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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

3-3意外な一面が見えたお姉様と行く初めての映画デート

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 朝八時。私は、自室の洗面所の鏡の前で、身だしなみを確認していた。髪を綺麗に整え、服も色んな方向から、入念にチェックする。しわもなく、完璧な状態だ。唇もリップを塗って、適度に艶が出ていた。

 会社が休みなので、着ているのは私服だった。相手に合わせ、地味目な服装を選んでいる。今日、一緒に出掛けるのは、ツバサお姉様だ。お姉様より目立つのは、流石に失礼なので、大人し目にコーディネートした。
 
 もっとも、ツバサお姉様は、存在自体が目立つので、あまり関係ないかもしれない。それに、細かいことは、一切、気にしない人だった。それでも、先輩後輩や姉妹の礼儀は、しっかり守るべきことだ。

 実は先日、ツバサお姉様に『一緒に映画を見に行かない?』と誘われた。あまり干渉をしてこない、ツバサお姉様にしては、珍しいことだった。普段、全く姉妹らしいことはしていないし、映画は嫌いではないので、私はすぐにOKした。

 しかし、ツバサお姉様が、映画に誘ってくるとは、意外だった。物凄くアクティブな人なので、そういったものに、興味がないと思っていたからだ。

 そういえば、映画を見に行くのは、物凄く久しぶりだった。子供のころ、何度か、母と見に行ったぐらいだ。なので、少しだけ、楽しみだったりする。

 洗面所を出ると、ハンドバッグを手して、玄関に向かう。スリッパを脱いで、靴に履き替えると、静かに扉を開け廊下に出た。この時間だと、皆起きているとは思うが、休日の寮はとても静かだ。

 時間は、八時五分。映画館の前で、九時に待ち合わせだ。歩いても、十五分ほどで着くので、かなり早めに着くと思う。しかし、私は『三十分前』到着が基本。万が一に備え、時間のゆとりは大切だ。特に、目上の人との、待ち合わせの場合は。

 寮を出ると、会社の正門に向かう。門の前に立っていた、警備員の人に挨拶をすると、ゆっくりと外に出て行く。右折して、通りを歩いて行こうとすると、すぐに声を掛けられた。

「やぁ、おはよう、ナギサちゃん。今日も、とってもカワイイね」

 ふと横を見ると、そこには、オープンタイプの、赤いエア・カートが停まっていた。声の主は、運転席に座っていた、ナギサお姉様だった。カジュアルなスーツを着て、サングラスをしている。サングラスを外しながら、笑顔を向けて来た。

「ナギサお姉様、おはようございます。なぜ、こんな所に? それに、まだ、かなり時間があると思いますが……」

 ナギサお姉様は、時間ピッタリに行動する人だ。忙しいせいもあるが、待ち合わせは、ギリギリの時間に来ることが多い。

「ナギサちゃんなら、これぐらいの時間に来るかなぁー、と思って。待ってたんだ」
「あの、何時ごろに、いらっしゃったのですか?」

「んー、八時ちょっと前かな」
「そんな、わざわざ、待っていただかなくても――。もしくは、連絡をいただければ、すぐに来ましたけど」

 今朝も、六時に起きて、いつも通りの行動をしていた。情報をチェックしたり、勉強をしたりと、かなり時間に余裕があった。だから、呼ばれれば、いつでも来ることができた。

「カワイイ妹を、歩かせる訳にはいかないし。せかすのも、悪いからね。それに、待つのは好きだから、気にしないでいいよ」

 ツバサお姉様は、さわやかな笑顔で答える。色々と大雑把そうに見えて、変なところで、気の周る人だ。

 私が助手席に座ると、スーッと静かに上昇していった。一瞬で高度を上げると、一気に加速していく。一見、荒っぽい運転に見えて、全く揺れを感じなかった。やはり、運転が上手い。相当、魔力コントロールが上手くないと、できない芸当だ。 

 天気の話など、他愛のない世間話をしていると、あっという間に、目的の映画館に着いてしまった。元々、歩いて来れる距離なので、エア・カートだと一瞬だ。

 駐車場に、エア・カートを停めたあと、
「時間があるから、ちょっと寄っていこうか」
 ツバサお姉様の提案で、映画館の前にあるカフェに、二人で立ち寄った。

 私は、レモンティーを。ツバサお姉様は、コーヒーとホットドッグを頼んだ。ほどなくして、注文の品が運ばれてくると、彼女は、とても美味しそうに食べ始めた。

「朝食は、食べて来なかったんですか?」
「こっちに来てから、食べればいいと思って。それに、朝はちょっと緊張して、食事が喉を通らなくてね」

「緊張するようなことが、何かありましたか?」
「カワイイ妹との、初デートだもん。当然、緊張するでしょ?」

 ツバサお姉様は、微笑みながら答える。言葉とは対照的に、緊張している様子など、微塵も見えなかった。
 
 そもそも、彼女が緊張している姿など、今まで、一度も見たことがない。いつだって、クールで余裕のある態度で行動している。どうせまた、私のことを、からかっているのだろう。

「そんな軽口が叩けるなら、全然、平気じゃないですか?」
「いやー、僕は、見た目によらず、意外と繊細だからね」

 そう言いながら、ホットドッグの最後の一口を飲み込むと、フゥーッと一息つき、幸せそうな表情を浮かべた。繊細さとは、全く無縁な感じがする。だが、コーヒーカップを手にとり、一口飲むと、いつものクールな表情に戻った。 

 そういえば、先ほどから、周囲の視線を感じる。テラス席に座っていた、他の客や、通りを歩いている人たち。その視線の先には、ツバサお姉様がいた。そのほとんどが、女性からの視線だった。

 彼女は、この町では有名人だ。何より、その容姿が凄く目立つ。クールで線が細くて、でも、どことなく男らしくて。

 整った顔立ちと、落ちついた雰囲気は、ぱっと見、女性というより、美男子に見える。周囲の女性たちが振り返るのも、無理はない。
 
「それにしても、ツバサお姉様が、映画に誘ってくるとは、意外でした」
「そう? 割と好きだよ、映画。まぁ、普段は自室で、飲みながら見てるけど」
「今日は、何の映画を見るんですか?」

 私が尋ねると、彼女はマギコンを操作して、空中モニターを表示する。

「これって、ラブロマンスじゃないですか。こういうの、お好きなんですか?」
「ナギサちゃんは、こういう真面目な作品が、好きそうかなぁー、って思って。」

「まぁ、嫌いじゃないですけど。無理に、合わせていただかなくても……」 
「今、流行ってるみたいだし。僕も、見たかったからさ」

 ツバサお姉様は、笑顔で答えるが、実際はどうなんだろうか? アクションやエンターテイメント作品のほうが、好きそうだけど。

 世間話をしながら、しばらく時間を潰し、九時になったところで、映画館に移動する。館内に入り、入場の手続きを済ませると、一階の上映ホールに向かう。

 席は最後方にある、予約専用席だった。その部分だけ、絨毯が違い、椅子もとても豪華になっていた。

 これは『ロイヤルシート』と呼ばれる席で、通常の席とは違い、前のシートとかなり空間が広くなっている。また、シート自体が、大きなソファーのようになっており、ボタン操作で角度が変えられる、リクライニングになっていた。

 さらに、サイドテーブルとボトルクーラーまで付いている。ツバサお姉様が買って来た、ジュースとポップコーンのケースも、私用とお姉様用とで、二つ置いてあった。何から何まで、至れり尽くせりだ。

 シートだけでも、かなりの料金だと思う。私は、映画のチケット代を払おうとしたが『いいから、いいから。姉らしいことをさせてよ』と、笑顔でやんわり断られた。結局、それ以上、言うこともできず、素直に好意に甘えることにしたのだった。

 隣では、ナギサお姉様が、ポップコーンを、美味しそうに食べていた。私は映画館で、ポップコーンを食べるのは、初めてだった。何か、行儀が悪いような気がするからだ。

 でも、せっかく買って来てもらったので、そっと手を伸ばす。一口食べてみるが、甘いキャラメル味で、予想以上に美味しかった。

 十分ほどすると、映画館の照明が落ちて、映画が始まる。最初に、CMや新作の予告が流れたあと、いよいよ本編がスタートした。私は背筋を伸ばし、真剣に鑑賞する。

 物語の舞台は『第三次水晶戦争』の時代。〈グリュンノア〉が作られた『第四次水晶戦争』よりも、さらに、三十年以上も前の話だ。

 主人公は、とある貴族の館で、メイドをやっている、十五歳の少女。両親も、この家の使用人をしており、彼女も小さなころから、使用人として仕えていた。

 日々朝から晩まで忙しく働いていたが、彼女には、唯一の楽しみがあった。それは、この家の、長男との交流だ。彼とは子供のころ、庭仕事をしていた時、偶然に出会った。それ以来、話をしたり、時には、お菓子を持って来てくれたりした。

 それ以降、何年も二人の交流は続き、人目を盗んでは会話をし、いつしか、二人は、恋に落ちていく。しかし、この時代は、完全な身分制度社会だった。

 身分の違う者同士での、交際や結婚はもちろん、普通に会話することすら出来ない。ましてや、貴族の長男と、その使用人なら、なおのことだった。

 だが、彼は彼女に『いずれ妻として迎えるから、待っていて欲しい』と告げる。彼女は、無理なことだと思いながらも、彼を信じ、想いを寄せ続けた。 

 そんな中、戦争は世界中に飛び火し、どんどん拡大して行った。ついには、彼の家にも、招兵状が届いたのだ。

 彼の家は、貴族と言っても、準男爵と下層の貴族だった。地位の低い貴族の場合、直接、戦地に赴いて、国に忠誠を示さなければならない。

 結局、彼は『帰ってきたら結婚しよう』と、彼女に言い残し、戦地に旅立って行った。彼の出兵後、定期的に、彼女の元には、彼から手紙が届いていた。

 戦地を移動するたびに、別の場所から。毎回、彼女を愛しているということと、自分は無事だから安心してほしい、という内容で。だが、彼が出兵してから、五ヵ月ほど経ったころ、ピタリと手紙が来なくなった。

 彼女は、彼の身を案じ、無事に帰ってくることを祈りながら、日々の仕事にいそしんでいた。だが、それから一ヵ月ほどが過ぎ、一通の手紙が屋敷に届いた。それは、軍から送られて来た『消息不明通知』だった。

 戦場で行方不明になった場合に、送られて来る通知。だが、実質的には『戦死』と同じ知らせだった。それを見た彼の両親は、悲嘆にくれた。だが、一番、衝撃を受けたのは、もちろん彼女だった。あとを追って、死のうかとも考えた。

 だが、彼女は冷静さを取り戻すと、主に暇をもらい、戦地に赴くのだった。彼女はまだ、諦めておらず、彼が生きていると、信じていたからだ。

 彼女は、手紙の送られてきた先を、一つずつ回って行き、彼の情報を訊いて回った。だが、有力な情報は、何一つ得られない。

 彼女は、次々と街を移動していく際に、凄惨な現状を目にしていた。町は焼け野原になり、怪我や病気で苦しむ、沢山の人たちを。いつしか彼女は、ボランティア活動をするようになり、たくさんの怪我人たちの、世話をするようになった。

 彼女は、病院や仮設の治療施設を、次々に回って行く。その際に、彼がいないか、常に目で追っていた。

 ある時、彼女は、敵国の領地に向かって行った。敵味方関係なく、手を差し伸べていたのと、取り残された味方の兵士たちもいると、噂で聞いたからだ。彼女は施設を渡り歩き、負傷者に手を差し伸べて行った。

 ある日、彼女は、仮設の治療所になっていた、ある教会を訪れた。献身的に看護をして行くうちに、ある負傷者に目がとまった。左足を失い、全身傷だらけで、頭にも包帯を巻いている。

 だが、彼からは、不思議な懐かしさを感じた。その時、ふと気付いたのだ。彼の首に下げてあった、ペンダントに。ペンダントの中には、彼女の写真が入っていた。その人物こそが、ずっと探し求めていた、彼だったのだ。

 だが、敵の攻撃魔法を受け、体はボロボロになり、さらに、彼は記憶を完全に失っていた。それでも、諦めかけていた彼女にとっては、例えようもなく嬉しいことだった。その日以来、彼女は教会に通い、甲斐甲斐しく、彼の世話を続けていく。

 ある日、彼を車いすに乗せ、見晴らしのよい丘に連れて行った。綺麗に晴れ渡り、とても気持ちのよい、そよ風が吹いている。その時、彼の目からは、涙が零れ落ちた。故郷に似た風景を見て、凍り付いていた心が、ようやく解け始めたのだ。

 それと同時に、彼は、彼女のことも思い出した。二人は、ようやくの再開に、涙を流しながら喜んだ。

 彼女は、彼に家に帰ろうと勧めるが、彼はそれを頑なに断った。家に戻れば、また彼女とは、主従関係に戻って、距離を置かなければならない。

 だから彼は、ある決断をした。故郷を捨て、家を捨て、自分の存在すらを捨て、彼女を選ぶことにしたのだ。

 結局、彼の生存は、永遠に伏せられることになった。二人は、小さな家を手に入れ、貧しいながらも、一緒に穏やかな生活を送る。それは、二人にとって、初めて自分たちの意思で得た、自由な時間だった。

 だが、二年後、彼は怪我が原因で、命を落とすことに。それを追うようにして、半年後、彼女は流行り病にかかって、この世を去った。
 
 映画の最後には、こう表示された。

『これは、第三次水晶戦争の激動の時代の中、実際にあった話であり、この事実が知られたのは、二人が亡くなって、五十年以上、経ってからである』

 静かな音楽と共に、エンドロールが流れ始めた。前のほうの席では、涙を流している人たちも、結構いるようだ。

 私は、涙を流したりはしないが、時代感や戦時中の雰囲気がよく表れた、素晴らしい作品だと思う。二時間半の作品だったが、集中して見ていたら、あっという間に終わってしまった。

 ふと隣を見ると、ナギサお姉様が、ハンカチで涙を拭いている姿があった。ずいぶんと、感動している様子だ。

 えっ?! ナギサお姉様が、涙を?

 私は、信じられない光景に、ただ唖然とするのだった……。

 
 ******


 映画館を出ると、ちょうどお昼になっていたので、近くにあるレストランに向かった。ここも、あらかじめ、予約を入れていたようだ。実に手回しがよい。

 映画館で、真剣に見ていたせいもあって、席に付いたとたん、フーッと息を吐き出した。かなり集中して、少し疲れていたようだ。ようやく、肩の力が抜ける。

「ナギサちゃん、映画はどうだった?」
「はい、素晴らしい作品だと思います。服装や背景のセットも、リアルでしたし」

 昔のことは、歴史の学習ファイルでしか見たことがないので、とても勉強になった。やはり、こういうのは、文章だけでは、なかなか伝わって来ないものだ。
 
「いやー、ラストは感動して、思わず涙が出てしまったよ。流石に、人気の作品だけあるね。ナギサちゃんは、感動したりしなかったの?」
「よかったとは、思いましたが。主人公の行動には、共感できませんでした」

 確かに、美しいシーンで、感動する場面だとは思う。でも、別の選択肢も、あったんじゃないだろうか?

「どこら辺が?」
「私だったら、無理やりにでも、彼を家に連れて帰ります。本当に好きなら、彼の将来の幸せまで、考えるべきです」

 単に、勢いで行動しているようにしか、見えなかった。戦時中で、大変なご時世だからこそ、しっかり先のことを、見据えるべきだと思う。

「でも、家に帰ったら、貴族の息子と使用人の関係に戻って、もう、近くにはいられないんだよ? あの時代、身分は絶対だからね」

「それでも、連れて帰るべきだったと思います。そうすれば、ちゃんとした医者に見せて、もっと長生き出来たはずですし。家族にも、再会できたでしょうから」

 ストーリーとしては、波乱万丈で悪くない。でも、現実的に考えれば、賢い選択とは思えなかった。

「彼との恋を諦めてでも、生かそうとする。ナギサちゃんらしい、優しい考え方だね。でも、自己犠牲精神が伴うし。本当に、それで彼は、幸せになれるのかな?」
「どういうことですか? 生きる以上の幸せなんて、ないと思いますが」

「長く生きれば幸せ、って訳でもないと思うよ。二人は短い間しか、共にいられなかったけど。日々凄く幸せだったと思う。だって、愛する人と共に過ごせたんだから」
「そうなんでしょうか……?」

 私には、よく分からない。自分が生きていることすら抹消して、誰にも知られずに生きて行く。そんな日陰の生き方が、幸せなんだろうか? 幸せとは、日の当たる場所にこそ、あるものだと思うけど――。

「まぁ、ナギサちゃんも、恋をすれば、いずれ分かるよ」 
「私は、恋なんてしませんよ。仕事一筋ですから」

「どうかな? 恋は、突然やって来るからね」
「仮に恋をしたとしても、冷静に正しい選択をしますよ」

 私の答に、ナギサお姉様は、楽しそうに笑う。

 私は、恋などに興味はない。自分が進むべき道の、障害になるからだ。仮に好きな人ができても、私は最も合理的な考えで、行動すると思う。なぜなら、私は自分の目標を果たすのが、最優先だからだ。

 それとも、恋をすると、人間性そのものが、変わってしまうのだろうか……?


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次回――
『自室で出来る運動不足解消のための深夜トレーニング講座』

 運動音痴なんてオレがいっしょに退治してやるよ
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