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第6部 飛び立つ勇気

5-5今度は私の番だから必ず親友を救って見せる

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 私は、ずっと色んなことを思い返していた。この世界に来てから、今まで起こった出来事。過去にELエルで話した、ユメちゃんとの様々な会話。毎回、色々アドバイスしてくれたり、元気づけてもらったりして、物凄く楽しかったこと。

 昨晩も、ELで普通にやり取りしてたし、いつも通り、明るく会話をしていた。インドアなのは、知っていたけど、彼女は、とても明るく前向きな性格だ。心の病を持っているようには、全く見えなかった。

 でも、よくよく考えて見ると、何となく思い当たる節もある。今まで、イベントのたびに会話してたけど、どこかに参加した、という話は聴いていない。いつも、部屋で本を読んでいる話ばかりだった。

 あと、毎日、色んな写真を送ってあげると、物凄く喜んでいた。普通に、外に出ていれば、そこまで珍しいものでは無いと思う。

 家に引きこもること自体は、そんなに珍しくはない。向こうの世界でも、引きこもりは、年々増加しており、社会問題にもなっていた。だから、特に隠すようなことではないと思う。

 ユメちゃんは、何で、今まで黙っていたのだろうか? 引きこもりの件は、置いとくとして。事故に巻き込まれた、当事者なのだから。〈ホワイト・ウイング〉のことは、誰よりも知っているはずだ。

 事故を思い出したくなければ、私と関わりを持たないのが、一番だと思う。なのに、最初に声を掛けてくれたのは、ユメちゃんからだった。

 私がスピに、毎日、練習飛行中に撮った、街の風景写真をのせていたら、ユメちゃんがコメントを付けてくれたのだ。それがキッカケで、ELで話すようになった。

 私は、スピのプロフィールに、シルフィードをやっていることも〈ホワイト・ウイング〉に所属しているのも、書いてある。だから、最初から、全て知っていたはずだ。

 ELを始めたあと、彼女は、いつも楽しそうで、とても優しくて。この世界で、初めてできた友達で。私にとって、かけがえのない存在だった。

 いつも明るくて、ポジティブで、時々凄くハイになって。まるで影がなく、太陽のような存在で、よいイメージしかない。

 でも、先ほど見たユメちゃんは、完全に別人だった。まるで明るさがなく、深い闇を抱えている感じだった。

 考えれば考えるほど、彼女のことが、分からなくなって行く……。

「もう少し、詳しく教えていただいても、いいですか? 事故に巻き込まれたあと、何があったのかも――」
 
 あまり、立ち入って訊いていい話ではない。でも、私の考えだけでは、分からないことが多すぎる。それに、どんなに重く辛い過去でも、知っておかないと、彼女の力にはなれないと思う。

 リチャードさんは、小さく頷くと、静かに話し始めた。

「あの事故は、とても大変なものでした。ゴンドラに乗っていた方々は、全員、亡くなられてしまいました。お嬢様を助けてくださった、アリーシャ様も、非常に残念なことに……」

 リチャードさんが、静かに視線を向けてくると、私は、無言で頷いた。私も、初めて話を聴いた時は、激しく動揺したけど、今はしっかり受け止めている。

「お嬢様は、奇跡的に助かりましたが、ゴンドラの下敷きになった左足は、複雑骨折。最悪、足を切断しなければならないほどの、重症でした。しかし、一流の名医に見ていただいたことも有り、奇跡的に回復したのです」

「その後、リハビリも行い、普通に歩けるまでに、回復しました。しかし、どうしても、治らない問題もあったのです――」

 彼の表情が、一層、深刻的になる。

「お嬢様は、病院に運ばれ目覚めたあと、先ほどのような、錯乱状態を繰り返していました。鎮静剤を打ったり、カウンセリングを受けて、一応は落ち着きましたが。あの事故以来、空への恐怖心が、拭い去れなくなってしまったのです」
 
「外に出ることはおろか、窓から空を眺めることすら、出来なくなりました。部屋にいる時も、カーテンを閉め、けっして、窓際には近づかなくなったのです」

 私は、ふと、先ほど部屋に入った時の、妙な違和感を思い出した。

「じゃあ、部屋の半分にしか、物が置いてなかったのは……?」
「はい。窓際を避けて、全て壁際に置いてあるのです」

 なるほど、そういう事だったんだ――。単なる、引きこもりとか、そんな簡単な問題じゃなかった。今もまだ、深く深く傷ついているんだ。

 しかも、自分が死に掛けただけでなく、沢山の人の死を、目の当たりにしている。私だって、アリーシャさん一人の、死を受け止めるだけで、時間が掛かったのに。

 それが、現場にいて、目の前で起こって。しかも、何人もの人が、命を落としたとしたら、私よりも年下の少女が受け止めるには、あまりに辛すぎる……。

 あぁ――。私は、また気付けなかった。リリーシャさんの件で、人の気持ちを、よく考えるようにしようと思ったのに……。

 私は、ユメちゃんのこと、何も気づいてあげられなかった。それどころか、私のほうが、いつも助けられてばかりだ――。

 いったい、どうすれば、彼女を心を救ってあげられるのだろうか……?


 ******


 私は、ユメちゃんの部屋の扉の前にいた。先ほどまで、リチャードさんから、詳しく話を聴いていたけど、心の傷は、相当に深いようだ。あと、ユメちゃんは、かなり頑固なところがあるらしい。

 先ほど取り乱た様子を考えると、普通に話すのは、難しそうだ。それ以前に、もう二度と、私とは、口をきいてくれないかもしれない。

 だとしても、私にとってユメちゃんは、大切な親友だ。一番つらい時期に、ずっと支え続けてくれたのは彼女だった。私の人生の中で、最も大事な親友かもしれない。

 だから、例えどんなに嫌われようとも、絶対に、放ってはおけない。今度は、私が彼女を支える番だ。

 私は、大きく深呼吸したあと、マギコンを取り出し、ELを起動した。怖くて、一瞬、指が止まる。でも、意を決して、少し震える指で、メッセージを打ち込ん行く。

 怖い……怖い……。

 親友に嫌われてしまうのも、親友の心の傷に触れるのも。何より、彼女を、より傷つけてしまうかもしれないのが、とんでもなく怖かった。上手く話せる自信が、全くない――。

 怖い……怖い……物凄く怖い……。

 何てメッセージを書くべきか、必死に考える。でも、あえて、先ほどの話題には触れず、いつも通りのノリで送ることにした。私、馬鹿だから、気の利いた言葉なんて、何も思いつかない――。

『ユメちゃん、こんにちは。元気?』

 はたから見たら、とんでもなく、無神経な内容かもしれない。どう考えたって、元気なはずが無いんだから。でも、変に気遣った内容は、逆効果だと思ったからだ。

 ユメちゃんは、けっして、同情して欲しい訳じゃないと思う。相手が、友達であれば、なおさらだ。友達に同情されるのは、逆に、辛い場合もあるから……。

 いつもなら、送った瞬間に、メッセージが返って来ていた。でも、今日は、返信が来なかった。こうなることは、最初から想像していたけど、やっぱり辛い。もう、二度と、返信してくれないのだろうか――?

 私は、扉の前に、静かに座り込む。今、私にできるのは、待つことだけだ。でも、待つだけって、本当に辛い。私は、膝を抱えて、じっと待ち続ける。
 
 扉の前に座り込んでから、三十分が経過した。『もう、ダメなのかな……?』と、半ばあきらめかけた時、メッセージの着信音が鳴った。私は、慌ててメッセージを確認する。

『全然、元気じゃない。死にたい気分』
 いつも明るいユメちゃんからは、考えられない内容で、まるで別人のようだった。それでも、返信してくれたことが、凄く嬉しい。

『ゴメンね。私が急に行ったから、嫌な気分にさせちゃって。まさか、相手がユメちゃんだなんて、全然、知らなかったから』

 全く、一ミリも、想像できなかった。だって、余りにも、イメージと正反対すぎて。結びつく要素が、何一つなかったからだ。

『風ちゃんは、全然、悪くない。リチャードが、全て悪いんだから。私も、聴いてなかったし』
『サプライズだったみたいだよ。ユメちゃんを、喜ばせようとして』

『サプライズって――。確かに、超驚いたけど、やり過ぎだよ。私、心臓が止まるかと思ったもん』
『私も、最近の中で、一番、驚いたよ』

 もっとも、私は、ユメちゃんを見たことないから、リチャードさんに、話を聴いてから、初めて驚いたんだけど。でも、ユメちゃんは、MVで私を見て知っていたから、そうとう驚いたはずだ。

『ごめんね。嫌な姿、見せちゃって……』
『へーき、へーき。あれぐらい、私だってやるもん』

『そうなの?』
『家出した時の大喧嘩なんて、あんなレベルじゃなかったよ。感情的になって、滅茶苦茶、酷いセリフを、怒鳴り散らしてたし。それで、実家に帰り辛かったんだ――』

 人って感情的になると、とんでもないことを、平気で口にするよね。

『風ちゃんでも、怒ったりするんだ?』
『そりゃ、怒るよ。そもそも私、凄く感情的な人間だもん』

 それから、しばらくの間、メッセージが途絶えた。何かを、考えているのかもしれない。私は、次の言葉をじっと待ち続けた。
 
 数分後……。

『風ちゃん、ゴメンね。今まで、色々嘘をついちゃって』
 新しいメッセージが、送られて来る。

『いいって、そんなの。私は、毎日、楽しくお話ししてたし。ユメちゃんが元気なら、それだけで十分だよ。学校、行かなくたって、ユメちゃん頭いいし』
 
 ユメちゃんは、本当に、物知りで頭がいい。だから、学校に行っていることを、疑いもしなかった。毎日、学校に行ってた私より、頭がいいんだから――。

『ううん、そっちじゃなくて、事故のこと。隠してて、本当にごめんなさい……』
『何で、そんなこと気にするの? 別に、わざわざ、言うことでもないんじゃない?』

 再び、メッセージが途切れた。

 いくら友達だからって、全てを話さなければ、ならない訳じゃない。わざわざ、過去の嫌な話を、出す必要はないもんね。私が家出の話をしなかったのも、重くしたくなかったからだ。

『――だって、私のせいで、アリーシャさんが、死んじゃったんだよ。私を助けなければ、アリーシャさんは生きてたんだよ。私が死んでいれば、あんな大事件には、ならなかったのに……』

 えぇっ?! ユメちゃん、そんな風に考えてたの――?

『本当は、最初から、ちゃんと言うべきだった。風ちゃんから、あの事件の話が出た時だって、言おうと思えば、言えたのに。怖くて、言えなかった……。ゴメンね、本当に、ゴメンね――』

 まるで、ユメちゃんの心の痛みが、直接、伝わって来るようなメッセージだった。私の心まで、ズキズキと痛み始めた。

『何で謝るの? ユメちゃんは、何一つ悪くないよ。ただの被害者なんだから。それに、そんな悲しいこと言わないで。私は、ユメちゃんが生きてくれていて、物凄く嬉しいよ』

『アリーシャさんには、申しわけないけど。私は、ユメちゃんが生きてくれていて、本当に良かった。そうじゃなきゃ、大事な親友に、出会えなかったんだから』

 これは、偽りのない、私の本心だった。どちらか一人しか選べないなら、私は迷わず、ユメちゃんを選ぶだろう。

『本当に……そう思う? みんなは「助けるべきじゃなかった」って言ってるよ。どう考えたって、生き残るべきは、アリーシャさんのほうだったでしょ? だって、誰からも愛され、尊敬されていた、伝説のシルフィードなんだから』

『私なんか、いなくなったって、誰も悲んだりなんかしないし。もし、私が死んでいたとしたら、とっくに忘れられてたよ――』

 そうじゃない……そうじゃないよ、ユメちゃん――。

『違うっ!! 絶対にそんなことないよ! 悲しむ人はいるよ。ご家族も、リチャードさんも。それに、そんなことを言ったら、アリーシャさんが、一番、悲しむよ』
『えっ?! アリーシャさんが?』

『そんな考えじゃ、命がけでユメちゃんを助けた、アリーシャさんは、浮かばれないよ。もちろん、アリーシャさんの、優しさや勇敢さもあると思う。でも、きっと、ユメちゃんの、未来を守りたかったんだよ』

『私の……未来?』

 もちろん、あの咄嗟の瞬間に、そこまで考えていたかは分からない。でも――。

『アリーシャさんの、夢や未来は、ユメちゃんに託されたんじゃないのかな? だから、そんな悲しい考えをしたら、アリーシャさんだって悲しいよ。ユメちゃんの命は、二人分なんだから……』

 アリーシャさんが、体を張ったおかげで、ユメちゃんは、奇跡的に助かった。だから、ユメちゃんの命は、アリーシャさんのものでもあると思う。もちろん、それを、どう受け止めるかは、ユメちゃん自身なんだけど――。

 再び、メッセージが途切れた。私はELの画面をボーっと眺めながら、冷静に考える。

 ちょっと、言い過ぎてしまっただろうか? 彼女は死の恐怖を味わい、外に一歩も出られなくなるぐらい、深く心が傷ついている。現実を認識させるより、温かい言葉を掛けたほうが、良かったのだろうか……?

 でも、このままじゃ、ユメちゃんは、一生、部屋にこもったままだ。どこかで、現実に目を向けて、一歩前に、進まなければならない。
 
 アリーシャさんを失って、一番ショックを受けたリリーシャさんだって、しっかり立ち直って、前に進み始めたのだから。ユメちゃんだって、きっと立ち直って、前に進めるはずだ。ユメちゃんは、賢い子だから、絶対にできると信じている。

 刻一刻と、時間が過ぎて行く。途中、リチャードさんが、様子を見に来たけど、私は軽く笑みを浮かべて頷くと、彼は察して、静かに立ち去って行った。

 すでに、先ほどのメッセージから、二十分以上が経過している。やっぱり、先ほどのセリフは失言だったのでは? 二人分の命だなんて、単にプレッシャーを与えてしまっただけではないだろうか? 
 
 時間が経つにつれ、少しずつ、不安が大きくなって行く。元々私は、ボキャブラリが少ないし、人を説得するのには、向いてない。私の言い方のせいで、余計に傷つけてしまったのでは――?

 悶々と考え込んでいると、私が寄りかかっていた扉とは、反対側の扉が、ほんの少しだけ開いた。そのスキマからは、小さな顔が覗いている。彼女の目は、真っ赤になっていた。

「まだ、帰らずにいてくれたんだ……」
 ユメちゃんの声は、少し涙声でかすれていた。

「うん。ユメちゃんに追い出されるまで、ずっといるよ」
「こんな、情けない私なのに。まだ、見捨てないでいてくれるの――?」

「何言ってるの。情けないのは、私のほうだよ。今までだって、いつも助けられてたの、私のほうじゃない。それに、私たち親友でしょ?」

 私が、こちらの世界に来て、誰も知り合いがいなかったころ。真っ先に、友達になってくれたのが、ユメちゃんだった。

 ELを始めて以来、私の愚痴を聴いてくれたり、色んなアドバイスをしてくれたり。どれほど救われてきたことか。

「でも、偉そうなことを言ってた割りに、こんな体たらくだもん。メッキがはがれて、幻滅したでしょ?」

「そんなことないよ。ユメちゃんは、ユメちゃんだもん。今までと、何も変わらないよ。そもそも、私なんて、メッキすらないからね」

「やっぱり、風ちゃんは、風ちゃんだね。私が、一番、大好きで。一番、尊敬する、最高のシルフィード。本当に、風ちゃんに出会えてよかった」
「私もだよ。私も、ユメちゃんに出会えてよかった。アリーシャさんに感謝だね」
 
 暗く沈んでいたユメちゃんの顔に、ようやく笑顔が浮かんだ。

「ねぇ、風ちゃん。私を助けてくれる――? 私、もう一度、外に出たい」
「もちろん。どこにだって、連れ出してあげるよ」

 私は、扉の隙間に手を入れると、彼女の白く小さな手を、ギュッと握り締めるのだった……。


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次回――
『明るい世界への最初の一歩を踏み出す勇気』

 この一歩はすごく広い世界につながってるんだ
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