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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
4-4たまには童心に戻って子供たちと遊ぶのも悪くないかもな
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私は〈南地区〉の海岸沿いにある、ランニングコースを走っていた。歩行用の道のすぐ隣に、ランニング専用の、コースが用意してある。ゴムチップで舗装されており、足への衝撃が少なく、滑らないので走りやすい。
普段は、そんなに長距離は走らない。基本は、朝のロードワークだけで、あとはひたすら、ジムでトレーニングを行う。だが、ここのところ、ずっと走ってばかりだった。
なぜなら、ミラ先輩に『徹底的に走り込んで、スタミナをつけろ』と、指示されたからだ。もう直ぐ『MMAジュニアリーグ』の、決勝トーナメントが始まるため、その対策だった。
ちなみに『ジュニアリーグ』は、十八歳未満の選手が参加する。ミラ先輩も、昔は出ていたが、今は十八歳以上の『オープンリーグ』のほうで、大活躍していた。
MMAでは、一月から十月まで『リーグ戦』が行われる。同じリーグ内の、同じスタイルの選手同士で、次々と戦っていく。私が参加しているのは、ジュニアリーグの『オフェンシブ・スタイル』だ。
試合の結果、ポイントが少しずつ加算されていく。最終的に、上位『三十二名』が、十一月から始まる『決勝トーナメント』に、参加することができる。私も、今年は上位に入り、決勝に参加することが決まっていた。
六連覇のチャンピオンの、弟子なんだから。まぁ、当然と言えば、当然だ。ただ、初参加なので、結果がどうなるかは、全く分からない。
もちろん、自信はある。でも、MMAの『決勝トーナメント』は、完全に実力主義だ。『シード枠』がないので、優勝候補が『ファーストマッチ』から、いきなり出て来る。つまり、初戦から、チャンピオンと当たることも、あり得るのだ。
普通の相手ならまだしも、流石に、現チャンピオンには、勝てる気がしない。もちろん、ミラ先輩ほど、強くはないだろうけど。相当な実力者なのは、間違いない。
ただ、いくら決勝トーナメントの対策とはいえ、正直、走るのは、あまり好きじゃない。でも、初戦で強敵に当たる可能性もあるので、言われた通り、素直に走り込んでいた。
元々体力があるほうじゃないし。そもそも、腕力だって、大したことがない。だから、長期戦を考えて、スタミナだけは、付けておく必要がある。
でも、地味な努力って、私の性に、合わないんだよなぁー……。もっとこう、バシッとインパクトがあって、カッコイイ必殺技の特訓とか、やりたいんだけどさ。
基礎トレが大事なのは、分かるけど。ここんところ、ランニング・筋トレ・基本の型の、反復ばっかで、あまり、試合の実戦対策やってないし。もっと、スカッとする、刺激的なトレーニングがしたいよなぁ――。
色々と不満を考えながらも、地道にランニングを続けていく。すると、左手に見える公園で、子供たちがワーワーと遊んでいるのが、見えてきた。
子供は、気楽でいいよなぁー、何も悩みなさそうだし。たまには、私も思いっ切り遊びたいよ……。
なんて考えながら、通り過ぎようとしたが、私はふと立ち止まった。集団の中に、一人だけ、大きな子供がいたからだ。しかも、何か見覚えがある。
「何やってんだ、あいつ? まだ、仕事中だろ?」
白い制服を着たシルフィードが、子供たちと一緒に、ボールで遊んでいた。
ちなみに、自分も仕事中だけど、試合直前なので、勤務時間中のトレーニングが許可されていた。〈アクアリゾート〉も〈ATFジム〉も、同じ系列だ。なので、強化選手の場合、試合前は『トレーニング有給休暇』が、認められている。
会社に申請を出せば、ジムのほうに行って、試合のためのトレーニングが可能だ。ただ、見習いの場合、朝の仕事が終わると、あとは自由練習だから。普段と、あまり、変わりがないんだけど。
私は、道路を渡ると、公園の中に入って行った。どうやら、みんなで、ドッジボールをやっているようだ。
「おーい、風歌! こんな所で、なにやってんだー?」
とりあえず、声をかけてみる。
「あ、キラリンちゃん! みんなで、ドッジボールやってるんだー」
「そりゃ、見れば分かるって。それより、仕事中じゃないのか? あと、キ・ラ・
リ・スな!」
私も、たまに公園や広場で、休憩はするけど。流石に真昼間から、正々堂々と、遊んだりはしないぞ。トレーニングも練習も、やることは、しっかりやってるからな。
「木にボールが引っ掛かってたの、取ってあげてね。それで、ちょっとだけ、一緒にやることになって」
なるほど、そういうことか。にしても、制服のままでドッジボールとか、何考えてるんだ? しかも、子供たちと、同じレベルではしゃぐとか。まったく、風歌は子供だな。
「キラリンちゃんは、何で制服じゃないの? 自主練で、ランニングもするの?」
「試合が、近いからな。今日は、ジムのほうに行ってるんだよ」
ジムに直行直帰でも、大丈夫だけど。一応、朝は〈アクア・リゾート〉に、顔を出している。サボってると思われるのも、嫌なんで。
「試合……? あぁ、何か格闘技やってるんだっけ?」
「MMAな。もうすぐ、決勝トーナメントなんだよ」
「へぇー、そうなんだ。キラリンちゃんも、一緒にドッジボール、やってかない?」
「って、何でそんな話になるんだよ? トレーニング中だぞ」
相変わらず、こいつは、何も考えてないな。いつも、ヘラヘラしているし。
「気分転換にもなるし、弾を避けるの、練習になるんじゃない? まぁ、球技が苦手なら、無理にとは、言わないけど」
「クフフフッ。この我を、誰だと思っている? かつては『暗黒魔球のキラリス』と言われ、恐れられていたのだぞ。ドッジボールごとき、造作もないわ」
私は、しっかりポーズをとりながら、自信一杯に答える。
あっ、しまった――。条件反射でつい。しかし、一格闘家として、挑まれた勝負から、逃げるわけにはいかないからな。
「ねぇ、風歌お姉ちゃん。あの人誰?」
「私のお友達だよ。一緒にやってもいい?」
「えー、でも、何か弱そうじゃん」
風歌は、子供たちと、楽しそうに話している。
「って、誰が弱そうだ! このクソガキどもが。どうやら、我を本気にさせてしまったようだな」
私は、颯爽とコートに入って行くのだった……。
******
私は、子供たちに交じってコートに入り、ドッジボールに参加していた。別に、やりたかった訳じゃないし、のせられた訳でもない。ただ、ガキどもに、正しいドッジボールのやり方を、指導する必要があると、感じただけだ。
まぁ、走るのにも、いい加減あきて来てたし。たまには、気分転換もいいだろう。相手の攻撃を、避ける練習にも、なるかもしれないし。
結局、私と風歌がリーダーになり、チーム分けをした。風歌のやつは、割と運動が得意らしいが、実際はどうなんだろうか? 見た感じ、へらへらしてるし、体も細くて、得に強そうには見えない。
だが、敵の頭から潰すのが、常とう手段だ。それに、的がデカいから、まずは風歌から、片付けたほうがよさそうだな。
私は、相手コートから飛んできたボールを、軽々受け止めると、風歌の真正面に立った。
「覚悟はいいか、風歌? 一騎打ちで、勝負だ!」
「でも、ドッジボールって、そういう競技じゃないよ?」
「いいんだよ。ボスの直接対決のほうが、盛り上がるだろ?」
「えー、みんなで、楽しくやろうよー」
何か今一つ、闘志がないな、こいつは。ノア・マラソン前の、砂浜ダッシュの時は、割といい気合いを、出していたのに。あれ以降、腑抜けてしまったのだろうか?
「ええいっ、問答無用! 超暗黒烈風弾!!」
私は、風歌に向かって、思いっきり振りかぶって投げつけた。だが、しっかりと、キャッチされてしまった。
ちっ、真正面すぎたか――。
風歌は、ボールを抱えたまま、前進して、こちらにボールを振りかぶる。私は、咄嗟に身構えた。だが、向かってくるはずのボールが、飛んでこなかった。ボールは山なりに飛んで、外野にパスが飛んでいく。
「って、こら。ちゃんと、勝負しろよ!」
「えぇー、だって、そういうルールじゃないもん」
外野が投げたボールは、味方の子供の足にヒットした。一人抜けて、外野に向かう。私は、転がってきたボールを拾うと、再び風歌に、ターゲットを合わせる。
「ちっ、今度こそ、当てるぞ。いくぞっ、真暗黒呪殺弾!!」
今度は、思いっ切り踏み込んで、さっきよりも、威力のある投球をする。
だが、あっさりと躱された。というか、すでに、そこに風歌の姿はなかった。他の子たちと一緒に、コートの端まで退避していた。味方の外野からの攻撃も、みんなでキャーキャー言いながら、難なくかわしている。
「って、こら、真面目にやらんか! 逃げてるだけじゃ、勝負がつかないだろ?」
「でも、ドッジボールって、かわす競技でしょ?」
「だが、当たらないと、面白くないだろ?」
「えー、当たるの痛いから、やだよー」
周りの子供たちも『当たるのヤダ―』などと、言い始める。
ぐぬぬっ、こいつらー……。絶対に、当てる!!
ひたすら攻撃するが、なかなか当たらない。しかも、相手チームの攻撃で、味方の子が、少しずつ減って行った。
馬鹿な――。あんなに、逃げ回ってるだけなのに、何でだ……? くそっ、作戦を変えるか。
私は、風歌を諦め、次々と子供たちを狙っていく。狙い通り、子供たちなら、普通に当たる。私は、作戦通り、順調に敵の数を減らして行った。
だが、
「おい、キラリン。子供ばかり狙うなよ、ずりーぞ!」
子供たちから、ブーイングが発生する。
「うっさい、そんなルールないだろ? 風歌だって、狙ってるじゃんか? てか、キ・ラ・リ・スだっ!」
「私は狙ってないよ。ずっと、パス出してるだけだもん」
そういや、そうだった。こいつ、さっきから、自分で取っても、子供たちにパスを回して、全然、攻撃してこない。何なんだ、このやる気のなさは?
そんなこんなで、ボールが飛び交っている内に、残りは二人だけになった。結局、最後は、私と風歌だけが、コート上に残る。
まぁ、だいたい予想は、ついてたけど。やっぱり、あいつが残ったか。にしても、想像以上にやるな。強くは感じないけど、とんでもなく、すばしっこい。しかも、体が柔らかくて、当たったかと思ったら、紙一重でかわしてるし。
「い、いい加減、勝負をつけろよ風歌!」
「えー、かわすのが、楽しいのにー」
私は、だんだん疲れて来た。体力はあるけど、あまりにも攻撃が当たらないので、精神的に疲れて来たのだ。風歌は、ちょこまか動き回って、本当に鬱陶しい。相手のチームの子供たちは、風歌がかわすたびに、キャーキャー言って、喜んでいた。
逃げてばかりで、ロクに攻撃をしてこない。しかも、ずっと走り回っているくせに、全く疲れた様子もなかった。それを見ていると、余計にイライラして来る。
でも、1対1のタイマンなら、負けないぞ。こっちは、毎日ミラ先輩にしごかれて、鍛えてるんだ。素人に、負けるはずがないからな。
風歌は、残り一人になっても、スタイルを変えず、ひたすらかわし続けている。私は、外野から飛んできたボールを受け取ると、風歌をめがけて、即行で攻撃を仕掛けた。
これなら、どうだっ!!
一瞬のスキを突く、鋭い投球だった。だが『ボスッ』という鈍い音を立て、風歌は、真正面から受け止めた。
ちっ、真正面だったか……。でも、風歌の攻撃は、大したことないからな。
などと思った瞬間、風歌は一瞬で、センターラインまで、詰め寄って来ていた。次の瞬間、至近距離から、風歌の攻撃が飛んでくる。
「しまった――」
私をめがけて、鋭い球が飛んできた。私は、かわすか受け止めるか、一瞬、迷ったが、両手を出して受け取める。思った以上の威力だったが、ミラ先輩のパンチも比べたら、へでもない。
今度は、私の反撃の番だ。私は一歩踏み出し、即行で、風歌に反撃を試みる。
だが、
「ちょっと、待って! 脚は、まだ治ってないから、狙わないで」
風歌が声をかけて来る。
よく見ると、まだ左の足首には、包帯がグルグル巻きになっていた。って、なんで、足を怪我してるのに、こんなことやってんだよ?
「ちっ……しょうがないなぁ」
足元を狙って、確実に当てに行こうと思ったが、流石にケガをしている部分を、狙う訳にはいかない。
私は、風歌の胴を狙って、ボールを投げつける。風歌の一言で、気勢をそがれてしまったせいか、今一つ威力が出なかった。
風歌は、少し後ろに下がりながら、ボールをキャッチすると、再び、一気に距離を詰めて来る。そして、ニッコリ笑うと、思いっきり反撃してきた。
私は、真正面で受け止める体勢をとるが、次の瞬間、左足に衝撃が走る。風歌の投げたボールは、私の左足のすねの部分に当たり、コートの外に飛び出して行った。
「なぁぁー?! こっちは、足避けたのに、お前は狙うのかよっ!」
「えへへっ、真剣勝負だもんね」
こいつ! やる気無さそうに見えて、ちゃんと勝つ気だったんじゃないのかよ?
「お前、足治ってんじゃないのか? 滅茶苦茶、走ってただろ?」
「まだ、病院には通ってるし。もうしばらくは、様子見るようにって、言われてる」
「じゃあ、激しい運動したらダメだろ!」
「まぁ、これぐらいなら。軽い運動だから、平気だよー」
風歌は、へらへらと笑っている。
いや、全然、軽くないだろコレ! めっちゃ、走り回って、飛び跳ねてたし。しかも、全然、疲れた様子ないし。何者だよ、こいつ――?
だが、ふとあることを、思い出した。
そういやこいつ、ボロボロだったとはいえ、ノア・マラソンの五十キロを、完走したんだったよな。やっぱ、こいつの体力、普通じゃないな……。
外野にいた子供たちが、ワーッと、コートの中に入って来た。風歌は、一斉に子供たちに囲まれ、歓声を浴びる。
「風歌ねーちゃん、スゲーな!」
「ドッジボールの、プロなの?」
「ねぇねぇ、どうすれば、そんなに強くなれるの?」
次々と質問攻めにあっていた。まぁ、小さな子供の内は、スポーツのできるやつが、リーダーだからな。みんな本能的に、運動神経のいい人間が、強いと感じるからだ。
「そんなことないよ。私は、楽しんでただけ。強さなら、キラリンちゃんのほうが、上だよ」
風歌がそう言うと、みんな一斉に、こちらに視線を向けて来る。
「えっ、キラリンが?」
「全然、強そうに見えないけど」
「風歌お姉ちゃんのほうが、絶対に強いよねー」
みんな、言いたい放題に、適当なことを言い始めた。
「クフフフッ、貴様ら、言いたい放題に言いやがって。全員、処刑だー!!」
私は、落ちていたボールを拾うと、投げるポーズをとった。
すると、子供たちは、キャーキャー言いながら、蜘蛛の子を散らしたように、逃げて行く。私はボールを抱えたまま、子供たちのあとを、追いかけ続けた。いつの間にか、風歌も一緒になって、逃げ回っている。
って、私何やってんだ? ロードワークに来て、子供と遊んでるとか。試合も近いってのに、まったく。
でも、何だろうな? この体の内側から、ふつふつと沸き上がって来る、不思議な感情は。体も適度に温まったし、先ほどまであった、試合直前の緊張感も、すっかり消えてしまった。
たく、しょうがないな。もうちょっとだけ、ガキどもに付き合ってやるか。これも、一応、走ってんだから、トレーニングの一部だし。
私は時間を忘れ、頭を真っ白にしながら、子供たちと一緒に走り回るのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『決勝前夜の張り詰めた空気の中で語る拳の会話』
拳を交わす友好の道もある筈!!!私は闘い続ける!!!
普段は、そんなに長距離は走らない。基本は、朝のロードワークだけで、あとはひたすら、ジムでトレーニングを行う。だが、ここのところ、ずっと走ってばかりだった。
なぜなら、ミラ先輩に『徹底的に走り込んで、スタミナをつけろ』と、指示されたからだ。もう直ぐ『MMAジュニアリーグ』の、決勝トーナメントが始まるため、その対策だった。
ちなみに『ジュニアリーグ』は、十八歳未満の選手が参加する。ミラ先輩も、昔は出ていたが、今は十八歳以上の『オープンリーグ』のほうで、大活躍していた。
MMAでは、一月から十月まで『リーグ戦』が行われる。同じリーグ内の、同じスタイルの選手同士で、次々と戦っていく。私が参加しているのは、ジュニアリーグの『オフェンシブ・スタイル』だ。
試合の結果、ポイントが少しずつ加算されていく。最終的に、上位『三十二名』が、十一月から始まる『決勝トーナメント』に、参加することができる。私も、今年は上位に入り、決勝に参加することが決まっていた。
六連覇のチャンピオンの、弟子なんだから。まぁ、当然と言えば、当然だ。ただ、初参加なので、結果がどうなるかは、全く分からない。
もちろん、自信はある。でも、MMAの『決勝トーナメント』は、完全に実力主義だ。『シード枠』がないので、優勝候補が『ファーストマッチ』から、いきなり出て来る。つまり、初戦から、チャンピオンと当たることも、あり得るのだ。
普通の相手ならまだしも、流石に、現チャンピオンには、勝てる気がしない。もちろん、ミラ先輩ほど、強くはないだろうけど。相当な実力者なのは、間違いない。
ただ、いくら決勝トーナメントの対策とはいえ、正直、走るのは、あまり好きじゃない。でも、初戦で強敵に当たる可能性もあるので、言われた通り、素直に走り込んでいた。
元々体力があるほうじゃないし。そもそも、腕力だって、大したことがない。だから、長期戦を考えて、スタミナだけは、付けておく必要がある。
でも、地味な努力って、私の性に、合わないんだよなぁー……。もっとこう、バシッとインパクトがあって、カッコイイ必殺技の特訓とか、やりたいんだけどさ。
基礎トレが大事なのは、分かるけど。ここんところ、ランニング・筋トレ・基本の型の、反復ばっかで、あまり、試合の実戦対策やってないし。もっと、スカッとする、刺激的なトレーニングがしたいよなぁ――。
色々と不満を考えながらも、地道にランニングを続けていく。すると、左手に見える公園で、子供たちがワーワーと遊んでいるのが、見えてきた。
子供は、気楽でいいよなぁー、何も悩みなさそうだし。たまには、私も思いっ切り遊びたいよ……。
なんて考えながら、通り過ぎようとしたが、私はふと立ち止まった。集団の中に、一人だけ、大きな子供がいたからだ。しかも、何か見覚えがある。
「何やってんだ、あいつ? まだ、仕事中だろ?」
白い制服を着たシルフィードが、子供たちと一緒に、ボールで遊んでいた。
ちなみに、自分も仕事中だけど、試合直前なので、勤務時間中のトレーニングが許可されていた。〈アクアリゾート〉も〈ATFジム〉も、同じ系列だ。なので、強化選手の場合、試合前は『トレーニング有給休暇』が、認められている。
会社に申請を出せば、ジムのほうに行って、試合のためのトレーニングが可能だ。ただ、見習いの場合、朝の仕事が終わると、あとは自由練習だから。普段と、あまり、変わりがないんだけど。
私は、道路を渡ると、公園の中に入って行った。どうやら、みんなで、ドッジボールをやっているようだ。
「おーい、風歌! こんな所で、なにやってんだー?」
とりあえず、声をかけてみる。
「あ、キラリンちゃん! みんなで、ドッジボールやってるんだー」
「そりゃ、見れば分かるって。それより、仕事中じゃないのか? あと、キ・ラ・
リ・スな!」
私も、たまに公園や広場で、休憩はするけど。流石に真昼間から、正々堂々と、遊んだりはしないぞ。トレーニングも練習も、やることは、しっかりやってるからな。
「木にボールが引っ掛かってたの、取ってあげてね。それで、ちょっとだけ、一緒にやることになって」
なるほど、そういうことか。にしても、制服のままでドッジボールとか、何考えてるんだ? しかも、子供たちと、同じレベルではしゃぐとか。まったく、風歌は子供だな。
「キラリンちゃんは、何で制服じゃないの? 自主練で、ランニングもするの?」
「試合が、近いからな。今日は、ジムのほうに行ってるんだよ」
ジムに直行直帰でも、大丈夫だけど。一応、朝は〈アクア・リゾート〉に、顔を出している。サボってると思われるのも、嫌なんで。
「試合……? あぁ、何か格闘技やってるんだっけ?」
「MMAな。もうすぐ、決勝トーナメントなんだよ」
「へぇー、そうなんだ。キラリンちゃんも、一緒にドッジボール、やってかない?」
「って、何でそんな話になるんだよ? トレーニング中だぞ」
相変わらず、こいつは、何も考えてないな。いつも、ヘラヘラしているし。
「気分転換にもなるし、弾を避けるの、練習になるんじゃない? まぁ、球技が苦手なら、無理にとは、言わないけど」
「クフフフッ。この我を、誰だと思っている? かつては『暗黒魔球のキラリス』と言われ、恐れられていたのだぞ。ドッジボールごとき、造作もないわ」
私は、しっかりポーズをとりながら、自信一杯に答える。
あっ、しまった――。条件反射でつい。しかし、一格闘家として、挑まれた勝負から、逃げるわけにはいかないからな。
「ねぇ、風歌お姉ちゃん。あの人誰?」
「私のお友達だよ。一緒にやってもいい?」
「えー、でも、何か弱そうじゃん」
風歌は、子供たちと、楽しそうに話している。
「って、誰が弱そうだ! このクソガキどもが。どうやら、我を本気にさせてしまったようだな」
私は、颯爽とコートに入って行くのだった……。
******
私は、子供たちに交じってコートに入り、ドッジボールに参加していた。別に、やりたかった訳じゃないし、のせられた訳でもない。ただ、ガキどもに、正しいドッジボールのやり方を、指導する必要があると、感じただけだ。
まぁ、走るのにも、いい加減あきて来てたし。たまには、気分転換もいいだろう。相手の攻撃を、避ける練習にも、なるかもしれないし。
結局、私と風歌がリーダーになり、チーム分けをした。風歌のやつは、割と運動が得意らしいが、実際はどうなんだろうか? 見た感じ、へらへらしてるし、体も細くて、得に強そうには見えない。
だが、敵の頭から潰すのが、常とう手段だ。それに、的がデカいから、まずは風歌から、片付けたほうがよさそうだな。
私は、相手コートから飛んできたボールを、軽々受け止めると、風歌の真正面に立った。
「覚悟はいいか、風歌? 一騎打ちで、勝負だ!」
「でも、ドッジボールって、そういう競技じゃないよ?」
「いいんだよ。ボスの直接対決のほうが、盛り上がるだろ?」
「えー、みんなで、楽しくやろうよー」
何か今一つ、闘志がないな、こいつは。ノア・マラソン前の、砂浜ダッシュの時は、割といい気合いを、出していたのに。あれ以降、腑抜けてしまったのだろうか?
「ええいっ、問答無用! 超暗黒烈風弾!!」
私は、風歌に向かって、思いっきり振りかぶって投げつけた。だが、しっかりと、キャッチされてしまった。
ちっ、真正面すぎたか――。
風歌は、ボールを抱えたまま、前進して、こちらにボールを振りかぶる。私は、咄嗟に身構えた。だが、向かってくるはずのボールが、飛んでこなかった。ボールは山なりに飛んで、外野にパスが飛んでいく。
「って、こら。ちゃんと、勝負しろよ!」
「えぇー、だって、そういうルールじゃないもん」
外野が投げたボールは、味方の子供の足にヒットした。一人抜けて、外野に向かう。私は、転がってきたボールを拾うと、再び風歌に、ターゲットを合わせる。
「ちっ、今度こそ、当てるぞ。いくぞっ、真暗黒呪殺弾!!」
今度は、思いっ切り踏み込んで、さっきよりも、威力のある投球をする。
だが、あっさりと躱された。というか、すでに、そこに風歌の姿はなかった。他の子たちと一緒に、コートの端まで退避していた。味方の外野からの攻撃も、みんなでキャーキャー言いながら、難なくかわしている。
「って、こら、真面目にやらんか! 逃げてるだけじゃ、勝負がつかないだろ?」
「でも、ドッジボールって、かわす競技でしょ?」
「だが、当たらないと、面白くないだろ?」
「えー、当たるの痛いから、やだよー」
周りの子供たちも『当たるのヤダ―』などと、言い始める。
ぐぬぬっ、こいつらー……。絶対に、当てる!!
ひたすら攻撃するが、なかなか当たらない。しかも、相手チームの攻撃で、味方の子が、少しずつ減って行った。
馬鹿な――。あんなに、逃げ回ってるだけなのに、何でだ……? くそっ、作戦を変えるか。
私は、風歌を諦め、次々と子供たちを狙っていく。狙い通り、子供たちなら、普通に当たる。私は、作戦通り、順調に敵の数を減らして行った。
だが、
「おい、キラリン。子供ばかり狙うなよ、ずりーぞ!」
子供たちから、ブーイングが発生する。
「うっさい、そんなルールないだろ? 風歌だって、狙ってるじゃんか? てか、キ・ラ・リ・スだっ!」
「私は狙ってないよ。ずっと、パス出してるだけだもん」
そういや、そうだった。こいつ、さっきから、自分で取っても、子供たちにパスを回して、全然、攻撃してこない。何なんだ、このやる気のなさは?
そんなこんなで、ボールが飛び交っている内に、残りは二人だけになった。結局、最後は、私と風歌だけが、コート上に残る。
まぁ、だいたい予想は、ついてたけど。やっぱり、あいつが残ったか。にしても、想像以上にやるな。強くは感じないけど、とんでもなく、すばしっこい。しかも、体が柔らかくて、当たったかと思ったら、紙一重でかわしてるし。
「い、いい加減、勝負をつけろよ風歌!」
「えー、かわすのが、楽しいのにー」
私は、だんだん疲れて来た。体力はあるけど、あまりにも攻撃が当たらないので、精神的に疲れて来たのだ。風歌は、ちょこまか動き回って、本当に鬱陶しい。相手のチームの子供たちは、風歌がかわすたびに、キャーキャー言って、喜んでいた。
逃げてばかりで、ロクに攻撃をしてこない。しかも、ずっと走り回っているくせに、全く疲れた様子もなかった。それを見ていると、余計にイライラして来る。
でも、1対1のタイマンなら、負けないぞ。こっちは、毎日ミラ先輩にしごかれて、鍛えてるんだ。素人に、負けるはずがないからな。
風歌は、残り一人になっても、スタイルを変えず、ひたすらかわし続けている。私は、外野から飛んできたボールを受け取ると、風歌をめがけて、即行で攻撃を仕掛けた。
これなら、どうだっ!!
一瞬のスキを突く、鋭い投球だった。だが『ボスッ』という鈍い音を立て、風歌は、真正面から受け止めた。
ちっ、真正面だったか……。でも、風歌の攻撃は、大したことないからな。
などと思った瞬間、風歌は一瞬で、センターラインまで、詰め寄って来ていた。次の瞬間、至近距離から、風歌の攻撃が飛んでくる。
「しまった――」
私をめがけて、鋭い球が飛んできた。私は、かわすか受け止めるか、一瞬、迷ったが、両手を出して受け取める。思った以上の威力だったが、ミラ先輩のパンチも比べたら、へでもない。
今度は、私の反撃の番だ。私は一歩踏み出し、即行で、風歌に反撃を試みる。
だが、
「ちょっと、待って! 脚は、まだ治ってないから、狙わないで」
風歌が声をかけて来る。
よく見ると、まだ左の足首には、包帯がグルグル巻きになっていた。って、なんで、足を怪我してるのに、こんなことやってんだよ?
「ちっ……しょうがないなぁ」
足元を狙って、確実に当てに行こうと思ったが、流石にケガをしている部分を、狙う訳にはいかない。
私は、風歌の胴を狙って、ボールを投げつける。風歌の一言で、気勢をそがれてしまったせいか、今一つ威力が出なかった。
風歌は、少し後ろに下がりながら、ボールをキャッチすると、再び、一気に距離を詰めて来る。そして、ニッコリ笑うと、思いっきり反撃してきた。
私は、真正面で受け止める体勢をとるが、次の瞬間、左足に衝撃が走る。風歌の投げたボールは、私の左足のすねの部分に当たり、コートの外に飛び出して行った。
「なぁぁー?! こっちは、足避けたのに、お前は狙うのかよっ!」
「えへへっ、真剣勝負だもんね」
こいつ! やる気無さそうに見えて、ちゃんと勝つ気だったんじゃないのかよ?
「お前、足治ってんじゃないのか? 滅茶苦茶、走ってただろ?」
「まだ、病院には通ってるし。もうしばらくは、様子見るようにって、言われてる」
「じゃあ、激しい運動したらダメだろ!」
「まぁ、これぐらいなら。軽い運動だから、平気だよー」
風歌は、へらへらと笑っている。
いや、全然、軽くないだろコレ! めっちゃ、走り回って、飛び跳ねてたし。しかも、全然、疲れた様子ないし。何者だよ、こいつ――?
だが、ふとあることを、思い出した。
そういやこいつ、ボロボロだったとはいえ、ノア・マラソンの五十キロを、完走したんだったよな。やっぱ、こいつの体力、普通じゃないな……。
外野にいた子供たちが、ワーッと、コートの中に入って来た。風歌は、一斉に子供たちに囲まれ、歓声を浴びる。
「風歌ねーちゃん、スゲーな!」
「ドッジボールの、プロなの?」
「ねぇねぇ、どうすれば、そんなに強くなれるの?」
次々と質問攻めにあっていた。まぁ、小さな子供の内は、スポーツのできるやつが、リーダーだからな。みんな本能的に、運動神経のいい人間が、強いと感じるからだ。
「そんなことないよ。私は、楽しんでただけ。強さなら、キラリンちゃんのほうが、上だよ」
風歌がそう言うと、みんな一斉に、こちらに視線を向けて来る。
「えっ、キラリンが?」
「全然、強そうに見えないけど」
「風歌お姉ちゃんのほうが、絶対に強いよねー」
みんな、言いたい放題に、適当なことを言い始めた。
「クフフフッ、貴様ら、言いたい放題に言いやがって。全員、処刑だー!!」
私は、落ちていたボールを拾うと、投げるポーズをとった。
すると、子供たちは、キャーキャー言いながら、蜘蛛の子を散らしたように、逃げて行く。私はボールを抱えたまま、子供たちのあとを、追いかけ続けた。いつの間にか、風歌も一緒になって、逃げ回っている。
って、私何やってんだ? ロードワークに来て、子供と遊んでるとか。試合も近いってのに、まったく。
でも、何だろうな? この体の内側から、ふつふつと沸き上がって来る、不思議な感情は。体も適度に温まったし、先ほどまであった、試合直前の緊張感も、すっかり消えてしまった。
たく、しょうがないな。もうちょっとだけ、ガキどもに付き合ってやるか。これも、一応、走ってんだから、トレーニングの一部だし。
私は時間を忘れ、頭を真っ白にしながら、子供たちと一緒に走り回るのだった……。
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次回――
『決勝前夜の張り詰めた空気の中で語る拳の会話』
拳を交わす友好の道もある筈!!!私は闘い続ける!!!
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文法や文化、生態系すらも異なるその世界で意志を伝える為に言語を用いることは。
容易ではない。
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前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
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