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第4部 理想と現実

3-4数式を見ると頭が真っ白になるのって私だけ……?

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 夜、静まり返った自室。小さな机の前に座布団を置いて正座し、空中モニターを凝視していた。時折り頭を押えたり、首を傾げたり、唸り声を上げる。

 お約束の『お勉強タイム』だ。最初は嫌々だったが、最近は、自然に勉強するようになっていた。自分のためでもあるし、会社のためでもあるからだ。

 とはいえ、全ての教科が、すんなり学べるわけではない。苦手な歴史以上に、大苦戦しているのが『マナ工学』だった。この教科は、向こうの世界だと、化学や物理にあたる。

 元々、向こうの世界でも、理数系は物凄く苦手だった。計算は苦手だし、数字を見ると頭が痛くなる。普段から、色んな計算は『少ない』『ふつう』『たくさん』とか、かなりアバウト勘定だし……。

『マナ工学』も、色んな計算式や数字が出て来る。しかも、基礎になっているのが、魔法の知識だ。魔力も魔法もなかった世界で育った私にとって、非常に理解しずらい内容だった。まだ、魔法の存在に触れてから、一年もたっていない。 

 魔法が便利なのは、エア・ドルフィンを始め、身の回りにある魔法機械を使って、よく知っている。でも、その原理がどうなってるかは、完全にブラックボックスのままだった。

 そもそも、向こうの世界だって、家電製品の便利さは知っていても、その仕組みまで知ってる人は、まずいないと思う。

 でも、そこら辺まで勉強しないと、昇級試験には受からない。明らかに、シルフィードとは、全く関係なさそうな知識もある。けど、学校の入試と同じで、必要なくても、覚えなきゃいけないことは、一杯あるんだよね。

 まぁ、私の場合は、受験を一度もしたことがないから、これが、生まれて初めての受験勉強のようなものだ。ただ、やる気はあるけど、分からないことだらけで、前途多難だったりする――。

 私が頭を抱えていると、メッセージの着信音が鳴った。メッセージの送り主は、ユメちゃんだ。私は急いでELエルを起動する。

『風ちゃん、こんばんは。起きてる?』
『こんばんは、ユメちゃん。起きてるよー』

 私は先ほどまでとは違う、軽やかな指さばきで、ササッと返信を送った。毎晩、ユメちゃんとのやり取りが、ひそかな楽しみになっているからだ。

『勉強中だった?』
『うん。でも、ちょうど一息、つこうと思ってたところ。というか、訳分からなくて、全然、進んでなくて(涙)』

 マナ工学だけは、毎回、時間をかけている割には、なかなか進まない。こんな状態で試験に受かるのか、かなり不安だった。

『何の勉強?』
『マナ工学やってたんだけど、分からないところだらけで。私のいた世界って、魔法も魔力もなかったから』

 小さいころに見ていた、魔法少女ものみたいに、夢や奇跡の力ではない。魔法には、ちゃんとした、理論や法則が存在するのだ。

『そうだよね。私もマイアの化学を勉強した時、最初は全く分からなかったもん』
『って、向こうの世界の勉強までしてるの?』

 流石はユメちゃん。本好きな上に、勉強も大好きだって言ってたし。どうすれば、勉強なんかを、好きになれるんだろうか……?

『やっぱり、興味あるじゃない。知らない知識って』
『私の場合は、生きるのに最低限、必要な知識があればいいかなぁー、って思っちゃう。だから、勉強が苦手なんだよね』

 難しい専門用語や数式を知らなくたって、普通に生きて行けるもん。

『普通に生活するだけなら、それで十分だよね。でも、知識を得るのは、生活に色どりを出すためだと思うんだ』
『どうゆうこと?』

 ユメちゃんは、たまに難しいことを言う。なんて言うか、表現が、文学的な感じがするんだよね。それとも、私の理解力がなさすぎるのかな?

『知らないものを見ても、何とも思わないけど。知ってるものを見ると、色々なイメージや、うんちくが思い浮かんでくるでしょ?』
『確かに、それはあるかも』

『風ちゃんは、観光名所の勉強とかも、やってるんだよね?』
『うん、観光案内が、シルフィードのメインの仕事だから。こればかりは、しっかり勉強しなきゃなんで』

 ナギサちゃんに、うるさく言われたことも有って、最近は、しっかり勉強するようになった。メジャーな場所は、ちゃんとお客様に、説明できるレベルにはなっている。

『例えば、像を見た時に、知らな人は、タダの像だと思うけど。知ってる人は、誰が作ったとか、いつ作られたとか、色んなことが浮かぶでしょ?』
『うんうん』

『知識は、なくても困らないけど、あると色んな物が輝いて見えるんだ。知っている物は、見るだけで想像が膨らむし。知れば知るほど、世界が広がるから、楽しいんだよね』

 なるほど、何となく分かる。まだ、この世界に来たばかりの時は、不安ばかりだったけど、今は物凄く楽しい。これは、色々な知識がついて、知ってる物が増えたからだと思う。知ってる物は、見てるだけで楽しいからね。

『こっちに来てから、色んなことを知って、色々楽しくなったと思う。でも、理数系は、昔から苦手で。そのせいもあって、マナ工学だけは、どうしてもダメなんだよねぇ――』

『マナ工学は、ハッキリと数字で答が出るから、むしろ分かりやすいんじゃないかな? 魔法と科学は違うけど、どちらの世界も、計算や数字の概念は同じだし』

『うーむ、数字には、どうも苦手意識があってねぇ。ユメちゃんは、理数系が得意なの?』

 私も最初から、数学が苦手だったわけじゃない。小学校のころの算数は、割と普通にできていた。関数とかが出て来てからかなぁ。訳が分からなくなって、苦手になったのって。

『得意と言う訳じゃないけど、好きだよ。体育以外、苦手な教科はないんだよね』
『なっ、ユメちゃんって天才?! 全てが苦手な私にとっては、神過ぎる……』

 体育だけ得意な私とは、完全に真逆だ。でも、体育はできなくても、世の中に出て問題ないから。明らかに、ハイスペックだよね。

『それは、大げさだよ。好きで学んでるだけだから。というか、私は学ぶのって趣味の一環だから、勉強とは思ってないんだ』
『えっ、趣味で勉強するの?! それって、小説を読むみたいな感じ?』

 小説を読むのが大好き、ってのは、いつも言ってるけど。まさか、勉強まで趣味だとは――。

『そうそう、そんな感じ。勉強と思って構えるから、大変なんじゃない? 趣味だったら、楽しく出来るでしょ。風ちゃんは、何か趣味ないの?』

『うーむ……。仕事・掃除・特売品探し――。って、全然、趣味じゃないじゃん!』

 よくよく考えてみたら、私って昔から、何も趣味がないんだった。この歳で、仕事と家事が趣味って、夢がなさ過ぎだよね……。

『あははっ。いいと思うよ、趣味が実用を兼ねてるのは。仕事が楽しいのは、半分趣味だからでしょ?』

『考えたこと無かったけど、そうなのかな? でも、凄く真剣にやってるよ、遊び感覚じゃないし』 

 仕事は好きだけど、いつも全力で真剣にやっている。

『私だって、小説を読む時は、超全力だよ。本当に好きなことは、遊び半分なんかでやらないから。楽しむって、手を抜くこととは違うもん』
『じゃあ、私も仕事が趣味なのかな?』

『そうだと思う。いつも、一生懸命で、凄く楽しそうだし』 
『なるほどねぇー』

 リリーシャさんも、いつも楽しそうだから、やっぱり仕事が趣味なのかな?

『勉強も、特別に構えずに、趣味でやるといいと思うよ。風ちゃんはまず、楽しさを知ることからかな』
『うーん。でも、勉強を楽しむって感覚が、全く分からないんだよね』 

 私にとって、勉強は『人生の試練』でしかない。楽しいどころか、辛さしか感じないから。

『そっかー。席外すから、ちょっと待っててね』
『うん、行ってらー』
 
 私はベッドにゴロンと転がると、色々考えてみる。勉強が楽しいって思ったこと、今までの人生で、一度もないんだよね。唯一、体育の授業だけは、楽しかった。他に得意教科もなかったし、基本、勉強はどれも苦手意識しかない。 

『おまたせー』
 数分後、ユメちゃんが戻って来た。と同時に、メッセージと一緒に、数個のファイルが送られて来る。

『ん、これって?』 
『子供のころの図鑑とか、小学校のころの、学習ファイルだよ。マナ工学を中心に、集めてみました』

 送られて来たのは、子供向けの、イラストがたくさん付いている、とても分かりやすい学習ファイルだった。中には、漫画で説明してるものもある。これなら、私でもバッチリ分かりそうだ。

『わぁー、ありがとう! っていうか、こっちの世界って、学校の教科書もデータファイルなの?』
 中には、小学校の教科書も含まれていた。

『うん、全部ね。風ちゃんの世界は、違うの?』 
『私の世界では、小学校からずっと、紙の教科書だったよ』

 こっちの世界にも、普通の本はあるけど、データファイルを読む人のほうが、圧倒的に多いみたい。かさ張らずに、手軽に持ち歩けるし。空中とか、好きな場所に表示できるし。大きさも自由に変えられるから、物凄く便利だ。

 ちなみに、データファイルの最大の利点は、仰向けに寝っ転がっても、楽に読めること。紙の本だと手が疲れるけど、空中モニターだと、持つ必要がない。

 しかも、コンソールを手元に置いておけば、指先を動かすだけで、簡単にページ切り替えが出来てしまう。ものぐさの人には、最高だよね。

『へぇー、いいなぁ、私紙の本が大好きだから。紙の匂いや感触や、重みとか。一ページずつ、手でめくっていくのが、最高にいいんだよね』

『そうなんだ。持ち歩くの重くて面倒だから、いつも学校に、置きっぱなしだったけど。唯一の楽しみは、落書き出来るぐらいかな』 

 人物写真に手を加えたり、パラパラ漫画を描いたりとか、よくやってた。

『あははっ、楽しそー。紙じゃないと、そういうの出来ないよね』

 ユメちゃんは、家にある本、全部紙なんだって。紙の本のほうが高いし、流通量も少な目。ただ、本当の本好きは、コレクションもかねて、紙の本を買うらしい。

『前から思ってたんだけど、ユメちゃんって、向こうの世界向きかもね。マイアのほうが、色々とアナログだけど、本屋とか古本屋も一杯あるし』 
『えー、そんなにあるの? 超行ってみたい。っていうか、移住したいかも!』

 こちらの世界は、本屋が少ない。なぜなら、スピでデータファイルを購入するのが、一般的だからだ。

『私はむしろ、こっちの世界のほうが、好きだけどね』
 シルフィードもあるし〈グリュンノア〉も大好き。それに、優しい人ばかりで、こちらには、幸せな記憶ばかりだ。

『風ちゃんは、本当にこの世界が好きだよね』
『うん、大好き。でもその内、ユメちゃんを、向こうの世界も案内してあげるよ』
『うわー、超楽しみ!』

 その後も、他愛もない世間話で盛り上がった。

 でも、私、いつになったら、向こうの世界に帰れるんだろう? 上手く行けば、来年には一人前に昇級できる。そしたら私、帰ってもいいんだろうか? 

 ちゃんと、親に認めてもらうためにも、勉強、頑張らないとね……。


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次回――
『やるだけやってみてダメならその時考えるのが夢の実現方法』

 動き出そう 賽は投げられた やるだけだ もう
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