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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

4-7スピードこそが正義!私の拳は誰よりも速い!!

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 私は、自分のコーナーから猛ダッシュで、一瞬にして、相手の正面に詰め寄った。このために、毎日、砂浜ダッシュをして、脚を鍛えて来たのだ。足場の悪い砂浜に比べれば、リングの平坦な床は、滑るように移動することができる。

 しかも、今日は、脚がよく動いていた。体も軽く、完全に思い通りに動けている。気持ちもスッキリして、雑念一つ湧いてこない。これほど、心身ともに調子がいいのは、久しぶりだった。

 自分の体は、思ったほど、イメージ通りには動かない。微妙なズレがあったり、体が重かったり、調子や精神状態に左右されるからだ。しかし、極まれに、100%意識と肉体がシンクロする時がある。まさに、今日がそれだった。

 射程圏内に入った瞬間、私は右拳を、相手の顔面に叩き込んだ。しっかりガードされたが、先制パンチはいただきだ。

 立て続けに、素早い左ジャブを二発から、右ストレートにつなぐ。全てガードされるが、これは想定通りなので、問題ない。打ち終わった直後、地面を蹴り、瞬時に相手の側面に回り込んだ。

 直前までいた場所に、相手の鋭い蹴りが飛んできていた。これも、全て予測通り。彼女は、距離を詰められると、右前蹴りを出す癖がある。私は、彼女が蹴りを出した瞬間、彼女の顔の側面に、右の拳を叩きこんだ。

 よしっ、クリーンヒット!!

 立て続けに、左ジャブからの右ストレートの、ワンツーを叩き込む。これは、素早くガードされたが問題ない。私は、即座に距離をとった。その直後、彼女の重いストレートが飛んでくるが、すでに射程圏外だ。

 私は、見逃さなかった。先ほど、一瞬で距離を詰めた時。彼女が、驚きの表情を浮かべていたことを。今も、その表情に、微かな動揺が浮かんでいることを。

 間違いなく、格下として油断していたのだろう。加えて、離れて戦う側は、常に距離をとり、ショートレンジで戦う側が、先制攻撃を仕掛けるのが普通だ。それが、逆に先制攻撃をされたのは、完全に予想外だったはず。

 会場内から、盛大な歓声が巻き起こる。観客たちだって、完全に予想外だったはずだ。でも、これは、ミラ先輩との特訓の成果。けっして、まぐれでも何でもない。

 私は、相手を鋭く睨みつけながら、ステップを踏みつつ、ジリジリと距離を詰めた。恐れずに、自分の最も得意とする、ミドルレンジに近付いて行く。

 だが、相手は、一歩後ろに下がった。次の瞬間、私はショートレンジに、一気に突っ込んだ。本来なら、ここは相手の得意距離だった。だが、超近接から、攻撃を仕掛ける。右連打からの左ボディー。相手のボディーに、クリーンヒットする。

 直後、右の蹴りが飛んでくるが、私すでに相手の側面に回り込んでいた。彼女は、左側からの攻撃に弱い。それも、全て研究済みだった。蹴りが出た瞬間、相手の顔面に右のストレートを打ち込み、立て続けに、脇腹に左拳を叩きこんだ。

 相手の体が、少し傾いた。だが、バランスを崩した状態から、豪快な左ストレートが飛んでくる。もちろん、これは読んでいた。軽く右かわしながら、こちらも左ストレートを叩き込む。

 よしっ、カウンターヒット!!

 左ストレートが、ドンピシャのカウンターで入った。だが、私は、そんなに腕力は強くないし、相手は物凄く打たれ強い。この程度で倒れないのは、最初から知っている。

 直後、身を低くした。私の頭上を、相手の蹴りがかすめて行く。私はその瞬間、超低空の回し蹴りを、相手の軸足に向かって、思い切り叩き込んだ。回し蹴りが当たった瞬間、彼女はバランスを崩し、転倒した。

「おおぉぉぉぉーー!!」 
 会場内から、割れんばかりの歓声があがった。

 空中モニターが表示され、ダウンの表示と共に、カウントダウンが始まる。私はゆっくりと、自分のコーナーに戻って行った。

 リングの外では、ミラ先輩がニヤリと笑みを浮かべながら、親指を立てる。私もそれに合わせ、軽くガッツポーズをとった。

 とてもいい流れだ。常に相手より速く動き、機先を制する。ミラ先輩の、真正面から戦うスタイルとは正反対だが、これが私の戦い方。ひたすら機動力で、相手をほんろうする、スピードスタイルだ。

 ただ、今までは、徹底的に距離をとって、隙あらば攻める戦い方だった。だが、今回は全く違う。自分から、積極的に攻めに行く戦法だ。これは、ミラ先輩から教わった方法だが、そんなに簡単じゃない。
 
 私は、打たれ弱いから、一発デカいのをもらったら、即ゲームオーバー。だから、物凄い集中力と勇気が必要で、滅茶苦茶リスクが高い。でも、苦労の甲斐あって、十分に効いているようだ。

 行ける、行けるぞ……。自分の攻撃が、チャンピオンに通用している。十分、戦えるじゃないか。

 私の中には、沸々と、自信と闘志がわき上がってきていた。

 やがて、ミシュリー選手が立ち上がり、試合が再開する。立ち上がるまで、時間が掛かったが、肉体的なダメージは少なそうだった。単に、カウントをフルに使って、体力回復と、気持ちを落ち着けていただけのようだ。

 元々、打たれ強い選手なので、この程度で倒れるわけがない。だが、確実に精神的なダメージは、行っている。それは、表情を見れば分かった。

 再開のゴングが鳴った瞬間、私は一瞬で、距離を詰めた。間髪入れずに、右の拳を叩きこんだ。ガードされるが『バシッ!』と、大きな音が響く。続けて、右と左の連打でラッシュを仕掛ける。

 時折り、反撃が飛んでくるが、全てかわす。攻撃は、あくまでフェイクだ。私のメインは、相手の攻撃をしっかり見て、かわすこと。このラウンドですべきは、相手の攻撃を全て見極め、以降のラウンドにつなげることだ。

 こちらの攻撃に対し、どう対処するのか? どう反撃して来るのか? 映像研究も散々やってきたが、そのズレを、どんどん修正していく。そのため、あらゆる攻撃を仕掛けて行った。

 やがて、1ラウンド終了のゴングが鳴り響く。終始こちらのペースで、数発クリーンヒットもあり、1回ダウンも奪った。相手は、大ぶりの反撃をしただけで、一発も当たっていない。このラウンドは、確実にこちらの勝ちだ。

 私は、自分のコーナーに戻ると、用意された椅子に座り、息を整える。正面のコーナーを見ると、ミシュリー選手が、ギラギラした目で、こちらを睨みつけていた。

 まぁ、そうなるよな。格下相手に、好き放題やられりゃ、頭にも来るだろう。しかも、チャンピオンの面子、丸つぶれだしな。

「よう、いい感じじゃねーか。全く、引けを取っていなかったぞ」

 私は、ミラ先輩に渡されたボトルを受け取り、一口だけ、スポーツドリンクを飲んだ。

「まだ、1ラウンドですからね。彼女は、スロースターターですし。タフなので」

 そう、彼女は、最初から、ガンガン行くタイプではない。圧倒的な体力とタフネスで、中盤以降が強いのだ。相手が疲れてきたところに、猛反撃をしてくる。

「大丈夫だ、ちゃんと攻撃は、効いてるぞ。今のうちに、しっかり削っておけ」
「了解っす」 

 逆に私は、スタミナも撃たれ強さも、あまりない。基本的には、短期決戦タイプだ。だからこそ、前半に頑張らなければ、勝ち目は薄かった。

「次のラウンド、プランBで行け」 
 ミラ先輩は、バシッと私の背中を叩く。

 プランAは、速攻で仕掛け、終始攻撃を行う戦い方。プランBは速攻を仕掛けるが、手数は減らし、カウンターがメインの戦い方だ。前半は、とことん速攻を仕掛け、常にペースを握る。そのままの流れで、後半もペースを握り続けるのが作戦だ。

 ミラ先輩の作戦は、基本的に、超攻撃型だった。『やられる前にやる』が、信条だからだ。

 私の本来のスタイルは、常に距離をとって、じっくり戦うタイプだ。後の先なので、果敢に攻めるのは、得意ではない。だが、ミラ先輩に『脚は逃げるためじゃなく、攻めるために使え』と教わってから、戦闘スタイルが、大きく変わって来た。

 今でも、距離を詰めるのは、超怖い。元々、気の小さい性格だし、こちらから攻め込むのは、物凄く勇気がいる。でも、ミラ先輩を信じて、前に進むだけだ。

 時間が来たので、私は立ち上がる。すると、後ろから、
「ぶっ潰せ!」
 ミラ先輩の、力強い言葉が聞こえて来た。実に、彼女らしい励まし方だ。

「うっす」
 私は構えると、正面の相手を見据えた。相変わらず、怒りに燃えた目で、こちらを睨みつけている。

 でも、それじゃダメだ。怒りは、自分の冷静さを失わせる。心は熱く、でも頭はクールに。戦いの間は、決して感情を動かしてはいけない。私は、相手の状況を、つぶさに観察する。

 ゴングが鳴った瞬間、私は一気に突っ込んだ。それと同時に、相手も前に出て来る。でも、それは想定済みだった。

 私は、途中で急に足を止める。すると、相手も足を止め、不可解な表情を浮かべた。だが、足を止めたのは、フェイントだ。その直後、一気に距離を詰めて、高速の右拳を叩き込む。

 その後も、立て続けに、速いパンチを連打する。全てガードされるが、問題ない。相手は、苦しそうな表情をしながらガードし、ジリジリと後ろに下がっていく。こちらは、それに合わせ、少しずつ前進する。

 ある程度、相手を押し出したところで、私はわざと、手数を減らした。相手の前で、トントンと、規則的にステップを踏む。そして、左手をクイクイッと動かし『攻めてこいよ』と挑発する。

 もちろん、これは作戦だ。本来なら恐れ多くて、チャンピオンに挑発なんて、できっこない。つーか、やってて、超怖いし。

 私の挑発した姿を見て、場内から、歓声とヤジが飛び始めた。

「おい、どうしたチャンピオン、舐められてるぞ!」
「守ってばっかいないで、攻めたらどうだ!」

 周りからの無責任なヤジに、彼女はチッと舌打ちをする。観客のヤジなど、気にする必要はない。しかし、一度、気になり始めると、恐ろしく厄介だ。

 彼女は、怒りの表情を濃くして、攻撃を仕掛けて来る。だが、私はその攻撃の全てを、あっさりとかわしていく。次々かわすたびに、場内から歓声が上がった。

 本来、私はかわすのが専門の、回避重視のファイターだ。大ぶりの攻撃なんか、そう簡単には当たらない。

 それに、1ラウンド目で、相手のリーチ、攻撃のタイミングは、しっかり見切っていた。しかも、今は怒りに支配されて、かなり雑な攻撃になっている。そんなもの、冷静な私に、当たるはずがない。

 私は、ずっと、タイミングを待っていた。相手の攻撃を、一つ残らず観察し、ひたすら時を待つ。戦いに必要なのは、待つことだ。勝機を待ち、それを決して見逃さない。

 そこだっ!!

 私は、相手が放った左パンチに合わせ、右ストレートを、顔面に直撃させる。攻撃一辺倒になり、防御が甘くなっていたせいもあり、もろにクリーンヒットした。相手の頭が跳ねあがり、一瞬、動きが止まる。

 もらった!!

 私は、その一瞬のすきに、顔面に高速パンチを叩きこみ続けた。相手はよろめくが、何とかこらえて、頭のガードを固める。だが、その瞬間、ボディーに、強烈な一撃を叩きこんだ。

 ボディーに数発入れたあと、相手の足首をめがけて、鋭いローキックを放つ。彼女の体が、横に傾いた。その瞬間、私は一瞬で、反対側に回り込んだ。そのまま、腕を大きく振りかぶり、相手の顔の側面に、えぐり込むようにパンチを叩きむ。

 ミラ先輩直伝の『ぶっ倒しパンチ』だ。名前の通り、相手をリングに、ぶっ倒す時に使う。確かな手ごたえと共に、床に向けて、思いっ切り振り抜く。直後、相手は床に激しく転倒した。

 観客が総立ちになり、場内から、割れんばかりの歓声が沸き上がった。完全な番狂わせに、観客たちは、激しく熱狂する。

 私は、荒い息を整えながら、ゆっくりと、自分のコーナに下がった。ダメージは全く受けていないが、物凄く体力を消耗している。いや、体力というより、精神力の消費が半端ない。

 私の戦い方は、相手に合わせた、攻防一体の戦い方だ。ほんのちょっとでも、判断を誤れば、一瞬で返り討ちにあってしまう。ましてや、相手はチャンピオン。尋常じゃない、高い集中力が必要になる。

 私は、自分のコーナーに戻ると、相手をじっと観察した。確かに、大きな手ごたえがあった。普通なら、この一撃で終わるはずだ。

 だが、相手は、タフさが売りのファイターだった。この程度で、ダウンするほど、甘くはない。

 彼女の手が、ピクリと動き、拳を握り締めると、ゆっくり上体を起こした。目に激しい怒りの炎を燃やしながら、こちらを睨みつけて来くる。目は全く死んでない。ダメージも、思ったほど大きくなさそうだ。

 ふぅー、そうだよなぁ。この程度で倒れるなら、チャンピオンなんて、やってるはずがない。にしても、こえー目をするな。ミラ先輩ほどじゃないにしろ、流石に、貫禄あるわ……。

 今ので一撃で、確実に本気になったはずだ。しかも、彼女はスロースターター。本当に強いのは、これからだ。

 彼女は、カウントの時間を一杯を使ってから、ゆっくり立ち上がった。別にダメージのせいじゃない。しっかり、休憩をとっているのだ。

 私は大きく息を吸い込むと、ゴングと同時に、再び相手に突っ込んで行った……。


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次回――
『最後の最後は殺るか殺られるかの戦いだ!』

 敵に殺られる前に殺る。先手必勝、一撃必殺よ
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