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第3部 笑顔の裏に隠された真実
5-7必死に頑張る人を見ると胸が締め付けられるのはなぜだろう?
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私は自室のベッドの上に寝っ転がりながら、お気に入りの小説を読んでいた。大きなベッドの上には、沢山の本が散乱している。読み終わる度に、取りに行くのが面倒なので、まとめて持って来ているからだ。
ベッドの横のテーブルには、ジュースやお菓子も、たっぷり用意してある。私は、ベッドと本とお菓子があれば、一生、何不自由なく生きていけると思う。
ほんの少し読むつもりが、いつの間にか集中して、数時間が経過していた。でも、これは、いつものことだ。朝読み始めたら、いつの間にか夜になっていることは、割とよくあるから。
本を読むと、周りのことが全く見えなくなるのが、私の悪い癖だ。完全に入り込んでいたので、すぐ隣につけっばなしだったMVも、全く気にしていなかった。
普段、読書をする時は、MVをつけたりしない。静かに、集中して読みたいから。だけど、今日は『ノア・マラソン』の中継があるので、朝早くから、つけっぱなしだ。スポーツ系の小説は読むけど、スポーツ中継は、まず見なかった。
私自身、スポーツは全くダメで、興味の欠片すらない。スポーツ観戦なんかやってる暇があったら、本を読んだほうが、百倍、楽しいと思う。
そんなスポーツ嫌いの私が、スポーツ中継をつけているのには、訳があった。今日は、EL友の風ちゃんが、出場しているからだ。マラソン自体は興味ないけど、風ちゃんが走っている姿は、見てみたいし、応援もしたい。
最初の内は、モニターにかじりついて、一生懸命、見ていたけど、すぐに飽きてきた。そもそも私、風ちゃんとは、直接、会ったことがない。だから、どんな顔か知らないんだよね。
仕事中なら、シルフィードの制服で、分かるかもしれないけど。ランニング・ウェアじゃ、見ても分かる訳がない。それに、大人ばかりで、十代の子の姿が、全然、見つからないし。そんなわけで、いつも通り、読書タイムに入ってしまった。
「ふぅー、面白かったー! やっぱり、何度、読んでも、この作品はいいよね」
私は大きく伸びをすると、つけっぱなしのMVに視線を向ける。だいぶ時間が経っているから、もうすぐ終わりだろうか?
「うわー、雨降ってるし。ただでさえ大変なのに、最悪じゃん……」
小雨ではあるけど、路面はだいぶ濡れていた。観客たちは、レインコートを着たり、傘をさしたりしている。走っている選手たちは、シャツが雨で体に張り付いており、表情もかなり辛そうだ。
「こんな状態で走るとか、あり得ないよね。私なんか、傘をさしたって、雨の日は出たくないもん。濡れるの嫌いだし、本も濡れちゃうし――」
私は雨が大嫌い。髪も服も湿っぽくなるし、靴は汚れるし。とにかく湿っぽいのは大嫌い。だから、雨の中を走るとか、私には考えられない。
「風ちゃん、大丈夫かなぁ? それとも、もうゴールしたのかな?」
Aグループのスタートから、間もなく五時間ほど。先頭グループの人たちは、二時間台で、五十キロを走り切る。ハッキリ言って、もう人間じゃないよね。どうすれば、そんなに速く走れるの?
一般の人たちの平均は、だいたい六時間ちょっと。一般の人でも、速い人だと五時間ちょっとで走り切る。ただ、六時間でも、凄すぎると思う。
そもそも、六時間、走りっぱなしとか、全く理解できないよ。私なんて、一分走っただけで、倒れそうなほど疲れるのに……。
体育の授業では、グラウンドを一周するだけで、死にそうになってたし。階段を上がる時も、息を切らしてた。あまりに体力がないので、友達には『おばあちゃん』なんて、よく言われてたけど。本当にヤバイぐらい、体力がない。
「なんて言うか、よくやるよねー。青春ってやつなのかな? いや、大人は青春とは言わないか――」
私は必死に走っている人たちを、まるでドラマや映画でも見るような感じで、他人事のように眺めていた。実際、他人事だし。興味あるのは、風ちゃんだけだから。
「もう、風ちゃん映してよねー。知らないおじさんやおばさん見ても、面白くないんだから」
私はぼやきながら、テーブルに置いてあった、クッキーの缶に手を伸ばす。硬い蓋を一生懸命、開けると、ふぅーっと一息ついてから、クッキーを摘まんだ。
「やっぱり、ここのお店のバタークッキー、絶妙の塩加減で美味しー」
一つ食べると、次々と手が進む。よくよく考えてみたら、朝からロクなものを食べていなかった。
夕飯は、家族で一緒に食べる決まりになってるけど、朝と昼は自由だ。なので、朝昼は、お菓子だけで済ませることが多い。単に、ご飯を食べるのが面倒だからだ。ご飯を食べてる暇があったら、一冊でも多く本が読みたい。
「どうしよ? 風ちゃんも映らないし、もう見ないでいいかな? 他にも、読みたい本が一杯あるし。軽く腹ごしらえしたら、また、完読みしようかなー」
完読みとは、好きなシリーズものを全巻用意して、全て読み終わるまで、読み続けることだ。基本、徹夜になることが多く、読書のマラソンみたいな感じ。本を長時間読む耐久レースがあれば、優勝できる自信があるんだけどなー。
私は再びテーブルに手を伸ばして、ドーナツの入ったケースを開ける。基本、食べるのは、甘いお菓子ばかりだ。読書をするには、脳に沢山の糖分が必要だからね。なので、テーブルの上には、甘いお菓子が山盛り置いてある。
「うーん、ストスペ最高ー!」
私が手にしたピンクのドーナツは『ストロベリー・スペシャル』だ。中にはカットした苺とイチゴクリーム。周りはストロベリーチョコで、綺麗にコーティングされ、苺尽くしだった。
私は苺が好きだし、何よりピンク色が大好き。見てると、凄くハッピーは気分になれるから。なので、箱の中は、ピンク色のドーナツばかりだ。
苺の甘さと酸味のハーモニー。加えて鮮烈なピンク色を見ていたら、物凄く気分が上がって来た。よし、ササッと食べて、完読みの準備しよっと。
私はご機嫌で糖分補給をしていたが、ふと手が止まり、モニターに目を向けた。アナウンスの内容が、少し気になったからだ。
『こちらは、四〇キロ地点の映像です。ただいま、一人の少女が走り抜けて行きました。しかし、だいぶ辛そうな様子です。最後まで、もつのでしょうか?』
『この雨ですから、かなり体力を奪われていると思います。大人でもキツイ距離ですし、少女には、かなり負担が大きいですね』
アナウンサーの問いに、解説者が淡々と答える。画面には、雨に濡れながら走っている、一人の少女が映っていた。本当に、かなり辛そうに走っている。私はドーナツのケースを、無造作にベッドに置くと、身を乗り出してモニター凝視した。
「何で、こんなに辛い思いまでして、必死に走ってるの? 私には、全然わけが分からないよ」
でも、その姿からは、なぜか目が離せなかった。
『残り十キロ。このまま走り切れるのでしょうか?』
『普通のマラソンなら、もうすぐゴールなんですが、八キロも長いですからね。一番、辛いのが、四十キロ地点を超えてからです』
『だいぶペースが遅いようですが、すでに体力が尽きてしまったのでしょうか? 辛うじて走っているようにも、見えますが』
確かに、彼女の走るペースはかなり遅い。その隣を、次々と別の選手たちが追い抜いて行った。でも、周りを走っている人たちは、全員、大人だし。スピードも体力も敵わないのは、しょうがないと思う。
『息も上がってますし、フォームが完全に崩れてしまっていますね。少し、足元のほうを、映して貰えますか?』
解説者の人が言うと、彼女の足元が拡大して映される。直後、
『これはマズイ。足を怪我しているみたいですね。おそらく、捻挫でもしたのではないかと思います。早く中止して、手当てを受けないと危険ですよ』
先ほどまで、静かに淡々と話していた解説者が、急に語調を強めた。
『確かに、よく見ると、左足をかばいながら走っているようです。雨天で滑りやすく、大変、危険です。無理をせず、すぐにリタイアして欲しいのですが……。あっ、今運営スタッフが走り寄って、並走しながら声を掛けております』
スタッフのジャンパーを着た人が、走りながら少女に声を掛けている。だが、しばらくると、スタッフは立ち止まり、少女はゆっくりと前進し続けて行った。
『これは――どうやら、続行するようです。本当に、大丈夫なのでしょうか? 周囲の観客からも「無理しないで」と、声が上がっております』
『うーん、正直、厳しいですね。疲労は限界に来ているようですし、足の痛みも相当なものだと思います。ただ、私も元ランナーとして、気持ちは分からなくもないですが。まだ若いですし、無理をせず、次のために中断して欲しいと思います』
『そうですよね。今日は、走るのには、決して良いコンディションではありません。また次回、万全の体調で挑んで欲しいですね』
解説者もアナウンサーも、リタイアを勧めている。私も最初は、そうした方がいいと思ってた。でも、彼女の必死に走る姿を見ていたら、別の感情が湧いて来る。
私は拳を強く握りしめながら『頑張れっ!! 絶対にあきらめるないで!』と、心の中で、いつの間にか応援を始めていた。
カメラは、ずっと彼女の走る姿を追い続けている。私は固唾を飲みながら、その姿をじっと見守った。しばらくすると、
『ただいま、この選手の情報が入ってきました。ゼッケンJー77番、如月風歌選手。今回の出場者の中で、最年少の十五歳。今回が初出場です』
画面に、彼女の名前のテロップが表示された。私はそれを見た瞬間、ハッとした。
「えっ?! まさか、違うよね――?」
名前に『風』が付いてるからって、風ちゃんとは限らない。風ちゃんのことが気になってたから、そう思い込んでるだけで。ただの同年代の子かも……。
『十五歳での出場とは、珍しいですね。沢山の大人に混じって、ここまで走るとは、本当に凄いことです』
『確かに、そうですね。十八歳以上の大会が多い中『ノア・マラソン』は、十五歳以上の規定です。〈グリュンノア〉では、昔は十五歳で成人という習慣があり、シルフィード業界なども、十五歳で就職するため、この規定になったようですね』
『とはいえ、体の出来ていない年齢での五十キロは、やはり厳しいです。当然、怪我もしやすいですし』
少女の走る姿をバックに、解説者たちは、次々と話を進めて行く。でも、話を聴いていると、もどかしくなって来た。けなしているのか、応援しているのか、どっちなのよ――?
出場者の中では、最も若いうえに、初出場。体格だって、恵まれてはいなかった。でも、今そこで走っているだけで、超凄いじゃない。だって、すでに四十キロ以上、走ってるんだよ。
『今、新しい情報が届きました。何と、如月風歌選手は、現役のシルフィードということです。しかも、所属しているのは、あの〈ホワイト・ウイング〉だそうです』
『〈ホワイト・ウイング〉と言えば、あの伝説のシルフィード「アリーシャ・シーリング」氏が創設された会社ですね。現役シルフィードが、出場しているだけでも驚きですが。まさか、あの名企業に所属しているとは……』
〈ホワイト・ウイング〉の社名を聴いた瞬間、私の心臓は跳ね上がった。
「間違いない、風ちゃんだ!!」
風歌という名前で〈ホワイト・ウイング〉に所属であれば、風ちゃん以外にあり得ない。本来なら、もっと早くに気付くべきだった。だが、あまりにも想像と違っていたので、確証が持てなかったのだ。
私のイメージする風ちゃんは、明るく元気で、とても逞しい感じだった。でも、今の風ちゃんは、ぐったりした状態で、とても弱々しく見える。それに、体も想像以上にほっそりしていた。私より少し背は高いけど、かなり細かった。
生活が大変みたいなこと言ってたけど、ちゃんと、ご飯を食べてないのだろうか? 何でこんな辛い思いまでして走るの――?
今にも倒れそうな姿を見て、私は胸がキュッと、締め付けられる思いだった。
頑張れっ、頑張れ、風ちゃん!! 風ちゃんなら、絶対に出来るから。私に出来ないことを、平気で何でもやっちゃうのが、風ちゃんなんだから。だから、私にもっと夢を見せて!
私は涙ぐみながら、必死に心の中で、応援を続けるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『別に風歌のこと心配している訳じゃないんだからね!』
人の心配より社交性ゼロの自分の心配しなさいよ
ベッドの横のテーブルには、ジュースやお菓子も、たっぷり用意してある。私は、ベッドと本とお菓子があれば、一生、何不自由なく生きていけると思う。
ほんの少し読むつもりが、いつの間にか集中して、数時間が経過していた。でも、これは、いつものことだ。朝読み始めたら、いつの間にか夜になっていることは、割とよくあるから。
本を読むと、周りのことが全く見えなくなるのが、私の悪い癖だ。完全に入り込んでいたので、すぐ隣につけっばなしだったMVも、全く気にしていなかった。
普段、読書をする時は、MVをつけたりしない。静かに、集中して読みたいから。だけど、今日は『ノア・マラソン』の中継があるので、朝早くから、つけっぱなしだ。スポーツ系の小説は読むけど、スポーツ中継は、まず見なかった。
私自身、スポーツは全くダメで、興味の欠片すらない。スポーツ観戦なんかやってる暇があったら、本を読んだほうが、百倍、楽しいと思う。
そんなスポーツ嫌いの私が、スポーツ中継をつけているのには、訳があった。今日は、EL友の風ちゃんが、出場しているからだ。マラソン自体は興味ないけど、風ちゃんが走っている姿は、見てみたいし、応援もしたい。
最初の内は、モニターにかじりついて、一生懸命、見ていたけど、すぐに飽きてきた。そもそも私、風ちゃんとは、直接、会ったことがない。だから、どんな顔か知らないんだよね。
仕事中なら、シルフィードの制服で、分かるかもしれないけど。ランニング・ウェアじゃ、見ても分かる訳がない。それに、大人ばかりで、十代の子の姿が、全然、見つからないし。そんなわけで、いつも通り、読書タイムに入ってしまった。
「ふぅー、面白かったー! やっぱり、何度、読んでも、この作品はいいよね」
私は大きく伸びをすると、つけっぱなしのMVに視線を向ける。だいぶ時間が経っているから、もうすぐ終わりだろうか?
「うわー、雨降ってるし。ただでさえ大変なのに、最悪じゃん……」
小雨ではあるけど、路面はだいぶ濡れていた。観客たちは、レインコートを着たり、傘をさしたりしている。走っている選手たちは、シャツが雨で体に張り付いており、表情もかなり辛そうだ。
「こんな状態で走るとか、あり得ないよね。私なんか、傘をさしたって、雨の日は出たくないもん。濡れるの嫌いだし、本も濡れちゃうし――」
私は雨が大嫌い。髪も服も湿っぽくなるし、靴は汚れるし。とにかく湿っぽいのは大嫌い。だから、雨の中を走るとか、私には考えられない。
「風ちゃん、大丈夫かなぁ? それとも、もうゴールしたのかな?」
Aグループのスタートから、間もなく五時間ほど。先頭グループの人たちは、二時間台で、五十キロを走り切る。ハッキリ言って、もう人間じゃないよね。どうすれば、そんなに速く走れるの?
一般の人たちの平均は、だいたい六時間ちょっと。一般の人でも、速い人だと五時間ちょっとで走り切る。ただ、六時間でも、凄すぎると思う。
そもそも、六時間、走りっぱなしとか、全く理解できないよ。私なんて、一分走っただけで、倒れそうなほど疲れるのに……。
体育の授業では、グラウンドを一周するだけで、死にそうになってたし。階段を上がる時も、息を切らしてた。あまりに体力がないので、友達には『おばあちゃん』なんて、よく言われてたけど。本当にヤバイぐらい、体力がない。
「なんて言うか、よくやるよねー。青春ってやつなのかな? いや、大人は青春とは言わないか――」
私は必死に走っている人たちを、まるでドラマや映画でも見るような感じで、他人事のように眺めていた。実際、他人事だし。興味あるのは、風ちゃんだけだから。
「もう、風ちゃん映してよねー。知らないおじさんやおばさん見ても、面白くないんだから」
私はぼやきながら、テーブルに置いてあった、クッキーの缶に手を伸ばす。硬い蓋を一生懸命、開けると、ふぅーっと一息ついてから、クッキーを摘まんだ。
「やっぱり、ここのお店のバタークッキー、絶妙の塩加減で美味しー」
一つ食べると、次々と手が進む。よくよく考えてみたら、朝からロクなものを食べていなかった。
夕飯は、家族で一緒に食べる決まりになってるけど、朝と昼は自由だ。なので、朝昼は、お菓子だけで済ませることが多い。単に、ご飯を食べるのが面倒だからだ。ご飯を食べてる暇があったら、一冊でも多く本が読みたい。
「どうしよ? 風ちゃんも映らないし、もう見ないでいいかな? 他にも、読みたい本が一杯あるし。軽く腹ごしらえしたら、また、完読みしようかなー」
完読みとは、好きなシリーズものを全巻用意して、全て読み終わるまで、読み続けることだ。基本、徹夜になることが多く、読書のマラソンみたいな感じ。本を長時間読む耐久レースがあれば、優勝できる自信があるんだけどなー。
私は再びテーブルに手を伸ばして、ドーナツの入ったケースを開ける。基本、食べるのは、甘いお菓子ばかりだ。読書をするには、脳に沢山の糖分が必要だからね。なので、テーブルの上には、甘いお菓子が山盛り置いてある。
「うーん、ストスペ最高ー!」
私が手にしたピンクのドーナツは『ストロベリー・スペシャル』だ。中にはカットした苺とイチゴクリーム。周りはストロベリーチョコで、綺麗にコーティングされ、苺尽くしだった。
私は苺が好きだし、何よりピンク色が大好き。見てると、凄くハッピーは気分になれるから。なので、箱の中は、ピンク色のドーナツばかりだ。
苺の甘さと酸味のハーモニー。加えて鮮烈なピンク色を見ていたら、物凄く気分が上がって来た。よし、ササッと食べて、完読みの準備しよっと。
私はご機嫌で糖分補給をしていたが、ふと手が止まり、モニターに目を向けた。アナウンスの内容が、少し気になったからだ。
『こちらは、四〇キロ地点の映像です。ただいま、一人の少女が走り抜けて行きました。しかし、だいぶ辛そうな様子です。最後まで、もつのでしょうか?』
『この雨ですから、かなり体力を奪われていると思います。大人でもキツイ距離ですし、少女には、かなり負担が大きいですね』
アナウンサーの問いに、解説者が淡々と答える。画面には、雨に濡れながら走っている、一人の少女が映っていた。本当に、かなり辛そうに走っている。私はドーナツのケースを、無造作にベッドに置くと、身を乗り出してモニター凝視した。
「何で、こんなに辛い思いまでして、必死に走ってるの? 私には、全然わけが分からないよ」
でも、その姿からは、なぜか目が離せなかった。
『残り十キロ。このまま走り切れるのでしょうか?』
『普通のマラソンなら、もうすぐゴールなんですが、八キロも長いですからね。一番、辛いのが、四十キロ地点を超えてからです』
『だいぶペースが遅いようですが、すでに体力が尽きてしまったのでしょうか? 辛うじて走っているようにも、見えますが』
確かに、彼女の走るペースはかなり遅い。その隣を、次々と別の選手たちが追い抜いて行った。でも、周りを走っている人たちは、全員、大人だし。スピードも体力も敵わないのは、しょうがないと思う。
『息も上がってますし、フォームが完全に崩れてしまっていますね。少し、足元のほうを、映して貰えますか?』
解説者の人が言うと、彼女の足元が拡大して映される。直後、
『これはマズイ。足を怪我しているみたいですね。おそらく、捻挫でもしたのではないかと思います。早く中止して、手当てを受けないと危険ですよ』
先ほどまで、静かに淡々と話していた解説者が、急に語調を強めた。
『確かに、よく見ると、左足をかばいながら走っているようです。雨天で滑りやすく、大変、危険です。無理をせず、すぐにリタイアして欲しいのですが……。あっ、今運営スタッフが走り寄って、並走しながら声を掛けております』
スタッフのジャンパーを着た人が、走りながら少女に声を掛けている。だが、しばらくると、スタッフは立ち止まり、少女はゆっくりと前進し続けて行った。
『これは――どうやら、続行するようです。本当に、大丈夫なのでしょうか? 周囲の観客からも「無理しないで」と、声が上がっております』
『うーん、正直、厳しいですね。疲労は限界に来ているようですし、足の痛みも相当なものだと思います。ただ、私も元ランナーとして、気持ちは分からなくもないですが。まだ若いですし、無理をせず、次のために中断して欲しいと思います』
『そうですよね。今日は、走るのには、決して良いコンディションではありません。また次回、万全の体調で挑んで欲しいですね』
解説者もアナウンサーも、リタイアを勧めている。私も最初は、そうした方がいいと思ってた。でも、彼女の必死に走る姿を見ていたら、別の感情が湧いて来る。
私は拳を強く握りしめながら『頑張れっ!! 絶対にあきらめるないで!』と、心の中で、いつの間にか応援を始めていた。
カメラは、ずっと彼女の走る姿を追い続けている。私は固唾を飲みながら、その姿をじっと見守った。しばらくすると、
『ただいま、この選手の情報が入ってきました。ゼッケンJー77番、如月風歌選手。今回の出場者の中で、最年少の十五歳。今回が初出場です』
画面に、彼女の名前のテロップが表示された。私はそれを見た瞬間、ハッとした。
「えっ?! まさか、違うよね――?」
名前に『風』が付いてるからって、風ちゃんとは限らない。風ちゃんのことが気になってたから、そう思い込んでるだけで。ただの同年代の子かも……。
『十五歳での出場とは、珍しいですね。沢山の大人に混じって、ここまで走るとは、本当に凄いことです』
『確かに、そうですね。十八歳以上の大会が多い中『ノア・マラソン』は、十五歳以上の規定です。〈グリュンノア〉では、昔は十五歳で成人という習慣があり、シルフィード業界なども、十五歳で就職するため、この規定になったようですね』
『とはいえ、体の出来ていない年齢での五十キロは、やはり厳しいです。当然、怪我もしやすいですし』
少女の走る姿をバックに、解説者たちは、次々と話を進めて行く。でも、話を聴いていると、もどかしくなって来た。けなしているのか、応援しているのか、どっちなのよ――?
出場者の中では、最も若いうえに、初出場。体格だって、恵まれてはいなかった。でも、今そこで走っているだけで、超凄いじゃない。だって、すでに四十キロ以上、走ってるんだよ。
『今、新しい情報が届きました。何と、如月風歌選手は、現役のシルフィードということです。しかも、所属しているのは、あの〈ホワイト・ウイング〉だそうです』
『〈ホワイト・ウイング〉と言えば、あの伝説のシルフィード「アリーシャ・シーリング」氏が創設された会社ですね。現役シルフィードが、出場しているだけでも驚きですが。まさか、あの名企業に所属しているとは……』
〈ホワイト・ウイング〉の社名を聴いた瞬間、私の心臓は跳ね上がった。
「間違いない、風ちゃんだ!!」
風歌という名前で〈ホワイト・ウイング〉に所属であれば、風ちゃん以外にあり得ない。本来なら、もっと早くに気付くべきだった。だが、あまりにも想像と違っていたので、確証が持てなかったのだ。
私のイメージする風ちゃんは、明るく元気で、とても逞しい感じだった。でも、今の風ちゃんは、ぐったりした状態で、とても弱々しく見える。それに、体も想像以上にほっそりしていた。私より少し背は高いけど、かなり細かった。
生活が大変みたいなこと言ってたけど、ちゃんと、ご飯を食べてないのだろうか? 何でこんな辛い思いまでして走るの――?
今にも倒れそうな姿を見て、私は胸がキュッと、締め付けられる思いだった。
頑張れっ、頑張れ、風ちゃん!! 風ちゃんなら、絶対に出来るから。私に出来ないことを、平気で何でもやっちゃうのが、風ちゃんなんだから。だから、私にもっと夢を見せて!
私は涙ぐみながら、必死に心の中で、応援を続けるのだった……。
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次回――
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第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
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