二人は苦笑いする。相変わらず、ユメちゃんは、マイペースかつ、物凄く頑固だ。
「いやー、何か、娘がすいません。物凄くワガママな子なので、合わせるのが、とても大変でしょう?」
「いえ、そんなこと有りませんよ。ユメちゃん、物凄く素直ですし。大変なんて思ったこと、一度もありませから」
実際、ユメちゃんは、とても素直な子だ。一部、頑固なところもあるけど、私の意見は、素直に聴いてくれる。ずっと、箱入り娘だったせいか、物凄く純粋だし。
「えっ――?! ユーメリアが素直?」
「ちょっ、どういう意味よ、お父さん?」
「いや、いつも、口答えばかりで。なかなか話を、聴いてくれないじゃないか」
「それは、相手によるもん。風ちゃんの言うことは、何だって、素直に聴くもん」
「うっ……。それは、酷いんじゃないか、ユーメリア?」
どうやら、こっちが、普段の素の会話らしい。
「ウフフッ、この二人は、いつも、こんな感じなんですよ。おかしいでしょ?」
「いえ。とても、仲がよさそうで、いいですね」
「さぁ、いいのか悪いのか、よく分からないですけど」
エリザベートさんは、クスクス笑いながら、二人のやり取りを見ている。
でも、ちょっと、うらやましい気もする。うちの家族は、ここまでハッキリと、物を言ったりは出来なかった。いつも、ちょっと、距離が空いていて、遠慮しがちに話していた気がする。
もっとも、距離を置いてしまったは、私自身のせいだったと思う。『どうせ話しても無駄』と、勝手に決め込んで。両親とは、本音で話していなかったから。
「でも、こんなふうに、普通に話せるようになったのは、全て風歌ちゃんのお蔭なんですよ。あなたが、ユメの心を開いてくれたから。こうしてまた、家族団らんが、できるようになったんです。だから、心の底から、感謝しています」
「えぇ、まったくもって、その通り。あなたが、ユーメリアの、気兼ねなく付き合える、親友だったとしても。それでも、言葉に表せないほど、尊敬と感謝をしています。本当に、ユーメリアと友達になってくれて、ありがとう」
二人は、私に、とても優しいまなざしを向けて来た。
「いえ、そんな。むしろ、感謝したいのは、私のほうで。私が、この世界に来て、初めてできた、大事な友達ですので」
ユメちゃんは、私が一人で心細かった時。たった一つの、希望の光だった。
「もう、また、難しい話してる! 風ちゃんは、今日、遊びに来たんだからね。そういう社交辞令は、禁止っ!」
「やれやれ、今日も、お姫様は、ご機嫌斜めなようだね」
「まぁ、難しい年ごろだから、しょうがないわよ」
「だからっ、子ども扱いしないでってば!」
三人のやり取りは、何か見ていて、物凄く和む。本当に、仲のいい家族だ。
食事が終わったあと。お茶を飲みながら、カードルームで、四人でトランプをやって遊んだ。最初は、物凄く緊張していたけど。いつの間にか、すっかり馴染んでしまった。まるで、普通に友達の家に、遊びに来たような感覚だ。
ユメちゃんのお父さんとお母さんとも、かなり仲良くなった。普通に話すと、気さくで楽しい人たちだ。ちょっと、ユメちゃんには、甘いけど。とても、素敵な両親だと思う。
ユメちゃんが、お嬢様らしくないのも、この二人の影響かも知れない。公では、立場上、シャキッとしてるけど。家族同士の時は、割と緩いみたいだ。
最後は、三人に玄関まで、お見送りしてもらい、リチャードさんに付き添われ、エア・カートで、アパートまで送迎してもらった。
「本日は、大変、お疲れ様でした、如月様。いえ、天使の翼」
「こちらこそ、お招きいただき、感謝しています。あと、私のことは、今まで通り、名前で呼んでください。私と、リチャードさんの仲ですから」
「えっ――?!」
リチャードさんは、驚きの表情を浮かべる。
「何というか、ユメちゃん、ご両親、リチャードさんたちとは、社交辞令的な付き合いではなく、一人の人間として、本当に、親しくお付き合いしたいんです。堅苦しいのは、よそだけで、十分なので。やっぱり、おかしいですか……?」
「いえ。実に、如月様らしいです。そういう、飾らないところが、多くの人を、惹き付けるのでしょうな」
「いやー、元々飾るほどの素材でも、ありませんので」
二人で顔を合わせると、小さく笑う。
尊敬や尊重してもらえるのは、嬉しいけど。親しい人には、普通に接してほしい。
どんなに昇進しても、きっと、永遠に、私の性格は変わらないと思うし。しょせんは、肩書が違うだけだ。
私は、いつまでも、私のままなのだから。周りの人たちも、ずっと、そのままでいて欲しいと思う……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『誇り高い生き方は諸刃の剣なのを忘れてはいけない』
誇り高い人とは、 何よりもまず自分自身に厳しい人である
本当は、ディナーなんて堅苦しいのは、好きじゃないんだけど。先日の、昇進パーティーの際には、大型クルーザーを貸してくれたり、料理の準備をして貰ったり、滅茶苦茶、お世話になっている。なので、そのお礼を言うために、やって来た。
そもそも、上位階級は、各種イベントやパーティーなどに、呼ばれる機会がとても多い。つまり、上位階級になるというのは『社交界デビュー』するようなものだ。
今までのように、ただ、通常業務を、淡々とこなせばいい訳ではない。これからは、人付き合いや、人脈作りが大切だ。特に、政財界の著名人との関係は、大事にする必要がある。これは、ノーラさんからのアドバイスだ。
上位階級は、ただ単に、称号だけに権力がある訳ではなかった。そのバックにある、人脈の影響が大きい。つまり、多くの人脈がある人ほど、発言権や権力が強くなる。大御所シルフィードの、権力の強さも、実はここにあるのだ。
ちなみに、ユメちゃんのお父さんの、ジークハルトさんは、アッシュフィールド財閥の現当主。アッシュフィールド家は、元々は大陸の貴族の血筋で、長く続く、伝統的な名家だ。政財界でも、非常に強い、影響力を持っている。
ユメちゃんのお母さんの、エリザベートさんは、ご先祖が王女様で、遠縁だが王族の血を引いている人だ。さらに、昔は、物凄く有名な、女優さんだった。政財界の御婦人方の、まとめ役のような存在で、芸能界にも、かなり顔が利くようだ。
二人とも、物凄い血筋と実績に加え、強力な権力と人脈を持っている。つまり、ユメちゃんは、とんでもない、サラブレッドで、正真正銘のお嬢様だ。
とはいえ、彼女は、全然そんな風には、見えないんだよね。のびのびと、自由に育ってきたせいか、ごく普通の一般人と、何も変わらない。
今も、私の隣で、Tシャツと短パンのラフな格好で、ベッドに座っている。ベッドの上には、たくさんの本が散乱しており、目の前のテーブルには、山のように、お菓子が置いてあった。
それにしても、ユメちゃんは、甘いものが大好きだ。さっきから、バクバクとドーナツを食べ続けている。体は細いのに、本当に、よく食べるんだよね。しかも、いくら食べても、全く太らない体質らしい。
「ユメちゃん。夕飯前に、そんなに食べたら、マズイんじゃない?」
「えー、平気だよ。甘いものは、別腹だもん。それに、私、食事は、あんま食べないから。お菓子さえあれば、生きて行けるよ」
「いやいや、それじゃ、全然ダメじゃん。体によくないよ」
「もー、風ちゃん。お母さんみたいなこと言うね」
「そんなつもりは、ないけど。ただ、ユメちゃんが、心配なだけだよ。私にとってユメちゃんは、親友であると共に、妹みたいな存在だから」
「ってことは、風ちゃんが、お姉ちゃんかぁー……」
ユメちゃんは、ちょっと考えたあと、
「風歌お姉ちゃーん」
私の後ろから抱き着いて、甘えた声を出す。
「うっ――。な、なんか違う……」
「うん。私もやってて、違和感が、半端なかった――」
ユメちゃんが離れると、二人で、ゲラゲラと大笑いする。
ちょうどその時、扉を叩く音が聞こえてきた。ユメちゃんが『どうぞ』と言うと、静かに扉が開き、リチャードさんが入ってくる。
「天使の翼、お嬢様、ディナーのご用意ができました。旦那様と奥様も、すでに、お待ちです」
「うん、分かった。すぐ行く」
「あぁ、それから、お嬢様。ちゃんと、正装をしてくるようにと、旦那様からの、言伝です」
「えぇー? いいじゃん、家族で食事するだけなのに」
ユメちゃんは、面倒くさそうに答える。
「お嬢様。本日は、特別な来賓がおられるのです。『スカイ・プリンセス』には、最大限の、敬意と礼節が必要なのです」
「もー、風ちゃんは、私の親友なのに」
「親しき中にも礼儀あり、ですよ、お嬢様」
「はーい」
そんなこんなで、ユメちゃんの準備を済ませてから、私たちは、ディナーに向かうのだった……。
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私たちが案内されたのは、物凄く大きな部屋だった。純白のテーブルクロスが敷いてある、とんでもなく長いテーブル。天井には、いくつも、大きなシャンデリアがついており、床一面に、複雑な模様のじゅうたんが、敷き詰められている。
壁には、絵画が飾られ、石膏像や壺など、様々なオブジェが置かれていた。どれも、とんでもなく、高価そうなものばかりだ。部屋の壁ぎわには、リチャードさんを始め、数人の執事さんが、待機していた。
本来のマナーだと、当主と主賓は、長いテーブルの、端と端に座るらしい。ただ、今日は、話がしやすいようにと、普段、家族がしているのと同じ、略式でやることになった。
長いテーブルの中央付近に、私とユメちゃんが座り、その正面には、ジークハルトさんと、エリザベートさんが座っていた。テーブルの上には、ワイングラスと、沢山のフォークやナイフが並んでいる。
一応、テーブルマナーは、勉強してきた。というか、ナギサちゃんに、徹底的に、叩き込まれたんだよね。『食事は品性が出やすいから、特に気を付けるように』と、厳しく指導されたのだ。
フォークとかって、確か、外側から使って行けば、いいんだっけ? 実はまだ、あまり、自信がないんだよね――。
運ばれてきた料理は、見るからに、高価そうな素材を使っており、滅茶苦茶、美味しそうに見える。でも、緊張して、あまり味が分からない。
いつも、パンばかりだから、ナイフとフォークは、使い慣れていないし。いくら、友人の家とはいえ、超大物が、二人も目の前にいるので、食事を、味わうどころじゃない。
ただ、ユメちゃんは、流石に手慣れた感じだった。自室にいる時は、ゴロゴロしながら、だらしなく、お菓子を食べているのに。テーブルに着くと、とても上品に食事をしていた。
「天使の翼。本日は、お忙しいところ、お越し下さり、誠にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。お招きいただき、ありがとうございます」
ジークハルトさんが、静かに声を掛けて来た。とても上品で、いかにも、紳士な感じの人だ。
「あと、先日の昇進の際は、色々とご配慮いただき、心より感謝しております。お蔭さまで、大変、素晴らしい、昇進パーティーができました」
「いえいえ。あなたは、うちの娘の恩人ですから。あの程度、お安い御用です。今後も何かあれば、ご遠慮なく、おっしゃってください。それに『スカイ・プリンセス』のお力になれるのは、とても光栄なことです」
彼は、爽やかな笑顔で答える。
ユメちゃんが、外に出るお手伝いをして以降。顔を合わせるたびに『娘の恩人』だと、お礼を言われている。私としては、単に、友達をちょっと手伝っただけで。そこまで、大げさなことを、した気はないんだけど……。
「とても、素晴らしいパーティーでしたわ。大物も、沢山いらしていましたし。流石に、若くして成功される方は、違いますわね。時の人である『天使の翼』をお招きできて、大変、光栄ですわ」
隣に座っていた、エリザベートさんも、素敵な笑顔で、話し掛けてきた。流石に、元人気女優だけあり、物凄い美人だ。あと、あふれ出る気品が凄い。
「そんな、私なんて、まだまだ、修行中の身ですし。他の先輩シルフィード方に比べれば、足元にも及びませんので」
「あら、ご謙遜を。今、私の友人たちの間でも、あなたの話題で、持ちきりですのよ。〈ホワイト・ウイング〉では、三人目の上位階級への昇進。流石は、一流の名門企業ですわ」
「いえ、会社が凄いだけですので――」
実際〈ホワイト・ウイング〉から、三人目の上位階級者が出たことは、かなりの話題になっているようだ。通常、中小企業から、上位階級に昇進すること自体が、非常に珍しい。上位階級は、ほぼ全員、大企業に所属しているからだ。
しかも、うちは、たった二人だけの、零細企業。加えて『三人連続、上位階級への昇進』は、史上初の快挙らしい。でも、アリーシャさんと、リリーシャさんが、凄いだけで。私は、まだ、完全に、名前負けしてる気がするんだよね……。
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「あぁ、すまないね、ユーメリア。でも、とても、お世話になっているのだし。やはり、大人としての、礼儀というものがあるだろう?」
「そうよ。いくら、親しくして頂いているからとはいえ。社会的にも、高い地位にいる方なのよ。ちゃんと、敬意を払わなければ」
その言葉を聴いて、ユメちゃんは、ブーッとむくれた表情をする。
「あ、あの。私、本当に、全然、凄くも偉くもありませんので。つい先日までは、無名のシルフィードでしたし。私、ユメちゃんとは、見習い時代からの大親友で。地位とか、そういうのは、全く関係ないんです」
「確かに、上位階級が、この町では、とても尊重されているのは分かります。でも、私は、親しい人には、一人の人間として接してほしいです。もし、可能であれば、ユメちゃんの、お父様とお母様にも、そうして頂けると、嬉しいのですが――」
昇進して以降、周りの人たちの対応が、滅茶苦茶、丁寧になった。誰もが、私のことを、畏敬の目で見てくる。嬉しくはあるんだけど、私が求めているものとは、ちょっと違う。私は、尊敬されたいのではなく、全ての人と、友達になりたいのだ。
「なるほど……。『天使の翼』が、そう言われるのであれば。でも、本当に、よろしいのですか?」
ジークハルトさんは、少し困った表情で答える。
「はい。以前と同じで、お願いします。あと、二つ名ではなく、名前で呼んで下さると嬉しいです」
私が答えると、ジークハルトさんとエリザベートさんは、少し困惑した表情で、顔を見合わせていた。
しかし、ほどなくして、
「そうね。ユメの親友は、私たちの親友でもあるのだから。これからも、仲良くしてくださいね、風歌ちゃん」
エリザベートさんが、笑顔で優しく声を掛けてくれた。
「ふむ。確かに、その通りだね。娘ともども、よろしくお願いします」
ジークハルトさんも、柔らかな笑顔を浮かべる。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
やっぱ、いつも通り、普通にしてくれたほうが嬉しい。
「全くもう、最初から、そうしてればいいのよ。友達が遊びに来ただけなのに、カッコつけすぎだよ、二人とも。いつもは、もっと、適当じゃん」
ユメちゃんは、ずけずけと言い放つ。
「いや、しかしなぁ。『スカイ・プリンセス』を、自宅に招くなんて、初めてじゃないか。それなりに、体裁を整えないと。一応、うちは、名家で通っているからね」
「そうよ。社交界って言うのは、色々ルールがあるし、周りの目が厳しいんだから。いきなり、フレンドリーな対応は、できないわよ。そもそも、上位階級は、とても高貴な存在なのだから」
「風ちゃんは、風ちゃんなの! そういう、つまんないことに、巻き込まないでよね! 社交界とか、大人の事情なんて、関係ないんだから」
ユメちゃんの言葉に、二人は苦笑いする。相変わらず、ユメちゃんは、マイペースかつ、物凄く頑固だ。
「いやー、何か、娘がすいません。物凄くワガママな子なので、合わせるのが、とても大変でしょう?」
「いえ、そんなこと有りませんよ。ユメちゃん、物凄く素直ですし。大変なんて思ったこと、一度もありませから」
実際、ユメちゃんは、とても素直な子だ。一部、頑固なところもあるけど、私の意見は、素直に聴いてくれる。ずっと、箱入り娘だったせいか、物凄く純粋だし。
「えっ――?! ユーメリアが素直?」
「ちょっ、どういう意味よ、お父さん?」
「いや、いつも、口答えばかりで。なかなか話を、聴いてくれないじゃないか」
「それは、相手によるもん。風ちゃんの言うことは、何だって、素直に聴くもん」
「うっ……。それは、酷いんじゃないか、ユーメリア?」
どうやら、こっちが、普段の素の会話らしい。
「ウフフッ、この二人は、いつも、こんな感じなんですよ。おかしいでしょ?」
「いえ。とても、仲がよさそうで、いいですね」
「さぁ、いいのか悪いのか、よく分からないですけど」
エリザベートさんは、クスクス笑いながら、二人のやり取りを見ている。
でも、ちょっと、うらやましい気もする。うちの家族は、ここまでハッキリと、物を言ったりは出来なかった。いつも、ちょっと、距離が空いていて、遠慮しがちに話していた気がする。
もっとも、距離を置いてしまったは、私自身のせいだったと思う。『どうせ話しても無駄』と、勝手に決め込んで。両親とは、本音で話していなかったから。
「でも、こんなふうに、普通に話せるようになったのは、全て風歌ちゃんのお蔭なんですよ。あなたが、ユメの心を開いてくれたから。こうしてまた、家族団らんが、できるようになったんです。だから、心の底から、感謝しています」
「えぇ、まったくもって、その通り。あなたが、ユーメリアの、気兼ねなく付き合える、親友だったとしても。それでも、言葉に表せないほど、尊敬と感謝をしています。本当に、ユーメリアと友達になってくれて、ありがとう」
二人は、私に、とても優しいまなざしを向けて来た。
「いえ、そんな。むしろ、感謝したいのは、私のほうで。私が、この世界に来て、初めてできた、大事な友達ですので」
ユメちゃんは、私が一人で心細かった時。たった一つの、希望の光だった。
「もう、また、難しい話してる! 風ちゃんは、今日、遊びに来たんだからね。そういう社交辞令は、禁止っ!」
「やれやれ、今日も、お姫様は、ご機嫌斜めなようだね」
「まぁ、難しい年ごろだから、しょうがないわよ」
「だからっ、子ども扱いしないでってば!」
三人のやり取りは、何か見ていて、物凄く和む。本当に、仲のいい家族だ。
食事が終わったあと。お茶を飲みながら、カードルームで、四人でトランプをやって遊んだ。最初は、物凄く緊張していたけど。いつの間にか、すっかり馴染んでしまった。まるで、普通に友達の家に、遊びに来たような感覚だ。
ユメちゃんのお父さんとお母さんとも、かなり仲良くなった。普通に話すと、気さくで楽しい人たちだ。ちょっと、ユメちゃんには、甘いけど。とても、素敵な両親だと思う。
ユメちゃんが、お嬢様らしくないのも、この二人の影響かも知れない。公では、立場上、シャキッとしてるけど。家族同士の時は、割と緩いみたいだ。
最後は、三人に玄関まで、お見送りしてもらい、リチャードさんに付き添われ、エア・カートで、アパートまで送迎してもらった。
「本日は、大変、お疲れ様でした、如月様。いえ、天使の翼」
「こちらこそ、お招きいただき、感謝しています。あと、私のことは、今まで通り、名前で呼んでください。私と、リチャードさんの仲ですから」
「えっ――?!」
リチャードさんは、驚きの表情を浮かべる。
「何というか、ユメちゃん、ご両親、リチャードさんたちとは、社交辞令的な付き合いではなく、一人の人間として、本当に、親しくお付き合いしたいんです。堅苦しいのは、よそだけで、十分なので。やっぱり、おかしいですか……?」
「いえ。実に、如月様らしいです。そういう、飾らないところが、多くの人を、惹き付けるのでしょうな」
「いやー、元々飾るほどの素材でも、ありませんので」
二人で顔を合わせると、小さく笑う。
尊敬や尊重してもらえるのは、嬉しいけど。親しい人には、普通に接してほしい。
どんなに昇進しても、きっと、永遠に、私の性格は変わらないと思うし。しょせんは、肩書が違うだけだ。
私は、いつまでも、私のままなのだから。周りの人たちも、ずっと、そのままでいて欲しいと思う……。
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次回――
『誇り高い生き方は諸刃の剣なのを忘れてはいけない』
誇り高い人とは、 何よりもまず自分自身に厳しい人である
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「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
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