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第3部 笑顔の裏に隠された真実
5-12シルフィード業界追放って私これからどうなっちゃうの……?
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『ノア・マラソン』の翌日。いつもとは違い、遅い出勤だった。定時よりも、一時間、早く来てるけど、いつもは、三時間前には来て、掃除しているからね。だから、この時間に出社するのは、何か違和感がある。
昨日、お医者さんに、足を検査してもらった。すると、ねん挫で、全治一ヵ月から二ヵ月と診断された。治るまでは、大人しくしないと、いけないらしい。当然、走ったり運動したりするのは、絶対に禁止だった。
治るまでが、あまりに長すぎるので、激しく動揺した。仕事に支障が出るし、何より、自由に動けないのは、最大の苦痛だからだ。
でも、あれだけ無茶して、これで済んだのは、奇跡に近いらしい。結局、足は包帯でぐるぐる巻きにされ『最低でも1ヵ月は安静に』と言われた。
そのことを、リリーシャさんに連絡したところ、当分の間、早朝出勤を禁止されてしまった。また、掃除や重いものを持つ雑用も禁止。さらには、練習飛行も危険なので、しばらくは中止することに……。
練習飛行はまだしも、掃除や雑用は、私の唯一の仕事だった。なので『自分の責任でケガをしたので、会社に迷惑は掛けられません』と抗議した。
しかし『絶対にダメ。もし、約束を破ったら辞めてもらうから』と、リリーシャさんにしては、珍しく厳しい対応だった。流石に、そこまで言われては、反論できない。
納得はできなかったけど、自分が招いたことだし。心配して言ってくれているので、素直に従うことにする。
とはいえ、いつもより二時間遅い、八時には出勤し、ばれない程度に、ほうきで敷地内をはいた。そのあとは、機体の掃除ができない分、事務所内の清掃を念入りに行う。
いくら、定時出勤でいいと言われても、さすがに大先輩よりあとに来るわけにはいかない。それに、何だかんだで、いつもと同じ時間に、目が覚めちゃったし。
体の痛みは、あちこちに残っていたけど、我慢できないほどじゃなかった。捻挫した左足も、痛みはあるけど、慎重に歩けば大丈夫。昨日のレース後半、死にそうになりながら走っていた時に比べれば、全然、余裕だった。
割とテキパキ動きながら、掃除をしていた。だけど、リリーシャさんが出勤して来ると『大人しくしていなきゃダメでしょ』と、すぐに注意される。私的には、これぐらい平気なんだけどなぁ――。
その後、大人しく席について、会社のマギコンを開く。すると、大変な事態になっていることに気が付いた。
未だかつてないほどの、大量の予約が入っていたのだ。一日、数組しか受けられないうちの会社では、完全にキャパオーバーな数だった。メールも、ごっそりと送られて来ており、私宛のメールも結構きている。
昨日のマラソンの健闘を称えるメールや、中には、私を指名で予約している人もいた。もちろん、見習いの私は、受けることが出来ない。
私は慌ててリリーシャさんに相談し、すぐに予定を組みなおす。受けられない予約分は、二人で手分けして、お断りのお詫びメールを送る作業を始めた。
ちなみに、昨日のレース結果だけど。運営のほうから、ある公式発表があった。
『選手が規定タイムを超過で完走した場合。観客及び大会運営委員のほうで、敢闘したという意見が多数出た場合、公式記録として残すこととする』
この新たなルールが追加されたのだ。
新しいルールのお蔭で、私は無事に完走扱いになった。この情報は瞬く間に広がり、スピで大変な話題になっていた。スピだけでなく、ニュースや新聞でも、大々的に取り上げられ、世に知れ渡ることになった。
MVにばっちり映っていたのも有るけど、一番の理由は『シルフィード史上初のノア・マラソン完走』だ。歴史的な偉業として、賞賛されてはいるものの、私は素直に喜べなかった。
昨日の走りは、反省点だらけなうえに、特別に完走が認められただけ。だから、私の中では、まだ完走していないのだ。
次回こそは、しっかり規定タイム内に走り切って、本当の意味での完走を目指したい。もちろん、今はケガの完治が最優先だし、ほとぼりが冷めるまでは、口に出すつもりはないけど……。
九時を過ぎると、魔力通信のコールが次々と鳴り始め、休みなく通話の対応が始まった。予約はもちろん、雑誌の取材のオファーなども来ていた。
てんやわんやの対応をしている内に、最初のお客様の、予約時間が近づいて来る。いつもなら、私が動き回って準備するんだけど、今日は、全部リリーシャさんがやってくれた。
私が立ち上がって手伝おうとすると、
「今日は、メールと通話対応だけお願いね」
と有無を言わせぬ笑顔で、しっかりと釘を刺された。
結局、お客様のお出迎えも、リリーシャさん一人で行い、目的地に出発していった。考えてみれば、リリーシャさんって、何でも一人で出来ちゃうんだよね。しかも、全てにおいて、私よりも上手いし。
冷静に考えてみると『私の存在価値ってあるんだろうか?』なんて、少し不安になってくる。
しかし、その後も頻繁に、通話やメールの対応があり、落ち込んでいる暇などなかった。まぁ、忙しいほうが、変なこと考えないでいいかもね。
今日は、会社への連絡が異常に多いので、内勤で正解だった。元はと言えば、私が原因なんだから。リリーシャさんに手間をとらせるのは、非常に心苦しい。
それでも、リリーシャさんじゃないと対応できない件もあるので、結局、手を煩わせてしまっている。
取材の件に関しては、リリーシャさんが『後ほど折り返し連絡をします』と対応していた。でも、私は断って貰おうと思っている。
あんな酷い走りをしてしまったので、気持ち良く取材を受けられるような、心理状態ではなかったからだ。
それに、会社に迷惑を掛けてしまったことが、物凄く辛い。だから、取材なんか受けて、浮かれている場合じゃない。迷惑をかけてしまった分を、少しでも取り返さないと――。
なお、足や体は、思ったよりも元気で、普通に働けそうだ。でも、しばらくは自重して、大人しくしようと思う。ケガは、本人が平気かどうかより、周りの人を心配させてしまうのが、一番の問題なんだよね。
リリーシャさんは、とりわけ私に対して過保護だし。これ以上はもう、余計な心配を掛けたくない。
ナギサちゃんの言う通り、無茶せずに、無難に走ったほうが良かったのだろうか? 絶対にケガだけはしないようにって、うるさく言われてたし。
考えてみれば、ハーフゴールに入っていれば、何事もなく無事に終わってたはずだ。ケガをすることもなかったし、会社に迷惑を掛けることもなかったし……。
私って、昔から何かをやろうとすると、後先考えずに行動しちゃうんだよね。しかも、やり始めると熱くなって、周りが全然、見えなくなっちゃうし。
もちろん、周りに迷惑をかけるつもりも、トラブルを起こすつもりも、全くない。ただ、結果的に、やらかしてしまって、迷惑をかけてしまう。
でも、私って、昔から力加減が苦手なんだよね。やる時は全力でやるし、手を抜くぐらいなら、最初からやらないし。極端かもしれないけど、1か0かの二択なんだよね。どんな時でも、全力でやるのが、私のモットーなので。
いまさら、この生き方を変えるのって、難しいと思う。かと言って、周りの人に、心配や迷惑をかけるのは嫌だし。
もうそろそろ、大人しい生き方を、するべきなのだろうか? それが、大人ってものなんだろうか――?
「頑張り過ぎるのもダメって、難しいなぁー」
私は大きく息を吐きだした。
何か一人で静かな事務所にいると、色々と難しいことを考え、落ち込んできてしまう。私は、かなり前向きな性格で、何事もケロッと忘れちゃうほうだ。それでも、今回の件は、私史上、最大の反省すべき事件だったと思う。
だから、あっさり忘れて、無かったことにはできない。今後も、同じようなこと、平気でしちゃいそうだし……。
その後も、何件かのメールと通話の対応をし、合間に考え事をした。考える度に、自分の浅はかさと、反省点が思い浮かんでくる。
二時間ほどが過ぎ、リリーシャさんが接客を終えて帰って来た。いつもなら、エンジン音で気づくんだけど、考え事に集中して、全く気づいていなかった。
「ただいま、風歌ちゃん」
「あっ、リリーシャさん、接客お疲れ様でした」
「立たないでいいから、そのまま座ってて」
私が立ち上がろうとすると、リリーシャさんは手で制止する。
「でも、そこまで酷くないですし。せめて、お茶の用意ぐらいは」
お茶を淹れるのは、私が唯一、自信を持ってできる仕事だ。それに、リリーシャさんにお茶を淹れるのが、私の生き甲斐みたいなものだし。
「お茶は、今は大丈夫だから、今日はじっとしていてね。お医者様に『しばらくは安静に』と、言われたのでしょ?」
「――はい」
私的には、これでも超安静レベルなんだよね。リリーシャさんに止められなければ、今日も平常通りに早朝出勤して、練習飛行にも行く気満々だったので。それでも、物凄く気を遣ってくれているのが分かるので、大人しく言われた通りにする。
直後、魔力通信のコールが鳴るが、
「私が出るわね」
とリリーシャさんは笑顔で言いながら、サッと通話の対応を始めた。
うーむ、完全に病人扱いだ。甘やかされ過ぎてる気がする……。
お客様の対応中のリリーシャさんを、チラッと確認したあと、マギコンを操作し、メールを確認した。
新着は来ていないようなので、とりあえず、学習ファイルを開く。できる仕事がほとんど無いので、勉強する以外に、やることがないからだ。
私が学習ファイルに目を通していると、通話が終わったリリーシャさんが、声を掛けてきた。
「あの――風歌ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
振り向くと、リリーシャさんは、何やら困った表情をしていた。なんだろう? また、取材の申し込みとか?
「実は、協会から連絡が来て。明日、顔を出すようにと言われたの」
「リリーシャさんがよく行かれている、いつもの仕事のお手伝いですか?」
上位階級のシルフィードは、定期的に、協会の仕事の手伝いや、会議などに参加している。
「いえ、そうではなくて。呼ばれたのは、風歌ちゃんなの」
「新人の私がですか?」
また、魔法祭の時のような、雑用の手伝いでも有るのだろうか? でも、もう『スポーツ・フェスタ』も終わりだし。直近で、シルフィードが参加するイベントは、なかったはずだ。
「それが、査問会を開くらしくて」
「えーと、それって何ですか?」
よく分からないけど、言葉の響きからして、いい感じはしない。
「つまり、査問会とは……。シルフィードとして、不適切な行動や言動を行った人や、規則を破った人などを、問いただす会議なの」
「ええっ?! 私なにか、悪いことしましたっけ?」
日々真面目に仕事はやってるし、礼儀作法なども、しっかりこなしてる。いつも安全運転で、航空法も破った記憶はないんだけど。
「詳しくは、教えて貰えなかったのだけれど。おそらく、昨日の『ノア・マラソン』の件じゃないかしら?」
「うーん、何に問題があったんでしょうか? 特に、違反行為とかは、してないはずなんですけど――」
とはいえ、意識があいまいな部分もあるので、何とも言えなかった。
「私も一緒に同行したいのだけれど、予約が埋まっているし……。風歌ちゃん一人で、大丈夫? もし、無理そうなら、日をずらしてもらうよう、お願いするから」
「いえ、全然、大丈夫ですよ。シルフィード協会には、何度か行っていますし。足だって、普通に歩く分には、全く問題ありませんから」
心配そうな表情のリリーシャさんに、私は笑顔で答える。
「そうではなくて、査問会が心配なのだけれど――」
「たぶん、大丈夫です。最低限の礼儀作法は知ってますし。もし、問題があるようでしたら、誠心誠意、お詫びしてきますので」
「なら、いいのだけど……。でも、過去の査問会では、謹慎処分になったり、ライセンスをはく奪され、業界を追放された人もいるから。凄く心配で……」
「えぇっ?!」
ちょっと呼び出されて注意される、生徒指導的なアレじゃないの――?
私は急にバクバクと心臓が高鳴り始め、背筋がぞわっと寒くなる。これって、いつも何か悪いことが起こる時の、前触れだ。すっごく、嫌な予感しかしないんだけど……。
どうしよう――。もし、ライセンスを、はく奪なんてされたら。シルフィードを辞めなきゃならなくなったら、私生きていけないよ。シルフィードは、私の人生の全てだから、他の道なんて考えられないもん。
目の前が真っ暗になり、私はただ、呆然と立ち尽くすしかできなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第4部 予告――
「慰めの言葉が聞きたくて、私を呼んだのではないでしょ?」
「ただ、納得がいかないだけです――」
「私が何かを知っていたとして、部外秘の情報を話すと思うのかしら?」
「その結果、あの醜態をさらしたと?」
『やっぱり、世の中は厳しいなぁ――』
「……えぇ、そうよ。気高いシルフィード、というより、気高く生きたいだけ」
「フッ、誰がお前みたいな、ポンコツに教えるか」
「何ていい加減な――。それじゃ、ほとんど、ぶっつけ本番じゃないのよ?」
「なっ、何事っ?!」
『もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……』
「残念だけど、もう、これぐらいにしましょうか」
「続けたい……やれるなら、続けたいよ! 子供のころからの夢だったんだから」
「何も知らないから、そんなことを言うんです。私は、かなり面倒な性格ですよ」
『私……死ぬの……?』
coming soon
昨日、お医者さんに、足を検査してもらった。すると、ねん挫で、全治一ヵ月から二ヵ月と診断された。治るまでは、大人しくしないと、いけないらしい。当然、走ったり運動したりするのは、絶対に禁止だった。
治るまでが、あまりに長すぎるので、激しく動揺した。仕事に支障が出るし、何より、自由に動けないのは、最大の苦痛だからだ。
でも、あれだけ無茶して、これで済んだのは、奇跡に近いらしい。結局、足は包帯でぐるぐる巻きにされ『最低でも1ヵ月は安静に』と言われた。
そのことを、リリーシャさんに連絡したところ、当分の間、早朝出勤を禁止されてしまった。また、掃除や重いものを持つ雑用も禁止。さらには、練習飛行も危険なので、しばらくは中止することに……。
練習飛行はまだしも、掃除や雑用は、私の唯一の仕事だった。なので『自分の責任でケガをしたので、会社に迷惑は掛けられません』と抗議した。
しかし『絶対にダメ。もし、約束を破ったら辞めてもらうから』と、リリーシャさんにしては、珍しく厳しい対応だった。流石に、そこまで言われては、反論できない。
納得はできなかったけど、自分が招いたことだし。心配して言ってくれているので、素直に従うことにする。
とはいえ、いつもより二時間遅い、八時には出勤し、ばれない程度に、ほうきで敷地内をはいた。そのあとは、機体の掃除ができない分、事務所内の清掃を念入りに行う。
いくら、定時出勤でいいと言われても、さすがに大先輩よりあとに来るわけにはいかない。それに、何だかんだで、いつもと同じ時間に、目が覚めちゃったし。
体の痛みは、あちこちに残っていたけど、我慢できないほどじゃなかった。捻挫した左足も、痛みはあるけど、慎重に歩けば大丈夫。昨日のレース後半、死にそうになりながら走っていた時に比べれば、全然、余裕だった。
割とテキパキ動きながら、掃除をしていた。だけど、リリーシャさんが出勤して来ると『大人しくしていなきゃダメでしょ』と、すぐに注意される。私的には、これぐらい平気なんだけどなぁ――。
その後、大人しく席について、会社のマギコンを開く。すると、大変な事態になっていることに気が付いた。
未だかつてないほどの、大量の予約が入っていたのだ。一日、数組しか受けられないうちの会社では、完全にキャパオーバーな数だった。メールも、ごっそりと送られて来ており、私宛のメールも結構きている。
昨日のマラソンの健闘を称えるメールや、中には、私を指名で予約している人もいた。もちろん、見習いの私は、受けることが出来ない。
私は慌ててリリーシャさんに相談し、すぐに予定を組みなおす。受けられない予約分は、二人で手分けして、お断りのお詫びメールを送る作業を始めた。
ちなみに、昨日のレース結果だけど。運営のほうから、ある公式発表があった。
『選手が規定タイムを超過で完走した場合。観客及び大会運営委員のほうで、敢闘したという意見が多数出た場合、公式記録として残すこととする』
この新たなルールが追加されたのだ。
新しいルールのお蔭で、私は無事に完走扱いになった。この情報は瞬く間に広がり、スピで大変な話題になっていた。スピだけでなく、ニュースや新聞でも、大々的に取り上げられ、世に知れ渡ることになった。
MVにばっちり映っていたのも有るけど、一番の理由は『シルフィード史上初のノア・マラソン完走』だ。歴史的な偉業として、賞賛されてはいるものの、私は素直に喜べなかった。
昨日の走りは、反省点だらけなうえに、特別に完走が認められただけ。だから、私の中では、まだ完走していないのだ。
次回こそは、しっかり規定タイム内に走り切って、本当の意味での完走を目指したい。もちろん、今はケガの完治が最優先だし、ほとぼりが冷めるまでは、口に出すつもりはないけど……。
九時を過ぎると、魔力通信のコールが次々と鳴り始め、休みなく通話の対応が始まった。予約はもちろん、雑誌の取材のオファーなども来ていた。
てんやわんやの対応をしている内に、最初のお客様の、予約時間が近づいて来る。いつもなら、私が動き回って準備するんだけど、今日は、全部リリーシャさんがやってくれた。
私が立ち上がって手伝おうとすると、
「今日は、メールと通話対応だけお願いね」
と有無を言わせぬ笑顔で、しっかりと釘を刺された。
結局、お客様のお出迎えも、リリーシャさん一人で行い、目的地に出発していった。考えてみれば、リリーシャさんって、何でも一人で出来ちゃうんだよね。しかも、全てにおいて、私よりも上手いし。
冷静に考えてみると『私の存在価値ってあるんだろうか?』なんて、少し不安になってくる。
しかし、その後も頻繁に、通話やメールの対応があり、落ち込んでいる暇などなかった。まぁ、忙しいほうが、変なこと考えないでいいかもね。
今日は、会社への連絡が異常に多いので、内勤で正解だった。元はと言えば、私が原因なんだから。リリーシャさんに手間をとらせるのは、非常に心苦しい。
それでも、リリーシャさんじゃないと対応できない件もあるので、結局、手を煩わせてしまっている。
取材の件に関しては、リリーシャさんが『後ほど折り返し連絡をします』と対応していた。でも、私は断って貰おうと思っている。
あんな酷い走りをしてしまったので、気持ち良く取材を受けられるような、心理状態ではなかったからだ。
それに、会社に迷惑を掛けてしまったことが、物凄く辛い。だから、取材なんか受けて、浮かれている場合じゃない。迷惑をかけてしまった分を、少しでも取り返さないと――。
なお、足や体は、思ったよりも元気で、普通に働けそうだ。でも、しばらくは自重して、大人しくしようと思う。ケガは、本人が平気かどうかより、周りの人を心配させてしまうのが、一番の問題なんだよね。
リリーシャさんは、とりわけ私に対して過保護だし。これ以上はもう、余計な心配を掛けたくない。
ナギサちゃんの言う通り、無茶せずに、無難に走ったほうが良かったのだろうか? 絶対にケガだけはしないようにって、うるさく言われてたし。
考えてみれば、ハーフゴールに入っていれば、何事もなく無事に終わってたはずだ。ケガをすることもなかったし、会社に迷惑を掛けることもなかったし……。
私って、昔から何かをやろうとすると、後先考えずに行動しちゃうんだよね。しかも、やり始めると熱くなって、周りが全然、見えなくなっちゃうし。
もちろん、周りに迷惑をかけるつもりも、トラブルを起こすつもりも、全くない。ただ、結果的に、やらかしてしまって、迷惑をかけてしまう。
でも、私って、昔から力加減が苦手なんだよね。やる時は全力でやるし、手を抜くぐらいなら、最初からやらないし。極端かもしれないけど、1か0かの二択なんだよね。どんな時でも、全力でやるのが、私のモットーなので。
いまさら、この生き方を変えるのって、難しいと思う。かと言って、周りの人に、心配や迷惑をかけるのは嫌だし。
もうそろそろ、大人しい生き方を、するべきなのだろうか? それが、大人ってものなんだろうか――?
「頑張り過ぎるのもダメって、難しいなぁー」
私は大きく息を吐きだした。
何か一人で静かな事務所にいると、色々と難しいことを考え、落ち込んできてしまう。私は、かなり前向きな性格で、何事もケロッと忘れちゃうほうだ。それでも、今回の件は、私史上、最大の反省すべき事件だったと思う。
だから、あっさり忘れて、無かったことにはできない。今後も、同じようなこと、平気でしちゃいそうだし……。
その後も、何件かのメールと通話の対応をし、合間に考え事をした。考える度に、自分の浅はかさと、反省点が思い浮かんでくる。
二時間ほどが過ぎ、リリーシャさんが接客を終えて帰って来た。いつもなら、エンジン音で気づくんだけど、考え事に集中して、全く気づいていなかった。
「ただいま、風歌ちゃん」
「あっ、リリーシャさん、接客お疲れ様でした」
「立たないでいいから、そのまま座ってて」
私が立ち上がろうとすると、リリーシャさんは手で制止する。
「でも、そこまで酷くないですし。せめて、お茶の用意ぐらいは」
お茶を淹れるのは、私が唯一、自信を持ってできる仕事だ。それに、リリーシャさんにお茶を淹れるのが、私の生き甲斐みたいなものだし。
「お茶は、今は大丈夫だから、今日はじっとしていてね。お医者様に『しばらくは安静に』と、言われたのでしょ?」
「――はい」
私的には、これでも超安静レベルなんだよね。リリーシャさんに止められなければ、今日も平常通りに早朝出勤して、練習飛行にも行く気満々だったので。それでも、物凄く気を遣ってくれているのが分かるので、大人しく言われた通りにする。
直後、魔力通信のコールが鳴るが、
「私が出るわね」
とリリーシャさんは笑顔で言いながら、サッと通話の対応を始めた。
うーむ、完全に病人扱いだ。甘やかされ過ぎてる気がする……。
お客様の対応中のリリーシャさんを、チラッと確認したあと、マギコンを操作し、メールを確認した。
新着は来ていないようなので、とりあえず、学習ファイルを開く。できる仕事がほとんど無いので、勉強する以外に、やることがないからだ。
私が学習ファイルに目を通していると、通話が終わったリリーシャさんが、声を掛けてきた。
「あの――風歌ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
振り向くと、リリーシャさんは、何やら困った表情をしていた。なんだろう? また、取材の申し込みとか?
「実は、協会から連絡が来て。明日、顔を出すようにと言われたの」
「リリーシャさんがよく行かれている、いつもの仕事のお手伝いですか?」
上位階級のシルフィードは、定期的に、協会の仕事の手伝いや、会議などに参加している。
「いえ、そうではなくて。呼ばれたのは、風歌ちゃんなの」
「新人の私がですか?」
また、魔法祭の時のような、雑用の手伝いでも有るのだろうか? でも、もう『スポーツ・フェスタ』も終わりだし。直近で、シルフィードが参加するイベントは、なかったはずだ。
「それが、査問会を開くらしくて」
「えーと、それって何ですか?」
よく分からないけど、言葉の響きからして、いい感じはしない。
「つまり、査問会とは……。シルフィードとして、不適切な行動や言動を行った人や、規則を破った人などを、問いただす会議なの」
「ええっ?! 私なにか、悪いことしましたっけ?」
日々真面目に仕事はやってるし、礼儀作法なども、しっかりこなしてる。いつも安全運転で、航空法も破った記憶はないんだけど。
「詳しくは、教えて貰えなかったのだけれど。おそらく、昨日の『ノア・マラソン』の件じゃないかしら?」
「うーん、何に問題があったんでしょうか? 特に、違反行為とかは、してないはずなんですけど――」
とはいえ、意識があいまいな部分もあるので、何とも言えなかった。
「私も一緒に同行したいのだけれど、予約が埋まっているし……。風歌ちゃん一人で、大丈夫? もし、無理そうなら、日をずらしてもらうよう、お願いするから」
「いえ、全然、大丈夫ですよ。シルフィード協会には、何度か行っていますし。足だって、普通に歩く分には、全く問題ありませんから」
心配そうな表情のリリーシャさんに、私は笑顔で答える。
「そうではなくて、査問会が心配なのだけれど――」
「たぶん、大丈夫です。最低限の礼儀作法は知ってますし。もし、問題があるようでしたら、誠心誠意、お詫びしてきますので」
「なら、いいのだけど……。でも、過去の査問会では、謹慎処分になったり、ライセンスをはく奪され、業界を追放された人もいるから。凄く心配で……」
「えぇっ?!」
ちょっと呼び出されて注意される、生徒指導的なアレじゃないの――?
私は急にバクバクと心臓が高鳴り始め、背筋がぞわっと寒くなる。これって、いつも何か悪いことが起こる時の、前触れだ。すっごく、嫌な予感しかしないんだけど……。
どうしよう――。もし、ライセンスを、はく奪なんてされたら。シルフィードを辞めなきゃならなくなったら、私生きていけないよ。シルフィードは、私の人生の全てだから、他の道なんて考えられないもん。
目の前が真っ暗になり、私はただ、呆然と立ち尽くすしかできなかった……。
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第4部 予告――
「慰めの言葉が聞きたくて、私を呼んだのではないでしょ?」
「ただ、納得がいかないだけです――」
「私が何かを知っていたとして、部外秘の情報を話すと思うのかしら?」
「その結果、あの醜態をさらしたと?」
『やっぱり、世の中は厳しいなぁ――』
「……えぇ、そうよ。気高いシルフィード、というより、気高く生きたいだけ」
「フッ、誰がお前みたいな、ポンコツに教えるか」
「何ていい加減な――。それじゃ、ほとんど、ぶっつけ本番じゃないのよ?」
「なっ、何事っ?!」
『もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……』
「残念だけど、もう、これぐらいにしましょうか」
「続けたい……やれるなら、続けたいよ! 子供のころからの夢だったんだから」
「何も知らないから、そんなことを言うんです。私は、かなり面倒な性格ですよ」
『私……死ぬの……?』
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そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
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