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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
2-7二人で飛ぶ空にはとても優しい風が吹いていた
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朝、私は徒歩で〈ホワイト・ウイング〉に向かっていた。会社には、復帰したものの、まだ、リリーシャさんに『飛行の許可』をもらっていない。なので、ずっと内勤をやっている。
練習飛行はもちろん、自前のエア・ドルフィンにも乗れないので、移動は全て徒歩だった。今回は、さすがに反省したので、全て指示に従って、大人しく出来ることだけをやっている。
ちなみに、今日は、水曜で会社がお休みだ。でも、リリーシャさんに呼ばれて、会社に向かっていた。リリーシャさん同伴で『慣らし運転』をするからだ。普段は、忙しいので、わざわざ休みの日に、丸一日、付き合ってくれることになった。
リリーシャさんと練習飛行なんて、初めてだし。一日中、一緒にいられるなら、私としては、凄くラッキーだ。普段は、予約の合間に、ちょこっと話すぐらいしか、時間が取れないからね。
あと、先日、届いたばかりの、おニューの機体が、物凄く気になっていた。毎日、掃除で見かける度に、早く乗りたくて、ワクワクしていたからだ。
色々考えながら歩いている内に〈ホワイト・ウイング〉の入り口が見えてくる。時間は、八時五十分。九時に待ち合わせなので、ちょうどよい時間だ。
うん。早過ぎず、遅すぎずいい感じ。もう、リリーシャさん、来てるかな?
事故の一件があって以来、早く来すぎたりせず、指定された時間を、守るようにしている。ちゃんと、色々考えて時間を指定している訳だし、変に気を遣わせたくないからね。
入り口をくぐると、庭の中央に、機体が二つ置いてあった。一つは、新しく来た練習機。もう一つは、白い流線型の美しい機体だった。私が乗っている、小型のエア・ドルフィンよりも一回り大きい、中型の機体だ。
私が機体をしげしげ観察していると、事務所の中から、リリーシャさんが出て来た。
「おはよう、風歌ちゃん」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いいたします!」
私は、九十度に腰を曲げ、お辞儀をすると、気合を入れて挨拶をする。
「今日は、仕事じゃないのだから。そんなに、畏まらなくても」
「いえ、飛行の指導をしていただくので、仕事と同じです」
朝の元気なあいさつは、とても大切だ。何より、貴重な時間を、割いてもらっているので、感謝の気持ちを忘れてはいけない。
「それじゃあ、これを付けてね」
「こんな感じですか?」
私は、渡された小型の装置を、耳につけた。
『ちゃんと、聞こえているかしら?』
『はい、バッチリです!』
これは『リンク・デバイス』と呼ばれるもので、ハンズフリーで話せる、魔力通信の装置だ。
マイクは付いていないけど、話した時の『思念』を拾って、相手に伝える。『念話魔法』の、応用技術で作られていた。なので、耳に音が聞こえるのではなく、直接、頭の中に、相手の声が聞こえてくる。
空を飛んでいる時は、風切り音やエンジン音で、会話が聞こえない。でも、これを付けていれば、飛びながらでも、普通に会話をすることができる。
最初は、違和感があるけど、慣れると快適だ。雑音が入らないので、物凄くクリアに、相手の声が聞こえる。
『まずは、機体に乗り込んで、マナゲージを回してみて』
『はい』
私は、シートに座ると、言われた通りに、集中して魔力を注ぎ込む。すると、マナゲージが、スーッと上昇して行った。すぐに『グリーンゾーン』一杯まで、溜まっていく。
『では、いったん、手を放して、ゲージを空にして』
『はい』
手を離すと、ゆっくりゲージが落ちて行く。
リリーシャさんは、手にしていたマギコンを見ながら、
『魔力供給・反応速度・安定度、どれも問題ないわね』
柔らかな笑顔で話す。
私はホッとして、フーッと息を吐き出した。〈飛行教練センター〉で、散々練習して来たとはいえ、久々の飛行なので、ちょっと緊張している。
『これから、並走飛行をするので、指示通りの高度と速度を、維持しながら飛んでね』
『分かりました』
リリーシャさんは、静かに白い機体に乗ると、すぐにエンジンを掛けた。流石に起動が速い。行動は、上品でゆったりしてるけど、一切の無駄がないんだよね。
あの機体は、セミ・マニュアル機なので、アクセルだけで『スタータ―・ボタン』が、付いていないタイプだ。つまり、魔力制御だけで、エンジンを起動している。
リリーシャさんは浮上後、空中ホバーしながら、
『エンジンを起動後、高度10。そのあとは、速度20・機体間距離3で』
細かく指示を出して来た。
私は、集中して魔力を注ぎ込む。魔力ゲージが伸びて、すぐに『グリーンゾーン』一杯まで振り切った。私は、一呼吸してから、ゆっくり『スターター・ボタン』を押す。すると、エンジンが起動し、フワッと浮力が発生した。
講習でならった通り、上空も含め、周囲の確認をしっかりと行う。問題がないことを確認すると、ゆっくり上昇を始めた。私は、上昇と下降は、そんなに上手くない。なので、慎重に魔力コントロールを心掛ける。
やがて、行動計が10メートルを指し、私はアクセルを静かに開いた。と同時に、隣にいたリリーシャさんの機体も、ゆっくりと進み始める。
今日は、かなり遅めの飛行スピードだ。でも、ゆっくり飛ぶ方が、難しかったりする。私は、高度と速度を確認しながら、リリーシャさんの機体に合わせることに、全神経を集中した。
『機体の調子は、どうかしら?』
『はい、全く問題ありません。上昇も安定していますし、加速も前の機体より、速い気がします』
機体によって、かなり乗り心地が違う。でも、この機体は、とても操作がしやすく、レスポンスも速い。
『機体重量の、軽さが大きいわね。エンジンも、新しい世代の物だから、パワーが出しやすいと思うわ』
『なるほど、重量が違うんですね。確かに、少し軽くなった気がします』
以前の機体よりも、明らかに、上昇が楽になった気がする。当然、軽いほうが、上昇スピードは速い。見た目が、スマートになった気がしたけど、実際に軽くなってたんだね。
『速度を30まで上昇。その後、ブレーキをかけて、25まで落としてみて』
『はい』
私は、アクセルを開いて、ゆっくり加速する。スピードメーターが、30を指したところで、軽くブレーキを入れた。すぐに減速が始まり、スピード25で、ブレーキを離す。
『減速も、問題なさそうね。違和感やタイミングのズレは、ないかしら?』
『全く問題ないです。加速も減速も、すぐに作動しています。ただ、加速が以前よりも、アクセルを大きめに、開く必要がある感じがします』
『加速し過ぎないように、アクセル精度を、落とし過ぎてしまったのかも。あとで、調整しておくわね』
『はい、お願いします』
各機体には、制御プログラムが入っていた。これは、マギコンを繋ぐことで、調整が可能だ。人によって、魔力量が違うため、ある程度、初期設定が必要になる。
基本設定でも、普通に飛べるけど、特定の人だけが乗る機体は、個人に合わせたほうが操縦しやすい。この調整は、経験や知識が必要なので、全てリリーシャさんに、やってもらっていた。
『それでは、高度15、速度30で〈ドリーム・ブリッジ〉に向かいましょう』
『了解です』
私は、リリーシャさんと並走したまま〈南地区〉の海岸に向かった。しばらくすると〈南地区〉の海沿いまで出て、とても大きな橋が見えてきた。〈ドリーム・ブリッジ〉に差し掛かると、橋の上空を飛行しながら〈新南区〉に向かった。
時折り、指示が来たり、機体の調子をきかれる以外は、無言のまま飛んでいく。でも、すぐ隣に、リリーシャさんがいるだけで、とても楽しい。こんなふうに、一緒に飛ぶのは初めてだし。休日に、一緒にお出掛けするのも、初めてだもんね。
それに、飛んでいる姿が、とても美しい。見ているだけで、幸せな気分になる。やっぱり、私の目指すべき人は、リリーシャさんだなぁーって、つくづく思う。
私たちは〈新南区〉を、海沿いにぐるっと一周したあと〈南地区〉に戻った。結構な距離を飛んだけど、機体は特に問題なし。私の体も魔力も絶好調で、慣らし運転は無事に終了。
事故の恐怖が少し残ってたけど、リリーシャさんが隣にいたから、安心して飛ぶことができた。流石は『天使の羽』だ。一緒にいる時の、安心感が半端ない。
ふー、何とか無事に終わった。最初は緊張したけど、途中からは、普通に楽しんでたし。やっぱり、空を飛ぶって、最高の気分だよね。
慣らし運転のあと、私たちは〈南地区〉にある、レストランにやって来た。初めてのお店だけど、とても綺麗でオシャレだし、お客さんも一杯入っている。あらかじめ、予約をしておいたようで、店員さんに、テラス席に案内された。
席に着くとすぐに、リリーシャさんは、コース料理を頼む。店員さんとも、顔見知りのようだし、どうやら、よく来ているお店のようだ。
「お疲れ様、風歌ちゃん。これで、問題なく乗れるわね」
「リリーシャさんこそ、大変お疲れ様でした。あの、私あまりお金を、持ってないんですけど……」
何か高そうなお店なので、そっちの方が気になってしまう。
「大丈夫よ、ご馳走するから」
「でも、慣らし運転に、付き合っていただいた上に、食事まで、ご馳走していただくなんて。ここのところ、色々やって貰ってばかりで、申しわけないです」
本当に、何から何まで、やってもらっているのに、私は何一つ返せていなかった。優しくして貰えるのは嬉しいけど、お返しが出来るかどうかが不安で、つい焦ってしまう。どんどん、借りが増えていくみたいで――。
「風歌ちゃんは、何も気にしなくていいのよ。私がしたくて、勝手にやっているだけだから」
リリーシャさんは、いつも通りの、優しい笑顔を浮かべた。
きっと、それは本心なんだと思う。初めて出会った時から、ずっとそうだ。何の見返りもなく、ひたすら優しくしてくれる。何でそこまで、人に優しく出来るんだろうか? 私も、そんな人間になりたい……。
世間話をしている内に、料理が運ばれて来た。どれも、美味しそうな魚料理ばかり。しかも、お刺身なんかまであった。私は、魚が大好きなので、物凄くテンションが上がる。
先ほどまでの、慣らし運転中は、かなり気が張っていた。でも、緊張が解けた途端、結構、空腹だったことに気が付く。最初は、遠慮してたけど、料理を目の前にすると、自然と手が伸びてしまった。
「うーん、滅茶苦茶おいしいです!」
食べた瞬間、口の中に広がる素晴らしい味に、思わず笑顔と歓喜の声がもれる。大げさな反応かも知れないけど、いつもパンばかりだし、本当に美味しいので。
身がプリプリしていて、新鮮で、超美味しい。見た目も、味付けも、物凄く凝っていた。ただ、残念なことに、私の表現力のなさのせいで『美味しい』以外の言葉が、見つからなかった。
「やっぱり、似ているわね」
「えっ、誰とですか?」
「食べた時の、反応や表情が、風歌ちゃんのお母様にそっくり」
「って、お母さんも、ここに来たんですか?!」
そういえば、以前うちの母親が、お忍びで来てたんだよね。でも、その時の話は、まだ詳しく聴いていない。
「ちょうど、その席に座っていたのよ。だから、つい姿が被ってしまって」
「えぇ?! お母さんも、この席に?」
偶然、この席になった――という訳でもなさそうだ。お客さんが、沢山いる人気店のようなので、あらかじめこの席を、予約したのかもしれない。
「お母様とは、仲直りできたの?」
「いえ、それがまだ……。あれ以来、全然、連絡もしてませんし」
私に会わずに帰っちゃったし。何か連絡し辛くて――。
「風歌ちゃんは、厳しいから苦手、と言っていたけれど。興味のない人に、厳しくはしないのよ」
「そう……でしょうか?」
興味って、私に対して? それとも、世間体について?
「大事だからこそ、厳しくするの。私もね」
「えぇ? リリーシャさんは、いつも優しいじゃないですか?」
「こないだ、退院してきた時。私、厳しく接したでしょ?」
「あぁ――。でも、あれは、厳しいというより、冷たく感じました。だから、私てっきり『見捨てられちゃったのかも?』と思いました」
厳しく怒鳴られるより、冷たくされる方が、はるかにこたえる。
「えっ、そうなの? ごめんなさい、私、怒るのが下手で。見捨てるつもりなんて、全くないのよ」
「いえ、リリーシャさんは、何も悪くないです。全面的に、私が悪いんですから。それに、何があっても、私はリリーシャさんに、ついて行きますから。たとえ見捨てられたって、しがみついて行きますので」
「だから、見捨てたりなんか、しないから」
二人で顔を見合わせると、くすくすと笑った。
もう二度と、手を煩わせたり、怒らせたりすることは止めよう。やっぱり、リリーシャさんには、優しい笑顔が一番、似合っているから。
お母さんも、私が怒らせるようなことをしなければ、優しく笑ってくれるんだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『おニューの機体で飛ぶ空はキラキラと輝いて見えた』
女の子は誰でもキラキラ輝く宝石なんだから
練習飛行はもちろん、自前のエア・ドルフィンにも乗れないので、移動は全て徒歩だった。今回は、さすがに反省したので、全て指示に従って、大人しく出来ることだけをやっている。
ちなみに、今日は、水曜で会社がお休みだ。でも、リリーシャさんに呼ばれて、会社に向かっていた。リリーシャさん同伴で『慣らし運転』をするからだ。普段は、忙しいので、わざわざ休みの日に、丸一日、付き合ってくれることになった。
リリーシャさんと練習飛行なんて、初めてだし。一日中、一緒にいられるなら、私としては、凄くラッキーだ。普段は、予約の合間に、ちょこっと話すぐらいしか、時間が取れないからね。
あと、先日、届いたばかりの、おニューの機体が、物凄く気になっていた。毎日、掃除で見かける度に、早く乗りたくて、ワクワクしていたからだ。
色々考えながら歩いている内に〈ホワイト・ウイング〉の入り口が見えてくる。時間は、八時五十分。九時に待ち合わせなので、ちょうどよい時間だ。
うん。早過ぎず、遅すぎずいい感じ。もう、リリーシャさん、来てるかな?
事故の一件があって以来、早く来すぎたりせず、指定された時間を、守るようにしている。ちゃんと、色々考えて時間を指定している訳だし、変に気を遣わせたくないからね。
入り口をくぐると、庭の中央に、機体が二つ置いてあった。一つは、新しく来た練習機。もう一つは、白い流線型の美しい機体だった。私が乗っている、小型のエア・ドルフィンよりも一回り大きい、中型の機体だ。
私が機体をしげしげ観察していると、事務所の中から、リリーシャさんが出て来た。
「おはよう、風歌ちゃん」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いいたします!」
私は、九十度に腰を曲げ、お辞儀をすると、気合を入れて挨拶をする。
「今日は、仕事じゃないのだから。そんなに、畏まらなくても」
「いえ、飛行の指導をしていただくので、仕事と同じです」
朝の元気なあいさつは、とても大切だ。何より、貴重な時間を、割いてもらっているので、感謝の気持ちを忘れてはいけない。
「それじゃあ、これを付けてね」
「こんな感じですか?」
私は、渡された小型の装置を、耳につけた。
『ちゃんと、聞こえているかしら?』
『はい、バッチリです!』
これは『リンク・デバイス』と呼ばれるもので、ハンズフリーで話せる、魔力通信の装置だ。
マイクは付いていないけど、話した時の『思念』を拾って、相手に伝える。『念話魔法』の、応用技術で作られていた。なので、耳に音が聞こえるのではなく、直接、頭の中に、相手の声が聞こえてくる。
空を飛んでいる時は、風切り音やエンジン音で、会話が聞こえない。でも、これを付けていれば、飛びながらでも、普通に会話をすることができる。
最初は、違和感があるけど、慣れると快適だ。雑音が入らないので、物凄くクリアに、相手の声が聞こえる。
『まずは、機体に乗り込んで、マナゲージを回してみて』
『はい』
私は、シートに座ると、言われた通りに、集中して魔力を注ぎ込む。すると、マナゲージが、スーッと上昇して行った。すぐに『グリーンゾーン』一杯まで、溜まっていく。
『では、いったん、手を放して、ゲージを空にして』
『はい』
手を離すと、ゆっくりゲージが落ちて行く。
リリーシャさんは、手にしていたマギコンを見ながら、
『魔力供給・反応速度・安定度、どれも問題ないわね』
柔らかな笑顔で話す。
私はホッとして、フーッと息を吐き出した。〈飛行教練センター〉で、散々練習して来たとはいえ、久々の飛行なので、ちょっと緊張している。
『これから、並走飛行をするので、指示通りの高度と速度を、維持しながら飛んでね』
『分かりました』
リリーシャさんは、静かに白い機体に乗ると、すぐにエンジンを掛けた。流石に起動が速い。行動は、上品でゆったりしてるけど、一切の無駄がないんだよね。
あの機体は、セミ・マニュアル機なので、アクセルだけで『スタータ―・ボタン』が、付いていないタイプだ。つまり、魔力制御だけで、エンジンを起動している。
リリーシャさんは浮上後、空中ホバーしながら、
『エンジンを起動後、高度10。そのあとは、速度20・機体間距離3で』
細かく指示を出して来た。
私は、集中して魔力を注ぎ込む。魔力ゲージが伸びて、すぐに『グリーンゾーン』一杯まで振り切った。私は、一呼吸してから、ゆっくり『スターター・ボタン』を押す。すると、エンジンが起動し、フワッと浮力が発生した。
講習でならった通り、上空も含め、周囲の確認をしっかりと行う。問題がないことを確認すると、ゆっくり上昇を始めた。私は、上昇と下降は、そんなに上手くない。なので、慎重に魔力コントロールを心掛ける。
やがて、行動計が10メートルを指し、私はアクセルを静かに開いた。と同時に、隣にいたリリーシャさんの機体も、ゆっくりと進み始める。
今日は、かなり遅めの飛行スピードだ。でも、ゆっくり飛ぶ方が、難しかったりする。私は、高度と速度を確認しながら、リリーシャさんの機体に合わせることに、全神経を集中した。
『機体の調子は、どうかしら?』
『はい、全く問題ありません。上昇も安定していますし、加速も前の機体より、速い気がします』
機体によって、かなり乗り心地が違う。でも、この機体は、とても操作がしやすく、レスポンスも速い。
『機体重量の、軽さが大きいわね。エンジンも、新しい世代の物だから、パワーが出しやすいと思うわ』
『なるほど、重量が違うんですね。確かに、少し軽くなった気がします』
以前の機体よりも、明らかに、上昇が楽になった気がする。当然、軽いほうが、上昇スピードは速い。見た目が、スマートになった気がしたけど、実際に軽くなってたんだね。
『速度を30まで上昇。その後、ブレーキをかけて、25まで落としてみて』
『はい』
私は、アクセルを開いて、ゆっくり加速する。スピードメーターが、30を指したところで、軽くブレーキを入れた。すぐに減速が始まり、スピード25で、ブレーキを離す。
『減速も、問題なさそうね。違和感やタイミングのズレは、ないかしら?』
『全く問題ないです。加速も減速も、すぐに作動しています。ただ、加速が以前よりも、アクセルを大きめに、開く必要がある感じがします』
『加速し過ぎないように、アクセル精度を、落とし過ぎてしまったのかも。あとで、調整しておくわね』
『はい、お願いします』
各機体には、制御プログラムが入っていた。これは、マギコンを繋ぐことで、調整が可能だ。人によって、魔力量が違うため、ある程度、初期設定が必要になる。
基本設定でも、普通に飛べるけど、特定の人だけが乗る機体は、個人に合わせたほうが操縦しやすい。この調整は、経験や知識が必要なので、全てリリーシャさんに、やってもらっていた。
『それでは、高度15、速度30で〈ドリーム・ブリッジ〉に向かいましょう』
『了解です』
私は、リリーシャさんと並走したまま〈南地区〉の海岸に向かった。しばらくすると〈南地区〉の海沿いまで出て、とても大きな橋が見えてきた。〈ドリーム・ブリッジ〉に差し掛かると、橋の上空を飛行しながら〈新南区〉に向かった。
時折り、指示が来たり、機体の調子をきかれる以外は、無言のまま飛んでいく。でも、すぐ隣に、リリーシャさんがいるだけで、とても楽しい。こんなふうに、一緒に飛ぶのは初めてだし。休日に、一緒にお出掛けするのも、初めてだもんね。
それに、飛んでいる姿が、とても美しい。見ているだけで、幸せな気分になる。やっぱり、私の目指すべき人は、リリーシャさんだなぁーって、つくづく思う。
私たちは〈新南区〉を、海沿いにぐるっと一周したあと〈南地区〉に戻った。結構な距離を飛んだけど、機体は特に問題なし。私の体も魔力も絶好調で、慣らし運転は無事に終了。
事故の恐怖が少し残ってたけど、リリーシャさんが隣にいたから、安心して飛ぶことができた。流石は『天使の羽』だ。一緒にいる時の、安心感が半端ない。
ふー、何とか無事に終わった。最初は緊張したけど、途中からは、普通に楽しんでたし。やっぱり、空を飛ぶって、最高の気分だよね。
慣らし運転のあと、私たちは〈南地区〉にある、レストランにやって来た。初めてのお店だけど、とても綺麗でオシャレだし、お客さんも一杯入っている。あらかじめ、予約をしておいたようで、店員さんに、テラス席に案内された。
席に着くとすぐに、リリーシャさんは、コース料理を頼む。店員さんとも、顔見知りのようだし、どうやら、よく来ているお店のようだ。
「お疲れ様、風歌ちゃん。これで、問題なく乗れるわね」
「リリーシャさんこそ、大変お疲れ様でした。あの、私あまりお金を、持ってないんですけど……」
何か高そうなお店なので、そっちの方が気になってしまう。
「大丈夫よ、ご馳走するから」
「でも、慣らし運転に、付き合っていただいた上に、食事まで、ご馳走していただくなんて。ここのところ、色々やって貰ってばかりで、申しわけないです」
本当に、何から何まで、やってもらっているのに、私は何一つ返せていなかった。優しくして貰えるのは嬉しいけど、お返しが出来るかどうかが不安で、つい焦ってしまう。どんどん、借りが増えていくみたいで――。
「風歌ちゃんは、何も気にしなくていいのよ。私がしたくて、勝手にやっているだけだから」
リリーシャさんは、いつも通りの、優しい笑顔を浮かべた。
きっと、それは本心なんだと思う。初めて出会った時から、ずっとそうだ。何の見返りもなく、ひたすら優しくしてくれる。何でそこまで、人に優しく出来るんだろうか? 私も、そんな人間になりたい……。
世間話をしている内に、料理が運ばれて来た。どれも、美味しそうな魚料理ばかり。しかも、お刺身なんかまであった。私は、魚が大好きなので、物凄くテンションが上がる。
先ほどまでの、慣らし運転中は、かなり気が張っていた。でも、緊張が解けた途端、結構、空腹だったことに気が付く。最初は、遠慮してたけど、料理を目の前にすると、自然と手が伸びてしまった。
「うーん、滅茶苦茶おいしいです!」
食べた瞬間、口の中に広がる素晴らしい味に、思わず笑顔と歓喜の声がもれる。大げさな反応かも知れないけど、いつもパンばかりだし、本当に美味しいので。
身がプリプリしていて、新鮮で、超美味しい。見た目も、味付けも、物凄く凝っていた。ただ、残念なことに、私の表現力のなさのせいで『美味しい』以外の言葉が、見つからなかった。
「やっぱり、似ているわね」
「えっ、誰とですか?」
「食べた時の、反応や表情が、風歌ちゃんのお母様にそっくり」
「って、お母さんも、ここに来たんですか?!」
そういえば、以前うちの母親が、お忍びで来てたんだよね。でも、その時の話は、まだ詳しく聴いていない。
「ちょうど、その席に座っていたのよ。だから、つい姿が被ってしまって」
「えぇ?! お母さんも、この席に?」
偶然、この席になった――という訳でもなさそうだ。お客さんが、沢山いる人気店のようなので、あらかじめこの席を、予約したのかもしれない。
「お母様とは、仲直りできたの?」
「いえ、それがまだ……。あれ以来、全然、連絡もしてませんし」
私に会わずに帰っちゃったし。何か連絡し辛くて――。
「風歌ちゃんは、厳しいから苦手、と言っていたけれど。興味のない人に、厳しくはしないのよ」
「そう……でしょうか?」
興味って、私に対して? それとも、世間体について?
「大事だからこそ、厳しくするの。私もね」
「えぇ? リリーシャさんは、いつも優しいじゃないですか?」
「こないだ、退院してきた時。私、厳しく接したでしょ?」
「あぁ――。でも、あれは、厳しいというより、冷たく感じました。だから、私てっきり『見捨てられちゃったのかも?』と思いました」
厳しく怒鳴られるより、冷たくされる方が、はるかにこたえる。
「えっ、そうなの? ごめんなさい、私、怒るのが下手で。見捨てるつもりなんて、全くないのよ」
「いえ、リリーシャさんは、何も悪くないです。全面的に、私が悪いんですから。それに、何があっても、私はリリーシャさんに、ついて行きますから。たとえ見捨てられたって、しがみついて行きますので」
「だから、見捨てたりなんか、しないから」
二人で顔を見合わせると、くすくすと笑った。
もう二度と、手を煩わせたり、怒らせたりすることは止めよう。やっぱり、リリーシャさんには、優しい笑顔が一番、似合っているから。
お母さんも、私が怒らせるようなことをしなければ、優しく笑ってくれるんだろうか……?
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次回――
『おニューの機体で飛ぶ空はキラキラと輝いて見えた』
女の子は誰でもキラキラ輝く宝石なんだから
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普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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