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第7部 才能と現実の壁

4-6やっぱ正義の味方なんて性に合わないんだが

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 今日も、シルフィードの仕事は休んで、私は〈ATFジム〉に顔を出していた。どうせ、お客も少ないし。試合直前なので、トレーニングに力を入れるほうが、効率的だからだ。

 だが、今日の目的は、トレーニングではなく、他に行く場所があった。私は、ジムの空中モニターのボードに『ロードワーク』と書き込んだ。そのあと、周りの様子を確認すると、トレーニング・ウェアのまま、そっと部屋を出た。

 今日は、ミラ先輩が来ているはずだが、リングに姿は見えなかった。たぶん、トレーニング・ルームで、筋トレでもしているのだろう。

 私は、視線をキョロキョロと動かしながら、慎重に廊下を進んで行く。万一、ミラ先輩に出会ったりでもしたら、色々やっかいだからだ。サッと、フローターに乗り込むと、下に向かう。

 一階に着くと、早足で外に出た。本来なら、ロードワークに行くところだが、私が向かったのは、大きな駐車場だ。停めてあった、黒いエア・ドルフィンに乗ると、スーッと宙に舞い上がる。海上に出ると、高速ですっ飛ばし、対岸を目指した。

 海を渡り〈エメラルド・ビーチ〉に着くと、そのまま砂浜沿いに、東に向かっていった。しばらく飛ぶと、だんだん人気がなくなって来る。ここは、いつも、ランニングに来る場所だ。

 さらに、東に飛び続けると、やがて、目的の建物が見えてきた。古びた平屋の建物だが、敷地はかなり大きい。入り口には、手作りの木のプレートに『あおぞら学園』と書かれていた。

 庭には、十人ほどの子供と、その隣には、シルフィードの制服姿の女性が一人。何やら、話をしている最中だった。

 私は、敷地の端に、エア・ドルフィンを着陸させる。すると、皆の視線が集まり、数人の子供たちが、こちらに走り寄って来た。

「あーっ、キラリンだ!」
「すげーっ、真っ黒の機体っ!」
「このドルフィン、かっけー!」

「クフフッ。我が愛機『ブラック・ライトニング』は、特別製だからな」

 この機体は、私が時間を掛けて完成させた、カスタマイズ機だ。特に、デザインには、細部まで、滅茶苦茶こだわっている。私、自慢の、超クールな機体だった。

 むかつくガキたちだが、この機体のカッコよさが分かるとは、少しは可愛げがあるじゃないか。まぁ、子供ってのは、素直だからな。よい物には、素直に関心を示すものだ。

「でも、名前はダメだな」
「ブラック・ライトニングは、ないわー」
「機体はかっけーのに、名前は超ダセーな」

「って、黙れガキどもっ! グォォー!!」 
 私が両手を挙げ、威嚇しながら追いかけると、子供たちは、キャーキャー言いながら逃げていく。 
  
「何、追いかけっこ? 私も一緒にやるよー」 
「私もー!」
「私もやるー!」 

 風歌が声をあげると、他の子どもたちも歓声を上げて、一緒に走り始める。

「って、違うわっ!!」
 いつの間にか、風歌と子供たちが逃げ回り、私が鬼になっていた。
 
 つーか、何やってんだ、私。試合直前の、貴重なトレーニングをサボって、来てんのに。あー、くそっ! これだから、ガキどもは嫌いなんだよ。

 だが、笑顔で走り回っている子供たちを見ると、つい、かまってしまう。子供は苦手だが、子供たちの笑顔は、嫌いじゃない。

「あらあら、とても楽しそうね」
 しばらくすると、年配の女性がやって来た。

「初めまして。私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です」
「おはようございます。〈アクア・リゾート〉所属、キラリス・ローランドです」

 私と風歌は、足を止めると、頭を下げて挨拶する。

「ようこそ。私は、学園長のマーサです。お二人のことは、子供たちから聴いているわ。一緒に遊んでくれた、優しいシルフィードさんたちね。いつも、子供たちの面倒を見てくださって、ありがとう」

 彼女は、とても穏やかな笑顔で、話し掛けてきた。いかにも、子供好きそうな、優しい雰囲気の人だ。

「いやー、そんな大げさなものでは」
「って、お前は、ガチで遊んでただけだろ」

「それは、そうだけど。キラリンちゃんだって、本気でやってたじゃない」
「んなこと、ないわっ! ちゃんと、手加減してたし。って、そんなのは、どうでもいいんだよ。今日は、立ち退きの件で、来たんだろうが」

 ニコニコしながら見ていた、学園長の表情が、急に暗くなった。

「なぜ、その話を……?」
「先日、子供たちから聴いたんです」
「事情が分かれば、多少なりとも、力になれるかと思って」

 ただ、予想通りマフィアがらみなら、残念だが、力にはなれない。むしろ、早く立ち退くように勧めるのが、正解だと思う。

 学園長は、しばらく考え込んだあと、
「分かりました。お二人を信頼して、お話しさせていただきます」
 今までの経緯を、静かに語り始めるのだった――。


 ******


 事の発端は、二十年ほど前。彼女の遠い親戚の子が、病気で親を亡くしてしまった。元々父子家庭で、仕事が忙しく、いつもその子は、一人で過ごしていた。そのせいか、無口で暗い性格だったらしい。

 父親は、親戚付き合いもしておらず、他に身寄りもなく、その子は、行き場のない状態だった。そのため、葬儀の際、集まった親戚たちの間で、誰が引き取るかで、かなり揉めたそうだ。

 父親は、親戚の間では、とても評判が悪かった。しかも、子供のほうは、無口で暗いので、大人たちは、気味悪がっていた。

 結局、親戚一同で話し合い『行政府の福祉課に相談して、孤児院に入れて貰おう』という結論に。だが、後日、それを耳にした、遠縁のマーサさんが、彼女の里親に立候補した。

 彼女は、子供を産めない体だったため、実の子のように、その子を大そう可愛がったそうだ。その後も、似たような境遇の子を引き取り、少しずつ、子供の人数が増えて行った。
 
 ただ、家が手狭になって来たので、新しい物件を探していた。その折、たまたま廃園になった、保育園を発見する。格安で売りに出ていたので、それを買い取って作ったのが〈あおぞら学園〉だった。

 その後も、親のいない子供や、複雑な家庭の子を引き取り、我が子のように育ててきた。だが、資金的に厳しく困っていたとろ、ある人物が訪れ、融資を申し出てくれたのだ。『無利子で無期限』という、好条件。それが、今から約一年前だ。

 しかし、最近になって突然、全額返済を求めて来た。しかも『返せなければ、この土地を明け渡せ』と、言って来たのだ。さらに、ここ最近は、粗っぽい連中が、何度も、立ち退き要求に来ているらしい。

 話を聴き終わったあと、私と風歌は、無言になっていた。借りている金額は、一千万ベル以上。とてもじゃないが、すぐに用意できる金額ではない。

 それに、やり口からして、間違いなく、一般人ではなさそうだ。最初から、この土地を奪い取るため、計画的にやったとしか思えない。

 ここ最近、この海沿いの地価は、物凄く上がっている。しかも、ここは敷地が広いので、普通に買えば、結構、高いはずだ。

 行政府に相談したものの、個人間の金銭問題には、立ち入れない。また、民間の孤児院への援助は、一切、行っていないと、あっさり断られてしまった。また、行政府が運営する孤児院に、子供たちを移すように、勧められたそうだ。

 これじゃ、打つ手なしだな……。行政府のお役所対応には、ちょっとムカつくが、一理あるし。このままじゃ、子供たちにも、被害が出る可能性があるからな――。

 私たちが、難しい顔をして考え込んでいると、子供たちの声が聞こえてきた。

「あっ、また、アイツらが来たっ!」
「黒いやつらだっ!」
「わる者たちだっ!」

 入口の方に視線を向けると、黒いスーツで身を固めた男たちが、門をくぐって入って来た。目つきの悪い奴、サングラスを掛けた奴、派手な髪形をした奴。いかにも、という格好で、どう見たって、一般人じゃないのが分かる。

 いくら何でも、こいつら、ベタ過ぎだろ。どうして悪役ってのは、揃いも揃って、同じ格好をしてるんだよ――?

 男たちが、ぞろぞろと敷地内に入って来ると、緊張が走る。

「あなたたちっ、家の中に入っていなさい!」
 園長先生の声が響くと、子供たちは、蜘蛛の子を散らすかのように、サーッと走り去っていった。

 一人の男が近づいてくると、
「よう、園長先生。約束の金は、用意できたんだろうな?」
 高圧的に話しかけてきた。

「いえ……ですから、もう少しだけ、待っていただけませんか? そんなすぐには、用意できませんので――」

「はぁ? とっくに、期限は切れてるんだよ。こっちは、ボランティアじゃないんだ。それに、人から借りたカネは返す。これ、世の中の常識だよねぇ、ん?」

 男は、ジリジリと距離を詰め、威圧的に睨みつけて来る。これは、話し合いじゃなくて、完全に脅しだ。マーサさんは、固まったまま、声も出せずにいた。

「まぁ、俺も鬼じゃないからさ。できれば、穏便に済ませたい訳よ。老人や子供に、実力行使ってのも、趣味じゃないからさ。でも、こっちも仕事なんでね。やっぱり、やることは、キッチリやらないと。分かる?」

 男は、彼女の目の前まで来ると、顔を近づけ凄んだあと、彼女の胸ぐらを掴もうとした。だが、私はその手を、反射的に振り払った。バシッと音が響く。

「あぁ? 何だこの女はっ!」
 今度は、私に鋭い視線が飛んできた。

「風歌っ!! マーサさんを連れて中に!」
「えっ、でもっ……」 

「守りながら戦うのは、大変なんだよっ!! いいから、中で大人しくしてろ!」
「うっ、うん――分かった。気を付けてね」
 風歌とマーサさんは、こちらを気にしながら、ゆっくりと、建物に向かっていく。

「はぁ?! 戦うだと? お前、頭湧いてるんじゃねーのか? テメェみたいな、ガキ一匹が、俺らを相手に?」
 一緒にいた男たちからは、一斉に笑い声があがった。

「ここは、お前らみたいな、汚れたやつが来るところじゃない。さっさと帰れ!」
「あぁ? んだとっ?! 舐めてんのか、このアマっ!!」 
 
 凄んだ顔をして、滅茶苦茶、鋭い視線を向けてくる。だが、そんなのは慣れていた。素人の、形だけの威嚇の表情なんて、屁でもない。こっちは、普段から、もっと怖いのを見ているんだから。

 本当の強者が向けてくる視線は、殺気が籠っているので、マジで怖い。睨まれただけで、背筋が寒くなり、死を覚悟するほどだ。特に、ミラ先輩やミシュリー選手の眼力は、半端なかった。

 とはいえ、相手は、一般人じゃない。間違いなく、マフィアの一員だ。こんな連中とは、一生関わりたくないし。やっぱり、怖いものは怖い。

 いくら、格闘技をやってるとはいえ、私は、かなり臆病だ。試合の時だって、いつも、大きな恐怖と戦っている。本来、戦いに向いている性格ではない。こればっかりは、いくら鍛えても、変わらないよな……。

 でも、精一杯の虚勢を張って、相手を睨み返す。気持ちで負けたら、全てが終わりだからだ。

「ぐだぐだ言ってないで、実力で来いよ! それとも、吠えるしか出来ないのか?」
「はぁっ?! このクソガキが、調子こいてんじゃねーぞっ!!」

 男は、私の胸ぐらを掴もうと、手を伸ばして来る。だが、私は、サッとその手をかわすと同時に、相手の急所に、素早く膝蹴りを叩きこんだ。男は、うめき声をあげながら、ゆっくりくずおれる。そのまま、地面にうずくまり、動かなくなった。

 素人は、すぐに、胸ぐらを掴もうとしてくる。だが、この動きは、隙だらけだ。そもそも、そんな単純な動きが、プロに通用する訳がない。もし、リングの上なら、あっさり返り討ちにあって、即終了だ。

 今の一撃で、周囲で、ヘラヘラしていた男たちの表情が、一瞬で凍り付いた。直後、その顔が、怒りに変わった。 

「てめぇー! いい気になってんじゃねーぞっ!!」
 正面にいた男が、小走りで殴り掛かって来る。威力は、そこそこ有りそうだ。ま、当たれば、の話だけど。いくら何でも、大ぶり過ぎだ。これだから、素人は――。

 私は、最小限の動きでかわすと同時に、左の拳を叩きこんだ。カウンターが、もろに顔面にヒットする。立て続けに、右から左のワンツー。相手がよろめいたところに、上段への、素早い回し蹴りを繰り出す。

 顔の側面に当たり、そのまま、勢いよくなぎ倒した。男は地面に倒れると、ピクリとも動かなくなった。

 何だ、大したことないじゃないか。ただ、カッコだけで、完全にど素人だな。相手は、あと六人。これなら、私一人でも、大丈夫そうだ……。

 だが、その時、一番、後ろにいた男から、声が上がった。

「馬鹿やろう、むやみに突っ込むな! そいつ、格闘技か何か、かじってるぞ。おそらく、テクニカル・アーツか――。一人ずつじゃなく、周りを取り囲んで、一斉に掛かれっ」
 
 眼鏡の男の指示があると、みんな、サッと広がり、私の周りを取り囲んだ。おそらく、あの目の細い男が、こいつらのリーダーなんだろう。

 ちっ、少しは頭が切れる奴が、いるじゃないか。各個撃破なら、楽に行けたのに……。

 急に、男たちの動きが変わった。怒りの表情から、狩りをする者の目に変わり、組織立って動き始めた。

 私は、息を整えながら、周囲に視線を向ける。一人一人は、大したことなくても、人数が多いと、非常にやり辛い。いくら、日ごろから鍛えているとはいえ、私は、一対一の戦いが専門だ。こんな大人数を相手に、一人で戦った経験はない。

 連中は、ジリジリと包囲を狭め、まずは、正面の男から殴りかかって来た。私は、難なくステップでかわす。カウンターを合わせようとしたが、側面から気配を感じ、慌ててよけた。

 その後も、次々と、全方位から攻撃が飛んでくる。かわすのが精一杯で、なかなか反撃に移れなかった。相手の攻撃は、完全に見切っているだけに、何とも歯がゆい状態だ。

 くそっ、一対一なら、こんな奴らに負けないのに。こいつらは、正々堂々と戦う精神は、持ってないのかよ?

 それでも、かわしながら隙を見つけては、反撃をする。しかし、体勢が悪くて、威力のある攻撃が、繰り出せない。大きな攻撃をすると、次の攻撃が、かわせなくなるからだ。

 しかも、囲まれていて狭いので、自慢のフットワークが使えない。小さな動きだけで、辛うじて、かわして行く。

 ひたすら、防戦に徹していると、背中に、大きな痛みと衝撃が走った。ちらりと後方を見ると、男が、金属製の警棒のような物を持っていた。次の瞬間、側面からの蹴りが、脇腹に入った。よろけたところに、次々と攻撃が飛んでくる。

 私はたまらず、地面にうずくまった。だが、容赦なく攻撃は続けられた。完全に、袋叩き状態だ。体を丸め、頭を腕で守る。

 私は、ふと、昔を思い出した。子供のころも、何度もこうして、袋叩きにされたことがある。もう二度と、あんな目に遭わないために、必死に努力して来たのに。結局、私は、昔の弱いままなのか――。

 体に受ける痛みよりも、心のほうが、はるかに痛かった。体に走る衝撃と共に、心がギシギシと音を立て、砕けそうになる。

 くそっ……くそっ……くそぉぉぉぉーー……!! 

 動きたくても、一斉に攻撃されて、身動きが取れない。試合なら倒れても、すぐに攻撃がやむので、立ち上がれる。だが、こんな状態じゃ、体勢を立て直すこともできない。
 
 相手は多人数なうえに、武器まで持っている。あまりにも、汚すぎるし、スポーツマン・シップの欠片もない。だが、これは喧嘩なのだ。喧嘩には、ルールなんて何もない。やるかやられるかの、二つに一つだ。

 そういや、ミラ先輩が『試合も喧嘩と同じ気持ちでやっている』って、よく言ってたっけ。つまりは、私が甘すぎた、ってことなのか――?

 私は、悔しさと絶望に、打ちひしがれながら、なすすべもなく、一方的に攻撃を受け続けるのだった……。


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次回――
『本物のヒーローってこういうものなのかもな』

  ヒーローは忘れた頃にやってくるってなぁ!
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