上 下
139 / 363
第4部 理想と現実

2-4文才はないけど頑張ってお手紙を書いてみよう

しおりを挟む
 夜、静まり返った屋根裏部屋で。私は机の前に正座し、空中モニタ―を凝視していた。コンソールを使って、文字を打っては消してを、かれこれ三十分ほど繰り返している。

 普段、文章を書いたりとか全くしないので、なかなか進まない。そもそも、昔から作文とかって、物凄く苦手なんだよね。先ほどから、何をやっているかと言えば、企画書のデータファイルを作っているのだ。

 昼間、町内会の会議のあと、リリーシャさんに『ホワイト・ウイング・フェア』の件を、お願いしようとした。だが、いざ言おうとしたら、なかなか言い出せなかった。

 つい先日、大量に電話が掛かってきたことや、査問会の件で迷惑をかけたばかりで、言い辛かったからだ。頭を下げて、強引にお願いすれば、優しいリリーシャさんのことだから、OKしてくれそうな気がする。

 しかし、毎度毎度、力押しや強引なやり方は、いかがなものかと思ったのだ。『ノア・マラソン』の件で懲りたし、たまには、知的にクールに行かないとね。

 そこで、無い知恵を振りしぼって考え『企画書を書いて提出してみようという』という結論に至った。でも、もちろん、企画書なんて一度も書いたことはない。

 ただ、私は言葉だと、ボキャブラリが少ないので、上手く伝えられる自信がなかった。土下座で頼むのは、あくまで最終手段だから、それに頼っちゃいけないし。

 文章なら、もっとスマートに説明できると思ったんだけど、やってみると、これがなかなか難しい。そもそも私、文才が全然ないし……。

 うんうん唸っていると、メッセージの着信音が鳴り響く。送信者名を確認すると、ユメちゃんからだった。

 実に、ナイスタイミング! いつも、行き詰った時は、ユメちゃんとの会話が、一番の清涼剤だからね。

『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。めっちゃ、目が冴えてるよ!』
 頭を使いすぎて、眠気は吹っ飛んでしまった。
 
『また、勉強してたの?』
『今日は、企画書を書いてたんだけど。さーっぱり、上手く書けなくて』
『珍しいね。何かオリジナルのイベントでもやるの?』

 流石はユメちゃん、いつもながら鋭い。

『実は、東地区商店街の人たちが『風歌フェア』をやろうと言い出してね――』
『凄い! もしかして、こないだのノア・マラソン効果?』

 ノア・マラソン効果なんて言うと、物凄く聞こえがいいけど。いい効果だけじゃないからね。むしろ、悪いことのほうが、多かった気がする……。

『まぁ、そんな感じ。でも、断ったんだよね』
『えぇー、何で?!』
『こないだのノア・マラソンの件で、ちょっと協会から注意されちゃって』

 もちろん、査問会の件は言えるわけがない。

『嘘っ、信じられない!! あんなに頑張ってたのに、協会って最低じゃん!』
『いや、新人はもっと本業を努力すべきって。物凄く、ごもっともな事なんで』
『でも、酷すぎない? 褒めるならまだしも、注意するなんて』

 私も、最初はそう思ってた。けど、段々時間が経ってきて冷静に考えたら、理事の人たちの言い分も、もっともだと分かって来た。特に、ナギサちゃんのお母さんの言葉は、まさに的を得ていたと思う。

『その件は納得してるから、全然、大丈夫。ただ、今はあまり目立つこと、出来ないんだよね』

 この町では、シルフィードというだけで、かなり目立つ。なので、かなり慎重に行動しなければならなかった。

『それで、別の企画を考えてるの?』
『そんな感じ。でも、企画自体はあるんだ。私じゃなくて〈ホワイト・ウイング〉と商店街のタイアップ企画』

 会社の知名度も、それなりにあるし。何より、リリーシャさんがいるから、来てくれる人は多いと思う。

『いいじゃないそれ! 楽しそうだし、きっとたくさん人が集まると思うよ』
『ただ、どうやって、リリーシャさんにお願いしようか、迷ってて……』

 アリーシャさんの一件があって以来、かなり親密になった気がする。物凄く、話しやすくなったし、リリーシャさんの笑顔も自然になった。

 でも、やっぱり私って、まだまだ、リリーシャさんには、遠慮してる部分があるんだよね。尊敬もあるけど『極力、迷惑かけちゃいけないなぁ』って、常に考えてしまう。初めて出会った時から、お世話になりっぱなしなので――。

『普通に話すんじゃ、ダメなの?』
『うん、通常だと、高額の「ライセンス料」が掛かるらしいんだ。だから、ちょっと厳しそうなんだよね』

 百万ベル以上とか、いくら商店会でも、簡単に出せる金額じゃないよね。私なんか、全く想像もつかない、異次元の金額だし。

『つまり、タダでやってもらえるように、お願いするってこと?』
『平たく言うと、その通りなんだよね――』
『あー、なるほど。確かにそれは、企画書やプレゼンが必要だよね』

 ユメちゃんと話すと、いつも思うけど。何で私より年下で、なおかつ学生の子が、ここまで察しがいいうえに、そんな難しい言葉を知っているんだろうか……? ユメちゃん、天才なの?

『何か、上手い企画書の書き方ってないかな? 一度も書いたことないから、よく分からなくて』

 今まで、そんなもの書く機会がなかったし。文章なんて、読書感想文ぐらいしか、書いたことないんだよね。

『私も書いたことないから、詳しくは分からないけど』
『だよねー』

 そりゃ、学生じゃ企画書なんて書かないよね。そもそも、年下の子にする話題じゃないよねコレ。

『でも、上手く書く必要はないと思うよ』
『ん、どういうこと――?』 

『風ちゃんは、何でその企画をやりたいの?』
『それは、商店街の人たちには、いつもお世話になっているから。どうしても、力になりたくて』

 今までの、恩返しみたいな感じかな。あと、みんなには、いつも笑顔でいて欲しいと思う。とっても明るい人たちだから。

『なら、それでいいんじゃない?』
『えっ、それだけ? 企画書の書き方を調べたら、費用対効果とか、イベント実行のメリットとか書かないと、いけないみたいだけど』

 実は、その部分で、ずっと頭を抱えていたのだ。グラフや図表も、あったほうがいいようなことが書いてあるけど。作ったこと無いから、さっぱり訳わかんない。そもそも、数字は超苦手なんだけど……。

『でも、風ちゃんは、利益のために、やりたいんじゃないんでしょ?』
『うん、みんなに喜んでもらいたいだけ』

 イベントに、どれぐらいの効果があるかとか。数字的なことは、私には全く分からなかった。ただ、商店街の人たちに、喜んで欲しいだけだ。

『それで、いいんじゃない? 想いを伝えるのに、上手さや数字は必要ないよ』
『うーむ。とは言っても、どうやって書けばいいのかなぁ?』

『ならば、手紙を書くつもりで書いてみたら?』
『あぁ、なるほど。それいいね!』

 リリーシャさんに、お手紙かぁ。いつも傍にいるから、そういうのやったこと無いよね。でも、手紙なら、上手く気持ちを伝えられるかも。

『手紙なら、一杯書かなくてもいいし、上手い必要もないと思うよ』
『確かにそうだね。ありがとう、やってみるよ』
『うん、頑張って!』

 いつもながら、ユメちゃんのアドバイスは的確だ。というか、これじゃ、どっちが年上だか分かんないよね――。

『でも「風歌フェア」も、見てみたかったなぁー』
『いやいや、私なんて、ただの見習いシルフィードだし。そんなのやっても、誰も人来ないよ』

 普通、新人シルフィードが、イベント・タイアップなんて、しないからね。

『そんなことないよ。超がんばってる姿見て、ファンになった人、きっと一杯いると思うよ』
『いやー、どうだろ? って、もしかしてMV見てた……?』

『うん、超見てた。〈ホワイト・ウイング〉所属って出てたから、風ちゃんだって、すぐに分かったよ』
『そういえば、本名も社名も、思い切り出ちゃったんだよね。ハズカシー』

 二人しかいない会社だから、見る人が見れば、すぐに分かってしまう。しかも、うちの会社、思った以上に、知名度あるみたいだし。

『恥ずかしくなんかないよ!! 超かっこよかった! 惚れ直したもん』
 いや、惚れ直すって――。ちょっと照れちゃうじゃん。

『最後なんか、もうボロボロで、歩くのもやっとだったし』
 おそらく、私の人生の中で、一番ボロボロだったと思う。陸上部の合宿で、丸一日、思いっ切りトレーニングしたあとだって、あそこまで疲れたこと無いもん。

『でも、最後まで諦めずに進み続けた。そうでしょ?』
『まぁ、結果的にはね。でも、全然、納得してないんだ。次に出る時は、絶対に、時間内に完走するつもりだから』

 自重しつつも、すでに、次回の出場も視野に入れていた。ほとぼりが冷めたら『地道にトレーニング始めようかなぁ』って、密かに考えている。

『風ちゃんらしいね、そのチャンジ精神。普通、あんな状況になったら、もう二度と走らないと思うけど』

 まぁ、そうかもしれない。でも、私はダメなんだよねぇ。あぁいう中途半端なの、物凄く納得いかなくて。普段は、色んなことに大雑把だけど、一度決めたことは、絶対にやり通さないと、気が済まないから。

『一度、決めたら、何があっても、絶対にやり通すよ。ノア・マラソンの完走も、今回のイベントも』 
『うん、それでこそ、風ちゃんだね』

 その後も、色んな世間話で盛り上がった。いやー、お蔭で企画書も上手く書けそうだし、すっごく元気出てきた。いつもありがとね、ユメちゃん。

 私の素直な気持ちを、そのままリリーシャさんに伝えてみようと思う。背伸びして、上手くやる必要はないよね。不器用なりに、精一杯、頑張るのが、私のやり方なんだから……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『ぶっつけ本番がお祭りの醍醐味だよね』

 まかせてください、こう見えて本番には強いですから
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

処理中です...