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第6部 飛び立つ勇気
1-2やっぱりラスボスはお母さんだった……
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時間は、十ハ時過ぎ。周りはすでに、真っ暗になっていた。玄関には、小さな照明がつき、扉をうっすらと、浮かび上がらせている。車が停まっているので、お母さんも、お父さんも、家にいるはずだ。
勇気を出して、門をくぐったはずなのに。また、扉の前で、不安が考えが浮かんで来た。今になって、物凄く大事なことを思い出したからだ。
そういえば、帰って来るって、全く連絡してなかったんだった……。いくら、急に決まったからとはいえ、メールで連絡することもできた。それに、空港に着いた時に、電話で連絡すれば、済んだ話だ。
あぁ――超マズったー! また、やらかしちゃったよぉ……。
でも、頭の中で、グルグルと考え事をしていたので、今の今まで、全く気付かなかった。ただでさえ、家出している状態なのに。
一年の最後に、突然。しかも、こんな時間に帰ってきたら、まずは、そのことを、絶対に怒られるよね――。
お母さんは、こういう細かいところに、物凄くうるさい性格だ。しかも、年末でくつろいでいるところに、こんな厄介事を持ち込むんだから。非常識、極まりない行為だ。さすがに、私でも、それぐらいは分かる。
いっそのこと、今日はどこかに泊まって、明日の昼間に、出直した方がいいのではないだろうか……? お金がないから、ネットカフェのオールナイトパックで、時間を潰してもいいし。
いやいや、ダメだよ、そんなんじゃ! どうせ、日をずらしたって、また同じことを考えて、悩むだけなんだから。そうよ、私はチャレンジャー。何だって、恐れずに挑戦するのが、私じゃない。
「ええい、ままよっ!!」
私は、勢いよくチャイムを鳴らした。
チャイムが鳴ってすぐに、
「はい」
インターホンから、声が聞こえてくる。お母さんの声だ。
「や――夜分、遅くにすいません。ふ、風歌です」
私は、うわずった声で、ぎこちなく答えた。
「……」
しばしの沈黙のあと、無言のまま、ガシャッと通話が切れる。
ぐっ――やっぱ、ダメだったの……?
私は、絶望して額に手を当てた。思わず、涙が出そうになる。だが、ほどなくして、静かに玄関の扉が開く。
目の前には、お母さんが立っていた。言うまでもないけど、物凄く不機嫌な表情をしている。でも、久しぶりに見る姿に、嬉しさ・不安・恐怖・申し訳なさなど、色んな感情が、ごちゃ混ぜに噴き出してきた。
私は、その姿を見た瞬間、腰から九十度に曲げ、頭を下げる。
「こんな時間に、ごめんなさい! 今日、急に帰って来ることになって」
まずは、突っ込まれる前に、遅くなったことを謝った。
「――それにしたって、連絡ぐらいは、出来たんじゃないの?」
「ごめんなさい。帰ってくる間、色々考えていて。なかなか、気持ちの整理ができなくて。本当に、ごめんなさい」
やっぱり、そこを突っ込まれるよね。でも、間違いなく私が悪いので、ここはもう、誠心誠意、謝るしかない。
「それで、何をしに来たの……?」
その冷淡な言葉を聴いた瞬間、早くも心が折れそうになる。
でも、ここで引いちゃダメだ。たとえ許してもらえなかったとしても、言うべきことだけは、しっかり伝えておかないと。これから先も、永遠に、引きずり続けることになってしまうから。
「その――私がやった愚かな行為と、間違った言動について、謝罪に来ました。本当に、何から何まで、申し訳ありませんでした」
私は、ずっと頭を下げたまま、誠心誠意、謝罪する。昔だったら、絶対に言えなかったセリフだ。でも、今は、人に素直に感謝したり、心から謝ることを覚えた。
別に、妥協して、無理に謝っている訳じゃない。日に日に、自分の過去の行動に、罪悪感を覚えるようになったからだ。
もっと、他にやりようがあったと思う。それに、普通に話し合うことだって、出来たはずだ。昔は『話を全く聴いてもらえない』と思ってたけど。実際に、話を聴いていなかったのは、私の方だったのかもしれない。
向こうの世界での、いろんな出来事や失敗を通じて、自分の無力さや、身勝手さが、よく分かったのだ。
あの温厚なリリーシャさんを、本気で怒らせるぐらいだから。気の短いお母さんが怒ったって、無理もない。いや、お母さんの、気の短さの問題じゃない。私が、全面的に悪かったのだ。
私の謝罪に、お母さんからは、何の言葉も返って来なかった。なので、両手に持っていたお土産の紙袋を、頭を下げたまま、そっと前に差し出した。
「これは、つまらない物ですが。向こうの世界の、お土産です……」
こんなもので許されるほど、甘くないのは知っている。でも、無反応なのが、いたたまれなくなって、他に言葉が見つからなかったからだ。
しかし、意外にも、お土産は、すんなり受け取ってもらえた。私は驚いて、ゆっくりと顔を上げる。すると、お母さんは袋の中を、しげしげと見つめていた。
「少しは、気が回るようになったようね」
言いながら、お母さんは、小さくため息をついた。
「その、リリーシャさんに、色々と教えてもらって。あと、毎日、お客様の対応しているので、多少は――」
毎日、リリーシャさんの仕事を見るのは、物凄く勉強になっている。接客や礼儀作法だけではない。人に誠意をもって接すること。時には、謝ったりお礼を言ったり。私にとって、リリーシャさんは、最高のお手本だった。
「まぁ、いいわ。とりあえず、入りなさい。聴きたいことは、山ほどあるから。中で、じっくり聴かせてもらおうかしら」
「……はい」
とりあえず、中に入ることには、成功した。正直、家に入れて貰えないことも、覚悟していたので、少しホッとする。でも、本当の話し合いは、これからだ。
家に入ると、廊下には、お父さんが立っていた。玄関に上がった瞬間、ススッと歩み寄って来る。次の瞬間、ギュッと抱きしめられた。
「風歌、お帰り! 元気にしてたのか?」
「う、うん――。お父さん、ただいま。ごめんなさい、心配かけて」
「あぁ、凄く心配したとも。でも、帰って来てくれて、本当に良かった」
力強く抱きしめてくる腕からは、ぬくもりと優しさが伝わって来た。懐かしさと嬉しさで、目頭が熱くなってくる。やばい、私、泣きそう……。
「ちょっと、お父さん! 後にしてくれない。まだ、認めた訳でも、許したわけでもないのよ。これから、大事な話合いなのだから」
「そ、そうだな――」
お父さんは、サッと離れる。お父さんも、お母さんには逆らえない。この家での法律は、お母さんだからだ。私も、お母さんの一言で、感動の再会から、一瞬で現実に引き戻された。
「風歌、とりあえず、和室に来なさい」
「はい……」
和室は、真面目な話し合いをする時に使う部屋だ。私は、覚悟を決めると、静かにお母さんのあとについて、和室に入って行った――。
******
私は、和室にあるテーブルの前に、座布団をしき、背筋を伸ばし正座していた。向かい側には、難しい表情をしたお母さんが、同じく正座している。空気がピリピリと張りつめていた。この感覚は、凄く久しぶりだ。
お父さんも『一緒に話を聴く』と言っていたけど、お母さんに、追い出されてしまった。お父さんは、渋々リビングで待機している。
結局、私とお母さんで、話し合うことになった。でも、元々は、私たち二人の喧嘩が、全ての発端だ。だからこそ、二人で話し合うのが、筋だと思う。
しばしの間、沈黙したまま、時が流れる。とても重い空気の中、先に口を開いたのは、お母さんのほうだった。
「それで、今日は、何をしに来たの?」
「その、過去の自分の間違った行為を、謝りに来ました……」
「何が間違っていたと思うの?」
「それは――。正直、全てです」
「全て? 本当に、何が間違っているか、分かっているの?」
お母さんの表情が、いっそう険しくなる。
お母さんが、言わんとしていることは、何となく分かる。昔の私だったら、適当に、そう答えていたと思うから。でも、今は違う。本当に、全てに問題があったと、自覚しているから。
私は、大きく息を吸い込み、心を落ち着けると、静かに話し始めた。
「家を出て、実際に、一人暮らしをしてみて。一杯、失敗をして、苦労が身に染みて。初めて、自分が何もできないことに、気が付ついて。何もかもが、甘かったことが、よく分かりました」
「昔は、自信ばかり強くて。でも、実際には、何もできてなくて、口ばかりで。世の中の厳しさが、何も見えていませんでした……」
本当に、何もかもが甘かった。自信も勢いも、悪いことではないと思う。私は、何も考えずに、持ち前の行動力だけで、生きてきた人間だから。
でも、実力が伴わない自信は、ただの過信だと思う。だから、周りの言葉に、一切、耳を貸そうとしなかったのだ。
「確かに、全てが甘かったわね。自分ことすら、ロクに出来なかったのだから。でも、それについては、常に指摘していたつもりだけど?」
「はい、ごもっともです。ただ、私が、それに気づいていなかったため、聴く耳を持てなかっただけで――。今はもう、全てが正論だと分かります」
「まったく、気付くのが遅すぎるのよ。それで、今はどう変わったの?」
「色んな人の、全てのアドバイスを、真摯に聴くようにしています」
向こうに行ってから、物凄く素直に、人の話を聴くようになったと思う。知らないことだらけで、そうしないと、生きて行けないのもあった。でも、一番は、自分の無力さを痛感したからだ。
お母さんは、しばし無言のまま、何かを考えている様子だった。やっぱり、信じて貰えていないのだろうか? まぁ、昔の姿しか知らないお母さんからすれば、簡単には、信じられないよね……。
「それで、風歌はどうしたいの?」
「えっ――?」
「今日は、何か目的があって来たのでしょ? でなければ、こんな暮れに、突然、来る訳がないのだから」
相変わらず、険しい表情はしているけど、言葉は静かだった。
そうだ……謝りに来たのもあるけど、一番の目的は、同意書にサインしてもらうことだ。流石は、お母さん。ある程度、事情は察しているのだろう。
でも、ただ『サインをしてください』で、OKしてくれるはずが無い。まずは、自分の生き方を、認めてもらう必要がある。
「本当は――来年、昇級試験に受かって、一人前になってから、帰って来るつもりでした。ただ、リリーシャさんに、今すぐ同意書をもらってこないと、辞めてもらうと言われて……」
「なるほどね。どうせ、そんなことだと思ったわ」
お母さんは、小さくため息をつきながら答える。
「でも、それだけじゃないんです。今まで、ずっと毎日、引っ掛かっていました。喧嘩して、家を飛び出したこと。それに、ちゃんと話をせずに、うやむやになっていたこと。私の仕事が、認めて貰えていないこと」
「私はまだ、全てにおいて未熟です。でも、少しでも成長するために、毎日、全力で頑張っています。昔のだらしない態度を見れば、信じられないのも、無理はないと思います」
私は、腰を浮かせて、少し後方に下がった。
「でも、初めて本気になって、今までの人生で、一番、頑張っています。人生を懸けて、全力でやっています。来年には昇級して、一人前になります。必ず、立派なシルフィードになります」
「なので、私の生き方を、どうか認めてください。口だけではなく、必ず形で示してみせます。どうか、私を信じて下さい」
私は、そのまま頭を下げて、畳に頭をこすりつけた。
私には、まだ何の実績もない。それに、お母さんに信じてもらえる材料は、何1つなかった。今はもう、私の可能性を信じてもらうしか、他に方法がない。
「風歌、頭を上げなさい」
お母さんの静かな声を聴き、私はゆっくりと顔を上げた。
「その言葉に、偽りはないわね?」
「はい、もちろんです」
「もう、次はないわよ。嘘だったら、今度こそ勘当するから」
「はい――」
お母さんは、スッと立ち上がると、私の横を通り過ぎ、ふすまを開けた。
「同意書にサインするから、リビングに来なさい」
そのまま、静かに部屋を出て行った。
次の瞬間、私は全身から力が抜けた。心臓は高鳴り、手も額も汗ばんでいる。おそらく、私の人生の中で、最も緊張した瞬間だったと思う。
上手く言えたかは、よく分からない。実際には、全てが伝えられた訳ではなかった。でも、とりあえずは、ギリギリ合格点で、認めてくれたのだと思う。
「ありがとう、お母さん。私、今度こそは、全力で頑張って、必ずやり切って見せるから。もう二度と、ダメな娘だなんて、思わせないから。だから、もうしばらくの間、見守っていてください」
私はそっとつぶやき、決意を新たにするのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『蜃気楼のような生まれ故郷の平和な日常』
知識や認識とは曖昧なモノだ その現実は幻かもしれない
勇気を出して、門をくぐったはずなのに。また、扉の前で、不安が考えが浮かんで来た。今になって、物凄く大事なことを思い出したからだ。
そういえば、帰って来るって、全く連絡してなかったんだった……。いくら、急に決まったからとはいえ、メールで連絡することもできた。それに、空港に着いた時に、電話で連絡すれば、済んだ話だ。
あぁ――超マズったー! また、やらかしちゃったよぉ……。
でも、頭の中で、グルグルと考え事をしていたので、今の今まで、全く気付かなかった。ただでさえ、家出している状態なのに。
一年の最後に、突然。しかも、こんな時間に帰ってきたら、まずは、そのことを、絶対に怒られるよね――。
お母さんは、こういう細かいところに、物凄くうるさい性格だ。しかも、年末でくつろいでいるところに、こんな厄介事を持ち込むんだから。非常識、極まりない行為だ。さすがに、私でも、それぐらいは分かる。
いっそのこと、今日はどこかに泊まって、明日の昼間に、出直した方がいいのではないだろうか……? お金がないから、ネットカフェのオールナイトパックで、時間を潰してもいいし。
いやいや、ダメだよ、そんなんじゃ! どうせ、日をずらしたって、また同じことを考えて、悩むだけなんだから。そうよ、私はチャレンジャー。何だって、恐れずに挑戦するのが、私じゃない。
「ええい、ままよっ!!」
私は、勢いよくチャイムを鳴らした。
チャイムが鳴ってすぐに、
「はい」
インターホンから、声が聞こえてくる。お母さんの声だ。
「や――夜分、遅くにすいません。ふ、風歌です」
私は、うわずった声で、ぎこちなく答えた。
「……」
しばしの沈黙のあと、無言のまま、ガシャッと通話が切れる。
ぐっ――やっぱ、ダメだったの……?
私は、絶望して額に手を当てた。思わず、涙が出そうになる。だが、ほどなくして、静かに玄関の扉が開く。
目の前には、お母さんが立っていた。言うまでもないけど、物凄く不機嫌な表情をしている。でも、久しぶりに見る姿に、嬉しさ・不安・恐怖・申し訳なさなど、色んな感情が、ごちゃ混ぜに噴き出してきた。
私は、その姿を見た瞬間、腰から九十度に曲げ、頭を下げる。
「こんな時間に、ごめんなさい! 今日、急に帰って来ることになって」
まずは、突っ込まれる前に、遅くなったことを謝った。
「――それにしたって、連絡ぐらいは、出来たんじゃないの?」
「ごめんなさい。帰ってくる間、色々考えていて。なかなか、気持ちの整理ができなくて。本当に、ごめんなさい」
やっぱり、そこを突っ込まれるよね。でも、間違いなく私が悪いので、ここはもう、誠心誠意、謝るしかない。
「それで、何をしに来たの……?」
その冷淡な言葉を聴いた瞬間、早くも心が折れそうになる。
でも、ここで引いちゃダメだ。たとえ許してもらえなかったとしても、言うべきことだけは、しっかり伝えておかないと。これから先も、永遠に、引きずり続けることになってしまうから。
「その――私がやった愚かな行為と、間違った言動について、謝罪に来ました。本当に、何から何まで、申し訳ありませんでした」
私は、ずっと頭を下げたまま、誠心誠意、謝罪する。昔だったら、絶対に言えなかったセリフだ。でも、今は、人に素直に感謝したり、心から謝ることを覚えた。
別に、妥協して、無理に謝っている訳じゃない。日に日に、自分の過去の行動に、罪悪感を覚えるようになったからだ。
もっと、他にやりようがあったと思う。それに、普通に話し合うことだって、出来たはずだ。昔は『話を全く聴いてもらえない』と思ってたけど。実際に、話を聴いていなかったのは、私の方だったのかもしれない。
向こうの世界での、いろんな出来事や失敗を通じて、自分の無力さや、身勝手さが、よく分かったのだ。
あの温厚なリリーシャさんを、本気で怒らせるぐらいだから。気の短いお母さんが怒ったって、無理もない。いや、お母さんの、気の短さの問題じゃない。私が、全面的に悪かったのだ。
私の謝罪に、お母さんからは、何の言葉も返って来なかった。なので、両手に持っていたお土産の紙袋を、頭を下げたまま、そっと前に差し出した。
「これは、つまらない物ですが。向こうの世界の、お土産です……」
こんなもので許されるほど、甘くないのは知っている。でも、無反応なのが、いたたまれなくなって、他に言葉が見つからなかったからだ。
しかし、意外にも、お土産は、すんなり受け取ってもらえた。私は驚いて、ゆっくりと顔を上げる。すると、お母さんは袋の中を、しげしげと見つめていた。
「少しは、気が回るようになったようね」
言いながら、お母さんは、小さくため息をついた。
「その、リリーシャさんに、色々と教えてもらって。あと、毎日、お客様の対応しているので、多少は――」
毎日、リリーシャさんの仕事を見るのは、物凄く勉強になっている。接客や礼儀作法だけではない。人に誠意をもって接すること。時には、謝ったりお礼を言ったり。私にとって、リリーシャさんは、最高のお手本だった。
「まぁ、いいわ。とりあえず、入りなさい。聴きたいことは、山ほどあるから。中で、じっくり聴かせてもらおうかしら」
「……はい」
とりあえず、中に入ることには、成功した。正直、家に入れて貰えないことも、覚悟していたので、少しホッとする。でも、本当の話し合いは、これからだ。
家に入ると、廊下には、お父さんが立っていた。玄関に上がった瞬間、ススッと歩み寄って来る。次の瞬間、ギュッと抱きしめられた。
「風歌、お帰り! 元気にしてたのか?」
「う、うん――。お父さん、ただいま。ごめんなさい、心配かけて」
「あぁ、凄く心配したとも。でも、帰って来てくれて、本当に良かった」
力強く抱きしめてくる腕からは、ぬくもりと優しさが伝わって来た。懐かしさと嬉しさで、目頭が熱くなってくる。やばい、私、泣きそう……。
「ちょっと、お父さん! 後にしてくれない。まだ、認めた訳でも、許したわけでもないのよ。これから、大事な話合いなのだから」
「そ、そうだな――」
お父さんは、サッと離れる。お父さんも、お母さんには逆らえない。この家での法律は、お母さんだからだ。私も、お母さんの一言で、感動の再会から、一瞬で現実に引き戻された。
「風歌、とりあえず、和室に来なさい」
「はい……」
和室は、真面目な話し合いをする時に使う部屋だ。私は、覚悟を決めると、静かにお母さんのあとについて、和室に入って行った――。
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私は、和室にあるテーブルの前に、座布団をしき、背筋を伸ばし正座していた。向かい側には、難しい表情をしたお母さんが、同じく正座している。空気がピリピリと張りつめていた。この感覚は、凄く久しぶりだ。
お父さんも『一緒に話を聴く』と言っていたけど、お母さんに、追い出されてしまった。お父さんは、渋々リビングで待機している。
結局、私とお母さんで、話し合うことになった。でも、元々は、私たち二人の喧嘩が、全ての発端だ。だからこそ、二人で話し合うのが、筋だと思う。
しばしの間、沈黙したまま、時が流れる。とても重い空気の中、先に口を開いたのは、お母さんのほうだった。
「それで、今日は、何をしに来たの?」
「その、過去の自分の間違った行為を、謝りに来ました……」
「何が間違っていたと思うの?」
「それは――。正直、全てです」
「全て? 本当に、何が間違っているか、分かっているの?」
お母さんの表情が、いっそう険しくなる。
お母さんが、言わんとしていることは、何となく分かる。昔の私だったら、適当に、そう答えていたと思うから。でも、今は違う。本当に、全てに問題があったと、自覚しているから。
私は、大きく息を吸い込み、心を落ち着けると、静かに話し始めた。
「家を出て、実際に、一人暮らしをしてみて。一杯、失敗をして、苦労が身に染みて。初めて、自分が何もできないことに、気が付ついて。何もかもが、甘かったことが、よく分かりました」
「昔は、自信ばかり強くて。でも、実際には、何もできてなくて、口ばかりで。世の中の厳しさが、何も見えていませんでした……」
本当に、何もかもが甘かった。自信も勢いも、悪いことではないと思う。私は、何も考えずに、持ち前の行動力だけで、生きてきた人間だから。
でも、実力が伴わない自信は、ただの過信だと思う。だから、周りの言葉に、一切、耳を貸そうとしなかったのだ。
「確かに、全てが甘かったわね。自分ことすら、ロクに出来なかったのだから。でも、それについては、常に指摘していたつもりだけど?」
「はい、ごもっともです。ただ、私が、それに気づいていなかったため、聴く耳を持てなかっただけで――。今はもう、全てが正論だと分かります」
「まったく、気付くのが遅すぎるのよ。それで、今はどう変わったの?」
「色んな人の、全てのアドバイスを、真摯に聴くようにしています」
向こうに行ってから、物凄く素直に、人の話を聴くようになったと思う。知らないことだらけで、そうしないと、生きて行けないのもあった。でも、一番は、自分の無力さを痛感したからだ。
お母さんは、しばし無言のまま、何かを考えている様子だった。やっぱり、信じて貰えていないのだろうか? まぁ、昔の姿しか知らないお母さんからすれば、簡単には、信じられないよね……。
「それで、風歌はどうしたいの?」
「えっ――?」
「今日は、何か目的があって来たのでしょ? でなければ、こんな暮れに、突然、来る訳がないのだから」
相変わらず、険しい表情はしているけど、言葉は静かだった。
そうだ……謝りに来たのもあるけど、一番の目的は、同意書にサインしてもらうことだ。流石は、お母さん。ある程度、事情は察しているのだろう。
でも、ただ『サインをしてください』で、OKしてくれるはずが無い。まずは、自分の生き方を、認めてもらう必要がある。
「本当は――来年、昇級試験に受かって、一人前になってから、帰って来るつもりでした。ただ、リリーシャさんに、今すぐ同意書をもらってこないと、辞めてもらうと言われて……」
「なるほどね。どうせ、そんなことだと思ったわ」
お母さんは、小さくため息をつきながら答える。
「でも、それだけじゃないんです。今まで、ずっと毎日、引っ掛かっていました。喧嘩して、家を飛び出したこと。それに、ちゃんと話をせずに、うやむやになっていたこと。私の仕事が、認めて貰えていないこと」
「私はまだ、全てにおいて未熟です。でも、少しでも成長するために、毎日、全力で頑張っています。昔のだらしない態度を見れば、信じられないのも、無理はないと思います」
私は、腰を浮かせて、少し後方に下がった。
「でも、初めて本気になって、今までの人生で、一番、頑張っています。人生を懸けて、全力でやっています。来年には昇級して、一人前になります。必ず、立派なシルフィードになります」
「なので、私の生き方を、どうか認めてください。口だけではなく、必ず形で示してみせます。どうか、私を信じて下さい」
私は、そのまま頭を下げて、畳に頭をこすりつけた。
私には、まだ何の実績もない。それに、お母さんに信じてもらえる材料は、何1つなかった。今はもう、私の可能性を信じてもらうしか、他に方法がない。
「風歌、頭を上げなさい」
お母さんの静かな声を聴き、私はゆっくりと顔を上げた。
「その言葉に、偽りはないわね?」
「はい、もちろんです」
「もう、次はないわよ。嘘だったら、今度こそ勘当するから」
「はい――」
お母さんは、スッと立ち上がると、私の横を通り過ぎ、ふすまを開けた。
「同意書にサインするから、リビングに来なさい」
そのまま、静かに部屋を出て行った。
次の瞬間、私は全身から力が抜けた。心臓は高鳴り、手も額も汗ばんでいる。おそらく、私の人生の中で、最も緊張した瞬間だったと思う。
上手く言えたかは、よく分からない。実際には、全てが伝えられた訳ではなかった。でも、とりあえずは、ギリギリ合格点で、認めてくれたのだと思う。
「ありがとう、お母さん。私、今度こそは、全力で頑張って、必ずやり切って見せるから。もう二度と、ダメな娘だなんて、思わせないから。だから、もうしばらくの間、見守っていてください」
私はそっとつぶやき、決意を新たにするのだった……。
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知識や認識とは曖昧なモノだ その現実は幻かもしれない
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皆さま本当にありがとうございます!
無事に書籍化となり絶賛発売中です
よかったら手に取っていただけると嬉しいです
これからも日々勉強していきたいと思います
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