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第6部 飛び立つ勇気

2-2大人になるとは何かを捨てることなんだろうか?

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 私は〈南地区〉の上空を飛んでいた。少し離れたところには、ナギサちゃんとフィニーちゃんも、一緒に飛んでいる。今日は恒例の、三人一緒の練習飛行だ。

〈中央区〉からスタートして、次に〈北地区〉へ。そのあと、時計回りに、各地区を回って行く。普段は、1つの地区を重点的に回る。でも、今日は、全地区を回って行く予定になっていた。

 スピードを緩めにして、各地区の重要ポイントを、1つずつチェックしていく。有名な観光スポットや、目印になる建物や屋根など。今まで、ずっと練習してきた成果を試すべく、1つ1つ丁寧に、確認作業を進めて行った。

 ルートやチェックポイントは、ナギサちゃんが、あらかじめ作ってくれたリストに沿って、進めている。とても細かいチェックリストと、資料を作って来て、練習飛行前に渡された。相変わらず、事前準備と計画に、全く抜かりがない。

 普段は、ボーっとしているフィニーちゃんも、今日は、珍しく真面目にやっていた。というのも、数日後には、昇級試験が控えているからだ。

 二人は、昨年の一月から勤務しているため、実地の一年をクリアして、試験が受けられる。私は、四月から勤務を開始したので、まだ、数ヵ月先だ。とはいえ、数ヵ月なんて、あっという間だからね。今のうちに、完璧にしておかなければならない。

 それに、一番の問題は、今日が『最後の合同練習』ということだ。二人が、試験に受かって昇級すれば、見習いから一人前になる。そうすると、もう一緒に、練習飛行はできなくなってしまう。

 一人前になったら、練習は卒業だ。これからは、毎日、お客様の対応が仕事になる。特に二人は、大企業に所属しているから、かなり忙しくなるはずだ。

 ナギサちゃんは、間違いなく、昇級試験に受かると思う。いつも、社内の試験でも満点みたいだし。フィニーちゃんも、試験の点数は、結構いいみたいなので、大丈夫なはずだ。

 親友が昇級するのは、とても嬉しい。でも、その反面、置いて行かれてしまう、寂しさや不安もある。なので、何とも言えない、複雑な心境だ。

 色々考えながら飛んでいる内に〈西地区〉に入った。相変わらず、風が強く、とても気持ちがいい。〈西地区〉の主要な場所をチェックしてから、私たちは〈ウインド・ストリート〉にある、カフェ〈ミュール〉に向かった。

 ちょうど、ティータイムの時間なので、テラス席は、沢山の人で賑わっていた。私たちも、空いている席につくと、それぞれに注文を済ませる。フィニーちゃんだけは、異常に注文の量が多いけど、いつものことなので、特に気にしない。

「ふぅー、無事に一周、終わったね。ナギサちゃんの資料のお蔭で、問題なく、全部チェックできたよ。作るの、大変だったでしょ?」 
「この程度、大したことないわよ。知っている知識を、まとめただけなのだから」

 ナギサちゃんは、あっさり答える。でも、私は若干、忘れてたり、曖昧な場所もあった。なので、資料に細かい説明が書いてあって、物凄く助かる。

「それにしても、あっという間だったね、見習い期間。昔は、一日も早く、一人前になることばかり、考えてたけど。時が経つのは、早いよねぇー」

「別に、早くなんかないわよ。私は、むしろ長かったわ。これでようやく、ちゃんとした仕事ができるのだから。どれだけ、この時を、待ちわびていたことか」

 ナギサちゃんは、滅茶苦茶、実力があるから、いつも不満そうだったもんね。すぐにでも、一人前の仕事が、できそうな感じだったし。

「私は……まだ、見習いでいい」
 フィニーちゃんは、ボーっとした表情で答える。

「その気持ち、ちょっと分かるかも。なんか寂しいもんね。今までの日常が、変わってしまうのって」
 
 学生をやめ、社会人になった時の心境に似ている。

「なにを馬鹿なこと言っているのよ? 今まで必死に頑張って来たのは、全て一人前になる為でしょ? 見習いなんか続けて、何の意味があるのよ?」
「あと一年ぐらい、のんびりしたい」

 ナギサちゃんの言葉に、フィニーちゃんは、つまらなそうに答えた。

「はぁ? フィニーツァは、シルフィードの仕事を、甘く見過ぎよ」
「甘く見てない。甘いのはお菓子だけ」 

 例のごとく、温度が違いすぎる二人の、不毛な言い合いが始まる。

 でも、私は、あえて止めなかった。この見慣れたやりとりも、今日が最後かと思うと、少し寂しい。結局、注文の品が届くまで、二人の言い合いは続いた。
 
 注文の品が届くと、ナギサちゃんは、上品にお茶を飲み、フィニーちゃんは、黙々とホットケーキを食べ始める。私は、アイスコーヒーを飲みながら、今までの出来事を、ずっと思い返していた。

「今まで、色々あったよね……」
 私は、通りを眺めながら、そっと呟く。

「何よ、唐突に?」 
「一緒に練習したり、色んなイベントに参加したり。私たちは、何をやる時も、一緒だったでしょ?」
 
「まぁ、それはそうだけど。それが、どうしたのよ?」
「今日で、それが終わっちゃうかと思うと、なんか寂しくて。もちろん、一人前にはなりたいよ。でも、私にとっては、二人と過ごした時間も、同じぐらい大切だから」

 今日の私は、朝からずっと、感傷的だった。いずれ、この時が来るのは、分かっていた。一人前とは、独り立ちすることだ。何でも、自分一人で、出来なければならない。もう、誰にも頼れないのだ。物理的にも、精神的にも。

「まったく、大げさね。別に、昇級したって、何も変わらないじゃない」
 ナギサちゃんは、少し視線を横にそらして答える。

「でも、今までと違って、気楽には会えなくなっちゃうでしょ? 会社も違うし、二人は先に一人前になっちゃうし。だから私、置いて行かれちゃうような気がして。うちの会社は、同期がいないから。また、一人になっちゃうのかなぁ、なんて――」

 一番の心配は、そこだった。リリーシャさんは、物凄く優しいし、とても恵まれた仕事環境だ。でも、先輩と同期では、付き合い方が全く違う。今まで、楽しくやって来れたのは、ナギサちゃんとフィニーちゃんという、素敵な同期がいたからだ。

 二人は、大手企業だから、物凄くたくさんの同期がいる。だから、これは、私にしか分からない悩みだと思う。

「何も変わらない。いつでも会える。呼んでくれれば、いつでもお茶や食事する」 
 フィニーちゃんは、フォークを手に、ボソッと答えた。

「まぁ、私だって、何かあれば、すぐに来るわよ。勤務時間に会えなくたって、仕事が終わったあとや休日に、いくらでも会えるでしょ? ELエルもやっているんだし」
 ナギサちゃんは、横を向いて、少し照れながら答える。

「そっか……そうだよね。一人前になったら、もう、会ってくれくなっちゃうかと思ってた。私だけ、しばらくは、見習いのままだし」

「そんな訳ないでしょ。まったく、つまらないところで、心配性ね。それに、数ヶ月後には、風歌だって、一人前になるんでしょ?」

「あははっ、だよねぇ。いやー、今日が『最後の合同練習』って言うから、つい心配になっちゃって」

 私たちは、学生とは違う。同じ会社じゃないし、一人前になれば、ライバル企業同士の間柄だ。だから、ちょっと心配だったんだよね。特に、ナギサちゃんは『他社の人間は全員敵』って、以前、言ってたから。

「練習、つき合ってもいい。あと、昼寝なら、いつでも一緒にする」
「いやいや、さすがに一人前になって、昼寝はマズイでしょ?」
「一人前じゃなくたって、マズイわよ!」

「ナギサは、一人前になったら、その怒りっぽいところ、直したほうがいい」
「はっ? 誰が怒りっぽいのよ? フィニーツァが、だらしないからでしょ!」

 結局、また、言い合いが始まってしまう。この二人の関係は、これから際も、永遠に変わらない気がする――。

「二人とも、ありがとう。一人前になったからって、すぐに、何かが変わったりはしないよね。でも、できれば、もうちょっと、早く出会いたかったかな。そうすれば、全部のイベントを、一緒に回れたのにね」

「イベントは、勉強であって、遊びではないのよ。それに、これからは、イベントの度に、仕事で、嫌でも毎回まわることになるわよ」
「今度は、お客と一緒に、楽しめばいい」

 確かに、ナギサちゃんの言う通りだ。しかし、流石はフィニーちゃん。ここ一番では、凄くいいことを言う。

「そうだね。これからは、新しく出会ったお客様たちと、楽しむことにするよ。私たちは、そのために、頑張って来たんだもんね」

 成長とは、今までの自分や環境を捨て、新しいステージに行くこと。ならば、今までと同じことが出来なくなるのは、当然だ。

 それに、これからは、誰かに言われたことをするのでは無く、自分で考えて行動しなければならない。それが、見習いと一人前の違いだから。結局、みんな個々に考え、別々の道を進んで行くのだと思う。

 特に、頂点を目指すと決めた私は、とても険しい道のりだ。もう、みんなと慣れ合ったりしている場合ではない。どうあがいたところで、頂点の席は、一つしかないのだから。

 それでも私は、頂点を掴むために、孤独にはなりたくない。甘い考えかも知れないけど、全ての人と手を取り合って、共に歩んで行ける。そんな、トップシルフィードを目指したいから……。


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次回――
『これで人生が終わりでも私には何の悔いもない』

 生きて悔い続けるぐらいなら、やり遂げて死ぬ方がいい・・・
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