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第6部 飛び立つ勇気

5-9限界を超えて私はどこまでも進み続ける……

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 四月一日。この世界では、向こうとは、季節が一ヶ月ずれているので、今日から春が始まる。陽気も良くなり、あちこちで、綺麗な花が咲いていた。こちらの世界にも、桜があって、沢山の桜が、美しく咲き乱れている公園もあった。

 この世界では、花見の習慣はないけど、今月は『フラワー・フェスティバル』が行われる。これは、町中を花で飾り付けたり、世界中の花が集められたり、どこもかしこも花であふれかえる、とても春らしいイベントだ。

 私は、桜を見ると、入学式を思い浮かべる。でも、こちらの世界は、入学や入社などの、新年度の行事は、一月だ。ただ、春の訪れを祝うお祭りとして、毎年、四月に『フラワー・フェスティバル』が、盛大に行われている。

 イベントの開催に向け、町のあちこちで、どんどん、花が増えてきていた。一般家庭でも、この時期には、沢山の植木鉢をおいたり、フラワーリースを飾ったりする。この町の人たちは、イベントの参加が積極的だよね。

 そんな中、私はユメちゃんの家に来ていた。広大な敷地では、プロの庭師の人たちが、本格的に手入れをしている最中だった。あちこちの花壇に、綺麗な花を植えている。流石は、大富豪。ちょっとしたイベントでも、スケールが物凄く大きい。

 私は今、リチャードさんや、何人ものメイドさんたちが見守る中、エア・ドルフィンに乗っていた。後部座席には、ユメちゃんが座っている。

 ここ最近、近場を中心に、ユメちゃんを乗せて、お出掛けをしていた。最初は、敷地内を低空飛行していたけど、しだいに慣れて来て、近所であれば、出かけられるようになった。

 もちろん、まだ、全てを克服した訳じゃない。でも、敷地の外に出られるようになったり、空を飛べるようになったのは、目覚ましい進歩だった。

 今日は、ユメちゃんの希望で、街を一周をすることになっていた。今までにない、かなりの遠出だ。でも、ユメちゃんにとっては、新しい挑戦であり、卒業試験的な感じでもある。

『これが上手く行けば、一歩前に進めるかもしれない』と、彼女は言っていた。確かに、街を一周するぐらいのことが出来れば、もう、何も恐れるものはないと思う。

 それに、これは、私にとっても、とても大切な行事だった。ずっと前に『一人前になったら、ユメちゃんを乗せて、町中を案内する』って、ELエルで約束してたから。まさか、こんなに早く、実現するとは思わなかったけど。

 あと、私、一人前になってから、ちゃんとした観光案内って、初めてなんだよね。いつも、ただの道案内ばかりだから。なので、お互いにとって、色んな意味で、記念すべき日だった。

「それでは、如月様。くれぐれも、お嬢様を、よろしくお願いいたします」
「はい。責任を持って、お預かりいたします」

 リチャードさんを始め、一緒にいたメイドさんたちが、一斉に頭を下げる。皆に見送られる中、私はエンジンを起動し、ゆっくりと浮上して行った。広大な敷地が、少しずつ離れて、小さくなって行く。

 まず最初に〈西地区〉を回る。そのあと〈中央区〉〈北地区〉〈東地区〉〈南地区〉〈新南区〉の順に回る予定だ。

 本当は〈西地区〉は、一番、最後にしようと思っていた。なぜなら〈西地区〉を回ると、嫌でも、事故のあった場所に、行くことになるからだ。今までも、事故現場の付近は、ずっと避けていた。

 しかし、最初に〈西地区〉を回るのを提案したのは、ユメちゃん自身だった。しかも、いきなり最初に『天使像』に向かうことを希望したのだ。『ケジメを付けないと、前に進めないから』という彼女の言葉から、並々ならぬ、強い決意を感じた。

 私の後方からは、ユメちゃんの緊張感が、ヒシヒシと伝わってくる。私だって、ツバサさんから話を聴いた直後は、しばらく、近づくのを避けていたぐらいだ。事故の当事者であるユメちゃんは、想像を絶するほどの、プレッシャーだと思う。

 私は、彼女が気持ちを落ち着ける時間を作るため、できるだけ、ゆっくり飛んで行く。それでも、徐々に目的地が近づいて来た。

「ユメちゃん、大丈夫……?」 
「うん、平気。風ちゃんが、一緒にいてくれるから」
 
 緊張した声を聴く限り、全然、平気じゃないのが分かる。それでも、彼女は、明るく振る舞っていた。

〈ウインド・ストリート〉の上空に着くと、真っ直ぐ、西に向かって行く。しばらく進むと、白い天使像が見えてきた。私は、広場の端のスペースを見つけると、ゆっくり高度を落として行った。

 静かに着陸すると、そっと声を掛ける。

「着いたよ、ユメちゃん。行けそう?」
「うん。でも、ゴメン。ちょっとだけ、時間ちょうだい――」 
「大丈夫。ゆっくりで、いいからね」
 
 ユメちゃんの小さな手が、私の背中に、そっと触れた。ユメちゃんの心の中の、大きな葛藤と不安が、伝わって来るような気がする。

 数分が経過し、
「ゴメン、お待たせ。もう、大丈夫だから」
 小さな声が返って来た。

 私は、先にエア・ドルフィンを降りると、手を差し出して、ユメちゃんを機体から降ろす。ユメちゃんの左手には、大事そうに、花束が抱えられていた。

「じゃ、行こうか」  
「うん……」

 ユメちゃんは、明らかに顔色が悪い。つないだ手も、心なしか冷たい気がする。それでも彼女は、ゆっくりと、一歩ずつ前に進んで行く。

 私たちは、天使像の裏側に回り込んだ。そこには、いつにも増して、沢山の花が置いてあった。おそらく、イベントの影響だろう。

 ユメちゃんは、私の手をそっと離すと、静かに献花の前に進んだ。私は、少し離れたところから、その様子をじっと見守る。

 彼女は、ゆっくりと花を置くと、両手を組み、目を閉じた。人通りが多く賑やかな空間に、時が止まったかのような、静寂が訪れた気がする。

 しばらくして、ユメちゃんは、小さな声で呟いた。

「来るのが遅くなって、本当に、ごめんなさい。命がけで助けてくれたのに――。もっと早く、お礼を言いに来るべきだったのに。私が、現実と向かい合う、勇気がなかったから……」 

「せっかく、助けてもらった命なのに、無駄に使ってごめんなさい――。私、一人だけが生き残ったのに。勝手に、自分が不幸だと思いこんで、殻に閉じこもってしまって……」 

「でも、これからは、真っ直ぐ前を向いて、歩いて行きます。あなたに貰ったこの命、大事に使って、一生懸命、生きて行きます。本当に、ありがとうございました」

 ユメちゃんは、像に向かって深々と頭を下げた。私も目を閉じ、静かに頭を下げる。

 私が目を開けたあとも、彼女は、頭を下げ続けていた。私は、その姿を、静かに見守った。

 しばらくして、ゆっくり振り返ると、彼女は、目頭の涙を指で拭きながら、こちらに戻って来た。

「風ちゃん、ゴメンね。待たせちゃって」
「ううん、気にしないで。それより、アリーシャさんとは、お話しできた?」

「うん。お詫びもお礼も、ちゃんと言えた。私、ちゃんと、許してもらえるかな?」
「許すも何も、最初から、怒ってなんかないよ。滅茶苦茶、器の大きな人だもん。ユメちゃんが元気になって、凄く喜んでると思うよ」

 アリーシャさんは、自由闊達で、物凄く大らかな人だったらしい。あの飄々としたツバサさんが『とても楽天的な人だった』と言うぐらいだから、間違いないと思う。

「だとしたら――嬉しいな」
 ずっと張りつめていたユメちゃんが、ようやく、明るい笑顔を浮かべた。

「じゃ、行こうか。今日のメインは、ノア観光だからね」
「うん。行きたいところ、超いっぱい有るんだけど」

「よーし、なら、片っ端から回って行くぞー!」
「おぉー!」

 こうして私たちは〈天使広場〉を飛び立ち、町を一周する観光に向かう。チラリと下を見た時、心なしか、天使像が、微笑んでいるように見えた……。

 
 ******


 私たちは、予定通り〈中央区〉から順に回って行った。まずは、お約束の〈シルフィード像〉から。そのあとは〈北地区〉の牧場に行って、ソフトクリームを食べたり。私の行きつけの〈東地区商店街〉も案内する。

 ユメちゃんは、まるで、この町に初めて来た観光客のように、物凄くはしゃいでいた。どうやら、昔から、行動範囲は狭かったみたいだ。学校も、ずっと〈西地区〉だったので、それ以外の地区は、ほとんど行ったことがないらしい。

 でも、これほど喜んでくれると、実に観光案内のし甲斐がある。意外と、ノリのいいお客様って、少ないからね。

 私たちは、観光名所や、人気のお店を、次々と回って行く。ユメちゃんの希望で、雑誌にのっていたお店を、片っ端から見て行った。物凄く流行には敏感だし、こうして見ると『今時の若者だなぁー』って感じがする。

 考えて見れば、今までもELのやり取りで、いつもユメちゃんから、流行の情報を教えてもらってたもんね。

 その後も、順番に各地区を移動し〈新南区〉を一周したあと、スタート地点の〈西地区〉に戻って来た。私たちが、最後に向かったのは〈サファイア・ビーチ〉だ。

〈西地区〉は、観光客が多いが、今はシーズンオフなので、海の近くは空いていた。それに、日が水平線に沈みかけている夕方なので、砂浜には誰もおらず、完全に貸し切り状態だった。

 私たちは、二人並んで、波の音を聴きながら、赤く染まる夕日を眺めていた。先ほどから、ユメちゃんは、ずっと黙り込んでいる。

 散々、はしゃぎ回ったので、疲れてしまったのだろうか? でも、表情は、どことなく真剣で、何か考え事をしているように見える。私は、彼女が口を開くまで、じっと待つことにした。

 それから、だいぶ時間が経ち、ようやくユメちゃんのほうから、声を掛けてくる。

「風ちゃん、今日は本当にありがとう。一日中、私のわがままに付き合ってくれて」
「こちらこそ、ありがとう。私、一人前になってから、ちゃんとした観光案内、初めてなんだよね。第一号のお客様が、ユメちゃんで、本当に良かった」

「そうなんだ――?」
「うん。ちゃんと、以前の約束、守れたね」

 二人で視線を合わせると、お互いにそっと微笑む。

「私ね、ここのところ毎日、ずっと考えてたんだ。これから先、どうするべきなのか? これからの人生、どうやって生きて行くべきなのか?」

「でも、いざ考えて見ると、何も分からなくて。偉そうに、他人のアドバイスをしてたくせに、自分のことは、何も分からないなんて。おかしいよね……」

 頭のいいユメちゃんなら、何でも分かっていると、思ってた。でも、そんなことないよね。この世の中は、分からないことだらけだ。特に、自分のことほど、よく分からない。

「それが、普通なんだと思うよ。他人のことは、よく見えても、自分のことって、本当に分からないもん。私もそうだし」
 
「でも、風ちゃんには、明確な夢や目標があるじゃない? それって、自分が、ちゃんと見えてるからじゃないの?」

「そんな、カッコイイものじゃないよ。ちゃんと見えてたら、親と喧嘩して、家出なんかしないし。色んな物が見えてきたのは、こっちに来てから。それでも、まだ見えてないものが多くて。たぶん、人生の一割も、見えてないんじゃないかな?」

 これから先、どんな生き方をするのか。どんな人生のなるのか。そんなものは、サッパリ分からない。ただ、漠然とした、夢や希望があるだけだ。

「物凄く、ひた向きに頑張ってるのに。そんなものなの?」

「うん、そんなもんだよ。きっと人はね、よく分かんないから、頑張るんだと思う。何となく、そっちかなぁ、って方向に、必死に進んで行く。もし、明確に分かってたら、そんなに、頑張らないんじゃないかな?」

「言われてみれば、そうかもね――」

 私は、考えるの苦手だから、行動に、ほぼ全振りなんだけど。でも、いくら考えたって、明確な未来は、誰にも分からないと思う。

「ザックリ方向を決めて、突っ走って。何かある度に、方向修正をする。時には痛い目にあって、立ち止まって。それでも、しばらくしたら、また走り始める。人生って、そんなもんじゃない?」

「進んだり止まったりを、繰り返して。結果的に、ちょっとだけ、前に進む。まぁ、こんな非効率な生き方は、私だけかもしれないけどね」

 壁にぶつかったら、それを迂回せずに、どんなに時間が掛かっても、それを無理矢理、乗り越える。それが、私の生き方だ。だから、立ち止まることだって多い。

「そんなことない。きっと、みんなそうだと思う。私は、進むのが怖くて、ずっと立ち止まり続けちゃったけど。そろそろ、歩き始めないとね……」

 再び、静寂が訪れる。波の音だけが響き、心が洗い流されて行くような気分だ。

「私も、先のことは、よく分からないけど。一つだけ、決めたことが有るんだ。私、一から、学校に行き直そうと思う」
「一からって――?」

「私、中一の三月から、学校行ってないから。数ヶ月、行っただけで、ずっと、お休みしてたんだよね。だから、また、中一から、やり直そうかと思って」
「あぁ……そういうこと。でも、ユメちゃんなら、編入試験、受かるんじゃない?」

 ユメちゃんの場合は、事情が事情だし。試験さえ受かれば、途中から入れるはずだ。しかも、滅茶苦茶、頭いいし。

「でも、それじゃあ、私の気持ちの、区切りがつかないんだ。それに、もう一つ、夢があるから――」
「それって、どんな?」

 ユメちゃんだと、本が好きだから、小説家とかかな?

「前にも、言ったじゃない。私、シルフィードになりたいって」
「ええっ?! あれ本気だったの……?」

「ひどーい。冗談だと思ってたの?」
「いや、ある程度、本気だとは思ってたけど。でも、今の事情を考えると――。事故のことが有ってなお、それでも、シルフィードになりたいの……?」

 あの悲惨な事故は、一生、記憶から消えることは、ないだろう。それに、空の恐怖が、完全になくなった訳でもない。

「空が怖いのに、シルフィードになりたいなんて、やっぱ、おかしいかな――?」
「ううん、全然。だって、シルフィードのこと、全く知らなかった人間が、こうやって、シルフィードやってるんだもん。私以上に、おかしな人間なんて、いないよ」

 何の知識もなく、学校すら行ってない異世界人が、シルフィードをやってるのだから。ユメちゃんに、出来ないはずがない。

「あははっ。やっぱ、風ちゃんは凄いね。私も、絶対に、風ちゃんみたいなシルフィードになるから。それまで、待っててくれる――?」

「もちろん。いつまででも、待ってる。どうせ私も、しぶとく上を目指して、かじり付いてるつもりだから。十年後も二十年後も、シルフィードやってると思うよ」

「うん。きっと風ちゃんなら、そうだろうなぁー、って私も思う」
 ユメちゃんは、私の左手に、そっと触れてきた。私は、その小さな手を、しっかりと握り返す。

 未来は、誰にも分からない。もちろん、私たち二人の未来も。でも、歩みを止めない限り、ちょっとずつでも、前に進んで行くはずだ。時には、大きな壁が、立ちはだかる時もあると思う。でも、それだって、時間を掛ければ、乗り越えられるはずだ。

 私は、これからも、前に進み続けよう。何があっても、憧れの人の背中を、追い掛け続け。そして今度は、私を追い掛けて来る人のために。

 もっと先に、限界を超えて……。行けるところまで、どこまでも――。

 例えそれが、私の望んだ場所じゃなかったとしても、後悔はしない。一番の後悔は、進まないことだから。

 私は、永遠に進み続ける。シルフィードの頂点に、手が届くまで……。


 ―― 見習い編 完 ――





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


第7部 予告――


「大丈夫だよ。確かに死にそうにはなるけど、実際には死なないから」

「ぐっ……私だけじゃない、ファンがいないの」

「いい加減、その生活、やめたらどうだ?」

『悲しいけど、それが才能の差ってものだろう……』

「私は、いつだって常識的だっ!」

「力の差を目の当たりにすると、ちょっと、自信を無くすんだよ」

「あわわっ……その、違うんです。けっして、怪しい者では……」

『結局は、自分が納得できる生き方が、一番だと思う』

「いつかは、こうなるって、信じてました!」

「私は一度、逃げ出そうとしたのだから……」

「理屈じゃない、風を感じろ」

『私は飛ぶために生きているんだから。ここでは負けられない……』


             coming soon
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