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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

1-6空が飛べないとストレスが溜まってため息しか出てこない

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 夜、静まり返った、屋根裏部屋で。私は、机につっぷして、完全に伸びていた。今日も、昼間は〈飛行教練センター〉で『安全飛行講習』を受け、そのあと、ずっと部屋にこもって、勉強していたからだ。

 エア・ドルフィンに乗れないから、空の散歩もできないし、気楽に移動もできない。かと言って、『営業停止』の処分を受けている最中に、うろうろ遊びに行く気にもなれなかった。

 ジッとしているのが苦手な私でも、さすがに自重して、大人しくしていた。また、何が起こるか分からないので、講習が終わるまでは、部屋から、あまり出ないようにしようと思う。
 
 ここのところ、トラブル続きだから、慎重に行動しないと。運の悪い時って、立て続けに、悪いことが起こるもんだよね……。

 とはいえ、一日中、勉強していると、グッタリして来る。肩や首が、ガチガチに凝ってるし、なんか体中が痛い。頭も真っ白で、思考が全く働かなかった。体を動かした時の、心地よい疲れとは違い、嫌な疲労感だ。

「まだ、講習も半分以上、残ってるし。最後まで、体もつのかなぁ? いや、この場合は、体というより、精神の問題だよね――」

 私は、机の上で伸びたまま、力なくつぶやいた。

 ここ数日、滅茶苦茶、精神修行をやってる感じがした。ずっと座りっぱなしな上に、次々と、新しい知識が、頭に流れ込んでくる。

 それだけじゃない。事故のショックの記憶や、不思議な体験など。頭の中は、様々な知識や記憶でうず巻いて、とてもカオスな状態だった。

 私ってば、つくづく勉強や頭脳労働には、向いてないと思う。普段の十倍は、疲れてるもん。それに『営業停止処分』という状況が、想像以上にこたえていた。

 今までは、仕事が生き甲斐だったのに。それが出来ないのは、物凄く辛い。それに、つい、リリーシャさんの厳しい表情を、何度も思い出していまう。

「ふぅぅー……。はぁぁー……」
  
 いつもなら、イライラして爆発しそうなところだけど、そんな気力すら湧いてこない。何だかんだで、今までって、精神的な余裕があったんだね。本当に精神がすり減っていると、ため息しか出てこない。

 しばらく伸びていると、マギコンから着信音が鳴った。送信者を見ると、ユメちゃんからだった。いつもなら、喜んで出るのに、今日は少し迷ってしまう。今は、楽しく会話できる気分じゃないからだ。

「どうしよ――居留守しようかな? いやいや、それはダメだよね……」

 私は、ゆっくり上半身を起こすと、両手のひらを構えて、思いっ切り腕を開いた。次の瞬間『バシッ!』という音が、部屋に響き渡る。両手で、思いっ切り自分の頬を叩いたのだ。

「いったーっ! けど、気合入った」
 私は、息を大きく吸い込むと、ELエルを立ち上げた。

『風ちゃん、こんばんは。まだ起きてる?』
『こんばんは、ユメちゃん。バッチリ起きてますよー!』
 私はコンソールを開くと、急いで返信を打ち込んだ。

『ごめんね、取り込み中だった?』
『全然へーき。ただ、勉強し過ぎで、頭が真っ白になってた』
 まだ、頭が疲労で、ボーッとしている。

『また、調べもの?』
『いや、実はね。今、営業停止処分中で――』
『え?! 何があったの?』
 
 これは、隠すようなことじゃないから、言っちゃっても平気だよね。まだ、しばらくは、お休みだし。嘘をつくのは、超苦手なんで。

『先日、墜落事故をやっちゃって。それで、営業停止と、一時的に「ライセンス失効」になっちゃって……』
『ええっ?! 事故って、風ちゃん大丈夫なの?』

『四日ほど入院したけど、かすり傷一つないよ。エア・ドルフィンは、壊れちゃったけど。私は奇跡的に、無傷だったんだ』
『そっかー、よかったー』
 
 今考えてみると、本当に奇跡だよね。お医者さんにも、看護婦さんにも『物凄い奇跡だ』『こんなの初めて見た』って、顔をあわすたびに言われた。実際、あの高さから落ちたら、ほぼ即死だもんね――。

『どれくらいの高さから、落ちたの?』
『んー、十五メートルぐらいかな』
 最後に高度計を見た時は、それぐらいだったと思う。

『えぇっ?! それで無傷だったの? 木にでも引っ掛かったの?』 
『いや、それがね。周りに障害物がなくて。地面に直撃だったんだけど』 
『ちょっと、それマズいじゃない!! 何でそれで無傷なの??』

 ユメちゃんにしては、珍しく驚いている。まぁ、そりゃ驚くよね。常識的には、絶対にあり得ないから。 

『いやー、何でだろうね? 墜落中に、気を失っちゃったから、よく分からないんだ。お医者さんには「普通なら死んでた」「奇跡だ」って言われたよ』
『いや、本当に超奇跡だよっ!!』

 病院の屋上で、マナラインが見えて、その直後、気を失った。あとで目が覚めたら、記憶が全て戻っていた。その中に、落ちて行く瞬間の記憶があったのだ。地面に激突する寸前に、フワッと体が軽くなって、浮き上がったような気がする。

 でも、浮き上がるって、どう考えてもおかしいよね? そもそも、私、途中で気を失っていたはずだし。やっぱ、夢だったのかなぁ?

 そういえば、三日間、病院で眠っていた間に、何か変な夢を見たはずだ。でも、それだけは、どうしても思い出せない。何か、大事な夢だったような、気もするんだけど。結局、真相は、いまだに分からないままだった……。

『確かに、助かったのは、奇跡かもだけど。お蔭で、二週間も仕事できないし。毎日「安全飛行講習」に通うことになって――』
『あー、それで、いっぱい勉強してたんだ?』

『そうそう。〈飛行教練センター〉で勉強して。帰って来てから勉強して。毎日、勉強漬けなのよー』
『それは、大変だねぇー。風ちゃん、勉強、好きじゃないもんね』
 
 社会人になってから、勉強の大切さは、骨身に染みた。だから、毎日、無理して、苦手な勉強をしている。でも、だからと言って、好きになった訳ではないし。さすがに、一日中は辛い……。

『何より、ライセンスが失効中で、空を飛べないのが辛いよ』
『あぁ、そっかー。ライセンスないと、飛べないんだよね』

 ライセンスなしで飛ぶことも、出来なくはない。でも、それって『無免許運転』と同じで、非常に厳しい罰則が課される。場合によっては『永久停止処分』で、二度とライセンスが、取れなくなる場合もあるらしい。

『こっちに来てから、毎日、当たり前のように飛んでたから。空を飛べないのが、こんなに辛いとは、思わなかったよ――』
『風ちゃん、毎日、練習飛行、頑張ってたもんね』

 もう、空を飛ぶのが、日課になっていた。だから、空のない生活なんて、考えられない。

『練習もあるけど、空を飛ぶって、いい気分転換になるんだよね。だから、苦手な勉強も、頑張れてたんだけど』
 明日もまた飛べると思うと、それだけで、やる気が湧いて来る。

『そっかー。普通に散歩とかじゃ、ダメなの?』
『それも、考えたんだけどね。私、謹慎中みたいなものだから。みんなが仕事してる時間に、ウロウロするのもね……』 

 ばったり、知り合いのシルフィードに、出会うかもしれないし。こちらから見えなくても、空からだと、よく見えるから。今は気まずいので、あまり知り合いには、会いたくなかった。

『気持ちは、よく分かるけど。適度な気分転換は、必要だよ』
『それも、そうだけど。今は人に会いたくなくて』

 何かやらかしちゃった時って、人に会い辛いよね。人と話すのが大好きな私でも、さすがに今の状況では、楽しく話す気分にはなれない。
 
『なら、早朝に散歩してみたら。以前は、早朝ランニングしてたんでしょ?』
『あぁ――それもそうだね』 

 ここ数日〈飛行教練センター〉の往復以外、外に出ていなかった。食事も、道中で、適当にパンを買ってきてるし。空を飛べないので、前みたいに、毎日、違う店に行ったりとかは出来ないので。

『勉強ってね、切り替えが大事なんだよ。私は好きだけど、それでも、途中で休憩や気分転換は、挟んでるし』
『なるほど、そうかもね。たまには、外の空気を吸いに行くかなぁ』

 今まで、空でやっていた気分転換を、別の方法でやらないと。営業停止処分で、自重はしているものの、明らかにストレスが溜まっているのは、自分でもよく分かる。

 その後も、ユメちゃんと、色んな世間話をした。最近の流行とか、気分転換の方法なんかも。お蔭で、鬱々とした気分が、だいぶスッキリした。

 明日の早朝にでも、散歩に行ってこようかな。どうせ、朝は早く目が覚めるんだし。窓から外を眺めてるだけじゃ、気分転換にならないからね。

 反省と自重は、ちゃんとするとして。気持ちを切り替えて、明日からまた、頑張っていこう……。


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次回――
『私リリーシャさんの気持ちを何も分かっていなかった・・・』

 …計算できずに残った答え、それが人の気持ちというものだよ
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