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第4部 理想と現実

2-4文才はないけど頑張ってお手紙を書いてみよう

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 夜、静まり返った屋根裏部屋で。私は机の前に正座し、空中モニタ―を凝視していた。コンソールを使って、文字を打っては消してを、かれこれ三十分ほど繰り返している。

 普段、文章を書いたりとか全くしないので、なかなか進まない。そもそも、昔から作文とかって、物凄く苦手なんだよね。先ほどから、何をやっているかと言えば、企画書のデータファイルを作っているのだ。

 昼間、町内会の会議のあと、リリーシャさんに『ホワイト・ウイング・フェア』の件を、お願いしようとした。だが、いざ言おうとしたら、なかなか言い出せなかった。

 つい先日、大量に電話が掛かってきたことや、査問会の件で迷惑をかけたばかりで、言い辛かったからだ。頭を下げて、強引にお願いすれば、優しいリリーシャさんのことだから、OKしてくれそうな気がする。

 しかし、毎度毎度、力押しや強引なやり方は、いかがなものかと思ったのだ。『ノア・マラソン』の件で懲りたし、たまには、知的にクールに行かないとね。

 そこで、無い知恵を振りしぼって考え『企画書を書いて提出してみようという』という結論に至った。でも、もちろん、企画書なんて一度も書いたことはない。

 ただ、私は言葉だと、ボキャブラリが少ないので、上手く伝えられる自信がなかった。土下座で頼むのは、あくまで最終手段だから、それに頼っちゃいけないし。

 文章なら、もっとスマートに説明できると思ったんだけど、やってみると、これがなかなか難しい。そもそも私、文才が全然ないし……。

 うんうん唸っていると、メッセージの着信音が鳴り響く。送信者名を確認すると、ユメちゃんからだった。

 実に、ナイスタイミング! いつも、行き詰った時は、ユメちゃんとの会話が、一番の清涼剤だからね。

『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。めっちゃ、目が冴えてるよ!』
 頭を使いすぎて、眠気は吹っ飛んでしまった。
 
『また、勉強してたの?』
『今日は、企画書を書いてたんだけど。さーっぱり、上手く書けなくて』
『珍しいね。何かオリジナルのイベントでもやるの?』

 流石はユメちゃん、いつもながら鋭い。

『実は、東地区商店街の人たちが『風歌フェア』をやろうと言い出してね――』
『凄い! もしかして、こないだのノア・マラソン効果?』

 ノア・マラソン効果なんて言うと、物凄く聞こえがいいけど。いい効果だけじゃないからね。むしろ、悪いことのほうが、多かった気がする……。

『まぁ、そんな感じ。でも、断ったんだよね』
『えぇー、何で?!』
『こないだのノア・マラソンの件で、ちょっと協会から注意されちゃって』

 もちろん、査問会の件は言えるわけがない。

『嘘っ、信じられない!! あんなに頑張ってたのに、協会って最低じゃん!』
『いや、新人はもっと本業を努力すべきって。物凄く、ごもっともな事なんで』
『でも、酷すぎない? 褒めるならまだしも、注意するなんて』

 私も、最初はそう思ってた。けど、段々時間が経ってきて冷静に考えたら、理事の人たちの言い分も、もっともだと分かって来た。特に、ナギサちゃんのお母さんの言葉は、まさに的を得ていたと思う。

『その件は納得してるから、全然、大丈夫。ただ、今はあまり目立つこと、出来ないんだよね』

 この町では、シルフィードというだけで、かなり目立つ。なので、かなり慎重に行動しなければならなかった。

『それで、別の企画を考えてるの?』
『そんな感じ。でも、企画自体はあるんだ。私じゃなくて〈ホワイト・ウイング〉と商店街のタイアップ企画』

 会社の知名度も、それなりにあるし。何より、リリーシャさんがいるから、来てくれる人は多いと思う。

『いいじゃないそれ! 楽しそうだし、きっとたくさん人が集まると思うよ』
『ただ、どうやって、リリーシャさんにお願いしようか、迷ってて……』

 アリーシャさんの一件があって以来、かなり親密になった気がする。物凄く、話しやすくなったし、リリーシャさんの笑顔も自然になった。

 でも、やっぱり私って、まだまだ、リリーシャさんには、遠慮してる部分があるんだよね。尊敬もあるけど『極力、迷惑かけちゃいけないなぁ』って、常に考えてしまう。初めて出会った時から、お世話になりっぱなしなので――。

『普通に話すんじゃ、ダメなの?』
『うん、通常だと、高額の「ライセンス料」が掛かるらしいんだ。だから、ちょっと厳しそうなんだよね』

 百万ベル以上とか、いくら商店会でも、簡単に出せる金額じゃないよね。私なんか、全く想像もつかない、異次元の金額だし。

『つまり、タダでやってもらえるように、お願いするってこと?』
『平たく言うと、その通りなんだよね――』
『あー、なるほど。確かにそれは、企画書やプレゼンが必要だよね』

 ユメちゃんと話すと、いつも思うけど。何で私より年下で、なおかつ学生の子が、ここまで察しがいいうえに、そんな難しい言葉を知っているんだろうか……? ユメちゃん、天才なの?

『何か、上手い企画書の書き方ってないかな? 一度も書いたことないから、よく分からなくて』

 今まで、そんなもの書く機会がなかったし。文章なんて、読書感想文ぐらいしか、書いたことないんだよね。

『私も書いたことないから、詳しくは分からないけど』
『だよねー』

 そりゃ、学生じゃ企画書なんて書かないよね。そもそも、年下の子にする話題じゃないよねコレ。

『でも、上手く書く必要はないと思うよ』
『ん、どういうこと――?』 

『風ちゃんは、何でその企画をやりたいの?』
『それは、商店街の人たちには、いつもお世話になっているから。どうしても、力になりたくて』

 今までの、恩返しみたいな感じかな。あと、みんなには、いつも笑顔でいて欲しいと思う。とっても明るい人たちだから。

『なら、それでいいんじゃない?』
『えっ、それだけ? 企画書の書き方を調べたら、費用対効果とか、イベント実行のメリットとか書かないと、いけないみたいだけど』

 実は、その部分で、ずっと頭を抱えていたのだ。グラフや図表も、あったほうがいいようなことが書いてあるけど。作ったこと無いから、さっぱり訳わかんない。そもそも、数字は超苦手なんだけど……。

『でも、風ちゃんは、利益のために、やりたいんじゃないんでしょ?』
『うん、みんなに喜んでもらいたいだけ』

 イベントに、どれぐらいの効果があるかとか。数字的なことは、私には全く分からなかった。ただ、商店街の人たちに、喜んで欲しいだけだ。

『それで、いいんじゃない? 想いを伝えるのに、上手さや数字は必要ないよ』
『うーむ。とは言っても、どうやって書けばいいのかなぁ?』

『ならば、手紙を書くつもりで書いてみたら?』
『あぁ、なるほど。それいいね!』

 リリーシャさんに、お手紙かぁ。いつも傍にいるから、そういうのやったこと無いよね。でも、手紙なら、上手く気持ちを伝えられるかも。

『手紙なら、一杯書かなくてもいいし、上手い必要もないと思うよ』
『確かにそうだね。ありがとう、やってみるよ』
『うん、頑張って!』

 いつもながら、ユメちゃんのアドバイスは的確だ。というか、これじゃ、どっちが年上だか分かんないよね――。

『でも「風歌フェア」も、見てみたかったなぁー』
『いやいや、私なんて、ただの見習いシルフィードだし。そんなのやっても、誰も人来ないよ』

 普通、新人シルフィードが、イベント・タイアップなんて、しないからね。

『そんなことないよ。超がんばってる姿見て、ファンになった人、きっと一杯いると思うよ』
『いやー、どうだろ? って、もしかしてMV見てた……?』

『うん、超見てた。〈ホワイト・ウイング〉所属って出てたから、風ちゃんだって、すぐに分かったよ』
『そういえば、本名も社名も、思い切り出ちゃったんだよね。ハズカシー』

 二人しかいない会社だから、見る人が見れば、すぐに分かってしまう。しかも、うちの会社、思った以上に、知名度あるみたいだし。

『恥ずかしくなんかないよ!! 超かっこよかった! 惚れ直したもん』
 いや、惚れ直すって――。ちょっと照れちゃうじゃん。

『最後なんか、もうボロボロで、歩くのもやっとだったし』
 おそらく、私の人生の中で、一番ボロボロだったと思う。陸上部の合宿で、丸一日、思いっ切りトレーニングしたあとだって、あそこまで疲れたこと無いもん。

『でも、最後まで諦めずに進み続けた。そうでしょ?』
『まぁ、結果的にはね。でも、全然、納得してないんだ。次に出る時は、絶対に、時間内に完走するつもりだから』

 自重しつつも、すでに、次回の出場も視野に入れていた。ほとぼりが冷めたら『地道にトレーニング始めようかなぁ』って、密かに考えている。

『風ちゃんらしいね、そのチャンジ精神。普通、あんな状況になったら、もう二度と走らないと思うけど』

 まぁ、そうかもしれない。でも、私はダメなんだよねぇ。あぁいう中途半端なの、物凄く納得いかなくて。普段は、色んなことに大雑把だけど、一度決めたことは、絶対にやり通さないと、気が済まないから。

『一度、決めたら、何があっても、絶対にやり通すよ。ノア・マラソンの完走も、今回のイベントも』 
『うん、それでこそ、風ちゃんだね』

 その後も、色んな世間話で盛り上がった。いやー、お蔭で企画書も上手く書けそうだし、すっごく元気出てきた。いつもありがとね、ユメちゃん。

 私の素直な気持ちを、そのままリリーシャさんに伝えてみようと思う。背伸びして、上手くやる必要はないよね。不器用なりに、精一杯、頑張るのが、私のやり方なんだから……。


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次回――
『ぶっつけ本番がお祭りの醍醐味だよね』

 まかせてください、こう見えて本番には強いですから
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