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第3部 笑顔の裏に隠された真実

5-1無理・無茶・無謀は若者の特権だよね

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 いよいよ『スポーツ・フェスタ』が始まった。世界中から、たくさんの観光客が訪れており、町の各所にあるスポーツ施設で、競技が行われていた。また、公式戦の他にも、色んな『イベント競技』が開催される。

 イベント競技とは、パン食い競争・バケツリレー・借り物競争・大縄跳び・綱引き・水鉄砲バトルなど。一般の人たちが、飛び入りで参加できる競技のこと。他にも、プロのスポーツ選手の、エキシビジョンや、スポーツ講座などもやっている。

 単に、結果を競うだけでなく、あらゆる楽しみ方がある、まさに『スポーツの祭典』だ。オリンピックと運動会とお祭りを、ミックスしたような、大人から子供まで楽しめる、とても楽しいイベントだった。

 例のごとく、大人気シルフィードのリリーシャさんは、朝から予約がびっしりで、大忙し。私はそのサポートに、全力を尽くしている。

 今朝も四時に起床し、早朝ランニングを済ませた。そのあとは、いつも通り、機体と敷地、事務所内の掃除を念入りに行った。

 やる事はいつもと同じだけど、やはりイベント中は、特別に気合が入る。しかも『スポーツイベント』なので、体育会系の血がたぎり、テンション爆上げだった。

 リリーシャさんも、イベント中は、いつもより早く出勤し、準備に余念がない。二人でスケジュールを確認しながら、セッティングや、お客様の対応の、打ち合わせを行った。

 中には、大陸のかなり遠方から、来られるお客様もいる。なので、細部に気を遣った、最高のおもてなしが必要だからだ。

 驚くべきことに、リリーシャさんは、一度、対応したお客様は、全て特徴を覚えている。お蔭で、一人一人のお客様の説明をしてもらい、対応の仕方もバッチリだ。

 今日は、予約の間隔が、かなりタイトなのと、遠方から来られるお客様もいる。なので、私が事務所で、一日中、待機することになった。

 遠方からのお客様は、割と早めに来ることが多い。もし、二人とも留守の時に来て、お待たせしては、マズイからね。

 次に来るお客様は、仲良し夫婦のキンダースさんだ。『スポーツ・フェスタ』は、毎年、欠かさず見に来ている。

 大のスポーツ好きのご夫婦で、すでに四十年以上、このイベントに参加している大ベテランだ。また〈ホワイト・ウイング〉の創業時から通ってくれている、超常連さんでもある。

 二人とも、若いころからスポーツマンだったらしいので、会うのが超楽しみだ。スポーツの話が、色々と聴けそうだもんね。

 私はリリーシャさんから聴いた情報を元に、お菓子と飲み物を用意していた。奥様のほうは、ミルク多目で甘さは抑えめの、アイス・ミルクティー。

 旦那様のほうは、濃い目のホットコーヒー。甘いものは苦手なので、ブラックで。お菓子は、グラノーラバーとミックスナッツ。いかにも、健康的な感じだよね。

 私は『そろそろかなぁー』と思いながら、キッチンでお湯を沸かしていた。すると、チャイム音が聞こえて来る。受付に置いてある、呼び出しボタンが押されると、鳴る音だ。私は急いで、でも上品に、静かに歩いて受付に向かった。

「ようこそ〈ホワイト・ウイング〉へ」
 両手を前で合わせると、深々と頭を下げ、挨拶をした。

「やぁ、こんにちは。予約していた、キンダースです。少し、早過ぎたかな?」
「いえ、大丈夫です。こちらのお席で、お待ちください」

 ゆったりしたソファーとテーブルが置いてある、待合スペースに案内する。

「君、新人さん? リリー君は、まだ戻ってないのかな?」
「はい、今年の四月に入社した、如月風歌と申します。リリーシャは、まだ営業中ですので、お待たせして申し訳ありません」

 軽く頭を下げながら、自己紹介した。最初のころに比べると、言葉遣いや動作も、だいぶ自然になって来たと思う。以前はもっと、ガチガチだったからね。

「いいの、いいの。こうやって、待っている時間が、ワクワクして楽しいから」
「うんうん。その通りよね」

 二人とも、とても明るくて、元気がみなぎっている様子だ。話し方も、体育会系特有の、はきはきとした感じだった。流石は、スポーツマンだね。

 私は二人に、少し待っていただくよう声を掛けると、キッチンに向かった。急いで、飲み物の用意をする。

 ちょうど、お湯を沸かしていたので、準備は簡単だ。手際よく支度をすると、キッチンワゴンに飲み物とお菓子をのせ、ゆっくりと押していく。

「お待たせいたしました」 

 旦那様の前には、綺麗なティーカップに入ったコーヒーを、受け皿と一緒にそっと置く。奥様の前には、コースターと、その上にグラスに入ったアイス・ミルクティーをのせる。そのあとに、ストローとシロップ差しを置いた。

 シロップは、あらかじめ入れてあるけど、甘さ控え目なので、念のため。最後に、お菓子のお皿を、真ん中に配置した。

「ほう、新人なのに、ちゃんと好みを知ってくれているんだね」
「あら、私のも。とても大好きなのよ、ミルクティー」

 二人とも嬉しそうな表情を浮かべる。やっぱり、自分のことを覚えてくれているって、嬉しいよね。

「リリーシャに、教えてもらいました。私だけでは、まだまだ、ここまでの細かい気遣いは出来ませんので」

 本当に、リリーシャさんの気遣いのレベルは物凄い。私の数段上を行っている。

「いや、そんなことないよ。一つ一つの動作に、気遣いが感じられるからね」
「そうね。話し方からも、とても優しい気遣いが感じられるわ」
「ありがとうございます。大先輩におほめ頂けるとは、とても光栄です」

 実際には、リリーシャさんの、真似をしてるだけなんだけどね。礼儀作法、言葉遣い、接客の仕方。あらゆる物事を、全てリリーシャさんの真似でやっている。それでも、褒められると嬉しい。

「あははっ、大先輩か。君みたいな若い子から見たら、そうなるのかな」
「十代の子から見たら、私たちなんて、おじいちゃん、おばあちゃんですもんね」

「いえ、そういう意味で言ったんじゃないんです。お二人とも、ずっとスポーツをやられていると聴きまして。私も学生時代は、運動部だったものですから」

 体育会系では、上下関係は絶対だ。まして、私より四十歳以上も、年上の方だから、超大先輩だよね。

「なるほど。それなら確かに、自分たちの可愛い後輩だ。何をやっていたんだい?」
「中学時代は、陸上部をやっていました。走るのが大好きでしたので」

「あら、それじゃあ、私たちと一緒ね。私たちも学生時代、陸上部だったのよ」
「わぁー、本当ですか? やっぱり大先輩ですね。なんか凄く嬉しいです」

 同じ体育会系の人と会うと、ついテンションが上がってしまう。雰囲気が似ているというか、考え方も近い人が多いんだよね。しかも、私と同じ『元陸上部』だったとは、驚きだ。

「お二人とも、今回は何かの競技に、参加されるのですか?」
「昔は、公式競技にも色々出てたけど。今はイベント競技に、飛び入り参加するぐらいかな。あとは、観戦がメインだね」
 
 旦那さんは、コーヒーを片手に、はきはきと話す。よく見ると、半袖から覗く腕がかなり太い。おそらく、今でもしっかり、鍛えているんだと思う。
 
「今は、記録のためじゃなくて、健康と楽しむためにやっているの。記録のためにやるのもいいけど、そういうのは、若いころに散々やって来たから。思いっ切り、楽しくやりたいのよね」

 奥様は笑顔で、とても楽しそうに答えた。

「それ、凄く分かります。いくら運動が好きでも、競技となると別ですものね。厳しいトレーニングを、一杯やらなきゃいけませんし」

 私も走るのは大好きだけど、記録を出すとなると、全く違ってくる。限界を突破するための辛いトレーニングに加え、プレッシャーも大きい。だから、中々楽しむ余裕がないんだよね。

「そうそう。そういうのはもう、年寄りにはキツイのよね」
「まぁ、若いころは、自分の限界が知りたくて、むしろ、きついトレーニングを好んでやっていたけど。もう、そんな歳でもないからね」

「そんな、お二人とも、物凄くお若く見えますよ。まだ、全然、現役バリバリじゃないですか?」

 動きがきびきびしているし、何より体がしっかりできている。普通、これぐらいの歳になると、お腹が出てきたりするのに、とてもスリムだ。しかも、腕や脚には、しっかり筋肉がついている。

「あら、お世辞でも嬉しいわ」
「あははっ、気持ちだけは、一生現役だと思うよ」

 私は別に、お世辞で言ったわけじゃなく、本当にそう思っただけだ。二人とも、六十を超えているけど、どう見ても、四十代か五十代前半にしか見えないもん。何よりも、その明るさと元気さが、若く見せているのかもしれない。

「ところで、お二人は『ノア・マラソン』に参加されたことは有りますか? 私は今回、参加する予定なんですけど」
「自分は昔、何回か参加したことあるよ」

「おぉー! どんな感じでしたか?」

 さすがは大先輩。実は、これが一番、聴きたかった話だ。

「かなり辛かったよ。初参加の時は、途中でリタイアしてしまったから」
「それが悔しくて、一年間みっちり練習して、翌年、完走したのよね」

 二人とも、とても懐かしそうに語る。

「自分は、長距離が得意だった訳じゃないし、最初は甘く考えていたんだ。ただ、二度目からは、流石に心を入れ替えて、万全の態勢で臨んだよ」

 これほどの人でも、初回はリタイア。次に完走するのに、一年のトレーニング。そう考えると、たった一ヶ月の練習で挑戦するのは、厳しいだろうか……?

「あの――私は学校卒業後は、全く走っていなかったですし。『ノア・マラソン』のためのトレーニングも、一ヶ月前に始めたばかりなんです。練習不足は百も承知ですが、それでも完走したいと思っています。やはり、甘すぎるでしょうか?」

 練習は、仕事と勉強の合間に、可能な限りはやっている。休日も、ほぼ全ての時間を、練習に充ててきた。着実に持久力も付いて、昔の勘もほぼ戻っている。ただ、練習不足と未知の距離への不安が、どうしても無くならなかった。

 旦那様は、腕を組んで目を閉じ、しばし考えたあと、静かに話し始めた。

「君の言う通り、甘いし無謀だと思う。でも、甘さも無謀さも、若者なら当たり前。『無茶の一つもしないで、何が若者だ?』って話さ。無茶は若者の特権なんだから、今のうちに、一杯するといいよ。歳をとると、出来なくなってしまうから」

 あぁ――私が求めていた答って、これだったんじゃないだろうか? 私自身、何でもやってみないと気が済まない、無謀すぎる性格だったことを、改めて思い出した。

「本当に、そうよね。どんなに体を鍛えても、気持ちばかりは、あのころに戻らないもの。もう、無茶をしようとは、思えないものね」

 一言一言が胸に響き、まるで、背中を強く押された気持ちになった。流石は、人生の大先輩。言葉の重みが違う。

「貴重なアドバイスを、ありがとうございます。思いっ切り無茶して、必ず完走します。私、子供のころから『チャレンジャー』と言われてて。無理・無茶・無謀では、誰にも負けない自信がありますので」

 私はいつだって、無謀なことに挑む、チャレンジャーだ。

「あははっ、実に頼もしい後輩だ。君ならきっと出来るよ」
「本当ね。当日は、応援に行くから、頑張ってね」
「はいっ、全力で頑張ります!」

 今までは、理想と現実のギャップで、心に迷いがあった。でも、二人と話していて、本気で完走する自信が付いた。

 そうだよ、私ってば若いんだし、無茶は私の専売特許じゃん。物事は、数字や確率が全てじゃない。勢いと力ずくで、何事もなせば成るっ! 

 おっしゃ、何が何でも完走するぞ!! 気合入れて、頑張りまっしょい!


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次回――
『マラソン会場まで走って行こうとしていたお馬鹿な子は私です』

 馬鹿は、馬鹿でも大馬鹿だったら、 なんとかなるかもな・・・
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