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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

5-1黄金色に輝く街を見ているとワクワクが止まらない

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 夜、十時過ぎ。静まり返った、屋根裏部屋で。例のごとく、小さな机の前に座布団をしいて、真面目な表情で正座している。毎晩、恒例の『お勉強タイム』だ。今日は、十二月のイベントについて、スピで色々と調べものをしていた。

 ただ、かなり冷え込んで来たので、毛布にくるまっている。暖房も何もないので、屋根裏部屋は、かなり寒い。いい加減、防寒具とか用意しないと、マズいかも。この町の冬は初めてだけど、結構、冷えるらしいし。

 それにしても、早いもんだよねぇ。何だかんだで、もう年の瀬の十二月。こっちに来た時は、まだ三月だったのに、もう暮れだなんて。特に、社会人になってから、時間の流れが、物凄く早く感じるようになった。

 まだまだ、ずっと先のことだと、思ってたけど。来年になったら、私も一人前なんだよね。もちろん、試験に受かればだけど。そう考えると、あまり、のんびりはしてられないよね。ただでさえ、こっちの世界の知識が、少ないんだから。

 ちなみに、今調べているのは『大金祭』だいきんさいと『送迎祭』についてだ。向こうとこちらの世界は、かなり習慣も近く、似ている部分が多い。でも、決定的に違うのが、各種行事についてだ。

 向こうの世界も、十二月になると、クリスマス・忘年会・大晦日など、様々なイベントがある。でも、こっちは、それとは全く違う。

 一応、クリスマスの習慣は、向こうの世界から輸入され、ケーキや料理を食べるイベントはある。でも、特定の日が、決まっている訳ではない。『大金祭』の間の、一つのイベントとして、行われていた。

 なお、こちらでは、クリスマス・ケーキではなく『大金ケーキ』と言われている。クリスマス・ツリーも『大金ツリー』なんて、言われていた。

 そもそも『大金祭』が、何かというと、商売繁盛・財運アップなど、お金がたくさん入って来て、豊かになることを祈るお祭りだ。向こうの世界だと『とりの市』みたいな感じかな。

 創世期の〈グリュンノア〉は、何もなく、とても貧しい町だった。元々は、何もない、ただの無人島だったからね。だから、いずれ豊かな町になるようにと、願いを込めて『大金祭』を始めたんだって。

『大金祭』の期間中は、町中を金色の装飾で、飾り立てる。十二月一日から、すでに飾り付けが始まっており、どんどん黄金色に染まって行っていた。『大金祭』の期間は長く、十二月二十九日までやっている。

 向こうの世界で、十二月になると、赤と緑のクリスマス色に染まるのと、似た感じだね。ただ、全て金色なので、クリスマスよりも、さらに派手な見た目だ。

 商店などはもちろん、一般家庭でも、家の中や庭などを、金色に飾り付ける。なので、町中が金ぴかになって行く。

 ちなみに、昔は、お金や金色の物が、あまりなかった。なので、家の周りに金属を飾ったり、金貨に見立てたクッキーを、たくさん作ったらしい。

 この、金貨に見立てたクッキーは、今でも習慣が残っている。なので、十二月になると、コイン焼き・コインクッキー・コインワッフルなどが、町中のあちこちで、売られていた。

『コイン焼き』って言うのは、向こうの世界の、今川焼や大判焼きに近い。ウイング焼きの、コイン版みたいな感じだね。

 あと、クッキーを用意して、普段お世話になっている人や、親しい人たちに、配る習慣がある。一年の感謝のお礼もあるけど『お互いに富を分け合うことで、豊かになる』と、言われているからだ。

 この習慣は、歴史が深く『グリュンノア創世記』までさかのぼる。昔、四魔女のリーダーの『レイアード・ハイゼル』が、暮れになると、みんなの家を、一軒ずつ、あいさつをしに回っていた。とても厳格だけど、礼節には厚い人だったらしい。

 昔は、財政的にも苦しく、あげられる物が、ほとんどなかった。そこで、各家庭に、気持ちとして、銅貨を一枚ずつ配っていた。

 でも、この行為に対して、住民の人たちは、物凄く感激したらしい。だって、国のトップの人が、一軒ずつ、感謝の言葉を言いに来るなんて、凄いもんね。銅貨は、あくまで、気持ちだ。

 これが、今も習慣となって、残っている。今は、お金ではなく、クッキーを配る行事だ。ただ、親とか祖父母は、子供や孫に、クッキーと一緒に、お金を渡す場合もあるらしい。向こうの世界の、お年玉みたいな感じだね。
 
 ちなみに、このクッキーは、店で売っている物じゃなくて、手作りでもOK。なので、私は手作りで渡すつもりだ。手作りのほうが、気持ちがこもるもんね。

 もっとも、クッキーの作り方なんて、全く分からない。なので、またナギサちゃんに、手伝ってもらわなきゃだけど……。

 リリーシャさんや、ノーラさん。ナギちゃんや、フィニーちゃんたち。あと、商店街の、お世話になっている人たち全員。考えてみたら、渡す人が、物凄く一杯いる。お世話になりっぱなしだから、かなりの量を、作らないと。

 渡すのは、十二月中なら、いつでもいいらしい。でも、早目に準備しないとだよね。年の瀬になると、色々忙しいから。

 なお、この『大金祭』の最中には『ノアセール』という、町全体規模の、大セールが行われる。『富を分け与える』というコンセプトから、かなりの、大盤振る舞いなセールが行われるらしい。

 町中の大セールと、黄金色に、キラキラ輝く街並み。あと、金運アップを求めて、世界中から、沢山の観光客がやって来る。

 グリュンノアの『大金祭』って、物凄く有名なイベントで、この時期になると、世界中の『MV』でも、特集で放送されるんだって。

 やっぱりみんな、金運アップとか、お金に関係あることは、興味津々だよね。まぁ、私もなんだけど――。

 もう一つ、忘れてはならないのが、大イベントの『送迎祭』だ。これは、いわゆる『年越しイベント』だね。

 この世界では、今の年を送り出し、新しい年を迎えるという、伝統的な考え方があった。そのため、今年に感謝し、来年を快く迎え入れる。だから『送迎祭』なのだ。

 なお『送迎祭』が行われるのは、十二月二十九日だ。ここが、向こうの世界とは、大きく違う点だ。

 三十日には、すでに新年の準備をして、新しい年を迎え入れる。つまり、三十日から、お正月が始まる感じだ。

『送迎祭』は、向こうの世界の『大みそか』に似ていた。そのため、年越しのための、大イベントが行われる。
 
 基本、飲んで食べての、大騒ぎなんだけど、メインイベントは『年送りの鐘』だ。『除夜の鐘』に似てるけど、ちょっと、コンセプトが違う。

 これは、十二時四十分から、始まるイベントで、合計で十二回、鐘が鳴る。その鐘が鳴るたびに『幸運の玉』を、一個ずつ食べていく。昔は、球形のクッキーを使っていたけど、今は『トリュフチョコ』が主流だ。

 十二ヵ月あるので、一ヵ月ずつ送り出すとともに、新しい月を一ヵ月ずつ、迎え入れる。この際に『幸運の玉』を食べながら、その月に感謝をしていく。今から、感謝の内容を考えておかないとね。

 市販の物でもいいけど、基本は、自分で作ったほうが、ご利益があるらしい。私、チョコなんて作ったこと無いから、これも、ナギサちゃんに、教えてもらわないと。うーむ、ナギサちゃんに、頼りすぎな気もするけど……。

 色々調べていると、マギコンの着信音が鳴った。送信者名を見ると、ユメちゃんからだ。私は急いで『ELエル』を起動する。

『風ちゃん、こんばんわー。起きてる?』
『こんばんは、ユメちゃん。バッチリ起きてるよ!』

『勉強中だった?』
『うん。でも、今日はイベントを調べてたんだ』

 勉強も調べものも、ちょうど終わったところなので、ナイスタイミングだ。それに、最近は、ユメちゃんと話して、スッキリするのが日課になっている。夜のおしゃべりをするだけで、寝つきが、凄くよくなるんだよね。

『暮れのイベントのこと?』
『うん。「大金祭」と「送迎祭」について。もう直ぐ、今年も終わりだからねぇ』

『そういえば、もう、そんな時期なんだね。早いね、一年って』
『だねー。ってか、ユメちゃんはまだ学生だし、そんなに早く感じないでしょ?』
 
 学生時代は、一日一日が、結構、長く感じていた。社会人に、なってからだよね。時間が経つのが、物凄く早く感じるようになったのって。日々学ぶことが多いし、全てに一生懸命で、無駄な時間がないから、早く感じるんだと思う。

『んー、そうかな? ふと気付くと、時間が過ぎちゃってるけど』
『本ばっかり、読んでるからじゃない?』

『かもねー。本を読むと、つい時間を忘れちゃうから。日にち感覚が、おかしくなることも、よくあるし』
『あははっ、ユメちゃんらしいね』

 ユメちゃんは、本を読むと、周りの全てが、目に入らなくなるんだよね。いつの間にか、夜になっていたり。時には、読んでいる内に、翌朝になっていることも、結構あるらしい。

『風ちゃんは、やっぱり、実家に帰って年を越すの?』
『今年は、こっちで、年越しするよー。初めてだから、超楽しみ!』

『帰って、家族と一緒に、過ごさないでいいの?』
『うん。「一人前になるまでは帰らない」って、決めてるからね』

 帰らないというより『帰れない』が、正確なんだけど。でも、認めてもらおうが、認めてもらえなかろうが、一人前になるまで、帰るつもりはない。これだけは、絶対に譲れない信念だ。

『そうなんだ。遠くから来てる新人の子って、みんな、そんな感じなの?』
『そんなことは、ないんじゃない? 普通は、帰ると思うよ。ただ、私は反対を押し切って来た手前、絶対に、一人前にならないとなんで……』

『えっ、そうだったの?! 凄い勇気と行動力。流石は風ちゃんだね』
『いやー、何も考えてなかったというか、勢いでつい』
 
 ユメちゃんには、家出のこととかは、一切、話してないんだよね。あまり、重い話はしたくないので。

『そっかー。それで、物凄く頑張ってるんだね。何か、普通の子たちとは、気合が違うなぁー、と思ってたもん』
『そうかな? まぁ、基本、何でも気合いでやる性格なので』

『だよねぇー。ノア・マラソンの時も、気合が凄かったし』
『うっ……。その話は、もう触れないで。黒歴史なので――』

 あの時は、散々な目に遭ったので、思い出さないようにしている。

『そういえば、向こうの世界とこっちって、年越しの過ごし方、違うの?』
『かなり違うねぇ。24日にクリスマスがあって、年越しイベントは31日だから』

『へぇー、だいぶ違うね。31日に年越しイベントだと、忙しくない?』
『んー、そうでもないかな。お正月の準備も、全部おわらせてるし。毎年やってたから、それが当り前だと思ってたし』

 まぁ、結局は、何事も慣れだよね。こっちの世界では、年越しは、二十九日に終わらせて、残り二日は、新しい年を迎えるための、準備期間だ。若干、違和感があるけど、確かに合理的なやり方だよね。

『そういえば、クリスマスって、恋人と過ごす日でしょ? 風ちゃんも、毎年、恋人と過ごしてたの?』
『いや、ないない。てか、そういう日じゃないし。毎年、友達と過ごしてたよ』

 中には、そういう人も、いるかもしれない。というか、クリスマスは、町中カップルだらけだったし。でも、部活一筋だった私の友達グループに、彼氏のいる子は、一人もいなかった。それでも、普通に、楽しかったけどね。

『なーんだ、そうだったんだ。風ちゃん、凄くモテモテだと、思ってたのに』
『いやいや、それは絶対にないから。いまだかつて、モテたこと一度もないんで。ユメちゃんこそ、モテるんじゃないの?』

 クラスの男子たちとも、仲良くしてた。でも、あくまで、友達としてね。『風歌は他の女子と違って、話しやすくていいよな』なんて、よく言われてた。それって、女子として、見られてなかった、ってことだよね……?

『残念ながら、私も一度もないよー。女子校には、出会いがないからねぇ』
『そっかー、女子校だったんだ』

 お嬢様っぽいから、名門の私立校にでも、通ってるのかな? 

『それに、私は本が恋人だから。本があれば、他に何もいらないの』
『好きなことが有れば、それだけで楽しいもんね』

 気持ちは、よく分かる。日々の生活が充実していれば、割とそれだけで、満足しちゃうんだよね。

 それにしても、私の周りって、全然そういう浮いた話がない。リリーシャさんなんか、超モテそうだけど。ナギサちゃんだって、あんなに美人なんだから、絶対モテるよね。みんな、今の生活が充実してるから、それで満足なのかな?

 その後も、こちらと向こうの世界の、習慣の違いについて。あと、年末年始の過ごし方についてなど、色々な話で盛り上がる。一見、似ているようで、違う部分が多いんだよね、二つの世界って。

 ただ、実家以外で年を越すのは、生まれて初めての経験だった。だから、楽しみな反面、ちょっと、不安と寂しさもある。

 本当は、私も家族と一緒に、年越しをしたいのかな? ちゃんと、全ての覚悟を、決めて来たはずなのに――。

 でも、もう少しの辛抱だ。来年は、必ず一人前になって、胸を張って家に帰ろう。そして、私の夢を認めてもらおう。

 そのためには、今できることを、精一杯、頑張り続けるだけだ……。


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次回――
『一年の感謝を込めて町中にお礼を伝えに飛び回る』

 生涯をかけて感謝しよう
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