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第4部 理想と現実

2-5ぶっつけ本番がお祭りの醍醐味だよね

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 仕事が終わった夕方。私は〈東地区〉にある、イタリアンレストラン〈アクアマリン〉に来ていた。今日はナギサちゃんとフィニーちゃんの三人で、恒例の『女子会』だ。何だかんだで、定期的にやっている。

 昼間は、一緒に練習したりで、割とよく会ってるんだけどね。でも、夜、一緒に友達と食事をするのも、違った楽しみがある。やっぱり、食事はみんなで食べたほうが美味しいし。

 それに、昼間、会うのと、仕事が終わったあと集まるのは、また雰囲気が違うんだよね。休憩中でも、勤務時間だと、それなりに気が張っている。でも、仕事が終わったあとは開放感があって、凄くゆったりした気分で、会話も弾む。

 といっても、ナギサちゃんは、プライベートでも真面目だし。フィニーちゃんは、いつも通りマイペースだし。他の二人は、あまり変化を感じない。

 もしかして、浮かれてるのって、私だけ……? いやいや、二人とも我が道を行って、ブレないだけだよね。

「こうやって、のんびり女子会やるのも、久しぶりな気がするねぇー」 

 座っているのは、いつもの定位置のテラス席だ。とても落ちつくので、私はすっかりくつろいでいた。最初のころは、外で食事するのに抵抗があった。でも慣れると、むしろ外のほうが伸び伸びした感じで、居心地がいい。

「別に、久しぶりではないでしょ? つい先日『疾風の剣』ゲイルソードのお招きで、パーティーをしたばかりじゃないの」

「あれは、女子会とは違うよー。まぁ、全員、女性だったけど。ノーラさんや、ナギサちゃんのお母さんみたいな大物がいて、妙な緊張感があったでしょ? 料理は凄く美味しかったけどね」

 ノーラさんと、ナギサちゃんのお母さんの組み合わせの、威圧感の凄いことったら――。部屋の中の空気が、ピリピリしてたもん。

「私は緊張で、味がよく分からなかったわよ。まさか、母まで来るとは……」
 ナギサちゃんも、お母さんが来るのは、知らなかったらしい。ノーラさんが、あんなサプライズを仕掛けて来るとは、思いもよらなかったもんね。

「私は、おいしかった。誰がいても、料理の味はおなじ」
 フィニーちゃんは、表情を変えずに答える。

「そういや、フィニーちゃん。あの状況でも、滅茶苦茶、食べてたよね」
 フィニーちゃんが、テーブルの上の料理を、全部たべちゃって。リリーシャさんが、一生懸命、追加の料理を作っていた。

「まったく、よくあの状況で、あんなに食べられるわね。少しは遠慮しなさいよ」  
「パーティーは、出された料理を、全部たべるのが礼儀」
 フィニーちゃんは真顔で答える。食べ物のことだけは、凄く真剣だ。

「ないわよっ、そんな礼儀なんて! それよりも、目上の人たちがいるんだから、そっちの礼儀に、気を遣いなさいよ」

 あの状況でも、フィニーちゃんは全く気にした様子も、気後れした感じもなかった。普段から、上下関係とか、全く気にしない性格だけど。あのおっかない二人がいて、よくあそこまで、平然としてられるよね。ある意味、とんでもない大物だ。

「最初に、あいさつした。だから大丈夫」
「挨拶するのは、当たり前でしょ。社会人の人間関係って言うのは、そんな簡単なものじゃないのよ」

 例のごとく、二人の意見がすれ違う。

 基本フィニーちゃんは、自分の興味のないことには、全く無関心だし、空気も読まない。対して、ナギサちゃんは、かなり空気を読む性格だ。同期に対しては、厳しい物言いをするけど、目上の人に対しては、恐ろしく礼儀正しい。

 価値観の違いもあるけど、空気を読むか読まないかの差が、大きいよね。だから、この点は、二人とも全くかみ合わない。

「まぁまぁ、せっかくの女子会なんだし、楽しくやろうよ」 
 私は会話に割って入り、サッと話題を変えた。

「そうだ、今度うちの会社と〈東地区商店街〉で、タイアップ企画をやるんだ」
「何よ、それ?」
 ナギサちゃんは、少し不機嫌そうだけど、しっかり話に乗って来る。

「実は最初、ノア・マラソンの完走を記念して『風歌フェアをやろう』って話が出てたんだ。でも、先日の呼び出しがあったばかりで、さすがにマズイからね」 

「当たり前でしょ。これ以上、悪目立ちしたら、営業停止処分どころか、ライセンスをはく奪されるわよ」

 ナギサちゃんは、険しい表情を浮かべた。彼女には、散々心配を掛けたので、無理もない。もちろん、親友だからって、これ以上、迷惑を掛けたり、甘えるつもりはなかった。

「だよねぇー。だから、企画を〈ホワイト・ウイング・フェア〉に変更してもらったんだ。会社とのタイアップなら、大丈夫でしょ?」
 私にしては珍しく、しっかり頭を使ったアイディアだ。

「まぁ、それならば――。で、何をやるのよ?」
「タイアップのオリジナル商品を、色々作るみたい。タイアップ限定の、出店なんかもやったりね」 

 そういえば、肉屋〈ゴールデン〉のハリスさんが、限定のスペシャルな揚げ物を作るって言ってたなぁ。揚げ物は大好きなので、どんなのが出来るのか、凄く楽しみ。

「出店っ?! 食べ物の?」
 それまで、ボーッとしていたフィニーちゃんが、急に反応する。

「え、うん。色んな食べ物の出店があるよ。そもそも、あそこの商店街、食べ物屋さんが多いし」
「いくっ!」

 フィニーちゃんは、即決で答えた。食べ物が絡むと、行動が速い。

「せっかくだから、ナギサちゃんも来てよ」 
「まぁ……後学のために、見学するのも、悪くはないかもしれないわね」
 今一つ乗り気じゃないけど、いつも最初は、こんな感じなので問題ない。

「うん、来て来て。私、精一杯に盛り上げるから」
 二人が見に来てくれることになって、俄然やる気が出てきた。私、人に見られてると、やる気が湧いて来るタイプなんで。

「ところで、そのイベントは、いつ開催する予定なの?」
「明後日だよ」
 私はストローで、アイスコーヒーの氷を、クルクル回しながら答える。

「はぁっ?! まだ、企画を通したばかりなのでしょ? そんな数日で、準備できる訳ないじゃない。どういう計画になってるのよ?」
 ナギサちゃんは、あからさまに驚いた声を上げた。

「でも、善は急げって、みんな張り切っちゃって。ポスターや垂れ幕は、一日で準備できるみたいだから」

 材料とかは、商店街の中のお店で、全部そろうみたい。印刷屋も商店街にあるし。古い商店街だけど、一通りのお店はあるんだよね。

「いや、それだけじゃないでしょ? コラボの商品とか、どうするのよ? 出店の準備だってあるのでしょ?」

「まー、そうなんだけどね。出店は、いつもイベントでやってるから、みんな準備は、すぐ出来るみたいだし。何かあった時のために、新商品とかは、普段から研究してるんだって」

 この町では、毎月、何かしらのイベントがあり、出店をやる機会が多い。そのため、各お店では、ちゃんと出店の資材なども、全て準備してある。

 さらに、町内会のほうでも、イベントで使う機材や道具は、全て倉庫に用意してあるようだ。予備のストックも余裕があるので、急なイベントでも、すぐに対応できるんだって。

 いやー、流石お祭り好きな町だけあって、準備がいいよね。

「でも、細かい計画書が必要でしょ? 費用の計算とかもあるし、宣伝だってちゃんとしなければ、人が集まらないでしょう?」
 いかにも、ナギサちゃんらしい考え方だ。几帳面だし、何より完璧主義なので。

「あー、そこら辺は、臨機応変にやるから、大丈夫みたいよ。あと宣伝は、町内会長のお孫さんが、やってくれるんだって。SNSとか掲示板で、情報を拡散するのが得意らしいよ」

「何ていい加減な――。それじゃ、ほとんど、ぶっつけ本番じゃないのよ?」

 ナギサちゃんは、顔に手を当て、ため息をつく。まじめな彼女には、理解不能かもしれない。いつも、何をやる時でも、鉄壁の計画と準備をするから。

「まー、そんな感じかな。あははっ」

 でも、ぶっつけ本番でやるのは、むしろ、お祭りの醍醐味だと思う。なんか、学生時代の、文化祭を思い出す。割と無計画でやるけど、最終的には、ちゃんと形になるんだよね。

「よく、そんなので、会社のほうから許可が下りたわね。リリーシャさんは、反対しなかったの?」

「企画書みせたら、一発返事でOKしてくれたし。『とても楽しそうね』って、笑顔で言ってた。それに、明後日は会社が休みだから、リリーシャさんも手伝ってくれるって」

「……」
 ナギサちゃんは、唖然として黙り込んだ。

 ちなみに、先日、問題になっていた『ライセンス料』の件だけど。リリーシャさんが『商店街の人たちには、普段お世話になっているから』という理由で、あっさり無料にしてくれた。

 しかも、シルフィード協会のほうには『地域ボランティア活動』の名目で、申請を出してくれたのだ。ライセンスがらみの場合は、ちゃんと申請が必要なんだって。

 それにしても、流石はリリーシャさん。いつだって、天使のように優しい。

 ちなみに、私が出した企画書って、たった1ページの、薄っぺらい内容だったんだけどね。でも、上手く伝わったみたいなので、結果オーライかな。

「そんなわけで、一生懸命、準備するから、二人とも見に来てね」 
「はぁ――物凄く不安だわ。とんでもない事態になりそうだし、見に行くのやめようかしら……」

 ナギサちゃんは、本気で嫌そうな表情をしている。

「そんなこと、言わないでよー。頑張るから、大丈夫だって。リリーシャさんも、いるんだし」
「出店さえあれば、大丈夫」

 対して、フィニーちゃんは、完全に乗り気な様子だ。

「メインは出店なんだから、心配ないって。特に、難しいことはやらないし。そうそう〈ホワイト・ウイング〉タイアップの、スペシャル・ウイング焼きもあるよ」 
「おぉー、スペシャル・ウイング焼き!」

 フィニーちゃんの目が、キラキラと輝く。

「あのねぇ、こういったイベント事は、計画と準備が大事なのよ。全て計画通りに実行して、時間管理や人員管理なども、完璧にするべきでしょ? そうじゃないと、上手く行くわけないわ」

 ナギサちゃんは、物凄く不満そうだ。

 ちょっと遊びに行くだけでも、スケジュール表を作ってくるぐらい、真面目だからね。彼女には『アドリブ』の概念が、全くないみたいだ。でも、アドリブなりの、楽しみや醍醐味があるんだけどなぁ……。

「大丈夫、アドリブなら任せて。今までの人生、ずっと、成り行きだけで生きてきたんだから」
 私はポンッと胸を叩く。年齢イコール、アドリブの人生なので。

 思い返せば、今まで計画的にやったことなんて、何もないよね。試験勉強は一夜漬け。夏休みの宿題も前日に徹夜。まぁ、そもそも、今ここにいること自体が、アドリブだからね。まぁ、なんとかなるでしょ、アハハハッ。

「人生をアドリブとか、死んでもあり得ないわ――」
「スペアリブは、大好き」
 頭を抱えるナギサちゃんの横で、フィニーちゃんがボソッと呟く。すると、

「全然、関係ないでしょっ!! 何であなたたち二人は、こうも無計画なのよ?」
 ナギサちゃんが切れた……。

「まぁまぁ、落ち着いて、ナギサママ」 
「ナギサママ、怒るとしわ増える」
「誰がママよっ!! それに、しわなんて一つもないわよ!」 

 こうして、いつも通りの楽しい女子会が、平和に進行するのだった。

 よーし、商店街を盛り上げるためにも、全力で頑張りまっしょい!


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次回――
『チームワークならどこにも負けない東地区商店街』

 チームワークに欠かせないのは、コミュニケーションというインフラです
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