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第7部 才能と現実の壁
4-5ちょっと寄り道したらヤバイことに巻き込まれた……
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私は〈東地区〉の海岸沿いを、黙々と走っていた。ここは、ゴムチップで舗装された、ランニング専用のコースが、数キロ続いている。〈新南区〉は、歓楽街で、ごみごみしているので、いつも〈東地区〉まで、走りに来ているのだ。
今日は平日だけど、試合が近いので、午前中からジムに通っていた。私は、強化選手なので『トレーニング有給休暇』が使える。そのため、シルフィードの勤務時間中にも、練習をすることが可能だ。
ミラ先輩ほどの猛者だと、試合の数日前に、集中的に調整をするぐらいで、普段は、本業に従事している。でも、私の場合は、まだまだ、実力不足だ。なので、試合の一週間ぐらい前から、トレーニングに専念している。
と言っても、結局は、ロードワークや筋トレなどの、基礎トレーニングがメインだ。これは、全てミラ先輩の指示だった。
『強靭な肉体と精神が九割。テクニックは、スパイスに過ぎない』というのが、ミラ先輩の口癖だ。だから、常に、体を鍛えるトレーニングを、最優先にしている。
確かに、ミラ先輩は、圧倒的に強靭なフィジカルで、全ての敵をなぎ倒していた。なので、その言葉は、物凄く正論だ。なんせ『史上最強のフィジカルを持つ格闘家』と、評価されているのだから。
でも、私には、そんな恵まれた肉体はない。昔から、ヒョロッとしていて、いくら鍛えても、あまり、筋肉も付かなかった。そもそも、骨格からして、全く違う。ただ、こればかりは、生まれ持ったものだから、しょうがない。
私の場合、いくら肉体を鍛えても、限界があるんだからさ。もっと、テクニックを磨きたいんだよなぁ。特に、必殺ブローの練習とか、カッコイイやつ……。
ミラ先輩のことは、物凄く尊敬しているし、目指すべき、大きな目標だ。それでも、地味な基礎トレーニングには、今一つ、納得が行かない。本当に、強くなっているのか、よく分からないからだ。
私は、悶々と考えながらも、しっかり、ロードワークをこなす。今まで、ミラ先輩の指示に、逆らったことは、ただの一度もない。
とんでもなく、硬いげんこつが、怖いのもあるけど。何より、心から信頼している。それに、初めて、彼女の試合を見た時から、ずっと私のヒーローだからだ。
物凄く、無茶なこと言うし、滅茶苦茶、強引だし。感覚で物事を言う上に、何でも精神論だ。納得いかないことも、多々あるけど、カッコイイんだよなぁ。
この世で、最もクールなのは、強さだ。その点、彼女は、有無を言わせぬ、圧倒的な強さを持っている。しかも、世界一の強者だ。だから、つい憧れてしまうし、その背中を、追い掛けたくなってしまう。
色々考えながら、走り続けていると、道路を挟んだ左手のほうに、大きな公園が見えて来た。私は、公園のそばで、速度を緩めた。なぜなら、以前にも、似たような光景を、見たことがあるからだ。
そこには、十人ほどの、子供たちが集まっている。その中心には、シルフィードの制服を着た女性が立っていた。何やら、話し込んでいるようだ。
「あいつ、また、あんなところで、油売ってるのか?」
と言いつつも、気になったので、足を止める。私は、道路を渡ると、公園の中に入って行った。
「おいっ、こんな昼間から、またサボリか?」
「あっ、キラリンちゃん! 久しぶりー」
「キ・ラ・リ・スなっ!」
まったく、本当にこいつは、いつ会っても、ユルユルだな。風歌のペースに合わせると、力が抜けてしまう。
「あっ、キラリンだー!」
「キラリンが来たー!」
子供たちも、一斉に真似をする。
「だから、キ・ラ・リ・スだっつーの!!」
「キラリンが、怒ったー」
「キラリン、切れたー」
子供たちは、キャーキャー言って、勝手に盛り上がった。いくら言っても、逆効果なので、私は、眉間をピクピクさせながら、グッと我慢する。
「それより、何やってるんだ? また、ドッジボールか?」
「ううん。今日は、この子たちの、相談に乗ってたの」
「相談って、このガキたちが――?」
先ほどとは違い、風歌は、急な真剣な表情になった。子供たちは、まだ、皆小さい。おそらく、小学生ぐらいだろう。こんな能天気なガキに、悩みがあるようには、全く見えなかった。
どうせ、くだらない内容に違いない。子供の悩みなんて、たかが知れている。何か欲しいものが有るとか、親から怒られたとか、その程度のことだろう。
「この子たち〈あおぞら学園〉に、住んでるんだよね」
「ん……聞いたことあるな。確か、この少し先にある、古びた施設だっけ?」
〈あおぞら学園〉は、孤児院だったはずだ。昔、戦時中は、たくさんの戦災孤児がいた。そのため、孤児院も、たくさんあったそうだ。しかし、今は、ほとんど孤児はいないので、孤児院も、見かけなくなった。
ここ最近、この世界では、全く戦争がないし。これと言った、大きな災害も、起こっていないからだ。それでも、全くいない訳ではない。親が、事故や病気で亡くなったり、複雑な事情の家庭も、稀にあるからだ。
「うん。そこで、ちょっとした、トラブルが発生してね」
「なんだよ、それ? 老朽化とかか?」
「まぁ、それも、あるんだけど。もっと別の、厄介な問題がね――」
風歌は、複雑な表情をして答える。すると、周囲にいた子供たちの顔から、生気が消え、急に沈んだ表情になった。
「おいおい、何だよ? そんなに、深刻な問題なのか?」
建物の老朽化なんて、どこでもある話だ。特に〈東地区〉は、古い建物が多い。
「それがね、立ち退きを要求されてるの。何でも、あそこに、大きなリゾート・ホテルを建てるとかで」
「ふーん。いいんじゃないか? ホテルができりゃ、地域が活性化するし。ここら辺、あまり、大きな建物ないもんなぁ」
目の前が、せっかく海なのに〈東地区〉の海沿いは、手つかずの土地が多い。〈エメラルド・ビーチ〉周辺だけが、開発されており、それ以外のところは、空き地や古い民家ばかりだ。
「そんな、簡単な問題じゃないんだよ。学園がなくなったら、この子たちの住む場所も、なくなっちゃうじゃない」
「でも、立ち退きってことは、それなりの金額で、買い取りだろ? 新しい施設を作るなり、別の孤児院に移れば、いいだけじゃないか?」
「うーん、それが……。どうやら、借金があったみたいで。買い取りじゃなくて『差し押さえ』みたいなんだよね」
なるほど、そういうことか。そりゃ、確かに深刻だ。とはいえ、借金は、自業自得だしな。
「でも、行政府の施設を、勝手に差し押さえなんて、できるのか? そもそも、何で公共施設に、借金があるんだよ?」
「町の持ち物ならね。でも〈あおぞら学園〉は、民間施設だから。元々は学園長が、ボランティアで始めたんだって。孤児院は、年々減少して、この町には、ここを含めて、二ヵ所しかないらしいから」
「ふーん、それでか――。なら、行政府に、相談すればいいんじゃないか? 何らかの援助が、受けられるだろうし。それに、その建設業者だって、流石に、孤児院から、強引に子供を追い出したりは、しないだろ?」
こんなところで、子供たちと話し合っていても、時間の無駄だ。難しいことは、よく分からないけど。役所で相談すれば、行政府が、何とかしてくれるだろう。この町は、福祉が、しっかりしてるみたいだしな。
「相談は、したみたいなんだけどね。行政府の担当者からも、立ち退きを勧められたんだって。借金の証書もあるし、法律上は、立ち退きが正当らしくて。それに、老朽化も進んでるから、安全面でも、立ち退いたほうがいいとかで」
「おいおい、マジかよ? その担当者、完全に、お役所仕事だな……」
法律的には、筋が通ってるかもしれない。でも、行政府が、改修や運営費の資金援助をすれば、丸く収まる話だ。この町は、観光事業で、滅茶苦茶、潤っているのだから。子供の十人程度、簡単に養ってやれるはずだ。
確かに、法律や大人の視点で行けば、立ち退きは、しかたないだろう。でも、子供たちが、大人の事情を、納得するはずがない。それは、子供たちの表情を見れば、すぐに分かった。
私だって、馬鹿じゃない。状況的には、立ち退きのほうに、正当性があるのは、理解している。でも、長いものに巻かれたり、体制側につくのは、性に合わない。それに、物事は、理屈だけじゃなくて、情も必要だ。
あと、子供のころ、散々いじめられて、弱者の辛さは、嫌と言うほど知っている。だからこそ、強者の一方的な圧力に屈するのは、納得がいかないのだ。
「それで、これから、どうするんだよ? 肝心の行政府が、力になってくれないとなると、かなり厄介だぞ。何か手はあるのか?」
「うーん……。それが、今のところ何もなくて。現状では、ひたすら、居座るしかないんだよね。でも、日に日に、脅しが酷くなって来てるみたいで」
「なんだよ、脅しって? 普通の建設業者が、そんなことやって来るのか?」
私が訊くと、風歌は、より一層、深刻的な表情になった。
「こわいおじさんが、毎日、来るの」
「黒い服着た、大きな人たち」
「すっごく、目つき悪いんだよ」
「あれ、わるい人たちだよね」
子供たちが、次々に口を開く。
「って、おいっ?! それ、絶対に、一般人じゃねーだろ? マフィアとか、ヤバイ奴じゃないのか?」
「まふぃあ、ってなにー?」
子供たちは、きょとんとした表情をしている。平和な町だし、まだ、皆小さいから、世の中の闇の部分なんて、全く知らないのだろう。まぁ、純粋な子供たちが、知る必要のないことだが――。
私は、風歌の腕をつかんで、子供たちから離れたところに、引っ張って行った。
「おいおい。お前、どーすんだよ? これ、普通の問題じゃないぞ。ただの、立ち退きとかってレベルじゃ、ないじゃんかよ? 早く立ち退かないと、死傷者が出るかもしれないぞ……」
「えぇ?! そこまで、酷い状況なのっ?」
風歌は、あからさまに、驚きの表情を浮かべる。相変わらず、お気楽というか、物を知らないやつだ。そこのガキどもと、危機意識が、同じじゃんかよ。
「当たり前だろ。マフィアがらみだったら、放火や殺人とか、何でもありだぞ」
「――こんな平和な町に、そんな人たちがいるの?」
「いるんだよ。『BS』っていう、ヤバい奴らがな」
BSとは『黒い白鳥』という〈新南区〉を根城にしている、マフィア集団だ。大陸を始め、世界中に根を張っている。〈グリュンノア〉は、観光都市として有名で、平和でクリーンなイメージが強い。だが、どんなところにも、闇はあるものだ。
特に〈新南区〉は、外資がたくさん入っているうえ、この地区だけ、法律や規制が緩い。そのため、決して、治安がいいとは言えなかった。行政府も、それを理解しているからこそ、本島から隔離したのだ。
「悪いことは言わないから、この件からは、今すぐに、手を引け。お前には、全く関係ない話だし。BSが相手じゃ、どう考えたって、分が悪い。行政府だって、知ってて、関わらないんだと思うぞ」
「そんな……。じゃあ、あの子たちは、どうなるの?」
「別の孤児院に、移るだけだ。流石に行政府だって、子供たちを、見捨てたりはしないだろ。確か〈北地区〉に、行政府が運営している孤児院が、あったはずだ」
戦時中は、各地区に数ヵ所、孤児院があった。しかし、今は世界中が平和なので、孤児はほとんどいない。そのため、年々減ってきているのだ。
「でも、やっぱり、納得いかないよ。あの子たちには、大事な我が家なんだし。それに、何もやらずに諦めるのは、嫌だから。私、やれるだけのことは、やってみたい」
風歌は、しばし黙り込んで考えたあと、とても、真剣な表情で答えた。
「お前、話聴いてたのか? ヤバイ奴らなんだぞ。行政府すら、手を出せない相手に、どうするんだよ? 正義の味方気取りか?」
「どうするかなんて、分からない。でも、泣き寝入りなんて、嫌だよ。別に、正義の味方じゃないけど。シルフィードって、元々は、人助けをするのが仕事でしょ?」
彼女の目は、本気だった。こいつは、いつも、ヘラヘラしているくせに。たまに、こんな熱い表情をする。くそっ、その目は反則だろ? ちょっと、カッコイイじゃんかよ――。
「あぁ、もう……どうなっても、知らないぞ。ったく、しょうがないな。お前だけじゃ頼りないから、付き合ってやるよ」
「えぇっ、本当に?! ありがとう、キラリンちゃん!」
「だからっ、キ・ラ・リ・スなっ!」
私は、大きくため息をついた。正義の味方なんて、柄じゃないのに、何やってんだ私。しかも、試合も近いってのに。こんな面倒事に、自分から首を突っ込んで――。
でも、戦わずに逃げるのは、こりごりだ。昔、散々逃げ回ったり、一方的にやられたりしてたから。もう二度と、あんな惨めな想いはしたくない。
しかし、弱者はいつだって、不条理な力に、なす術なく押しつぶされる。それが、弱肉強食の、世の中の摂理だからだ。
でも、昔の無力な自分とは、まったく違う。今の私なら、何とか出来るんじゃないだろうか? 不条理な力を跳ね返すために、日々鍛えているのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『やっぱ正義の味方なんて性に合わないんだが』
正義の味方は、起きた出来事を効率よく片付けるだけの存在だ
今日は平日だけど、試合が近いので、午前中からジムに通っていた。私は、強化選手なので『トレーニング有給休暇』が使える。そのため、シルフィードの勤務時間中にも、練習をすることが可能だ。
ミラ先輩ほどの猛者だと、試合の数日前に、集中的に調整をするぐらいで、普段は、本業に従事している。でも、私の場合は、まだまだ、実力不足だ。なので、試合の一週間ぐらい前から、トレーニングに専念している。
と言っても、結局は、ロードワークや筋トレなどの、基礎トレーニングがメインだ。これは、全てミラ先輩の指示だった。
『強靭な肉体と精神が九割。テクニックは、スパイスに過ぎない』というのが、ミラ先輩の口癖だ。だから、常に、体を鍛えるトレーニングを、最優先にしている。
確かに、ミラ先輩は、圧倒的に強靭なフィジカルで、全ての敵をなぎ倒していた。なので、その言葉は、物凄く正論だ。なんせ『史上最強のフィジカルを持つ格闘家』と、評価されているのだから。
でも、私には、そんな恵まれた肉体はない。昔から、ヒョロッとしていて、いくら鍛えても、あまり、筋肉も付かなかった。そもそも、骨格からして、全く違う。ただ、こればかりは、生まれ持ったものだから、しょうがない。
私の場合、いくら肉体を鍛えても、限界があるんだからさ。もっと、テクニックを磨きたいんだよなぁ。特に、必殺ブローの練習とか、カッコイイやつ……。
ミラ先輩のことは、物凄く尊敬しているし、目指すべき、大きな目標だ。それでも、地味な基礎トレーニングには、今一つ、納得が行かない。本当に、強くなっているのか、よく分からないからだ。
私は、悶々と考えながらも、しっかり、ロードワークをこなす。今まで、ミラ先輩の指示に、逆らったことは、ただの一度もない。
とんでもなく、硬いげんこつが、怖いのもあるけど。何より、心から信頼している。それに、初めて、彼女の試合を見た時から、ずっと私のヒーローだからだ。
物凄く、無茶なこと言うし、滅茶苦茶、強引だし。感覚で物事を言う上に、何でも精神論だ。納得いかないことも、多々あるけど、カッコイイんだよなぁ。
この世で、最もクールなのは、強さだ。その点、彼女は、有無を言わせぬ、圧倒的な強さを持っている。しかも、世界一の強者だ。だから、つい憧れてしまうし、その背中を、追い掛けたくなってしまう。
色々考えながら、走り続けていると、道路を挟んだ左手のほうに、大きな公園が見えて来た。私は、公園のそばで、速度を緩めた。なぜなら、以前にも、似たような光景を、見たことがあるからだ。
そこには、十人ほどの、子供たちが集まっている。その中心には、シルフィードの制服を着た女性が立っていた。何やら、話し込んでいるようだ。
「あいつ、また、あんなところで、油売ってるのか?」
と言いつつも、気になったので、足を止める。私は、道路を渡ると、公園の中に入って行った。
「おいっ、こんな昼間から、またサボリか?」
「あっ、キラリンちゃん! 久しぶりー」
「キ・ラ・リ・スなっ!」
まったく、本当にこいつは、いつ会っても、ユルユルだな。風歌のペースに合わせると、力が抜けてしまう。
「あっ、キラリンだー!」
「キラリンが来たー!」
子供たちも、一斉に真似をする。
「だから、キ・ラ・リ・スだっつーの!!」
「キラリンが、怒ったー」
「キラリン、切れたー」
子供たちは、キャーキャー言って、勝手に盛り上がった。いくら言っても、逆効果なので、私は、眉間をピクピクさせながら、グッと我慢する。
「それより、何やってるんだ? また、ドッジボールか?」
「ううん。今日は、この子たちの、相談に乗ってたの」
「相談って、このガキたちが――?」
先ほどとは違い、風歌は、急な真剣な表情になった。子供たちは、まだ、皆小さい。おそらく、小学生ぐらいだろう。こんな能天気なガキに、悩みがあるようには、全く見えなかった。
どうせ、くだらない内容に違いない。子供の悩みなんて、たかが知れている。何か欲しいものが有るとか、親から怒られたとか、その程度のことだろう。
「この子たち〈あおぞら学園〉に、住んでるんだよね」
「ん……聞いたことあるな。確か、この少し先にある、古びた施設だっけ?」
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ここ最近、この世界では、全く戦争がないし。これと言った、大きな災害も、起こっていないからだ。それでも、全くいない訳ではない。親が、事故や病気で亡くなったり、複雑な事情の家庭も、稀にあるからだ。
「うん。そこで、ちょっとした、トラブルが発生してね」
「なんだよ、それ? 老朽化とかか?」
「まぁ、それも、あるんだけど。もっと別の、厄介な問題がね――」
風歌は、複雑な表情をして答える。すると、周囲にいた子供たちの顔から、生気が消え、急に沈んだ表情になった。
「おいおい、何だよ? そんなに、深刻な問題なのか?」
建物の老朽化なんて、どこでもある話だ。特に〈東地区〉は、古い建物が多い。
「それがね、立ち退きを要求されてるの。何でも、あそこに、大きなリゾート・ホテルを建てるとかで」
「ふーん。いいんじゃないか? ホテルができりゃ、地域が活性化するし。ここら辺、あまり、大きな建物ないもんなぁ」
目の前が、せっかく海なのに〈東地区〉の海沿いは、手つかずの土地が多い。〈エメラルド・ビーチ〉周辺だけが、開発されており、それ以外のところは、空き地や古い民家ばかりだ。
「そんな、簡単な問題じゃないんだよ。学園がなくなったら、この子たちの住む場所も、なくなっちゃうじゃない」
「でも、立ち退きってことは、それなりの金額で、買い取りだろ? 新しい施設を作るなり、別の孤児院に移れば、いいだけじゃないか?」
「うーん、それが……。どうやら、借金があったみたいで。買い取りじゃなくて『差し押さえ』みたいなんだよね」
なるほど、そういうことか。そりゃ、確かに深刻だ。とはいえ、借金は、自業自得だしな。
「でも、行政府の施設を、勝手に差し押さえなんて、できるのか? そもそも、何で公共施設に、借金があるんだよ?」
「町の持ち物ならね。でも〈あおぞら学園〉は、民間施設だから。元々は学園長が、ボランティアで始めたんだって。孤児院は、年々減少して、この町には、ここを含めて、二ヵ所しかないらしいから」
「ふーん、それでか――。なら、行政府に、相談すればいいんじゃないか? 何らかの援助が、受けられるだろうし。それに、その建設業者だって、流石に、孤児院から、強引に子供を追い出したりは、しないだろ?」
こんなところで、子供たちと話し合っていても、時間の無駄だ。難しいことは、よく分からないけど。役所で相談すれば、行政府が、何とかしてくれるだろう。この町は、福祉が、しっかりしてるみたいだしな。
「相談は、したみたいなんだけどね。行政府の担当者からも、立ち退きを勧められたんだって。借金の証書もあるし、法律上は、立ち退きが正当らしくて。それに、老朽化も進んでるから、安全面でも、立ち退いたほうがいいとかで」
「おいおい、マジかよ? その担当者、完全に、お役所仕事だな……」
法律的には、筋が通ってるかもしれない。でも、行政府が、改修や運営費の資金援助をすれば、丸く収まる話だ。この町は、観光事業で、滅茶苦茶、潤っているのだから。子供の十人程度、簡単に養ってやれるはずだ。
確かに、法律や大人の視点で行けば、立ち退きは、しかたないだろう。でも、子供たちが、大人の事情を、納得するはずがない。それは、子供たちの表情を見れば、すぐに分かった。
私だって、馬鹿じゃない。状況的には、立ち退きのほうに、正当性があるのは、理解している。でも、長いものに巻かれたり、体制側につくのは、性に合わない。それに、物事は、理屈だけじゃなくて、情も必要だ。
あと、子供のころ、散々いじめられて、弱者の辛さは、嫌と言うほど知っている。だからこそ、強者の一方的な圧力に屈するのは、納得がいかないのだ。
「それで、これから、どうするんだよ? 肝心の行政府が、力になってくれないとなると、かなり厄介だぞ。何か手はあるのか?」
「うーん……。それが、今のところ何もなくて。現状では、ひたすら、居座るしかないんだよね。でも、日に日に、脅しが酷くなって来てるみたいで」
「なんだよ、脅しって? 普通の建設業者が、そんなことやって来るのか?」
私が訊くと、風歌は、より一層、深刻的な表情になった。
「こわいおじさんが、毎日、来るの」
「黒い服着た、大きな人たち」
「すっごく、目つき悪いんだよ」
「あれ、わるい人たちだよね」
子供たちが、次々に口を開く。
「って、おいっ?! それ、絶対に、一般人じゃねーだろ? マフィアとか、ヤバイ奴じゃないのか?」
「まふぃあ、ってなにー?」
子供たちは、きょとんとした表情をしている。平和な町だし、まだ、皆小さいから、世の中の闇の部分なんて、全く知らないのだろう。まぁ、純粋な子供たちが、知る必要のないことだが――。
私は、風歌の腕をつかんで、子供たちから離れたところに、引っ張って行った。
「おいおい。お前、どーすんだよ? これ、普通の問題じゃないぞ。ただの、立ち退きとかってレベルじゃ、ないじゃんかよ? 早く立ち退かないと、死傷者が出るかもしれないぞ……」
「えぇ?! そこまで、酷い状況なのっ?」
風歌は、あからさまに、驚きの表情を浮かべる。相変わらず、お気楽というか、物を知らないやつだ。そこのガキどもと、危機意識が、同じじゃんかよ。
「当たり前だろ。マフィアがらみだったら、放火や殺人とか、何でもありだぞ」
「――こんな平和な町に、そんな人たちがいるの?」
「いるんだよ。『BS』っていう、ヤバい奴らがな」
BSとは『黒い白鳥』という〈新南区〉を根城にしている、マフィア集団だ。大陸を始め、世界中に根を張っている。〈グリュンノア〉は、観光都市として有名で、平和でクリーンなイメージが強い。だが、どんなところにも、闇はあるものだ。
特に〈新南区〉は、外資がたくさん入っているうえ、この地区だけ、法律や規制が緩い。そのため、決して、治安がいいとは言えなかった。行政府も、それを理解しているからこそ、本島から隔離したのだ。
「悪いことは言わないから、この件からは、今すぐに、手を引け。お前には、全く関係ない話だし。BSが相手じゃ、どう考えたって、分が悪い。行政府だって、知ってて、関わらないんだと思うぞ」
「そんな……。じゃあ、あの子たちは、どうなるの?」
「別の孤児院に、移るだけだ。流石に行政府だって、子供たちを、見捨てたりはしないだろ。確か〈北地区〉に、行政府が運営している孤児院が、あったはずだ」
戦時中は、各地区に数ヵ所、孤児院があった。しかし、今は世界中が平和なので、孤児はほとんどいない。そのため、年々減ってきているのだ。
「でも、やっぱり、納得いかないよ。あの子たちには、大事な我が家なんだし。それに、何もやらずに諦めるのは、嫌だから。私、やれるだけのことは、やってみたい」
風歌は、しばし黙り込んで考えたあと、とても、真剣な表情で答えた。
「お前、話聴いてたのか? ヤバイ奴らなんだぞ。行政府すら、手を出せない相手に、どうするんだよ? 正義の味方気取りか?」
「どうするかなんて、分からない。でも、泣き寝入りなんて、嫌だよ。別に、正義の味方じゃないけど。シルフィードって、元々は、人助けをするのが仕事でしょ?」
彼女の目は、本気だった。こいつは、いつも、ヘラヘラしているくせに。たまに、こんな熱い表情をする。くそっ、その目は反則だろ? ちょっと、カッコイイじゃんかよ――。
「あぁ、もう……どうなっても、知らないぞ。ったく、しょうがないな。お前だけじゃ頼りないから、付き合ってやるよ」
「えぇっ、本当に?! ありがとう、キラリンちゃん!」
「だからっ、キ・ラ・リ・スなっ!」
私は、大きくため息をついた。正義の味方なんて、柄じゃないのに、何やってんだ私。しかも、試合も近いってのに。こんな面倒事に、自分から首を突っ込んで――。
でも、戦わずに逃げるのは、こりごりだ。昔、散々逃げ回ったり、一方的にやられたりしてたから。もう二度と、あんな惨めな想いはしたくない。
しかし、弱者はいつだって、不条理な力に、なす術なく押しつぶされる。それが、弱肉強食の、世の中の摂理だからだ。
でも、昔の無力な自分とは、まったく違う。今の私なら、何とか出来るんじゃないだろうか? 不条理な力を跳ね返すために、日々鍛えているのだから……。
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『やっぱ正義の味方なんて性に合わないんだが』
正義の味方は、起きた出来事を効率よく片付けるだけの存在だ
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異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
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