私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第7部 才能と現実の壁

5-9風の加護を持つ者どうしの限界を超えた戦い

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 お昼休憩が終わったあと、一時から『EX500』の、準決勝が行われた。流石に、予選を勝ち残って来ただけあって、非常にハイレベルなメンバーだ。中には、プロレーサーもおり、圧倒的な人気になっていた。

 私たち三人は、完全に、場違いな感じだった。プロはもちろん、アマチュアの人も、ベテランぞろいだからだ。いくら腕に自信があっても、私たちは初出場だし、レースの世界では素人だ。とはいえ、負けるつもりは、全くない。

 ジャンルが違うとはいえ、空のプロとしての、プライドがある。シルフィードである限り、空を飛ぶ技術では、負けたくない。その点においては、私たち三人とも、意見が一致していた。

 負けず嫌いのナギサちゃんは、当然のこと。普段、ボーッとしている、フィニーちゃんも、珍しく、やる気を出していた。

 まず、最初は、第1レースのフィニーちゃんからだ。お昼に、滅茶苦茶、食べていたので、ちょっと心配だったけど。終始、逃げ切って、見事に一着。最新型の機体性能に加え、フィニーちゃんの操縦技術が、きらりと光っていた。

 続いて、第2レースは私だ。調子は、悪くなかったんだけど。2枠と、かなり内側だったせいもあり、スタートで、先頭に立つことが出来なかった。結局、前に出るチャンスがなく、二着。でも、何とか決勝にコマを進めた。

 最後に、第4レースのナギサちゃん。途中までは、十分に一着が狙える、好位置につけていた。しかし、前の二機が接触事故を起こし、それに巻き込まれてしまった。一瞬、ひやりとしたけど、巧みな操縦で辛うじてかわし、軽い接触で済んだ。

 すぐに、体勢を立て直したものの、コースを大きくそれて、減速したせいで、三着。三人の中で、一番、安定した実力だったのに、惜しくも、二次予選で敗退してしまった。

 ちょうど、ナギサちゃんが、レースを終え、部屋に戻って来たところだ。疲労に加え、納得がいかなさそうな、物凄く不機嫌な表情をしていた。

「ナギサちゃん、お疲れ様。何というか、惜しかったね……」
「くっ――。あなたたち二人が、決勝進出なのに。私、一人だけ出られないなんて」

「しょうがないよ、事故に巻き込まれちゃったんだから。それより、怪我はない?」
「私は平気よ。それより、お姉様に借りた機体に、傷をつけてしまったわ……」

 ナギサちゃんは、大きなため息をついた。

 ちなみに、接触した先頭の二機は、防護フィールドにぶつかって大破。ナギサちゃんは、少し接触しただけで、大きな損傷は逃れた。あの高速飛行の中で、瞬時の判断でかわしたのは、物凄い操縦技術だ。むしろ、誇るべきだと思う。

 とはいえ、プライドの強いナギサちゃんが、それで、納得するはずがない。私以上に、負けず嫌いだから――。

「大丈夫。ナギサのかたき、とってくる」
「余計なお世話よ。事故を起こした選手は、失格になってるのだから」

「ナギサの遺志は、私がつぐ。安心して、天国に行くといい」
「って、ちゃんと、生きてるわよっ!!」

 また、例のごとく、二人の言い合いが始まる。最近は、フィニーちゃんも、軽い冗談を言うようになった。でも、ナギサちゃんは、相変わらず、真正面から受けて、マジレスしている。

「まぁまぁ、二人とも。レースとはいえ、イベントなんだから、楽しくやろうよ。それより、フィニーちゃん、凄く速いよね。もしかして、見えてたりする……?」

 フィニーちゃんは、ぶっちぎりの速さで、先頭を飛んでいた。最新の機体なのもあるけど、それだけじゃない気がする。時折り、普通じゃない、急加速をしていたからだ。

「うん。ここ、よく見える」
「やっぱり、そうなんだ――」

 なるほど、あの速さの理由が分かった。フィニーちゃんには、見えているのだ。風の通り道である『マナライン』が……。


 ******


 いよいよ『EX500』の決勝戦。私は機体に乗り、スターティング・ゲート前のカタパルトで、待機中だった。決勝まで勝ち上がって来た機体が、斜めに、ずらりと並んでいる。全部で八機。私は7枠で、かなり外寄りだ。

 すでに、全機のエンジンは起動している。周囲から、エンジンを吹かす甲高い音が、鳴り響いてた。どの機体も、物凄くパワーがありそうだ。

 参加者の内、二名がプロレーサー。さらに、他の人たちも、レースの決勝常連や、優勝経験のある、ベテランの人たちばかり。初出場なのは、私とフィニーちゃんだけだった。

 そもそも、レースに出るシルフィードなんて、滅多にいない。ゆっくり空を飛んで、穏やかで優雅に、観光案内をするのが仕事だから。速さとは全く無縁だし、対極の存在だもんね。

疾風の剣ゲイルソード』のノーラさんや『蒼空の女神スカイゴッドネス』のミルティアさんは、いたって例外だ。二人とも、プロレーサーとしても、やって行けるぐらいの、実力を持ってるから。

 やはり、事前人気では、一番人気と二番人気は、プロレーサーが占めていた。ただ、かなり、いい飛行をしていたので、フィニーちゃんは高評価の、三番人気。対して、私は人気薄で、最下位だ。オッズも、百倍を超えている。

 以前、ノーラさんが『本当に実力のある人間は、気配で分かる』と、言っていた。確かに、プロの人たちからは、ただならぬ気配を感じる。間違いなく、速いと思う。でも、私が一番、気になっているのは、フィニーちゃんだ。

 小さくて目立たないけど、不思議な存在感があった。彼女が飛んでいる時は、まるで、本物の風になったような気すらする。それぐらいに、自然な速さだった。

 あの不思議な速さは、おそらく、彼女が『風の加護』を、受けているからではないだろうか? マナラインが見えるのも、その力があるからだ。私も、加護を受けてるみたいだけど、残念ながら、見ることはできない。

 マナラインは、風の通り道。なので、それに沿って飛ぶと、速く飛べるらしい。でも、それが出来るのは、フィニーちゃんだけだ。そんな、特別な力を持つ相手に、勝てるんだろうか……? しかも、魔力制御の技術も、彼女のほうがはるかに上だ。

 まさか、親友と戦う羽目になるとは、思いもしなかった。でも、今日だけは、どうしても勝ちたい。私には、果たしたい、大きな夢がある。

『理屈じゃなく、風を感じろ』という、ノーラさんの言葉を、心の中で、何度も繰り返す。マニュアル通りじゃ、速く飛べないのは、レースを通じて、十分に理解できたからだ。

 そもそも、実力も経験も、全く足りないのだから。あとはもう、風を感じるしかない。感覚的すぎて、よく分からないけど。やれるだけ、やってみよう――。

 大歓声が沸き上がる中、目の前のカウントが、少しずつ減って行く。決勝戦のうえに、この大観衆。滅茶苦茶、緊張する場面なのに、なぜか不思議と、思考がクリアになっていた。強敵ぞろい過ぎて、むしろ、開き直ったのかもしれない。

 空中モニターのカウントが、静かに進んで行くのを、ジッと見つめる。残り十秒を切ったところで、私は臨戦態勢に入った。

 5……4……3……2……1……GO!!

 目の前のゲートが開いた瞬間、全機が一斉に、カタパルトから飛び出して行く。甲高いエンジン音が鳴り響き、グイグイ加速して行った。流石に、みんな速い。だが、徐々に、差が開き始めていた。

 私の機体は、エンジンパワーが、80%を超えたところで、ドカンと急加速を開始する。やはり、加速では、圧倒的に速い。私は、チラリと内側に視線を向ける。すると、3枠のフィニーちゃんの機体が、少しずつ前に出てきていた。

 私は、インに少しずつ寄せながら、6枠にいた機体と、先頭争いをする。こちらも全力で飛んでいるが、なかなか差がつかない。流石は、プロレーサー。技術もさることながら、機体も物凄く速い。

 しばらく競り合っていたが、やがて、コーナーを示す、空中モニターが見えてきた。私は、やむを得ず、若干スピードを落とし、その機体の真後ろにつけた。残念ながら、外側からかぶせて、並走して曲がるほどの技術は、持っていない。

 前の機体が真横になって、Fターンに入ると同時に、私も機体を傾ける。そのまま、前の機体の動きをトレースして、機首を上昇させた。自分のコース取りよりも、コンパクトで、無駄がない気がする。

 やはり、プロは上手い。付け焼刃の私と違って、動きが洗練されている。これは、自己流で飛ぶよりも、プロの真似をしたほうが、速く飛べそうだ。私は、ピッタリ後ろにつくと、動きを完全にトレースし始めた。

 決勝は、十周、六十キロの長丁場だ。無理に先頭に立つよりも、後をついて行ったほうが、いいかもしれない。先頭を死守するのは、物凄くプレッシャーが掛かるうえに、ペースメイクが、とても難しいからだ。

 後方からも、エンジン音と、強い気配を感じる。やや後方に三機。そのうち一つには、覚えがあった。おそらく、フィニーちゃんだ。

 ほどなくして、次のコーナーに入る。先ほどよりも、早めに機体を傾けた。前の機体が、Fターンに入るタイミングが、想像以上に早いからだ。

 なるほど、もう少し早めに、ターンを始めたほうがいいのかも。機首を上げるのも、少し早めに。さっきよりも、コーナーを抜ける速度が、上がった気がする――。

 前の機体を、完全に真似しながら、少しずつ、操縦方法を修正していく。今までは、先頭に出ることばかりに、こだわっていた。でも、後ろから見ているほうが、学ぶことが多いし、ペースも作りやすい。

 スタートラインに戻り、一周を終えると、観客たちから、大きな歓声が上がった。予想通りだったのか、番狂わせの歓声かは、よく分からない。でも、感覚的に、結構、いいタイムが出ていると思う。

 その後も、先頭の機体に、ピッタリ張り付いたまま、周回を続けた。エンジン音を聞く限り、後方も、さほど動きはないようだ。一定の距離を保ちながら、ついてきている。そのまま、全く変化のないまま、レースは進行した。

 しかし、八周目に入ったところで、状況に動きがあった。後方の機体の一機が、グイグイと近づいて来たのだ。やがて、私の機体の真横に並ぶ。さらに、後続の機体も、距離がどんどん詰まって来ている。

 コーナーに入ると、私の横の機体は、外側から被せながら、並走で、Fターンしてきた。コーナーを出たあとも、ピタリと横に張り付いている。

 凄い!! この人、滅茶苦茶、上手い! 

 ちらりと、横に視線を向けると、その機体は、二人のプロの内の一人だった。技術も凄いが、並走していると、プレッシャーが半端ない。圧倒的な存在感で『絶対に抜く』という気迫が、ヒシヒシと伝わってくる。

 ぐっ……凄く飛び辛い。でも、ここは集中!

 私は、先頭の機体の動きだけに集中して、素早く操縦を行う。再び、隣の機体が並走したまま、コーナーに突入した。そのまま、勢いよくコーナーを抜け出すと、三機が、かたまったまま、スタートラインを突き抜けていく。

 観客の大歓声の中、全開で加速し、九周目に突入した。速さは、ほぼ互角。いや、加速では、私の機体のほうが速い。ずっと後ろについていて、分かった。前の機体は、旋回性能では、こちらより上。でも、直線では、こちらのほうが速い。

 残り二周なので、そろそろ、全力で仕掛けるタイミングだ。でも、私は、あまり技術は高くない。早く前に出ると、抜き返されてしまう可能性がある。

 十周目まで、仕掛けるのを、待つべきだろうか? でも、あまり仕掛けが遅いと、間に合わないかもしれないし……。

 そうこう考えている内に、再び、並走したまま、コーナーに侵入した。私は、前方の機体の動きをトレースして、慎重に機体を操作する。まだ、隣の機体には、目立った動きがない。やはり、十周目までは、抑えて行くのだろうか?

 私は、素早く機体を立て直すと、直線コースに飛び出す。だが、次の瞬間、私の機体を大外から、緑色の機体が抜いていく。

 あの機体、フィニーちゃん?!

 まさか、コーナーを抜けた瞬間を、狙って来るとは思わなかった。だが、私の体は、反射的に動いていた。ほんの少し右側に寄せ、フルスロットルで加速する。エンジンパワーが一定のところまで行くと、急加速を始めた。

 内側から、先頭にいた機体の真横に並び、徐々に追い抜いて行った。ほぼ同時に、外側の緑色の機体も、先頭に躍り出る。ほんの僅かに向こうが速く、先頭は、フィニーちゃんの機体になった。

 私は、そのすぐ真後ろに、張り付いた。彼女が少し機体を上昇させると、私もその高度に合わせる。すると、急に、あり得ない加速を始めた。

 風が変わった?! もしかして、これが、マナライン――?

 グイグイ加速して行く、フィニーちゃんの後ろで、私もどんどん速くなって行く。ほどなくして、コーナーの表示が見えて来た。私は、今まで体験したことのない速さのまま、コーナーに突っ込んで行く。

 こんなスピードで曲がれるの……? いや、フィニーちゃんについて行けば、曲がれるはず――。

 全神経を集中して、彼女の動きをトレースする。かなり早いタイミングで、機体が傾いた。私も合わせて、Fターンに入る。そのまま、物凄い勢いで流されながら、機首を上昇させた。

 ガタガタと音を立てて、派手に揺れる。私は、必死に機体を安定させた。元々この機体は、旋回性能も安定性も、高くはなかった。本来なら、こんなスピードで、曲がり切れるはずがない。

 ぐっ……きっつー。でも、踏ん張れ、私! やって、出来ないことはない!!

 ワンテンポ速く、フィニーちゃんの機体が、直線に抜けて行った。機体性能だけじゃなく、フィニーちゃんの操縦技術が高いのだ。物凄く滑らかに、スーッと抜けて行った。

 優れた操縦技術に加え、マナラインまで見える。予想通り、最強の敵は、フィニーちゃんだった。まるで、隙がないし。どうやって、勝てばいいんだろうか――? 
 
 私は、直線に抜けたあと、フルスロットルで、彼女の機体を追い掛ける。やはり、直線の加速性能は、こちらのほうが高い。少しずつ追い詰めていき、真後ろにピタリと張り付いた。

 大歓声の中、私たちは、十周目に突入する。フィニーちゃんは、インコースにこだわらず、微妙にコースを変えていた。おそらく、マナラインに合わせて、飛んでいるのだと思う。

 ベストなコース取りではないのに、先ほどから、異常なほどの速さで、飛んでいるからだ。
 
 やがて、コーナーが見えて来るが、私は後ろにピッタリついたまま、侵入することにした。並走したまま、曲がれる自信はないし、このスピードだ。万一、失敗したら、ここで即終了だ。

 勝負するなら、最終コーナーで。今は、まだ我慢。そうだ、もっと、風を感じないと……。

 ふと、ノーラさんに言われた『風を感じろ』という言葉を思い出す。操縦することに集中して、すっかり忘れていた。機体を傾け、Fターンに入ると、物凄いGと風圧、風切り音が、同時に襲い掛かって来る。

 でも、この音は嫌いじゃない。不思議と心地よい音だ。いつも耳にしている、風の音。そういえば、子供のころから、大好きだったっけ。台風の日の強風とか、妙にテンション上がってたし――。

 コーナーを曲がっている最中、急に動きが、スローモーションになった。加えて、何やら、懐かしい音が聞こえてくる。

 これって、風の声……? いや――シルフィードの歌声だ。

 私は、かつて見た、不思議な夢を思い出した。次の瞬間、私の周囲が、ほんのり緑色に染まる。先のほうには、まっすぐ伸びていく、緑色の光が見えた。以前、病院の屋上で見た光景と、全く同じ。間違いなく、マナラインだ。

 マナラインの周囲には、不思議な風が流れており、まるで、吸い込まれるような感覚だった。フィニーちゃんは、そのラインに合わせて飛んでいる。私もその光に沿って、風に身をまかせた。

 風を感じるって、こういう事なのかな……? 

 やがて、コーナーを抜けると、スピードが元に戻り、甲高いエンジン音が響きわたる。でも、先のほうまで、マナラインが伸びており、歌声も聞こえていた。私は、フィニーちゃんの機体の、真後ろにつけながら、フルスロットルで滑空した。

 マナラインに沿って飛んでいると、やがて、最終コーナーを示す、空中モニターが見えて来る。私は迷わず、機体を外側に動かし、フィニーちゃんの機体の横に並ぶ。並走しながら、コーナーに侵入するためだ。

 今まで、一度も、並走でターンしたことなんてない。Fターン自体、非常に難易度が高いので、並走で行うのは、超高等テクニックだ。でも、ここでやらないと、もう、勝負を仕掛けられる場所がない。完全に、ぶっつけ本番だ。

 私は、アクセルをグッと握りしめ、意識を集中する。フィニーちゃんが機体を傾けたあとも、直進を続ける。同じタイミングでは、並走でターンできない。相手よりも、より速いスピードが必要だからだ。

 私は、ワンテンポ遅らせ、超高速で、Fターンに入った。機体が、ガタガタと揺れるが、全身の風に集中する。波に乗るような感覚で、私は風の流れに身を任せた。機首を上げ旋回が終わると、再び水平の状態に戻す。

 最終コーナーは、思ったよりも、一瞬だった。奇跡的にも、並走のFターンに成功する。難しいことを考えずに、風に集中したのが、よかったのかもしれない。

 無事にコーナーを抜け、直線コースに入るが、フィニーちゃんの機体が、少し前に出ていた。やはり、旋回では、フィニーちゃんのほうが速い。

 アクセル全開で加速し、徐々に差が詰まるが、あと少しが届かなかった。コーナーからゴールまでの直線は短いので、このままでは、届かない。

 私は、飛ぶために生きているんだから。ここでは、絶対に負けられない――。例え、相手が親友であるとしても。楽しいだけで飛んでいる、フィニーちゃんには、負けたくない……。

 ぐっ――あとちょっと、あとちょっとだけ、前に! 今回だけは、絶対に勝ちたいの! お願いっ! 風よ、私に力を貸して……!!

 ゴールが目前に迫ったところで、私は、心の中で絶叫した。

 ジワジワ差を詰めるものの、どうしても、あと一歩が届かない。私は、フィニーちゃんの機体の、ほぼ真横に並びながら、超高速で、ゴールのゲートに飛び込んだ。

 私は、しばらくして、アクセルを緩めると、大きく息を吐きだした。心臓が、激しく高鳴っている。

 最後の一周。特に後半は、正直、わけが分からなかった。急に、風の歌が聞こえたり、マナラインが見えたり。いまだに、脳が理解しきれていない。私の目の前には、まだ、くっきりと、緑色のマナラインが見えていた。

 私は、胸に手を当て、心臓を落ち着かせながら、大型の空中モニターに、視線を向ける。八機、全てが、既にゴールインしており、一着と二着だけ、映像判定の表示が出ていた。

 アレって、いったい、何だったんだろう? ゴール直前に、誰かに、背中を押されたような、気がしたけど。でも、まさかね? 気分が高揚してたし、不思議な経験をしたから、気が動転していただけかも――。

 しばらくすると、会場中が、ザワザワし始めた。なぜなら、映像判定に、かなり時間が掛かっているからだ。何か、問題でもあったのだろうか?

 十分以上、経過してから、空中モニターに映像が流れた。ちょうど、最終コーナーを抜けた、直後からの映像だ。この段階では、フィニーちゃんの機体のほうが、明らかに前に出ている。その後、私の機体が、ジワジワと差を詰めて行った。

 でも、ゴールが見えてきた段階でも、まだ、フィニーちゃんの機体のほうが、少し前に出ていた。ゴール目前になると、スロー映像に切り替わる。

 そのまま、フィニーちゃんが優勢に進むが、残り1メートルあたりで、急に私の機体が、あり得ない速さで、差を詰めた。そのまま、二機並んだ状態で、ゴールに突っ込んで行った。

『ただいまのレース、厳正なる映像判定の結果、以下のように着順が確定しました。1着、7番機、如月 風歌選手。2着、4番機、フィニーツァ・カリバーン選手。着差は、0.015でした』

 アナウンスの直後、会場中から、嵐のような大歓声が沸き上がった。

 着差、0.1で20センチぐらい。なので、0.015だと3センチ程度。滅茶苦茶、僅差だった。どうりで、判定に時間が掛かったわけだ。

 しばらく、空中モニターを見ながら呆けていると、横から声を掛けられた。

「風歌、ウイニング・フライト」
「あ……あぁ、そっか……」
 
 フィニーちゃんに声を掛けられ、ようやく、我に返った。

「でも、全然、実感わかないよ。物凄く、僅差だったし。私、てっきり、負けたと思ってたもん」
「今日は、風が、風歌に味方してた。だから、完勝」

「えっ?」
「風歌、早く。みんな、待ってる」
「あぁ、うん。ちょっと、行ってくるね――」
 
 私は、機体を加速させ、一周すると、観客スタンド前に向かう。直線コースに入ると、大歓声が巻き起こった。私は、その時初めて、勝ったことを実感し、胸の奥底から、熱いものがこみ上げてきた。

 やった……私、やったんだ……。勝った――本当に、勝ったんだ!! 生まれて初めてだ、こんなの……。頂点の景色って、こんなにも、光り輝いているんだ――。

 何をやっても、中途半端だった私の人生で、初めての一位。涙が出そうになるのをこらえ、私は精一杯の笑顔で、手を振りながら、ウイニング・フライトをする。

 少し緑掛かった光に包まれた、この最高に素敵な光景を、私は、一生、忘れないと思う……。


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次回――
『たった1つのキッカケで変わり始めた世界……』

 運命はいつだって1つの歯車から動き始める
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