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第4部 理想と現実
3-1足の包帯は別にカッコつけて巻いてるんじゃないんで……
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午前中の仕事を終えたあと、私は〈東地区〉の砂浜に向かっていた。まだ、リリーシャさんから、練習飛行は〈東地区〉限定の指示が出たままだ。
ただ、ホームエリアのため、街中はだいたい覚えてしまっている。だから、普段あまり行かない、海沿いに行ってみることにした。
あと、ついでに、足のリハビリもする予定だ。足は包帯がグルグル巻きで、重症そうに見えるけど、実は大したことは無いんだよね。
さすがに、走ることは出来ないけど、普通に歩く分には、全く問題ない。なので、海でも見ながらゆっくり歩いて、足を鍛えようかなぁーと思って。
しっかり歩いて、体力を付けておかないと、足が治った時、体がなまっちゃってたら困るからね。足をケガしてから、運動量が半分以下になってるし。
私は『ノア・マラソン』の前に、砂浜ダッシュした場所に向かっていた。あそこなら人もいないし、のんびり歩けるはずだ。しかし、目的地に着くと、先客を発見する。しかも、砂浜ダッシュをしている最中だった。
あれって、もしかして……。
私は、砂浜にエア・ドルフィンを着陸させると、
「おーい、キラリンちゃーん!」
元気いっぱいに呼びかけてみる。
すると、彼女はすぐに振り返り、
「キ・ラ・リ・スだっ!」
大きな声で返してきた。
私はゆっくり歩きながら、彼女に近づいて行く。やっぱり、砂浜は足がとられて歩きにくい。そういえば、あの時以来、砂浜には来てなかったもんね。
「勤務時間中なのに、走ってるの?」
「ちょっと、体を動かしたい気分だったんだ。お前だって、勤務時間中に、走りに来たんだろ?」
彼女はタオルで、汗を拭きながら答える。汗の量を見ると、かなり走り込んでいたようだ。ちょっと変なところがあるけど、トレーニングは凄く熱心なんだよね。
「んー、似たようなもんかな。ただ、この足なんで、歩くことしか出来ないけど」
私は、包帯でぐるぐる巻きの、左足を見せた。
「クフフフッ。それが『ノア・マラソン』の時の、名誉の負傷か――。ふむ、足に包帯まくのも、なかなかカッコイイではないか。我も今度やってみるとするか」
彼女は顔に掌をあて、変な笑みを浮かべる。相変わらず、変なリアクションだけど、もう慣れた。
「いやいや、全然、名誉の負傷なんかじゃないから。雨で滑って、うっかり、やっちゃっただけで……。お蔭で、仕事にも色々影響が出ちゃってるし。練習飛行にも制限つけられちゃったりで、大変だよ」
「まぁ、いいじゃないか。戦いで負った傷は、勲章と同じだぞ。それにしてもお前、本当に五十キロ走り切るとは、中々やるではないか。ゴール直前の走りは、なかなか熱い魂を感じたしな」
彼女は、腕を組んで、コクコクと頷きながら語る。
「あれ――もしかして見てたの?」
あの件に関しては、もう掘り返されたくない。私的には、完全に黒歴史だから。
「あの日は、ジムでトレーニングしててさ。休憩中に飲み物買いに行ったら、MVで中継やってたんだよ。そしたら、お前が走ってるのが映ってて、スゲー驚いたぞ。しかも、あんなに目立って」
「私も、あんなにバッチリ映ってるとは、全然、思わなくて。あとで知って、超ビックリしたよ」
おかげで、査問会とか偉い目にあったけどね……。
「くっそー、ずるいぞ、あんなに目立って! しかも、カッコよく映ってたし」
「いや、あのヘロヘロの姿の、どこがカッコイイの? 恥ずかしいだけじゃない」
「何言ってんだ! あの、いかにも燃え尽きた感じが、超いいんじゃないか」
キラリスちゃんは拳を握り締め、力強く語る。彼女の感性は、今一つよく分からない。
その時『グーッ』と、私のお腹が盛大に鳴った。今朝は、パン一個だったから、お昼まで、もたなかったみたい。最近、あまり動いてないから、減らしても大丈夫かと思って。
「何だ、腹減ってるのか?」
「あははっ、ちょっとお腹空いたかも。朝、あまり食べなかったから」
やっぱり、人前でお腹が鳴ると、ちょっと恥ずかしい。でも、彼女は、特に気にした様子もなかった。もし、ナギサちゃんがいたら『はしたない』と、厳しく突っ込まれたに違いない――。
「もう直ぐ昼だし、飯食いに行くか? 美味い店知ってるから」
「でも、金欠で、外食する余裕ないから」
「大丈夫だ、私に任せろ」
彼女はウエストポーチから財布を出すと、中から紙のカードを取り出した。お店の名前や住所が書かれている。
「りゅうてい?」
「そんな、ダサい言い方するな。カイザー・ドラゴンだ! じゃなくて、スタンプ貯まると、一品無料で食べられるんだ。これ、お前にやるよ」
スタンプで埋め尽くされたカードを渡される。
「でも、悪いよそんな。せっかく、スタンプためたのに」
「気にするな、先日の『ノア・マラソン』完走祝だ。よし、行くぞっ!」
そんなこんなで、私はキラリスちゃんについて、昼食に行くことになった。
******
私が連れて行かれたのは〈新南区〉にある〈龍帝〉というラーメン屋だ。通りから外れた、とても細い道を入って行ったところにある。普通の人なら、絶対に気付かなそうな店だった。看板はすっかり薄汚れていて、全く目立たない。
中は狭く、ずいぶんと年季の入ったお店だ。カウンター数席とテーブルが三つだけで、通路も狭い。何ていうか、町の定食屋みたいな感じかな。昔、中学の通学路にも、こんなお店が一軒あった。入ったことは無いんだけどね。
「キラリスちゃん、今日は早いわね」
店の女将さんらしき人が声を掛けて来る。どうやら顔見知りのようだ。
「うん、こいつが腹減らしてるみたいだからさ」
キラリスちゃんは、私を指さしながら答えた。
「あら、お友達? まぁ、良かったわねぇ。私てっきり、キラリスちゃんは、お友達いないのかと思ってたから」
「って、余計なお世話かだからっ!! 別に友達いない訳じゃないし!」
彼女は、顔を紅くして否定する。女将さんは、ゲラゲラと笑っていた。
「取りあえず、座るぞ。好きなもの頼め」
私たちはテーブル席に着くと、キラリスちゃんは、メニューを差し出してきた。メニューを見ると、結構いろんな種類がある。麺類・定食類・単品料理など。
「うわーっ、たくさん種類あるねぇ。うーん、迷うなぁ」
「お勧めはラーメンだ。ここのラーメン、マジで上手いから」
「じゃあ、そうしようかな。って、安っ! 普通のお店なら、倍以上するよね?」
ラーメンのお値段は三百ベル。こっちの世界にも、ラーメン屋はあるけど、私が今まで見たお店は、最低でも六百ベル以上。中には、千ベルを超えるお店もある。観光客向けのお店ばっかりだからね。
「ここは、昔価格なんだよ。大将が頑固な人でさ、絶対に値上げしないんだって」
「そうなのよ。うちの人が、どうしても値上げは嫌だって、言うからさぁ。お蔭で、経営が大変だよ」
女将さんは苦笑いする。
「おばちゃん、これって、大盛りとかも、できるんだっけ?」
キラリスちゃんは、私がさっき受け取った、スタンプカードを指さす。
「あぁ、いいよ。大盛りでも特盛でも、好きなものをお食べよ」
経営が大変なのは、別に大将だけの問題じゃないみたいだ……。
「だってさ。お前、特盛でも何でも、好きなの頼め」
「いや、流石に特盛は無理だから――。じゃあ、ラーメンの大盛りにしようかな」
「よし、おばちゃーん、ラーメンの大盛り二つ!」
「はいよっ、ラーメン大盛り二つねー」
威勢のいい声が、店内に響き渡る。物凄く元気な女将さんだ。奥の調理場にいる大将は、一言も発さず、黙々と鍋を振っていた。何か、職人っぽい感じがする。
「ここよく来るの?」
「週に、二、三回かな。学生時代は、ほぼ毎日、来てた」
「へぇー、ラーメン好きなんだねぇ」
「フッ、ラーメンは世界で一番、うまい料理だからな。一日三食でも、行けるし。もし、明日、死ぬとしたら、絶対にラーメン食うぞ」
その熱い口調からは、ただならぬ、ラーメン愛を感じる。
「ラーメンなんて、何ヶ月ぶりだろ? こっちに来てから、初めてだよ」
向こうにいた時は、実家の並びに、ラーメン屋があったので、週に何回かは食べていた。でも、最後に食べてから、もう半年以上、経ってると思う。
「こっち? 大陸から来たのか?」
「ううん、向こうの世界。今年の三月に、マイアから来たんだー」
「マジかっ?! お前、異世界人だったのか! くそっ、カッコイイじゃないか」
「えっ、そうなの……?」
今一つ、彼女のときめきポイントが分からない。異世界人が、カッコイイなんて言われたのは、初めてだ。
「でも、何でわざわざ、こっち来たんだ? 旅行で来たわけじゃないんだろ?」
「もちろん、遊びに来たんじゃないよ。シルフィードになりに来たんだ。向こうの世界にはないから」
でも、向こうの世界にシルフィードがあったとしても、きっとこっちに来てたと思う。異世界への憧れもあったし。何より〈グリュンノア〉に、どうしても来てみたかったから。
「マジかっ?! お前、相当、変わってんな。そんな事のためだけに来たのか? 暇人なのか?」
「暇人じゃないよ! 真剣に、シルフィードになりたかったの。まぁ、お蔭で、親とけんかして、家を飛び出して、色々大変だったりはするけど……」
『シルフィードになる為にこっちに来た』って言うと、やっぱり、みんな驚くんだよね。大陸からは、来る人いるみたいだけど。わざわざ、異世界から来る人は、誰もいないみたいなので。
「家を飛び出したって、家出したのか――?」
「あははっ、まぁ、勢いで……」
ナギサちゃんに言う時は、物凄く悩んだのに、キラリスちゃんには、サラッと言ってしまった。話しやすいのもあるけど、細かいことは、気にしない性格みたいなので。
「お前、勇者か? くそっ、カッコよすぎるぞ。でも、シルフィードとしては、色々と変なやつだな」
「キラリンちゃんには、言われたくないよっ!」
彼女に変って言われると、割とショックなんだけど。本人は、自分が変わっていることに、全く気付いていないんだろうか?
とか何とか、やっている内に、大盛りのラーメンが運ばれて来た。
「おぉー、凄くおいしそー!」
具も麺もたっぷりの、大きなどんぶりが置かれた瞬間、何とも言えない美味しそうな香が漂って来た。それにしても、どんぶりデカッ! 普通の大盛りより、はるかに多い気がする。
「いただきますっ!」
「暗黒神デスドラグマよ、暗黒のパワーの供与に感謝する」
私の前では、何か奇妙なお祈りを始めるキラリスちゃん。えーと、見なかったことにしよう――。
箸を手に持つと、麺を高く持ち上げる。少しフーフーしたあと、勢いよくすすり始めた。
「んー、超美味しー!! めっちゃ美味しい―!」
「だろ? 体に染み込むよな!」
本当に、体に染み込むような美味しさだった。数ヵ月ぶりのラーメンに、あまりの美味しさと懐かしさで、涙が出そうになる。
まさか、観光客の多い〈新南区〉に、こんな穴場があるとは思わなかった。超美味しいし、安いし、言うことなしだよ。お給料が入ったら、また絶対に来よーっと。
キラリスちゃんって、少し変わってるけど、結構いい子かも。お昼ごちそうしてくれたし、ノア・マラソンのことも褒めてくれたし。体育会系のノリだし。
同じ体育会系どうし、もうちょっと、仲良くしてみようかな……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『昼ごはんに迷ったら量が多いほうを選ぶのが正解』
今の自分の正直な気持ちだけが、正解なのだから
ただ、ホームエリアのため、街中はだいたい覚えてしまっている。だから、普段あまり行かない、海沿いに行ってみることにした。
あと、ついでに、足のリハビリもする予定だ。足は包帯がグルグル巻きで、重症そうに見えるけど、実は大したことは無いんだよね。
さすがに、走ることは出来ないけど、普通に歩く分には、全く問題ない。なので、海でも見ながらゆっくり歩いて、足を鍛えようかなぁーと思って。
しっかり歩いて、体力を付けておかないと、足が治った時、体がなまっちゃってたら困るからね。足をケガしてから、運動量が半分以下になってるし。
私は『ノア・マラソン』の前に、砂浜ダッシュした場所に向かっていた。あそこなら人もいないし、のんびり歩けるはずだ。しかし、目的地に着くと、先客を発見する。しかも、砂浜ダッシュをしている最中だった。
あれって、もしかして……。
私は、砂浜にエア・ドルフィンを着陸させると、
「おーい、キラリンちゃーん!」
元気いっぱいに呼びかけてみる。
すると、彼女はすぐに振り返り、
「キ・ラ・リ・スだっ!」
大きな声で返してきた。
私はゆっくり歩きながら、彼女に近づいて行く。やっぱり、砂浜は足がとられて歩きにくい。そういえば、あの時以来、砂浜には来てなかったもんね。
「勤務時間中なのに、走ってるの?」
「ちょっと、体を動かしたい気分だったんだ。お前だって、勤務時間中に、走りに来たんだろ?」
彼女はタオルで、汗を拭きながら答える。汗の量を見ると、かなり走り込んでいたようだ。ちょっと変なところがあるけど、トレーニングは凄く熱心なんだよね。
「んー、似たようなもんかな。ただ、この足なんで、歩くことしか出来ないけど」
私は、包帯でぐるぐる巻きの、左足を見せた。
「クフフフッ。それが『ノア・マラソン』の時の、名誉の負傷か――。ふむ、足に包帯まくのも、なかなかカッコイイではないか。我も今度やってみるとするか」
彼女は顔に掌をあて、変な笑みを浮かべる。相変わらず、変なリアクションだけど、もう慣れた。
「いやいや、全然、名誉の負傷なんかじゃないから。雨で滑って、うっかり、やっちゃっただけで……。お蔭で、仕事にも色々影響が出ちゃってるし。練習飛行にも制限つけられちゃったりで、大変だよ」
「まぁ、いいじゃないか。戦いで負った傷は、勲章と同じだぞ。それにしてもお前、本当に五十キロ走り切るとは、中々やるではないか。ゴール直前の走りは、なかなか熱い魂を感じたしな」
彼女は、腕を組んで、コクコクと頷きながら語る。
「あれ――もしかして見てたの?」
あの件に関しては、もう掘り返されたくない。私的には、完全に黒歴史だから。
「あの日は、ジムでトレーニングしててさ。休憩中に飲み物買いに行ったら、MVで中継やってたんだよ。そしたら、お前が走ってるのが映ってて、スゲー驚いたぞ。しかも、あんなに目立って」
「私も、あんなにバッチリ映ってるとは、全然、思わなくて。あとで知って、超ビックリしたよ」
おかげで、査問会とか偉い目にあったけどね……。
「くっそー、ずるいぞ、あんなに目立って! しかも、カッコよく映ってたし」
「いや、あのヘロヘロの姿の、どこがカッコイイの? 恥ずかしいだけじゃない」
「何言ってんだ! あの、いかにも燃え尽きた感じが、超いいんじゃないか」
キラリスちゃんは拳を握り締め、力強く語る。彼女の感性は、今一つよく分からない。
その時『グーッ』と、私のお腹が盛大に鳴った。今朝は、パン一個だったから、お昼まで、もたなかったみたい。最近、あまり動いてないから、減らしても大丈夫かと思って。
「何だ、腹減ってるのか?」
「あははっ、ちょっとお腹空いたかも。朝、あまり食べなかったから」
やっぱり、人前でお腹が鳴ると、ちょっと恥ずかしい。でも、彼女は、特に気にした様子もなかった。もし、ナギサちゃんがいたら『はしたない』と、厳しく突っ込まれたに違いない――。
「もう直ぐ昼だし、飯食いに行くか? 美味い店知ってるから」
「でも、金欠で、外食する余裕ないから」
「大丈夫だ、私に任せろ」
彼女はウエストポーチから財布を出すと、中から紙のカードを取り出した。お店の名前や住所が書かれている。
「りゅうてい?」
「そんな、ダサい言い方するな。カイザー・ドラゴンだ! じゃなくて、スタンプ貯まると、一品無料で食べられるんだ。これ、お前にやるよ」
スタンプで埋め尽くされたカードを渡される。
「でも、悪いよそんな。せっかく、スタンプためたのに」
「気にするな、先日の『ノア・マラソン』完走祝だ。よし、行くぞっ!」
そんなこんなで、私はキラリスちゃんについて、昼食に行くことになった。
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私が連れて行かれたのは〈新南区〉にある〈龍帝〉というラーメン屋だ。通りから外れた、とても細い道を入って行ったところにある。普通の人なら、絶対に気付かなそうな店だった。看板はすっかり薄汚れていて、全く目立たない。
中は狭く、ずいぶんと年季の入ったお店だ。カウンター数席とテーブルが三つだけで、通路も狭い。何ていうか、町の定食屋みたいな感じかな。昔、中学の通学路にも、こんなお店が一軒あった。入ったことは無いんだけどね。
「キラリスちゃん、今日は早いわね」
店の女将さんらしき人が声を掛けて来る。どうやら顔見知りのようだ。
「うん、こいつが腹減らしてるみたいだからさ」
キラリスちゃんは、私を指さしながら答えた。
「あら、お友達? まぁ、良かったわねぇ。私てっきり、キラリスちゃんは、お友達いないのかと思ってたから」
「って、余計なお世話かだからっ!! 別に友達いない訳じゃないし!」
彼女は、顔を紅くして否定する。女将さんは、ゲラゲラと笑っていた。
「取りあえず、座るぞ。好きなもの頼め」
私たちはテーブル席に着くと、キラリスちゃんは、メニューを差し出してきた。メニューを見ると、結構いろんな種類がある。麺類・定食類・単品料理など。
「うわーっ、たくさん種類あるねぇ。うーん、迷うなぁ」
「お勧めはラーメンだ。ここのラーメン、マジで上手いから」
「じゃあ、そうしようかな。って、安っ! 普通のお店なら、倍以上するよね?」
ラーメンのお値段は三百ベル。こっちの世界にも、ラーメン屋はあるけど、私が今まで見たお店は、最低でも六百ベル以上。中には、千ベルを超えるお店もある。観光客向けのお店ばっかりだからね。
「ここは、昔価格なんだよ。大将が頑固な人でさ、絶対に値上げしないんだって」
「そうなのよ。うちの人が、どうしても値上げは嫌だって、言うからさぁ。お蔭で、経営が大変だよ」
女将さんは苦笑いする。
「おばちゃん、これって、大盛りとかも、できるんだっけ?」
キラリスちゃんは、私がさっき受け取った、スタンプカードを指さす。
「あぁ、いいよ。大盛りでも特盛でも、好きなものをお食べよ」
経営が大変なのは、別に大将だけの問題じゃないみたいだ……。
「だってさ。お前、特盛でも何でも、好きなの頼め」
「いや、流石に特盛は無理だから――。じゃあ、ラーメンの大盛りにしようかな」
「よし、おばちゃーん、ラーメンの大盛り二つ!」
「はいよっ、ラーメン大盛り二つねー」
威勢のいい声が、店内に響き渡る。物凄く元気な女将さんだ。奥の調理場にいる大将は、一言も発さず、黙々と鍋を振っていた。何か、職人っぽい感じがする。
「ここよく来るの?」
「週に、二、三回かな。学生時代は、ほぼ毎日、来てた」
「へぇー、ラーメン好きなんだねぇ」
「フッ、ラーメンは世界で一番、うまい料理だからな。一日三食でも、行けるし。もし、明日、死ぬとしたら、絶対にラーメン食うぞ」
その熱い口調からは、ただならぬ、ラーメン愛を感じる。
「ラーメンなんて、何ヶ月ぶりだろ? こっちに来てから、初めてだよ」
向こうにいた時は、実家の並びに、ラーメン屋があったので、週に何回かは食べていた。でも、最後に食べてから、もう半年以上、経ってると思う。
「こっち? 大陸から来たのか?」
「ううん、向こうの世界。今年の三月に、マイアから来たんだー」
「マジかっ?! お前、異世界人だったのか! くそっ、カッコイイじゃないか」
「えっ、そうなの……?」
今一つ、彼女のときめきポイントが分からない。異世界人が、カッコイイなんて言われたのは、初めてだ。
「でも、何でわざわざ、こっち来たんだ? 旅行で来たわけじゃないんだろ?」
「もちろん、遊びに来たんじゃないよ。シルフィードになりに来たんだ。向こうの世界にはないから」
でも、向こうの世界にシルフィードがあったとしても、きっとこっちに来てたと思う。異世界への憧れもあったし。何より〈グリュンノア〉に、どうしても来てみたかったから。
「マジかっ?! お前、相当、変わってんな。そんな事のためだけに来たのか? 暇人なのか?」
「暇人じゃないよ! 真剣に、シルフィードになりたかったの。まぁ、お蔭で、親とけんかして、家を飛び出して、色々大変だったりはするけど……」
『シルフィードになる為にこっちに来た』って言うと、やっぱり、みんな驚くんだよね。大陸からは、来る人いるみたいだけど。わざわざ、異世界から来る人は、誰もいないみたいなので。
「家を飛び出したって、家出したのか――?」
「あははっ、まぁ、勢いで……」
ナギサちゃんに言う時は、物凄く悩んだのに、キラリスちゃんには、サラッと言ってしまった。話しやすいのもあるけど、細かいことは、気にしない性格みたいなので。
「お前、勇者か? くそっ、カッコよすぎるぞ。でも、シルフィードとしては、色々と変なやつだな」
「キラリンちゃんには、言われたくないよっ!」
彼女に変って言われると、割とショックなんだけど。本人は、自分が変わっていることに、全く気付いていないんだろうか?
とか何とか、やっている内に、大盛りのラーメンが運ばれて来た。
「おぉー、凄くおいしそー!」
具も麺もたっぷりの、大きなどんぶりが置かれた瞬間、何とも言えない美味しそうな香が漂って来た。それにしても、どんぶりデカッ! 普通の大盛りより、はるかに多い気がする。
「いただきますっ!」
「暗黒神デスドラグマよ、暗黒のパワーの供与に感謝する」
私の前では、何か奇妙なお祈りを始めるキラリスちゃん。えーと、見なかったことにしよう――。
箸を手に持つと、麺を高く持ち上げる。少しフーフーしたあと、勢いよくすすり始めた。
「んー、超美味しー!! めっちゃ美味しい―!」
「だろ? 体に染み込むよな!」
本当に、体に染み込むような美味しさだった。数ヵ月ぶりのラーメンに、あまりの美味しさと懐かしさで、涙が出そうになる。
まさか、観光客の多い〈新南区〉に、こんな穴場があるとは思わなかった。超美味しいし、安いし、言うことなしだよ。お給料が入ったら、また絶対に来よーっと。
キラリスちゃんって、少し変わってるけど、結構いい子かも。お昼ごちそうしてくれたし、ノア・マラソンのことも褒めてくれたし。体育会系のノリだし。
同じ体育会系どうし、もうちょっと、仲良くしてみようかな……。
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次回――
『昼ごはんに迷ったら量が多いほうを選ぶのが正解』
今の自分の正直な気持ちだけが、正解なのだから
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