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第4部 理想と現実

4-7牧場のソフトクリームなんて美味しいに決まってる

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 軽い昼食を終えた午後。私は〈北地区〉の上空を飛んでいた。〈北地区〉は、あまり練習飛行には来ないけど、今日は大事な目的があった。実は、ソフトクリームを食べに来たんだよね。

 先日、会社の事務所を掃除していたら、お客様の待合スペースで、ある雑誌に目がとまった。そこには、グリュンノアの『ご当地スイーツ特集』が載っていた。甘いもの好きの私が、激しく気になったのは、言うまでもない。

 休憩時間にじっくり読んでみると、とある牧場の『プレミアム濃厚ソフト』が紹介されていた。滅茶苦茶、おいしそうだったので、見た瞬間、心が奪われてしまった。

 しかし、値段を見た瞬間、絶望した。『五百八十ベル』と、プレミアム価格だったのだ。私の食費、二食分もする。ソフトクリーム1個にこれは、流石にぜいたく過ぎて、手が出ない。

 ただ、人気スイーツって『観光客価格』になってる場合が、割と多いんだよね。中には、千ベルを超えるスイーツもあるし……。

 でも、記事をよくよく見ていたら、月に一度『スペシャルデー』があるらしい。この日に限って『百ベル』で食べられるのだ。そんなの、もちろん食べに行くに決まってる! でもって、今日がその『スペシャルデー』だ。

 ソフトクリームを、美味しくいただくために、昼食もパン一個で我慢した。もし、美味しかったら『二つ食べちゃおうかなー』なんて思ってる。甘いものなら、いくらでも食べられるからね。

 もちろん、フィニーちゃんとナギサちゃんにも、声は掛けた。しかし、二人そろって都合が悪く、一緒には来れなかった。

 ナギサちゃんは『また今度』と言ってたけど、フィニーちゃんは『仕事やめたい』とか、心底、残念がっていた。もちろん、辞めちゃ困るから、断固として止めたけどね――。 

 まぁ〈北地区〉だから、いつでも行けるし。『スペシャルデー』は毎月あるから、また今度、三人で来ればいいもんね。そんなわけで、今日は私一人で、下見に来ることにした。

〈北地区〉の住宅街を、真っ直ぐに抜けて行くと、やがて農業エリアが見えて来る。辺り一面、畑だらけだ。その田園風景の中に、牧場も点在している。

 今回行く〈レインボー・ファーム〉は、住宅街から、かなり離れていた。徒歩で行くには遠すぎるし。乗り物に乗っても、かなり時間のかかる距離なので、観光客は来ないと思う。

 そもそも、牧場に観光に行く人は、あまりいない。この町は、他にもたくさんの、観光名所や娯楽施設があるもんね。だから、地元の人向けの、穴場スイーツみたいな感じかな。

 しばらく、真っ直ぐ飛んでいくと、目的の牧場が見えてきた。距離はあるけど、メインストリートに面しているので、分かりやすい。入り口には、七色の虹を描いた、大きな看板が立っていた。

 私は少し高度を落とすと、駐車場に向かった。あまり人がいないかと思いきや、駐車場には、エア・カートやエア・ドルフィンが、かなり沢山とまっていた。空いてるスペースを見つけると、ゆっくり着陸する。

「へぇー、牧場に来る人って、結構いるんだね。しかも、平日なのに」 

 私は、上空から見ることはあっても、実際に農場に来ることはない。以前、道に迷っていた老紳士を、送って行ったことが有るぐらいだ。普段は、特に用がないもんね。

 エア・ドルフィンを降りて、少し歩いて行くと、案内の空中モニターが表示されていた。そこには『プレミアム濃厚ソフト』の情報も書いてある。

「ふむふむ。次の十字路を右折して、五十メートル先の建物ね」

 どうやら、牧場内に『直売所』があるみたい。牧場でとれた物とか、各種お土産を売っている建物だ。

 私は意気揚々と軽い足取りで進み、十字路を右に曲がった。すると、だいぶ先のほうに、建物が見えた。ここから見る限り、かなり大きい。

 道端には『お土産』『採れたてスイーツ』などの旗が立っているので、あそこで間違いなさそうだ。でも、その建物の道の途中で、女性がしゃがみ込んでいるのが目に入った。 
 
 こんな所で、どうしたんだろう? もしかして、具合が悪いとか? 

 万一、体調不良だったら大変ので、私は走って女性の元に向かった。

「どうされましたか?」
 声を掛けると、老婦人は、ゆっくりこちらに向き直る。

「大事なペンダントを、落としてしまったようで……」      
 あぁ、調子が悪かったんじゃないのね。私は、ちょっとホッとした。

「私もお手伝いします。どこら辺で落としたのか、覚えていませんか?」
「それが、よく分からないの。あそこの直売店で買い物をして、その帰り道で、無くしてしまったことに気が付いて――」 

 彼女は、とても不安そうな表情で答える。

 落とし物って、どこで落としたか分からないから、やっかいなんだよね。でも、この敷地内で落とした可能性は、十分にあると思う。

 よし、ここは、全力でお手伝いしよう! 

 困った人を見つけたら、全力で手助けするのが、私のポリシーだ。いつも、助けられてばかりだから、こういう機会に、しっかりお返ししないとね。それに、シルフィードって、昔は人を助けるのが仕事だったみたいだし。

「だとすると、お店の中で、落としたかもしれませんね。私ちょっと見て来ます」
 私は小走りで、直売所に向かった。

 中に入ると、想像以上に大きな建物だった。広々して、色んな商品が置いてある。乳製品・ジャム・お菓子など。あとベーカリーがあって、焼き立てのパンも売っていた。

 入ってすぐ左側には、何やら長蛇の列ができている。その行列の先頭を見ると『プレミアム濃厚ソフト』を販売していた。ざっと、三十人以上は並んでいる。

「うわっ、こんなに人いるの?!」
 あまりの大盛況に、ビックリした。もっと、人少ないと思ってたのに。

 って、違う違う。今は、落とし物を探さないと。床に落ちていたら、万一、踏まれてしまっては大変だ。

 私は商品が並んでいる棚の前を歩きながら、床をくまなくチェックしていく。全ての棚の前を歩き、一通り見える部分は探してみた。でも、それらしきものは見つからない。

 一応、スタッフの人に、落し物がなかった訊いてみる。しかし、ペンダントの落し物は、届いていないらしかった。

 うーむ……店の中にないってことは、やっぱり外なのかな? いったん戻って、合流しよう。

 私は、再び小走りで、老婦人の元に向かった。かがみ込んで探している彼女を見つけると、そっと声を掛けた。

「店内は、一通り探してみたんですけど、見つかりませんでした。店員さんにも訊いてみましたが、落し物は届いていないみたいです」
「そう。じゃあ、ここ以外で落としてしまったのかしら――?」

 彼女は顔を曇らせながら答える。

「駐車場から、ここに来られたんですよね?」
「えぇ、エア・カートを停めてから、直売所に歩いて行ったの」

 なるほど、なら駐車場付近の、可能性もあるかも。駐車場も、割と落とし物しやすい場所なんだよね。乗物から降りた瞬間に、落としちゃうこともあるんで。

「分かりました。じゃあ、駐車場からここまでの道を、見て来ますので。どんなカートか、教えていただけますか?」

 これだけ一生懸命、探しているということは、とても大事なものに違いない。それに、落とし物をした時って、物凄く悲しい気分になるからね。何とかして、見つけてあげないと。

「それは、とても嬉しいのだけど。シルフィードのお仕事は、大丈夫なの? お忙しいのでしょ?」

「いいえ、それは問題ありません。私はまだ見習いなので、練習中ですし。今日は、ソフトクリームを食べに来ただけですので」

 私は彼女を安心させるため、笑顔で元気一杯に答えた。

 とはいえ、遊びに来たわけではないからね。人気のスイーツを食べるのも、ゆくゆくは、お客様を案内する時の勉強だから。ま、本音を言えば、単に食べたかっただけなんだけど……。

「あら、そうだったの。なら、お願いしようかしら」
「はい、お任せください。探し物は得意ですから」

 普段、練習飛行中に、地上を観察する訓練は、探し物にも凄く役立つ。実際、シルフィードの仕事を始めてから、探し物が得意になったからね。 

 私は駐車場に走って向かうと、教えてもらったナンバーから、赤いエア・カートの機体を見つけ出した。まずは、機体の周辺から慎重にチェックしていく。他の機体の間なども、慎重に探していった。 

 駐車場内は、一通り回ってみたが、それらしきものは見つからない。なので、今度は直売所に続く道を探していく。歩いたであろう場所を確認しながら、十字路を右折して、再び先ほどの道に入った。

 うーん、ここまでの間には、どこにもなかったよね。となると、やっぱりこの道のどこかに有るのかな――? 

 両側は畑になっており、柵が立っている。その柵の下には、草が生い茂っていた。もしかしたら、草の中に落ちてるかもしれない。

 だとしたら、一つずつ、手探りで確認して行かないと……。ちょっと大変だけど、ここまで来たら、絶対に見つけないとね。

 私はかがみ込むと、草の中に手を突っ込んで、ペンダントを探し始めた。直売所までの距離が長いので、物凄く根気のいる作業だ。かがみながらなので、膝や腰にも負担が掛かって、かなり大変だ。

 でも、日ごろ、雑用や掃除で鍛えているのは、伊達じゃない。それに、こういう地道に体を動かす作業は、嫌いじゃなかった。

 手探りしながら、ゆっくりと前に進んで行く。普通に歩けば、大した距離じゃない。でも、ちょっとずつしか進めないので、物凄く遠く感じる。黙々と、手を動かしていると、後ろから声を掛けられた。

「シルフィードさん、迷惑をかけて、ごめんなさいね。残念だけど、もう、これぐらいにしましょうか。ここにあるかも、分からないし」
「でも、大事な物なんですよね?」

 大事な物じゃなきゃ、ここまで真剣に探さないはずだ。それに、どこなく悲しそうな表情をしているのが、凄く気になった。

「えぇ、とても大事な、想い出の物なんだけど――」
「なら、何としてでも、見つけないとですね。もう少しだけ探しましょう。私、頑張りますので!」

 私は拳を握りしめると、彼女を励ますように、大きな声で答えた。

 乗り掛かった船だし、このまま終わってしまったら、私自身も、消化不良でスッキリしない。私、中途半端なのって、嫌なんだよね。それに、諦めるのは、超大嫌いなので。

 結局、その後も草の中を、地道に探して行くが、中々見つからなかった。手に取るのは、石ころばかり。それ以外の物は、何も落ちていない。

 もしかしたら、本当にここの敷地内には、無いんじゃないだろうか……? そんなことを考え始めた時、指先にひものようなものが引っ掛かった。

 私はそのひもを掴んで、ゆっくり引っ張ってみる。すると、金色のチェーンの先に、楕円形の石がついている、ペンダントらしきものが出てきた。チェーンが二つに分かれているので、切れてしまったのだと思う。

 持ち上げてじっくり見ると、黒みがかった石の中に、赤・黄・緑・青などの色が、複雑に入り混じっていた。まるで、石の中で、花火でも上がっているような、とても鮮やかな色彩だ。

「うわぁー、すっごく綺麗な石。って、見とれてる場合じゃないや」
 あまりの美しさに、一瞬、見とれてしまった。だが、すぐに老婦人の所に向かう。

「ペンダントって、もしかして、コレのことですか?」  
「まぁ、それで間違いないわ!! 本当に見つけてくれるなんて! 何とお礼を言っていいか――」

 ペンダントを差し出すと、彼女の顔が一気に明るくなった。

「それにしても、凄く綺麗な石ですね。私こんなの初めて見ました」
「これは、ブラックオパールなの。でも、全てがこんなに綺麗な訳じゃなくて。これは特別に、色合いが綺麗な石なのよね」

 へぇー、名前は聞いたこと有るけど、見るのは初めてだ。宝石なんて、私には全く縁がないからね。

「やっぱり、宝石だったんですね。ということは、結構、お高いのでは……?」
「そうね、エア・カート数台分の値段はするわね」

 彼女の言葉を聞いて、一瞬、固まった。せいぜい、数万ベルだと思っていたので、桁が違い過ぎて、すぐに計算できなかったからだ。 
 
「って、えぇぇー?! そんな高価な物だったんですか? なら、見つかって本当によかったです」

 私は胸に手を当てながら、フーッと息を吐きだした。心臓に悪すぎるよ――。

 ちなみに、エア・カートって、一台で『三百万ベル』ぐらいするはずだ。それが数台分って……。もし、見つからなかったらと思うと、冷や汗が出る。

「高価なのもあるけど。でも、これは生前、主人が私にくれた、とても大事なものなの。だから、本当に見つかってよかったわ」
 彼女は、両手でペンダントを大事に握りしめ、頬に寄せた。

 話を詳しく聴いてみると、今日はご主人の、命日だったそうだ。お墓参りに行く前に、ご主人が大好きだった、ここのお菓子を買いに来て、その際に落としちゃったみたい。

 そんな特別な日に、大事な想い出の品をなくしちゃったら、大変なことだよね。しかも、四十年前にもらって、ずっと大事にしてきたんだって。

 本当に、見つかってくれてよかった。私は、まるで自分のことのように、心の底からホッとした。

「シルフィードさん。ちょっと、ここで待っていてね」 
 そういうと、彼女は直売所に向かって行った。

 しばらくすると、両手に紙袋を下げて戻って来る。

「これ、お礼にどうぞ。どれも、主人が大好きだったお菓子なの」 
 彼女は紙袋を、三つも差し出してきた。どの袋にも、お菓子の箱が、いくつも入っている。

「いえ、私そんなつもりで、探した訳ではありませんので」
 人助けは、喜んで貰いたいから、やっているだけだ。無事に解決した時の、素敵な笑顔が見られるだけで、私は幸せだから。

「どうか、受け取ってちょうだい。想い出の地で出会ったこの縁は、偶然じゃないと思うの。もしかしたら、主人が私たちを、出会わせてくれたのかも」

 笑顔で言う彼女に、
「だとしたら、とても素敵な出会いですね」 
 私も微笑みながら答え、そっと袋を受け取った。

 彼女は、何度も何度もお礼を言うと、お墓参りに行くために、静かに立ち去って行った。私は彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けた。

「さて、どうしよう? お菓子、一杯もらっちゃったし。ソフトクリームは、また今度、みんなで一緒に来ればいっか。フィニーちゃんも、超来たそうだったし」 

 私は伸びをして深呼吸したあと、軽やかな足取りで、駐車場に向かった。

 出会いが偶然じゃないとしたら、今まで出会った人たち全てが、運命の出会いだったのだろうか? 

 偶然か必然かは、私にはよく分からない。けど、これからも、人との出会いは、大切にして行こうと思う……。


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次回――
『華麗とカレーって似てると思うの私だけ?』

 やはりここは、華麗に美しく正面突破
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