145 / 363
第4部 理想と現実
3-3お嬢様が挑む人生初のタイムセール争奪戦
しおりを挟む
仕事上がりの夕方。私は〈西地区〉の上空を飛んでいた。いつもだと、これからパン屋に夕飯を買いにいくところだ。でも、今日は〈スマイル・マート〉という、スーパーに向かっていた。
スーパーは、閉店間際を狙って、半額のお弁当やお惣菜を買いに行くことが、たまにある。いくら、この町のパンが美味しいと言っても、さすがに毎日三食だと、他の物が食べたくなってくるからね。
夕方なので、まだ時間が早いけど、スピで『ある情報』をゲットした。この〈スマイル・マート〉は、十七時から十九時の間に『飛び込みタイムセール』をやっているらしい。時間が決まっている訳ではなく、突然、始まるタイムセールだ。
しかも、三割から五割引。時には、七割引きになる場合もあるんだって。つまり、閉店間際まで粘らなくても、運がよければ、半額弁当などが買えるのだ。
これは、行くっきゃないよね!! 絶対に美味しいお弁当をゲットするぞー!
てな訳で〈西地区〉まで、やって来た。いつも行く〈ウインド・ストリート〉からは、少し離れた場所にある。スーパーの横にある大きな駐車場は、ほぼ満車状態で、かなりの人が来ているようだ。
私は空きスペースを見つけて、サッと着陸する。小型のエア・ドルフィンなら、小さなスペースでも停められるし、こういう時は便利だよね。
私はエア・ドルフィンから降りると、さっそくスーパーの入口に向かう。しかし、入り口付近で、不審な動きをしている人物を発見した。それに、よく見たら、見覚えのある顔だった。
何やってるんだろ、こんな所で? しかも、物凄く場違いな気が……。
私は一瞬、考えこむ。声を掛けるべきなんだろうけど、何か面倒なことになりそうな気がしたからだ。悪い印象はなくなったけど、特に仲がいいわけでもない。とはいえ、さっきからオロオロしている様子なので、放っておくのも忍びなかった。
私は意を決すると、彼女に近付いて行く。
「こんにちは、アンジェリカちゃん」
「あら、風歌さん、ごきげんよう」
彼女は笑顔で答える。
相変わらず、よく通る声だ。上品だけど力強く、声に自信が満ちあふれている。あと、金髪の縦ロールが、物凄く目立っていた。通り過ぎる人たちが、チラチラと彼女に視線を向けている。
「こんな所で、何をしているの? というか、中に入らないの?」
「よくぞ、聴いてくれましたわ」
彼女は、まるで子犬のように、目をキラキラさせた。
「私、今日は、お弁当を買いに来ましたのよ」
「なら、中に入って、さっさと買えばいいのでは?」
当たり前すぎる答えに、少しがっかりする。何か特別な事情がある訳では、なさそうだ。じゃあ、何で店の前で、ウロウロしてたんだろ――?
「でも私、スーパーの作法を知りませんの……」
「へっ?」
何を言ってるのか分からなくて、私は一瞬、固まった。
「ですから、中の人たちを観察して、どのようにお買い物するのか、研究していましたのよ」
どういうこと? スーパーに作法なんてあったっけ? 私は今まで、一度も気にしたこと無いんだけど。いや、待てよ――。
「もしかして、スーパーに来るのって、初めてとか?」
「はい、今日が生まれて初めてですのよ。お弁当を買うのも、初めてですわ」
彼女は力一杯に答える。いや、そんなこと自信満々に言われても……。
「まさかとは思うけど、お弁当を食べたことが無い、ってのはないよね?」
「いえ、食べたことは有りませんわ。だから、とても興味がありますの」
目を輝かせながら、物凄く嬉しそうに語る。これ、冗談とかじゃなくて、本気で言ってるみたいだ。
「今まで、遠足とかキャンプとか、行ったことないの?」
「もちろん、ありますわよ。でも、いつも専属の料理人が一緒でしたので、その場で作って貰っていましたわ。外で調理したものは、お弁当に含まれるのかしら?」
彼女は真顔で答えた。
「いいえ、断じて含まれません!」
「では、やっぱり初めてですわ」
私は頭が混乱してきて、額に手を当て考えを整理する。
何と言うか、とんでもないカルチャーショックだ。ちょっとどころか、さっぱり訳わかんない。以前、高級ホテルに連れていかれた時、物凄いお嬢様だとは思ってたけど。これ程までとは――。
どれだけ過保護にされたら、こうなるんだろうか? 住んでる世界が、あまりに違いすぎる。
私もよくナギサちゃんに、物を知らなさすぎると言われるけど、これはレベルが違いすぎだ。私でも、一般的な生活知識は持ってるから。
しかし、彼女の場合は、かなり重症だ。何か、放っておくのも危なっかしいし、最低限の常識は教えてあげないと……。
「私、これからタイムセールを狙いに行くけど、よかったら一緒に行く?」
「まぁ、ご一緒してくださるとは、心強いですわ。ところで、タイムセールとは、何のことですの?」
って、そこからっ?! でも、お嬢様が、タイムセールに行くわけないか。お金なら、いくらでも持ってるだろうし。
「つまり、特定の時間になると、商品が割引になるの。だから、その時間を狙うのが基本なんだけど。分かる――?」
「なるほど、スーパーとは、そういうシステムなのですわね。勉強になりますわ」
いや、全てのスーパーで、タイムセールやってる訳じゃないんだけど。説明しても分からなさそうだから、とりあえず、実践したほうがいいかも。
「見たほうが早いから、中に入ろ」
「はいっ、喜んで」
こうして成り行きで、私たち二人は、一緒にスーパーに行くことになった……。
******
私は店内を歩きながら、アンジェリカに、買い物の仕組みを説明した。最初は、欲しいものを見つけたら、店員を呼んで、その場で会計すると、勘違いしていたようだ。
私は彼女にかごを持たせ、どのコーナーに何が置いてあるかなどを、細かく説明していく。ちなみに、買い物かごを持つのも、生まれて初めてらしい。
「風歌さん、これは何ですの?」
「それは、ポテトチップス。食べたことないの?」
「ありませんわ。今日、初めて見ましたもの」
まぁ、お嬢様は、ポテチとか食べないのかもね……。
「どうやって、食べるんですの?」
彼女は袋を回転させながら、不思議そうな顔をしていた。
「袋を両側に引っ張れば開くから。って、お菓子たべたこと無いの?」
「お菓子は、毎日ティータイムに、いただいていますけど。いつもは、お皿の上にのって出てきますもの」
さも、当たり前のように答える。
「じゃあ、これなんかも食べたことないの?」
私はチョコパイの箱を、持ち上げて見せる。
「これは、箱の中にお菓子が入っていますの? お皿やフォークも、一緒に入っているのかしら?」
「いやいや、写真はイメージで、お菓子だけだから――」
私は彼女の反応に、少し目まいを覚えた。
これはマズイ……。私の無知や女子力の低さなんて、比べもにならないぐらいのレベルだよ。よくこんなので、今まで生きて来れたよね?
今までは、誰かが全て、用意してくれていたんだろうけど。今は、寮暮らしなはずだよね? しかし、こんな生粋のお嬢様が、何で激安スーパーなんかに?
「ねぇ、何でスーパーに買い物に来たの? 別に、無理にお弁当を買わなくても、社員食堂とかレストランで済むでしょ?」
「実は、先日、ナギサさんが、スーパーの袋を持っているのを見たんですの。何でも、自炊をするとかで。それで『スーパーに行ったことが無い』と言ったら、信じられない、と言われてしまって――」
あぁー、なるほど。ナギサちゃんなら、言いそうなセリフだ。何でもハッキリ言うからね。でも、ナギサちゃんが買いに行くの、デパ地下や高級スーパーだと思う。
「スーパーなら〈南地区〉にもあるでしょ? 何でわざわざここに?」
「スピで調べて見ましたら、ここが一番上に出てきましたのよ。口コミというのも、いい評価が付いていましたので」
だいたい事情は分かった。全てにおいて、完全な素人だ……。一番上に出てたところを選んだ時点で、素人、丸出しだよ。
「とにかく今日は、お弁当だけ買おう」
「他の物は買いませんの? お菓子も一杯ありますのに」
「いい、スーパーをなめちゃダメ。初心者なんだから欲張らずに、まずは一つから攻略するのよ」
「分かりましたわ」
あまりに無知すぎるので、今日はお弁当だけ買って、帰らせたほうが良さそうだ。一度、お弁当を食べれば、もう二度と来ないと思う。普段、かなり豪華な料理を、食べ慣れてるだろうから、口に合わないだろうし――。
私は彼女に、始まったら、すぐに買いに走るように『飛び込みタイムセール』の説明をした。あとは、開始するまで、ブラブラ店内を歩いて時間を潰す。もちろん、弁当や総菜売り場を、重点的に回って行く。
私は弁当売り場の隣にある、調理場に続く扉が開いたのを見逃さなかった。中から出てきたワゴンには、何段にも積み重なったトレーに、沢山の弁当が置かれていた。おそらく、作り立ての弁当だ。
だが、気付いたのは、私だけではない。売り場の空気が一瞬で変わる。タイムセールを狙っていた人たちが、一斉に臨戦態勢に入ったのだ。
「始まるよ……」
「え、何がですの?」
私は声を掛けた瞬間、素早く身構える。
次の瞬間、ワゴンを押していた人が、カランカランと鐘を鳴らした。
「ただいまより、タイムセールを始めます!! このワゴンの弁当は、全て半額です! 現品限りです」
私は一瞬で、ワゴンに詰め寄り、弁当に手を伸ばす。しかし、ほぼ同時に、周囲から集まって来たご婦人たちも、一斉に弁当に手を伸ばした。続々と人が集まり、すぐにもみ合いが始まる。
だが、私はすぐに弁当を一つ確保した。弁当は、まだホカホカで温かった。日ごろの練習飛行で鍛えた、動体視力のよさは、伊達ではない。
私はほんの一瞬、人の隙間から、アンジェリカちゃんのほうを覗き込んだ。だが、彼女はボーッと突っ立って、驚いた表情で見つめているだけだった。
やっぱり、初心者に、いきなりこれは厳しかったかな? しょうがない、ここは私が頑張って、お手本を見せないと――。
私は、今の弁当を死守しつつ、もう一つの獲物に手を伸ばす。しかし、とろうとする前に、スッと持って行かれた。でも、めげずに、目標を替え何度もトライする。
それは、あっという間の出来事だった。ワゴンに積まれていた、沢山のお弁当が、一瞬にして消え去っていた。
店員さんは『お買い上げ、ありがとうございました』と一礼すると、空のワゴンを引きずりながら、静かに調理室に戻って行く。
いやー、なかなか激しい攻防だった。私は、息を整えながら、アンジェリカちゃんの元に戻る。
「何で参加しなかったの? せっかくのタイムセールなのに?」
「いえ、余りにも突然でしたし。皆さん、凄い勢いでしたので」
初めてあれを目の当りにしたら、驚くよね。まして、お嬢様なら。
「はい、これ。あなたの分も、一応とって来たから」
「まぁ、これがお弁当ですのね。嬉しいですわ、人生初のお弁当」
私はアンジェリカちゃんに、ロースかつ弁当を渡した。
「これに懲りて、もう、スーパーは止めたほうがいいよ。あなたには、向いてないと思う。特にこのお店は……」
完全に、来るお店を間違えてるよ。そもそも、お金持ちなんだから、タイムセールに参加する意味ないし。
「いいえ、次こそは、必ず自力で取って見せますわ! とれるまで、何度だって、挑戦しますわよ」
何か知らないけど、目をキラキラさせて、完全にやる気になっていた。何で、そこまで? やっぱり、お嬢様はよく分からないや。
結局このあと、レジでの清算の仕方とか、袋の詰め方とか、全てレクチャーする。あと、持って帰ってから、あっためて食べることとか。案の定、袋の詰め方も、温め方も知らなかった。
ちょっと、変わったお嬢様だよね。何不自由ないのに、お弁当を食べたいとか、タイムセールに参加したいとか。
本人は凄く満足そうなので、よかったけど。もうちょっと、一般常識を覚えてもらわないと、これから先が心配過ぎる――。
ナギサちゃんも、いつもこんな気持ちで、私に色々教えてくれているのだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『数式を見ると頭が真っ白になるのって私だけ……?』
数字の中には信用できないのがあるのよ
スーパーは、閉店間際を狙って、半額のお弁当やお惣菜を買いに行くことが、たまにある。いくら、この町のパンが美味しいと言っても、さすがに毎日三食だと、他の物が食べたくなってくるからね。
夕方なので、まだ時間が早いけど、スピで『ある情報』をゲットした。この〈スマイル・マート〉は、十七時から十九時の間に『飛び込みタイムセール』をやっているらしい。時間が決まっている訳ではなく、突然、始まるタイムセールだ。
しかも、三割から五割引。時には、七割引きになる場合もあるんだって。つまり、閉店間際まで粘らなくても、運がよければ、半額弁当などが買えるのだ。
これは、行くっきゃないよね!! 絶対に美味しいお弁当をゲットするぞー!
てな訳で〈西地区〉まで、やって来た。いつも行く〈ウインド・ストリート〉からは、少し離れた場所にある。スーパーの横にある大きな駐車場は、ほぼ満車状態で、かなりの人が来ているようだ。
私は空きスペースを見つけて、サッと着陸する。小型のエア・ドルフィンなら、小さなスペースでも停められるし、こういう時は便利だよね。
私はエア・ドルフィンから降りると、さっそくスーパーの入口に向かう。しかし、入り口付近で、不審な動きをしている人物を発見した。それに、よく見たら、見覚えのある顔だった。
何やってるんだろ、こんな所で? しかも、物凄く場違いな気が……。
私は一瞬、考えこむ。声を掛けるべきなんだろうけど、何か面倒なことになりそうな気がしたからだ。悪い印象はなくなったけど、特に仲がいいわけでもない。とはいえ、さっきからオロオロしている様子なので、放っておくのも忍びなかった。
私は意を決すると、彼女に近付いて行く。
「こんにちは、アンジェリカちゃん」
「あら、風歌さん、ごきげんよう」
彼女は笑顔で答える。
相変わらず、よく通る声だ。上品だけど力強く、声に自信が満ちあふれている。あと、金髪の縦ロールが、物凄く目立っていた。通り過ぎる人たちが、チラチラと彼女に視線を向けている。
「こんな所で、何をしているの? というか、中に入らないの?」
「よくぞ、聴いてくれましたわ」
彼女は、まるで子犬のように、目をキラキラさせた。
「私、今日は、お弁当を買いに来ましたのよ」
「なら、中に入って、さっさと買えばいいのでは?」
当たり前すぎる答えに、少しがっかりする。何か特別な事情がある訳では、なさそうだ。じゃあ、何で店の前で、ウロウロしてたんだろ――?
「でも私、スーパーの作法を知りませんの……」
「へっ?」
何を言ってるのか分からなくて、私は一瞬、固まった。
「ですから、中の人たちを観察して、どのようにお買い物するのか、研究していましたのよ」
どういうこと? スーパーに作法なんてあったっけ? 私は今まで、一度も気にしたこと無いんだけど。いや、待てよ――。
「もしかして、スーパーに来るのって、初めてとか?」
「はい、今日が生まれて初めてですのよ。お弁当を買うのも、初めてですわ」
彼女は力一杯に答える。いや、そんなこと自信満々に言われても……。
「まさかとは思うけど、お弁当を食べたことが無い、ってのはないよね?」
「いえ、食べたことは有りませんわ。だから、とても興味がありますの」
目を輝かせながら、物凄く嬉しそうに語る。これ、冗談とかじゃなくて、本気で言ってるみたいだ。
「今まで、遠足とかキャンプとか、行ったことないの?」
「もちろん、ありますわよ。でも、いつも専属の料理人が一緒でしたので、その場で作って貰っていましたわ。外で調理したものは、お弁当に含まれるのかしら?」
彼女は真顔で答えた。
「いいえ、断じて含まれません!」
「では、やっぱり初めてですわ」
私は頭が混乱してきて、額に手を当て考えを整理する。
何と言うか、とんでもないカルチャーショックだ。ちょっとどころか、さっぱり訳わかんない。以前、高級ホテルに連れていかれた時、物凄いお嬢様だとは思ってたけど。これ程までとは――。
どれだけ過保護にされたら、こうなるんだろうか? 住んでる世界が、あまりに違いすぎる。
私もよくナギサちゃんに、物を知らなさすぎると言われるけど、これはレベルが違いすぎだ。私でも、一般的な生活知識は持ってるから。
しかし、彼女の場合は、かなり重症だ。何か、放っておくのも危なっかしいし、最低限の常識は教えてあげないと……。
「私、これからタイムセールを狙いに行くけど、よかったら一緒に行く?」
「まぁ、ご一緒してくださるとは、心強いですわ。ところで、タイムセールとは、何のことですの?」
って、そこからっ?! でも、お嬢様が、タイムセールに行くわけないか。お金なら、いくらでも持ってるだろうし。
「つまり、特定の時間になると、商品が割引になるの。だから、その時間を狙うのが基本なんだけど。分かる――?」
「なるほど、スーパーとは、そういうシステムなのですわね。勉強になりますわ」
いや、全てのスーパーで、タイムセールやってる訳じゃないんだけど。説明しても分からなさそうだから、とりあえず、実践したほうがいいかも。
「見たほうが早いから、中に入ろ」
「はいっ、喜んで」
こうして成り行きで、私たち二人は、一緒にスーパーに行くことになった……。
******
私は店内を歩きながら、アンジェリカに、買い物の仕組みを説明した。最初は、欲しいものを見つけたら、店員を呼んで、その場で会計すると、勘違いしていたようだ。
私は彼女にかごを持たせ、どのコーナーに何が置いてあるかなどを、細かく説明していく。ちなみに、買い物かごを持つのも、生まれて初めてらしい。
「風歌さん、これは何ですの?」
「それは、ポテトチップス。食べたことないの?」
「ありませんわ。今日、初めて見ましたもの」
まぁ、お嬢様は、ポテチとか食べないのかもね……。
「どうやって、食べるんですの?」
彼女は袋を回転させながら、不思議そうな顔をしていた。
「袋を両側に引っ張れば開くから。って、お菓子たべたこと無いの?」
「お菓子は、毎日ティータイムに、いただいていますけど。いつもは、お皿の上にのって出てきますもの」
さも、当たり前のように答える。
「じゃあ、これなんかも食べたことないの?」
私はチョコパイの箱を、持ち上げて見せる。
「これは、箱の中にお菓子が入っていますの? お皿やフォークも、一緒に入っているのかしら?」
「いやいや、写真はイメージで、お菓子だけだから――」
私は彼女の反応に、少し目まいを覚えた。
これはマズイ……。私の無知や女子力の低さなんて、比べもにならないぐらいのレベルだよ。よくこんなので、今まで生きて来れたよね?
今までは、誰かが全て、用意してくれていたんだろうけど。今は、寮暮らしなはずだよね? しかし、こんな生粋のお嬢様が、何で激安スーパーなんかに?
「ねぇ、何でスーパーに買い物に来たの? 別に、無理にお弁当を買わなくても、社員食堂とかレストランで済むでしょ?」
「実は、先日、ナギサさんが、スーパーの袋を持っているのを見たんですの。何でも、自炊をするとかで。それで『スーパーに行ったことが無い』と言ったら、信じられない、と言われてしまって――」
あぁー、なるほど。ナギサちゃんなら、言いそうなセリフだ。何でもハッキリ言うからね。でも、ナギサちゃんが買いに行くの、デパ地下や高級スーパーだと思う。
「スーパーなら〈南地区〉にもあるでしょ? 何でわざわざここに?」
「スピで調べて見ましたら、ここが一番上に出てきましたのよ。口コミというのも、いい評価が付いていましたので」
だいたい事情は分かった。全てにおいて、完全な素人だ……。一番上に出てたところを選んだ時点で、素人、丸出しだよ。
「とにかく今日は、お弁当だけ買おう」
「他の物は買いませんの? お菓子も一杯ありますのに」
「いい、スーパーをなめちゃダメ。初心者なんだから欲張らずに、まずは一つから攻略するのよ」
「分かりましたわ」
あまりに無知すぎるので、今日はお弁当だけ買って、帰らせたほうが良さそうだ。一度、お弁当を食べれば、もう二度と来ないと思う。普段、かなり豪華な料理を、食べ慣れてるだろうから、口に合わないだろうし――。
私は彼女に、始まったら、すぐに買いに走るように『飛び込みタイムセール』の説明をした。あとは、開始するまで、ブラブラ店内を歩いて時間を潰す。もちろん、弁当や総菜売り場を、重点的に回って行く。
私は弁当売り場の隣にある、調理場に続く扉が開いたのを見逃さなかった。中から出てきたワゴンには、何段にも積み重なったトレーに、沢山の弁当が置かれていた。おそらく、作り立ての弁当だ。
だが、気付いたのは、私だけではない。売り場の空気が一瞬で変わる。タイムセールを狙っていた人たちが、一斉に臨戦態勢に入ったのだ。
「始まるよ……」
「え、何がですの?」
私は声を掛けた瞬間、素早く身構える。
次の瞬間、ワゴンを押していた人が、カランカランと鐘を鳴らした。
「ただいまより、タイムセールを始めます!! このワゴンの弁当は、全て半額です! 現品限りです」
私は一瞬で、ワゴンに詰め寄り、弁当に手を伸ばす。しかし、ほぼ同時に、周囲から集まって来たご婦人たちも、一斉に弁当に手を伸ばした。続々と人が集まり、すぐにもみ合いが始まる。
だが、私はすぐに弁当を一つ確保した。弁当は、まだホカホカで温かった。日ごろの練習飛行で鍛えた、動体視力のよさは、伊達ではない。
私はほんの一瞬、人の隙間から、アンジェリカちゃんのほうを覗き込んだ。だが、彼女はボーッと突っ立って、驚いた表情で見つめているだけだった。
やっぱり、初心者に、いきなりこれは厳しかったかな? しょうがない、ここは私が頑張って、お手本を見せないと――。
私は、今の弁当を死守しつつ、もう一つの獲物に手を伸ばす。しかし、とろうとする前に、スッと持って行かれた。でも、めげずに、目標を替え何度もトライする。
それは、あっという間の出来事だった。ワゴンに積まれていた、沢山のお弁当が、一瞬にして消え去っていた。
店員さんは『お買い上げ、ありがとうございました』と一礼すると、空のワゴンを引きずりながら、静かに調理室に戻って行く。
いやー、なかなか激しい攻防だった。私は、息を整えながら、アンジェリカちゃんの元に戻る。
「何で参加しなかったの? せっかくのタイムセールなのに?」
「いえ、余りにも突然でしたし。皆さん、凄い勢いでしたので」
初めてあれを目の当りにしたら、驚くよね。まして、お嬢様なら。
「はい、これ。あなたの分も、一応とって来たから」
「まぁ、これがお弁当ですのね。嬉しいですわ、人生初のお弁当」
私はアンジェリカちゃんに、ロースかつ弁当を渡した。
「これに懲りて、もう、スーパーは止めたほうがいいよ。あなたには、向いてないと思う。特にこのお店は……」
完全に、来るお店を間違えてるよ。そもそも、お金持ちなんだから、タイムセールに参加する意味ないし。
「いいえ、次こそは、必ず自力で取って見せますわ! とれるまで、何度だって、挑戦しますわよ」
何か知らないけど、目をキラキラさせて、完全にやる気になっていた。何で、そこまで? やっぱり、お嬢様はよく分からないや。
結局このあと、レジでの清算の仕方とか、袋の詰め方とか、全てレクチャーする。あと、持って帰ってから、あっためて食べることとか。案の定、袋の詰め方も、温め方も知らなかった。
ちょっと、変わったお嬢様だよね。何不自由ないのに、お弁当を食べたいとか、タイムセールに参加したいとか。
本人は凄く満足そうなので、よかったけど。もうちょっと、一般常識を覚えてもらわないと、これから先が心配過ぎる――。
ナギサちゃんも、いつもこんな気持ちで、私に色々教えてくれているのだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『数式を見ると頭が真っ白になるのって私だけ……?』
数字の中には信用できないのがあるのよ
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
導きの暗黒魔導師
根上真気
ファンタジー
【地道に3サイト計70000PV達成!】ブラック企業勤めに疲れ果て退職し、起業したはいいものの失敗。公園で一人絶望する主人公、須夜埼行路(スヤザキユキミチ)。そんな彼の前に謎の女が現れ「承諾」を求める。うっかりその言葉を口走った須夜崎は、突如謎の光に包まれ異世界に転移されてしまう。そして異世界で暗黒魔導師となった須夜埼行路。一体なぜ異世界に飛ばされたのか?元の世界には戻れるのか?暗黒魔導師とは?勇者とは?魔王とは?さらに世界を取り巻く底知れぬ陰謀......果たして彼を待つ運命や如何に!?壮大な異世界ファンタジーが今ここに幕を開ける!
本作品は、別世界を舞台にした、魔法や勇者や魔物が出てくる、長編異世界ファンタジーです。
是非とも、気長にお付き合いくだされば幸いです。
そして、読んでくださった方が少しでも楽しんでいただけたなら、作者として幸甚の極みです。
エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜
ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」
死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。
「ちゃんとしたあらすじ」
西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。
そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。
本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。
退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。
まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。
しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。
ーーー
評価や感想をもらえると大変嬉しいです!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される
向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。
アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。
普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。
白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。
そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。
剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。
だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。
おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。
俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる