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第6部 飛び立つ勇気

5-2予想外の所から舞い込んだ仕事の依頼とは……

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 夕方の五時半ごろ。私は一日の仕事を終えたあと、街の上空を散歩していた。途中で、夕飯と翌朝のパンを買って、そのあと、のんびり散歩してから、アパートに向かう。町の灯りがつき始める、この時間の空が大好きだ。

 ちなみに、お給料は上がったものの、パンと水だけの、質素な生活は続けている。なぜなら、お客様が、全くいない日々を過ごしているからだ。一日中、町を飛んでも、やっと一人見つけられるぐらい。お客様が、一人も見つからない日も多い。

 結局、今日も、町中を飛び回っただけで、一日が終わってしまった。しかも、今週は、まだ一度も、営業が出来ていない。さすがに、何日もお客様が見つからないと、へこんでくる。

 ただ、決して、お客様がいない訳じゃない。〈グリュンノア〉は、世界でも有数の観光都市で、毎日、沢山の観光客が訪れているからだ。

 しかし、多くの観光客は、お目当てのシルフィードに会社に、事前に予約を入れている。特に、人気シルフィードは、予約なしでは、絶対に無理なので。

 しかも、私と同じで、飛び込みでお客様を探しているシルフィードは、非常に多い。なので、ただでさえ少ない、フリーのお客様の、奪い合いのようになっている。努力はしているけど、現実は、なかなか厳しいものだ。
 
 ロクにお客様をとれない状態で、贅沢をする気には、なれなかった。質素な生活は、自分への戒めであり、初心を忘れないためでもある。

 私は、アパートが見えてくると、ゆっくり高度を落として行く。すると、入口のあたりに、見慣れない、大きな黒い機体が停まっていた。

「ノーラさんの……じゃないよね? ノーラさんの機体って、全部スポーツタイプだし。あれ、どう見ても、お金持ちが乗る、高級機だよね」

 機体の幅も長さも、普通の機体よりも、大きめになっている。高級感あふれる黒いボディーは、古びたアパートには、物凄く不釣り合いだ。

 私は、アパートの庭に着陸すると、パンの袋を大事に抱え、早足で入り口に向かった。余計なことを気にしても、しょうがない。私には、全然、関わりのない世界なので。

 さーて、帰ったら、サッと夕飯済ませて、お勉強するかなぁー。

 だが、歩き始めてすぐに、声を掛けられた。
「申し訳ございません。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」
「はい――?」 

 声のほうに視線を向けると、タキシード姿の、初老の男性が立っていた。身なりや風格を見れば、ただ者じゃないのが分かる。でも、全く見ず知らずの人だ。そもそも、この世界に、お金持ちの知り合いなんていないし。

「私、リチャードと申します。〈ホワイト・ウイング〉の、如月風歌様で、間違いございませんでしょうか?」
「は、はい……。間違いございません」

 妙に丁寧なので、私も、普段、使い慣れない言葉遣いになってしまう。

「実は、如月様に、折り入ってお願いがあるのです」
「お願い? 私にですか――?」

 人気シルフィードであれば、まだしも。私みたいな、無名の新人なんかに、何の用だろうか? でも、私が〈ホワイト・ウイング〉所属なのも、知ってるようだし。うーむ、謎すぎる……。

「実は、当家のお嬢様ことで、ご相談に、乗っていただきたいのです」
「へっ――?」
 
 さーっぱり、話が見えてこない。そもそも、何でお嬢様の相談が、私みたいな小市民のところに……? 私、お嬢様の知り合いなんて、いたっけ?

 パッと、思い浮かんだのは、二人。ナギサちゃんと、アンジェリカちゃんだ。でも、あの二人なら、直接、話があるはずだし。そもそも、相談なんか、全く必要なさそうだけど。それに、私なんかに、相談しないよね。

「今、お時間は、大丈夫でございますか?」
「えっ、はい――。大丈夫でございます」

『場所を変えて話しましょう』ということで、私は、先ほど見た、大きな黒いエア・カートに案内された。後部は、向かい合わせのシートになっており、妙に広々している。中に入ると、あまりの広さに、唖然とする。
 
 私が、ポカーンとしている内に、静かに空に飛びあがって行った……。


 ******


 私は〈南地区〉にある、カフェ〈エトランゼ〉に来ていた。内装は、物凄く豪華で、高級そうなじゅうたんに、高い天井には、大きなシャンデリア。敷居で、各テーブルが仕切られており、私たちは、そのさらに奥にある個室にいた。

 その部屋の中央にあるテーブルに、私はリチャードさんと、向かい合わせに座っている。テーブルには、ティーカップにティーポット。さらに、三段重ねの、ケーキ・スタンドが置かれていた。

 ケーキ・スタンドには、焼き菓子やケーキなどが、綺麗に盛り付けてある。お茶もケーキも、いかにも高級そうだ。とても美味しそうだけど、いくらするのか気になって、なかなか手が出せない。

 私が固まっていると、リチャードさんが、声を掛けて来る。
「甘いものは、お嫌いでしたか?」
「いえ、そんなことは――」 

「ご遠慮なく、お召し上がりください」
「は……はい。では、いただきます」

 私は、緊張する手でトングを持つと、そっとケーキを取る。フォークで小さく切って、一口、食べて見るが、滅茶苦茶おいしい。一瞬、頬が緩むが、すぐに真顔に戻った。

 いかん、いかん。ケーキ食べに来たわけじゃ、ないんだから……。

「その、ところで、お話というのは――?」
「はい、そのことなのですが。実は、当家のお嬢様の、お力になって頂きたいのです」

「はぁ……。具体的に、どのようなことをすれば?」 
「是非、お嬢様に、お会いして頂けませんでしょうか?」

 彼の目は真剣かつ、やや深刻そうでもあった。会うだけなら、簡単だけど。何か、込み入った事情がありそうだ。

「会うだけなら、別に構いませんが。私なんかで、お役に立てるのでしょうか?」
「はい、如月様にしか、お願いできない事でございます」

 私にしかできない? いったい、どういうこと?

「その、お嬢様というのは、どんな人なんですか?」
「お嬢様は、長いこと部屋に籠っておりまして。外に出ることが、できないのです」

「何か、重い病気なのですか?」
「はい――。お医者様でも、治すことが出来ませんので」

 リチャードさんの表情が、急に暗くなる。かなり、症状がが悪いのだろう。私は、彼の表情を見て、すぐに心を決めた。誰かの力になれるなら、断る理由などない。

「分かりました。私にできることなら、何でもします」
「おぉ、本当ですか! 感謝いたします、如月様」

「でも、何で私なのですか? 私は、医者でもないですし。まだ、新人のシルフィードなのに」

「お嬢様は、シルフィードに、強く憧れております。それに、以前『ノア・マラソン』で、如月様の走る姿を見て、ずいぶんと勇気づけられたようでして」 

 あぁー、なるほど、そういうことね。シルフィードに憧れてるだけなら、人気シルフィードに頼んだ方がいいと思う。でも『ノア・マラソン』に参加したシルフィードって、私が史上初みたいだし。確かに、私にしか出来なさそうだ。

「そうですか。私なんかで、お役に立てるのであれば、喜んで」
「お嬢様は、よく如月様のお話しをしております。世界一のシルフィードだと」
「そんな……。私は、まだ無名の新人ですけど」

 いくら何でも、それは誇張し過ぎだ。でも、ちょっと――。いや、かなーり嬉しいけど。

「そのようなことは、特に関係ないのだと思います。人が誰かに憧れるのは、肩書ではありませんので。お嬢様にとって、如月様は、世界でただ一人の、ヒーローなのでしょう」

 それは、何となく分かる。私がリリーシャさんに憧れているのは、別に『スカイ・プリンセス』だからではない。彼女自身に、憧れているからだ。だから私は『グランド・エンプレス』のアリーシャさんよりも、リリーシャさんに惹かれている。

 もし、そのお嬢様が、本当に、私をそう思ってくれているなら、とても光栄なことだ。一度、会って、ちゃんとお話ししてみたい。

「分かりました。私、彼女のヒーローとして、頑張ります。彼女を、元気づけて上げれば、いいんですよね?」

「はい。是非とも、よろしくお願いいたします。お嬢様は、きっと、大喜びされると思います。これで、元気になってくだされば……」

 私はふと、車椅子の少女の、エリーちゃんを思い出した。私みたいな新人でも、誰かの力になれるなら、全力で頑張りたい。ただ、今度の子の場合は、部屋から出られないぐらい、重症のようなので、ちょっと心配だけど――。

「でも、いきなり会って、大丈夫ですか? かなり、具合が悪いんですよね? 急に会って、病状が悪化したりしませんか?」

「その点は、大丈夫でございます。部屋から出られないだけで、生死をさまよう病状では有りませんので。普通に会話をする程度は、特に問題ないと思います」

「そうですか……」

 それを聴いて、ちょっとだけ安心した。とはいえ、病気の人に会うのは、やっぱり緊張する。健康な人とは、当然、会話の内容も、変わって来るからだ。

「如月様のご予定は、いかがでございますか? お仕事がお休みの、ご都合の良い日がありましたら、お願いできますでしょうか?」
「でしたら、次の水曜日は、お休みですので。もし、そちらのご都合が良ければ」

「はい、もちろん、大丈夫でございます。なにとぞ、お嬢様のことを、よろしくお願いいたします、如月様」
「あの――精一杯、頑張ります!」
 
 一瞬『お力になれるかどうかは、分かりませんが』と答えようとしたが、その言葉を呑み込み、別の言葉に変えた。なぜなら、リチャードさんが深々と頭を下げ、物凄く真剣だったからだ。

 彼を見れば、いかにその子のことを、大事に想っているかが、ヒシヒシと伝わって来る。仕事で仕えているからではなく、純粋に心配しているのだろう。

 私の力で、病気がよくなるとは思えないけど。少しでも役に立てるなら、やれることは、何だってやろう。シルフィードは、幸運の使者なのだから……。


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次回――
『私が訪れたのは異世界のような大豪邸だった』

 異世界が存在するのは現実世界だ
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