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第7部 才能と現実の壁
3-1やっぱり年下は手が掛かるから苦手
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時間は、十二時ちょっと過ぎ。先ほど、午前中の仕事を終えて〈ウィンドミル本社〉に、帰ってきたところだ。やっぱり、空を飛ぶと、お腹がすく。特に、観光案内は、物凄くエネルギーを消費する。
今日は、会社から紹介された、老夫婦の観光案内だった。二人とも、静かな場所を希望だったので、割と地味な場所を案内した。〈西地区〉の郊外とか〈北地区〉の農場とか。あと、お気に入りの昼寝スポットなど。でも、凄く喜んでいた。
二人とも『まるで、孫と一緒に旅行をしているようだ』と言っていた。年配客には、よくそう言われ、子ども扱いされることが多い。もう、十七なので、子供じゃない。でも、色々ごちそうしてくれたり、買ってくれたりするから、いいけど。
ガレージに、エア・カートを停め、報告書の記入を済ませると、急いで北に向かう。目的地は、社員食堂の〈海風亭〉だ。外に食べに行っても、いいけど。お腹が空いて死にそうなので、今日は、社員食堂にした。
本当は、午前中は、働きたくなかった。できれば、観光案内は、午後がいい。なぜなら、私の一日の始まりは、昼食からだからだ。昼ごはんを食べて、ようやく元気が出て来る。
「やっぱり、仕事は、午後からがいい……。朝食じゃ、元気でない」
朝は、あまり時間がないから、大したものが食べられない。朝は、社員食堂も、まだやってないし。今朝は、昨日、買ってきたパン一斤に、ジャムをたっぷりつけて食べた。あと、バナナを一房。
パンとフルーツだけじゃ、あっさりし過ぎてて、全然、物足りない。肉とか、揚げ物とか、油っぽい物を食べないと、元気でない。あと、パスタとか、ご飯ものとか。でも、自分じゃ作れないから、外食するしかない。
その点、社員食堂は、油っぽいのも、パスタもご飯も、何でもある。しかも、ボリューム満点だ。うちの社員食堂は、とにかく量が多い。おばちゃんたちが、滅茶苦茶、盛ってくれるからだ。
特に、私の場合は『たくさん食べないと、大きくなれないよ』と言われ、他の子たちよりも、さらに多目に盛ってくれた。だから、何も言わなくても、普通に、大盛り料理が出て来る。
「それにしても、お腹減った――。距離が遠すぎる……」
ガレージは南エリア。でも〈海風亭〉は、正反対の北エリア。敷地が凄く広いので、かなりの距離を歩く。
空腹時には、かなり辛い――。ガレージの隣に、食堂、建ててくれればいいのに。そうすれば、すぐに栄養補給できて、効率的。
歩いても、歩いても、なかなか目的地に着かない。空腹で、だんだん足に、力が入らなくなってきた。
もう、これ以上は、辛くて歩けない……。でも、我慢。おいしい料理が、いっぱい待ってる。もうちょっとだけ、頑張ろう。
私は、何を食べるか想像しながら、ゆっくり、北エリアに向かって行った。だが、途中で、ふと、ある人物が目に留まった。芝生の上で、四つんばいになっている。
遊んでる――わけないか。たぶん探し物だ。小柄な子で、見たことないから、今年、入った新人?
でも、私には関係ない。それより、ご飯、ご飯……。
通り過ぎようとした時、チラリと視線を横に向ける。すると、彼女は、物凄く必死な表情をしていた。しかも、目に涙を浮かべている。
もしかして、財布でも落とした? なら、ご飯食べられない。それは、大変――。でも、超お腹すいたし。
私は、立ち止まって考える。一瞬、通り過ぎようかとも思ったが、軽くため息をつくと、彼女に近付いて行った。
「どうした?」
私が、そっと声を掛けると、ゆっくり、こちらに視線を向けて来る。
「……」
彼女は無言のまま、涙をぽろぽろと流した。
「お――落ちついて」
私は、予想外の反応に、少し動揺しながら答える。
いや……まずは、自分が落ち着こう。でも、どうすれば? 私は、気の利いた言葉とか言えないし。メイリオ先輩だったら、どうするだろう――?
私は、少し考えたあと、彼女の頭に、そっと手をのせた。そのあと、彼女の目を見ながら、優しく頭をなでた。ほどなくして、彼女の涙は止まった。キョトンとした表情で、私を見つめ返して来る。
うーん、無口な子は、やり辛い。私も無口だから、会話が全く成り立たないからだ。でも、何か話さないと、全く進展しない。
「力になるから、話して。何があった?」
私は、彼女の頭をなでながら、そっと尋ねてみる。
すると、しばし時間を置いてから、
「……落として……しまって」
辛うじて聞こえる、小さな声が返って来た。
「何を落とした? マギコン? 財布?」
彼女は、小さく首を振った。
じゃあ、いったい何を? 他に、泣くほど大事な物って、あったっけ?
「――大事な――ストラップ」
「えっ……?」
何だ、ストラップか。もっと、大事な物かと思った。でも、泣いてるぐらいだから、特別な物かも知れない。
「どんな、ストラップ?」
「――ネコ」
「分かった、一緒に探そう」
ネコなら、見つけなければならない。私も、ネコは大好き。このまま、放っておく訳にもいかないし。それに、早く見つけないと、お昼ごはんに行けない。あぁ、超お腹すいた……。
私は、立ち上がると、周囲を見回した。芝生の周辺には、それらしいものは見当たらない。刈りこんだばかりの、背の低い芝生なので、落ちていれば、すぐ分かるはずだ。それに、視力には自信がある。
少し移動しながら、周囲を探すが、道にも芝生にも、それらしき物はなかった。となると、あとは植え込みしかない。私は、庭木に近付いて、その根元付近を探して行く。
手を突っ込んで探してみるけど、石ころしか出てこない。本当に、こんな所にあるんだろうか?
チラリと振り返ると、彼女は、再び四つんばいになって、芝生の上を探していた。どう見ても、芝生には、落ちていないと思うけど。それだけ、必死なんだろう。
しょうがない、もうちょっとだけ、探してみよう――。
それから、だいぶ時間が経った。私のお腹が、大きな音を立てる。マギコンで時間を確認すると、すでに十二時半。マズイ……このままじゃ、お昼ごはんを、食べそこなってしまう。
食事を抜くなんて、絶対にありえない。これは、私にとって、大変な死活問題だ。『用事があるから』と言って、立ち去ってしまおうか?
だが、必死に探し回っている彼女を見ると、なかなか言い出せない。
「まいった――。このまま探してたら、飢え死にしてしまう……」
私は、お腹を押さえながら、考える。すると、あることを思いつき、彼女に声を掛けた。
「事務所には、行ってみた?」
「……」
彼女は、無言のまま、首を横に振った。
「じゃあ、行ってみよう。落とし物、届いているかもしれない」
事務所には、お客様の落とし物や忘れ物を預かっている『遺失物管理課』がある。以前、落とし物や忘れ物は、結構、多いと聞いたことがあった。うちの社員は、拾ったものは、何でも届けに行くからだ。私も、何度か、持って行ったことがある。
私は、ボーッとしていた彼女の前に立つと、手を差し出した。彼女の小さな手を取り、立ち上がらせると、そのまま引っ張っていく。
彼女は、行動が物凄くゆっくりだ。私もゆっくりだけど、それ以上だった。彼女のペースに合わせていると、日が暮れてしまう。だから、少し早足で引っ張っていく。
私たちが向かったのは、東エリアにある〈幸風館〉だ。ここは本館で、一階は、お客用の受付窓口や、待合室などがある。二階より上は、事務所になっていた。
〈幸風館〉に着くと、フローターで二階に上がり、フロアの少し奥にある『遺失物管理課』の窓口に向かった。
「ほら、あそこで訊いてみて」
私が声を掛けると、彼女は、もじもじして動かなかった。
私は、小さく息を吐き出すと、受付に向かう。
「えーと、落とし物ありますか?」
「どんな物を、お探しですか?」
「ネコのストラップ」
「あぁ、ちょっと待ってくださいね」
受付の女性は立ち上がると、奥に進んで行き、引き出しを開ける。すぐに、ストラップを手にして、戻って来た。
「これですか?」
私は、後ろ視線を向けると、彼女の表情が、パーッと明るくなった。その直後、少し離れたところから、コクコクと頷いた。
「どうやら、それみたい」
しかたがないので、私が答える。
「それでは、受け取りのサインを、お願いします」
「ほら、サインして」
声を掛けるが、彼女は躊躇していた。極端な、人見知りなんだろうか――?
「返してもらえなくても、いいの?」
私が声を掛けると、彼女は大きく首を横に振った。
そのあと、おっかなびっくり近づいて来て、とても小さな文字で、サインをする。まるで、とても警戒心の強い、野良ネコみたいだ。
「はい、確かに。それでは、もう落とさないで下さいね」
受付の女性は、笑顔でストラップを渡してくれた。
「お礼は?」
「あぅ……あ、ありがとうございます……」
私に催促され、彼女は、小さな声でお礼を言った。受付のお姉さんは、ニコニコと微笑んでいる。
お礼とか挨拶は、いつも、私がメイリオ先輩に、言われてることだ。だから、自分が他人に言うのは、何か変な感じだった。でも、最低限の礼儀は必要。最近は、そう思うようになった。
ふぅー。何にせよ、これで無事、解決。急いで行けば、まだ、お昼ごはん間に合う。幸い、今日の午後は、仕事、入ってないし。多少、遅くなっても問題ない。
「じゃ、私はこれで」
私は、クルッと背を向けると、はやる気持ちで歩き出す。だが、クイッと服を引っ張られた。
「えっ――なに?」
振り返ると、彼女は、私の制服を掴んだまま、うつむいていた。
「……あ……ありがとう……ございます」
「いや、気にしないでいい。それじゃ」
再び、歩き出そうとするが、また服を引っ張られる。彼女が、手を放そうとしないからだ。
「えっ――まだ、なにか?」
「あ……あの……。名前……まだ」
「あぁ、自己紹介? フィニーツァ・カリバーン。エア・マスター」
「わ――私は――クリスティア・フェザー。今年、入った――新人です」
私が名乗ると、彼女は、ちょっと嬉しそうな表情になる。小さな声だけど、ちゃんと自己紹介してくれた。
やっぱり、新人だったんだ。それにしても、小さな子だ。小さいのは、私も同じだけど。私と身長は同じぐらい。でも、物凄く気の小さな性格だから、余計に小さく見える。
口数が少ないのは、自分もだから、人のこと言えないけど。でも、自信は、持ったほうがいい。私の口数が少ないのは、単に、面倒だから。ただ、彼女の場合は、明らかに、自信不足だ。
「もっと、自信もって、元気だしたほうがいい」
「……」
私の言葉に、彼女はうつむいた。
「顔は、いつも上向きに。そうしないと、空は見えない」
「えっ――?」
彼女は、少し驚いた表情で、顔を上げた。
「じゃ、またね、クリス」
私は、別れを告げると、今度こそ、社員食堂に向かって歩き始めた。
ふぅー。とんでもなく、遠回りになってしまった。しかも、凄く疲れた。やっぱり、無口な人間が相手だと、疲れる。それに、年下は手が掛かるから、苦手だ。
あんな感じで、大丈夫なんだろうか? うちの会社は、かなり、ゆるいけど。あそこまで頼りないと、少し心配だ。まぁ、私には、関係ないけど。
それにしても、お腹減った。お腹すき過ぎて、本当に死にそう。こうなったら、いつもの倍は食べないと。よし、今日は、デザートも、倍たべる。
あと、超疲れたから、昼食後は、お気に入りのスポットで、のんびり昼寝しよう……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『一回り大人なった夢を追い掛ける少女との再会』
小さな絶望の積み重ねが 人を大人にするのです
今日は、会社から紹介された、老夫婦の観光案内だった。二人とも、静かな場所を希望だったので、割と地味な場所を案内した。〈西地区〉の郊外とか〈北地区〉の農場とか。あと、お気に入りの昼寝スポットなど。でも、凄く喜んでいた。
二人とも『まるで、孫と一緒に旅行をしているようだ』と言っていた。年配客には、よくそう言われ、子ども扱いされることが多い。もう、十七なので、子供じゃない。でも、色々ごちそうしてくれたり、買ってくれたりするから、いいけど。
ガレージに、エア・カートを停め、報告書の記入を済ませると、急いで北に向かう。目的地は、社員食堂の〈海風亭〉だ。外に食べに行っても、いいけど。お腹が空いて死にそうなので、今日は、社員食堂にした。
本当は、午前中は、働きたくなかった。できれば、観光案内は、午後がいい。なぜなら、私の一日の始まりは、昼食からだからだ。昼ごはんを食べて、ようやく元気が出て来る。
「やっぱり、仕事は、午後からがいい……。朝食じゃ、元気でない」
朝は、あまり時間がないから、大したものが食べられない。朝は、社員食堂も、まだやってないし。今朝は、昨日、買ってきたパン一斤に、ジャムをたっぷりつけて食べた。あと、バナナを一房。
パンとフルーツだけじゃ、あっさりし過ぎてて、全然、物足りない。肉とか、揚げ物とか、油っぽい物を食べないと、元気でない。あと、パスタとか、ご飯ものとか。でも、自分じゃ作れないから、外食するしかない。
その点、社員食堂は、油っぽいのも、パスタもご飯も、何でもある。しかも、ボリューム満点だ。うちの社員食堂は、とにかく量が多い。おばちゃんたちが、滅茶苦茶、盛ってくれるからだ。
特に、私の場合は『たくさん食べないと、大きくなれないよ』と言われ、他の子たちよりも、さらに多目に盛ってくれた。だから、何も言わなくても、普通に、大盛り料理が出て来る。
「それにしても、お腹減った――。距離が遠すぎる……」
ガレージは南エリア。でも〈海風亭〉は、正反対の北エリア。敷地が凄く広いので、かなりの距離を歩く。
空腹時には、かなり辛い――。ガレージの隣に、食堂、建ててくれればいいのに。そうすれば、すぐに栄養補給できて、効率的。
歩いても、歩いても、なかなか目的地に着かない。空腹で、だんだん足に、力が入らなくなってきた。
もう、これ以上は、辛くて歩けない……。でも、我慢。おいしい料理が、いっぱい待ってる。もうちょっとだけ、頑張ろう。
私は、何を食べるか想像しながら、ゆっくり、北エリアに向かって行った。だが、途中で、ふと、ある人物が目に留まった。芝生の上で、四つんばいになっている。
遊んでる――わけないか。たぶん探し物だ。小柄な子で、見たことないから、今年、入った新人?
でも、私には関係ない。それより、ご飯、ご飯……。
通り過ぎようとした時、チラリと視線を横に向ける。すると、彼女は、物凄く必死な表情をしていた。しかも、目に涙を浮かべている。
もしかして、財布でも落とした? なら、ご飯食べられない。それは、大変――。でも、超お腹すいたし。
私は、立ち止まって考える。一瞬、通り過ぎようかとも思ったが、軽くため息をつくと、彼女に近付いて行った。
「どうした?」
私が、そっと声を掛けると、ゆっくり、こちらに視線を向けて来る。
「……」
彼女は無言のまま、涙をぽろぽろと流した。
「お――落ちついて」
私は、予想外の反応に、少し動揺しながら答える。
いや……まずは、自分が落ち着こう。でも、どうすれば? 私は、気の利いた言葉とか言えないし。メイリオ先輩だったら、どうするだろう――?
私は、少し考えたあと、彼女の頭に、そっと手をのせた。そのあと、彼女の目を見ながら、優しく頭をなでた。ほどなくして、彼女の涙は止まった。キョトンとした表情で、私を見つめ返して来る。
うーん、無口な子は、やり辛い。私も無口だから、会話が全く成り立たないからだ。でも、何か話さないと、全く進展しない。
「力になるから、話して。何があった?」
私は、彼女の頭をなでながら、そっと尋ねてみる。
すると、しばし時間を置いてから、
「……落として……しまって」
辛うじて聞こえる、小さな声が返って来た。
「何を落とした? マギコン? 財布?」
彼女は、小さく首を振った。
じゃあ、いったい何を? 他に、泣くほど大事な物って、あったっけ?
「――大事な――ストラップ」
「えっ……?」
何だ、ストラップか。もっと、大事な物かと思った。でも、泣いてるぐらいだから、特別な物かも知れない。
「どんな、ストラップ?」
「――ネコ」
「分かった、一緒に探そう」
ネコなら、見つけなければならない。私も、ネコは大好き。このまま、放っておく訳にもいかないし。それに、早く見つけないと、お昼ごはんに行けない。あぁ、超お腹すいた……。
私は、立ち上がると、周囲を見回した。芝生の周辺には、それらしいものは見当たらない。刈りこんだばかりの、背の低い芝生なので、落ちていれば、すぐ分かるはずだ。それに、視力には自信がある。
少し移動しながら、周囲を探すが、道にも芝生にも、それらしき物はなかった。となると、あとは植え込みしかない。私は、庭木に近付いて、その根元付近を探して行く。
手を突っ込んで探してみるけど、石ころしか出てこない。本当に、こんな所にあるんだろうか?
チラリと振り返ると、彼女は、再び四つんばいになって、芝生の上を探していた。どう見ても、芝生には、落ちていないと思うけど。それだけ、必死なんだろう。
しょうがない、もうちょっとだけ、探してみよう――。
それから、だいぶ時間が経った。私のお腹が、大きな音を立てる。マギコンで時間を確認すると、すでに十二時半。マズイ……このままじゃ、お昼ごはんを、食べそこなってしまう。
食事を抜くなんて、絶対にありえない。これは、私にとって、大変な死活問題だ。『用事があるから』と言って、立ち去ってしまおうか?
だが、必死に探し回っている彼女を見ると、なかなか言い出せない。
「まいった――。このまま探してたら、飢え死にしてしまう……」
私は、お腹を押さえながら、考える。すると、あることを思いつき、彼女に声を掛けた。
「事務所には、行ってみた?」
「……」
彼女は、無言のまま、首を横に振った。
「じゃあ、行ってみよう。落とし物、届いているかもしれない」
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私は、ボーッとしていた彼女の前に立つと、手を差し出した。彼女の小さな手を取り、立ち上がらせると、そのまま引っ張っていく。
彼女は、行動が物凄くゆっくりだ。私もゆっくりだけど、それ以上だった。彼女のペースに合わせていると、日が暮れてしまう。だから、少し早足で引っ張っていく。
私たちが向かったのは、東エリアにある〈幸風館〉だ。ここは本館で、一階は、お客用の受付窓口や、待合室などがある。二階より上は、事務所になっていた。
〈幸風館〉に着くと、フローターで二階に上がり、フロアの少し奥にある『遺失物管理課』の窓口に向かった。
「ほら、あそこで訊いてみて」
私が声を掛けると、彼女は、もじもじして動かなかった。
私は、小さく息を吐き出すと、受付に向かう。
「えーと、落とし物ありますか?」
「どんな物を、お探しですか?」
「ネコのストラップ」
「あぁ、ちょっと待ってくださいね」
受付の女性は立ち上がると、奥に進んで行き、引き出しを開ける。すぐに、ストラップを手にして、戻って来た。
「これですか?」
私は、後ろ視線を向けると、彼女の表情が、パーッと明るくなった。その直後、少し離れたところから、コクコクと頷いた。
「どうやら、それみたい」
しかたがないので、私が答える。
「それでは、受け取りのサインを、お願いします」
「ほら、サインして」
声を掛けるが、彼女は躊躇していた。極端な、人見知りなんだろうか――?
「返してもらえなくても、いいの?」
私が声を掛けると、彼女は大きく首を横に振った。
そのあと、おっかなびっくり近づいて来て、とても小さな文字で、サインをする。まるで、とても警戒心の強い、野良ネコみたいだ。
「はい、確かに。それでは、もう落とさないで下さいね」
受付の女性は、笑顔でストラップを渡してくれた。
「お礼は?」
「あぅ……あ、ありがとうございます……」
私に催促され、彼女は、小さな声でお礼を言った。受付のお姉さんは、ニコニコと微笑んでいる。
お礼とか挨拶は、いつも、私がメイリオ先輩に、言われてることだ。だから、自分が他人に言うのは、何か変な感じだった。でも、最低限の礼儀は必要。最近は、そう思うようになった。
ふぅー。何にせよ、これで無事、解決。急いで行けば、まだ、お昼ごはん間に合う。幸い、今日の午後は、仕事、入ってないし。多少、遅くなっても問題ない。
「じゃ、私はこれで」
私は、クルッと背を向けると、はやる気持ちで歩き出す。だが、クイッと服を引っ張られた。
「えっ――なに?」
振り返ると、彼女は、私の制服を掴んだまま、うつむいていた。
「……あ……ありがとう……ございます」
「いや、気にしないでいい。それじゃ」
再び、歩き出そうとするが、また服を引っ張られる。彼女が、手を放そうとしないからだ。
「えっ――まだ、なにか?」
「あ……あの……。名前……まだ」
「あぁ、自己紹介? フィニーツァ・カリバーン。エア・マスター」
「わ――私は――クリスティア・フェザー。今年、入った――新人です」
私が名乗ると、彼女は、ちょっと嬉しそうな表情になる。小さな声だけど、ちゃんと自己紹介してくれた。
やっぱり、新人だったんだ。それにしても、小さな子だ。小さいのは、私も同じだけど。私と身長は同じぐらい。でも、物凄く気の小さな性格だから、余計に小さく見える。
口数が少ないのは、自分もだから、人のこと言えないけど。でも、自信は、持ったほうがいい。私の口数が少ないのは、単に、面倒だから。ただ、彼女の場合は、明らかに、自信不足だ。
「もっと、自信もって、元気だしたほうがいい」
「……」
私の言葉に、彼女はうつむいた。
「顔は、いつも上向きに。そうしないと、空は見えない」
「えっ――?」
彼女は、少し驚いた表情で、顔を上げた。
「じゃ、またね、クリス」
私は、別れを告げると、今度こそ、社員食堂に向かって歩き始めた。
ふぅー。とんでもなく、遠回りになってしまった。しかも、凄く疲れた。やっぱり、無口な人間が相手だと、疲れる。それに、年下は手が掛かるから、苦手だ。
あんな感じで、大丈夫なんだろうか? うちの会社は、かなり、ゆるいけど。あそこまで頼りないと、少し心配だ。まぁ、私には、関係ないけど。
それにしても、お腹減った。お腹すき過ぎて、本当に死にそう。こうなったら、いつもの倍は食べないと。よし、今日は、デザートも、倍たべる。
あと、超疲れたから、昼食後は、お気に入りのスポットで、のんびり昼寝しよう……。
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次回――
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