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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

2-7二人で飛ぶ空にはとても優しい風が吹いていた

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 朝、私は徒歩で〈ホワイト・ウイング〉に向かっていた。会社には、復帰したものの、まだ、リリーシャさんに『飛行の許可』をもらっていない。なので、ずっと内勤をやっている。

 練習飛行はもちろん、自前のエア・ドルフィンにも乗れないので、移動は全て徒歩だった。今回は、さすがに反省したので、全て指示に従って、大人しく出来ることだけをやっている。

 ちなみに、今日は、水曜で会社がお休みだ。でも、リリーシャさんに呼ばれて、会社に向かっていた。リリーシャさん同伴で『慣らし運転』をするからだ。普段は、忙しいので、わざわざ休みの日に、丸一日、付き合ってくれることになった。

 リリーシャさんと練習飛行なんて、初めてだし。一日中、一緒にいられるなら、私としては、凄くラッキーだ。普段は、予約の合間に、ちょこっと話すぐらいしか、時間が取れないからね。

 あと、先日、届いたばかりの、おニューの機体が、物凄く気になっていた。毎日、掃除で見かける度に、早く乗りたくて、ワクワクしていたからだ。 

 色々考えながら歩いている内に〈ホワイト・ウイング〉の入り口が見えてくる。時間は、八時五十分。九時に待ち合わせなので、ちょうどよい時間だ。 

 うん。早過ぎず、遅すぎずいい感じ。もう、リリーシャさん、来てるかな?

 事故の一件があって以来、早く来すぎたりせず、指定された時間を、守るようにしている。ちゃんと、色々考えて時間を指定している訳だし、変に気を遣わせたくないからね。

 入り口をくぐると、庭の中央に、機体が二つ置いてあった。一つは、新しく来た練習機。もう一つは、白い流線型の美しい機体だった。私が乗っている、小型のエア・ドルフィンよりも一回り大きい、中型の機体だ。

 私が機体をしげしげ観察していると、事務所の中から、リリーシャさんが出て来た。

「おはよう、風歌ちゃん」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いいたします!」
 私は、九十度に腰を曲げ、お辞儀をすると、気合を入れて挨拶をする。

「今日は、仕事じゃないのだから。そんなに、畏まらなくても」
「いえ、飛行の指導をしていただくので、仕事と同じです」

 朝の元気なあいさつは、とても大切だ。何より、貴重な時間を、割いてもらっているので、感謝の気持ちを忘れてはいけない。

「それじゃあ、これを付けてね」
「こんな感じですか?」 

 私は、渡された小型の装置を、耳につけた。

『ちゃんと、聞こえているかしら?』 
『はい、バッチリです!』

 これは『リンク・デバイス』と呼ばれるもので、ハンズフリーで話せる、魔力通信の装置だ。

 マイクは付いていないけど、話した時の『思念』を拾って、相手に伝える。『念話魔法』の、応用技術で作られていた。なので、耳に音が聞こえるのではなく、直接、頭の中に、相手の声が聞こえてくる。

 空を飛んでいる時は、風切り音やエンジン音で、会話が聞こえない。でも、これを付けていれば、飛びながらでも、普通に会話をすることができる。

 最初は、違和感があるけど、慣れると快適だ。雑音が入らないので、物凄くクリアに、相手の声が聞こえる。

『まずは、機体に乗り込んで、マナゲージを回してみて』
『はい』

 私は、シートに座ると、言われた通りに、集中して魔力を注ぎ込む。すると、マナゲージが、スーッと上昇して行った。すぐに『グリーンゾーン』一杯まで、溜まっていく。

『では、いったん、手を放して、ゲージを空にして』
『はい』
 手を離すと、ゆっくりゲージが落ちて行く。

 リリーシャさんは、手にしていたマギコンを見ながら、
『魔力供給・反応速度・安定度、どれも問題ないわね』
 柔らかな笑顔で話す。

 私はホッとして、フーッと息を吐き出した。〈飛行教練センター〉で、散々練習して来たとはいえ、久々の飛行なので、ちょっと緊張している。

『これから、並走飛行をするので、指示通りの高度と速度を、維持しながら飛んでね』 
『分かりました』

 リリーシャさんは、静かに白い機体に乗ると、すぐにエンジンを掛けた。流石に起動が速い。行動は、上品でゆったりしてるけど、一切の無駄がないんだよね。

 あの機体は、セミ・マニュアル機なので、アクセルだけで『スタータ―・ボタン』が、付いていないタイプだ。つまり、魔力制御だけで、エンジンを起動している。

 リリーシャさんは浮上後、空中ホバーしながら、
『エンジンを起動後、高度10。そのあとは、速度20・機体間距離3で』
 細かく指示を出して来た。

 私は、集中して魔力を注ぎ込む。魔力ゲージが伸びて、すぐに『グリーンゾーン』一杯まで振り切った。私は、一呼吸してから、ゆっくり『スターター・ボタン』を押す。すると、エンジンが起動し、フワッと浮力が発生した。

 講習でならった通り、上空も含め、周囲の確認をしっかりと行う。問題がないことを確認すると、ゆっくり上昇を始めた。私は、上昇と下降は、そんなに上手くない。なので、慎重に魔力コントロールを心掛ける。

 やがて、行動計が10メートルを指し、私はアクセルを静かに開いた。と同時に、隣にいたリリーシャさんの機体も、ゆっくりと進み始める。

 今日は、かなり遅めの飛行スピードだ。でも、ゆっくり飛ぶ方が、難しかったりする。私は、高度と速度を確認しながら、リリーシャさんの機体に合わせることに、全神経を集中した。

『機体の調子は、どうかしら?』
『はい、全く問題ありません。上昇も安定していますし、加速も前の機体より、速い気がします』

 機体によって、かなり乗り心地が違う。でも、この機体は、とても操作がしやすく、レスポンスも速い。

『機体重量の、軽さが大きいわね。エンジンも、新しい世代の物だから、パワーが出しやすいと思うわ』
『なるほど、重量が違うんですね。確かに、少し軽くなった気がします』

 以前の機体よりも、明らかに、上昇が楽になった気がする。当然、軽いほうが、上昇スピードは速い。見た目が、スマートになった気がしたけど、実際に軽くなってたんだね。

『速度を30まで上昇。その後、ブレーキをかけて、25まで落としてみて』
『はい』

 私は、アクセルを開いて、ゆっくり加速する。スピードメーターが、30を指したところで、軽くブレーキを入れた。すぐに減速が始まり、スピード25で、ブレーキを離す。

『減速も、問題なさそうね。違和感やタイミングのズレは、ないかしら?』
『全く問題ないです。加速も減速も、すぐに作動しています。ただ、加速が以前よりも、アクセルを大きめに、開く必要がある感じがします』

『加速し過ぎないように、アクセル精度を、落とし過ぎてしまったのかも。あとで、調整しておくわね』
『はい、お願いします』
 
 各機体には、制御プログラムが入っていた。これは、マギコンを繋ぐことで、調整が可能だ。人によって、魔力量が違うため、ある程度、初期設定が必要になる。

 基本設定でも、普通に飛べるけど、特定の人だけが乗る機体は、個人に合わせたほうが操縦しやすい。この調整は、経験や知識が必要なので、全てリリーシャさんに、やってもらっていた。

『それでは、高度15、速度30で〈ドリーム・ブリッジ〉に向かいましょう』
『了解です』

 私は、リリーシャさんと並走したまま〈南地区〉の海岸に向かった。しばらくすると〈南地区〉の海沿いまで出て、とても大きな橋が見えてきた。〈ドリーム・ブリッジ〉に差し掛かると、橋の上空を飛行しながら〈新南区〉に向かった。

 時折り、指示が来たり、機体の調子をきかれる以外は、無言のまま飛んでいく。でも、すぐ隣に、リリーシャさんがいるだけで、とても楽しい。こんなふうに、一緒に飛ぶのは初めてだし。休日に、一緒にお出掛けするのも、初めてだもんね。
 
 それに、飛んでいる姿が、とても美しい。見ているだけで、幸せな気分になる。やっぱり、私の目指すべき人は、リリーシャさんだなぁーって、つくづく思う。

 私たちは〈新南区〉を、海沿いにぐるっと一周したあと〈南地区〉に戻った。結構な距離を飛んだけど、機体は特に問題なし。私の体も魔力も絶好調で、慣らし運転は無事に終了。

 事故の恐怖が少し残ってたけど、リリーシャさんが隣にいたから、安心して飛ぶことができた。流石は『天使の羽』エンジェルフェザーだ。一緒にいる時の、安心感が半端ない。

 ふー、何とか無事に終わった。最初は緊張したけど、途中からは、普通に楽しんでたし。やっぱり、空を飛ぶって、最高の気分だよね。

 慣らし運転のあと、私たちは〈南地区〉にある、レストランにやって来た。初めてのお店だけど、とても綺麗でオシャレだし、お客さんも一杯入っている。あらかじめ、予約をしておいたようで、店員さんに、テラス席に案内された。

 席に着くとすぐに、リリーシャさんは、コース料理を頼む。店員さんとも、顔見知りのようだし、どうやら、よく来ているお店のようだ。

「お疲れ様、風歌ちゃん。これで、問題なく乗れるわね」
「リリーシャさんこそ、大変お疲れ様でした。あの、私あまりお金を、持ってないんですけど……」

 何か高そうなお店なので、そっちの方が気になってしまう。

「大丈夫よ、ご馳走するから」
「でも、慣らし運転に、付き合っていただいた上に、食事まで、ご馳走していただくなんて。ここのところ、色々やって貰ってばかりで、申しわけないです」

 本当に、何から何まで、やってもらっているのに、私は何一つ返せていなかった。優しくして貰えるのは嬉しいけど、お返しが出来るかどうかが不安で、つい焦ってしまう。どんどん、借りが増えていくみたいで――。

「風歌ちゃんは、何も気にしなくていいのよ。私がしたくて、勝手にやっているだけだから」
 リリーシャさんは、いつも通りの、優しい笑顔を浮かべた。

 きっと、それは本心なんだと思う。初めて出会った時から、ずっとそうだ。何の見返りもなく、ひたすら優しくしてくれる。何でそこまで、人に優しく出来るんだろうか? 私も、そんな人間になりたい……。

 世間話をしている内に、料理が運ばれて来た。どれも、美味しそうな魚料理ばかり。しかも、お刺身なんかまであった。私は、魚が大好きなので、物凄くテンションが上がる。

 先ほどまでの、慣らし運転中は、かなり気が張っていた。でも、緊張が解けた途端、結構、空腹だったことに気が付く。最初は、遠慮してたけど、料理を目の前にすると、自然と手が伸びてしまった。

「うーん、滅茶苦茶おいしいです!」 

 食べた瞬間、口の中に広がる素晴らしい味に、思わず笑顔と歓喜の声がもれる。大げさな反応かも知れないけど、いつもパンばかりだし、本当に美味しいので。

 身がプリプリしていて、新鮮で、超美味しい。見た目も、味付けも、物凄く凝っていた。ただ、残念なことに、私の表現力のなさのせいで『美味しい』以外の言葉が、見つからなかった。

「やっぱり、似ているわね」
「えっ、誰とですか?」

「食べた時の、反応や表情が、風歌ちゃんのお母様にそっくり」
「って、お母さんも、ここに来たんですか?!」

 そういえば、以前うちの母親が、お忍びで来てたんだよね。でも、その時の話は、まだ詳しく聴いていない。

「ちょうど、その席に座っていたのよ。だから、つい姿が被ってしまって」
「えぇ?! お母さんも、この席に?」

 偶然、この席になった――という訳でもなさそうだ。お客さんが、沢山いる人気店のようなので、あらかじめこの席を、予約したのかもしれない。

「お母様とは、仲直りできたの?」 
「いえ、それがまだ……。あれ以来、全然、連絡もしてませんし」

 私に会わずに帰っちゃったし。何か連絡し辛くて――。

「風歌ちゃんは、厳しいから苦手、と言っていたけれど。興味のない人に、厳しくはしないのよ」
「そう……でしょうか?」

 興味って、私に対して? それとも、世間体について? 
  
「大事だからこそ、厳しくするの。私もね」
「えぇ? リリーシャさんは、いつも優しいじゃないですか?」

「こないだ、退院してきた時。私、厳しく接したでしょ?」 
「あぁ――。でも、あれは、厳しいというより、冷たく感じました。だから、私てっきり『見捨てられちゃったのかも?』と思いました」
 
 厳しく怒鳴られるより、冷たくされる方が、はるかにこたえる。

「えっ、そうなの? ごめんなさい、私、怒るのが下手で。見捨てるつもりなんて、全くないのよ」

「いえ、リリーシャさんは、何も悪くないです。全面的に、私が悪いんですから。それに、何があっても、私はリリーシャさんに、ついて行きますから。たとえ見捨てられたって、しがみついて行きますので」

「だから、見捨てたりなんか、しないから」

 二人で顔を見合わせると、くすくすと笑った。

 もう二度と、手を煩わせたり、怒らせたりすることは止めよう。やっぱり、リリーシャさんには、優しい笑顔が一番、似合っているから。 

 お母さんも、私が怒らせるようなことをしなければ、優しく笑ってくれるんだろうか……?


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次回――
『おニューの機体で飛ぶ空はキラキラと輝いて見えた』

 女の子は誰でもキラキラ輝く宝石なんだから
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