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第4部 理想と現実

1-3今日の私は真面目で上品な優等生のシルフィード

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 私は〈中央区〉にある〈シルフィード協会本部〉に来ていた。これから、査問会に出席するためだ。時間は、十一時ちょっと前。十二時からなので、まだ一時間以上ある。さすがに、早過ぎたかもしれない。

 ただ、昨夜ナギサちゃんから連絡があって、いくつかアドバイスをしてもらった。その一つが、早めに部屋に入ることだ。

 落ちついて臨むため、時間に余裕を持たせること。もう一つは、心証をよくする狙いもある。理事の人たちは、ルールや礼儀に、非常にうるさいらしい。なので『品行方正さをアピールするのが重要』と、ナギサちゃんが言っていた。

 ちなみに『品行方正ってなに?』と質問したら、すっごく怒られたのは、別の話……。

 ようするに、真面目で優等生なところを、見せればいいんだよね。分かりやすく言えば、ナギサちゃんみたいな感じ。ビシッと背筋を伸ばして、シャキッとしたオーラを出して、すまし顔をしながら上品な仕草をする――で合ってるのかな? 

 真面目に振る舞うのはいいとして、上品さというのが、私には今一つ分からなかった。お茶を飲む時は、リリーシャさんの真似をしてるけど。それ以外は、特に上品さを意識して、行動してないし。

 そういうのって、頭で考えてやるんじゃなくて、体からにじみ出るものだと思う。リリーシャさんなんか、何をやっても、上品な感じがするし。かと言って、特に意識しているようにも見えない。

 上品さはさて置き、問題は質問の受け答えなんだよね。いくら立派に振る舞っても、話せば、あっさりボロが出てしまうからだ。

 まだまだ、この世界の知識は、知らないことが多いし。敬語も、そんなに得意ではない。なにより、偉い人と話すのが、超苦手だった。偉い人と話すと、意識し過ぎて、言葉づかいがおかしくなるんだよね。

 ナギサちゃんも、その点を物凄く心配していた。なので、極力、無口で対応が基本。あと『絶対に余計なことを言わないように』と、しっかり釘を刺されていた。

 あと、歩き方も、注意されたんだった。せかせか歩かないで、歩幅は小さく、音をたてずに、ゆっくりと。歩き方は、上品さの基本中の基本だそうだ。

 私、歩くの結構、速いんだよね。仕事中は、小走りや早歩きだし。歩幅も広いし、ずたずた歩いている。上品って、歩き方まで、気にしないといけないんだね。色々と覚えることが多くて、難しすぎる……。

 私は駐車場にエア・ドルフィンを停めると、まずは、何度か深呼吸する。そのあと背筋を伸ばし、ゆっくり上品に歩くよう気を付けながら、入り口に向かって行った。

 途中で、手と足が同時に出ていることに気付き、修正する。始まる前からこれじゃ、不安しかないんですけど――。

 落ち着けー私。大丈夫、私は、やればできる子。

 自分を励ましながら、ゆっくり入り口をくぐった。建物に入ると、広々としたロビーになっていた。目の前には、大きなシルフィード像と噴水が見える。

 以前、来た時は、リリーシャさんも一緒だったので、結構リラックスしていた。けれど、今日は緊張感が半端ない。私はロボットのように、ぎこちない動きで、左手にある受付カウンターに向かった。

「あの、十二時に、こちら来るように呼ばれて来たのですが……」
「ライセンスを、ご提示いただけるでしょうか?」
「はい」 

 私は慌ててマギコンを起動し、シルフィードのライセンスを表示した。

 受付の人は、マギコンをかざして『ライセンス・データ』を読み取ると、確認作業を始める。しばらくすると、

「〈ホワイト・ウイング〉所属、如月風歌さんと確認しました。まずは、こちらのプレートをお付けください。あと、開始時間までかなりあるので、まだ、誰も来ておりません。こちらのロビーで、お待ちになりますか?」

 ネームプレートを渡され、説明を受ける。

「いえ、先に部屋に行って、待っていようと思うのですが。大丈夫でしょうか?」 
「かしこまりました。それでは、ご案内させていただきます」

 私は係の人に案内され、フローターに乗って八階に向かった。私の事情を知っているせいか、無言のまま移動する。何か空気が重い――。

 八階に着くと、一番奥にある『805号室』に通された。長い机が、コの字型に配置され、正面と左右の机には、椅子が五脚ずつある。

 ナギサちゃんから聴いた通り、理事は十五人いるようだ。その机から少し離れたところに、ポツンと一つだけ椅子が置いてあった。

「では、こちらにお掛けになって、時間までお待ち下さい」
「ありがとうございます」

 軽く会釈すると、一つだけ離れて置いてあった席に着く。係員の人が出て行くと、部屋はシーンと静まり返った。

 席の数にしては、妙に広すぎて、どうにも落ち着かない。それに、静かすぎて、何か寂しい……。待っている間に、どんどん気分が沈んできた。

 いやいや、始まる前から、落ち込んでどうするのよ。元気出さなきゃ――って、今日は大人しくしてないと、いけないんだっけ……。

 昨夜、ナギサちゃんからアドバイスしてもらったことを、全て思い出す。大事なのは印象だ。真面目で、上品で、適度に元気よく。

 元気過ぎても『生意気に思われる場合もあるので、ほどほどに』って、言われたんだった。最初のあいさつは、ゆっくりと。頭を下げる時は、時間を掛けて。

 質疑応答の際、基本は『はい』『いいえ』で答える。普通に答える必要がある場合は、すぐに答えず、少し間をおいてから。

 じっくり言葉を吟味して、なるべく短文で。答える際は、感情を一切込めずに。あと、敬語は超重要。いつもよりも、ワンランク上の敬語で。

 昨夜、自室で通話した際に、一時間近く『話し方』や『礼儀作法』のレクチャーを受けた。流石はナギサちゃん、礼儀には超うるさい。

 身だしなみも重要ということで、髪もしっかり整えて来た。制服もアイロンを掛けてしわもなく、ビシッとしている。ポケットから手鏡を出して、一通りチェックするが、これで問題ないはずだ。

 あとは、ただ待つだけ。でも、私にとって、これが一番つらい。査問会の間も、身じろぎ一つせずに、じっとしていられるだろうか? 会社でも、内勤の時は、かなりソワソワしているし……。

 悶々としながら待つこと、四十分ほど。入口の扉が開く音がした。私は音を立てずに、スッと立ち上がる。入り口からは、白髪の男性が、一人だけ入って来た。私は、静かに頭を下げ、彼が席に着くまで、ずっとその姿勢を保つ。

 これも、ナギサちゃんから教わったことだが、査問会では、発言を許されるまでは、一切の言葉を発してはいけない。だから、挨拶も頭を下げるだけにとどめる。

 その後、次々と理事会の人たちが、入室してきた。その都度、私は立ち上がり、頭を下げる。

 ほぼ席が埋まったところで、正面の机の中央に座っていた男性が、声を上げた。まだ、席が一つ空いているけど、今日はお休みなのだろうか?

「それでは、ただいまより、査問会を開始します。まずは、起立し、自己紹介をしてください」
 彼は無表情のまま、私に視線を向けて来た。

 私は静かに立ち上がると、

「〈ホワイト・ウイング〉所属、如月風歌と申します。本日は、よろしくお願いいたします」

 ゆっくりと頭を下げる。

 それと同時に、周囲から冷たい視線が向けられるのを感じた。皆険しい表情をしていたし、空気がピリピリと重い。でも、ここまでは、全てナギサちゃんに教わった通り、優等生として振る舞えている。

 あとは、質疑応答さえ、無事に終わらせられれば……。


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次回――
『何で大人たちっていつも一方的に意見を押しつけるの?』

 一方的に殴られる、痛さと怖さを教えてやろうか!?
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