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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
5-10一年の最後に突然の宣告って私どうすればいいの……?
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早朝。私は〈東地区〉の上空を飛んでいた。結局、昨夜は、なかなか寝れなくて、三時半ごろまで起きていたけど、五時ちょっと過ぎには、目が覚めてしまった。でも、体はとても軽いし、気分も乗っていて、いつになく絶好調だ。
私は、急いで身支度を整えると、買い置きしてあったパンで、サッと朝食を済ませる。準備が終わると、階段を早足で降りていった。
アパートの庭に出て、エア・ドルフィンに乗り込むと、意気揚々と会社に向かう。毎朝、やる気満々だけど、今日はいつもの、倍以上の気合の乗りだった。心の底から、やる気と熱い気持ちが湧き出して来る。
今日は、十二月三十日。昨夜、年越しをしたから、一般の人たちは、今日から新年だ。でも、会社はまだ、年が明けていない。仕事の最終日までは、旧年度のままだからだ。
ナギサちゃんの言った通り、今日の『仕事納め』を、完ぺきにこなすまでは、終わりじゃないんだよね。一年の締めくくりとして、気を引きしめないと。
なお、三十一日から、翌年の六日までは、会社がお休みになる。うちだけじゃなくて、全シルフィード会社が、この期間は『お正月休み』だった。
当分、掃除はできないから、朝の掃除も、特に念入りにやるつもりだ。今日は、予約は一件もないし。九時からは、リリーシャさんと一緒に、大掃除をすることになっている。でも、その前に、少しでも、やっておいた方がいいからね。
今年一年、この会社にも、リリーシャさんにも、言葉では言い尽くせないほど、大変にお世話になった。だから、せめてもの恩返しだ。今は、掃除ぐらいでしか、お返しできないので。
会社に到着すると、まずは、軽く準備運動をする。そのあと、ほうきを持ってくると、敷地の隅から隅まで、綺麗にはいて行った。でも、いつもと違って『今年一年、ありがとう』と、一はきごとに、心を込めてやっていく。
昨日は、送る全ての月に感謝したから、今日は、会社に一杯、感謝しようと思う。一年間、とても充実した日々が過ごせたのも、この会社のお蔭だからね。私の全てのスタート地点であり、第二の実家のようなものだから。
庭の掃除が終わると、ハタキ・バケツ・雑巾を持って来て、外に置いてある機体を掃除していく。まずは、水路に係留してある、エア・ゴンドラの清掃から始めた。ていねいに、ハタキを掛けたあと、キュッキュと雑巾がけをする。
手を動かしながら『今年一年、お疲れ様でした』と、機体にも、感謝の気持ちを伝えた。今乗ってるのは、練習機だけなんだけど、来年は、お世話になるかもしれない。それに、機体もうちの会社の、大事な家族のようなものだからね。
外が終わると、ガレージの中に移って、次々と掃除を進めて行った。ついでに、全ての機体に、お疲れ様と、ありがとうの気持ちを伝えて行く。
ガレージ内の、全ての機体の掃除が終わると、ふぅーっと息を吐きながら、周囲を見回した。どの機体もピカピカになって、とても清々しい気分だ。
「今年は、本当にありがとう。来年もまた、ヨロシクね」
私は、そっと声を掛けると、ガレージをあとにする。
次に向かったのは、事務所だ。普段から、綺麗にしているから、特に汚れている場所はない。でも、隅から隅までハタキを掛け、そのあとは、念入りに雑巾がけをして行った。
たとえ、汚れていなくても、掃除をするのは大事なことだ。気持ちが、スッキリするし、何より、掃除したところが輝いて見える。
昔のずぼらな私には、分からなかった感覚だよね、これって。実家にいたころは、月に一度すら、掃除とか、やってなかったので……。
私が、せっせと机を拭いていると、後ろから声を掛けられた。
「風歌ちゃん、おはよう。今日も、早いわね」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日、よろしくお願いいたします!」
私は、腰から九十度にまげて、思いっきり気合を入れて、元気に挨拶をする。
「本当に、風歌ちゃんは元気ね」
「これだけが取り柄ですし。今日は、最終日ですので」
「今日は、定時でいいって言ったのに。昨日は、遅かったのでしょ?」
「寝たのは深夜ですけけど、いつも以上に、早く目が覚めちゃいまして」
テンションが高い時って、全然、疲労を感じないし、寝なくても平気なんだよね。向こうの世界にいた時も、年末年始になると、いつもこんな感じだった。でも、今年はいつになく、超絶テンションが高い。
初めての異世界での年越しで、舞い上がっているのだと思う。でも、一番は、明るい未来のへの期待が、物凄く大きいからだ。今年も最高だったけど、来年はもっと、素敵な年になる予感がする。
「風歌ちゃんらしいわね。でも、ほどほどに。一応、病み上がりなんだから」
「はい。でも、大丈夫ですよ。完全に、ピンピンしてますから!」
足のケガも完治したし、退院後も、滅茶苦茶、絶好調だ。むしろ、以前よりも、調子がいいぐらいだった。何だかんだで、ケガをしている間も、適度に体を鍛えていたし。なんか、精神的にも強くなった気がする。
「外はもう、大丈夫そうね。毎朝、やってくれているし」
「はい。庭掃除も、機体磨きも、全部やっておきました」
毎朝、しっかりやってるし、今朝も、完璧に仕上げてある。特に、機体磨きには、絶対の自信があった。
「じゃあ、大掃除は、一階から始めましょう。まずは、事務所のいらない物の処分と、軽い模様替えも必要ね。あと、カーテンは、新しい物を用意してあるから、全部、交換してしまいましょう」
「それって、こないだ届いた、大きな荷物ですよね? 倉庫にしまってあるので、私持ってきますね」
私は、小走りで倉庫に向かうと、目的のダンボールを、すぐに見つけ出す。サッと持ち上げると、再び小走りで、事務所に戻った。
「じゃ、開けちゃいますね」
私は、机に置いてあったカッターで、箱のガムテープ部分に、そっと切れ目を入れる。箱を開くと、中には真新しいカーテンが、数組入っていた。
「まずは、今付いているカーテンを、外してしまいましょう」
「はい、任せてください」
私は立ち上がると、レールから、カーテンを外していった。『マナ・フィールド』を使った、出し入れ可能なカーテンもある。けど、うちの会社では、普通のカーテンを使っていた。やっぱり、普通のカーテンのほうが、見た目がいいからね。
でも、普通のカーテンだと、いくら部屋を綺麗にしていても、日の光で、だんだん色あせたり、ほこりが付いて、くすんで来たりしちゃうんだよね。
「このカーテンは、どうするんですか?」
「全部、処分ね。もう、何年も使っているから」
「でも、捨てちゃうの、もったいなくないですか?」
「なら、風歌ちゃんが、持って帰る?」
「いえ――うちは、窓が一個しかありませんので……」
屋根裏部屋なので、小さな窓が一個あるだけだ。そもそも、カーテンを付けるほどの、大きさじゃないんだよね。
カーテンが外し終わると、二人で一緒に、新しいカーテンに付け替えて行く。真っ白なレースのカーテンに、その手前には、クリーム色のカーテンを設置した。
事務所の中は、基本的に、白を基調としたものが多い。社名が〈ホワイト・ウイング〉だから、やっぱり基本は白だよね。
カーテンの設置が終わると、今度は、事務所の中の、いらなさそうな物を、選び出していく。
机の引き出しの中とかって、意外といらない物が、溜まってたりするんだよね。私の机の中には、買い物した時のレシートが、どっさり詰まってたりする。もちろん、これは全て処分だ。ついつい、レシートって、とっておく癖があるので――。
「風歌ちゃん、それはもう、交換したほうがいいんじゃない?」
「あぁ、そういえば、ボロボロですよね。でも、使い慣れてて」
私が、練習飛行の時に持って行く、紙の地図は、しわしわで色あせていた。
「想い出も、大事だけど。新年を迎える時は、新しくしたほうがいいのよ。そのほうが、心機一転するでしょ?」
「なるほど、そうですね。じゃあ、倉庫にあった、新しい地図と交換しておきます」
私は、倉庫に小走りで向かうと、新品の紙の地図を持って来た。やっぱり、新品だと、綺麗で新鮮な気分がする。
「でも、風歌ちゃんも、もう直ぐ、地図はいらなくなるわね」
「えっ、何でですか?」
「だって、来年は、もう一人前でしょ?」
「あぁ、そうでした。そっちも、気持ちを切り替えないとですよね」
そうだ、年が明けたら、もう一人前だ。だから、いつまでも、見習い気分でいてはいけない。地図を見てもいいのは、見習いの内だけだし。
「でも、そうするともう、地図は全く使わなくなるんですか?」
「一人前になっても、しばらくは、使うと思うわ。気付いたことを、書き込んだりとか。外で使わなくても、事務所にいる時に、確認することもあるし」
「なるほど、じゃあ、もうしばらくは、持っていてもいいんですね」
「お客様を、ご案内する時以外は、いつ見ても大丈夫よ」
それを聴いて、少しホッとする。まだまだ、全部を覚えた訳じゃないからね。生まれた時から、この町にいるナギサちゃんたちと違って、数ヶ月しかいない訳だから。知らない場所が、まだ、いっぱい残っている。
その後も、色々な世間話をしながら、少しずつ部屋を移動して、大掃除を続けた。事務所のあとはキッチン。そのあとは、倉庫、洗面所、シャワー室など。
一階が終わると、二階に移動して、休憩室や倉庫を掃除して行く。でも、普段からやっているので、思ったほど、時間は掛からなかった。それに、年末に大掃除をすると聞いていたので、あらかじめ、ほぼ終わらせておいたんだよね。
昔の自分からは、考えられないけど。私も、ずいぶんと、計画的で几帳面になったよねぇー。リリーシャさんの教えもあるけど、ナギサちゃんの影響が、かなり大きいかも。
こうして、リリーシャさんと、お話ししながら仕事をするのは、物凄く楽しい。普段は、一日中、営業に出ちゃってるから、なかなか一緒の時間が取れないし。同じ会社で働いているのに、こういう機会は、滅多にないんだよね。
世間話をしながら掃除をしていたら、あっという間に、全て終わってしまった。時計を見ると、十一時ちょっと過ぎ。予想よりも、大幅に早く終了した。
「お疲れ様、風歌ちゃん」
「リリーシャさんも、大変お疲れ様でした」
「これで、安心して、新年が迎えられるわね」
「はい、スッキリ新年が迎えられます」
カーテンも新しくなり、軽く模様替えもしたせいか、事務所が、いつも以上に新鮮で輝いて見えた。
「風歌ちゃん、今年一年、本当にお疲れ様でした」
リリーシャさんは、軽く頭を下げる。
「そんな、とんでもない。リリーシャさんこそ、本当にお疲れ様でした。大したお役に立てなくて、申しわけないです。それに、一杯ご迷惑もお掛けして……」
本当に、お世話になりっぱなしの一年だった。何もできなかった私に、一から十まで、全て優しく教えてくれた。しかも、査問会や墜落事故の件では、物凄い迷惑を掛けてしまった。
「いいのよ、そんなこと。それより、風歌ちゃんがいてくれたお蔭で、とても素敵な一年になったわ」
「それは、私もです! リリーシャさんのお蔭で、毎日が凄く幸せでした」
顔を見合わせると、お互いに微笑む。
「それで、今年の最後に、風歌ちゃんに、大事な話があるの――」
「はい、何でしょうか?」
リリーシャさんは、ゆっくりと自分の机の引き出しを開けると、一枚の紙を取り出した。私に向き直ると、その紙を、そっと差し出す。
「……こ、これって――」
私は、その書類を見た瞬間、固まった。
「まだ、未提出だったでしょ? そろそろ、出して貰わないと」
「い、いやこれは……。その、一人前になってから、出そうかと思って――」
「それでは、ダメなのよ。これを出して貰わないと、正式な社員として、認められないから。昇級試験も、受けられないもの」
私の前に出された書類は『同意書』だった。未成年の場合、家族の承認のサインをもらう必要がある。本来なら、入社時に出さなければ、ならないものだ。でも、色々事情があるからと、保留にしてもらっていたのだ。
まさか、よりによって、今年の最後にこの件が来るとは……。
「今すぐに、もらってきてね」
「ええっ?! 今すぐですか? いや、それは流石に――。その、交通費とかも、色々掛かりますし……」
向こうの世界への、時空航行船のチケット代も、馬鹿にならない。通常便だと、私のお給料の、二ヵ月分ぐらいの料金が掛かる。
一応、夜行便なら、なんとか行けなくもないけど。この時期では、とっくに予約が埋まっているはずだ。しかも、混んでいる時期は、料金も高い。
「それなら、大丈夫よ」
リリーシャさんは、引き出しの中から、白い封筒を取り出した。私は、差し出された封筒を受け取り、そっと中身を確認して見る。すると――。
「これって、特急便のチケット。しかも、今日の十三時のですか?!」
「特急便なら、二時間で到着するから、今日中に行けるわね。それに、明日から一週間、お正月休みなのだから。実家に帰るのには、ちょうどいいでしょ?」
リリーシャさんは、軽く微笑む。
「いや……そういう問題ではなく。そんな急に――心の準備が……」
私の鼓動が、急にバクバクと激しくなった。
帰るなんて、全然、言ってないし。メールを誤送信して以降、連絡も取ってないし。そもそも、帰るのは、一人前になってからの予定だったから――。
「あの、来年になって、昇級してからということでは、ダメですか……?」
大抵のことは、ドーンとできる。でも、この件だけは、どうしても気が進まなかった。家出の件は、私の人生の中でも、最大の黒歴史だからだ。
「ダメよ。もし、同意書を貰って来ないのであれば、今日限りで辞めてもらうから」
「えっ――?!」
リリーシャさん顔からは笑みが消え、真剣な表情になっていた。
そ、そんな……。本気で言ってるんですか、リリーシャさん――?
私は、頭が真っ白になったまま、ただ立ち尽くすしか出来なかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第6部(見習い編最終部)予告――
「どうかみんな、私に力を貸して……」
「それで、何をしに来たの――?」
「それは流石に、チャレンジャーを通り越して、馬鹿じゃないの?」
『私のいる場所は、ここじゃない――』
「えっ……何でそれを?」
「その程度の覚悟もない人間が、上を目指せるとでも思ってるの?」
「なんか寂しいもんね。今までの日常が、変わってしまうのって」
『これで人生が終わりでも、いいと思ってる』
「それだけ、真剣だってことでしょ?」
「ごめんね、今まで隠していて」
「ちょっ……なんで……?!」
『もっと先に、限界を超えて……』
coming soon
私は、急いで身支度を整えると、買い置きしてあったパンで、サッと朝食を済ませる。準備が終わると、階段を早足で降りていった。
アパートの庭に出て、エア・ドルフィンに乗り込むと、意気揚々と会社に向かう。毎朝、やる気満々だけど、今日はいつもの、倍以上の気合の乗りだった。心の底から、やる気と熱い気持ちが湧き出して来る。
今日は、十二月三十日。昨夜、年越しをしたから、一般の人たちは、今日から新年だ。でも、会社はまだ、年が明けていない。仕事の最終日までは、旧年度のままだからだ。
ナギサちゃんの言った通り、今日の『仕事納め』を、完ぺきにこなすまでは、終わりじゃないんだよね。一年の締めくくりとして、気を引きしめないと。
なお、三十一日から、翌年の六日までは、会社がお休みになる。うちだけじゃなくて、全シルフィード会社が、この期間は『お正月休み』だった。
当分、掃除はできないから、朝の掃除も、特に念入りにやるつもりだ。今日は、予約は一件もないし。九時からは、リリーシャさんと一緒に、大掃除をすることになっている。でも、その前に、少しでも、やっておいた方がいいからね。
今年一年、この会社にも、リリーシャさんにも、言葉では言い尽くせないほど、大変にお世話になった。だから、せめてもの恩返しだ。今は、掃除ぐらいでしか、お返しできないので。
会社に到着すると、まずは、軽く準備運動をする。そのあと、ほうきを持ってくると、敷地の隅から隅まで、綺麗にはいて行った。でも、いつもと違って『今年一年、ありがとう』と、一はきごとに、心を込めてやっていく。
昨日は、送る全ての月に感謝したから、今日は、会社に一杯、感謝しようと思う。一年間、とても充実した日々が過ごせたのも、この会社のお蔭だからね。私の全てのスタート地点であり、第二の実家のようなものだから。
庭の掃除が終わると、ハタキ・バケツ・雑巾を持って来て、外に置いてある機体を掃除していく。まずは、水路に係留してある、エア・ゴンドラの清掃から始めた。ていねいに、ハタキを掛けたあと、キュッキュと雑巾がけをする。
手を動かしながら『今年一年、お疲れ様でした』と、機体にも、感謝の気持ちを伝えた。今乗ってるのは、練習機だけなんだけど、来年は、お世話になるかもしれない。それに、機体もうちの会社の、大事な家族のようなものだからね。
外が終わると、ガレージの中に移って、次々と掃除を進めて行った。ついでに、全ての機体に、お疲れ様と、ありがとうの気持ちを伝えて行く。
ガレージ内の、全ての機体の掃除が終わると、ふぅーっと息を吐きながら、周囲を見回した。どの機体もピカピカになって、とても清々しい気分だ。
「今年は、本当にありがとう。来年もまた、ヨロシクね」
私は、そっと声を掛けると、ガレージをあとにする。
次に向かったのは、事務所だ。普段から、綺麗にしているから、特に汚れている場所はない。でも、隅から隅までハタキを掛け、そのあとは、念入りに雑巾がけをして行った。
たとえ、汚れていなくても、掃除をするのは大事なことだ。気持ちが、スッキリするし、何より、掃除したところが輝いて見える。
昔のずぼらな私には、分からなかった感覚だよね、これって。実家にいたころは、月に一度すら、掃除とか、やってなかったので……。
私が、せっせと机を拭いていると、後ろから声を掛けられた。
「風歌ちゃん、おはよう。今日も、早いわね」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日、よろしくお願いいたします!」
私は、腰から九十度にまげて、思いっきり気合を入れて、元気に挨拶をする。
「本当に、風歌ちゃんは元気ね」
「これだけが取り柄ですし。今日は、最終日ですので」
「今日は、定時でいいって言ったのに。昨日は、遅かったのでしょ?」
「寝たのは深夜ですけけど、いつも以上に、早く目が覚めちゃいまして」
テンションが高い時って、全然、疲労を感じないし、寝なくても平気なんだよね。向こうの世界にいた時も、年末年始になると、いつもこんな感じだった。でも、今年はいつになく、超絶テンションが高い。
初めての異世界での年越しで、舞い上がっているのだと思う。でも、一番は、明るい未来のへの期待が、物凄く大きいからだ。今年も最高だったけど、来年はもっと、素敵な年になる予感がする。
「風歌ちゃんらしいわね。でも、ほどほどに。一応、病み上がりなんだから」
「はい。でも、大丈夫ですよ。完全に、ピンピンしてますから!」
足のケガも完治したし、退院後も、滅茶苦茶、絶好調だ。むしろ、以前よりも、調子がいいぐらいだった。何だかんだで、ケガをしている間も、適度に体を鍛えていたし。なんか、精神的にも強くなった気がする。
「外はもう、大丈夫そうね。毎朝、やってくれているし」
「はい。庭掃除も、機体磨きも、全部やっておきました」
毎朝、しっかりやってるし、今朝も、完璧に仕上げてある。特に、機体磨きには、絶対の自信があった。
「じゃあ、大掃除は、一階から始めましょう。まずは、事務所のいらない物の処分と、軽い模様替えも必要ね。あと、カーテンは、新しい物を用意してあるから、全部、交換してしまいましょう」
「それって、こないだ届いた、大きな荷物ですよね? 倉庫にしまってあるので、私持ってきますね」
私は、小走りで倉庫に向かうと、目的のダンボールを、すぐに見つけ出す。サッと持ち上げると、再び小走りで、事務所に戻った。
「じゃ、開けちゃいますね」
私は、机に置いてあったカッターで、箱のガムテープ部分に、そっと切れ目を入れる。箱を開くと、中には真新しいカーテンが、数組入っていた。
「まずは、今付いているカーテンを、外してしまいましょう」
「はい、任せてください」
私は立ち上がると、レールから、カーテンを外していった。『マナ・フィールド』を使った、出し入れ可能なカーテンもある。けど、うちの会社では、普通のカーテンを使っていた。やっぱり、普通のカーテンのほうが、見た目がいいからね。
でも、普通のカーテンだと、いくら部屋を綺麗にしていても、日の光で、だんだん色あせたり、ほこりが付いて、くすんで来たりしちゃうんだよね。
「このカーテンは、どうするんですか?」
「全部、処分ね。もう、何年も使っているから」
「でも、捨てちゃうの、もったいなくないですか?」
「なら、風歌ちゃんが、持って帰る?」
「いえ――うちは、窓が一個しかありませんので……」
屋根裏部屋なので、小さな窓が一個あるだけだ。そもそも、カーテンを付けるほどの、大きさじゃないんだよね。
カーテンが外し終わると、二人で一緒に、新しいカーテンに付け替えて行く。真っ白なレースのカーテンに、その手前には、クリーム色のカーテンを設置した。
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カーテンの設置が終わると、今度は、事務所の中の、いらなさそうな物を、選び出していく。
机の引き出しの中とかって、意外といらない物が、溜まってたりするんだよね。私の机の中には、買い物した時のレシートが、どっさり詰まってたりする。もちろん、これは全て処分だ。ついつい、レシートって、とっておく癖があるので――。
「風歌ちゃん、それはもう、交換したほうがいいんじゃない?」
「あぁ、そういえば、ボロボロですよね。でも、使い慣れてて」
私が、練習飛行の時に持って行く、紙の地図は、しわしわで色あせていた。
「想い出も、大事だけど。新年を迎える時は、新しくしたほうがいいのよ。そのほうが、心機一転するでしょ?」
「なるほど、そうですね。じゃあ、倉庫にあった、新しい地図と交換しておきます」
私は、倉庫に小走りで向かうと、新品の紙の地図を持って来た。やっぱり、新品だと、綺麗で新鮮な気分がする。
「でも、風歌ちゃんも、もう直ぐ、地図はいらなくなるわね」
「えっ、何でですか?」
「だって、来年は、もう一人前でしょ?」
「あぁ、そうでした。そっちも、気持ちを切り替えないとですよね」
そうだ、年が明けたら、もう一人前だ。だから、いつまでも、見習い気分でいてはいけない。地図を見てもいいのは、見習いの内だけだし。
「でも、そうするともう、地図は全く使わなくなるんですか?」
「一人前になっても、しばらくは、使うと思うわ。気付いたことを、書き込んだりとか。外で使わなくても、事務所にいる時に、確認することもあるし」
「なるほど、じゃあ、もうしばらくは、持っていてもいいんですね」
「お客様を、ご案内する時以外は、いつ見ても大丈夫よ」
それを聴いて、少しホッとする。まだまだ、全部を覚えた訳じゃないからね。生まれた時から、この町にいるナギサちゃんたちと違って、数ヶ月しかいない訳だから。知らない場所が、まだ、いっぱい残っている。
その後も、色々な世間話をしながら、少しずつ部屋を移動して、大掃除を続けた。事務所のあとはキッチン。そのあとは、倉庫、洗面所、シャワー室など。
一階が終わると、二階に移動して、休憩室や倉庫を掃除して行く。でも、普段からやっているので、思ったほど、時間は掛からなかった。それに、年末に大掃除をすると聞いていたので、あらかじめ、ほぼ終わらせておいたんだよね。
昔の自分からは、考えられないけど。私も、ずいぶんと、計画的で几帳面になったよねぇー。リリーシャさんの教えもあるけど、ナギサちゃんの影響が、かなり大きいかも。
こうして、リリーシャさんと、お話ししながら仕事をするのは、物凄く楽しい。普段は、一日中、営業に出ちゃってるから、なかなか一緒の時間が取れないし。同じ会社で働いているのに、こういう機会は、滅多にないんだよね。
世間話をしながら掃除をしていたら、あっという間に、全て終わってしまった。時計を見ると、十一時ちょっと過ぎ。予想よりも、大幅に早く終了した。
「お疲れ様、風歌ちゃん」
「リリーシャさんも、大変お疲れ様でした」
「これで、安心して、新年が迎えられるわね」
「はい、スッキリ新年が迎えられます」
カーテンも新しくなり、軽く模様替えもしたせいか、事務所が、いつも以上に新鮮で輝いて見えた。
「風歌ちゃん、今年一年、本当にお疲れ様でした」
リリーシャさんは、軽く頭を下げる。
「そんな、とんでもない。リリーシャさんこそ、本当にお疲れ様でした。大したお役に立てなくて、申しわけないです。それに、一杯ご迷惑もお掛けして……」
本当に、お世話になりっぱなしの一年だった。何もできなかった私に、一から十まで、全て優しく教えてくれた。しかも、査問会や墜落事故の件では、物凄い迷惑を掛けてしまった。
「いいのよ、そんなこと。それより、風歌ちゃんがいてくれたお蔭で、とても素敵な一年になったわ」
「それは、私もです! リリーシャさんのお蔭で、毎日が凄く幸せでした」
顔を見合わせると、お互いに微笑む。
「それで、今年の最後に、風歌ちゃんに、大事な話があるの――」
「はい、何でしょうか?」
リリーシャさんは、ゆっくりと自分の机の引き出しを開けると、一枚の紙を取り出した。私に向き直ると、その紙を、そっと差し出す。
「……こ、これって――」
私は、その書類を見た瞬間、固まった。
「まだ、未提出だったでしょ? そろそろ、出して貰わないと」
「い、いやこれは……。その、一人前になってから、出そうかと思って――」
「それでは、ダメなのよ。これを出して貰わないと、正式な社員として、認められないから。昇級試験も、受けられないもの」
私の前に出された書類は『同意書』だった。未成年の場合、家族の承認のサインをもらう必要がある。本来なら、入社時に出さなければ、ならないものだ。でも、色々事情があるからと、保留にしてもらっていたのだ。
まさか、よりによって、今年の最後にこの件が来るとは……。
「今すぐに、もらってきてね」
「ええっ?! 今すぐですか? いや、それは流石に――。その、交通費とかも、色々掛かりますし……」
向こうの世界への、時空航行船のチケット代も、馬鹿にならない。通常便だと、私のお給料の、二ヵ月分ぐらいの料金が掛かる。
一応、夜行便なら、なんとか行けなくもないけど。この時期では、とっくに予約が埋まっているはずだ。しかも、混んでいる時期は、料金も高い。
「それなら、大丈夫よ」
リリーシャさんは、引き出しの中から、白い封筒を取り出した。私は、差し出された封筒を受け取り、そっと中身を確認して見る。すると――。
「これって、特急便のチケット。しかも、今日の十三時のですか?!」
「特急便なら、二時間で到着するから、今日中に行けるわね。それに、明日から一週間、お正月休みなのだから。実家に帰るのには、ちょうどいいでしょ?」
リリーシャさんは、軽く微笑む。
「いや……そういう問題ではなく。そんな急に――心の準備が……」
私の鼓動が、急にバクバクと激しくなった。
帰るなんて、全然、言ってないし。メールを誤送信して以降、連絡も取ってないし。そもそも、帰るのは、一人前になってからの予定だったから――。
「あの、来年になって、昇級してからということでは、ダメですか……?」
大抵のことは、ドーンとできる。でも、この件だけは、どうしても気が進まなかった。家出の件は、私の人生の中でも、最大の黒歴史だからだ。
「ダメよ。もし、同意書を貰って来ないのであれば、今日限りで辞めてもらうから」
「えっ――?!」
リリーシャさん顔からは笑みが消え、真剣な表情になっていた。
そ、そんな……。本気で言ってるんですか、リリーシャさん――?
私は、頭が真っ白になったまま、ただ立ち尽くすしか出来なかった……。
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第6部(見習い編最終部)予告――
「どうかみんな、私に力を貸して……」
「それで、何をしに来たの――?」
「それは流石に、チャレンジャーを通り越して、馬鹿じゃないの?」
『私のいる場所は、ここじゃない――』
「えっ……何でそれを?」
「その程度の覚悟もない人間が、上を目指せるとでも思ってるの?」
「なんか寂しいもんね。今までの日常が、変わってしまうのって」
『これで人生が終わりでも、いいと思ってる』
「それだけ、真剣だってことでしょ?」
「ごめんね、今まで隠していて」
「ちょっ……なんで……?!」
『もっと先に、限界を超えて……』
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異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
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女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
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「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
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