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第4部 理想と現実
5-1華麗とカレーって似てると思うの私だけ?
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私は〈北地区〉にある〈宿り木〉というお店に来ていた。ここは以前、急な通り雨の時に、偶然、見つけた、喫茶店とパンとケーキのお店だ。
相変わらず、看板も何もないので、普通の民家にしか見えない。テラス席もないから、入ってみないと、お店って気付かないんだよね。
前回は訊きそびれていたので、お店の名前は、今回、初めて知った。でも『宿り木』って、まさに、このお店にピッタリの名前だと思う。前にきた時は、ちょうど『雨宿り』だったし。
店内は、以前と同じく、物凄くアットホームな感じだった。民家と大して変わらないので、肩が凝らず、凄く落ち着く。何か、知り合いの家に、お邪魔してるみたいだ。
あと、久しぶりに会った、女将のアンナさんは、私たちが来たことを、滅茶苦茶、歓迎してくれた。本当に、また来るとは、思ってなかったんだって。地元の主婦たちのたまり場だから、あまり一般の人、特に若い人は来ないみたいなので。
結局、注文したお茶の他にサービスで、手作りのマフィンをどっさり出してくれた。しかも『まだ沢山あるから好きなだけ食べね』と、笑顔で言い残して行った。フィニーちゃんは、その言葉に反応したのか、モリモリと食べまくっている。
プレーン・チョコチップ・ブルーベリー・レーズンなど。色んな種類のマフィンが、大きなお皿を埋め尽くしていた。どれも大きく、手作り感がある。
アンナさんの作るお菓子って、見た目に派手さはない。でも、温かみがあって、ホッとする味がする。『おふくろの味』って感じかな? もちろん、味は物凄くおいしい。
ナギサちゃんは、いつも通り、静かにお茶を飲んでいた。カップを置いて、マフィンに手を伸ばすと、小皿に乗せる。そのあと、テーブル脇に置いてあったバスケットから、ナイフとフォークを取り出した。
手を直接、使わずに、器用に紙のカップをはがしていく。そのあと、一口大に切ると、ゆっくり口に運んだ。
私とフィニーちゃんは、手づかみで、ガブっと行っちゃってるんだけど。ナギサちゃんは、相変わらず上品だ。というか、これが、正式な食べ方だったりするのかな……?
私、ナイフとフォークって、あまり得意じゃないんだよね。何を食べる時も、お箸なんで。実家にいた時は、ポテチとかのスナックを食べる時も、お箸だったし。
「悪くないわね」
辛口のナギサちゃんのこのセリフは、美味しかったという意味だ。表情を見る限り、お茶もお菓子も、気に入ったみたい。
「ここは、お茶もお菓子も美味しいし。何より、凄く落ち着くからいいよねー」
私は基本、賑やかなところが好きだ。けど、たまには、こういう落ちついた時間を過ごすのもいいと思う。それに、友達が一緒なら、静かでも寂しくないからね。
「お菓子おいしい。とても、いい店」
フィニーちゃんは、基本、美味しものが食べられれば、どこでもオッケーだ。雰囲気とか、全く気にしてないし。
「確かに、静かで落ちつくわ。でも、よく見付けたわね。看板すら出ていないから、普通は気付かないでしょ?」
「練習飛行中に、雨がドバーッと降って来ちゃって。偶然、ここの軒下で雨宿りしたんだよね。私も最初は、民家だと思ってたよ。でも、アンナさんに声をかけて貰って、お茶をご馳走になったんだ」
私も、声をかけて貰わなければ、全く気付かなかったと思う。外観は完全に民家だから。
「なるほど、そういうこと。相変わらず風歌は、よく色んなものを、見つけて来るわね」
特に、意識している訳じゃない。けど、色んなお店や場所を見つけたり、たくさんの人との出会いがある。
でも、日々新しいものを見つけるのは、私的には、普通なことだと思う。新しい発見って、ワクワクするし。そのために、毎日、飛び回っているのだから。
「そういえば、もうすぐ『アルティナ祭』だよねー。町中でパンの出店やったり、色んなイベントがあるんでしょ? 私、超楽しみ!」
毎月イベントがあるけど、十一月は『アルティナ祭』という、パンのお祭りが開かれる。これは『水竜の魔女』アルティナ・ミレニウムを称えるお祭りでもあった。この町に麦畑を作ったのも、パンの作り方を広めたのも、彼女だからだ。
元々は、収穫を感謝する、神聖な儀式だったみたいだけど、今は『パンの祭典』になっていた。〈グリュンノア〉は『パンの町』としても有名なので、大陸からもパン好きの人たちが、大勢やって来る。
「私も、超楽しみ。いっぱい、パン食べられる」
フィニーちゃんは、マフィンを両手に持ち、嬉しそうに答えた。
「あなたたちは、普段から、いくらでも食べてるでしょ? 特に、風歌は毎食パンなんだから。特に、珍しくはないじゃない」
「えー、でも、やっぱりお祭りは楽しみだし。限定のパンも、一杯あるみたいだから。それに、この町のパンは美味しいから、いくらでも食べても、飽きないよ」
来る日も来る日もパンなのに、何だかんだで、美味しく食べてるんだよね。確かに、たまーに、ご飯ものとか、別のものが食べたくなるけど。この町のパンは、凄く美味しいから、普通に満足している。
使ってる小麦粉は、ノア産の物だし。昔から、パン作りの技術が、物凄く研究されている。また『パンの聖地』とも言われ、大陸からも、パン職人の卵たちが、多数、修行に訪れていた。
「パン好き。無限にたべれる」
「いや、無限は流石に――」
でも、フィニーちゃんなら、本当にいくらでも食べそうだ。いまだに、彼女の限界を見たことが無いんだよね。いくら食べても、物足りなさそうな感じだし……。
「本当に、あなたたちは、食べることばかりね。もう少し、気品や知性を磨くことを考えたらどうなの?」
いや、それは、ごもっともなんだけど。やっぱり、食べ物のことを、優先的に考えちゃうよね。生活にゆとりができたら、もう少しそういうことも、考えられるようになるんだろうか?
現状では、日々の糧を得るだけで精一杯だから。食べ物のことばかり考えている。それに、私ってば成長期だから、お腹空くし。
「そういえば、ナギサちゃんの会社、何かお祭りやるんでしょ? 確か『カレー祭り』だっけ?」
気品という言葉で、ふと、ナギサちゃんの会社のことを思い出した。
「カレー好き! 食べたい」
フィニーちゃんが、すぐに反応する。
「そうじゃなくて『華麗祭』よ。〈ファースト・クラス〉で、カレーのお祭りなんか、やる訳ないでしょ。毎年、創業記念日に、お客様への感謝の気持ちを込めて、ちょっとしたイベントを開くのよ」
「あー、それそれ。私も行ってみたいなぁ。フィニーちゃんも、一緒にいこうよ」
だが、フィニーちゃんは、黙々とマフィンを食べ続ける。どうやら、カレーが食べられないと知って、急にテンションが下がったようだ。
「何か、社員食堂で、食べ放題もあるらしいよ」
「行くっ!」
予想通り、即行でフィニーちゃんが食い付いた。
でも、実は私も、物凄く興味あるんだよね。お腹いっぱい食べられるのもあるけど。〈ファースト・クラス〉の社員食堂って、滅茶苦茶、豪華らしいから。
何でも、全シルフィード会社の社員食堂の中で、一番、豪華なんだって。以前、雑誌の『社員食堂特集』で見たことがある。
「だから、食べるためのイベントじゃないのよ。常連のお客様に、感謝するためのものであって。それに、誰でも入れる訳じゃないわ。招待状が必要なんだから」
「でも、ナギサちゃんは社員だから、私たちを招待できるんじゃないの?」
「まぁ、できなくはないけど……。別に、来ても面白くはないわよ」
「ナギサ、招待して」
フィニーちゃんは真剣な表情で、ナギサちゃんの制服の袖を、グイグイ引っ張った。食べ物が絡むと、滅茶苦茶、必死になるのは、いつも通りだ。
「あぁ、もう分かったから。引っ張るのは止めなさい。私たち見習いにも、家族を呼ぶため用に、二枚ずつ招待券を渡されてるから」
「えっ、いいの? ナギサちゃんは、家族を呼ばないの?」
どんなイベントなのか、凄く興味はあるけど、さすがに、家族用の招待状を譲ってもらうのは、申しわけない。
「うちは、家族が母しかいないし。それに、母は元社員なうえに、協会の理事だから、直接、招待状が送られて来るのよ」
「そういえば、ナギサちゃんのお母さんも〈ファースト・クラス〉出身だったんだよね。お母さんも、毎年お祭りに参加してるの?」
以前、査問会で出会ったのを、よく覚えている。物凄く気品にあふれ、とても美しい人だった。色んな意味で、ナギサちゃんを、さらにパワーアップさせた感じだ。流石は『白金の薔薇』の二つ名を、持つだけのことはある。
「お祭りじゃなくて『華麗祭』よ。元社員だし、社長とも懇意にしているから、毎年、顔を出しているみたいね。それに、理事になると、関連企業との人付き合いは、疎かにできないのよ」
「へぇー、大変だねぇ」
偉くなると、色々と人付き合いも大変そうだよね。
「つまり、遊びじゃなくて、ちょっとした社交界なのよ。各種企業の重役や、協会の理事たち。いつも利用してくださる、上客の方たち。議員や高官も来るのよ」
「何だか、政治家のパーティーみたいだね――」
何か想像していたイベントとは違う。もっとこう、学園祭みたいな、軽いノリかと思ってた。うーむ、お金持ちや偉い人たちが来るんじゃ、私なんかは場違いじゃないだろうか……?
「フィニーちゃん、やっぱやめとく?」
「行く。食べ放題あるから」
フィニーちゃんは、迷わず答える。相変わらず、ブレないよねぇ。
「だから、そういうんじゃないって、言ってるでしょ。各界の著名人も来るんだから、恥ずかしい真似は、くれぐれもしないでよね」
それぞれに目的が違うし。微妙にかみ合わないのも、いつも通りだ。
私も食べ放題には興味あるけど、どんな会社なのか、じっくり見てみたい。ナギサちゃんみたいな、お嬢様っぽいシルフィードが、沢山いるみたいだし。セレブな会社が、どんな感じなのかは、興味津々だ。
「でも、そんなに本格的だと、ドレスコードとか、あったりするの?」
「特に、規定はないけれど、皆タキシードやドレスなどで来るわよ。一般のお客様も、しっかりお洒落をして来るし。社交界なのだから、それが普通でしょ」
ナギサちゃんは、さも当たり前そうに答える。
「うひゃー、どうしよ? 私Tシャツやジーパンしかないんだけど。そんなラフな格好で行ったら、超浮いちゃうじゃん」
普段着、数着と、トレーニング・ウェアしか持ってない。元々ほとんど着の身着のままで来たし。こっちに来てからも、一着も服を買ってないからね。というか、食費以外に余裕が全然ないんで――。
「制服を着ていれば大丈夫よ。フォーマルな衣装なのだから。実際、私たち新人は、全員、制服でおもてなしをするんだから」
「そっかー、よかったー」
私は安心して、ふぅーっと息を吐き出す。
何だかんだで、制服が一番、着ている時間が長いから、落ち着くんだよね。プライベートで出かける時も、制服を着て行くことが割と多いし。いやー、これで安心して参加できるね。
今は、全く手が届かない。でも、いつかは私も、綺麗なドレスで着飾って、パーティーに行ってみたいかも……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『シルフィードなら立場と誇りをわきまえた行動をするべきだわ』
人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある
相変わらず、看板も何もないので、普通の民家にしか見えない。テラス席もないから、入ってみないと、お店って気付かないんだよね。
前回は訊きそびれていたので、お店の名前は、今回、初めて知った。でも『宿り木』って、まさに、このお店にピッタリの名前だと思う。前にきた時は、ちょうど『雨宿り』だったし。
店内は、以前と同じく、物凄くアットホームな感じだった。民家と大して変わらないので、肩が凝らず、凄く落ち着く。何か、知り合いの家に、お邪魔してるみたいだ。
あと、久しぶりに会った、女将のアンナさんは、私たちが来たことを、滅茶苦茶、歓迎してくれた。本当に、また来るとは、思ってなかったんだって。地元の主婦たちのたまり場だから、あまり一般の人、特に若い人は来ないみたいなので。
結局、注文したお茶の他にサービスで、手作りのマフィンをどっさり出してくれた。しかも『まだ沢山あるから好きなだけ食べね』と、笑顔で言い残して行った。フィニーちゃんは、その言葉に反応したのか、モリモリと食べまくっている。
プレーン・チョコチップ・ブルーベリー・レーズンなど。色んな種類のマフィンが、大きなお皿を埋め尽くしていた。どれも大きく、手作り感がある。
アンナさんの作るお菓子って、見た目に派手さはない。でも、温かみがあって、ホッとする味がする。『おふくろの味』って感じかな? もちろん、味は物凄くおいしい。
ナギサちゃんは、いつも通り、静かにお茶を飲んでいた。カップを置いて、マフィンに手を伸ばすと、小皿に乗せる。そのあと、テーブル脇に置いてあったバスケットから、ナイフとフォークを取り出した。
手を直接、使わずに、器用に紙のカップをはがしていく。そのあと、一口大に切ると、ゆっくり口に運んだ。
私とフィニーちゃんは、手づかみで、ガブっと行っちゃってるんだけど。ナギサちゃんは、相変わらず上品だ。というか、これが、正式な食べ方だったりするのかな……?
私、ナイフとフォークって、あまり得意じゃないんだよね。何を食べる時も、お箸なんで。実家にいた時は、ポテチとかのスナックを食べる時も、お箸だったし。
「悪くないわね」
辛口のナギサちゃんのこのセリフは、美味しかったという意味だ。表情を見る限り、お茶もお菓子も、気に入ったみたい。
「ここは、お茶もお菓子も美味しいし。何より、凄く落ち着くからいいよねー」
私は基本、賑やかなところが好きだ。けど、たまには、こういう落ちついた時間を過ごすのもいいと思う。それに、友達が一緒なら、静かでも寂しくないからね。
「お菓子おいしい。とても、いい店」
フィニーちゃんは、基本、美味しものが食べられれば、どこでもオッケーだ。雰囲気とか、全く気にしてないし。
「確かに、静かで落ちつくわ。でも、よく見付けたわね。看板すら出ていないから、普通は気付かないでしょ?」
「練習飛行中に、雨がドバーッと降って来ちゃって。偶然、ここの軒下で雨宿りしたんだよね。私も最初は、民家だと思ってたよ。でも、アンナさんに声をかけて貰って、お茶をご馳走になったんだ」
私も、声をかけて貰わなければ、全く気付かなかったと思う。外観は完全に民家だから。
「なるほど、そういうこと。相変わらず風歌は、よく色んなものを、見つけて来るわね」
特に、意識している訳じゃない。けど、色んなお店や場所を見つけたり、たくさんの人との出会いがある。
でも、日々新しいものを見つけるのは、私的には、普通なことだと思う。新しい発見って、ワクワクするし。そのために、毎日、飛び回っているのだから。
「そういえば、もうすぐ『アルティナ祭』だよねー。町中でパンの出店やったり、色んなイベントがあるんでしょ? 私、超楽しみ!」
毎月イベントがあるけど、十一月は『アルティナ祭』という、パンのお祭りが開かれる。これは『水竜の魔女』アルティナ・ミレニウムを称えるお祭りでもあった。この町に麦畑を作ったのも、パンの作り方を広めたのも、彼女だからだ。
元々は、収穫を感謝する、神聖な儀式だったみたいだけど、今は『パンの祭典』になっていた。〈グリュンノア〉は『パンの町』としても有名なので、大陸からもパン好きの人たちが、大勢やって来る。
「私も、超楽しみ。いっぱい、パン食べられる」
フィニーちゃんは、マフィンを両手に持ち、嬉しそうに答えた。
「あなたたちは、普段から、いくらでも食べてるでしょ? 特に、風歌は毎食パンなんだから。特に、珍しくはないじゃない」
「えー、でも、やっぱりお祭りは楽しみだし。限定のパンも、一杯あるみたいだから。それに、この町のパンは美味しいから、いくらでも食べても、飽きないよ」
来る日も来る日もパンなのに、何だかんだで、美味しく食べてるんだよね。確かに、たまーに、ご飯ものとか、別のものが食べたくなるけど。この町のパンは、凄く美味しいから、普通に満足している。
使ってる小麦粉は、ノア産の物だし。昔から、パン作りの技術が、物凄く研究されている。また『パンの聖地』とも言われ、大陸からも、パン職人の卵たちが、多数、修行に訪れていた。
「パン好き。無限にたべれる」
「いや、無限は流石に――」
でも、フィニーちゃんなら、本当にいくらでも食べそうだ。いまだに、彼女の限界を見たことが無いんだよね。いくら食べても、物足りなさそうな感じだし……。
「本当に、あなたたちは、食べることばかりね。もう少し、気品や知性を磨くことを考えたらどうなの?」
いや、それは、ごもっともなんだけど。やっぱり、食べ物のことを、優先的に考えちゃうよね。生活にゆとりができたら、もう少しそういうことも、考えられるようになるんだろうか?
現状では、日々の糧を得るだけで精一杯だから。食べ物のことばかり考えている。それに、私ってば成長期だから、お腹空くし。
「そういえば、ナギサちゃんの会社、何かお祭りやるんでしょ? 確か『カレー祭り』だっけ?」
気品という言葉で、ふと、ナギサちゃんの会社のことを思い出した。
「カレー好き! 食べたい」
フィニーちゃんが、すぐに反応する。
「そうじゃなくて『華麗祭』よ。〈ファースト・クラス〉で、カレーのお祭りなんか、やる訳ないでしょ。毎年、創業記念日に、お客様への感謝の気持ちを込めて、ちょっとしたイベントを開くのよ」
「あー、それそれ。私も行ってみたいなぁ。フィニーちゃんも、一緒にいこうよ」
だが、フィニーちゃんは、黙々とマフィンを食べ続ける。どうやら、カレーが食べられないと知って、急にテンションが下がったようだ。
「何か、社員食堂で、食べ放題もあるらしいよ」
「行くっ!」
予想通り、即行でフィニーちゃんが食い付いた。
でも、実は私も、物凄く興味あるんだよね。お腹いっぱい食べられるのもあるけど。〈ファースト・クラス〉の社員食堂って、滅茶苦茶、豪華らしいから。
何でも、全シルフィード会社の社員食堂の中で、一番、豪華なんだって。以前、雑誌の『社員食堂特集』で見たことがある。
「だから、食べるためのイベントじゃないのよ。常連のお客様に、感謝するためのものであって。それに、誰でも入れる訳じゃないわ。招待状が必要なんだから」
「でも、ナギサちゃんは社員だから、私たちを招待できるんじゃないの?」
「まぁ、できなくはないけど……。別に、来ても面白くはないわよ」
「ナギサ、招待して」
フィニーちゃんは真剣な表情で、ナギサちゃんの制服の袖を、グイグイ引っ張った。食べ物が絡むと、滅茶苦茶、必死になるのは、いつも通りだ。
「あぁ、もう分かったから。引っ張るのは止めなさい。私たち見習いにも、家族を呼ぶため用に、二枚ずつ招待券を渡されてるから」
「えっ、いいの? ナギサちゃんは、家族を呼ばないの?」
どんなイベントなのか、凄く興味はあるけど、さすがに、家族用の招待状を譲ってもらうのは、申しわけない。
「うちは、家族が母しかいないし。それに、母は元社員なうえに、協会の理事だから、直接、招待状が送られて来るのよ」
「そういえば、ナギサちゃんのお母さんも〈ファースト・クラス〉出身だったんだよね。お母さんも、毎年お祭りに参加してるの?」
以前、査問会で出会ったのを、よく覚えている。物凄く気品にあふれ、とても美しい人だった。色んな意味で、ナギサちゃんを、さらにパワーアップさせた感じだ。流石は『白金の薔薇』の二つ名を、持つだけのことはある。
「お祭りじゃなくて『華麗祭』よ。元社員だし、社長とも懇意にしているから、毎年、顔を出しているみたいね。それに、理事になると、関連企業との人付き合いは、疎かにできないのよ」
「へぇー、大変だねぇ」
偉くなると、色々と人付き合いも大変そうだよね。
「つまり、遊びじゃなくて、ちょっとした社交界なのよ。各種企業の重役や、協会の理事たち。いつも利用してくださる、上客の方たち。議員や高官も来るのよ」
「何だか、政治家のパーティーみたいだね――」
何か想像していたイベントとは違う。もっとこう、学園祭みたいな、軽いノリかと思ってた。うーむ、お金持ちや偉い人たちが来るんじゃ、私なんかは場違いじゃないだろうか……?
「フィニーちゃん、やっぱやめとく?」
「行く。食べ放題あるから」
フィニーちゃんは、迷わず答える。相変わらず、ブレないよねぇ。
「だから、そういうんじゃないって、言ってるでしょ。各界の著名人も来るんだから、恥ずかしい真似は、くれぐれもしないでよね」
それぞれに目的が違うし。微妙にかみ合わないのも、いつも通りだ。
私も食べ放題には興味あるけど、どんな会社なのか、じっくり見てみたい。ナギサちゃんみたいな、お嬢様っぽいシルフィードが、沢山いるみたいだし。セレブな会社が、どんな感じなのかは、興味津々だ。
「でも、そんなに本格的だと、ドレスコードとか、あったりするの?」
「特に、規定はないけれど、皆タキシードやドレスなどで来るわよ。一般のお客様も、しっかりお洒落をして来るし。社交界なのだから、それが普通でしょ」
ナギサちゃんは、さも当たり前そうに答える。
「うひゃー、どうしよ? 私Tシャツやジーパンしかないんだけど。そんなラフな格好で行ったら、超浮いちゃうじゃん」
普段着、数着と、トレーニング・ウェアしか持ってない。元々ほとんど着の身着のままで来たし。こっちに来てからも、一着も服を買ってないからね。というか、食費以外に余裕が全然ないんで――。
「制服を着ていれば大丈夫よ。フォーマルな衣装なのだから。実際、私たち新人は、全員、制服でおもてなしをするんだから」
「そっかー、よかったー」
私は安心して、ふぅーっと息を吐き出す。
何だかんだで、制服が一番、着ている時間が長いから、落ち着くんだよね。プライベートで出かける時も、制服を着て行くことが割と多いし。いやー、これで安心して参加できるね。
今は、全く手が届かない。でも、いつかは私も、綺麗なドレスで着飾って、パーティーに行ってみたいかも……。
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次回――
『シルフィードなら立場と誇りをわきまえた行動をするべきだわ』
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