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第6部 飛び立つ勇気
2-4優しい嘘は時には必要なのかもしれない
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夜、静まり返った屋根裏部屋。いつにもまして、静寂を感じる。なぜなら、外は雪がパラついているからだ。小さな粉雪が舞い降り、周りの建物の屋根は、真っ白に染まっている。そのせいで、部屋の中の気温は低く、体が底冷えしていた。
私は、服を重ね着し、毛布にくるまって、古びた木の机の前で正座している。吐く息が真っ白になり、指先は、かじかんでいた。それでも私は、黙々と勉強を続ける。学習ファイルを、次々と開いて、今まで学んできたことの、復習をしていた。
実は、先日ノーラさんからもらった、小型のストーブが、部屋の隅に置いてあった。小さいのでパワーはないけど、狭い屋根裏なら、そこそこ温かくなる。でも、ストーブを使うと、快適すぎて眠くなってしまうのだ。
なので、勉強中は、使わないことにしている。多少、寒い方が、身が引き締まって、集中できるので。
ただ、今日は雪が降っているせいで、さすがに寒い。でも、そこは気合でカバーして、勉強を続けた。コンソールに触れる指が、思うように動かないので、時折り息を吹きかけ温める。
部屋中が冷え切っていて、体の芯から冷たくなっていた。でも、これでいい。これぐらいのほうが、私はやる気が出る。何かが足りなくて、ちょっと苦しいぐらいが、ちょうどいいんだ。今までも、ずっとこんな生活だったし。
来週は、いよいよ昇級試験だ。私は、まだ、実地期間が一年ないから、少し先だけど。ナギサちゃんたちは、試験に受かれば、すぐに昇級する。少なからず、私の知っている同期の子たちは、みんな来週の昇級試験を、受けるはずだ。
そうなると、私も、うかうかは、してられない。少し遅れるけど、確実に、追いついて行かなければ。これ以上、差が開いては、頂点を目指すどころの話ではないからだ。
両手をこすり合わせて、手を温めている時、マギコンの着信音が鳴った。メッセージを見ると、ユメちゃんからだ。私は、かじかんだ指で操作しながら、ELを開いた。
『風ちゃん、こんばんわー。元気にやってる?』
『うん、元気だよー。寒くて、凍死しそうだけど……』
『えっ、大丈夫?! 暖房はないの?』
『一応、もらったのが有るんだけど。つけてないんだよね』
『えーっ、何で? 今日は、滅茶苦茶、気温低いから、つけなきゃダメだよ』
『だね。ちょっと、ストーブ持って来る』
私は立ち上がると、部屋の隅に置いてあった小型ストーブを、机のすぐ横に持ってくる。スイッチを押すと、ストーブの網の中に、球体が発生した。マナ・イルミネーションと違って、赤い光だ。
これは、火炎魔法を応用したもので、空中に熱を発生させる球体を作り出す。直接、火をつける訳ではないので、向こうの世界の、電気ストーブに近い。ただ、つけた瞬間、すぐに温まる優れものだ。
何でも、遠赤外線効果があるらしく、体にじんわりと、熱がしみ込んでくる。
『ふわぁー、生き返るー!』
『よかった。でも、何でこんな雪の寒い日に、暖房、使わないの?』
『何ていうか、あまりに快適過ぎて、気が緩んじゃうんだよね。元々勉強って、得意じゃないから。眠くなってくると、全然、頭に入って来なくて』
『あー、そういうこと。でも、無理したら、風邪ひいちゃうよ』
確かに、無理してるかもしれない。昔、実家にいた時なんて、暖房をガンガン入れて、ベッドの上でゴロゴロしてたもんね。
『ここ数年、風邪ひいたことないから大丈夫。それより、勉強に集中できないほうが、大問題なんだよね。もう、試験まで、あまり時間ないし』
『そういえば、昇級試験って、今月だっけ?』
『みんなは、そうだね。でも、私は四月から働き始めたから。一年の勤務期間が、まだ終わってないんだ』
『そっかー、実地期間が必要なんだね』
以前は、全く気にしてなかったけど。今は、たった三ヶ月の差が、物凄く大きく感じる。頂上に登るスタート地点に立つために、一刻も早く、一人前になりたい。
『ほんの、数ヵ月の差なんだけど。でも、今はとんでもなく、長く感じるんだ。みんなに、置いて行かれたくないから』
『その気持ち、よく分かる。周りに置いて行かれるのって、超不安だもんね』
『焦っちゃいけないって、頭では、分かってるんだけど。試験日が近づくにつれて、プレッシャーが大きくなってきて。私が受ける訳じゃないのに、おかしいよね』
私は、比較的、周りを気にしない性格だ。割とマイペースだし、人は人、自分は自分と、割り切っていた。でも、日に日に、焦燥感が強くなっていく。今まで感じたことのない、複雑な気分だった。
『おかしくなんか無いよ。それだけ、真剣だってことでしょ?』
『うん。私、真剣だよ。今までも真剣だったけど、今までの百倍ぐらい、本気で必死なんだ』
『何かあったの?』
『実家に、帰ってからかな。気持ちや考えが、大きく変わったの』
今までだって、物凄く頑張っていたつもりだ。でも、振り返ってみると、まだ、甘かった気がする。夢は追い掛けていたけど、本気で実現させようとする、意思が弱かったからだ。
『えっ、里帰りしたんだ?』
『うん。色々あって、結局ね――』
『そっかー。実家でのんびり過ごせて、よかったね』
まぁ、のんびりと言えば、のんびりだったけど。色んなことが見えて、まるで、自分探しの旅にでも、行ってきた気分だった。
『あの……実はね。今まで、ずっと隠してたことがあるんだ』
私は、少し考えてから、言葉を選んで打ち込んだ。
『えっ、何?』
『実は私、今までずっと、家出してたんだよね』
『えぇーっ?! そうだったの? 全然、気付かなかったよー!』
そりゃ驚くよね。毎日ELでやり取りしてるのに、この話題は初めてだから。
『ごめんね、今まで隠していて。でも、悪気があった訳じゃないんだ。話せば、空気が重くなるし。ユメちゃんとの関係も、壊したくなかったから――』
そう、一番、心配してたのは、この部分だ。私にとって、ユメちゃんは、こっちの世界に来てから、ずっと心の支えだったから。
『別に、謝る必要ないよ。風ちゃんは、何も悪くない。私だって、同じ状況なら、言えないと思う。相手に、変な気を遣わせたくないもん。風ちゃんも、気を遣ってくれたんでしょ?』
『まぁ、そうなんだけど……』
『でも、大丈夫。私そんなこと、全然、気にしないから。むしろ、今まで以上に「頑張れー!」って、応援しちゃうよ。むしろ、カッコイイじゃん。一人で異世界に来て、必死に頑張ってるなんて。まるで、小説みたいだよ』
『あははっ、ありがとう、ユメちゃん。そんな、カッコイイものじゃないけどね』
相変わらず、ユメちゃんは優しい。というか、大人しそうな割りには、ドラマチックな展開が、大好きなんだよね。
『でも、何で急に、帰ることになったの? 帰省しないって、言ってたのに』
『実は、リリーシャさんに。「同意書のサインを、今すぐもらってこないと、辞めてもらう」と言われて――』
『えっ?! 急に言われたの?』
『うん。仕事収めの三十日に、いきなり……』
あの時は、本当に、心臓が止まりそうなほどビックリした。いや、だって、物凄く和やかに大掃除してたんだよ。最後は、今年一年、お疲れ様でしたー、で気持ちよく終わると思ってた。
まさか、あの穏やかな流れで。しかも、一年の最後の最後に、あんなこと言われるなんて、想像できるわけないよね。
『うわっ、いきなり過ぎじゃない! めっちゃ驚いたでしょ?』
『それは、もう。頭、真っ白になって、しばらく固まってたもん』
『リリーシャさんって、大人しそうな感じがするけど。意外と、強引なところもあるんだね』
『いやー、単に私が悪いだけで。同意書も、ずっと、うやむやにしてたし』
本来なら、入社の時に出す書類を、十ヶ月近くも、引き延ばしていたのだから。今回の件は、全面的に私が悪い。普通の会社なら、そもそも、入社すらできないし。
『未成年だと、同意書は必須だもんね。じゃあ、今回は、同意書のサインをもらいに、行って来たんだ?』
『そんな感じだね。でも、メインはそっちじゃなくて、家出についての、お詫びなんだけど――』
『両親には、許してもらえたの?』
『うん。条件付きだけど、一応はね。同意書も、サインしてもらえたし。シルフィードの仕事を続けることも、当面は、納得してくれたみたい』
条件付きとはいえ、認めてもらえたのは、私にとって、大きな前進だった。今まで、常に心の中でモヤモヤしていたものが、きれいさっぱり消え去った。やっぱり、家族に認めて貰えないままというのは、精神衛生上よろしくない。
『そうなんだ。良かったね、風ちゃん! これからは、胸を張ってできるじゃん』
『だねー。まぁ、色々課題はあるけど、このタイミングで帰省して、本当によかったと思う。もう直ぐ、昇級試験もあるし。これで、集中して勉強できるよ』
以前にも増して、勉強を頑張れているのは、家出の件を解決したのが、とても大きい。
『でも、何か、手のひらの上で、転がされた感じだね』
『えっ……どういうこと?』
『リリーシャさんにとって、同意書なんて、どうでも良かったんじゃないかな? だって、必要ならもっと早くに、行かせてたでしょ? 時空間郵便でもいい訳だし』
『あぁ、そっか――』
なにも直接、行かなくても、郵便でも済む話だ。それに、以前、お忍びでお母さんが来た時に、この件を出すことも、できたはずだし。
『結局、風ちゃんと、両親を和解させるための、口実だと思うよ』
『うっ……言われてみれば、そうだったのかも。うーむ、リリーシャさん、そこまで考えてたのかなぁ。チケットも、しっかり事前に用意してたし』
『でも、優しい嘘だよね。風ちゃんのためを想っての』
『そうだね。そのお蔭で、両親とも和解できたんだから。本当に、リリーシャさんには、頭が上がらないよ』
今回の件は、全て最初から、リリーシャさんの、思惑通りだったのかもしれない。私は、突然だと思ったけど、かなり前から、計画してたのかも。このままだと、ずっと避け続けて、実家に帰らなくなるのも、見越してたのだろう。
リリーシャさんって、普段うるさくは言わないけど。結構、しっかり、私のこと見てくれてるよね。ノーラさんのような厳しい優しさもあれば、リリーシャさんのような見守る優しさもある。
優しさにも色々あると、最近ようやく、分かるようになって来た。うちのお母さんは前者、お父さんは後者かな。
その後も、ユメちゃんと、向こうの世界の話で盛り上がった。ユメちゃんは、私の家出話を聴いても、特に変わった様子はなく、いつも通り、楽しそうに話していた。まるで、小説の話でも聴いている感じで、むしろ喜んでいる。
ELでやりとりしている間に、心がポカポカして、冷え切っていた体も、温かくなってきた。いつも、私の心を温めてくれるのは、元気で前向きな、ユメちゃん言葉なんだよね。
会話の合間に、私は、そっと立ち上がって、窓の外を見る。辺り一面は、白銀の世界になっていた。振り続ける雪を見ながら、私はふと思った。
優しさには、色んな形があるんだね。私は、嘘が下手だけど。時には、誰かのために、優しい嘘をつく必要が、あるかもしれない。
いざという時、私は、嘘をつくことが出来るんだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『頑張る理由に貴賤などないと思う』
生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤がある
私は、服を重ね着し、毛布にくるまって、古びた木の机の前で正座している。吐く息が真っ白になり、指先は、かじかんでいた。それでも私は、黙々と勉強を続ける。学習ファイルを、次々と開いて、今まで学んできたことの、復習をしていた。
実は、先日ノーラさんからもらった、小型のストーブが、部屋の隅に置いてあった。小さいのでパワーはないけど、狭い屋根裏なら、そこそこ温かくなる。でも、ストーブを使うと、快適すぎて眠くなってしまうのだ。
なので、勉強中は、使わないことにしている。多少、寒い方が、身が引き締まって、集中できるので。
ただ、今日は雪が降っているせいで、さすがに寒い。でも、そこは気合でカバーして、勉強を続けた。コンソールに触れる指が、思うように動かないので、時折り息を吹きかけ温める。
部屋中が冷え切っていて、体の芯から冷たくなっていた。でも、これでいい。これぐらいのほうが、私はやる気が出る。何かが足りなくて、ちょっと苦しいぐらいが、ちょうどいいんだ。今までも、ずっとこんな生活だったし。
来週は、いよいよ昇級試験だ。私は、まだ、実地期間が一年ないから、少し先だけど。ナギサちゃんたちは、試験に受かれば、すぐに昇級する。少なからず、私の知っている同期の子たちは、みんな来週の昇級試験を、受けるはずだ。
そうなると、私も、うかうかは、してられない。少し遅れるけど、確実に、追いついて行かなければ。これ以上、差が開いては、頂点を目指すどころの話ではないからだ。
両手をこすり合わせて、手を温めている時、マギコンの着信音が鳴った。メッセージを見ると、ユメちゃんからだ。私は、かじかんだ指で操作しながら、ELを開いた。
『風ちゃん、こんばんわー。元気にやってる?』
『うん、元気だよー。寒くて、凍死しそうだけど……』
『えっ、大丈夫?! 暖房はないの?』
『一応、もらったのが有るんだけど。つけてないんだよね』
『えーっ、何で? 今日は、滅茶苦茶、気温低いから、つけなきゃダメだよ』
『だね。ちょっと、ストーブ持って来る』
私は立ち上がると、部屋の隅に置いてあった小型ストーブを、机のすぐ横に持ってくる。スイッチを押すと、ストーブの網の中に、球体が発生した。マナ・イルミネーションと違って、赤い光だ。
これは、火炎魔法を応用したもので、空中に熱を発生させる球体を作り出す。直接、火をつける訳ではないので、向こうの世界の、電気ストーブに近い。ただ、つけた瞬間、すぐに温まる優れものだ。
何でも、遠赤外線効果があるらしく、体にじんわりと、熱がしみ込んでくる。
『ふわぁー、生き返るー!』
『よかった。でも、何でこんな雪の寒い日に、暖房、使わないの?』
『何ていうか、あまりに快適過ぎて、気が緩んじゃうんだよね。元々勉強って、得意じゃないから。眠くなってくると、全然、頭に入って来なくて』
『あー、そういうこと。でも、無理したら、風邪ひいちゃうよ』
確かに、無理してるかもしれない。昔、実家にいた時なんて、暖房をガンガン入れて、ベッドの上でゴロゴロしてたもんね。
『ここ数年、風邪ひいたことないから大丈夫。それより、勉強に集中できないほうが、大問題なんだよね。もう、試験まで、あまり時間ないし』
『そういえば、昇級試験って、今月だっけ?』
『みんなは、そうだね。でも、私は四月から働き始めたから。一年の勤務期間が、まだ終わってないんだ』
『そっかー、実地期間が必要なんだね』
以前は、全く気にしてなかったけど。今は、たった三ヶ月の差が、物凄く大きく感じる。頂上に登るスタート地点に立つために、一刻も早く、一人前になりたい。
『ほんの、数ヵ月の差なんだけど。でも、今はとんでもなく、長く感じるんだ。みんなに、置いて行かれたくないから』
『その気持ち、よく分かる。周りに置いて行かれるのって、超不安だもんね』
『焦っちゃいけないって、頭では、分かってるんだけど。試験日が近づくにつれて、プレッシャーが大きくなってきて。私が受ける訳じゃないのに、おかしいよね』
私は、比較的、周りを気にしない性格だ。割とマイペースだし、人は人、自分は自分と、割り切っていた。でも、日に日に、焦燥感が強くなっていく。今まで感じたことのない、複雑な気分だった。
『おかしくなんか無いよ。それだけ、真剣だってことでしょ?』
『うん。私、真剣だよ。今までも真剣だったけど、今までの百倍ぐらい、本気で必死なんだ』
『何かあったの?』
『実家に、帰ってからかな。気持ちや考えが、大きく変わったの』
今までだって、物凄く頑張っていたつもりだ。でも、振り返ってみると、まだ、甘かった気がする。夢は追い掛けていたけど、本気で実現させようとする、意思が弱かったからだ。
『えっ、里帰りしたんだ?』
『うん。色々あって、結局ね――』
『そっかー。実家でのんびり過ごせて、よかったね』
まぁ、のんびりと言えば、のんびりだったけど。色んなことが見えて、まるで、自分探しの旅にでも、行ってきた気分だった。
『あの……実はね。今まで、ずっと隠してたことがあるんだ』
私は、少し考えてから、言葉を選んで打ち込んだ。
『えっ、何?』
『実は私、今までずっと、家出してたんだよね』
『えぇーっ?! そうだったの? 全然、気付かなかったよー!』
そりゃ驚くよね。毎日ELでやり取りしてるのに、この話題は初めてだから。
『ごめんね、今まで隠していて。でも、悪気があった訳じゃないんだ。話せば、空気が重くなるし。ユメちゃんとの関係も、壊したくなかったから――』
そう、一番、心配してたのは、この部分だ。私にとって、ユメちゃんは、こっちの世界に来てから、ずっと心の支えだったから。
『別に、謝る必要ないよ。風ちゃんは、何も悪くない。私だって、同じ状況なら、言えないと思う。相手に、変な気を遣わせたくないもん。風ちゃんも、気を遣ってくれたんでしょ?』
『まぁ、そうなんだけど……』
『でも、大丈夫。私そんなこと、全然、気にしないから。むしろ、今まで以上に「頑張れー!」って、応援しちゃうよ。むしろ、カッコイイじゃん。一人で異世界に来て、必死に頑張ってるなんて。まるで、小説みたいだよ』
『あははっ、ありがとう、ユメちゃん。そんな、カッコイイものじゃないけどね』
相変わらず、ユメちゃんは優しい。というか、大人しそうな割りには、ドラマチックな展開が、大好きなんだよね。
『でも、何で急に、帰ることになったの? 帰省しないって、言ってたのに』
『実は、リリーシャさんに。「同意書のサインを、今すぐもらってこないと、辞めてもらう」と言われて――』
『えっ?! 急に言われたの?』
『うん。仕事収めの三十日に、いきなり……』
あの時は、本当に、心臓が止まりそうなほどビックリした。いや、だって、物凄く和やかに大掃除してたんだよ。最後は、今年一年、お疲れ様でしたー、で気持ちよく終わると思ってた。
まさか、あの穏やかな流れで。しかも、一年の最後の最後に、あんなこと言われるなんて、想像できるわけないよね。
『うわっ、いきなり過ぎじゃない! めっちゃ驚いたでしょ?』
『それは、もう。頭、真っ白になって、しばらく固まってたもん』
『リリーシャさんって、大人しそうな感じがするけど。意外と、強引なところもあるんだね』
『いやー、単に私が悪いだけで。同意書も、ずっと、うやむやにしてたし』
本来なら、入社の時に出す書類を、十ヶ月近くも、引き延ばしていたのだから。今回の件は、全面的に私が悪い。普通の会社なら、そもそも、入社すらできないし。
『未成年だと、同意書は必須だもんね。じゃあ、今回は、同意書のサインをもらいに、行って来たんだ?』
『そんな感じだね。でも、メインはそっちじゃなくて、家出についての、お詫びなんだけど――』
『両親には、許してもらえたの?』
『うん。条件付きだけど、一応はね。同意書も、サインしてもらえたし。シルフィードの仕事を続けることも、当面は、納得してくれたみたい』
条件付きとはいえ、認めてもらえたのは、私にとって、大きな前進だった。今まで、常に心の中でモヤモヤしていたものが、きれいさっぱり消え去った。やっぱり、家族に認めて貰えないままというのは、精神衛生上よろしくない。
『そうなんだ。良かったね、風ちゃん! これからは、胸を張ってできるじゃん』
『だねー。まぁ、色々課題はあるけど、このタイミングで帰省して、本当によかったと思う。もう直ぐ、昇級試験もあるし。これで、集中して勉強できるよ』
以前にも増して、勉強を頑張れているのは、家出の件を解決したのが、とても大きい。
『でも、何か、手のひらの上で、転がされた感じだね』
『えっ……どういうこと?』
『リリーシャさんにとって、同意書なんて、どうでも良かったんじゃないかな? だって、必要ならもっと早くに、行かせてたでしょ? 時空間郵便でもいい訳だし』
『あぁ、そっか――』
なにも直接、行かなくても、郵便でも済む話だ。それに、以前、お忍びでお母さんが来た時に、この件を出すことも、できたはずだし。
『結局、風ちゃんと、両親を和解させるための、口実だと思うよ』
『うっ……言われてみれば、そうだったのかも。うーむ、リリーシャさん、そこまで考えてたのかなぁ。チケットも、しっかり事前に用意してたし』
『でも、優しい嘘だよね。風ちゃんのためを想っての』
『そうだね。そのお蔭で、両親とも和解できたんだから。本当に、リリーシャさんには、頭が上がらないよ』
今回の件は、全て最初から、リリーシャさんの、思惑通りだったのかもしれない。私は、突然だと思ったけど、かなり前から、計画してたのかも。このままだと、ずっと避け続けて、実家に帰らなくなるのも、見越してたのだろう。
リリーシャさんって、普段うるさくは言わないけど。結構、しっかり、私のこと見てくれてるよね。ノーラさんのような厳しい優しさもあれば、リリーシャさんのような見守る優しさもある。
優しさにも色々あると、最近ようやく、分かるようになって来た。うちのお母さんは前者、お父さんは後者かな。
その後も、ユメちゃんと、向こうの世界の話で盛り上がった。ユメちゃんは、私の家出話を聴いても、特に変わった様子はなく、いつも通り、楽しそうに話していた。まるで、小説の話でも聴いている感じで、むしろ喜んでいる。
ELでやりとりしている間に、心がポカポカして、冷え切っていた体も、温かくなってきた。いつも、私の心を温めてくれるのは、元気で前向きな、ユメちゃん言葉なんだよね。
会話の合間に、私は、そっと立ち上がって、窓の外を見る。辺り一面は、白銀の世界になっていた。振り続ける雪を見ながら、私はふと思った。
優しさには、色んな形があるんだね。私は、嘘が下手だけど。時には、誰かのために、優しい嘘をつく必要が、あるかもしれない。
いざという時、私は、嘘をつくことが出来るんだろうか……?
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次回――
『頑張る理由に貴賤などないと思う』
生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤がある
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