200 / 363
第5部 厳しさにこめられた優しい想い
5-2一年の感謝を込めて町中にお礼を伝えに飛び回る
しおりを挟む
私は、エア・ドルフィンに乗って、町中を飛び回っていた。今日は、いつもの練習飛行とは違う。後部座席に、荷物ボックスを付けて飛んでいた。ボックスの中には、大量の『クッキーの袋』が入っている。
今日は、この町の恒例行事である『クッキー配り』を行っていた。お世話になった人たちに、お礼を言いながら、クッキーを渡すイベントだ。向こうの世界の、ホワイトデーに近い感じかな。
先日、リリーシャさんと、お茶をしている時に、ちょうどその話題が出てきた。それで『一緒に作ろう』という事になった。リリーシャさんも、毎年、物凄くたくさん配るため、大量に作っているらしい。
そんな流れで、リリーシャさんの家にお邪魔して、クッキー作りを行った。でも、私は生地をこねたりする、力作業の担当。焼いたり、デコレーションしたりの、細かい作業は、全部リリーシャさんにやってもらった。
おかげで、見た目もキレイで、とても美味しいクッキーが完成した。流石は、リリーシャさん。まるで、プロが作った市販品のように、完璧な仕上がりだった。一応、私も手伝ったんだから、自作ってことでいいよね。
袋詰めした、大量のクッキーは、ダンボール数箱分になった。リリーシャさんは、超人気があるし、知り合いも多いからね。でも、私も意外と配る人が多く、ダンボール一箱分以上が、必要だった。
〈東地区商店街〉は、全てのお店に配るし。他にも、いつも通っているお店は、全部、配りに回るつもりだ。友達や知り合いも含めると、結構な数が必要なんだよね。よくよく考えてみたら、私も意外と、お付き合いしている人が多かった。
でも、富を分け合うことで、お互いが幸せになれるって、とても素敵な考え方だよね。まぁ、私には、分けられるような富はないけど、気持ちが大事だから。そう、気持ち、超大事!
そんなわけで、まずは、自分が住んでいる〈北地区〉から、回って行くことにした。最初に行ったのは、ノーラさんのところだ。部屋を貸してもらっている上に、よく食事をご馳走になってるからね。こっちに来てから、お世話になりっぱなしだ。
クッキーを渡すと、真っ先に『これ、リリー嬢ちゃんが焼いたやつだろ?』と、あっさり、見破られてしまった。見た瞬間に分かるとは、流石は、リリーシャさんの料理の師匠だ。
『一応、生地をこねたり、袋詰めは手伝いました』と言ったんだけど、鼻で笑われてしまった……。でも、ノーラさんも、ちゃんと準備していたみたいで、お返しのクッキーを渡してくれた。
そのあとは、よく通っている、パン屋さんを数件。あと、喫茶店の〈宿り木〉の女将さんのところも。さらに、以前、代行でパンの宅配に行った御宅にも、順番に配って行った。一度、会っただけでも、ご縁は大事にしたいからね。
あと、徒歩で老紳士を送って行った〈マーカス・グリーン・ファーム〉にも、渡しに行く。すると、娘さんが出てきて、お返しのクッキーに加え、また、どっさりと、とれたての野菜をもらってしまった。
なんか、渡す量より、もらってる量のほうが、はるかに多い気がする。これでは、富を分け合うんじゃなくて、私が一方的に、得しちゃってるのでは――?
結局、色々もらって荷物が一杯になったので、いったん荷物を置きに、会社に戻った。荷物を置いて、クッキーを補充すると、今度は〈西地区〉〈南地区〉の順に回って行く。
〈南地区〉は、何度か行ったことのある、喫茶店の〈水晶亭〉にも顔を出す。すると、偶然にも、ライザさんが来ていて、お互いに再会を喜び合う。ライザさんも、クッキーを渡しに来たんだって。
私は、二人にクッキーを渡すと、お礼のクッキーを受け取る。さらには、入れたてのカフェオレとケーキを、ご馳走になってしまった。
この町では、クッキーを渡しあうのって、本当にあたり前の習慣なんだね。どこに行っても、ちゃんとお返しのクッキーを、用意してあるもん。しかも、渡したのより、豪華なのが返って来るし。
〈水晶亭〉で、しばらく休憩すると、再びクッキー配りに飛び回る。まだまだ、配る所は多いし、むしろ、これからが本番だ。
ナギサちゃんたちは、今度お茶した時に渡すとして。やっぱり〈東地区商店街〉は、気合を入れて回らないとね。
〈東地区商店街〉は、全てのお店の、店主や女将さんと、知り合いだった。いつも、町内会でも会ってるし。買い物も、ここですることが、多いからだ。それに〈ホワイト・ウイング〉の、ホームエリアだからね。しっかり、挨拶をしておかないと。
おそらく、リリーシャさんも、ここは重点的に回っていると思う。でも、もらって困る物じゃないし、被っても問題ないよね。要は、気持ちの問題だから。
私は、いったん事務所に戻って、クッキーを満タンに補充することにした。すると、キッチンのテーブルには、私がもらった物の他にも、沢山のクッキーが置いてあった。おそらく、リリーシャさんが、もらって来たものだと思う。
「リリーシャさんも、かなり沢山もらうと思うから。このペースだと、夕方には、クッキーだらけになっちゃうかも……」
それはそれで、凄く楽しそうだけど。全部、食べ切れるんだろうか? まだまだ、増えそうな感じだし。
「ま、いっかー。甘いものは、大好きだし」
私は、準備を終えると、再びクッキー配りに向かうのだった……。
******
私は〈東地区〉の駐車場に、エア・ドルフィンを停めると、少し歩いて〈東地区商店街〉に向かった。両手には、クッキーの袋が大量に入った、紙袋を持っている。端から端まで配るので、結構な量が必要だ。
軒数が多いので、かなり大変だけど、日ごろから、凄くお世話になってるからね。ちゃんと、今年一年のお礼を言わないと。
私は、こっちの世界に来てから、いつも色んな人に、お世話になりっぱなしだ。でも、冷静に考えてみると、ちゃんと、お礼を口にしたことって、あまりないんだよね。私も故事にならって、一軒ずつ心を込めて、お礼を言って行こう。
商店街に入ると、一番、端にあるお店から回って行く。最初のお店は、八百屋の『リンド青果店』だ。
「こんにちは。いつも、お世話になっています」
「おや、風歌ちゃんじゃないかい。いらっしゃい!」
恰幅のよい女将のメイズさんが、元気に声を返してきた。
「今年、一年間、大変お世話になりました。つまらない物ですが」
私は、頭を下げながら、クッキーの袋を差し出した。
「あらあら、嬉しいわ。シルフィードにクッキーをもらえるなんて、商売繁盛、間違いなしね!」
「あははっ、だと、いいんですけど」
この町では、シルフィードは幸運の象徴であり、幸運をみんなに運んでくれる、と言われている。つまり、シルフィード自体が『縁起物』なんだよね。
「はい、これ。お返しのクッキー。あと、これも持ってきな」
メイズさんは、用意してあったクッキーの他に、リンゴを一山、袋に入れて渡してくれた。
「あの、いいんですか? お礼に来たのに、逆にいただいちゃって――」
「いいの、いいの。シルフィードが来てくれるだけで、物凄い幸運なのよ。他の店も回る予定なの?」
「はい。商店街の、全てのお店を回るつもりです」
「なら、みんな凄く喜ぶわよ。風歌ちゃんは、幸運の使者に加え、この商店街の、ヒーローなんだから」
メイズさんは、腰に手を当て、満面の笑みを浮かべる。でも、私はちょっと、引きつった笑みを浮かべた。
いやいや、私はお礼に来ただけで、そんなに、凄い存在んじゃないんだけど。まぁ、喜んでもらえるなら、いいのかな……? 取りあえず、誠心誠意、お礼を伝えて行こう。
私がそう考えていると、
「みんなー、幸運の使者が、クッキーを持ってやって来たわよー!! ちゃんと、お返しを、用意しておきなさい!」
メイズさんが、大きな声で、周りの人たちに呼びかけた。
「おぉー、風歌ちゃんか!」
「いやー、物凄くご利益ありそうだな!」
「そうかい、そうかい。なら、とっておきのお返し、用意しないとね!」
お店の大将や女将さんたちが、一斉に動き出した。さらに、こちらに、期待に満ちた視線を向けて来る。私が来たという噂は、次々と、先のほうのお店まで、伝わって行った。流石に、凄いチームワークと行動力だ。
ちょっ……。普通にクッキーを渡して、お礼をしようと思っただけなのに。何で、こんな大事に?! これじゃ、まるで、何かのイベントみたいじゃない――?
「ほれ、行っといで。みんな、楽しみに待ってるからさ」
私は、バシッと、メイズさんに背中を叩かれた。
「あ、あははっ、頑張ります……」
私は、ぎこちない笑みを浮かべて、それに答える。
最初は、軽く世間話でもしながら、気楽に渡そうと思ってたんだけど。急にハードルが上がって、プレッシャーが、大きくなってきた。どのお店の人たちも、ジーッと私のことを、期待のまなざしで見ているからだ。
でもまぁ、こうなったら、精一杯シルフィードとして、振る舞うしかないよね。私は、ただの見習いだけど、みんなは、そう思ってないみたいだし。
私は、日ごろの勉強の成果と、リリーシャさんの振る舞いを、思い浮かべながら、一軒ずつ回って行った。まずは、クッキーを渡して、一年のお礼を言って、それぞれに合った世間話をする。
そして最後に『今後も〈ホワイト・ウイング〉を、よろしくお願いいたします』と、しっかり、会社の宣伝もしておく。
みんな、想像していた以上に、大喜びしてくれた。クッキーをもらうことも、大事だけど、誰からもらうかも、物凄く重要らしい。中でも、シルフィードからもらうクッキーは、最上級のご利益があるんだって。
ただ、私自身、全くお金ないし。金運が上がるかどうかは、怪しいんだけど――。でも、みんなの、素敵な笑顔が見れるのは、私もとても嬉しい。だから私は、一人前のシルフィードとして。また、幸運の使者として、精一杯に振る舞った。
ちょうど、商店の中間あたりに来たところで、声を掛けられた。この明るく軽いノリの声は、聞き覚えがある。
「やっほー、風歌ちゃん。相変わらず、超人気者ねー」
「あれ、ユキさん。何でこんな所に……?」
町内会長のお孫さんの、ユキさんだ。
相変わらず、斬新なファッションに、ビビッドな色のマニュキュアと、濃い目の化粧。服装もだけど、たくさんの装飾品を身に着けて、実に派手な格好だ。この昔ながらの商店街の中では、完全に浮いている。
「ちょっと、おじいちゃんの家に、用があってね。そうそう、聴いたわよ。あのイベントのあと、商店街の売り上げが、かなり伸びたらしいじゃない」
「みたいですね。お役に立てて、よかったです。本当に〈ホワイト・ウイング〉の知名度と、リリーシャさんの人気って、凄いですよね」
『ホワイト・ウイング・フェア』は、結局、初日で千人以上が集まるという、大盛況だった。二日目以降も、話題が話題を呼び、滅茶苦茶、人が集まったらしい。やっぱり、知名度や人気の影響力って、凄いよね。
イベントのあとも、通ってくれるようになったお客さんも、結構、多いんだって。お礼に回った各お店で、みんな、同じことを言っていた。
「何言ってんの? あのイベントの功労者は、風歌ちゃんじゃない」
「いえいえ、私なんて、大したことやってませんよ。ただの見習いですし」
結局、リリーシャさんの、懐の広い対応と多大な協力。あと、他社のナギサちゃんたちにまで、手伝ってもらった。あとは、商店街の人たちの、情熱や頑張りがあったからだ。
「そもそも、風歌ちゃんが動かなきゃ、実現しなかったイベントよ。あのイベントの、成功の七割は、風歌ちゃんの力と影響力なんだから」
「いやいや、まさか……。力も影響力も、全くありませんから」
「はぁー。何にも、分かってないわね。もう、これだから、無自覚な有名人は」
「へ――?」
ユキさんは、小さくため息をついた。
「ま、いいわ。とりあえず、写真を撮らせてちょうだい。また、アップしとくから」
「えっ……? あの、目立つのはちょっと」
「別に、お礼でクッキーを配るなんて、誰もがやってることだから、平気よ」
そういうと、ユキさんは、マギコンを起動して、パシャパシャと写真を撮り始めた。『勝手にやるから、気にしないで』と言われたので、私は再び、クッキー配りを続けて行くのだった……。
******
夕方の、四時過ぎ。私は、大量のお返しの入った荷物ボックスを持って、事務所に戻って来た。もらい物の量が多すぎて、ボックスのふたが閉まらない。
結局、全ての店を回るのに、二時間以上かかってしまった。ユキさんは、ふと気付くと、いつの間にか姿を消していた。相変わらず、神出鬼没な人だ。
事務所に入ると、リリーシャさんが、事務仕事をしていた。私に気付くと、笑顔で声をかけて来る。
「風歌ちゃん、お帰りなさい。ずいぶんと、沢山もらって来たのね」
「いやー、お礼を渡すつもりが。むしろ、一杯もらっちゃいました」
「貰ったよりも、沢山お返しするのが、習わしみたいなものだから」
「なるほど、そうだったんですね」
とりあえず、荷物を置くために、キッチンのテーブルに向かう。だが、私は部屋に入った瞬間、驚いて声を上げてしまった。
「えぇぇーっ!? 置く場所が全然ない――」
テーブルの上は、クッキーやら何やらで、完全に埋まっていた。私が想像していた量を、はるかに上回っていたのだ。中には、リボンのついた大きな箱など、高級そうなものも置いてある。
さ、流石は、リリーシャさん。人気があるとは思ってたけど、まさか、ここまで凄いとは……。
「いつも、こちらがお世話になっているので、申しわけないけれど。でも、渡された物は、受け取るのがマナーだから」
「まぁ、そうですよねぇー」
私はとりあえず、椅子の上に、ボックスをどさっと置いた。
「ところで、これどうしましょう? クッキーは、お茶の時に食べればいいとして。生ものなんかも、結構、もらっちゃったんですけど――」
もらった中には、野菜や魚なんかもある。でも、私は一切、自炊をしないので。このままだと、腐らせてしまうだけだ。
「なら、私の家で、食事会をしましょうか? 私は、ツバサちゃんに、声を掛けてみるから。風歌ちゃんも、お友達を呼ぶのはどう?」
「えっ、いいんですか?」
「一人じゃ無理でも、みんななら、食べきれるんじゃない?」
「はい、そうですね!」
そんな訳で、急きょ、リリーシャさんの家で、もらい物の食事会を行うことになった。リリーシャさんなら、料理が超上手だし、安心だよね。
それにしても、お礼に行ったはずが、こんなに沢山、もらい物をするとは、思っても見なかった。みんな、大らかというか、優しいというか、いい人たちばかりだ。しかも、シルフィードが来てくれたと、滅茶苦茶、喜んでくれてたし。
相変わらず、助けられたり、もらったりしてばかりだけど。いつか、みんなの期待に応えらえる、本物シルフィードにならないとね。
私の夢だけじゃなく、みんなの夢や希望も、一緒に抱えているのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『生まれて初めて来る超巨大スパで大はしゃぎ』
幸せなら歌い、笑うように。気分がいいならはしゃぐように
今日は、この町の恒例行事である『クッキー配り』を行っていた。お世話になった人たちに、お礼を言いながら、クッキーを渡すイベントだ。向こうの世界の、ホワイトデーに近い感じかな。
先日、リリーシャさんと、お茶をしている時に、ちょうどその話題が出てきた。それで『一緒に作ろう』という事になった。リリーシャさんも、毎年、物凄くたくさん配るため、大量に作っているらしい。
そんな流れで、リリーシャさんの家にお邪魔して、クッキー作りを行った。でも、私は生地をこねたりする、力作業の担当。焼いたり、デコレーションしたりの、細かい作業は、全部リリーシャさんにやってもらった。
おかげで、見た目もキレイで、とても美味しいクッキーが完成した。流石は、リリーシャさん。まるで、プロが作った市販品のように、完璧な仕上がりだった。一応、私も手伝ったんだから、自作ってことでいいよね。
袋詰めした、大量のクッキーは、ダンボール数箱分になった。リリーシャさんは、超人気があるし、知り合いも多いからね。でも、私も意外と配る人が多く、ダンボール一箱分以上が、必要だった。
〈東地区商店街〉は、全てのお店に配るし。他にも、いつも通っているお店は、全部、配りに回るつもりだ。友達や知り合いも含めると、結構な数が必要なんだよね。よくよく考えてみたら、私も意外と、お付き合いしている人が多かった。
でも、富を分け合うことで、お互いが幸せになれるって、とても素敵な考え方だよね。まぁ、私には、分けられるような富はないけど、気持ちが大事だから。そう、気持ち、超大事!
そんなわけで、まずは、自分が住んでいる〈北地区〉から、回って行くことにした。最初に行ったのは、ノーラさんのところだ。部屋を貸してもらっている上に、よく食事をご馳走になってるからね。こっちに来てから、お世話になりっぱなしだ。
クッキーを渡すと、真っ先に『これ、リリー嬢ちゃんが焼いたやつだろ?』と、あっさり、見破られてしまった。見た瞬間に分かるとは、流石は、リリーシャさんの料理の師匠だ。
『一応、生地をこねたり、袋詰めは手伝いました』と言ったんだけど、鼻で笑われてしまった……。でも、ノーラさんも、ちゃんと準備していたみたいで、お返しのクッキーを渡してくれた。
そのあとは、よく通っている、パン屋さんを数件。あと、喫茶店の〈宿り木〉の女将さんのところも。さらに、以前、代行でパンの宅配に行った御宅にも、順番に配って行った。一度、会っただけでも、ご縁は大事にしたいからね。
あと、徒歩で老紳士を送って行った〈マーカス・グリーン・ファーム〉にも、渡しに行く。すると、娘さんが出てきて、お返しのクッキーに加え、また、どっさりと、とれたての野菜をもらってしまった。
なんか、渡す量より、もらってる量のほうが、はるかに多い気がする。これでは、富を分け合うんじゃなくて、私が一方的に、得しちゃってるのでは――?
結局、色々もらって荷物が一杯になったので、いったん荷物を置きに、会社に戻った。荷物を置いて、クッキーを補充すると、今度は〈西地区〉〈南地区〉の順に回って行く。
〈南地区〉は、何度か行ったことのある、喫茶店の〈水晶亭〉にも顔を出す。すると、偶然にも、ライザさんが来ていて、お互いに再会を喜び合う。ライザさんも、クッキーを渡しに来たんだって。
私は、二人にクッキーを渡すと、お礼のクッキーを受け取る。さらには、入れたてのカフェオレとケーキを、ご馳走になってしまった。
この町では、クッキーを渡しあうのって、本当にあたり前の習慣なんだね。どこに行っても、ちゃんとお返しのクッキーを、用意してあるもん。しかも、渡したのより、豪華なのが返って来るし。
〈水晶亭〉で、しばらく休憩すると、再びクッキー配りに飛び回る。まだまだ、配る所は多いし、むしろ、これからが本番だ。
ナギサちゃんたちは、今度お茶した時に渡すとして。やっぱり〈東地区商店街〉は、気合を入れて回らないとね。
〈東地区商店街〉は、全てのお店の、店主や女将さんと、知り合いだった。いつも、町内会でも会ってるし。買い物も、ここですることが、多いからだ。それに〈ホワイト・ウイング〉の、ホームエリアだからね。しっかり、挨拶をしておかないと。
おそらく、リリーシャさんも、ここは重点的に回っていると思う。でも、もらって困る物じゃないし、被っても問題ないよね。要は、気持ちの問題だから。
私は、いったん事務所に戻って、クッキーを満タンに補充することにした。すると、キッチンのテーブルには、私がもらった物の他にも、沢山のクッキーが置いてあった。おそらく、リリーシャさんが、もらって来たものだと思う。
「リリーシャさんも、かなり沢山もらうと思うから。このペースだと、夕方には、クッキーだらけになっちゃうかも……」
それはそれで、凄く楽しそうだけど。全部、食べ切れるんだろうか? まだまだ、増えそうな感じだし。
「ま、いっかー。甘いものは、大好きだし」
私は、準備を終えると、再びクッキー配りに向かうのだった……。
******
私は〈東地区〉の駐車場に、エア・ドルフィンを停めると、少し歩いて〈東地区商店街〉に向かった。両手には、クッキーの袋が大量に入った、紙袋を持っている。端から端まで配るので、結構な量が必要だ。
軒数が多いので、かなり大変だけど、日ごろから、凄くお世話になってるからね。ちゃんと、今年一年のお礼を言わないと。
私は、こっちの世界に来てから、いつも色んな人に、お世話になりっぱなしだ。でも、冷静に考えてみると、ちゃんと、お礼を口にしたことって、あまりないんだよね。私も故事にならって、一軒ずつ心を込めて、お礼を言って行こう。
商店街に入ると、一番、端にあるお店から回って行く。最初のお店は、八百屋の『リンド青果店』だ。
「こんにちは。いつも、お世話になっています」
「おや、風歌ちゃんじゃないかい。いらっしゃい!」
恰幅のよい女将のメイズさんが、元気に声を返してきた。
「今年、一年間、大変お世話になりました。つまらない物ですが」
私は、頭を下げながら、クッキーの袋を差し出した。
「あらあら、嬉しいわ。シルフィードにクッキーをもらえるなんて、商売繁盛、間違いなしね!」
「あははっ、だと、いいんですけど」
この町では、シルフィードは幸運の象徴であり、幸運をみんなに運んでくれる、と言われている。つまり、シルフィード自体が『縁起物』なんだよね。
「はい、これ。お返しのクッキー。あと、これも持ってきな」
メイズさんは、用意してあったクッキーの他に、リンゴを一山、袋に入れて渡してくれた。
「あの、いいんですか? お礼に来たのに、逆にいただいちゃって――」
「いいの、いいの。シルフィードが来てくれるだけで、物凄い幸運なのよ。他の店も回る予定なの?」
「はい。商店街の、全てのお店を回るつもりです」
「なら、みんな凄く喜ぶわよ。風歌ちゃんは、幸運の使者に加え、この商店街の、ヒーローなんだから」
メイズさんは、腰に手を当て、満面の笑みを浮かべる。でも、私はちょっと、引きつった笑みを浮かべた。
いやいや、私はお礼に来ただけで、そんなに、凄い存在んじゃないんだけど。まぁ、喜んでもらえるなら、いいのかな……? 取りあえず、誠心誠意、お礼を伝えて行こう。
私がそう考えていると、
「みんなー、幸運の使者が、クッキーを持ってやって来たわよー!! ちゃんと、お返しを、用意しておきなさい!」
メイズさんが、大きな声で、周りの人たちに呼びかけた。
「おぉー、風歌ちゃんか!」
「いやー、物凄くご利益ありそうだな!」
「そうかい、そうかい。なら、とっておきのお返し、用意しないとね!」
お店の大将や女将さんたちが、一斉に動き出した。さらに、こちらに、期待に満ちた視線を向けて来る。私が来たという噂は、次々と、先のほうのお店まで、伝わって行った。流石に、凄いチームワークと行動力だ。
ちょっ……。普通にクッキーを渡して、お礼をしようと思っただけなのに。何で、こんな大事に?! これじゃ、まるで、何かのイベントみたいじゃない――?
「ほれ、行っといで。みんな、楽しみに待ってるからさ」
私は、バシッと、メイズさんに背中を叩かれた。
「あ、あははっ、頑張ります……」
私は、ぎこちない笑みを浮かべて、それに答える。
最初は、軽く世間話でもしながら、気楽に渡そうと思ってたんだけど。急にハードルが上がって、プレッシャーが、大きくなってきた。どのお店の人たちも、ジーッと私のことを、期待のまなざしで見ているからだ。
でもまぁ、こうなったら、精一杯シルフィードとして、振る舞うしかないよね。私は、ただの見習いだけど、みんなは、そう思ってないみたいだし。
私は、日ごろの勉強の成果と、リリーシャさんの振る舞いを、思い浮かべながら、一軒ずつ回って行った。まずは、クッキーを渡して、一年のお礼を言って、それぞれに合った世間話をする。
そして最後に『今後も〈ホワイト・ウイング〉を、よろしくお願いいたします』と、しっかり、会社の宣伝もしておく。
みんな、想像していた以上に、大喜びしてくれた。クッキーをもらうことも、大事だけど、誰からもらうかも、物凄く重要らしい。中でも、シルフィードからもらうクッキーは、最上級のご利益があるんだって。
ただ、私自身、全くお金ないし。金運が上がるかどうかは、怪しいんだけど――。でも、みんなの、素敵な笑顔が見れるのは、私もとても嬉しい。だから私は、一人前のシルフィードとして。また、幸運の使者として、精一杯に振る舞った。
ちょうど、商店の中間あたりに来たところで、声を掛けられた。この明るく軽いノリの声は、聞き覚えがある。
「やっほー、風歌ちゃん。相変わらず、超人気者ねー」
「あれ、ユキさん。何でこんな所に……?」
町内会長のお孫さんの、ユキさんだ。
相変わらず、斬新なファッションに、ビビッドな色のマニュキュアと、濃い目の化粧。服装もだけど、たくさんの装飾品を身に着けて、実に派手な格好だ。この昔ながらの商店街の中では、完全に浮いている。
「ちょっと、おじいちゃんの家に、用があってね。そうそう、聴いたわよ。あのイベントのあと、商店街の売り上げが、かなり伸びたらしいじゃない」
「みたいですね。お役に立てて、よかったです。本当に〈ホワイト・ウイング〉の知名度と、リリーシャさんの人気って、凄いですよね」
『ホワイト・ウイング・フェア』は、結局、初日で千人以上が集まるという、大盛況だった。二日目以降も、話題が話題を呼び、滅茶苦茶、人が集まったらしい。やっぱり、知名度や人気の影響力って、凄いよね。
イベントのあとも、通ってくれるようになったお客さんも、結構、多いんだって。お礼に回った各お店で、みんな、同じことを言っていた。
「何言ってんの? あのイベントの功労者は、風歌ちゃんじゃない」
「いえいえ、私なんて、大したことやってませんよ。ただの見習いですし」
結局、リリーシャさんの、懐の広い対応と多大な協力。あと、他社のナギサちゃんたちにまで、手伝ってもらった。あとは、商店街の人たちの、情熱や頑張りがあったからだ。
「そもそも、風歌ちゃんが動かなきゃ、実現しなかったイベントよ。あのイベントの、成功の七割は、風歌ちゃんの力と影響力なんだから」
「いやいや、まさか……。力も影響力も、全くありませんから」
「はぁー。何にも、分かってないわね。もう、これだから、無自覚な有名人は」
「へ――?」
ユキさんは、小さくため息をついた。
「ま、いいわ。とりあえず、写真を撮らせてちょうだい。また、アップしとくから」
「えっ……? あの、目立つのはちょっと」
「別に、お礼でクッキーを配るなんて、誰もがやってることだから、平気よ」
そういうと、ユキさんは、マギコンを起動して、パシャパシャと写真を撮り始めた。『勝手にやるから、気にしないで』と言われたので、私は再び、クッキー配りを続けて行くのだった……。
******
夕方の、四時過ぎ。私は、大量のお返しの入った荷物ボックスを持って、事務所に戻って来た。もらい物の量が多すぎて、ボックスのふたが閉まらない。
結局、全ての店を回るのに、二時間以上かかってしまった。ユキさんは、ふと気付くと、いつの間にか姿を消していた。相変わらず、神出鬼没な人だ。
事務所に入ると、リリーシャさんが、事務仕事をしていた。私に気付くと、笑顔で声をかけて来る。
「風歌ちゃん、お帰りなさい。ずいぶんと、沢山もらって来たのね」
「いやー、お礼を渡すつもりが。むしろ、一杯もらっちゃいました」
「貰ったよりも、沢山お返しするのが、習わしみたいなものだから」
「なるほど、そうだったんですね」
とりあえず、荷物を置くために、キッチンのテーブルに向かう。だが、私は部屋に入った瞬間、驚いて声を上げてしまった。
「えぇぇーっ!? 置く場所が全然ない――」
テーブルの上は、クッキーやら何やらで、完全に埋まっていた。私が想像していた量を、はるかに上回っていたのだ。中には、リボンのついた大きな箱など、高級そうなものも置いてある。
さ、流石は、リリーシャさん。人気があるとは思ってたけど、まさか、ここまで凄いとは……。
「いつも、こちらがお世話になっているので、申しわけないけれど。でも、渡された物は、受け取るのがマナーだから」
「まぁ、そうですよねぇー」
私はとりあえず、椅子の上に、ボックスをどさっと置いた。
「ところで、これどうしましょう? クッキーは、お茶の時に食べればいいとして。生ものなんかも、結構、もらっちゃったんですけど――」
もらった中には、野菜や魚なんかもある。でも、私は一切、自炊をしないので。このままだと、腐らせてしまうだけだ。
「なら、私の家で、食事会をしましょうか? 私は、ツバサちゃんに、声を掛けてみるから。風歌ちゃんも、お友達を呼ぶのはどう?」
「えっ、いいんですか?」
「一人じゃ無理でも、みんななら、食べきれるんじゃない?」
「はい、そうですね!」
そんな訳で、急きょ、リリーシャさんの家で、もらい物の食事会を行うことになった。リリーシャさんなら、料理が超上手だし、安心だよね。
それにしても、お礼に行ったはずが、こんなに沢山、もらい物をするとは、思っても見なかった。みんな、大らかというか、優しいというか、いい人たちばかりだ。しかも、シルフィードが来てくれたと、滅茶苦茶、喜んでくれてたし。
相変わらず、助けられたり、もらったりしてばかりだけど。いつか、みんなの期待に応えらえる、本物シルフィードにならないとね。
私の夢だけじゃなく、みんなの夢や希望も、一緒に抱えているのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『生まれて初めて来る超巨大スパで大はしゃぎ』
幸せなら歌い、笑うように。気分がいいならはしゃぐように
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる