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第6部 飛び立つ勇気

3-8大らかな性格が大物の資質なのかもしれない

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 私は、会社の事務所で、黙々と勉強をしていた。いつもなら、練習飛行に出ている時間だけど、最近は、内勤をしていることが多い。というのも、もう月末で、次の昇級試験まで、残り数日だからだ。

 実技は、たぶん大丈夫だと思う。安全飛行講習でも、バッチリ練習してきたから、操縦は問題ない。あと、接客の実技も、日々お客様に接しているので、大丈夫だ。何といっても、リリーシャさんという、接客の達人を、毎日、見ているので。

 となると、やはり問題なのは、学科試験だ。毎日、過去問を解いたり、学習ファイルを復習したりで、今まで以上に、勉強に力を入れていた。

 ナギサちゃんは、先日の勉強会のあとも、一緒にお茶をした時に、各種アドバイスをしてくれている。あと、出そうな問題を、ピックアップした資料まで、作って送ってくれた。結局、今回も、ナギサちゃんに、頼りっぱなしなんだよね……。

 でも、そのお蔭で、傾向も対策も分かってきた。前回の試験の時は、正直、受かる自信が、全くなかった。ただ、今回は、確かな手ごたえと、少しだけど自信がある。

 とはいえ、不安はなくならないんだよねぇー。今までが、今までだっただけに。学生時代、テストでいい思い出なんて、一つもないし。自信があった時なんて、一度もなかった。覚えていると言ったら、赤点や、叱られた記憶ばかり――。

 今さらだけど『学生時代に、ちゃんと勉強しておけばよかったなぁー』と、つくづく思う。やっぱり、実績や自信って、大事だよね。成功体験が一つもないと、なかなか自信は持てないので。
 
 タイマーのアラームが鳴ると、私は、いったん手を止めた。立ち上がって大きく伸びをすると、肩のあたりが、バキバキっと音を立てる。最近、机の前で勉強ばかりだから、体中が凝っていた。

 私は、窓際に近付いて、空を眺める。空は灰色で、今にも雨が降りそうだった。しかも、滅茶苦茶、寒いので、降って来たら雪になりそうだ。何でも、今年の冬は、特別に寒いらしい。

「何か、スッキリしない、天気だなぁ。はぁー、今の私の心の中みたい」

 やれることは、しっかりやっている。でも、一人前になるまでは、きっと、モヤモヤした心のままなんだと思う。

 親との約束。リリーシャさんへの恩返し。友人たちに追いつくこと。その全てが、次の試験に掛かっているからだ。焦ったって、しょうがないのに。試験が近づくにつれ、焦燥感が大きくなっていく。

「いかん、いかん! さて、お茶の準備でも、しよーっと」
 私は、不安を無理矢理、振り払うと、早足でキッチンに向かった。

 ポットに水を入れ、クッキング・プレートに置いて、お湯を沸かす。トレーの上に、ティーカップを並べ、お皿を出して、お菓子の準備もする。予定通りなら、もう直ぐ、リリーシャさんが帰って来るはずだ。

 お茶の準備をしていると、外からエンジン音が聞こえてきた。私は、いったん手を止めると、急いで表に出る。だが、エア・カートは、そのまま、ガレージに向かって行った。お客様は、乗っていないようだ。

 ガレージから戻って来たリリーシャさんを、玄関の前で出迎える。

「リリーシャさん、お帰りなさい。お客様は、お送りしたんですか?」
「ただいま、風歌ちゃん。雨が降りそうだったので、宿泊中のホテルまで、お送りしたの」

「確かに、すぐにでも、降りそうですよね。しかも、凄く寒いですし」
「この時期が、一番、冷えるのよね」

 私たちは、笑顔で話しながら、事務所に向かって行った。


 ******

 
 会社のダイニングのテーブルで、私とリリーシャさんは、ティータイムを楽しんでいた。今日は寒いので、お茶はちょっと熱めにしてある。時間は、三時五十分。今日の予約は、全て終わりなので、いつもと違って、のんびりだ。

 やはり、寒い時期は、観光客の数が少なくなる。特に、二月は、最も観光客が少なくなる時期だ。とはいえ、うちは相変わらず、予約がいっぱい入ってるけどね。それでも、煩雑期に比べると、ゆったりした感じがする。

「やっぱり、今の時期は、観光に来る人が少ないんですか?」 
「そうね。イベントの時は、お客様が多いけれど。それ以外は、少な目かしら」

「寒さのせいですか?」
「それも有るけれど。新生活の直後で、忙しい人が、多いからだと思うわ」

 この世界は、一月が新生活のスタートだ。入学式や入社式も、一月に行われる。向こうの世界の、四月みたいな感覚なんだよね。今までは、四月を基準に考えていたので、あまり、ピンと来ないんだけど。

「それも、そうですね。私の場合、桜が咲く時期が、新年度の感覚なので。今一つ『忙しい』ってイメージが、ないんですよね。二月は、のんびりしたイメージなので」

「春になってからの新年度も、楽しそうね」 
 リリーシャさんは、ティーカップを手に、優しい笑顔を浮かべる。
 
「こっちの人たちは、切り替えが、早いですよね。新年になって、すぐに、入学や入社に新生活。向こうだと、お正月のあと、しばらくは、ボーッとしてたので」

 だいたい、二月ぐらいまでは、ダラダラして。三月になって、ようやくエンジンがかかって。四月で、やっと本気を出す感じ。まぁ、向こうにいたころは、一年中ダラダラしてたけど……。

「この町の創世記は、お正月休みは無かったの。年末に、盛大に年越しを祝って。一月一日からは、普通に、働いていたそうよ」
「昔の人たちって、働き者だったんですねぇ」

「人手もなく、物資も少なく、戦争中だったから。みんな、生きるのに、必死だったのでしょうね」
「その状況じゃ、のんびり休んでる場合じゃ、ないですもんね」

 今のこの平和な世界からは、考えられないけど。昔は、世界規模の激しい戦争が行われていた。しかも、世界大戦が四度も行われ、向こうの世界よりも、はるかに酷い状況だったのだ。

「でも、昔から、お祭りは多かったから。そこで、息抜きしていたのでしょうね」
「確かに、この町は、お祭りが多いですもんねぇ」
 
 昔は、固定の休みがなかったので、雨の日かお祭りだけが、休暇だったようだ。シルフィードも、元々は、週七勤務だったらしいし。ちゃんとした、休暇の法制度ができたのは、割と最近だ。

「ところで、試験の準備は、順調に進んでいるかしら?」
 リリーシャさんは、カップを置くと、静かに尋ねて来る。

「はい。今回は、前回に比べ、いい感じで準備が出来ています。前回は、一杯一杯でしたけど。今回は、万全な状態です」
「そう。それは、良かったわ」

「今度こそ、絶対に受かります! これ以上〈ホワイト・ウイング〉の名に、泥を塗る訳には、行きませんので」
「そんなの、気にする必要ないのに」

 リリーシャさんは、一瞬、驚いた表情を浮かべたあと、クスクスと笑う。

「いや、でも――伝説のシルフィードが作った、有名企業の社員が、何度も落ちてたら、情けないですし」
「何度も受けていれば、そのうち受かる。母なら、きっと、そう言うと思うわ」

「えっ?! そんな、アバウトなんですか?」
「えぇ、物凄く大雑把だったわよ。細かいことは、気にしないし。物事の結果には、こだわらない性格だったから」

 大らかな人だとは、聞いてたけど。そんなに、大雑把だったんだ。

「でも、私も、それでいいと思うの。無理しなくても、進むべき時が来れば、自然に前に進むから」
「はぁ……そんなものですか」 

 リリーシャさんも、結果に対しては、かなり大らかだ。私が、試験に落ちた時も、何も言わなかったし。体調管理に関しては、ちょっと注意されたけど。

「緊張しているの?」
「はい――。正直、プレッシャーは、かなり大きいです」

「大丈夫よ。何度でも、受けられるのだし。四回目で、受かる人もいるのよ」
「えぇっ?! 四回も、受けてるんですか? ある意味、凄いですね……」

 何度でも、受けられるとはいえ、私じゃ、そこまで精神力が持たないと思う。受ける回数が多いほど、精神的負担は、大きくなるのだから。

「結局、人それぞれ、ペースがあるの。早ければ、いい訳じゃないし。最初は、時間が掛かっても、あとから急に、伸びて行く人もいるわ。上位階級の中にも、最初の試験を、落ちている人はいるのよ」

「そうなんですか? みんな、エリートなんだと思ってました」

 上位階級のシルフィードは、ごく数人の、トップ・エリートたち。だから、当然、みんな頭がいいんだと思ってた。

「実は、ツバサちゃんも、一回目は、落ちちゃったのよね」
「えぇっ!? あの何でも、器用に出来ちゃいそうな、ツバサさんが?」

 ツバサさんは、とてもクールで、何でも余裕でこなしてしまうイメージがある。

「スポーツは、得意なんだけど、勉強は今一つなのよね。それに、クールなイメージが定着したのは、だいぶ後になってからだから」
「ほへぇー。あの、ツバサさんが」

 ツバサさんも、生粋の体育会系だったんだ。まぁ、体育会系でも、勉強ができる人はいるけどね。

「だから、安心して。何度、落ちてもいいけど、健康管理だけはしっかりね」
「はい。って、もう落ちませんから!」

 リリーシャさんは、クスクス笑っている。

 うーん、何だかなぁー。うちの親だったら『次こそは、絶対に受かりなさい』って、厳しく言うだろうけど。何度、落ちてもいいって――。

 でも、お蔭で、だいぶ気持ちが楽になった。張り詰めていた緊張感が解けたせいか、体が軽くなった気がする。

 よし、あまり、気負い過ぎずに頑張ろう。次は、ベスト・コンディションで臨むことだけを考えて。あとは、なるようになる、ということで……。


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次回――
『逆境を乗り越えて臨む2度目の昇級試験』

 順境の美徳は自制であり、逆境の美徳は不撓不屈である
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