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第6部 飛び立つ勇気

5-8憧れて追い掛ける側から追いかけられる側に

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 夜、静まり返った屋根裏部屋。私は、小さな机の前に正座し、梅こんぶ茶を飲んでいた。実は、先日、ついに買ってしまったのだ。前から、ずっと欲しかった『マナ・ケトル』を。

 これは、向こうの世界の『電気ケトル』に似たものだ。『マナ・クリスタル』のカートリッジを差し込むため、電気コードはついていない。

 あと、加熱は『火炎魔法』の応用だ。最近の新しい製品は『分子操作魔法』を使っているけど、私のは旧式なので、直接、加熱するタイプだ。

 まぁ、ディスカウント・ストアの特売で、千八百ベルで買ったものだから、しょうがないんだけど。でも、お湯を沸かす分には、全く問題ない。今まで飲み物と言ったら、水だけだったので。温かい物が飲めるようになのは、大変な進歩だった。

 ちなみに、この梅こんぶ茶も、特売品で買って来たものだ。これを飲むと、向こうの世界を思い出して、何かホッとする。私は、愛用のマグカップを机に置くと、勉強を再開した。

 数ヶ月後には、昇級試験がある。次は『ホワイト・ウイッチ』の試験だ。それが終われば、また、半年後には『エア・マスター』の試験がある。半年に一回、受験をするようなもので、想像以上に、タイトなスケジュールだ。

 でも、まずは、そこまで行かないと、頂点への道は開けない。もちろん、行ったところで、上位階級になれるのは、ほんの一握りのシルフィードだけだ。それでも、私は、前に進み続けなければならない。

 以前にも増して、私は、真剣に勉強をしていた。一人前になって、プロ意識が、芽生えたからかもしれない。でも、それ以上に、沢山の人たちの心の支えになる、シルフィードを目指したいからだ。

 ただ、そのためには、皆に認知される必要がある。どんなに、大きな志があったとしても、無名の新人シルフィードは、誰にも相手にされないからだ。それは、日々の営業活動をしていると、身にしみて感じる。

 この町の人からは、特別視されているけど、他から来た人たちにとって、無名のシルフィードは、ただの一般人と変わらないのだ。話し掛けても、スルーされる場合だってある。

 学習ファイルを見ていると、着信音が鳴り響く。メッセージを確認すると、ユメちゃんからだった。最近は、ほぼ毎日、会っているのに、それでもELエルのやりとりは、今まで通り、欠かさずやっている。

 もう、日課みたいなものだから、お互いにやらないと、スッキリしないんだよね。楽しいから、私は大歓迎なんだけど。

『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。バッチリ起きてるよー』

『勉強中だった?』
『うん。でも、大丈夫。ユメちゃんは、また、夜更かしコース?』
『最近は、ちゃんと、早寝早起きするように、してるもん!』

 先日、リチャードさんが言っていた。ユメちゃんの生活態度が、規則正しくなって来たって。私と会うために、結構、気を遣ってるみたいだ。いくら友達でも、寝不足の顔で、会う訳には行かないもんね。

『おぉー、偉いじゃん! ユメちゃんも、大人になったね』
『って、私、大人だもん。引きこもってる立場で、言えるセリフじゃないけど。でも、そこまで酷くないからね』

 ユメちゃんは、知識的には、かなり大人だ。ただ、実際に、会ってみて思ったけど、年齢相応に子供だった。一昔前の、自分を見てるみたいな感じだ。

『私も学生時代は、そうとう酷かったからねぇ。それに比べれば、ユメちゃんは、ずっとしっかりしてるよ。勉強もできるし』
『そんなに、酷かったの?』

『そもそも、家出をしなければならなかったのは、それが原因だったからね。勉強も全くしなかったし。毎日、ゴロゴロ、ダラダラしてたし。そんなんじゃ、親が認めてくれる訳ないよね』

 あのころは、何の努力もせずに、自分の主張を認めてもらうことばかりに、気を向けていた。本当に、色んな意味で甘かったよね。

『そうなんだ……。今は、凄くしっかりしてるのに。何か、変わるきっかけでも有ったの?』

『キッカケと言うか、しっかりしないと、生きられなかっただけ。必死に働いて、全力で勉強しないと、生きていけない環境だったから。そういう状況だと、嫌でも頑張るよ』

『環境が人を変える、って感じかな?』
『そうそう、それ。最初のころは、日々の糧を得るだけで、精一杯だったもん。実家暮らしの時は、食事の心配なんて、一度もしたこと無かったから』

 最初のころは本当に、日々のパンを得るために、働いていたようなものだ。ただ、生きるのに必死で、他は何も考えられなかった。口では、いくらでも強がり言えるけど、自分一人の力で生きるって、想像以上に大変だ。

『そっかー。私には、分からない苦労だよね。この二年間、ずっと引きこもっていて。何から何まで、面倒みてもらってたから。本当に、ダメダメだよね――』
『そんなことないよ。ユメちゃんの場合は、ケガしてたんだから』

『でも、足なら、ずっと前に治ってるよ。激しい運動は、できないけど。普通に歩くぐらいなら、問題なくできるし』
『足じゃなくて、心のケガ。こっちは治るのに、時間が掛かるでしょ?』

 私は、心にケガをするような、酷い状況は経験したことがない。それでも、親と和解するまでは、日々心が穏やかではなかった。思えば、あれも、心のケガの一種だったのかもしれない。

『それも、あるかもしれないけど。私、思うんだ。単なる、甘えだったんじゃないかって。自分が努力すれば、もっと早く、立ち直れたんじゃないかって。心のどこかで「このままでいいや」って、思っちゃってたんだよね……』 

『部屋に籠っていれば、楽だし。大好きな本を、一日中、読んでいられるし。空が怖いんじゃくて、厳しい現実世界を、避けてたんじゃないかなって――』

 やっぱり、ユメちゃんは、とても賢い子だ。ちゃんと、自分を分析して、ここまで考えられる若者は、そうはいないと思う。

『でも、誰だって、そういうところが有ると思うよ。私が、ずっと勉強を避けてたのも、現実を避けていたからかもね。今は、現実と向き合ってるから、しっかりやってるけど』

 現実と向かい合うと、甘えが許されないし、自分の未熟さが見えて来る。だから、勉強せざるを得ない。特に、シルフィード業界に入ってから、自分のちっぽけさや、力のなさを、痛感しっぱなしなので。

『私も、現実に向かい合えるかな? 現実を見たら、しっかり出来るのかな?』
『大丈夫だよ、ユメちゃんなら。お馬鹿な私にだって、できたんだもん。ユメちゃんは、私と違って、とても頭がいいでしょ?』 
 
 私は、何事においても、知識不足だから、人一倍、苦労したけど。ユメちゃんなら、たいていのことは、出来るんじゃないだろうか?

『私は、ただ、知識を持ってるだけ。それを活かす方法は、何も知らない。そもそも、頭がよければ、二年も引きこもらないよ。とても、馬鹿で愚かな行為だもん。本当に頭のいい人は、風ちゃんみたいに、夢に向かって行動する人だと思う』

『いや、私は、行き当たりばったりで、勢いで行動しただけで……』

 私の行動に『計画性』なんてものはない。基本、頭を使わず、即断即決で行動することが多いから。それは、今でも、あまり変わらないんだよねぇ。

『でも、行動しなければ、成功はあり得ない。それが分かっていたから、実行に移したんだよね?』
『まぁ、そうなるのかな』 

『でも、頭では分かっていても、それが出来る人って、意外と少ないよね。だから、それが出来る風ちゃんは、凄いと思う。それに、やるべきことを、実行に移している時点で、頭のいい証拠だよ』

『うーん、そうなのかなぁ――?』

 ユメちゃんは、過大に評価してるみたいだけど。私は、ただ感じたままに、思った通りに、行動しているだけだ。
 
 ユメちゃんは、だいぶ外にも出られるようになって来たし。心の傷も、徐々に癒えて来ているように思える。ただ、最近は、自信のない、否定的な発言が多い。以前の、自信にあふれたユメちゃんとは、正反対だ。

 考えて見れば、無理に、そう振る舞い続けていたのかもしれない。生活が一杯一杯で、愚痴ばかりこぼしていた私を、いつも励ましてくれたし。ユメちゃん自身、辛い立場にあったのに、私に凄く気を遣ってくれたのかもしれない……。

『ユメちゃんは、これから、どうしたいの? これからも、現実逃避して、部屋にこもったまま? それとも、現実と向き合って生きる?』
 
 これは、ちょっと、意地悪な質問かもしれない。でも、できれば、現実を見て欲しいと思う。厳しいことも、キツイことも一杯あるけど。それ以上に、楽しいことや、幸せなことだって、沢山あるから。

『もちろん、現実に向き合って生きたいよ。でも、自信がないし、どうしていいかも、まだ分からない。空は、だんだん平気になって来たけど。今度は、現実が怖くなって来ちゃったんだ――』

『籠っていた、二年のうちに、現実は、ずっと先に行っちゃっていて。私だけ、取り残されちゃった気分なんだ。それに、この二年間のダメな生活は、これからも一生、私に付きまとうし……』
 
 何となく、気持ちは分かる。誰だって、現実を直視するのは怖い。まして、部屋にこもっていたユメちゃんにとって、家の外は、異世界のようなものだ。当然、二年の間に、色んな物が変化している。

 それに、置いて行かれてしまった苦悩は、当然あると思う。私なんか、昇級試験の時、ナギサちゃんたちに、ほんの数ヶ月おいて行かれただけで、凄いプレッシャーだったもん。

『とりあえず、やれるかどうかは、置いといて。やりたいことを、考えて見たら?』
『やりたいこと――。私の……?』
『何かないの、今やってみたいこと?』 

 人が前に進むのは、いつだって『やってみたい』という気持ちからだ。最初から、成功の算段なんて考える人は、少ないと思う。

『やっぱり――学校、行きたいかな。二年も遅れちゃって、凄く行き辛いけど。私、中一の三月から、ずっと、行ってないから……』
 
 三月と言えば、あの『三・二一事件』のあった月だ。心の傷を別にしても、全治六ヶ月の大怪我をしたのだから、やむを得ないと思う。

『あと、もう1つあるんだけど。笑わない――?』
『当然だよ。ユメちゃんだって、私の壮大な夢を、笑わなかったじゃない』

『まぁ、そうだけど。でも、人の夢を聴くのはいいけど、自分の夢を語るのって、凄く恥ずかしいね……』 
『確かに、話すのは、勇気がいるよね』

 自分の夢は、他人にとっては、どうでもよかったり、くだらない場合も多い。だから、口にするのは、想像以上に、勇気がいることだ。

『私ね、前も言ったけど――シルフィードになりたい。でも、物凄くおかしいよね? 空が怖いくせに、シルフィードになりたいだなんて』

『そんなことない。なりたいのと、得意や苦手は、別問題だよ。そもそも、私なんて、ロクにシルフィードの知識がなかったのに、なろうとしてたんだよ。学校だって、行ってないんだから』

『そういえば、風ちゃんは、直接、会社に入ったんだっけ?』 
『うん。凄くイレギュラーみたいだね、私のケースは。それに、魔法のない世界から来たから、空を飛んだ経験だってなかったし』

 魔法の概念を知らなかったから、エア・ドルフィンに乗れるようになるまでは、大変な苦労があった。最初は、エンジンの起動すら、出来なかったからね。

『そう考えて見ると、風ちゃんって、イレギュラーだらけで、本当に凄いよね』
『あははっ、今考えると、そうだね。でも、成せば何とかなるよ、何事も』

 昔に比べて、少しは考えるようになって来た。でも、成せば何とかなる考えは、今でも変わってない。だって、そう考えないと、何も出来ないもん。常識的に考えたら、私みたいな、何もない人間が、頂点に行ける訳がないんだから。

『不可能を可能にする風ちゃんが言うと、やっぱり、実感があるね』 
『いやー、そんなカッコイイもんじゃないよ。いつも、ギリギリだし』

『成功に、余裕もギリギリもないよ。本来は、何事も必死に頑張って、ギリギリ乗り越えるのが、成功じゃないかな?』
『確かに、言われて見ると、そうかもね……』

 一見、余裕そうに見える人だって、滅茶苦茶、頑張ってるわけで。実際には、余裕なんて、ないのかもしない。

『私も、風ちゃんみたいに、なれるかな? 不可能を可能に、出来るのかな?』

『私みたい、というのは置いといて。できるよ、絶対に。たぶん、世の中には、可能とか不可能は、ないんだと思う。自分で出来ると思えば可能で、出来ないと思えば不可能で。私の個人的な意見だから、間違ってるかもだけど』

 少なからず、今までの私の人生は、何事もそんな感じだった。できると思えばできると、今でも強く信じている。

『やっぱり、凄いね風ちゃんは――。じゃあ、私もやってみようかな。全てが可能だと信じて』
『うん、頑張れ! これからも、全力で応援するから』

 ユメちゃんには、まだこれから、色んな困難が待っていると思う。でも、どんな困難だって、可能だと思って挑戦すれば、必ず道は切り開けるはずだ。

 それに、今のユメちゃんは、私がリリーシャさんの背中を、追い掛けているのと、同じ状況なんだと思う。私は今まで、追い掛ける側だったのが、追い掛けられる側に変わったのだ。だとしたら、私が先頭を走って、お手本にならないとね。

 私は、これからも、沢山の挑戦を続けて、高い壁を、乗り越え続けて行こうと思う。自分のためにも、ユメちゃんのためにも……。


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次回 第6部・最終話――
『限界を超えて私はどこまでも進み続ける……』

 限界を超え、新たな世界を切り開け!
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