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第7部 才能と現実の壁
1-4中身だけじゃなく外見や世間体も大事なのかも
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夕方、六時ごろ。私は、エア・ドルフィンに乗って、町の上空をゆっくり飛んでいた。五時に仕事が終わったあと。夕飯のパンを買うついでに、空の散歩をするのが、日課になっていた。
同じ町でも、時間帯によって、まるで表情が違う。早朝の爽やかで、無色透明な景色。昼間の活気ある、黄色い景色。夕暮れ時の生活感が漂う、オレンジ掛かった景色。同じ町とは思えないぐらいに、雰囲気や見え方が違う。
私は、この時間の景色が大好きだ。町中の建物に灯りがつき始め、皆、仕事を終えて、のんびり帰宅したり、食事などに繰り出したり。オレンジ色に染まる世界の中、まったりした、平和で温かい空気が流れている。
そんな穏やかな町の様子を、リラックスして眺めながら、アパートに帰って来た。敷地の端の駐機スペースに、エア・ドルフィンを停めると、買ってきたパンの袋を大事に抱え、自分の部屋に向かう。
軽い足取りで、アパートの入り口をくぐった瞬間、横から声を掛けられた。
「なんだ、食事はパンだけか?」
ノーラさんは、腕を組みながら、こちらをジーッと見ていた。別に、睨んでいる訳じゃないけど、眼光がとても鋭い。
「いやぁ、シンプルな食生活が、習慣になってしまったので」
よく言えばシンプル。悪く言えば、超手抜きの、寂しい食卓だ。
「まったく、相変わらずだな。夕飯の準備ができてるから、うちで食べていきな」
「えっ、いいんですか?」
「栄養失調で倒れたりでもしたら、シャレにならないだろ?」
「あははっ……確かに」
見習い時代は、ノーラさんの出してくれる豪華な食事が、生命線になっていた。明らかに、生活費が足りなかったし。育ち盛り私には、全然、カロリーが足りていなかったので。
ただ、昇級して一人前になったあとも、こうして、定期的に食事に誘ってくれる。ノーラさんの料理は、抜群に美味しいうえに、とても栄養バランスがいい。なので、健康維持の観点からも、非常に助かっていた。
私は、食事のお招きにあずかり、部屋の中に入って行った。入り口をくぐって、ダイニングに向かうと、テーブルの前に静かに座る。もう、すっかり来慣れているので、実家みたいな感覚だ。最初は緊張してたけど、今は、来るとホッとする。
テーブルの上には、サラダ、ハム、パン、牛乳、チーズが置いてあり、あらかじめ準備して、待ってくれていたようだ。焼き立てのパンの、香ばしい匂いが、食欲をかき立てる。台所のほうからも、とてもいい香りが漂って来た。
しばらくすると、目の前にはスープ、アクアパッツア、ステーキが置かれていた。どれも滅茶苦茶、美味しそうで、なにから食べるか、迷ってしまう。
見た目も凄く豪華で、まるで、本格的なレストランにでも、来た感じだ。特に、鉄板がジュウジュウと音を立てている、厚切りステーキに、目が釘付けになっていた。
「うわぁー、超豪華ですね! こんな、高そうなステーキ、いいんですか?」
「大げさだな。今の給料なら、これぐらい、普通に食べられるだろ?」
「そうなんですけど。高級品には、なかなか手が出せなくて――」
「ま、冷めないうちに、食べな」
「はい。大地の恵みに感謝します」
両手を組んで、お祈りをささげたあと、さっそくスプーンを手にする。
まずは、スープを一口。トマト味のスープの酸味が、とても爽やかで食べやすい。気温が高くなると、酸味のある料理が、妙に美味しく感じるよね。
次に、焼き立てのパンに、生ハムとチーズを載せて食べる。うーん、これも最高に美味しい。ハムとチーズも、かなりいい物みたいだけど、何より、焼き立てパンの、甘くてフワフワの食感が、たまらなかった。
お次は、大きな貝と白身魚の入った、アクアパッツア。これは、たくさんの魚介類を、煮込んだ料理だ。身も大きいし、ノア産の新鮮な魚介類は、最高に美味だ。味付けも絶妙で、文句のつけようがない。
最後は、いよいよメインディッシュの、厚切りステーキだ。ナイフをれると、何の抵抗もなく、スーッと切れてしまった。肉の断面からは、ジュワーっと肉汁があふれ出し、同時に甘い油の香が漂ってくる。
物凄く柔らかな肉質と、何とも言えない甘い香り。これは、高級ブランドの『ノア牛』に違いない。大陸では、そうとうな高値で取引されており、向こうの世界の『松坂牛』と同じ扱いだ。
口の中に入れ、一口かみしめると、驚くほど多くの肉汁が、プシューっとほとばしる。甘く濃厚で、ソースとのハーモニーが素晴らしい。しかも、滅茶苦茶やわらかく、口の中でとろける感覚だ。
『本当にいい肉は飲み物だ』と、誰かに聞いた記憶がある。でも、それは間違いない。本当に、口の中で、溶けてなくなってしまうのだから。
「うーん、美味しい! 生きててよかったー!!」
「本当に、旨そうに食うな。いったい、普段、何を食べてるんだ?」
「んー、基本的には、見習い時代と同じですね。友達と外食する時は、レストランとかに、行きますけど。それ以外は、相変わらず、パンと水だけです」
「いい加減、その生活、やめたらどうだ? そこまで、金がない訳じゃないだろ?」
確かに、今は、お金に余裕ができた。階級が上がる度に昇給するので、この二年で、大幅にお給料が増えた。さすがに、エア・マスターにもなると、十分、自活できるだけの収入が得られる。
「それも、そうなんですけど。これだけは、変えられないんですよね。私は、この世界では、一人ですし。いつ、何があるか、分からないので。しっかり、貯えておかないと」
「でも、一番は、変えたくないのかもしれません。色んなものが、どんどん変わっていっちゃうので。自分の根っこの部分だけは、最初のころのままに、しておきたくて」
時の経過と、昇級する度に、自分の周囲が、どんどん変わっていく。嬉しい反面、不安な想いもある。
けっして、今の立場の、自覚がない訳じゃない。でも、自分が自分らしくあるためには、変えてはいけないものも、あると思うのだ。
「それにしたって、節約し過ぎじゃないのか? 今はもう、立派な一人前。つまり、れっきとした社会人だ。それなら、それに、ふさわしい生活があるだろ? そもそも、お前、いつまで、あの屋根裏部屋に、居座るつもりなんだ?」
「えーっと……あの部屋、いちゃダメなんですか?」
「ダメではないが、あそこは、元々物置だぞ。行き場のない家出娘がいたから、やむを得ず、提供しただけで。本来、貸し出すような部屋じゃないからな」
「あははっ――ですよねぇ」
ノーラさんは、住む場所すらなく、路頭に迷っていた私を見かねて、協力してくれたのだ。あの時は、どこも行く所がなかったので、本当に助かった。実家にも、帰れない状況だったし。
「別に、このアパートから、出ていけとは言わないが。普通の部屋も、空きがあるから。せめて、そっちの部屋に移ったらどうだ? 部屋を借りられるぐらいの給料は、もらってるんだろ?」
お給料は、私の今の営業成績を考えたら、多すぎるほど貰っている。元々見習い時代から、うちの会社は、お給料が多目だったからね。もちろん、ここを出て、部屋を借りて生活することだって可能だ。
「それも、考えたには、考えたんですけど。もうしばらく、あの屋根裏を、使わせてもらえませんか? 私自身は、まだ、色々と納得できていなくて」
「エア・マスターになったとはいえ、お客様も、少ないし。技術も、まだまだなので。気持ち的には、見習いと変わらないんですよね。なまじ、リリーシャさんが、凄すぎるので……」
どんなに階級が上がっても、相変わらず、リリーシャさんの背中は、果てしなく遠い。私が成長しても、さらに、その先に行ってしまっている。リリーシャさんだって、成長するんだから、当然だよね。
「リリー嬢ちゃんと比較しても、しょうがないだろ。階級や経験だけじゃなく、元の出来が違うんだから」
「んがっ――。確かに、リリーシャさんは、器用だし、頭もいいし、学校を首席卒業してるし。赤点ギリギリの私とでは、出来が違いすぎですよね」
私とリリーシャさんの、決定的な違いは、同じことをやっても、余裕があるかどうかだ。私は、いつもギリギリでやってるのに、リリーシャさんは、何事も余裕を持ってこなしている。悲しいけど、それが、才能の差ってものだろう……。
「だが、勘違いするなよ。リリー嬢ちゃんは、私が知る限り、誰よりも努力家だ。決して、天才とか、生まれ持った才能じゃない。どちらかというと、不器用だからな」
「えぇっ?! あの何でもできるリリーシャさんが、不器用なんですか?」
「小さかったころは、泣き虫で、気弱で、何もできない子だったからな。でも、出来ないことは、出来るようになるまで頑張る。それを、努力家って言うんだろ?」
「あぁー、確かに――」
でも、あのリリーシャさんが、何もできない子だったなんて、信じられない。人は努力しだいで、こうも、変わるものなんだろうか?
「お前が、リリー嬢ちゃんに敵わないのは、単に努力の量が違うからだ」
「うぐっ……。それは、返す言葉もありません――」
リリーシャさんは、何事に関しても、物凄く真剣だ。絶対に手を抜いたり、気を抜いたりはしない。地位や人気を築き上げた今でも、見えないところで、色々努力をしているのかもしれない。基本、弱みや努力は、他人に見せないタイプなので。
私と同じか、それ以上に努力しているんだったら、簡単には、追いつけるはずがないよね。
「屋根裏部屋は、当面、使っていても構わないが。そろそろ、将来のことも、しっかり考えろよ」
「もちろん、考えてますよ。私は、今のままで終わるつもりは、全くありませんから。絶対に、上を目指します」
お客様もとれずに、前途多難だけど。てっぺんを目指すために、今私は、ここにいるのだから。
「なら、なおのこと、住む場所も考えろ。上位階級のシルフィードが、屋根裏に住んでいますじゃ、様にならないからな。この業界は、形が大事なんだよ。ボロアパートに住んでるシルフィードに、憧れるやつが、いると思うか?」
「技術や知識も重要だが、もう少し、世間体や外見も考えろ。シルフィードの人気ってのは、全てを総合したものなんだよ。もし、これ以上を目指すならな」
ノーラさんは、とても真剣な表情で語る。
確かに、そうなのかもしれない。何事も、形から入るって、大事だもんね。上位階級のシルフィードは、みんな、外見からして魅力的だ。
以前、ノーラさんの現役時代の写真を見たけど、ビシッと制服を着こなし、とても凛々しい美しさだった。あと、アパートを引き継ぐ前は〈南地区〉の海沿いの、大きな一軒家に住んでいたらしい。
今は、ただのアパートの大家さんだけど。昔は、いかにも、上位階級といった雰囲気を醸し出していた。やっぱり、立場上、意識的に、そうしてたんだと思う。
「まぁ、お前の場合、いくら頑張っても、外見は変わらないだろうけどな」
「ちょっ……美人じゃないですけど『元気があっていいね』とか『笑顔が素敵だね』って、よく言われるんですよ!」
「そりゃ、他に褒めるところが、何もないからだろ?」
「んがっ――。私だって、その内、もっとキレイになりますから!」
ノーラさんは、ゲラゲラと大笑いする。
でも、冗談抜きで、外見やら世間体やらも、そろそろ、気にしないと、いけないのかもしれない。シルフィードは、上品さや美しさの、代名詞なので。
中身も外見も、すべて含めて、成長して行かないとね……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『目の前の壁が気が遠くなるほど高過ぎる……』
立ちはだかる巨大な壁も、見方を変えたら大きな扉!
同じ町でも、時間帯によって、まるで表情が違う。早朝の爽やかで、無色透明な景色。昼間の活気ある、黄色い景色。夕暮れ時の生活感が漂う、オレンジ掛かった景色。同じ町とは思えないぐらいに、雰囲気や見え方が違う。
私は、この時間の景色が大好きだ。町中の建物に灯りがつき始め、皆、仕事を終えて、のんびり帰宅したり、食事などに繰り出したり。オレンジ色に染まる世界の中、まったりした、平和で温かい空気が流れている。
そんな穏やかな町の様子を、リラックスして眺めながら、アパートに帰って来た。敷地の端の駐機スペースに、エア・ドルフィンを停めると、買ってきたパンの袋を大事に抱え、自分の部屋に向かう。
軽い足取りで、アパートの入り口をくぐった瞬間、横から声を掛けられた。
「なんだ、食事はパンだけか?」
ノーラさんは、腕を組みながら、こちらをジーッと見ていた。別に、睨んでいる訳じゃないけど、眼光がとても鋭い。
「いやぁ、シンプルな食生活が、習慣になってしまったので」
よく言えばシンプル。悪く言えば、超手抜きの、寂しい食卓だ。
「まったく、相変わらずだな。夕飯の準備ができてるから、うちで食べていきな」
「えっ、いいんですか?」
「栄養失調で倒れたりでもしたら、シャレにならないだろ?」
「あははっ……確かに」
見習い時代は、ノーラさんの出してくれる豪華な食事が、生命線になっていた。明らかに、生活費が足りなかったし。育ち盛り私には、全然、カロリーが足りていなかったので。
ただ、昇級して一人前になったあとも、こうして、定期的に食事に誘ってくれる。ノーラさんの料理は、抜群に美味しいうえに、とても栄養バランスがいい。なので、健康維持の観点からも、非常に助かっていた。
私は、食事のお招きにあずかり、部屋の中に入って行った。入り口をくぐって、ダイニングに向かうと、テーブルの前に静かに座る。もう、すっかり来慣れているので、実家みたいな感覚だ。最初は緊張してたけど、今は、来るとホッとする。
テーブルの上には、サラダ、ハム、パン、牛乳、チーズが置いてあり、あらかじめ準備して、待ってくれていたようだ。焼き立てのパンの、香ばしい匂いが、食欲をかき立てる。台所のほうからも、とてもいい香りが漂って来た。
しばらくすると、目の前にはスープ、アクアパッツア、ステーキが置かれていた。どれも滅茶苦茶、美味しそうで、なにから食べるか、迷ってしまう。
見た目も凄く豪華で、まるで、本格的なレストランにでも、来た感じだ。特に、鉄板がジュウジュウと音を立てている、厚切りステーキに、目が釘付けになっていた。
「うわぁー、超豪華ですね! こんな、高そうなステーキ、いいんですか?」
「大げさだな。今の給料なら、これぐらい、普通に食べられるだろ?」
「そうなんですけど。高級品には、なかなか手が出せなくて――」
「ま、冷めないうちに、食べな」
「はい。大地の恵みに感謝します」
両手を組んで、お祈りをささげたあと、さっそくスプーンを手にする。
まずは、スープを一口。トマト味のスープの酸味が、とても爽やかで食べやすい。気温が高くなると、酸味のある料理が、妙に美味しく感じるよね。
次に、焼き立てのパンに、生ハムとチーズを載せて食べる。うーん、これも最高に美味しい。ハムとチーズも、かなりいい物みたいだけど、何より、焼き立てパンの、甘くてフワフワの食感が、たまらなかった。
お次は、大きな貝と白身魚の入った、アクアパッツア。これは、たくさんの魚介類を、煮込んだ料理だ。身も大きいし、ノア産の新鮮な魚介類は、最高に美味だ。味付けも絶妙で、文句のつけようがない。
最後は、いよいよメインディッシュの、厚切りステーキだ。ナイフをれると、何の抵抗もなく、スーッと切れてしまった。肉の断面からは、ジュワーっと肉汁があふれ出し、同時に甘い油の香が漂ってくる。
物凄く柔らかな肉質と、何とも言えない甘い香り。これは、高級ブランドの『ノア牛』に違いない。大陸では、そうとうな高値で取引されており、向こうの世界の『松坂牛』と同じ扱いだ。
口の中に入れ、一口かみしめると、驚くほど多くの肉汁が、プシューっとほとばしる。甘く濃厚で、ソースとのハーモニーが素晴らしい。しかも、滅茶苦茶やわらかく、口の中でとろける感覚だ。
『本当にいい肉は飲み物だ』と、誰かに聞いた記憶がある。でも、それは間違いない。本当に、口の中で、溶けてなくなってしまうのだから。
「うーん、美味しい! 生きててよかったー!!」
「本当に、旨そうに食うな。いったい、普段、何を食べてるんだ?」
「んー、基本的には、見習い時代と同じですね。友達と外食する時は、レストランとかに、行きますけど。それ以外は、相変わらず、パンと水だけです」
「いい加減、その生活、やめたらどうだ? そこまで、金がない訳じゃないだろ?」
確かに、今は、お金に余裕ができた。階級が上がる度に昇給するので、この二年で、大幅にお給料が増えた。さすがに、エア・マスターにもなると、十分、自活できるだけの収入が得られる。
「それも、そうなんですけど。これだけは、変えられないんですよね。私は、この世界では、一人ですし。いつ、何があるか、分からないので。しっかり、貯えておかないと」
「でも、一番は、変えたくないのかもしれません。色んなものが、どんどん変わっていっちゃうので。自分の根っこの部分だけは、最初のころのままに、しておきたくて」
時の経過と、昇級する度に、自分の周囲が、どんどん変わっていく。嬉しい反面、不安な想いもある。
けっして、今の立場の、自覚がない訳じゃない。でも、自分が自分らしくあるためには、変えてはいけないものも、あると思うのだ。
「それにしたって、節約し過ぎじゃないのか? 今はもう、立派な一人前。つまり、れっきとした社会人だ。それなら、それに、ふさわしい生活があるだろ? そもそも、お前、いつまで、あの屋根裏部屋に、居座るつもりなんだ?」
「えーっと……あの部屋、いちゃダメなんですか?」
「ダメではないが、あそこは、元々物置だぞ。行き場のない家出娘がいたから、やむを得ず、提供しただけで。本来、貸し出すような部屋じゃないからな」
「あははっ――ですよねぇ」
ノーラさんは、住む場所すらなく、路頭に迷っていた私を見かねて、協力してくれたのだ。あの時は、どこも行く所がなかったので、本当に助かった。実家にも、帰れない状況だったし。
「別に、このアパートから、出ていけとは言わないが。普通の部屋も、空きがあるから。せめて、そっちの部屋に移ったらどうだ? 部屋を借りられるぐらいの給料は、もらってるんだろ?」
お給料は、私の今の営業成績を考えたら、多すぎるほど貰っている。元々見習い時代から、うちの会社は、お給料が多目だったからね。もちろん、ここを出て、部屋を借りて生活することだって可能だ。
「それも、考えたには、考えたんですけど。もうしばらく、あの屋根裏を、使わせてもらえませんか? 私自身は、まだ、色々と納得できていなくて」
「エア・マスターになったとはいえ、お客様も、少ないし。技術も、まだまだなので。気持ち的には、見習いと変わらないんですよね。なまじ、リリーシャさんが、凄すぎるので……」
どんなに階級が上がっても、相変わらず、リリーシャさんの背中は、果てしなく遠い。私が成長しても、さらに、その先に行ってしまっている。リリーシャさんだって、成長するんだから、当然だよね。
「リリー嬢ちゃんと比較しても、しょうがないだろ。階級や経験だけじゃなく、元の出来が違うんだから」
「んがっ――。確かに、リリーシャさんは、器用だし、頭もいいし、学校を首席卒業してるし。赤点ギリギリの私とでは、出来が違いすぎですよね」
私とリリーシャさんの、決定的な違いは、同じことをやっても、余裕があるかどうかだ。私は、いつもギリギリでやってるのに、リリーシャさんは、何事も余裕を持ってこなしている。悲しいけど、それが、才能の差ってものだろう……。
「だが、勘違いするなよ。リリー嬢ちゃんは、私が知る限り、誰よりも努力家だ。決して、天才とか、生まれ持った才能じゃない。どちらかというと、不器用だからな」
「えぇっ?! あの何でもできるリリーシャさんが、不器用なんですか?」
「小さかったころは、泣き虫で、気弱で、何もできない子だったからな。でも、出来ないことは、出来るようになるまで頑張る。それを、努力家って言うんだろ?」
「あぁー、確かに――」
でも、あのリリーシャさんが、何もできない子だったなんて、信じられない。人は努力しだいで、こうも、変わるものなんだろうか?
「お前が、リリー嬢ちゃんに敵わないのは、単に努力の量が違うからだ」
「うぐっ……。それは、返す言葉もありません――」
リリーシャさんは、何事に関しても、物凄く真剣だ。絶対に手を抜いたり、気を抜いたりはしない。地位や人気を築き上げた今でも、見えないところで、色々努力をしているのかもしれない。基本、弱みや努力は、他人に見せないタイプなので。
私と同じか、それ以上に努力しているんだったら、簡単には、追いつけるはずがないよね。
「屋根裏部屋は、当面、使っていても構わないが。そろそろ、将来のことも、しっかり考えろよ」
「もちろん、考えてますよ。私は、今のままで終わるつもりは、全くありませんから。絶対に、上を目指します」
お客様もとれずに、前途多難だけど。てっぺんを目指すために、今私は、ここにいるのだから。
「なら、なおのこと、住む場所も考えろ。上位階級のシルフィードが、屋根裏に住んでいますじゃ、様にならないからな。この業界は、形が大事なんだよ。ボロアパートに住んでるシルフィードに、憧れるやつが、いると思うか?」
「技術や知識も重要だが、もう少し、世間体や外見も考えろ。シルフィードの人気ってのは、全てを総合したものなんだよ。もし、これ以上を目指すならな」
ノーラさんは、とても真剣な表情で語る。
確かに、そうなのかもしれない。何事も、形から入るって、大事だもんね。上位階級のシルフィードは、みんな、外見からして魅力的だ。
以前、ノーラさんの現役時代の写真を見たけど、ビシッと制服を着こなし、とても凛々しい美しさだった。あと、アパートを引き継ぐ前は〈南地区〉の海沿いの、大きな一軒家に住んでいたらしい。
今は、ただのアパートの大家さんだけど。昔は、いかにも、上位階級といった雰囲気を醸し出していた。やっぱり、立場上、意識的に、そうしてたんだと思う。
「まぁ、お前の場合、いくら頑張っても、外見は変わらないだろうけどな」
「ちょっ……美人じゃないですけど『元気があっていいね』とか『笑顔が素敵だね』って、よく言われるんですよ!」
「そりゃ、他に褒めるところが、何もないからだろ?」
「んがっ――。私だって、その内、もっとキレイになりますから!」
ノーラさんは、ゲラゲラと大笑いする。
でも、冗談抜きで、外見やら世間体やらも、そろそろ、気にしないと、いけないのかもしれない。シルフィードは、上品さや美しさの、代名詞なので。
中身も外見も、すべて含めて、成長して行かないとね……。
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『目の前の壁が気が遠くなるほど高過ぎる……』
立ちはだかる巨大な壁も、見方を変えたら大きな扉!
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