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第6部 飛び立つ勇気

2-7久々の女子会でちょっとサプライズをやってみた

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 夕方、五時ニ十分ごろ。私は〈東地区〉にある、イタリアン・レストラン〈アクアマリン〉に来ていた。いつもなら、外のテラス席だけど、今日は珍しく、店内にいる。外は、ところどころに雪が残っており、かなり気温が低いからだ。

 外のテラス席には『ACS』が付いているけど、やっぱり、寒いものは寒い。テラス席に座っている人たちは、コートやマフラーでかなり厚着しており、それでも、結構、寒そうだ。さすがに今日は、店内で食事をしている人が多い。

 今日は、恒例の女子会とは、ちょっと違う。ワイワイ会話をしながら食事をするのは、いつもと同じなんだけど。メインの目的は、別にあった。なぜなら、今日は、ナギサちゃんとフィニーちゃんの『昇級祝い』だからだ。

 ナギサちゃんは、元々勉強ができるから、昇級して当然だと思ってた。でも、フィニーちゃんも、無事に一発合格。二人とも、試験の結果発表を見たあと、すぐにELエルで知らせてくれた。

 私も、二人の合格には、自分のことのように、飛び上がって喜んだ。だって、親友が二人そろって昇級なんて、物凄く嬉しいし、誇らしいもん。『置いて行かれてしまう』なんて不安は、一瞬で吹き飛んでしまった。

 いやー、本当に、よかった、よかった。流石は、私の自慢の親友たち。ナギサちゃんは、元々凄いけど、フィニーちゃんも、やる時はやるし。自分の試験が、まだ残ってるのに、何だか凄くホッとした気分。

 そんな訳で、二人のお祝いをするために、今日の女子会を企画した。二人には『お疲れ様会』と伝えてある。

 ちなみに、事前に『昇級祝いをしたい』と、お店のマスターに相談したところ、喜んで協力してくれることになった。今日は二人のために、腕によりをかけた、特別料理を作ってくれるらしい。

 さらに、リリーシャさんに、二人の合格を伝えたら、お祝いのケーキを作ってくれたのだ。リリーシャさんのお菓子作りの腕は、プロ級なので、滅茶苦茶、スペシャルなケーキが完成した。しかも、超特大サイズだ。

 この町の人たちは、本当に、みんな優しい。誰かに幸運があれば、みんなで、喜んでお祝いをするもんね。

 今日は早めに来て、マスターに、でっかいお祝い用のケーキを、預けてあった。食後に出してくれる、手はずになっている。二人には言ってないので、今日は『サプライズ・パーティー』なのだ。

 フィニーちゃんは、凄く喜んでくれそうだけど。ナギサちゃんは、どうなんだろう? ちょっとは、驚いたりするのかなぁ? 逆に、怒られそうな気も……。

 私は、二人が来るのを、今か今かと、ワクワクしながら、待ちわびていた。サプライズ・パーティーの企画なんて、初めてだし。何より、昇級して一人前になった二人に、早く会いたい気持ちで一杯だった。

 五時半を少し回ったところで、入り口から、ナギサちゃんが入ってきた。私は、スッと立ち上がると、彼女に向かって、笑顔で手を振った。私に気付くと、ナギサちゃんは、静かに近づいてくる。

「少し遅くなってしまったわ。新しい業務に、若干、手間取ってしまって」
「へーきへーき。一人前になったんだから、忙しくて当然だよ」
「別に、忙しい訳じゃないわよ。報告書を書くのに、時間が掛かっただけで」

 ナギサちゃんは席に着くと、背筋を伸ばしながら、静かに話す。相変わらず、プライベートの時でも、気を抜かずにビシッとしている。

「そうなの? 凄く忙しいんだと思ってた」
「リトル・ウィッチは、見習いと、大して変わらないわよ。営業許可をもらっただけで、お客様がいるわけじゃ無いんだから」

 ナギサちゃんは、小さくため息をついた。

 昇級した割には、そんなに嬉しそうには、見えなかった。意識が凄く高いから、ただの通過点にしか、考えていないのかもしれない。

 二人で世間話をしていると、やがて、フィニーちゃんがやってきた。時間は、五時五十分。いつもと同じ、のんびりなペースだ。首には、グルグルにマフラーを巻いている。

 立ち上がって手を振ると、身を縮めて両手をこすりながら、ゆっくり近づいてきた。見るからに、寒そうだ。

「フィニーちゃん、お疲れー。寒そうだね」
「って、何で制服の上から、マフラーなんか巻いてるのよ。だらしない」

 さっそく、ナギサちゃんの突っ込みが入る。

「だって、超寒い。普通に飛んでたら、死ぬ」
「死にはしないわよ。マフラーを巻くなら、せめて私服に着替えなさい」

「着替えるの、めんどくさかった。それに、勤務時間おわってる」
「勤務時間外だって、制服を着ている限り、シルフィードなのよ。一人前になったのなら、もう少し、自覚を持ったら?」

 例のごとく、開幕早々からの、二人の言い合いが始まる。

 はぁー、やっぱり、こうなっちゃうのかぁ。一人前になっても、何も変わらないよね。ナギサちゃんは、昔から真面目だし。フィニーちゃんの自由さも、何一つ、変わったところは見えない。でも、そんな二人を見て、少し安心した。

「まぁまぁ、折角の『お疲れ様会』なんだから、楽しくやろうよ。それに、今日は、新年会でもあるんだから」 

 年が明けてからは、初めての女子会だ。本当は、もっと早くやりたかったけど。二人の昇級試験が近かったので、終わるまで、控えていたのだ。

 フィニーちゃんが席に着いたところで、私は店員さんを呼んで、注文をする。その際、目配せをすると、店員さんも、小さく頷いた。スタッフの人たちも、今日の『サプライズ・パーティー』のことは、知っている。 

 世間話をしていると、ほどなくして、前菜が運ばれてきた。最初は、白いお皿に綺麗に盛られた、カルパッチョだった。トマトの赤と、鯛の切り身の白が、紅白でとても美しい。ボリュームもあって、かなり食べ応えがありそうだ。

「何か、いつもとコースの内容が、違うんじゃない?」
 ナギサちゃんは、目の前に置かれた料理を見て、疑問を口にする。

「やっぱ、分かった? 今日は、いつもの日替わりディナーコースじゃなくて、特別なのを、お願いしておいたんだ。二人の合格祝いだから、縁起の良さそうなものが、いいと思って」

 私が説明しているすぐ横では、フィニーちゃんが、お構いなしに、モグモグと食べ始めていた。

「でも、これだと、かなり高いんじゃないの? 風歌は、大丈夫なの?」
「うん、へーきへーき。実家に帰った時、結構、お金もらったんで。今日は、私がご馳走するから」

 向こうに行った時、割と多めに、お年玉をもらってきた。お母さんからは、一万円。お父さんのお年玉袋には、五万円も入っていた。しかも、交通費もお土産代も、全て出してくれたので、全くお金を使ってなかったんだよね。 

 結局、使い道が思い浮かばなかったので、二人のお祝いに使うことにした。いつも頼んでいる日替わりディナーは、千二百ベル。今日お願いしたのは、八千ベルの超豪華コースだ。

 一食三百ベルで生活しているので、普段なら、絶対に手が出せない。でも、親友の大事なお祝いだからね。

「いいわよ、無理しないで。自分で払うから」 
「これは、私からの、お祝いと感謝の気持ちだから。遠慮せずに、受け取って」

 本当に、普段から、お世話になりっぱなしだもんね。特に、ナギサちゃんには、何度、助けられたことか。

「食べ放題?」
 フィニーちゃんが、ピクッと反応する。

「いやいや、そこまでの予算ないから。コース料理だけね」
 フィニーちゃんは、一瞬、残念そうな表情をしたあと、再び食事を再開した。

 前菜のあとは、スープ、スフォルマートと続く。スフォルマートとは、イタリア風の茶わん蒸しみたいな感じで、見た目はプリンに近い。チーズや生クリームで、野菜などの、具材を固めてある。滑らかな舌触りで、すっごく美味しい。

 そのあとの、メインディッシュは、牛肉のステーキだ。最初から、食べやすいように切り分けてあり、焼き加減は、中心に赤い部分を残した、ミディアムレア。上には、茶色いソースが掛けられていた。

 口に入れ、かみしめると、ジュワーッと肉汁が飛び出してきて、口の中が旨みの大洪水になる。脂がのっている上に、とても柔らかくて、とろけるような美味しさだった。

 うーん、超美味しい! 流石に、八千ベルのコースだと、次元が違うよねぇー。

 どの料理もおいし過ぎて、ついつい、食べるのに夢中になってしまった。食事が終わり、お茶が運ばれてくると、ホッと一息つく。

「二人とも、あらためて、おめでとう。これで、ようやく一人前だね」
「まだ、スタートラインに立っただけで、本番はこれからよ」

 相変わらず、ナギサちゃんはクールだ。何一つ、浮かれたところがない。

「でも、見習いとは、全然、違うでしょ? 立場も心境も」
「なにも変わってない。今までと同じ」

 フィニーちゃんも、マイペースなのは、いつも通りだ。

「いやいや、そんなことないでしょ? 念願の一人前なのに。二人とも、嬉しくないの?」

「嬉しいよりも、責任の重さを感じるほうが、大きいわよ。あと、これからは、完全に個人の実績が全てなんだから。甘いことは、言ってられないわ」

「そういえば、接客や営業の実績って、今後の昇級にも、関係あるんだっけ?」
「大手は、特にそうね。人気や売り上げのないシルフィードを、昇級させたりはしないわよ。会社の質が、落ちるだけだから」

 ナギサちゃんは、厳しい表情で語る。

 確かに、仕事である以上、人気になってお金を稼げないと、まったく意味がない。特に、シルフィードの場合は、完全に個人技の仕事だ。ファンやお客様は、自力で掴まなければならないのだから。

「やっぱり、大企業は厳しいね。フィニーちゃんの会社も、そんな感じ?」
「よく知らない。けど、たぶん同じ」

「もうちょっと、真剣に考えなさいよ。いつまで、見習い気分でいるつもり?」 
「気持ちは、いつも初心が大事。おばあちゃんが、そう言ってた」
「それと、見習い気分は違うでしょ!」

 例のごとく、ナギサちゃんとフィニーちゃんの、言い争いが始まってしまった。まぁ、これが、二人のコミュニケーションだから、しょうがないかもだけど――。

 その時、店の奥の方から、マスターがこちらに視線を送ってきた。私は、小さくうなずくと、マスターは、笑顔で奥に入って行った。

 ほどなくして、店内の照明が弱くなった。すると、店の奥の方から、ワゴンがこちらに向かってくる。その上には、とても大きなケーキがのっていた。ケーキには、何本ものキャンドルが立っており、小さな炎が揺らめいている。

 徐々に近づいてくると、私たちの席の隣で止まった。

「シルフィードの昇級、おめでとうございます!」
 一人の店員が声をあげると、他の店員とマスターも、一斉にお祝いの言葉を復唱する。店内のお客さんたちからも、拍手と声援が巻き起こった。

「昇級、おめでとう!」
「おめでとう、これからも頑張って!」
「未来のクイーンに乾杯!」

 あっという間に、店中が熱気に包まれた。

 店内が明るくなると、テーブルのすぐ横のワゴンには、凝った飾りつけの、特大ケーキがあった。チョコプレートには『ナギサちゃん フィニーちゃん 昇進おめでとう!』と書いてある。プレートだけは、私が作ったんだよね。

「いったい、何事……?!」
「あらかじめ、ケーキを用意して、マスターに渡しておいたんだ。これ、リリーシャさんの、手作りケーキだよ。プレートだけ、私が作ったんだけどね」

 ナギサちゃんは、珍しく、唖然とした表情を浮かべていた。対称的に、フィニーちゃんは、目をキラキラさせている。

「ほら、二人とも早く、火を消して。みんな待ってるよ」
 店中の人たちがの視線が、二人に集まっていた。

 二人は立ち上がると、同時に、フーッと息を吐いて、ロウソクを消して行った。全てのロウソクが消えると、みんなから、盛大な拍手が巻き起こる。

 その後、店員さんが切り分けて、他のお客さんたちにも配って行く。『幸運のおすそ分け』は、グリュンノアの伝統だ。

「ちょっと、風歌――こんなの聴いてないわよ」
「だって、言ったら、サプライズにならないじゃん」

「こういうのは、事前に言ってくれないと、困るのよ。心の準備があるし」
「いいじゃん、みんな喜んでるんだから」

 店内を見回すと『シルフィードの祝福だ』と言って、みんな大喜びしている。ナギサちゃんも、その様子を見て、小さく息を吐くと、黙りこんだ。

 ナギサちゃんも、すっごく驚いてくれたし。お店の人たちも、みんな喜んでくれたし。サプライズ・パーティーは、大成功だ。

 本番がこれからなのも、今まで以上に大変なのも、十分にわかっている。でも、今夜ぐらいは、思いっきり楽しんでもいいよね。初昇級のお祝いは、一生に一度のイベントなんだから。

 ナギサちゃん、フィニーちゃん、本当におめでとう。私も、すぐに追いつくから、待っててね。

 よし、私も気合を入れ直して、頑張りまっしょい!


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次回――
『突然舞い込んできたチャンスが大ピンチに』

 ピンチの後にチャンスあり!
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