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第4部 理想と現実
5-8何で私にばかり声を掛けて来るのよ?これだから人間関係って……
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『華麗祭』の二日目。今日は、朝のミーティングは休みだった。その代わり、朝早くから、各催し物の準備の手伝いをしていた。基本、各種準備は、全て見習いの仕事だ。始まる前も、始まったあとも、一日中、雑用をしなければならない。
重要な仕事や目立つことは、全てお姉様方の仕事で、私たち新人は、完全に裏方に回る。決して満足している訳ではないが、誰もが通る道だ。上位階級のシルフィードたちも、全員、最初は雑用からスタートしている。
ただ、例え雑用と言えども、私は一切、手を抜かない。ここで手を抜いているようでは、一人前になったあとも、まともな仕事はできないからだ。
私の仕事は、朝は『準備進行リーダー』だった。各部屋を回り、汚れや破損、資材不足などがないかを、細かくチェックする。
もし、問題があれば、すぐ担当に連絡して、メンテナンスを行う。また、準備をしている見習いたちの、監視や指示の役目もあった。
基本、適材適所で、仕事を割り振られていた。私はこういう細かい作業は得意なので、何も問題ない。各部屋を回りながら、チェック表の項目に、評価を記入していった。
まだ、勤務時間前なので、動いているのは、全員、見習いたちだけだ。皆、開始時間の九時に間に合わせるため、右へ左へと動き回っていた。
いつも利用してくださっている、常連のお客様はもちろん、各界の著名人たちも訪れる。そのため、ちょっとした不備も許されないからだ。
万一、ここでミスでも起こそうものなら、最悪、クビになりかねない。なので、普段はのんびりしている子たちも、テキパキと準備をしている。途中、何人かに声を掛けられた。
「テーブルクロスに、しみが付いているんだけど。どうすれば、いいかしら?」
「それなら、本館四階の403号室に、替えのテーブルクロスが置いてあるわ」
「ありがとう。すぐ、取って来るわ」
彼女は、勢いよく走り去って行った。
私は『廊下を走るのは禁止よ』と声を掛けようとしたが、一瞬、考えてからやめた。必死に頑張っているようだし、今回だけは、見なかったことにしよう。規則が全てでないことは、先日のエマリエールの件で、身に染みて分かったからだ。
「サロンのコーヒーサーバーの調子が悪くて、動かないんだけど。どうしよう?」
「分かったわ。用務員の人に連絡を入れておくわ」
「うん、よろしくね」
彼女も、急いで走り去っていく。
まったく、皆せわしないわね。まだ、時間は十分あるのに。でも、責任を持ってやろうとしているのは、伝わって来る。
「怪我をした子がいるのだけど。まだ医務室が開いていなくて……」
「怪我の状況は? レスキューを呼ぶ必要があるかしら?」
「いえ、そこまでは。荷物を運んでいる時に、足をねんざしちゃったみたいで」
彼女は物凄く焦った表情をしている。だが、こういう時こそ、冷静な判断と行動が重要だ。
「なら、湿布と包帯があれば大丈夫ね。本館一階の『防災設備室』に、救急箱が置いてあるわ。とりあえず、応急処置をして、医務室が開いたら、ちゃんと見せに行くように」
「ありがとう。すぐに行ってきます」
彼女もまた、バタバタと駆けだして行く。
まぁ、怪我なら緊急事態だから、しょうがないわね。それにしても、もっと気を付けて慎重に運んでいれば、怪我をしなかったはずだけど。あとで、皆に注意喚起したほうが、いいかもしれないわね――。
私は再び見回りを開始する。今のところ、どこの部屋も、順調に進んでいる様子だ。皆も、無駄なく迅速に動いていた。お祭りとはいえ、学園祭などとは、全く違う緊張感がある。自分への評価にもつながるので、当然と言えば当然だ。
普段から皆、これぐらい真剣に動いてくれれば、いいのだけれど……。
ちゃんとやれば出来るのに、普段は、のうのうとやっている子が、ほとんどだ。勉強も、試験前だけ頑張る子が多い。
中には『一人前になったら頑張る』などと、言っている者すらいた。今の行動が、一人前になったあとに続いていると、理解できないのだろうか?
そんなことを考えながら、私は〈本館〉に向かった。〈本館〉では、何も催し物をやっていない。ここは、社員が使う施設が多く、資材置き場などもあるからだ。
ただ、ここのロビーを通過するのが、北側にある〈エミールノルデ館〉に向かう近道だった。そのため、移動目的で使う人が多い。
〈エミールノルデ館〉は、大きなホールやサロンがある。大きなホールでは、クラシック音楽の、演奏会が行われる予定だ。座席などは、すでに並べてあり、会場内のセッティングは終わっている。
ただ、楽器や照明施設の不備がないか、最終チェックが必要だ。あと、各種展示をしている部屋がある。ここも、全て回って、確認する必要があった。
私はコンソールをタッチし、空中モニターに、まだ回っていない部屋のリストを表示する。一つずつ状況を把握し、回る順番を決めて行った。
特に大きな問題もないし、今のところ、至って順調に進んでいるわ。時間内には、十分に回れそうね。
細かな問題については、報告が上がっていたが、どれも簡単に解決できる内容だった。どこも、スケジュール通りに、問題なく進んでいる。
やはり、予定通りに進むと気分がいい。それに、チェックマークが埋まっていくのを見るのも、実に小気味よかった。
私がデータを見ながら歩いていると、不意に声を掛けられた。
「ナギサさん、おはよう。お仕事、ご苦労様」
私が振り向くと、そこには先輩のシルフィードが笑顔で立っていた。
「おはようございます、お姉様。朝早くから、お疲れ様です」
まだ、出社の時間には早いが、個人的な用事でもあったのだろうか? 一人前以上の人は、もっと遅い時間に来るはずだ。
「準備進行リーダーを、やっているんですって? 流石に優秀ね」
「いえ、別にそういう訳では――」
準備進行の責任者は、ミス・ハーネスだ。先日の一件もあり、面識があるため、私にこの仕事を振って来たのだと思う。
「ところで、明日の後夜祭は、参加するのかしら?」
「一応、その予定ですが」
あまり興味はないが、会社の行事には、全て参加するのが務めだ。
「なら、私と踊っていただけないかしら?」
「えっ……?!」
三日間の『華麗祭』の最終日の夜には、後夜祭が行われる。これは、社員のみが参加する、打ち上げのようなものだ。その際〈エミールノルデ館〉の大ホールでは、舞踏会が行われる。
この際、ペアになって踊るのは、すでにレイアー契約をしている姉妹。もしくは、これから契約を結ぶペアだ。つまり、一緒に踊るというのは、レイアー契約が、成立したことを意味する。
この後夜祭では、多くの姉妹が誕生する。これは、伝統的に行われていることで、この機を狙って、姉妹を作ろうとする人が多いらしい。
「是非、考えておいてね」
彼女は笑顔で『パーティー・カード』を差し出してきた。これは、一緒にパーティーに行く、お誘いの時に渡すものだ。そこには、彼女の名前や、ELのIDが書かれていた。私が唖然としている間に、彼女は立ち去って行った。
私は気を取り直し、再び〈エミールノルデ館〉に歩みを進める。すると、また別の人から声を掛けられた。
「おはよう、ナギサさん。少しだけ、よろしいかしら?」
「はい、何でしょうか?」
私の正面には、先輩のシルフィードが立っていた。
「後夜祭では、是非とも、私と踊っていただけないかしら? ずっと前から、あなたに目を付けていたのですよ」
「はぁ――」
見知らぬ先輩に急に声を掛けられ、何と答えていいのか分からなかった。
「絶対に後悔させないので、よろしくお願いいたしますわ」
彼女は私の右手を握り、その上に『パーティー・カード』をのせてきた。彼女はにっこり微笑むと、静かに立ち去って行った。
何で、こんなに突然? 今まで、全く面識がなかった人なのに……。
しばし、ボーッとしていたが、ふと我に返る。だいぶタイムロスしてしまったので、遅れを取り戻すべく、速足で目的地に向かった。
〈エミールノルデ館〉に着くと、まずは大ホールに移動する。ここでは、演奏会のリハーサルのため、結構な人数が集まっていた。私が中を覗き込むと、声を掛けられる。
「あら、ナギサさん、おはよう。ちょうど良かったわ、探そうと思っていたから」
「何でしょうか、お姉様?」
「あなた、もうレイアー契約の相手は、決まったのかしら?」
「いえ、まだですが」
えっ――また、この話?
「なら、私とレイアー契約しない? 私は、エア・マスターだから、色々と力になってあげられるわよ」
「あの、お気持ちはありがたいのですが、まだ仕事中ですので……」
そんなに急に話を出されても、困ってしまう。そもそも、全く面識のない人なので、判断のしようがなかった。
「ちょっと、あなた、抜け駆けはズルいんじゃないの?」
「そうよ、後夜祭までは勧誘しないのが、暗黙のルールでしょ?」
他のお姉様方も、続々と集まって来た。
「あら、本人が了解してくれるなら、別にいいじゃない。内諾だけとって、契約は後夜祭にすればいいのだから」
彼女がそう答えると、お姉様方に囲まれ、一斉に声を掛けられる。
「なら、私と契約しない、ナギサさん。私の父は、行政府の高官なのよ。色々と人脈が作れるわよ」
「私と契約したほうがいいわ。昇級の推薦も、勉強や仕事の面倒も、全て見てあげるから」
「いいえ、私と契約しましょう。私の母は、この会社でマネージャーをやっているの。色々と便宜を、図ってあげられるわ」
「是非、私と契約してちょうだい。母も祖母も、この会社の社員だったの。真面目で伝統を重んじるあなたには、私がピッタリだわ」
いったい、どうなってるの?! これは何事――?
今まで、先輩方とは、特に交流はなかった。それに、こんなに声を掛けられたことも初めてだ。何で、今になって突然……?
「あの――お姉様方。大変、申し訳ありませんが、準備進行リーダーの仕事が、まだ残っておりますので」
私は頭を下げると、逃げるように、その場を立ち去った。
レイアー契約は、もちろん、考えていなかった訳じゃない。でも、それは、しっかり相手を選んだうえでの話だ。いくらお姉様が欲しいとはいえ、誰でもいいわけではない。これから先の、シルフィード人生に関わる、大きな問題なのだから。
でも、今日、声を掛けてきたのは、皆知らない人ばかりだ。なぜ、向こうのほうは、私のことを知っているのだろうか……?
私は少し先にある『管理室』に向かうと、途中で同期の子に声を掛けられた。
「ナギサさん、管理室の照明や音響のテストは、全て正常だったよ。防犯カメラの機能も、全て問題なし。さっき、操作機器のチェックは、全部やっといたから」
彼女はマギコンを取り出し操作すると、チェックリストを空中に表示した。
「ありがとう、とても助かるわ。なら、管理室は問題なさそうね」
一つずつの機能をチェックするのは、結構、時間が掛かる。なので、手伝ってもらえるのは、非常にありがたかった。
「それにしても、凄いねぇ。あんなに沢山のお姉様から、声を掛けられるだなんて。もう、誰にするか、決めたの?」
「どんな方か知らないから、全く決められないわ。なぜ、皆私のことを、知っているのかしら?」
同期とすら、あまり関わっていないのに、先輩方と交流がある訳がない。同期は、仕事のために、全員の名前と顔は把握している。しかし、先輩に対しては、ほぼノーチェックだ。
「それは、有名人だからでしょ? 本館一階の『成績優秀者一覧』のトップに、毎回、名前が出てるから」
「あぁ、あれね」
そういえば、以前ツバサお姉様に、その話をされたことがあった。自分では、気にしていなかったので、完全に忘れていた。
でも、全く知らない人間を、成績だけで判断していいものだろうか? もちろん、成績はよいに越したことは無いけど。それだけで、決めていいものなのかしら? 成績さえよければ、誰でもいいってこと?
そもそも、姉妹関係とは、もっと時間をかけて、築き上げて行くものだと私は思う。信頼関係はもちろん、相性だって重要なはずだ。
特に、私の場合は、人間関係があまり上手くない。気難しいのも、自覚している。そこを理解していないと、契約しても、すぐに上手く行かなくなると思う。実際に、不仲が原因で、姉妹関係を解消する人たちもいるわけだし――。
しかし、前日でこんな状態なら、明日の後夜祭は、大変なことになりそうだ。以前は、レイアー契約をしたがっていたのに、急に怖くなってきた。
はぁ、本当に人間関係は面倒ね。私はいったい、誰を選べばいいのよ……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『性格が正反対の人間同士が上手くやっていけるのだろうか?』
性格が正反対で惹かれあう。とっても仲良しになれるかも。
重要な仕事や目立つことは、全てお姉様方の仕事で、私たち新人は、完全に裏方に回る。決して満足している訳ではないが、誰もが通る道だ。上位階級のシルフィードたちも、全員、最初は雑用からスタートしている。
ただ、例え雑用と言えども、私は一切、手を抜かない。ここで手を抜いているようでは、一人前になったあとも、まともな仕事はできないからだ。
私の仕事は、朝は『準備進行リーダー』だった。各部屋を回り、汚れや破損、資材不足などがないかを、細かくチェックする。
もし、問題があれば、すぐ担当に連絡して、メンテナンスを行う。また、準備をしている見習いたちの、監視や指示の役目もあった。
基本、適材適所で、仕事を割り振られていた。私はこういう細かい作業は得意なので、何も問題ない。各部屋を回りながら、チェック表の項目に、評価を記入していった。
まだ、勤務時間前なので、動いているのは、全員、見習いたちだけだ。皆、開始時間の九時に間に合わせるため、右へ左へと動き回っていた。
いつも利用してくださっている、常連のお客様はもちろん、各界の著名人たちも訪れる。そのため、ちょっとした不備も許されないからだ。
万一、ここでミスでも起こそうものなら、最悪、クビになりかねない。なので、普段はのんびりしている子たちも、テキパキと準備をしている。途中、何人かに声を掛けられた。
「テーブルクロスに、しみが付いているんだけど。どうすれば、いいかしら?」
「それなら、本館四階の403号室に、替えのテーブルクロスが置いてあるわ」
「ありがとう。すぐ、取って来るわ」
彼女は、勢いよく走り去って行った。
私は『廊下を走るのは禁止よ』と声を掛けようとしたが、一瞬、考えてからやめた。必死に頑張っているようだし、今回だけは、見なかったことにしよう。規則が全てでないことは、先日のエマリエールの件で、身に染みて分かったからだ。
「サロンのコーヒーサーバーの調子が悪くて、動かないんだけど。どうしよう?」
「分かったわ。用務員の人に連絡を入れておくわ」
「うん、よろしくね」
彼女も、急いで走り去っていく。
まったく、皆せわしないわね。まだ、時間は十分あるのに。でも、責任を持ってやろうとしているのは、伝わって来る。
「怪我をした子がいるのだけど。まだ医務室が開いていなくて……」
「怪我の状況は? レスキューを呼ぶ必要があるかしら?」
「いえ、そこまでは。荷物を運んでいる時に、足をねんざしちゃったみたいで」
彼女は物凄く焦った表情をしている。だが、こういう時こそ、冷静な判断と行動が重要だ。
「なら、湿布と包帯があれば大丈夫ね。本館一階の『防災設備室』に、救急箱が置いてあるわ。とりあえず、応急処置をして、医務室が開いたら、ちゃんと見せに行くように」
「ありがとう。すぐに行ってきます」
彼女もまた、バタバタと駆けだして行く。
まぁ、怪我なら緊急事態だから、しょうがないわね。それにしても、もっと気を付けて慎重に運んでいれば、怪我をしなかったはずだけど。あとで、皆に注意喚起したほうが、いいかもしれないわね――。
私は再び見回りを開始する。今のところ、どこの部屋も、順調に進んでいる様子だ。皆も、無駄なく迅速に動いていた。お祭りとはいえ、学園祭などとは、全く違う緊張感がある。自分への評価にもつながるので、当然と言えば当然だ。
普段から皆、これぐらい真剣に動いてくれれば、いいのだけれど……。
ちゃんとやれば出来るのに、普段は、のうのうとやっている子が、ほとんどだ。勉強も、試験前だけ頑張る子が多い。
中には『一人前になったら頑張る』などと、言っている者すらいた。今の行動が、一人前になったあとに続いていると、理解できないのだろうか?
そんなことを考えながら、私は〈本館〉に向かった。〈本館〉では、何も催し物をやっていない。ここは、社員が使う施設が多く、資材置き場などもあるからだ。
ただ、ここのロビーを通過するのが、北側にある〈エミールノルデ館〉に向かう近道だった。そのため、移動目的で使う人が多い。
〈エミールノルデ館〉は、大きなホールやサロンがある。大きなホールでは、クラシック音楽の、演奏会が行われる予定だ。座席などは、すでに並べてあり、会場内のセッティングは終わっている。
ただ、楽器や照明施設の不備がないか、最終チェックが必要だ。あと、各種展示をしている部屋がある。ここも、全て回って、確認する必要があった。
私はコンソールをタッチし、空中モニターに、まだ回っていない部屋のリストを表示する。一つずつ状況を把握し、回る順番を決めて行った。
特に大きな問題もないし、今のところ、至って順調に進んでいるわ。時間内には、十分に回れそうね。
細かな問題については、報告が上がっていたが、どれも簡単に解決できる内容だった。どこも、スケジュール通りに、問題なく進んでいる。
やはり、予定通りに進むと気分がいい。それに、チェックマークが埋まっていくのを見るのも、実に小気味よかった。
私がデータを見ながら歩いていると、不意に声を掛けられた。
「ナギサさん、おはよう。お仕事、ご苦労様」
私が振り向くと、そこには先輩のシルフィードが笑顔で立っていた。
「おはようございます、お姉様。朝早くから、お疲れ様です」
まだ、出社の時間には早いが、個人的な用事でもあったのだろうか? 一人前以上の人は、もっと遅い時間に来るはずだ。
「準備進行リーダーを、やっているんですって? 流石に優秀ね」
「いえ、別にそういう訳では――」
準備進行の責任者は、ミス・ハーネスだ。先日の一件もあり、面識があるため、私にこの仕事を振って来たのだと思う。
「ところで、明日の後夜祭は、参加するのかしら?」
「一応、その予定ですが」
あまり興味はないが、会社の行事には、全て参加するのが務めだ。
「なら、私と踊っていただけないかしら?」
「えっ……?!」
三日間の『華麗祭』の最終日の夜には、後夜祭が行われる。これは、社員のみが参加する、打ち上げのようなものだ。その際〈エミールノルデ館〉の大ホールでは、舞踏会が行われる。
この際、ペアになって踊るのは、すでにレイアー契約をしている姉妹。もしくは、これから契約を結ぶペアだ。つまり、一緒に踊るというのは、レイアー契約が、成立したことを意味する。
この後夜祭では、多くの姉妹が誕生する。これは、伝統的に行われていることで、この機を狙って、姉妹を作ろうとする人が多いらしい。
「是非、考えておいてね」
彼女は笑顔で『パーティー・カード』を差し出してきた。これは、一緒にパーティーに行く、お誘いの時に渡すものだ。そこには、彼女の名前や、ELのIDが書かれていた。私が唖然としている間に、彼女は立ち去って行った。
私は気を取り直し、再び〈エミールノルデ館〉に歩みを進める。すると、また別の人から声を掛けられた。
「おはよう、ナギサさん。少しだけ、よろしいかしら?」
「はい、何でしょうか?」
私の正面には、先輩のシルフィードが立っていた。
「後夜祭では、是非とも、私と踊っていただけないかしら? ずっと前から、あなたに目を付けていたのですよ」
「はぁ――」
見知らぬ先輩に急に声を掛けられ、何と答えていいのか分からなかった。
「絶対に後悔させないので、よろしくお願いいたしますわ」
彼女は私の右手を握り、その上に『パーティー・カード』をのせてきた。彼女はにっこり微笑むと、静かに立ち去って行った。
何で、こんなに突然? 今まで、全く面識がなかった人なのに……。
しばし、ボーッとしていたが、ふと我に返る。だいぶタイムロスしてしまったので、遅れを取り戻すべく、速足で目的地に向かった。
〈エミールノルデ館〉に着くと、まずは大ホールに移動する。ここでは、演奏会のリハーサルのため、結構な人数が集まっていた。私が中を覗き込むと、声を掛けられる。
「あら、ナギサさん、おはよう。ちょうど良かったわ、探そうと思っていたから」
「何でしょうか、お姉様?」
「あなた、もうレイアー契約の相手は、決まったのかしら?」
「いえ、まだですが」
えっ――また、この話?
「なら、私とレイアー契約しない? 私は、エア・マスターだから、色々と力になってあげられるわよ」
「あの、お気持ちはありがたいのですが、まだ仕事中ですので……」
そんなに急に話を出されても、困ってしまう。そもそも、全く面識のない人なので、判断のしようがなかった。
「ちょっと、あなた、抜け駆けはズルいんじゃないの?」
「そうよ、後夜祭までは勧誘しないのが、暗黙のルールでしょ?」
他のお姉様方も、続々と集まって来た。
「あら、本人が了解してくれるなら、別にいいじゃない。内諾だけとって、契約は後夜祭にすればいいのだから」
彼女がそう答えると、お姉様方に囲まれ、一斉に声を掛けられる。
「なら、私と契約しない、ナギサさん。私の父は、行政府の高官なのよ。色々と人脈が作れるわよ」
「私と契約したほうがいいわ。昇級の推薦も、勉強や仕事の面倒も、全て見てあげるから」
「いいえ、私と契約しましょう。私の母は、この会社でマネージャーをやっているの。色々と便宜を、図ってあげられるわ」
「是非、私と契約してちょうだい。母も祖母も、この会社の社員だったの。真面目で伝統を重んじるあなたには、私がピッタリだわ」
いったい、どうなってるの?! これは何事――?
今まで、先輩方とは、特に交流はなかった。それに、こんなに声を掛けられたことも初めてだ。何で、今になって突然……?
「あの――お姉様方。大変、申し訳ありませんが、準備進行リーダーの仕事が、まだ残っておりますので」
私は頭を下げると、逃げるように、その場を立ち去った。
レイアー契約は、もちろん、考えていなかった訳じゃない。でも、それは、しっかり相手を選んだうえでの話だ。いくらお姉様が欲しいとはいえ、誰でもいいわけではない。これから先の、シルフィード人生に関わる、大きな問題なのだから。
でも、今日、声を掛けてきたのは、皆知らない人ばかりだ。なぜ、向こうのほうは、私のことを知っているのだろうか……?
私は少し先にある『管理室』に向かうと、途中で同期の子に声を掛けられた。
「ナギサさん、管理室の照明や音響のテストは、全て正常だったよ。防犯カメラの機能も、全て問題なし。さっき、操作機器のチェックは、全部やっといたから」
彼女はマギコンを取り出し操作すると、チェックリストを空中に表示した。
「ありがとう、とても助かるわ。なら、管理室は問題なさそうね」
一つずつの機能をチェックするのは、結構、時間が掛かる。なので、手伝ってもらえるのは、非常にありがたかった。
「それにしても、凄いねぇ。あんなに沢山のお姉様から、声を掛けられるだなんて。もう、誰にするか、決めたの?」
「どんな方か知らないから、全く決められないわ。なぜ、皆私のことを、知っているのかしら?」
同期とすら、あまり関わっていないのに、先輩方と交流がある訳がない。同期は、仕事のために、全員の名前と顔は把握している。しかし、先輩に対しては、ほぼノーチェックだ。
「それは、有名人だからでしょ? 本館一階の『成績優秀者一覧』のトップに、毎回、名前が出てるから」
「あぁ、あれね」
そういえば、以前ツバサお姉様に、その話をされたことがあった。自分では、気にしていなかったので、完全に忘れていた。
でも、全く知らない人間を、成績だけで判断していいものだろうか? もちろん、成績はよいに越したことは無いけど。それだけで、決めていいものなのかしら? 成績さえよければ、誰でもいいってこと?
そもそも、姉妹関係とは、もっと時間をかけて、築き上げて行くものだと私は思う。信頼関係はもちろん、相性だって重要なはずだ。
特に、私の場合は、人間関係があまり上手くない。気難しいのも、自覚している。そこを理解していないと、契約しても、すぐに上手く行かなくなると思う。実際に、不仲が原因で、姉妹関係を解消する人たちもいるわけだし――。
しかし、前日でこんな状態なら、明日の後夜祭は、大変なことになりそうだ。以前は、レイアー契約をしたがっていたのに、急に怖くなってきた。
はぁ、本当に人間関係は面倒ね。私はいったい、誰を選べばいいのよ……?
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次回――
『性格が正反対の人間同士が上手くやっていけるのだろうか?』
性格が正反対で惹かれあう。とっても仲良しになれるかも。
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尾山塩之進
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鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
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