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第3部 笑顔の裏に隠された真実
4-5ナギサちゃんと結婚したら物凄く健康になりそう
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十二時を、少し回ったころ。私は〈ホワイト・ウイング〉の庭で、ナギサちゃんとフィニーちゃんの、お出迎えをしていた。ナギサちゃんは、大きなバスケットを。フィニーちゃんは、両手に袋を持っている。
今日は、会社のダイニングで、三人で『昼食会』をすることになっていた。もちろん、リリーシャさんに、許可はもらってある。
ただ、今回の昼食会は、ちょっと『訳アリ』だった。先日の夜『EL』で私が、ある発言をしたのが、きっかけなんだよね。
私は『ノア・マラソン』に向け、出勤前に一時間。退社後に、二時間のランニングを、毎日、行っている。トレーニングは順調だけど、一つ問題が発生していた。
それは、圧倒的な『カロリー不足』だった。何キロも走るためには、非常に多くの、カロリーが必要になる。なので、毎食、二、三個のパンだけでは、全然、足りなかったのだ。
加えて、たんぱく質も不足していた。いくら体を鍛えても、良質なたんぱく質をとらないと、筋肉はつかない。
中学時代、陸上部をやっていた時は、肉や魚など、かなりガッツリと食べていた。今思うと、母親が栄養バランスには、かなり気を遣ってくれていた気がする。
その栄養不足の惨状を、ELでつぶやいたところ、
『まったく、しょうがないわね。お昼に栄養のある物を、作って持って行くわよ』
とナギサちゃんが、差し入れを、持って来てくれることになったのだ。
渋々な感じだった割には、とても律儀なことに、その翌日から毎日、お昼に手作りの差し入れを持って来てくれた。しかも、栄養バランスが、非常によく考えられており、味も物凄くおいしかった。
ナギサちゃんって、本当に、女子力が高いんだよね。それに、言動や態度と違って、とても優しい。困ってる時は、必ず助けてくれるもん。
今までは、広場のベンチに座って、食べていた。けど、今日は、フィニーちゃんも、差し入れを持って来てくれるので、うちの会社のダイニングを、使うことになった。
私は、二人を案内し、事務所に入って行く。受付の横を通り過ぎ、事務所の奥の、ダイニング・キッチンに移動した。
「お茶を淹れるから、二人は好きな所に座って」
私は『クッキング・プレート』に、やかんを載せ、お湯を沸かし直す。さっき過熱しておいたので、すぐに湧くはずだ。ポットもティーカップも、全て準備はOK。
料理は、てんでダメだけど、お茶の用意だけは、得意になったんだよね。リリーシャさんに、お茶を淹れるのが、日課なので。
二人は、自分の持ってきた荷物を広げると、テーブルの上に、料理を並べて行った。三人分なので、今日は量が多めのようだ。
お茶の用意が終わり、ティーカップをトレーにのせ、運んでいく。すると、テーブルの上は、料理で埋め尽くされていた。
「えーと……これ、夕飯じゃなくて、お昼ごはんだよね?」
夕飯でも、多過ぎるんじゃないかと思うほど、物凄い量が並んでいる。特に、フィニーちゃんのは、明らかに三人分の量を超えていた。しかも、料理が全部、茶色い。
「ちょっと、フィニーツァ。何で全部、肉なのよ?」
「風歌、タンパク質、たりないって言ってた。だから、肉いっぱい持ってきた」
確かに、たんぱく質は凄くとれそう。でも、完全にフィニーちゃんの、好きな物を持って来た感じだ。
「それはそうだけど、栄養バランスというものが、あるでしょ? それに、いくらなんでも、量が多過ぎよ」
「大丈夫。私が全部、たべるから」
「今日は、風歌のための食事会なのよ」
「ちがう、みんなの食事会」
例のごとく、仲がいいんだか悪いんだか、お約束の言い合いから始まった。
ナギサちゃんが持って来てくれたのは、見た目もとても綺麗な、サンドイッチだ。ナギサちゃんと言えば、サンドイッチ。どの店に行っても、必ず食べてるし。自分で作るのも、凄く得意なんだよね。
味はもちろん、栄養バランスも考えて、肉・魚・野菜・チーズなど、まんべんなく入っている。
ちなみに、ナギサちゃんの作るサンドイッチは、店で売ってるのと同じか、それ以上に美味しい。パンも具も、かなり上質なものを、使っているのだと思う。その他にも、卵焼きやサラダなど、非常に体によさそうなメニューだ。
対して、フィニーちゃんが持って来たのは、プラスチックの容器に入った、ボリューム満点の肉料理だった。
唐揚げ・メンチカツ・酢豚・レバニラ炒め・肉団子・手羽先の照り焼き。びっくりするぐらい、茶色に染まっている。しかも、量が尋常じゃなく多い。まだ、温かいので、作り立てのようだ。
「二人とも、私のために、本当にありがとね。いつか必ず、お礼はするから」
「別に、そんなのいいわよ。お礼のために、やっているんじゃないのだから」
「私も、お礼いらない。食べ物の調達なら、まかせて」
ナギサちゃんは、いつも通りの照れ隠し。フィニーちゃんは、食べられれば、何でもオッケーな感じかな。
私は、二人の前にお茶を置き、席に着くと、
「それでは、二人の友情に感謝して、いただきます!」
両手を合わせて、元気よく、いただきますをする。
「豊かな恵みに感謝します」
ナギサちゃんは、いつも通り、胸の前で手を組むと、目をつぶり祈りをささげた。
フィニーちゃんは、すでに食べ始めている。これも、いつも通りだね。
私は、ダイニングに置いてある『マイお箸』を手にとる。すると、真っ先に手を伸ばしたのが、唐揚げだった。やっぱり、唐揚げって、真っ先に手が伸びちゃうよね。学生時代のお弁当の時も、最初に食べていたのが、唐揚げだった。
「この唐揚げ、超美味しいー! まだ、揚げたてみたいだけど、これフィニーちゃんが作ったの?」
サクッとした食感のあとに、口の中にジュワッと、肉汁があふれ出る。しかも、まだ暖かくて柔らかいので、物凄く美味しい。塩加減も絶妙だ。
「ちがう。会社の食堂のおばちゃんに頼んで、作ってもらった」
「えっ、もしかして、これ全部?」
「うん」
フィニーちゃんは、次々と肉料理に手を伸ばして、黙々と食べ続ける。
「〈ウィンドミル〉の食堂では、お弁当まで、作ってもらえるんだ?」
「おばちゃんと仲いいから、特別に」
「あー、なるほどね」
そういえば、フィニーちゃんって、割と誰とでも、仲良くなるんだよね。特に、歳上受けがいいみたい。見た目がカワイイいし、娘や孫みたいに、見えるのかもねぇ。
次は、ナギサちゃんが作って来た、卵焼きに手を伸ばす。売り物みたいに、見た目が物凄く綺麗だ。やっぱり、几帳面な性格が、料理にも表れるんだね。
「うーん、この卵焼きおいしー。私この味付け大好き」
かなり甘めで、ふんわりした食感がたまらない。
「糖分も必要だと思って、甘めにしておいたのよ。それに、以前、甘い卵焼きが好きだって、話していたでしょ」
「えっ、そんな話、覚えてくれてたんだ? 何か超嬉しい!」
甘い卵焼きなんて、実家にいた時以来、食べていない。昔は、ほぼ毎日、食べてたんだよね。食事だけじゃなく、お弁当にも入ってたし。
「まったく、大げさね。たまたま、覚えていただけよ」
ナギサちゃんは、プイッと横を向く。
でも、絶対に、たまたまじゃないと思う。ナギサちゃんって、結構、人のことよく見てるし。一度、話した内容って、しっかり覚えてるんだよね。その細やかな気遣いは、シルフィードには、とても大事なものだ。私も見習わないと。
お次は、メインディッシュの、サンドイッチに手を伸ばす。食べなくても、もう見ただけで、美味しいのが分かる。
最初は、定番のハムサンドから。何層も重ねてある薄切りハムと、かんだ瞬間、口の中に広がる、からしマヨネーズ。新鮮なレタスの、シャキシャキした食感。全てが絶妙のバランスだ。でも、何と言っても、ハムが物凄く美味しい。
「超美味しー! これって、かなり高級なハム使ってない?」
「近所のデパートで買った、普通のハムよ」
「それ間違いなく、高級食材じゃん。安いの買うなら、スーパーに行くでしょ?」
私の頭の中では『デパート = 高級』の認識だ。私の場合、買い物は、商店街かスーパーの特売品だけ。もちろん、値引きシール付きも、欠かせない。そもそも、デパートなんて、恐れ多くて、近付きすらしなかった。
「大げさね。デパートのほうが、会社の寮から近いし。一ヶ所で、全ての買い物が済むから楽なのよ。それに、値段だって、数十ベルぐらいしか、違わないと思うわ」
ナギサちゃんは、サラッと答える。
いや、その数十ベルのために、いくつもの店を、はしごしてるんですけど――。この庶民的な感覚は、ナギサちゃんには、分からないんだろうなぁ。
でも、私もこっちに、来てからなんだけどね。チラシを真剣に見る、主婦の気持ちが、分かったのって。
ま、今は細かいことは気にせず、食事を楽しもう。値段はさて置き、物凄く美味しいのは、事実なんだから。
ナギサちゃんの料理と、フィニーちゃんが持ってきた料理を、交互に食べるのが、ちょうどいい感じ。
ヘルシーで、サッパリした料理を食べたあと、ボリューム満点で、こってりした味付けの料理を食べる。これは、最高のローテーションだった。片方だけの場合が多いから、この対極的な料理の組み合わせは、非常に贅沢だと思う。
「うーん、どれも超美味しい! 最高に幸せー」
さっぱり味も好きだし、こってり油っぽいのも好き。いつもは、三食パンだけだから、夢のように豪華な食事だ。
「風歌は、何でも美味しそうに、食べるわね。ごく普通の、料理だと思うけど」
「だって、本当においしいんだもん。こんなちゃんとした料理、めったに食べられないから」
「相変わらず、パンばかり食べているの?」
「パンばかりというか、パンしか食べてないけど……」
普段も、かなり、ギリギリの生活をしているけど、今月はさらに苦しい。というのも、トレーニング・ウェアと、ランニング・シューズを購入したいからだ。
長時間、しかも朝夕、走って汗をかくから、ウェアは毎日、洗わなければならない。夜洗って乾すと、翌日、生乾きの時もあるんだよね。走ってる間に、乾くからいいけど。あまり、気分のいいものではない。
靴も走る距離が長いから、靴底がすり減ってしまう。そもそも、中学時代のシューズを持ってきたから、結構、痛んでいた。
買うかどうか、かなり迷ったけど、本気でやるなら、最低限の準備は必要だ。五十キロも走るなら、万全の準備が必要だよね。
ただ、食費の一週間分ほどの、大きな出費が必要になる。そのため、ただでさえ少なかった食費を、さらに切り詰め、完全な『カロリー不足』になってしまった。そこで、今回、二人に助けてもらったのだ。
「まったく、そんな食生活をしていたら、いつか体を壊すわよ。まぁ、ノア・マラソンが終わったあとも、定期的に、差し入れしてあげるわよ」
「えっ、本当にいいの?」
おぉー!! それは、滅茶苦茶うれしい。ナギサちゃんの料理、凄くおいしいし。何より、栄養バランスが、しっかり計算されている。
「万一、倒れたりでもしたら、困るでしょ。仕送りもない、実家にも帰れない、病院に行くお金もない。何かあったら、どうするつもりよ?」
「んがっ――。そこまでは、考えてませんでした。何とかなるかなぁー、なんて」
「相変わらず、考えなしね。何とかならないから、差し入れしてるんでしょ」
「ぐっ……その通りです、はい」
まったくもって、返す言葉がない。たいていは何とかなるけど、栄養問題だけは、気合じゃ解決できないもんね――。
「まぁ、料理は好きだし。一人分も二人分も、手間は変わらないから、これからも差し入れはするけど。ちゃんと、健康や生活のこと、考えなさいよ。一人前になるのは、まだ先のことなんだから」
確かに、まだまだ先は長いからね。健康も、しっかり考えないと。
「ありがとう、ナギサちゃん。もう、私と結婚してー」
「はぁ?! 何ふざけたこと、言ってるのよ? 私にそんな趣味ないわよ!」
冗談で言ったんだけど、真に受けるナギサちゃん。冗談にマジレスして来るのは、いつものことだ。
「ナギサ、私の分も、差し入れ作って」
黙々と食べていたフィニーちゃんが、ボソッと呟く。
「フィニーツァは、仕送りも貰っているし、社員食堂で安く食べられるでしょ?」
「じゃあ、ママになって。そしたら、毎食、作ってもらえる」
「それいいねー。私もナギサママに、養ってもらいたい」
私も、フィニーちゃんの冗談に乗っかる。
「誰がママよ?! こんな大きな子供が、いるような歳じゃないわよ!」
案の定、本気で返して来た。
その必死の表情に、私は思わず、ゲラゲラと笑ってしまった。フィニーちゃんも、口元を手で押さえ、横を向いて、体が小刻みに震えていた。
「ちょっと、あなたたち。行儀が悪すぎるわよ! 食事の時ぐらい、大人しくできないの? あと、フィニーツァは、肉ばっかり食べてないで、野菜も食べなさい」
いつもの、お説教モードが始まるが、
「わかった、ナギサママ」
「はーい、ナギサママ」
私たちは、笑顔で切り返す。
「って、全然、分かってないじゃないのよ!」
フィニーちゃんと私がボケて、ナギサちゃんが突っ込むスタイルが、最近は、すっかり定着してしまった。
でも、フィニーちゃんも、以前より話すようになったし。ナギサちゃんも、だいぶ肩の力が、抜けてきた気がする。やっぱ、この三人で集まると、凄く楽しいなぁ。
今日は、本当にありがとね、ナギサちゃん、フィニーちゃん。二人の友情と、優しさに答えるためにも、私、精一杯、頑張るよ。
栄養もしっかりとれたし、これからもトレーニング、全力で頑張りまっしょい!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『スポ根と言えば浜辺の全力ダッシュは基本でしょ』
「体力」「精神力」最後は「根性」
今日は、会社のダイニングで、三人で『昼食会』をすることになっていた。もちろん、リリーシャさんに、許可はもらってある。
ただ、今回の昼食会は、ちょっと『訳アリ』だった。先日の夜『EL』で私が、ある発言をしたのが、きっかけなんだよね。
私は『ノア・マラソン』に向け、出勤前に一時間。退社後に、二時間のランニングを、毎日、行っている。トレーニングは順調だけど、一つ問題が発生していた。
それは、圧倒的な『カロリー不足』だった。何キロも走るためには、非常に多くの、カロリーが必要になる。なので、毎食、二、三個のパンだけでは、全然、足りなかったのだ。
加えて、たんぱく質も不足していた。いくら体を鍛えても、良質なたんぱく質をとらないと、筋肉はつかない。
中学時代、陸上部をやっていた時は、肉や魚など、かなりガッツリと食べていた。今思うと、母親が栄養バランスには、かなり気を遣ってくれていた気がする。
その栄養不足の惨状を、ELでつぶやいたところ、
『まったく、しょうがないわね。お昼に栄養のある物を、作って持って行くわよ』
とナギサちゃんが、差し入れを、持って来てくれることになったのだ。
渋々な感じだった割には、とても律儀なことに、その翌日から毎日、お昼に手作りの差し入れを持って来てくれた。しかも、栄養バランスが、非常によく考えられており、味も物凄くおいしかった。
ナギサちゃんって、本当に、女子力が高いんだよね。それに、言動や態度と違って、とても優しい。困ってる時は、必ず助けてくれるもん。
今までは、広場のベンチに座って、食べていた。けど、今日は、フィニーちゃんも、差し入れを持って来てくれるので、うちの会社のダイニングを、使うことになった。
私は、二人を案内し、事務所に入って行く。受付の横を通り過ぎ、事務所の奥の、ダイニング・キッチンに移動した。
「お茶を淹れるから、二人は好きな所に座って」
私は『クッキング・プレート』に、やかんを載せ、お湯を沸かし直す。さっき過熱しておいたので、すぐに湧くはずだ。ポットもティーカップも、全て準備はOK。
料理は、てんでダメだけど、お茶の用意だけは、得意になったんだよね。リリーシャさんに、お茶を淹れるのが、日課なので。
二人は、自分の持ってきた荷物を広げると、テーブルの上に、料理を並べて行った。三人分なので、今日は量が多めのようだ。
お茶の用意が終わり、ティーカップをトレーにのせ、運んでいく。すると、テーブルの上は、料理で埋め尽くされていた。
「えーと……これ、夕飯じゃなくて、お昼ごはんだよね?」
夕飯でも、多過ぎるんじゃないかと思うほど、物凄い量が並んでいる。特に、フィニーちゃんのは、明らかに三人分の量を超えていた。しかも、料理が全部、茶色い。
「ちょっと、フィニーツァ。何で全部、肉なのよ?」
「風歌、タンパク質、たりないって言ってた。だから、肉いっぱい持ってきた」
確かに、たんぱく質は凄くとれそう。でも、完全にフィニーちゃんの、好きな物を持って来た感じだ。
「それはそうだけど、栄養バランスというものが、あるでしょ? それに、いくらなんでも、量が多過ぎよ」
「大丈夫。私が全部、たべるから」
「今日は、風歌のための食事会なのよ」
「ちがう、みんなの食事会」
例のごとく、仲がいいんだか悪いんだか、お約束の言い合いから始まった。
ナギサちゃんが持って来てくれたのは、見た目もとても綺麗な、サンドイッチだ。ナギサちゃんと言えば、サンドイッチ。どの店に行っても、必ず食べてるし。自分で作るのも、凄く得意なんだよね。
味はもちろん、栄養バランスも考えて、肉・魚・野菜・チーズなど、まんべんなく入っている。
ちなみに、ナギサちゃんの作るサンドイッチは、店で売ってるのと同じか、それ以上に美味しい。パンも具も、かなり上質なものを、使っているのだと思う。その他にも、卵焼きやサラダなど、非常に体によさそうなメニューだ。
対して、フィニーちゃんが持って来たのは、プラスチックの容器に入った、ボリューム満点の肉料理だった。
唐揚げ・メンチカツ・酢豚・レバニラ炒め・肉団子・手羽先の照り焼き。びっくりするぐらい、茶色に染まっている。しかも、量が尋常じゃなく多い。まだ、温かいので、作り立てのようだ。
「二人とも、私のために、本当にありがとね。いつか必ず、お礼はするから」
「別に、そんなのいいわよ。お礼のために、やっているんじゃないのだから」
「私も、お礼いらない。食べ物の調達なら、まかせて」
ナギサちゃんは、いつも通りの照れ隠し。フィニーちゃんは、食べられれば、何でもオッケーな感じかな。
私は、二人の前にお茶を置き、席に着くと、
「それでは、二人の友情に感謝して、いただきます!」
両手を合わせて、元気よく、いただきますをする。
「豊かな恵みに感謝します」
ナギサちゃんは、いつも通り、胸の前で手を組むと、目をつぶり祈りをささげた。
フィニーちゃんは、すでに食べ始めている。これも、いつも通りだね。
私は、ダイニングに置いてある『マイお箸』を手にとる。すると、真っ先に手を伸ばしたのが、唐揚げだった。やっぱり、唐揚げって、真っ先に手が伸びちゃうよね。学生時代のお弁当の時も、最初に食べていたのが、唐揚げだった。
「この唐揚げ、超美味しいー! まだ、揚げたてみたいだけど、これフィニーちゃんが作ったの?」
サクッとした食感のあとに、口の中にジュワッと、肉汁があふれ出る。しかも、まだ暖かくて柔らかいので、物凄く美味しい。塩加減も絶妙だ。
「ちがう。会社の食堂のおばちゃんに頼んで、作ってもらった」
「えっ、もしかして、これ全部?」
「うん」
フィニーちゃんは、次々と肉料理に手を伸ばして、黙々と食べ続ける。
「〈ウィンドミル〉の食堂では、お弁当まで、作ってもらえるんだ?」
「おばちゃんと仲いいから、特別に」
「あー、なるほどね」
そういえば、フィニーちゃんって、割と誰とでも、仲良くなるんだよね。特に、歳上受けがいいみたい。見た目がカワイイいし、娘や孫みたいに、見えるのかもねぇ。
次は、ナギサちゃんが作って来た、卵焼きに手を伸ばす。売り物みたいに、見た目が物凄く綺麗だ。やっぱり、几帳面な性格が、料理にも表れるんだね。
「うーん、この卵焼きおいしー。私この味付け大好き」
かなり甘めで、ふんわりした食感がたまらない。
「糖分も必要だと思って、甘めにしておいたのよ。それに、以前、甘い卵焼きが好きだって、話していたでしょ」
「えっ、そんな話、覚えてくれてたんだ? 何か超嬉しい!」
甘い卵焼きなんて、実家にいた時以来、食べていない。昔は、ほぼ毎日、食べてたんだよね。食事だけじゃなく、お弁当にも入ってたし。
「まったく、大げさね。たまたま、覚えていただけよ」
ナギサちゃんは、プイッと横を向く。
でも、絶対に、たまたまじゃないと思う。ナギサちゃんって、結構、人のことよく見てるし。一度、話した内容って、しっかり覚えてるんだよね。その細やかな気遣いは、シルフィードには、とても大事なものだ。私も見習わないと。
お次は、メインディッシュの、サンドイッチに手を伸ばす。食べなくても、もう見ただけで、美味しいのが分かる。
最初は、定番のハムサンドから。何層も重ねてある薄切りハムと、かんだ瞬間、口の中に広がる、からしマヨネーズ。新鮮なレタスの、シャキシャキした食感。全てが絶妙のバランスだ。でも、何と言っても、ハムが物凄く美味しい。
「超美味しー! これって、かなり高級なハム使ってない?」
「近所のデパートで買った、普通のハムよ」
「それ間違いなく、高級食材じゃん。安いの買うなら、スーパーに行くでしょ?」
私の頭の中では『デパート = 高級』の認識だ。私の場合、買い物は、商店街かスーパーの特売品だけ。もちろん、値引きシール付きも、欠かせない。そもそも、デパートなんて、恐れ多くて、近付きすらしなかった。
「大げさね。デパートのほうが、会社の寮から近いし。一ヶ所で、全ての買い物が済むから楽なのよ。それに、値段だって、数十ベルぐらいしか、違わないと思うわ」
ナギサちゃんは、サラッと答える。
いや、その数十ベルのために、いくつもの店を、はしごしてるんですけど――。この庶民的な感覚は、ナギサちゃんには、分からないんだろうなぁ。
でも、私もこっちに、来てからなんだけどね。チラシを真剣に見る、主婦の気持ちが、分かったのって。
ま、今は細かいことは気にせず、食事を楽しもう。値段はさて置き、物凄く美味しいのは、事実なんだから。
ナギサちゃんの料理と、フィニーちゃんが持ってきた料理を、交互に食べるのが、ちょうどいい感じ。
ヘルシーで、サッパリした料理を食べたあと、ボリューム満点で、こってりした味付けの料理を食べる。これは、最高のローテーションだった。片方だけの場合が多いから、この対極的な料理の組み合わせは、非常に贅沢だと思う。
「うーん、どれも超美味しい! 最高に幸せー」
さっぱり味も好きだし、こってり油っぽいのも好き。いつもは、三食パンだけだから、夢のように豪華な食事だ。
「風歌は、何でも美味しそうに、食べるわね。ごく普通の、料理だと思うけど」
「だって、本当においしいんだもん。こんなちゃんとした料理、めったに食べられないから」
「相変わらず、パンばかり食べているの?」
「パンばかりというか、パンしか食べてないけど……」
普段も、かなり、ギリギリの生活をしているけど、今月はさらに苦しい。というのも、トレーニング・ウェアと、ランニング・シューズを購入したいからだ。
長時間、しかも朝夕、走って汗をかくから、ウェアは毎日、洗わなければならない。夜洗って乾すと、翌日、生乾きの時もあるんだよね。走ってる間に、乾くからいいけど。あまり、気分のいいものではない。
靴も走る距離が長いから、靴底がすり減ってしまう。そもそも、中学時代のシューズを持ってきたから、結構、痛んでいた。
買うかどうか、かなり迷ったけど、本気でやるなら、最低限の準備は必要だ。五十キロも走るなら、万全の準備が必要だよね。
ただ、食費の一週間分ほどの、大きな出費が必要になる。そのため、ただでさえ少なかった食費を、さらに切り詰め、完全な『カロリー不足』になってしまった。そこで、今回、二人に助けてもらったのだ。
「まったく、そんな食生活をしていたら、いつか体を壊すわよ。まぁ、ノア・マラソンが終わったあとも、定期的に、差し入れしてあげるわよ」
「えっ、本当にいいの?」
おぉー!! それは、滅茶苦茶うれしい。ナギサちゃんの料理、凄くおいしいし。何より、栄養バランスが、しっかり計算されている。
「万一、倒れたりでもしたら、困るでしょ。仕送りもない、実家にも帰れない、病院に行くお金もない。何かあったら、どうするつもりよ?」
「んがっ――。そこまでは、考えてませんでした。何とかなるかなぁー、なんて」
「相変わらず、考えなしね。何とかならないから、差し入れしてるんでしょ」
「ぐっ……その通りです、はい」
まったくもって、返す言葉がない。たいていは何とかなるけど、栄養問題だけは、気合じゃ解決できないもんね――。
「まぁ、料理は好きだし。一人分も二人分も、手間は変わらないから、これからも差し入れはするけど。ちゃんと、健康や生活のこと、考えなさいよ。一人前になるのは、まだ先のことなんだから」
確かに、まだまだ先は長いからね。健康も、しっかり考えないと。
「ありがとう、ナギサちゃん。もう、私と結婚してー」
「はぁ?! 何ふざけたこと、言ってるのよ? 私にそんな趣味ないわよ!」
冗談で言ったんだけど、真に受けるナギサちゃん。冗談にマジレスして来るのは、いつものことだ。
「ナギサ、私の分も、差し入れ作って」
黙々と食べていたフィニーちゃんが、ボソッと呟く。
「フィニーツァは、仕送りも貰っているし、社員食堂で安く食べられるでしょ?」
「じゃあ、ママになって。そしたら、毎食、作ってもらえる」
「それいいねー。私もナギサママに、養ってもらいたい」
私も、フィニーちゃんの冗談に乗っかる。
「誰がママよ?! こんな大きな子供が、いるような歳じゃないわよ!」
案の定、本気で返して来た。
その必死の表情に、私は思わず、ゲラゲラと笑ってしまった。フィニーちゃんも、口元を手で押さえ、横を向いて、体が小刻みに震えていた。
「ちょっと、あなたたち。行儀が悪すぎるわよ! 食事の時ぐらい、大人しくできないの? あと、フィニーツァは、肉ばっかり食べてないで、野菜も食べなさい」
いつもの、お説教モードが始まるが、
「わかった、ナギサママ」
「はーい、ナギサママ」
私たちは、笑顔で切り返す。
「って、全然、分かってないじゃないのよ!」
フィニーちゃんと私がボケて、ナギサちゃんが突っ込むスタイルが、最近は、すっかり定着してしまった。
でも、フィニーちゃんも、以前より話すようになったし。ナギサちゃんも、だいぶ肩の力が、抜けてきた気がする。やっぱ、この三人で集まると、凄く楽しいなぁ。
今日は、本当にありがとね、ナギサちゃん、フィニーちゃん。二人の友情と、優しさに答えるためにも、私、精一杯、頑張るよ。
栄養もしっかりとれたし、これからもトレーニング、全力で頑張りまっしょい!
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次回――
『スポ根と言えば浜辺の全力ダッシュは基本でしょ』
「体力」「精神力」最後は「根性」
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スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
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