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第6部 飛び立つ勇気
5-8憧れて追い掛ける側から追いかけられる側に
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夜、静まり返った屋根裏部屋。私は、小さな机の前に正座し、梅こんぶ茶を飲んでいた。実は、先日、ついに買ってしまったのだ。前から、ずっと欲しかった『マナ・ケトル』を。
これは、向こうの世界の『電気ケトル』に似たものだ。『マナ・クリスタル』のカートリッジを差し込むため、電気コードはついていない。
あと、加熱は『火炎魔法』の応用だ。最近の新しい製品は『分子操作魔法』を使っているけど、私のは旧式なので、直接、加熱するタイプだ。
まぁ、ディスカウント・ストアの特売で、千八百ベルで買ったものだから、しょうがないんだけど。でも、お湯を沸かす分には、全く問題ない。今まで飲み物と言ったら、水だけだったので。温かい物が飲めるようになのは、大変な進歩だった。
ちなみに、この梅こんぶ茶も、特売品で買って来たものだ。これを飲むと、向こうの世界を思い出して、何かホッとする。私は、愛用のマグカップを机に置くと、勉強を再開した。
数ヶ月後には、昇級試験がある。次は『ホワイト・ウイッチ』の試験だ。それが終われば、また、半年後には『エア・マスター』の試験がある。半年に一回、受験をするようなもので、想像以上に、タイトなスケジュールだ。
でも、まずは、そこまで行かないと、頂点への道は開けない。もちろん、行ったところで、上位階級になれるのは、ほんの一握りのシルフィードだけだ。それでも、私は、前に進み続けなければならない。
以前にも増して、私は、真剣に勉強をしていた。一人前になって、プロ意識が、芽生えたからかもしれない。でも、それ以上に、沢山の人たちの心の支えになる、シルフィードを目指したいからだ。
ただ、そのためには、皆に認知される必要がある。どんなに、大きな志があったとしても、無名の新人シルフィードは、誰にも相手にされないからだ。それは、日々の営業活動をしていると、身にしみて感じる。
この町の人からは、特別視されているけど、他から来た人たちにとって、無名のシルフィードは、ただの一般人と変わらないのだ。話し掛けても、スルーされる場合だってある。
学習ファイルを見ていると、着信音が鳴り響く。メッセージを確認すると、ユメちゃんからだった。最近は、ほぼ毎日、会っているのに、それでもELのやりとりは、今まで通り、欠かさずやっている。
もう、日課みたいなものだから、お互いにやらないと、スッキリしないんだよね。楽しいから、私は大歓迎なんだけど。
『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。バッチリ起きてるよー』
『勉強中だった?』
『うん。でも、大丈夫。ユメちゃんは、また、夜更かしコース?』
『最近は、ちゃんと、早寝早起きするように、してるもん!』
先日、リチャードさんが言っていた。ユメちゃんの生活態度が、規則正しくなって来たって。私と会うために、結構、気を遣ってるみたいだ。いくら友達でも、寝不足の顔で、会う訳には行かないもんね。
『おぉー、偉いじゃん! ユメちゃんも、大人になったね』
『って、私、大人だもん。引きこもってる立場で、言えるセリフじゃないけど。でも、そこまで酷くないからね』
ユメちゃんは、知識的には、かなり大人だ。ただ、実際に、会ってみて思ったけど、年齢相応に子供だった。一昔前の、自分を見てるみたいな感じだ。
『私も学生時代は、そうとう酷かったからねぇ。それに比べれば、ユメちゃんは、ずっとしっかりしてるよ。勉強もできるし』
『そんなに、酷かったの?』
『そもそも、家出をしなければならなかったのは、それが原因だったからね。勉強も全くしなかったし。毎日、ゴロゴロ、ダラダラしてたし。そんなんじゃ、親が認めてくれる訳ないよね』
あのころは、何の努力もせずに、自分の主張を認めてもらうことばかりに、気を向けていた。本当に、色んな意味で甘かったよね。
『そうなんだ……。今は、凄くしっかりしてるのに。何か、変わるきっかけでも有ったの?』
『キッカケと言うか、しっかりしないと、生きられなかっただけ。必死に働いて、全力で勉強しないと、生きていけない環境だったから。そういう状況だと、嫌でも頑張るよ』
『環境が人を変える、って感じかな?』
『そうそう、それ。最初のころは、日々の糧を得るだけで、精一杯だったもん。実家暮らしの時は、食事の心配なんて、一度もしたこと無かったから』
最初のころは本当に、日々のパンを得るために、働いていたようなものだ。ただ、生きるのに必死で、他は何も考えられなかった。口では、いくらでも強がり言えるけど、自分一人の力で生きるって、想像以上に大変だ。
『そっかー。私には、分からない苦労だよね。この二年間、ずっと引きこもっていて。何から何まで、面倒みてもらってたから。本当に、ダメダメだよね――』
『そんなことないよ。ユメちゃんの場合は、ケガしてたんだから』
『でも、足なら、ずっと前に治ってるよ。激しい運動は、できないけど。普通に歩くぐらいなら、問題なくできるし』
『足じゃなくて、心のケガ。こっちは治るのに、時間が掛かるでしょ?』
私は、心にケガをするような、酷い状況は経験したことがない。それでも、親と和解するまでは、日々心が穏やかではなかった。思えば、あれも、心のケガの一種だったのかもしれない。
『それも、あるかもしれないけど。私、思うんだ。単なる、甘えだったんじゃないかって。自分が努力すれば、もっと早く、立ち直れたんじゃないかって。心のどこかで「このままでいいや」って、思っちゃってたんだよね……』
『部屋に籠っていれば、楽だし。大好きな本を、一日中、読んでいられるし。空が怖いんじゃくて、厳しい現実世界を、避けてたんじゃないかなって――』
やっぱり、ユメちゃんは、とても賢い子だ。ちゃんと、自分を分析して、ここまで考えられる若者は、そうはいないと思う。
『でも、誰だって、そういうところが有ると思うよ。私が、ずっと勉強を避けてたのも、現実を避けていたからかもね。今は、現実と向き合ってるから、しっかりやってるけど』
現実と向かい合うと、甘えが許されないし、自分の未熟さが見えて来る。だから、勉強せざるを得ない。特に、シルフィード業界に入ってから、自分のちっぽけさや、力のなさを、痛感しっぱなしなので。
『私も、現実に向かい合えるかな? 現実を見たら、しっかり出来るのかな?』
『大丈夫だよ、ユメちゃんなら。お馬鹿な私にだって、できたんだもん。ユメちゃんは、私と違って、とても頭がいいでしょ?』
私は、何事においても、知識不足だから、人一倍、苦労したけど。ユメちゃんなら、たいていのことは、出来るんじゃないだろうか?
『私は、ただ、知識を持ってるだけ。それを活かす方法は、何も知らない。そもそも、頭がよければ、二年も引きこもらないよ。とても、馬鹿で愚かな行為だもん。本当に頭のいい人は、風ちゃんみたいに、夢に向かって行動する人だと思う』
『いや、私は、行き当たりばったりで、勢いで行動しただけで……』
私の行動に『計画性』なんてものはない。基本、頭を使わず、即断即決で行動することが多いから。それは、今でも、あまり変わらないんだよねぇ。
『でも、行動しなければ、成功はあり得ない。それが分かっていたから、実行に移したんだよね?』
『まぁ、そうなるのかな』
『でも、頭では分かっていても、それが出来る人って、意外と少ないよね。だから、それが出来る風ちゃんは、凄いと思う。それに、やるべきことを、実行に移している時点で、頭のいい証拠だよ』
『うーん、そうなのかなぁ――?』
ユメちゃんは、過大に評価してるみたいだけど。私は、ただ感じたままに、思った通りに、行動しているだけだ。
ユメちゃんは、だいぶ外にも出られるようになって来たし。心の傷も、徐々に癒えて来ているように思える。ただ、最近は、自信のない、否定的な発言が多い。以前の、自信にあふれたユメちゃんとは、正反対だ。
考えて見れば、無理に、そう振る舞い続けていたのかもしれない。生活が一杯一杯で、愚痴ばかりこぼしていた私を、いつも励ましてくれたし。ユメちゃん自身、辛い立場にあったのに、私に凄く気を遣ってくれたのかもしれない……。
『ユメちゃんは、これから、どうしたいの? これからも、現実逃避して、部屋にこもったまま? それとも、現実と向き合って生きる?』
これは、ちょっと、意地悪な質問かもしれない。でも、できれば、現実を見て欲しいと思う。厳しいことも、キツイことも一杯あるけど。それ以上に、楽しいことや、幸せなことだって、沢山あるから。
『もちろん、現実に向き合って生きたいよ。でも、自信がないし、どうしていいかも、まだ分からない。空は、だんだん平気になって来たけど。今度は、現実が怖くなって来ちゃったんだ――』
『籠っていた、二年のうちに、現実は、ずっと先に行っちゃっていて。私だけ、取り残されちゃった気分なんだ。それに、この二年間のダメな生活は、これからも一生、私に付きまとうし……』
何となく、気持ちは分かる。誰だって、現実を直視するのは怖い。まして、部屋にこもっていたユメちゃんにとって、家の外は、異世界のようなものだ。当然、二年の間に、色んな物が変化している。
それに、置いて行かれてしまった苦悩は、当然あると思う。私なんか、昇級試験の時、ナギサちゃんたちに、ほんの数ヶ月おいて行かれただけで、凄いプレッシャーだったもん。
『とりあえず、やれるかどうかは、置いといて。やりたいことを、考えて見たら?』
『やりたいこと――。私の……?』
『何かないの、今やってみたいこと?』
人が前に進むのは、いつだって『やってみたい』という気持ちからだ。最初から、成功の算段なんて考える人は、少ないと思う。
『やっぱり――学校、行きたいかな。二年も遅れちゃって、凄く行き辛いけど。私、中一の三月から、ずっと、行ってないから……』
三月と言えば、あの『三・二一事件』のあった月だ。心の傷を別にしても、全治六ヶ月の大怪我をしたのだから、やむを得ないと思う。
『あと、もう1つあるんだけど。笑わない――?』
『当然だよ。ユメちゃんだって、私の壮大な夢を、笑わなかったじゃない』
『まぁ、そうだけど。でも、人の夢を聴くのはいいけど、自分の夢を語るのって、凄く恥ずかしいね……』
『確かに、話すのは、勇気がいるよね』
自分の夢は、他人にとっては、どうでもよかったり、くだらない場合も多い。だから、口にするのは、想像以上に、勇気がいることだ。
『私ね、前も言ったけど――シルフィードになりたい。でも、物凄くおかしいよね? 空が怖いくせに、シルフィードになりたいだなんて』
『そんなことない。なりたいのと、得意や苦手は、別問題だよ。そもそも、私なんて、ロクにシルフィードの知識がなかったのに、なろうとしてたんだよ。学校だって、行ってないんだから』
『そういえば、風ちゃんは、直接、会社に入ったんだっけ?』
『うん。凄くイレギュラーみたいだね、私のケースは。それに、魔法のない世界から来たから、空を飛んだ経験だってなかったし』
魔法の概念を知らなかったから、エア・ドルフィンに乗れるようになるまでは、大変な苦労があった。最初は、エンジンの起動すら、出来なかったからね。
『そう考えて見ると、風ちゃんって、イレギュラーだらけで、本当に凄いよね』
『あははっ、今考えると、そうだね。でも、成せば何とかなるよ、何事も』
昔に比べて、少しは考えるようになって来た。でも、成せば何とかなる考えは、今でも変わってない。だって、そう考えないと、何も出来ないもん。常識的に考えたら、私みたいな、何もない人間が、頂点に行ける訳がないんだから。
『不可能を可能にする風ちゃんが言うと、やっぱり、実感があるね』
『いやー、そんなカッコイイもんじゃないよ。いつも、ギリギリだし』
『成功に、余裕もギリギリもないよ。本来は、何事も必死に頑張って、ギリギリ乗り越えるのが、成功じゃないかな?』
『確かに、言われて見ると、そうかもね……』
一見、余裕そうに見える人だって、滅茶苦茶、頑張ってるわけで。実際には、余裕なんて、ないのかもしない。
『私も、風ちゃんみたいに、なれるかな? 不可能を可能に、出来るのかな?』
『私みたい、というのは置いといて。できるよ、絶対に。たぶん、世の中には、可能とか不可能は、ないんだと思う。自分で出来ると思えば可能で、出来ないと思えば不可能で。私の個人的な意見だから、間違ってるかもだけど』
少なからず、今までの私の人生は、何事もそんな感じだった。できると思えばできると、今でも強く信じている。
『やっぱり、凄いね風ちゃんは――。じゃあ、私もやってみようかな。全てが可能だと信じて』
『うん、頑張れ! これからも、全力で応援するから』
ユメちゃんには、まだこれから、色んな困難が待っていると思う。でも、どんな困難だって、可能だと思って挑戦すれば、必ず道は切り開けるはずだ。
それに、今のユメちゃんは、私がリリーシャさんの背中を、追い掛けているのと、同じ状況なんだと思う。私は今まで、追い掛ける側だったのが、追い掛けられる側に変わったのだ。だとしたら、私が先頭を走って、お手本にならないとね。
私は、これからも、沢山の挑戦を続けて、高い壁を、乗り越え続けて行こうと思う。自分のためにも、ユメちゃんのためにも……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回 第6部・最終話――
『限界を超えて私はどこまでも進み続ける……』
限界を超え、新たな世界を切り開け!
これは、向こうの世界の『電気ケトル』に似たものだ。『マナ・クリスタル』のカートリッジを差し込むため、電気コードはついていない。
あと、加熱は『火炎魔法』の応用だ。最近の新しい製品は『分子操作魔法』を使っているけど、私のは旧式なので、直接、加熱するタイプだ。
まぁ、ディスカウント・ストアの特売で、千八百ベルで買ったものだから、しょうがないんだけど。でも、お湯を沸かす分には、全く問題ない。今まで飲み物と言ったら、水だけだったので。温かい物が飲めるようになのは、大変な進歩だった。
ちなみに、この梅こんぶ茶も、特売品で買って来たものだ。これを飲むと、向こうの世界を思い出して、何かホッとする。私は、愛用のマグカップを机に置くと、勉強を再開した。
数ヶ月後には、昇級試験がある。次は『ホワイト・ウイッチ』の試験だ。それが終われば、また、半年後には『エア・マスター』の試験がある。半年に一回、受験をするようなもので、想像以上に、タイトなスケジュールだ。
でも、まずは、そこまで行かないと、頂点への道は開けない。もちろん、行ったところで、上位階級になれるのは、ほんの一握りのシルフィードだけだ。それでも、私は、前に進み続けなければならない。
以前にも増して、私は、真剣に勉強をしていた。一人前になって、プロ意識が、芽生えたからかもしれない。でも、それ以上に、沢山の人たちの心の支えになる、シルフィードを目指したいからだ。
ただ、そのためには、皆に認知される必要がある。どんなに、大きな志があったとしても、無名の新人シルフィードは、誰にも相手にされないからだ。それは、日々の営業活動をしていると、身にしみて感じる。
この町の人からは、特別視されているけど、他から来た人たちにとって、無名のシルフィードは、ただの一般人と変わらないのだ。話し掛けても、スルーされる場合だってある。
学習ファイルを見ていると、着信音が鳴り響く。メッセージを確認すると、ユメちゃんからだった。最近は、ほぼ毎日、会っているのに、それでもELのやりとりは、今まで通り、欠かさずやっている。
もう、日課みたいなものだから、お互いにやらないと、スッキリしないんだよね。楽しいから、私は大歓迎なんだけど。
『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。バッチリ起きてるよー』
『勉強中だった?』
『うん。でも、大丈夫。ユメちゃんは、また、夜更かしコース?』
『最近は、ちゃんと、早寝早起きするように、してるもん!』
先日、リチャードさんが言っていた。ユメちゃんの生活態度が、規則正しくなって来たって。私と会うために、結構、気を遣ってるみたいだ。いくら友達でも、寝不足の顔で、会う訳には行かないもんね。
『おぉー、偉いじゃん! ユメちゃんも、大人になったね』
『って、私、大人だもん。引きこもってる立場で、言えるセリフじゃないけど。でも、そこまで酷くないからね』
ユメちゃんは、知識的には、かなり大人だ。ただ、実際に、会ってみて思ったけど、年齢相応に子供だった。一昔前の、自分を見てるみたいな感じだ。
『私も学生時代は、そうとう酷かったからねぇ。それに比べれば、ユメちゃんは、ずっとしっかりしてるよ。勉強もできるし』
『そんなに、酷かったの?』
『そもそも、家出をしなければならなかったのは、それが原因だったからね。勉強も全くしなかったし。毎日、ゴロゴロ、ダラダラしてたし。そんなんじゃ、親が認めてくれる訳ないよね』
あのころは、何の努力もせずに、自分の主張を認めてもらうことばかりに、気を向けていた。本当に、色んな意味で甘かったよね。
『そうなんだ……。今は、凄くしっかりしてるのに。何か、変わるきっかけでも有ったの?』
『キッカケと言うか、しっかりしないと、生きられなかっただけ。必死に働いて、全力で勉強しないと、生きていけない環境だったから。そういう状況だと、嫌でも頑張るよ』
『環境が人を変える、って感じかな?』
『そうそう、それ。最初のころは、日々の糧を得るだけで、精一杯だったもん。実家暮らしの時は、食事の心配なんて、一度もしたこと無かったから』
最初のころは本当に、日々のパンを得るために、働いていたようなものだ。ただ、生きるのに必死で、他は何も考えられなかった。口では、いくらでも強がり言えるけど、自分一人の力で生きるって、想像以上に大変だ。
『そっかー。私には、分からない苦労だよね。この二年間、ずっと引きこもっていて。何から何まで、面倒みてもらってたから。本当に、ダメダメだよね――』
『そんなことないよ。ユメちゃんの場合は、ケガしてたんだから』
『でも、足なら、ずっと前に治ってるよ。激しい運動は、できないけど。普通に歩くぐらいなら、問題なくできるし』
『足じゃなくて、心のケガ。こっちは治るのに、時間が掛かるでしょ?』
私は、心にケガをするような、酷い状況は経験したことがない。それでも、親と和解するまでは、日々心が穏やかではなかった。思えば、あれも、心のケガの一種だったのかもしれない。
『それも、あるかもしれないけど。私、思うんだ。単なる、甘えだったんじゃないかって。自分が努力すれば、もっと早く、立ち直れたんじゃないかって。心のどこかで「このままでいいや」って、思っちゃってたんだよね……』
『部屋に籠っていれば、楽だし。大好きな本を、一日中、読んでいられるし。空が怖いんじゃくて、厳しい現実世界を、避けてたんじゃないかなって――』
やっぱり、ユメちゃんは、とても賢い子だ。ちゃんと、自分を分析して、ここまで考えられる若者は、そうはいないと思う。
『でも、誰だって、そういうところが有ると思うよ。私が、ずっと勉強を避けてたのも、現実を避けていたからかもね。今は、現実と向き合ってるから、しっかりやってるけど』
現実と向かい合うと、甘えが許されないし、自分の未熟さが見えて来る。だから、勉強せざるを得ない。特に、シルフィード業界に入ってから、自分のちっぽけさや、力のなさを、痛感しっぱなしなので。
『私も、現実に向かい合えるかな? 現実を見たら、しっかり出来るのかな?』
『大丈夫だよ、ユメちゃんなら。お馬鹿な私にだって、できたんだもん。ユメちゃんは、私と違って、とても頭がいいでしょ?』
私は、何事においても、知識不足だから、人一倍、苦労したけど。ユメちゃんなら、たいていのことは、出来るんじゃないだろうか?
『私は、ただ、知識を持ってるだけ。それを活かす方法は、何も知らない。そもそも、頭がよければ、二年も引きこもらないよ。とても、馬鹿で愚かな行為だもん。本当に頭のいい人は、風ちゃんみたいに、夢に向かって行動する人だと思う』
『いや、私は、行き当たりばったりで、勢いで行動しただけで……』
私の行動に『計画性』なんてものはない。基本、頭を使わず、即断即決で行動することが多いから。それは、今でも、あまり変わらないんだよねぇ。
『でも、行動しなければ、成功はあり得ない。それが分かっていたから、実行に移したんだよね?』
『まぁ、そうなるのかな』
『でも、頭では分かっていても、それが出来る人って、意外と少ないよね。だから、それが出来る風ちゃんは、凄いと思う。それに、やるべきことを、実行に移している時点で、頭のいい証拠だよ』
『うーん、そうなのかなぁ――?』
ユメちゃんは、過大に評価してるみたいだけど。私は、ただ感じたままに、思った通りに、行動しているだけだ。
ユメちゃんは、だいぶ外にも出られるようになって来たし。心の傷も、徐々に癒えて来ているように思える。ただ、最近は、自信のない、否定的な発言が多い。以前の、自信にあふれたユメちゃんとは、正反対だ。
考えて見れば、無理に、そう振る舞い続けていたのかもしれない。生活が一杯一杯で、愚痴ばかりこぼしていた私を、いつも励ましてくれたし。ユメちゃん自身、辛い立場にあったのに、私に凄く気を遣ってくれたのかもしれない……。
『ユメちゃんは、これから、どうしたいの? これからも、現実逃避して、部屋にこもったまま? それとも、現実と向き合って生きる?』
これは、ちょっと、意地悪な質問かもしれない。でも、できれば、現実を見て欲しいと思う。厳しいことも、キツイことも一杯あるけど。それ以上に、楽しいことや、幸せなことだって、沢山あるから。
『もちろん、現実に向き合って生きたいよ。でも、自信がないし、どうしていいかも、まだ分からない。空は、だんだん平気になって来たけど。今度は、現実が怖くなって来ちゃったんだ――』
『籠っていた、二年のうちに、現実は、ずっと先に行っちゃっていて。私だけ、取り残されちゃった気分なんだ。それに、この二年間のダメな生活は、これからも一生、私に付きまとうし……』
何となく、気持ちは分かる。誰だって、現実を直視するのは怖い。まして、部屋にこもっていたユメちゃんにとって、家の外は、異世界のようなものだ。当然、二年の間に、色んな物が変化している。
それに、置いて行かれてしまった苦悩は、当然あると思う。私なんか、昇級試験の時、ナギサちゃんたちに、ほんの数ヶ月おいて行かれただけで、凄いプレッシャーだったもん。
『とりあえず、やれるかどうかは、置いといて。やりたいことを、考えて見たら?』
『やりたいこと――。私の……?』
『何かないの、今やってみたいこと?』
人が前に進むのは、いつだって『やってみたい』という気持ちからだ。最初から、成功の算段なんて考える人は、少ないと思う。
『やっぱり――学校、行きたいかな。二年も遅れちゃって、凄く行き辛いけど。私、中一の三月から、ずっと、行ってないから……』
三月と言えば、あの『三・二一事件』のあった月だ。心の傷を別にしても、全治六ヶ月の大怪我をしたのだから、やむを得ないと思う。
『あと、もう1つあるんだけど。笑わない――?』
『当然だよ。ユメちゃんだって、私の壮大な夢を、笑わなかったじゃない』
『まぁ、そうだけど。でも、人の夢を聴くのはいいけど、自分の夢を語るのって、凄く恥ずかしいね……』
『確かに、話すのは、勇気がいるよね』
自分の夢は、他人にとっては、どうでもよかったり、くだらない場合も多い。だから、口にするのは、想像以上に、勇気がいることだ。
『私ね、前も言ったけど――シルフィードになりたい。でも、物凄くおかしいよね? 空が怖いくせに、シルフィードになりたいだなんて』
『そんなことない。なりたいのと、得意や苦手は、別問題だよ。そもそも、私なんて、ロクにシルフィードの知識がなかったのに、なろうとしてたんだよ。学校だって、行ってないんだから』
『そういえば、風ちゃんは、直接、会社に入ったんだっけ?』
『うん。凄くイレギュラーみたいだね、私のケースは。それに、魔法のない世界から来たから、空を飛んだ経験だってなかったし』
魔法の概念を知らなかったから、エア・ドルフィンに乗れるようになるまでは、大変な苦労があった。最初は、エンジンの起動すら、出来なかったからね。
『そう考えて見ると、風ちゃんって、イレギュラーだらけで、本当に凄いよね』
『あははっ、今考えると、そうだね。でも、成せば何とかなるよ、何事も』
昔に比べて、少しは考えるようになって来た。でも、成せば何とかなる考えは、今でも変わってない。だって、そう考えないと、何も出来ないもん。常識的に考えたら、私みたいな、何もない人間が、頂点に行ける訳がないんだから。
『不可能を可能にする風ちゃんが言うと、やっぱり、実感があるね』
『いやー、そんなカッコイイもんじゃないよ。いつも、ギリギリだし』
『成功に、余裕もギリギリもないよ。本来は、何事も必死に頑張って、ギリギリ乗り越えるのが、成功じゃないかな?』
『確かに、言われて見ると、そうかもね……』
一見、余裕そうに見える人だって、滅茶苦茶、頑張ってるわけで。実際には、余裕なんて、ないのかもしない。
『私も、風ちゃんみたいに、なれるかな? 不可能を可能に、出来るのかな?』
『私みたい、というのは置いといて。できるよ、絶対に。たぶん、世の中には、可能とか不可能は、ないんだと思う。自分で出来ると思えば可能で、出来ないと思えば不可能で。私の個人的な意見だから、間違ってるかもだけど』
少なからず、今までの私の人生は、何事もそんな感じだった。できると思えばできると、今でも強く信じている。
『やっぱり、凄いね風ちゃんは――。じゃあ、私もやってみようかな。全てが可能だと信じて』
『うん、頑張れ! これからも、全力で応援するから』
ユメちゃんには、まだこれから、色んな困難が待っていると思う。でも、どんな困難だって、可能だと思って挑戦すれば、必ず道は切り開けるはずだ。
それに、今のユメちゃんは、私がリリーシャさんの背中を、追い掛けているのと、同じ状況なんだと思う。私は今まで、追い掛ける側だったのが、追い掛けられる側に変わったのだ。だとしたら、私が先頭を走って、お手本にならないとね。
私は、これからも、沢山の挑戦を続けて、高い壁を、乗り越え続けて行こうと思う。自分のためにも、ユメちゃんのためにも……。
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次回 第6部・最終話――
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炎の力を使える青年、リ・リュウキは記憶を失っていた。
見知らぬ山を歩いていると、人ひとり分ほどの大きな氷を発見する。その中には──なんと少女が悲しそうな顔をして凍りついていたのだ。
美しい少女に、リュウキは心を奪われそうになる。
炎の力をリュウキが放出し、氷の封印が解かれると、驚くことに彼女はまだ生きていた。
謎の少女は、どういうわけか、ハクという化け物の白虎と共生していた。
なぜ氷になっていたのかリュウキが問うと、彼女も記憶がなく分からないのだという。しかし名は覚えていて、彼女はソン・ヤエと名乗った。そして唯一、闇の記憶だけは残っており、彼女は好きでもない男に毎夜乱暴されたことによって負った心の傷が刻まれているのだという。
記憶の一部が失われている共通点があるとして、リュウキはヤエたちと共に過去を取り戻すため行動を共にしようと申し出る。
最初は戸惑っていたようだが、ヤエは渋々承諾。それから一行は山を下るために歩き始めた。
だがこの時である。突然、ハクの姿がなくなってしまったのだ。大切な友の姿が見当たらず、ヤエが取り乱していると──二人の前に謎の男が現れた。
男はどういうわけか何かの事情を知っているようで、二人にこう言い残す。
「ハクに会いたいのならば、満月の夜までに西国最西端にある『シュキ城』へ向かえ」
「記憶を取り戻すためには、意識の奥底に現れる『幻想世界』で真実を見つけ出せ」
男の言葉に半信半疑だったリュウキとヤエだが、二人にはなんの手がかりもない。
言われたとおり、シュキ城を目指すことにした。
しかし西の最西端は、化け物を生み出すとされる『幻草』が大量に栽培される土地でもあった……。
化け物や山賊が各地を荒らし、北・東・西の三ヶ国が争っている乱世の時代。
この世に平和は訪れるのだろうか。
二人は過去の記憶を取り戻すことができるのだろうか。
特異能力を持つ彼らの戦いと愛情の物語を描いた、古代中国風ファンタジー。
★2023年1月5日エブリスタ様の「東洋風ファンタジー」特集に掲載されました。ありがとうございます(人´∀`)♪
☆special thanks☆
表紙イラスト・ベアしゅう様
77話挿絵・テン様
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
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