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第4部 理想と現実
1-2必死に頑張る人間が理不尽な力に潰されるのは納得が行かないわ
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私は実家のリビングにいた。テーブルに着いて、マギコンを起動し、スピで検索をしている。調べているのは、シルフィードの規則や罰則事項。あと、査問会についてだ。
一応、一通りは調べてみた。だが、規則や罰則については、あらかじめ知っていた以上の知識は、何も得られなかった。元々規則については、何度となく読み返しているからだ。
また、査問会についても、特に詳しい情報は出ていなかった。載っていたのは『非道徳的な行為や、風紀を乱す行為をしたものを、取り調べる会議』ということだけだ。基本、部外秘なので、詳しい情報が出ているはずもない。
最初から分かってはいたが、やはり詳しい人に、直接、訊いてみるしかなかった。とはいえ、あまり気は進まない。訊いたところで、教えてもらえる可能性が、極めて低いからだ。
そもそも、普通に話すのも苦手な相手なのに、どうやって部外秘の情報を訊き出すべきなのか? 私には、全く分からない。
昔の私だったら、こんな面倒なことは、絶対にしなかっただろう。でも、知ってしまった以上、見過ごす訳にもいかなかった。特に、風歌の場合は、何の後ろ盾もなく、吹けば飛んでしまいそうな、とても危うい存在だ。
友人だから……というのも有るかもしれない。でも、一番は、必死に頑張っている人間が、理不尽な力で潰されるのは、納得がいかないからだ。
風歌は、いつだって必死だった。おそらく、新人シルフィードの中で、最も必死な人間かもしれない。
仕事は真面目にやっているし、品行においても、特に問題点は見当たらなかった。ただ、少し心配な点もある。家出中で、親の了承を受けていないこと。さらに、シルフィード学校を卒業しておらず『異世界人』であること。
私を含め、風歌の周りのシルフィードたちは、この点を許容している。しかし、はたして、頭の固い理事たちが、これを見逃してくれるだろうか?
特に、伝統あるシルフィード業界に『異世界人』が入り込んだことは、快く思わない人も、いるかもしれない。この業界は、いまだに閉鎖的な部分もあるからだ。
ここら辺を、変につつかれなければ、よいのだけど。冷静に考えると、意外と不安要素が多いわね。せめて、親と和解していれば――。
色々思考を巡らせていると、玄関の扉の開く音がした。私は、急いでマギコンの電源を落とす。少し緊張しながら立ち上がり、リビングの入口のほうを向いた。扉が開くと、すぐに頭を下げ、挨拶をする。
「お帰りなさい、お母様」
私は目線を下げたまま、母の言葉を待つ。
「あら、珍しいわね。平日に帰ってくるだなんて」
「少し、お母様に、お訊きしたいことがありまして」
私はゆっくり視線を上げると、母の目をそっと見た。
「どうやら、大事な話があるようね。いいわ、聴きましょう。その前に、お茶を一杯、淹れて貰えるかしら?」
「はい、お母様」
そう言われるだろうと思い、キッチンには、あらかじめティーセットを用意してあった。私は手早くお茶を用意すると、トレーにのせ、テーブルに持って行く。母の前にお茶を置くと、私は着席し、静かに待った。
紅茶を一口飲んで、ティーカップを置いたところで、母は口を開いた。
「あなたが、改まって話があるとは、初めてのことね。仕事で何かあったのかしら?」
「いえ、仕事は順調で、特に問題ありません。ただ、仕事に関係あると言えば、あるのですが……」
色々考えてはきたが、どうにも話辛い。いざ、母を目の前にすると、どうしても緊張してしまう。
「回りくどい言い方をせず、ハッキリと言いなさい」
母は鋭い視線を向けてきた。
どう切り出すべきか悩んでいたので、むしろありがたい。
「お母様は、明日の査問会には、参加されるのですか?」
取りあえず、単刀直入に質問してみる。
「ええ、私も理事会の一員だから、当然、参加するわ。それが、どうかしたの?」
「以前、他社のシルフィードと親交があるとお話ししたのは、覚えていますか?」
「もちろん、覚えているわ」
覚えていてくれて助かった。それならば、説明がしやすい。
「今回、査問会に呼ばれたのが、その内の一人。〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です」
「なるほど、そういうことね――」
母はしばし考え込み、沈黙が訪れる。
「それで、私に何を聴きたいのかしら?」
「彼女が、査問会に呼ばれた、理由を知りたいのです」
「聴いてどうするつもり?」
「それは……」
私は一瞬、口ごもる。聴いたからと言って、別に状況が変わる訳ではない。だが、風歌の助けになる可能性もある。しかし『友人を助けるため』など、臭い台詞は流石に言えない。
「ただ、納得がいかないだけです――」
私は少し言葉を濁して答えた。
「どう、納得がいかないのかしら? そもそも、あなたには、全く関わりのない話でしょう? いくら親交があるとはいえ、他社の人間。別に、あなたが気にする問題ではないはずよ」
確かにその通りだ。以前の私にとって、他社のシルフィードは、ただの敵に過ぎなかったし、全く興味もなかった。
でも、今は少し違う。会社の所属など、まったく気にせず、普通に付き合っている。それに、いつも一緒にいるのが、いつの間にか当たり前になっていた。
「ただの、他社のシルフィードであれば、そうかもしれません。でも、彼女は普通のシルフィードとは、少し違います」
「どう違うのかしら?」
私は、少し考える。本当のことを、話してもいいのだろうか? 査問会用の資料は、用意されていると思う。だが、流石に家出していることや、親に反対されたままであることは、書かれていないはずだ。
母も理事会メンバーの一人であり、風歌を不利にする発言は、まずいのではないだろうか? でも、情報を訊き出すには、ある程度の事情は、話した方がいいかもしれない。
「彼女は、向こうの世界から来た子です。しかも、親の反対を押し切って来たため、一切の援助を受けていません」
「それで、どうやって生活しているの? こちらに、知り合いがいたのかしら?」
「いえ、知り合いは一人もいません。着の身着のままでやってきて、ここまで、自分の力だけでやってきました」
「では、見習い給だけで、やり繰りしているということ?」
母にしては珍しく、少し驚いた表情を浮かべた。私だって、初めて聴いた時は、物凄く驚いたのだから当然だ。何のつてもなく、異世界にやって来るなんて。常識的には、あり得ないことだから。
「はい、かなりギリギリの、苦しい生活をしています。それでも、何一つ弱音を吐かずに、前向きに仕事に取り組んでいます。私が知る限り、最も必死に取り組んでいる、新人シルフィードだと思います」
もちろん、真剣さでは、私も負ける気はしない。ただ、風歌の必死さは、普通じゃないと思う。仕事だけではなく、全てに対して必死だった。
「……なるほど。親の援助も知り合いも、何もなければ、相当、苦しいでしょうね。必死になるのも、頷けるわ」
母はティーカップを手に取り、一口飲むと、静かに元に戻す。
しばしの間が空いてから、
「でも、それと査問会は、全く関係ないわね」
淡々と言い放つ。
この反応は、最初から予想していた。母は、私以上に合理的な人間で、一切の私情を挟まない性格だ。でも、ここで、引き下がる訳にはいかない。
「いえ、関係ないとは言えません。なぜ、それほど必死に頑張っている人間が、査問会などに呼ばれるのでしょうか? どう考えても、何かの間違いとしか思えないのです」
思わず言葉に力が入ってしまった。私は胸に手を当てると、慌てて気持ちを抑え込む。
「それはつまり、理事会に対して、異議申し立てがあるということかしら?」
「別に――意義という訳ではありません。何かの手違いがあったのでは、と思いましたので……」
母の鋭い視線に気圧され、急に言葉から力が失われる。
私は昔から、母に逆らったことがない。母だけではなく、目上の者に逆らおうとは、一度も思ったことがないからだ。まして、シルフィード業界のトップの、理事会に逆らうなどあり得ない。
「手違いかどうかは、査問会を開けば分かるわ。いずれにせよ、あなたには、関係のない話ね。仮に、私が何かを知っていたとして、部外秘の情報を話すと思うのかしら?」
「いえ――それは、絶対にないと思います」
母は、とても厳格な性格だ。ルールは徹底的に守るし、公私混同はしない。親子だからという理由で、ルールを曲げたり、便宜を図ることは、絶対にしないだろう。そんなのは、最初から分かっていたことだ。
「あなたは、この件に首を突っ込むのは、止めなさい。それとも、今の自分の立場を捨ててでも、理事会に逆らうつもりかしら?」
「そんな……逆らうつもりなど、全くありません――」
理事会に逆らう。それは、自分のシルフィード生命を断ちかねない。私には、そこまでの勇気はなかった。
「なら、話は、これで終わりね。明日も仕事なのでしょ? そろそろ帰りなさい」
「はい、お母様……」
私は静かに立ち上がると、母に頭を下げた。私はいつだって、母の意見には従順だ。しかし、力一杯に握りしめた拳が、小さく震えていた。
悔しい――そして、情けない。母にも、シルフィード協会にも、私は逆らえない。それは、礼儀や立場をわきまえてではない。単に、自分の身可愛さで、何もできないだけだ。
こんな時、風歌なら、どうするのだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『今日の私は真面目で上品な優等生のシルフィード』
優等生ぶるのもいいけどよ、場合によりけりなんだぜ?
一応、一通りは調べてみた。だが、規則や罰則については、あらかじめ知っていた以上の知識は、何も得られなかった。元々規則については、何度となく読み返しているからだ。
また、査問会についても、特に詳しい情報は出ていなかった。載っていたのは『非道徳的な行為や、風紀を乱す行為をしたものを、取り調べる会議』ということだけだ。基本、部外秘なので、詳しい情報が出ているはずもない。
最初から分かってはいたが、やはり詳しい人に、直接、訊いてみるしかなかった。とはいえ、あまり気は進まない。訊いたところで、教えてもらえる可能性が、極めて低いからだ。
そもそも、普通に話すのも苦手な相手なのに、どうやって部外秘の情報を訊き出すべきなのか? 私には、全く分からない。
昔の私だったら、こんな面倒なことは、絶対にしなかっただろう。でも、知ってしまった以上、見過ごす訳にもいかなかった。特に、風歌の場合は、何の後ろ盾もなく、吹けば飛んでしまいそうな、とても危うい存在だ。
友人だから……というのも有るかもしれない。でも、一番は、必死に頑張っている人間が、理不尽な力で潰されるのは、納得がいかないからだ。
風歌は、いつだって必死だった。おそらく、新人シルフィードの中で、最も必死な人間かもしれない。
仕事は真面目にやっているし、品行においても、特に問題点は見当たらなかった。ただ、少し心配な点もある。家出中で、親の了承を受けていないこと。さらに、シルフィード学校を卒業しておらず『異世界人』であること。
私を含め、風歌の周りのシルフィードたちは、この点を許容している。しかし、はたして、頭の固い理事たちが、これを見逃してくれるだろうか?
特に、伝統あるシルフィード業界に『異世界人』が入り込んだことは、快く思わない人も、いるかもしれない。この業界は、いまだに閉鎖的な部分もあるからだ。
ここら辺を、変につつかれなければ、よいのだけど。冷静に考えると、意外と不安要素が多いわね。せめて、親と和解していれば――。
色々思考を巡らせていると、玄関の扉の開く音がした。私は、急いでマギコンの電源を落とす。少し緊張しながら立ち上がり、リビングの入口のほうを向いた。扉が開くと、すぐに頭を下げ、挨拶をする。
「お帰りなさい、お母様」
私は目線を下げたまま、母の言葉を待つ。
「あら、珍しいわね。平日に帰ってくるだなんて」
「少し、お母様に、お訊きしたいことがありまして」
私はゆっくり視線を上げると、母の目をそっと見た。
「どうやら、大事な話があるようね。いいわ、聴きましょう。その前に、お茶を一杯、淹れて貰えるかしら?」
「はい、お母様」
そう言われるだろうと思い、キッチンには、あらかじめティーセットを用意してあった。私は手早くお茶を用意すると、トレーにのせ、テーブルに持って行く。母の前にお茶を置くと、私は着席し、静かに待った。
紅茶を一口飲んで、ティーカップを置いたところで、母は口を開いた。
「あなたが、改まって話があるとは、初めてのことね。仕事で何かあったのかしら?」
「いえ、仕事は順調で、特に問題ありません。ただ、仕事に関係あると言えば、あるのですが……」
色々考えてはきたが、どうにも話辛い。いざ、母を目の前にすると、どうしても緊張してしまう。
「回りくどい言い方をせず、ハッキリと言いなさい」
母は鋭い視線を向けてきた。
どう切り出すべきか悩んでいたので、むしろありがたい。
「お母様は、明日の査問会には、参加されるのですか?」
取りあえず、単刀直入に質問してみる。
「ええ、私も理事会の一員だから、当然、参加するわ。それが、どうかしたの?」
「以前、他社のシルフィードと親交があるとお話ししたのは、覚えていますか?」
「もちろん、覚えているわ」
覚えていてくれて助かった。それならば、説明がしやすい。
「今回、査問会に呼ばれたのが、その内の一人。〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です」
「なるほど、そういうことね――」
母はしばし考え込み、沈黙が訪れる。
「それで、私に何を聴きたいのかしら?」
「彼女が、査問会に呼ばれた、理由を知りたいのです」
「聴いてどうするつもり?」
「それは……」
私は一瞬、口ごもる。聴いたからと言って、別に状況が変わる訳ではない。だが、風歌の助けになる可能性もある。しかし『友人を助けるため』など、臭い台詞は流石に言えない。
「ただ、納得がいかないだけです――」
私は少し言葉を濁して答えた。
「どう、納得がいかないのかしら? そもそも、あなたには、全く関わりのない話でしょう? いくら親交があるとはいえ、他社の人間。別に、あなたが気にする問題ではないはずよ」
確かにその通りだ。以前の私にとって、他社のシルフィードは、ただの敵に過ぎなかったし、全く興味もなかった。
でも、今は少し違う。会社の所属など、まったく気にせず、普通に付き合っている。それに、いつも一緒にいるのが、いつの間にか当たり前になっていた。
「ただの、他社のシルフィードであれば、そうかもしれません。でも、彼女は普通のシルフィードとは、少し違います」
「どう違うのかしら?」
私は、少し考える。本当のことを、話してもいいのだろうか? 査問会用の資料は、用意されていると思う。だが、流石に家出していることや、親に反対されたままであることは、書かれていないはずだ。
母も理事会メンバーの一人であり、風歌を不利にする発言は、まずいのではないだろうか? でも、情報を訊き出すには、ある程度の事情は、話した方がいいかもしれない。
「彼女は、向こうの世界から来た子です。しかも、親の反対を押し切って来たため、一切の援助を受けていません」
「それで、どうやって生活しているの? こちらに、知り合いがいたのかしら?」
「いえ、知り合いは一人もいません。着の身着のままでやってきて、ここまで、自分の力だけでやってきました」
「では、見習い給だけで、やり繰りしているということ?」
母にしては珍しく、少し驚いた表情を浮かべた。私だって、初めて聴いた時は、物凄く驚いたのだから当然だ。何のつてもなく、異世界にやって来るなんて。常識的には、あり得ないことだから。
「はい、かなりギリギリの、苦しい生活をしています。それでも、何一つ弱音を吐かずに、前向きに仕事に取り組んでいます。私が知る限り、最も必死に取り組んでいる、新人シルフィードだと思います」
もちろん、真剣さでは、私も負ける気はしない。ただ、風歌の必死さは、普通じゃないと思う。仕事だけではなく、全てに対して必死だった。
「……なるほど。親の援助も知り合いも、何もなければ、相当、苦しいでしょうね。必死になるのも、頷けるわ」
母はティーカップを手に取り、一口飲むと、静かに元に戻す。
しばしの間が空いてから、
「でも、それと査問会は、全く関係ないわね」
淡々と言い放つ。
この反応は、最初から予想していた。母は、私以上に合理的な人間で、一切の私情を挟まない性格だ。でも、ここで、引き下がる訳にはいかない。
「いえ、関係ないとは言えません。なぜ、それほど必死に頑張っている人間が、査問会などに呼ばれるのでしょうか? どう考えても、何かの間違いとしか思えないのです」
思わず言葉に力が入ってしまった。私は胸に手を当てると、慌てて気持ちを抑え込む。
「それはつまり、理事会に対して、異議申し立てがあるということかしら?」
「別に――意義という訳ではありません。何かの手違いがあったのでは、と思いましたので……」
母の鋭い視線に気圧され、急に言葉から力が失われる。
私は昔から、母に逆らったことがない。母だけではなく、目上の者に逆らおうとは、一度も思ったことがないからだ。まして、シルフィード業界のトップの、理事会に逆らうなどあり得ない。
「手違いかどうかは、査問会を開けば分かるわ。いずれにせよ、あなたには、関係のない話ね。仮に、私が何かを知っていたとして、部外秘の情報を話すと思うのかしら?」
「いえ――それは、絶対にないと思います」
母は、とても厳格な性格だ。ルールは徹底的に守るし、公私混同はしない。親子だからという理由で、ルールを曲げたり、便宜を図ることは、絶対にしないだろう。そんなのは、最初から分かっていたことだ。
「あなたは、この件に首を突っ込むのは、止めなさい。それとも、今の自分の立場を捨ててでも、理事会に逆らうつもりかしら?」
「そんな……逆らうつもりなど、全くありません――」
理事会に逆らう。それは、自分のシルフィード生命を断ちかねない。私には、そこまでの勇気はなかった。
「なら、話は、これで終わりね。明日も仕事なのでしょ? そろそろ帰りなさい」
「はい、お母様……」
私は静かに立ち上がると、母に頭を下げた。私はいつだって、母の意見には従順だ。しかし、力一杯に握りしめた拳が、小さく震えていた。
悔しい――そして、情けない。母にも、シルフィード協会にも、私は逆らえない。それは、礼儀や立場をわきまえてではない。単に、自分の身可愛さで、何もできないだけだ。
こんな時、風歌なら、どうするのだろうか……?
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次回――
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