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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
4-8最後の最後は殺るか殺られるかの戦いだ!
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俺は、リングの外から、身じろぎせずに試合を見続けていた。場内は、異様なほどの熱気に包まれている。スタート時は、誰もがミシュリーを応援していたが、今は皆、キラリスに声援を送っていた。
そりゃそうだ。チャンピオンを相手に、あれだけ善戦しているのだから。次々と有効打を叩き込み、すでに、二回もダウンを奪っている。
対してキラリスは、まだ、一発も攻撃を受けていない。ガードすらせずに、全ての攻撃を、完全にかわし切っている。
今日のキラリスは、研ぎたての刃のように、動きが切れていた。練習でも、こんなことは無かったし、過去の試合でも、これ程の動きはなかった。対戦前は、かなり緊張したようだが、いい感じで開き直ったようだ。
4ラウンドが終わった段階で、キラリスが圧倒的に優勢。このまま進めば、仮に最終ラウンドにもつれ込んでも、キラリスの判定勝ちは確実だ。
後半に強いミシュリーは、4ラウンドから、かなり攻撃の手数が増えてきた。だが、キラリスは、その全てを、ことごとく躱して行った。しかも、冷静にカウンターを、叩き込んで行く。
ミシュリーは、何とか攻めようとするが、その都度、的確なカウンターで止められる。このカウンターは、実に厄介だ。
威力は、さほどなかったとしても、確実に心を削られていく。手を出せば、反撃を受けると思い込むと、手を出せなくなって行くからだ。
キラリスの攻撃は、あまり威力がなかった。体格に恵まれている訳でも、筋力がある訳でもない。それでも、細かく当てて行けば、どんなにタフな選手でも、ダメージは溜まっていく。何より、精神的なダメージの蓄積は、とても大きい。
それにしても、本当に、成長したもんだ。何だかんだ、弱音を吐きながらも、しっかり、練習してやがるからな。
私が与えたメニューは、全て完璧にこなしていた。今の動きを見れば、ちゃんと、今までの努力の成果が、見て取れる。サボっていたら、こうはならない。要所要所で、教えた通りの動きが、しっかり出来ている。
あいつは元々、距離をとって戦うタイプだ。だから、接近戦は、物凄く苦手だった。そもそも、あいつは気が小さい。元々は、いじめられっ子だったらしいからな。
だが、無理やり矯正して、近距離でも戦えるように、仕込んで来た。踏みこむ勇気と、殴り合う勇気。技術よりも、気持ちの問題だ。
キラリスには、パワーがない。だが、いい脚を持っている。元々は、いじめっ子から逃げ回るために、ついた脚力だ。あと、優れた目を持っている。これも、いじめられっ子から殴られるのを、かわすための目だった。
だが、今は戦うための力として、昇華させている。あいつは、その武器を、最大限に使いこなしていた。例え相手がチャンピオンでも、その力は、確実に通用する。
5ラウンドになってから、益々ミシュリーの攻撃が、苛烈になってきた。もう、残りラウンドも少なく、あとがないので、当然、必死に攻撃してくるだろう。ここから巻き返すには、もう『KO勝ち』を狙うしかないからだ。
ただ、ミシュリーには、相手をKOするだけの、パワーがある。私と同じ、生粋のパワーファイターだ。
しかし、キラリスは冷静だった。ラウンドを重ねるごとに、動きが研ぎ澄まされて来ている気がする。よりシャープにコンパクトに、相手の攻撃をかわしていた。しっかり、相手の動きが見えているからだ。
隙あらば、攻撃とカウンターも、当てに行っている。だが、倒そうとはしていない。『当てるだけでいい』と、私が教えた通りにしていた。
パワーがないなら、無理して、ノックアウトを狙う必要はない。ひたすら攻撃を当てて、心身ともに、削って行けばいいだけだ。人には、それぞれの、ベストな戦い方がある。
しかし、流石はミシュリーだ。あれだけ打たれても、いまだに、倒れる気配がない。昔から、とんでもなく、粘り強い奴だった。普通のやつなら、一発で倒れるところを、五、六発は耐えやがる。
そんだけタフな相手じゃ、キラリスのパンチじゃ、そうそう倒れないだろう。おそらくは、最終ラウンドまでもつれ込み、判定になるはずだ。
今のキラリスなら、最終ラウンドまで、しっかり自分のペースを、保ち続けるだろう。問題だったスタミナ問題も、完璧とまでは行かないが、だいぶ良くなってきた。つまらないミスさえしなければ、何も問題ない。
だが、一つだけ、気になることがあった。それは、ミシュリーの目だ。ちょうど、4ラウンドの後半あたりからだ。ただの怒りに燃えた目が、別の目に変わった。
あれは、怒りではなく『狩る者』の目だ。怒りの中にも、冷静さと知性が見てうかがえる。何かを狙っている目だ。
俺は、キラリスに注意するように、伝えるべきか迷った。だが、伝えないことにした。今の絶好調のペースを、崩したくなかったからだ。
言わなくても、キラリスだって、分かっているだろう。相手はチャンピオンだ。意地でも、一矢報いてくることぐらい、誰でも分かることだった。
俺は、大歓声が渦巻く中、二人の動きを、ひたすら目で追っていた。キラリスは、相変わらず冷静で、いい動きをしている。だが、ミシュリーも、動きが鋭くなって来た。それに、敵ながら、いい目をしている。まだまだ、余力も闘志も充分だ。
ちょうど、5ラウンドの半分が過ぎたところで、テンポよくステップを踏んでいたキラリスに、異変が起こった。素早く横に移動しようとした時に、足を滑らせたのだ。おそらく、床に落ちた汗で、滑ったのだろう。
直後、ぞわりとする圧力が広がった。刹那、キラリスの体が、軽く後ろに飛ばされた。鈍い音を立てて、ミシュリーのボディーブローが、直撃したのだ。
キラリスは、少し前のめりになりながらも、ステップで横に動く。だが、その直後、嵐のような、ミシュリーの連打が始まった。顔面に向け、怒涛のごとく、パンチの雨が降り注いだ。キラリスは、とっさにガードで防ぐ。
本来なら、かわすところだが、脚にダメージが残っているのだろう。飛んでくる攻撃を、全てガードで受ける。
マズイな……。
もちろん、ガードの練習はしっかりしていた。だが、キラリスは、かわすのが基本スタイルだ。しかも、ミシュリーの攻撃は、とても重い。ガードの上からでも、平気でダメージを与えて来る。
キラリスは、ガードをしながら、じりじりと、後ろに下がり始めた。後退するのは、この試合では初めてだ。
「おいっ、キラリス、絶対に下がるなっ!! 脚を使って、周りこめ!」
私は、大声でキラリスに指示を出す。
接近戦を得意とする相手に、後ろに下がるのは、最悪の選択だ。上手く足を使って、常に中央で、戦わなければならない。
だが、キラリスは、後ろに下がる一方だ。次の瞬間、キラリスの体が、くの字に曲がった。直後、キラリスの体は、リングの上に力なく倒れ込む。ミシュリーの右ボディーが、もろに入ったのだ。
ミシュリーは、勝ち誇ったかのように、右腕を高らかに掲げる。場内からは、割れんばかりの、大歓声が巻き起こった。
「キラリス! おいっ、しっかりしろ! ダメージは浅い、まだいける! 立てっ、立つんだ!!」
キラリスは、ピクリとも動かない。それでも、俺は声をかけ続ける。
技巧派とパワーファイターの戦では、よくあることだ。いくら沢山の攻撃を当てても、たった一発で、試合がひっくり返ることは。パワーファイターの俺が言うことじゃないが、パワーとは技術をも上回る、とても不条理な力なのだ。
こんなところで、終わっていいのかよ? お前は、フィジカルは強くねぇ。だが、いい根性、持ってんじゃんかよ。いつまでも、寝てんじゃねぇ。さっさと立ちやがれ、キラリス!!
俺は拳を握り締めながら、キラリスに向かって、声をかけ続けるのだった……。
*******
かはっ……息が――息が……できない。やばい――まじヤバイ。死ぬ……こんなん、マジ死ぬわ――。
腹を中心に、全身に痛みが広がっている。息が全然できない。今にも、死にそうだ。体にも、全く力が入らなかった。
ノイズが多すぎて、周囲の音が聞こえない。何だ、コレ……。ノイズ、うっせーよ。
試しに、指に力を入れてみる。何とか、指は動きそうだ。今度は、拳を握ってみる。OK、拳も握れそうだ。
次の瞬間、何かが聞こえて来た。この声はミラ先輩か。必死に、起き上がるように叫んでいる。
あー、はいはい、分かってますって。無視したら、あとで何されるか分からないし。とりあえず、起きとくか――。
せーの……。
私は、両手の拳を床に突き、必死に上体を起こす。だが、体が滅茶苦茶、重い。体がギシギシと、きしんでいる。ボディーのダメージだけじゃない。ガードしたパンチからも、しっかりダメージが来ていた。伊達に、パワーファイターじゃないな。
体が動かない。体中が痛い。今まで、気づいていなかったが、かなり疲労も溜まっていた。
辛い――。もう、終わりにしたい……。このまま、楽になりたい――。だが、ミラ先輩の怒鳴り声が、耳から入って来る。
ふっ……クフフフッ。こんなもん、ミラ先輩のパンチに比べれば、大したことないよな。あれより痛いパンチなんて、ある訳ないんだから。
私は、全身の力を振り絞ると、ゆっくりと立ち上がる。ようやく、呼吸できるようになって来た。だが、息が上がっている。ダメージと疲労で、あまりいい状態ではない。タイムを見ると、カウントは9で止まっていた。割とヤバかったっぽい。
私の前には、リングに上がって来た、レフリーが立っていた。
「大丈夫かね? これ見えるか? まだ、続行できるかい?」
彼は、私の前で手のひらを動かし、尋ねて来る。
「あぁ、見えてる。続行もOK。まだ、いける」
私は、しっかりと拳を構えて答えた。
レフリーは、しばらく私の様子を見ていたが、ゆっくりとリングを降りて行った。その直後、ゴングが鳴って、試合が再開された。
私は、ミシュリーを、全力で睨みつけた。ミラ先輩の教え通りに、しっかりと殺気込めて。
殺す――絶対に、ぶっ殺す……。もう、遊びは終わりだ。今からは、あいつを殺しに行く――。
このままじゃ、絶対に終われない。かと言って、ダメージも受けているし、このままやっても、実力差とフィジカル差で、勝ち目はない。だからもう、手段は選ばない。やつを殺しに行く……。
私は、大きく息を吸い込むと、ステップを踏み始めた。大丈夫、体は重いけど、まだ動ける。全てかわして、必殺の一撃を叩き込む。ただ、それだけだ。
一気にラッシュに来るかと思ったが、相手は、すぐには動かなかった。ジリジリと、距離を詰めてきている。
なんだよ、優勢なのに、来ないのかよ? 案外、チャンピオンも、大したことないな。いいさ、それなら――。
私も、じりじりと距離を詰めて行く。やがて、お互いのパンチが、ギリギリ届く距離まで詰め寄った。私は全神経を集中して、相手を観察する。どんな些細な動きだって、見逃しはしない。
ミラ先輩が言っていた。『お前には天性の目がある』って。超カッコイイじゃん、魔眼みたいで。どんな攻撃だって、見切ってやる。
来た!
肩の動きで、相手の攻撃を察知すると、こちらも合わせて攻撃を繰り出す。相手の右の拳が当たるより早く、私の左拳が相手の顔面にヒットする。
次の瞬間、もう一発、左を出してから、右ストレートへのワンツー。立て続けに、左のボティーもお見舞いする。
ダメージと疲労で、もう頭が回らない。だが、練習で身に付けた動きが、無意識に出ていた。ミラ先輩に怒鳴られながら、毎日、必死にコンビネーションの練習やってたからな。
だが、相手の動きは止まらない。流石に、ミラ先輩も認めるほどのタフさだ。先ほどまでとは違い、打たれても、気にせず攻撃を仕掛けてくる。その全てに、カウンターを合わせるのも、かわすのも無理だ。
お互いに譲らず、いつの間にか、乱打戦になっていた。殴って殴られ、お互い、お構いなしに、攻撃を仕掛ける。
カウンターも入れているので、有効打数では、こちらが上だ。だが、威力が違う。与えるダメージより、もらっているダメージのほうが、明らかに大きかった。正面からの殴り合いでは、圧倒的に、こちらが不利だ。
だが、もう、そんなことは関係ない。一発一発に殺気を込め、ぶっ殺す気持ちで、殴り続ける。もう、殺るか殺られるかの戦いだ。私は気にせず、応戦を続ける。
一発もらう度に、体の芯から、しびれるぐらいに痛い。でも、もう痛みには慣れた。こんなもん、何てことはない。それよりも、心の底から、力が湧いて来る。
何だ、この感じたことのない力は? これが、ミラ先輩が言っていた、殺意ってやつなのか?
私はもう、余計なことは何も考えずに、ひたすら目の前の敵を、攻撃し続けるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『チャンピオンに手が届くまで私は絶対に諦めない・・・』
…でも諦めない。耐えるのは慣れてる。何年かかっても
そりゃそうだ。チャンピオンを相手に、あれだけ善戦しているのだから。次々と有効打を叩き込み、すでに、二回もダウンを奪っている。
対してキラリスは、まだ、一発も攻撃を受けていない。ガードすらせずに、全ての攻撃を、完全にかわし切っている。
今日のキラリスは、研ぎたての刃のように、動きが切れていた。練習でも、こんなことは無かったし、過去の試合でも、これ程の動きはなかった。対戦前は、かなり緊張したようだが、いい感じで開き直ったようだ。
4ラウンドが終わった段階で、キラリスが圧倒的に優勢。このまま進めば、仮に最終ラウンドにもつれ込んでも、キラリスの判定勝ちは確実だ。
後半に強いミシュリーは、4ラウンドから、かなり攻撃の手数が増えてきた。だが、キラリスは、その全てを、ことごとく躱して行った。しかも、冷静にカウンターを、叩き込んで行く。
ミシュリーは、何とか攻めようとするが、その都度、的確なカウンターで止められる。このカウンターは、実に厄介だ。
威力は、さほどなかったとしても、確実に心を削られていく。手を出せば、反撃を受けると思い込むと、手を出せなくなって行くからだ。
キラリスの攻撃は、あまり威力がなかった。体格に恵まれている訳でも、筋力がある訳でもない。それでも、細かく当てて行けば、どんなにタフな選手でも、ダメージは溜まっていく。何より、精神的なダメージの蓄積は、とても大きい。
それにしても、本当に、成長したもんだ。何だかんだ、弱音を吐きながらも、しっかり、練習してやがるからな。
私が与えたメニューは、全て完璧にこなしていた。今の動きを見れば、ちゃんと、今までの努力の成果が、見て取れる。サボっていたら、こうはならない。要所要所で、教えた通りの動きが、しっかり出来ている。
あいつは元々、距離をとって戦うタイプだ。だから、接近戦は、物凄く苦手だった。そもそも、あいつは気が小さい。元々は、いじめられっ子だったらしいからな。
だが、無理やり矯正して、近距離でも戦えるように、仕込んで来た。踏みこむ勇気と、殴り合う勇気。技術よりも、気持ちの問題だ。
キラリスには、パワーがない。だが、いい脚を持っている。元々は、いじめっ子から逃げ回るために、ついた脚力だ。あと、優れた目を持っている。これも、いじめられっ子から殴られるのを、かわすための目だった。
だが、今は戦うための力として、昇華させている。あいつは、その武器を、最大限に使いこなしていた。例え相手がチャンピオンでも、その力は、確実に通用する。
5ラウンドになってから、益々ミシュリーの攻撃が、苛烈になってきた。もう、残りラウンドも少なく、あとがないので、当然、必死に攻撃してくるだろう。ここから巻き返すには、もう『KO勝ち』を狙うしかないからだ。
ただ、ミシュリーには、相手をKOするだけの、パワーがある。私と同じ、生粋のパワーファイターだ。
しかし、キラリスは冷静だった。ラウンドを重ねるごとに、動きが研ぎ澄まされて来ている気がする。よりシャープにコンパクトに、相手の攻撃をかわしていた。しっかり、相手の動きが見えているからだ。
隙あらば、攻撃とカウンターも、当てに行っている。だが、倒そうとはしていない。『当てるだけでいい』と、私が教えた通りにしていた。
パワーがないなら、無理して、ノックアウトを狙う必要はない。ひたすら攻撃を当てて、心身ともに、削って行けばいいだけだ。人には、それぞれの、ベストな戦い方がある。
しかし、流石はミシュリーだ。あれだけ打たれても、いまだに、倒れる気配がない。昔から、とんでもなく、粘り強い奴だった。普通のやつなら、一発で倒れるところを、五、六発は耐えやがる。
そんだけタフな相手じゃ、キラリスのパンチじゃ、そうそう倒れないだろう。おそらくは、最終ラウンドまでもつれ込み、判定になるはずだ。
今のキラリスなら、最終ラウンドまで、しっかり自分のペースを、保ち続けるだろう。問題だったスタミナ問題も、完璧とまでは行かないが、だいぶ良くなってきた。つまらないミスさえしなければ、何も問題ない。
だが、一つだけ、気になることがあった。それは、ミシュリーの目だ。ちょうど、4ラウンドの後半あたりからだ。ただの怒りに燃えた目が、別の目に変わった。
あれは、怒りではなく『狩る者』の目だ。怒りの中にも、冷静さと知性が見てうかがえる。何かを狙っている目だ。
俺は、キラリスに注意するように、伝えるべきか迷った。だが、伝えないことにした。今の絶好調のペースを、崩したくなかったからだ。
言わなくても、キラリスだって、分かっているだろう。相手はチャンピオンだ。意地でも、一矢報いてくることぐらい、誰でも分かることだった。
俺は、大歓声が渦巻く中、二人の動きを、ひたすら目で追っていた。キラリスは、相変わらず冷静で、いい動きをしている。だが、ミシュリーも、動きが鋭くなって来た。それに、敵ながら、いい目をしている。まだまだ、余力も闘志も充分だ。
ちょうど、5ラウンドの半分が過ぎたところで、テンポよくステップを踏んでいたキラリスに、異変が起こった。素早く横に移動しようとした時に、足を滑らせたのだ。おそらく、床に落ちた汗で、滑ったのだろう。
直後、ぞわりとする圧力が広がった。刹那、キラリスの体が、軽く後ろに飛ばされた。鈍い音を立てて、ミシュリーのボディーブローが、直撃したのだ。
キラリスは、少し前のめりになりながらも、ステップで横に動く。だが、その直後、嵐のような、ミシュリーの連打が始まった。顔面に向け、怒涛のごとく、パンチの雨が降り注いだ。キラリスは、とっさにガードで防ぐ。
本来なら、かわすところだが、脚にダメージが残っているのだろう。飛んでくる攻撃を、全てガードで受ける。
マズイな……。
もちろん、ガードの練習はしっかりしていた。だが、キラリスは、かわすのが基本スタイルだ。しかも、ミシュリーの攻撃は、とても重い。ガードの上からでも、平気でダメージを与えて来る。
キラリスは、ガードをしながら、じりじりと、後ろに下がり始めた。後退するのは、この試合では初めてだ。
「おいっ、キラリス、絶対に下がるなっ!! 脚を使って、周りこめ!」
私は、大声でキラリスに指示を出す。
接近戦を得意とする相手に、後ろに下がるのは、最悪の選択だ。上手く足を使って、常に中央で、戦わなければならない。
だが、キラリスは、後ろに下がる一方だ。次の瞬間、キラリスの体が、くの字に曲がった。直後、キラリスの体は、リングの上に力なく倒れ込む。ミシュリーの右ボディーが、もろに入ったのだ。
ミシュリーは、勝ち誇ったかのように、右腕を高らかに掲げる。場内からは、割れんばかりの、大歓声が巻き起こった。
「キラリス! おいっ、しっかりしろ! ダメージは浅い、まだいける! 立てっ、立つんだ!!」
キラリスは、ピクリとも動かない。それでも、俺は声をかけ続ける。
技巧派とパワーファイターの戦では、よくあることだ。いくら沢山の攻撃を当てても、たった一発で、試合がひっくり返ることは。パワーファイターの俺が言うことじゃないが、パワーとは技術をも上回る、とても不条理な力なのだ。
こんなところで、終わっていいのかよ? お前は、フィジカルは強くねぇ。だが、いい根性、持ってんじゃんかよ。いつまでも、寝てんじゃねぇ。さっさと立ちやがれ、キラリス!!
俺は拳を握り締めながら、キラリスに向かって、声をかけ続けるのだった……。
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かはっ……息が――息が……できない。やばい――まじヤバイ。死ぬ……こんなん、マジ死ぬわ――。
腹を中心に、全身に痛みが広がっている。息が全然できない。今にも、死にそうだ。体にも、全く力が入らなかった。
ノイズが多すぎて、周囲の音が聞こえない。何だ、コレ……。ノイズ、うっせーよ。
試しに、指に力を入れてみる。何とか、指は動きそうだ。今度は、拳を握ってみる。OK、拳も握れそうだ。
次の瞬間、何かが聞こえて来た。この声はミラ先輩か。必死に、起き上がるように叫んでいる。
あー、はいはい、分かってますって。無視したら、あとで何されるか分からないし。とりあえず、起きとくか――。
せーの……。
私は、両手の拳を床に突き、必死に上体を起こす。だが、体が滅茶苦茶、重い。体がギシギシと、きしんでいる。ボディーのダメージだけじゃない。ガードしたパンチからも、しっかりダメージが来ていた。伊達に、パワーファイターじゃないな。
体が動かない。体中が痛い。今まで、気づいていなかったが、かなり疲労も溜まっていた。
辛い――。もう、終わりにしたい……。このまま、楽になりたい――。だが、ミラ先輩の怒鳴り声が、耳から入って来る。
ふっ……クフフフッ。こんなもん、ミラ先輩のパンチに比べれば、大したことないよな。あれより痛いパンチなんて、ある訳ないんだから。
私は、全身の力を振り絞ると、ゆっくりと立ち上がる。ようやく、呼吸できるようになって来た。だが、息が上がっている。ダメージと疲労で、あまりいい状態ではない。タイムを見ると、カウントは9で止まっていた。割とヤバかったっぽい。
私の前には、リングに上がって来た、レフリーが立っていた。
「大丈夫かね? これ見えるか? まだ、続行できるかい?」
彼は、私の前で手のひらを動かし、尋ねて来る。
「あぁ、見えてる。続行もOK。まだ、いける」
私は、しっかりと拳を構えて答えた。
レフリーは、しばらく私の様子を見ていたが、ゆっくりとリングを降りて行った。その直後、ゴングが鳴って、試合が再開された。
私は、ミシュリーを、全力で睨みつけた。ミラ先輩の教え通りに、しっかりと殺気込めて。
殺す――絶対に、ぶっ殺す……。もう、遊びは終わりだ。今からは、あいつを殺しに行く――。
このままじゃ、絶対に終われない。かと言って、ダメージも受けているし、このままやっても、実力差とフィジカル差で、勝ち目はない。だからもう、手段は選ばない。やつを殺しに行く……。
私は、大きく息を吸い込むと、ステップを踏み始めた。大丈夫、体は重いけど、まだ動ける。全てかわして、必殺の一撃を叩き込む。ただ、それだけだ。
一気にラッシュに来るかと思ったが、相手は、すぐには動かなかった。ジリジリと、距離を詰めてきている。
なんだよ、優勢なのに、来ないのかよ? 案外、チャンピオンも、大したことないな。いいさ、それなら――。
私も、じりじりと距離を詰めて行く。やがて、お互いのパンチが、ギリギリ届く距離まで詰め寄った。私は全神経を集中して、相手を観察する。どんな些細な動きだって、見逃しはしない。
ミラ先輩が言っていた。『お前には天性の目がある』って。超カッコイイじゃん、魔眼みたいで。どんな攻撃だって、見切ってやる。
来た!
肩の動きで、相手の攻撃を察知すると、こちらも合わせて攻撃を繰り出す。相手の右の拳が当たるより早く、私の左拳が相手の顔面にヒットする。
次の瞬間、もう一発、左を出してから、右ストレートへのワンツー。立て続けに、左のボティーもお見舞いする。
ダメージと疲労で、もう頭が回らない。だが、練習で身に付けた動きが、無意識に出ていた。ミラ先輩に怒鳴られながら、毎日、必死にコンビネーションの練習やってたからな。
だが、相手の動きは止まらない。流石に、ミラ先輩も認めるほどのタフさだ。先ほどまでとは違い、打たれても、気にせず攻撃を仕掛けてくる。その全てに、カウンターを合わせるのも、かわすのも無理だ。
お互いに譲らず、いつの間にか、乱打戦になっていた。殴って殴られ、お互い、お構いなしに、攻撃を仕掛ける。
カウンターも入れているので、有効打数では、こちらが上だ。だが、威力が違う。与えるダメージより、もらっているダメージのほうが、明らかに大きかった。正面からの殴り合いでは、圧倒的に、こちらが不利だ。
だが、もう、そんなことは関係ない。一発一発に殺気を込め、ぶっ殺す気持ちで、殴り続ける。もう、殺るか殺られるかの戦いだ。私は気にせず、応戦を続ける。
一発もらう度に、体の芯から、しびれるぐらいに痛い。でも、もう痛みには慣れた。こんなもん、何てことはない。それよりも、心の底から、力が湧いて来る。
何だ、この感じたことのない力は? これが、ミラ先輩が言っていた、殺意ってやつなのか?
私はもう、余計なことは何も考えずに、ひたすら目の前の敵を、攻撃し続けるのだった……。
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次回――
『チャンピオンに手が届くまで私は絶対に諦めない・・・』
…でも諦めない。耐えるのは慣れてる。何年かかっても
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右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
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