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第7部 才能と現実の壁

2-4人って一緒にいれば自然に仲良くなるもんだよね?

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 夜、静寂に包まれた、屋根裏部屋で。私は、マギコンを起動し、空中モニターを見ながら勉強中だった。でも、以前のような、切羽詰まった感じはない。試験は、すでに全てクリアしているので、最近は、一般教養の勉強がメインだからだ。

 とはいえ、まだまだ、学ぶことは多い。以前に比べて、だいぶマシにはなったけど。この世界にいる年数が短いので、知らないことが、沢山あるからだ。昔なら、あいまいに放置していた知識も、最近では、細かく調べて勉強している。

 流石に、エア・マスターになって、知らないことが有るのはマズイし。私のあとから始めた、新人たちも沢山いるので。階級に見合った、実力や教養を、身につけなければならないからだ。

 町を飛び回っている、新人の子を見かける度に『もっと頑張らなければ』と、自然に、気持ちが引き締まる。先達として、頼りない姿は、見せられないもんね。やっぱり、立場は人を、大きく変えると思う。

 スピで調べ物をしていると、着信音が鳴った。見るまでもなく分かるけど、念のため、送信者名を確認する。案の定、ユメちゃんからだった。私は、サッとELエルを立ちげ、返信のメッセージを打ち込んだ。

『風ちゃん、こんばんはー。元気してる?』
『こんばんは、ユメちゃん。もちろん、元気だよ。そっちはどう? また、引きこもったりしてない?』

『してないよー! 毎日、ちゃんと学校、行ってるもん』
『そっかー、偉いねぇ、ユメちゃんは』
『あぁー、子ども扱いしてるでしょ?』

 ユメちゃんは、今はしっかり、学校に通っている。最初は、物凄く心配していたけど。意外と順応性はあるようで、普通に、学校に馴染んでいた。元々勉強は好きなんだから、社会生活さえできれば、何も問題ないんだよね。

『別に、そういう訳じゃないんだけど。最近、新人の子を、よく見かけるから。ユメちゃんも、新人みたいな感じだし』

『風ちゃん、社会人、三年目だし。もう、エア・マスターだもんねぇ。そんな風ちゃんから見たら、私なんて、お子様だよね……』

『いやいや、そんなことないって。ユメちゃんも、十分、大人だから』
『本当に?』
『本当に、本当!』
 
 ユメちゃんは、以前と比べ、だいぶ雰囲気が、変わった気がする。前は、ネガティブなことは、絶対に言わなかった。でも、あれは、ただの空元気だったのかもしれない。

 今は、結構、愚痴を言ったり、弱音を吐いたりするけど。こっちのほうが、自然体でいいと思う。そもそも、私より年下なんだから、無理に背伸びせずに、もっと子供っぽくても、いいんだよね。

『ところで、学校のほうはどう? 上手く行ってる?』
『うん。今のところ、問題ないかな。勉強自体は、家に籠っている間にも、毎日やってたし』

『そっかー。勉強についていけるなら、安心だね』
『一応、高校三年までの学習過程は、全て勉強済みだから』

『って、凄ーっ!! もう、学校に行く必要ないじゃん』
『ただ、暇つぶしに、やってただけだし。学校は必要だよー』

 引きこもり生活中は、一日中、本を読むか、勉強をしていたみたいだ。なので、そんじょそこらの大人よりも、はるかに頭がいい。にしても、暇つぶしで、中学生が、高校レベルの学力って――。

『勉強が好きだと、学校、楽しそうだよねぇ』
『でも、勉強だけが、目的じゃないし。ずっと、普通の学生生活を、エンジョイして見たかったんだよね』

『学生時代にしか、出来ないこともあるし。青春って、大事な経験だよね。でも、本当に、一年からで良かったの? ユメちゃんなら、三年からでも、余裕で通用する学力があるのに』

『ちょっと、悩んだんだけどね。やっぱり、一からやり直したほうが、いいかなぁーって。そうすれば、失われた時間が、取り戻せるような気がして。まぁ、実際に、時が戻ることは、絶対にないんだけど……』

 気楽に言ってるけど、この決断には、そうとう悩んだはずだ。外に出るだけでも、ユメちゃんにとっては、大変な勇気が必要な、未知の挑戦だった。それに加え、二年遅れは、精神的な負担も大きいはずだ。

 ただ、学校をやり直すのは、彼女なりのケジメであり、精神的な区切りとして、必要な行為なんだと思う。今なお、ユメちゃんは、過去の悲しい事件と、戦っているのだから。 

『時間は戻らなくても、人生は何度でも、やり直しが利くからね。だから、納得するまで、色々やってみればいいと思うよ。絶対に、取り戻せるから。失った時間とか、夢とか青春とか』

 生きている限り、何度だってやり直せる。それに、何度もやり直していれば、いつかは、必ず上手く行く。私は、そう強く信じて、日々を精一杯に生きて来た。不器用だから、そういうやり方しか、出来なかったのもあるけど――。

『だと、いいなぁ。でも、風ちゃんが言うと、凄く説得力があるね』
『いやぁー、失敗だらけの人生だから。その都度、やり直してたもんね』

『でも、失敗が多いのは、一杯、挑戦しているからだよ。私は、失敗が少ないけど、挑戦を避けてたからで。風ちゃんは、挑戦の天才だよね』
『そ、そうかな……?』

 いつも、周囲からは、無謀だの、考えなしだの、散々に言われている。唯一、私の行動を褒めてくれるのは、ユメちゃんだけだ。

『私も、色々挑戦しなきゃなぁー、って思うんだけど。口で言うのは、簡単でも、実際には、難しいよね』
『今、学校に通ってること自体が、挑戦じゃないの?』

『それも、そうだけど。一般的に見たら、全然、挑戦じゃないもん。もっと、ちゃんとした挑戦をしたいなぁ』
『何か、やりたい事でもあるの?』

 一年前は、外に出るのですら、やっとだったのに。どんどん、挑戦のハードルが上がって来ていた。これは、いい傾向だと思う。そもそも、ユメちゃんは、意識高い系だし、かなり負けず嫌いだからね。 

『まずは、シルフィードになるために、色々身につけたいかな』
『でも、今は「シルフィード養成科」に行ってるんだよね? なら、少しずつ、学んでいけば、いいんじゃないの?』

〈ナターシャ叡智学館〉は、一年は普通科で、二年からは、シルフィード養成科になっている。彼女は、今まさに、シルフィードの勉強を、進めている最中だ。

『そうなんだけどね。ただ、色々足りないなぁー、って思うんだ』
『ユメちゃんでも、出来ないことってあるの? 勉強、物凄く得意なのに』

『うーん、学科のほうは、全く問題ないんだよね。引き籠っている間に、シルフィードの勉強もしてたし。だから、授業では、復習してる感じ』
『それって、全く問題ないのでは――?』

 流石は、ユメちゃん。中学生なのに、高校過程の勉強もしてるし。向こうの世界の勉強までやっている。加えて、シルフィードの学科まで、終えてるとか。どんだけ、勉強が大好きなの……?

『ただ、私は実技面が、ほぼ壊滅状態なんだよね。体育の授業は、毎回すぐにダウンしてるし。エア・ドルフィンは、上手く飛ばせないし。接客もサッパリだし――』

『何ていうか、私と、完全に真逆だね……。でも、意外。体力面は、しょうがないとしても、エア・ドルフィンは、操縦できるんだと思ってた。あと、コミュニケーションだって、普通に、できてるみたいだし』

 ユメちゃんは、この世界で生まれ育っているので、魔力関連に関しては、小さいころから触れている。まして、これだけ頭がいいのだから、マナ工学なども、非常に詳しいはずだ。

『学校の行き来も、どこに出かける時も、エア・カートで、送り迎えして貰ってたから。今まで、自分で運転したこと、一度もなくて。だから、魔力コントロールが、サッパリなの(涙)』

『あー、そういうことね』

 こうして話していると、普通の女の子だけど。よくよく考えて見たら、超箱入りのお嬢様だった。専属の運転手や、執事さんまでいるんだから。自分で運転する必要が、全くないもんね。これは、極めて特殊なケースだ。
 
『あと、私、接客とか、滅茶苦茶、下手なんだけど。敬語を使うの、慣れてないし。そもそも、知らない人と話すのも、凄く苦手だし』
『そうなの? 普通に、話せてるじゃん?』

『それは、風ちゃんだからだよ。前にも言ったけど、私、超人見知りだから。引きこもってた理由の一つが、それも、あるんだよね――』
『へぇぇーー、そうなの?』

 人見知りにも、色んなタイプがある。全ての人と、コミュニケーションが取れない人もいるけど、ユメちゃんはそうじゃない。仲のいい人なら、普通に話せる。だから、練習や慣れで、どうにかなると思うんだよね。

『でも、操縦も接客も、練習さえすれば、上手くなるよ。私も、エア・ドルフィンは、最初は、超苦戦したから。そもそも、エンジンが、全く掛からなくて。ほんの数センチ浮かすのに、二週間以上、掛かったからね……』 

 最初は、本当に大変だった。気合を入れ、頭に血を登らせて、唸り声をあげたりとか。でも、いくらやっても、気合で飛ぶことはできなかった。あのころは、魔力の何たるかを、全く理解してなくて。魔力と気合は、全く別物なんだけど――。

『へぇー、意外。風ちゃんなら、運動神経いいから、あっさり、乗りこなしたのかと思ってた』

『いやいや、運動神経と、魔力コントロールは、全く関係ないから。でも、接客は、特に勉強せずに、できるようになったかな。毎日、すぐそばで、リリーシャさんを見ていたから。見よう見まねでやってるうちに、自然に覚えた感じ』

 一応、学習ファイルでも、勉強はしたけど。結局、接客は、実践で覚えたほうが、早いと思う。それに、ほぼ全て、リリーシャさんを参考にしている。

 レビューサイトでも、リリーシャさんの接客は、常に満点が付いている。それ程、ハイレベルな接客なのだ。入社、初日から、毎日、最高レベルの接客を見て来たので、上手くなるのは、当然だよね。

『問題は、そこだよ。それは、風ちゃんだから、出来るの。私は、いくら学習ファイル読んでも、全くできないから』
『うーん、なんでだろ? ただ、挨拶して、楽しく話せば、いいだけだなのに』

『だーかーらー! それは、コミュ力が高い人の理論なの!! コミュ力が皆無の私には、難し過ぎて、分からないよー!』
『うーむ……そうなんだ?』

 人と仲良くなる方法とか、上手く話す方法は、今一つ上手く説明できない。特に、考えてやってないし。そのことで、今まで、一度も悩んだことがないからだ。誰とでも、気付いたら、いつの間にか、仲良くなってるもんね。

 そもそも、人って一緒にいれば、自然に、仲良くなるもんなんじゃないの? どんなに気難しい人でも、時間が解決してくれるし。普通の人なら、数分、話せば、仲良くなれると思う。

『エア・ドルフィンは、まだしも。接客のほうは、気が重いなぁ――』
『でも、友達とは、普通に話せてるんでしょ? 友達が作れるなら、普通に、コミュ力あるんじゃないの?』

『今、仲のいい子は、趣味が全く同じだから、話も合うし。私、思考が近い人とじゃないと、上手く、話せないんだよね』
『なら、違うタイプの子とも、友達になって見たら?』

 同じタイプに見えても、人の性格は、それぞれ違う。逆に言えば、真逆のタイプの人と、物凄く気が合う場合もある。こればかりは、付き合ってみないと、分からないんだよねぇ。

『でも、趣味の違う子と、どうやって話すキッカケ作ればいいか、分からないよ』
『そんなの、遊びに誘うだけでいいじゃん。一緒に遊ぶのが、仲良くなる、一番の早道だよ。おすすめは、カラオケ。ワイワイ盛り上がれば、すぐに仲良くなるよ』

 社会人が、飲みニケーションなら、学生は、カラオケ―ションだ。みんなで、大声を出して盛り上がれば、いつの間にか、仲間意識が芽生えてくる。

『えぇー?! 私、恥ずかしくて、みんなの前で歌うなんて、絶対に無理っ!』
『いやいや、お客様の前で、歌うんじゃないし。友達同士なら、別に恥ずかしがる必要ないよ。私も、そんなに歌、上手くないけど、よく行ってたし』

 大事なのは、ノリと勢いだ。楽しければ、上手い下手なんて、関係ないもんね。多少、音を外すぐらいは、愛嬌だ。
 
『うー……。そもそも、カラオケなんて、行ったことないもん』
『なら、今度、一緒に行こうか。私と二人なら、平気でしょ? 歌い方とか、盛り上げ方とか、色々教えてあげるよ』

『えぇっ、本当に? お願いします、風歌師匠!!』
『あははっ、どーんと、任せておいて!』

 特技と言えるかは、分からないけど。場を盛り上げるのは、結構、得意だ。伊達に、昔から『ムードメーカー』とか『晴れ女』って、言われてた訳じゃない。声もデカいし、元気は、あり余ってるんで。

 その後も、学校の話や世間話で盛り上がる。愚痴や弱音も、かなり出て来るけど、そもそも、本当の友達との会話って、こんなもんだよね。ようやくユメちゃんも、背伸びをせずに、等身大になれた気がする。

 この調子なら、学校は大丈夫そうだね。元々物凄く頭のいい子だから、シルフィードだって、難なくなれるはずだ。

 あとは、過度に干渉しない程度に、温かく成長を見守ってあげようと思う。私が今まで、先輩たちに、そうして貰っていたように……。


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次回――
『素直すぎる性格も考えものよね……』

 本当は嬉しくても、素直になれない人だっているわよ
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