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第7部 才能と現実の壁

2-2最近の新人はたるんでいるんじゃないの?

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 時間は、十一時四十分。私は、午前中の営業を終え〈ファースト・クラス〉の本社に、帰る途中だった。今日は、会社から紹介されたお客様の、観光案内を担当した。先ほど、予約を入れてあったレストランまで送ってきて、午前の業務は終了だ。

 本来は、会社まで送るのが、基本ルールだった。しかし、お客様が、足が不自由だったため、特別に、希望地に送迎してきたのだ。

 今回のお客様は、大陸から来た、年配の夫婦。〈グリュンノア〉に来るのは、初めてらしい。なので、シルフィードの観光案内も、初体験だった。

 何もかもが、初めての経験ばかりで、最初は、だいぶ戸惑っていた。年配のお客様は、こういうタイプの人が多い。しかし、一つずつ、丁寧に説明してあげたところ、しだいに馴染んで来たようで、観光をしっかり楽しんでいた。

 何でもそうだが、知らないことは、不安なので楽しめない。なので、どれだけ分かりやすく、かつ、詳しく知識を伝えてあげるかが、重要なのだ。

 私は、最新の情報だけでなく、全ての由来や歴史も、詳細に説明してあげる。特に『グリュンノア創世記』についてや『四魔女』の下りは、二人とも、とても興味深そうに聴いていた。年配の人は、割と、こういった歴史の話が好きだ。

 ただ、その場のノリやアドリブで、観光案内をするシルフィードも多い。しかし、結局は、全て理論だ。回る順番、スケジュールの組み方、知識の説明のしかた。私は、全てを理論的かつ、計画的に行っている。

 今回の案内も、完璧に、予定通りにできた。お客様も、充分に満足してくれたようだし、一つもミスはなかった。営業成績も、同期の中では常にトップで、今のところ順調だ。何事も、計画的にやってきた、賜物と言える。 

「午後も予約があるから、さっと、昼食を済ませてしまおうかしら」
 本当は、自室に戻って、静かに食事をしたい。一人の時間は、心の平穏のため、とても大切だ。ただ、時間があまりないので、適当に、カフェにでも入ることにした。

 店を探していると、住宅街の裏路地で、一台のエア・ドルフィンが、停まっているのを発見する。あれは、配送用の機体だと思う。町中で見かけるので、普段なら、特に気にしない。だが、違和感があり、目がとまったのだ。

 よく見ると、一生懸命、機体をいじっている。エンジン・トラブルか何かだろうか? でも、私には、全く関係ないことだ。しかし、通り過ぎようとした瞬間、その少年の表情を見て、スピードを緩めた。

 なぜなら、彼は、物凄く不安そうで、今にも、泣き出しそうな表情に見えたからだ。毎日、上空からお客様を探しているので、人の表情や感情まで、伝わって来てしまう。見つけてしまった以上、このまま、放っておく訳にもいかない。

「まったく、この忙しい時に……」
 私は、小さくぼやきながらも、その機体のすぐそばに、静かに着陸した。

 少年は集中しているのか、私が降り立ったのにも、気付いていない様子だった。案の定、不安で一杯の様子で、少し顔が青ざめていた。エア・ドルフィンの後部には、大きなボックスが付いており、配送の途中だったのだろう。

 背は私よりも低く、顔も幼く見える。頼りなさげな雰囲気が漂っているので、入ったばかりの、新人だろうか? 

「何か、お困りですか?」 
「えっ――?! あ、いいえ……はい」
 私が声を掛けると、彼は一瞬ビクッとしたあと、あたふたしながら答える。

 私は、ハッキリしない人間が、大嫌いだ。なので『どっちよ!』と、思わず突っ込みたくなった。だが、初対面なので、ここは、ぐっとこらえる。

「機体のトラブルかしら?」
「あぁ――はい、おそらく。エンジンが、全く動かなくなってしまったんです」

「少し、見せて貰えるかしら?」
「はっ、はい。お願いします……」

 私は、計器類を見ながら、ハンドルを握り、魔力を流し込んで行く。魔力ゲージは順調に伸びていくが、イエローゾーンに入ったところで、急に動かなくなった。

 計器の故障? もしくは、回路系かしら? でも、魔力ゲージが動いているということは、機器ではなく、ソフト的な問題の可能性もあるわね――。

 私は、マギコンを取り出すと、機体チェック用のアプリを立ち上げる。機体の制御プログラムに接続すると、すぐに、各種ステータス状況が表示された。

 数値は、どれも正常。機体のパーツには、特に異常がなさそうだ。そうなると、やはり、制御系プログラムのほうの問題ね。

「機体は、特に、問題がなさそうだわ。おそらく、制御系プログラムの問題なので、まずは、再起動ね。たいていは、それで直るから」
「なるほど……。えーっと、どうすれば――?」

 彼は、私の言った意味が、理解できていないのか、ボーッと立ち尽くしていた。

「まさか、プログラムの再起動のしかたも、知らないの?」
「す、すいません……。僕、機械系は、物凄く苦手で。それに、今年、入ったばかりなので――」
 
 やはり、新人のようだ。しかし、それとこれは、全く別問題だ。私だって、新人時代から、機体のメンテナンスは、自分でやっていたのだから。

「いくら新人だからとはいえ、メンテナンスについては、勉強しているのでしょ? 空で働く者にとって、基本中の基本よ」 
「うっ……すいません」

 私の一言に、彼の顔は、一層、暗く沈み込む。これでは、まるで、私が、彼をいじめているみたいだ。

 私は、軽くため息をつくと、少し語調を和らげ、静かに話し掛けた。

「私がやるから、ハンドルの下のパネルを、開けてちょうだい」
「あっ、はい――。ええと、どうやるんでしたっけ……?」
 
「ほら、ここよ、ここ。本人が魔力認証しないと、開かないのよ」
「あぁっ、そうでした――」

 彼は、アワアワしながら、魔力認証を行う。すると、小さなパネルが開いた。中には、赤いボタンが入っている。

 私は、彼と場所を入れ替わり、ボタンを長押しした。今度は、アプリのほうで、制御プログラムの、リセットを掛ける。

 魔力ゲージが、数回、点滅したあと、プログラムの再起動が始まった。あとは、全自動なので、特に難しいものではない。

 数分、待つと、完全に制御プログラムが再起動した。念のため、各種ステータスをチェックするが、特に異常はなかった。

 ハンドルを握り、再び、魔力を流し込んでみる。すると、ゲージがスーッと伸びていき、今度は難なく、グリーンゾーンまで進んで行った。スターター・ボタンを押すと、すぐに、エンジンが起動した。

「どうやら、機体には、問題がなさそうね。単に、制御プログラムの、誤動作だと思うわ。ただ、プログラムが、最新バージョンじゃないようだから、あとで、アップデートしておいた方がいいわよ」

 私は、機体のメンテナンス・チェックは、日々欠かさない。なので、機体の状況把握は、もちろんのこと。制御プログラムも、常に最新のものを使っていた。

〈ファースト・クラス〉には、専門の整備士が常駐しているが、定期メンテナンスや、パーツ交換以外は、自分でメンテナンスをしている。全て自分で出来てこそ、一人前の、シルフィードだからだ。

「あの、何とお礼を言っていいか。本当に、ありがとうございました」
 彼は、深々と頭を下げる。

「空で働く者として、いつ何があってもいいように、機体の整備ぐらい、自分で出来るようになりなさい。メンテナンスは、空を飛ぶ以前の問題よ」
「はい。勉強不足でした……」

 会社でも、研修はあるだろうし。それ以前に、学校で授業があったはずだ。シルフィード校の他にも、配送や飛行艇などの、スカイランナーの専門学校もある。皆、自分の就職する業種に合わせて、入学するのが普通だ。

 それにしても、シルフィードだけでなく、他の業種でも、新人はこの程度のレベルなのだろうか? 最近は、新人のレベルの低下が、非常に目に付く。私が、入社したばかりの時でも、この程度は、普通にできた。完全に、勉強不足だ。

 とはいえ、他社の、しかも、他業種の新人に文句を言っても、しょうがないわね。少し、言い過ぎてしまったかしら?

 自社の新人には、かなり厳しく接しているため、キツイ物言いが、癖になっているのかもしれない。人助けをしたというのに、落ち込んでいる彼を見て、少し罪悪感を覚えてしまった。

「それじゃ、私は、次の予定があるから、失礼するわ」
 重い空気のうえに、余計な時間を消費してしまったので、足早に立ち去ろうとする。だが、後ろから、声を掛けられた。

「あのっ、お礼をさせていただけませんか?」
「は――? お礼なら、今言ったじゃないの」

「いえ、そういうことではなく。正式なお礼を、後ほど、させていただきますので。連絡先を、教えていただけませんか?」
「いいわよ、そんな。この程度のことで」

 これぐらいは、メンテナンスの内にも入らない。

「でも、それだと、僕の気が済まないんです。お願いします」
 彼は、物凄く真剣な表情で、何やら必死な感じがした。

 なんで、そこまで……? 律儀なのは、いいことだけど、大げさ過ぎない? とはいえ、礼節や筋は大切だし。ここで、お礼を断るのも、失礼かしら?

 私は、少し考えたあと、渋々マギコンを取り出した。本当は、見ず知らずの人間と、ID交換などしたくないのだが。成行上、しかたがないだろう。

ELエルのIDで、いいかしら?」
「はいっ、ありがとうございます!」
 彼は、急に明るい表情になった。

「あのっ、配達の途中なので、今は失礼します。本当に、ありがとうござました」
 ID交換が終わると、彼は一礼したあと、大急ぎで機体に乗り込み、飛んでいく。

 終始あたふたしていたし、あんなので、大丈夫なんだろうか? 最初は皆、未熟だが、うちの会社の新人だって、あそこまで酷くはない。

「まぁ、二度と会うこともないだろうし、私には、関係ないことね。それより、時間を無駄にした分、急がないと」
 
 私は、エア・ドルフィンに乗り込むと、静かに飛び去って行った……。


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次回――
『月のように静かな光が好きな人だって沢山いるさ』
 
 花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは
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