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第3部 笑顔の裏に隠された真実
2-7迷子の少女を見つけた場合どうすればいいと思う?
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私は〈北地区〉に来ていた。午前中の雑用は、わりと簡単に終わったので、今日はとても気分がいい。
だから、まじめに練習しようと思ったけど、ナギサは会社のセミナー、風歌は先輩の仕事の付きそいだ。一人だと、あまりやる気が出ないので、とりあえず〈北地区〉にやってきた。
〈北地区〉は、人が少なくて静かなので〈西地区〉の次に好き。昼寝のスポットもあるし、穴場の飲食店も、結構ある。
最初に向かったのは『ウイング焼き』の出店だ。町のあちこちにあるけど、店によって、だいぶ味が違う。町中の出店を回ってみたけど、ここには五本の指に入る、超おいしい店がある。シンプルなお菓子だけど、生地や具は、かなりの違いがあった。
店に着くと、とりあえず、ウイング焼きを十個買う。焼きたては、凄くおいしいので、いくらでも食べられる。私は、ぬくぬくした紙袋を抱えながら、ご機嫌に歩いていた。あとは、広場のベンチに座って、のんびり食べるだけだ。
ついでだから、今日のランチは〈北地区〉で食べよう。この地区は、漁港や市場が近いので、魚料理のおいしい店が多い。
ワクワクしながら、軽い足取りで歩いていると、服が何かに引っ掛かった。
あれ、道の真ん中で、引っ掛かる物なんかあったっけ?
ゆっくり振り返ると、そこには、小さな女の子が立っていた。私の服の背中を掴みながら、ジーッと見つめてくる。無言のまま、マジマジと見て来るので、居心地が悪い。
「ん……どうした?」
私は、恐る恐る声をかけた。
でも、少女は黙って見つめたまま、何も答えない。沈黙が訪れ、気まずい空気が流れる。どうしていいか分からず、しばし固まった。私は、子供が物凄く苦手だ。何を考えているか分からないし、うるさいからだ。でも、静かすぎるのも困る。
えーと、どうすれば――? 私は、子供をあやしたりとか、気の利いた言葉はいえない。しかも、この子は、私以上に無口だ。無口な人間同士では、全く会話が成立しない。
そうだ、風歌たちに助けを求めよう。いや……そういえば、今日は二人とも、用事があっていないんだった。メイリオ先輩は――今日は、予約が一杯だって、言ってたっけ。
んー、んー、んー……。困った――本当に困った。
少女は、私の服を掴んだまま、ずっと私を見つめて動かない。私はその時、抱えている袋のことを思い出した。
「ウイング焼き……食べる?」
これ以外に、気の利いた言葉が、思い浮かばなかった。
少女は、しばしジーッと見つめたあと、小さく頷いた。それを見て、少しホッとする。どうやら、言葉は通じているようだ。
少し先にある広場まで移動すると、彼女を椅子に座らせ、ウイング焼きを渡した。焼きたてなので、まだホカホカだ。
しかし、彼女は食べようとせず、しばらくジーッと、ウイング焼きを見つめていた。一分ほどたって、ようやく彼女は食べ始める。
ふぅー。何かいちいち緊張する。
全てに対して、反応が物凄く遅く、表情も変わらないので、何を考えているのか全く分からない。あー、でも、私も表情変わらないから、昔は『何を考えてるか分からない子』って、よく大人に、言われてた気がする。
しばらく、二人でベンチに座って、ウイング焼きを食べてくつろいだ。でも、食べ終わると、またさっきと同じ状態になってしまった。少女は無言のまま、私をジーッと見つめて来る。そんなに見つめられると、物凄くやりづらい――。
やはり、警察に連れて行くべきだろうか? でも、こんなボーッとした子が、そんなに遠出をするとも思えない。
だとすると、この近所に、住んでいるのだろうか? 警察に任せたほうが確実だけど、何もせず他人に丸投げするのも、少し気が引ける。
「家、どこか分かる?」
念のため質問したが、彼女はジーッと私を見つめたあと、首をかしげる。
まぁ、予想はしてた。やっぱり、間違いなく迷子のようだ。
「一緒に、家探しにいこう」
私はベンチから立ち上がると、右手を差し出した。
手をつないだりとか、面倒だけど、服を掴まれるよりはいい。服を掴まれてると、後ろが気になって、歩きづらい。
歩きながら、見覚えがあるか、ちょこちょこ尋ねるが、反応は毎回おなじ。しばらく考え込んだあと、首をかしげるだけ。こんなタイプの子は、初めてだ。静かなのはいいけど、こうも反応がなさすぎると困る。
私も無口だから、お互いに、ずっと無言のまま歩き続けた。長時間、沈黙していると、何か気まずくなってくる。チラチラと隣を確認するが、本人は特に気にした様子はなく、ボーッと遠くを眺めていた。
あちこち歩いてみたけど、結局、何の手がかりもないまま、時間だけが過ぎて行く。歩いている途中で、私のお腹が『グーッ』と鳴った。元々歩き回る予定なんかなかったし、時計を見たら、もう十二時を回っていた。
「お腹すいたから、ご飯食べていかない?」
私は少女に声をかける。
彼女は、しばし私を見つめたあと、小さくうなずいた。ただ見つめているのではなく、色々と考えているようだ。
とりあえず、最初に目に付いた食堂に入る。外のメニューには、沢山の魚料理が書いてあった。経験上、魚がメインの店には、ハズレがない。特にこの地区は〈セベリン市場〉が近いため、新鮮な魚を扱っているからだ。
店内に入ると、向かい合わせにテーブルに座り『おすすめ日替わり定食』を頼む。魚料理は、特にこだわりがなければ、お店のおすすめが一番だ。その日に仕入れた、一番おいしい魚を出してくれる。
少女は、またジーッと、私を見つめて来た。見つめられると落ち着かないので、視線をそらして、壁のメニューの札を眺める。
壁中に貼られている、沢山の手書きメニューを見ながら待つのが、町の定食屋の楽しいところだ。料理を想像したり、次に来た時、なにを頼むか考えるだけで、ワクワクする。
チラリと横目で少女を見るが、まだこちらを見つめていた。本人に悪気はないと思うけど、やっぱり、ジーッと見られるのは苦手。
ほどなくして、料理が運ばれて来た。思ったよりも早い。トレーには、各種フライ・お刺身・あら汁・ご飯・野菜の漬物がのっていた。どれも、凄くおいしそう。これだけあって、六百ベルは超安い。
私は、フライにソースをかけると、フォークに手を伸ばし、さっそく食べ始めた。だが、少女はジーッと眺めたまま、食べようとはしなかった。
「もしかして、魚嫌いだった……?」
そういえば、食べ物の好みを、きくの忘れてた。この町の人は、みんな魚が好きだと、思い込んでいたからだ。
彼女は、少し考え込んだあと、静かに首を横に振った。しばらく料理を見つめたあと、フォークを手に取り、ゆっくりと食べ始めた。
その様子をみて、ホッと一息つく。私は、うるさい子供が嫌いだけど、こうも静かすぎると、逆に疲れる。やっぱり、子供は元気なほうが、いいのかもしれない――。
私は、彼女がゆっくり食べている間に、ご飯を三回お代わりした。ついでに、フライも追加で頼む。
普段なら、もっとたくさん食べるけど、今日は一緒にいる子に合わせて、だいぶ控えめだ。このあと、また、家探しをしなければならないし。今一つ、食欲がわいてこない。
少女は、とても時間は掛かったけど、ちゃんと完食した。表情は変わらないけど、満足した様子だった。何となくだけど、そんな感じがする。
会計を済ませると、私たちは店を出て、家探しを再開した。本当なら、食後はどこかで昼寝をしたいけど、そこはグッと我慢。明るいうちに見つけないと、あとあと大変だ。もしかしたら、親も心配しているかもしれない。
念のため、歩きながら彼女に質問する。だが、相変わらず、的を得た答は返ってこなかった。道も見覚えがない様子だ。彼女に視線を向けると、こちらをジーッと見つめ返して来る。ずっと、この繰り返しで、全く進展がない。本当に困った……。
でも、最初に会った時に比べると、彼女の目に、力がある気がする。最初は、もっとボーッとした感じだったけど、ご飯を食べて、元気が出たのだろうか? それとも、少しずつ、意思疎通ができるように、なって来たのだろうか?
歩き回ること、一時間以上。全く進展がないので、さすがに焦って来た。知らない人と話すのは、超面倒だけど、出会った人に、この子のことを尋ねてみる。でも、誰もこの子のことを、知らなかった。
本当に、この近所の子なんだろうか? もしかしたら、物凄く遠いところから、来たんじゃないの? やはり、最初から、警察に行くべきだったのかも?
考えている内に、だんだん不安になって来た。
色んな人にきいて回ること、十数人目。ようやく、この子を知っている人に出会った。何でも、ここから少し離れた所にある公園で、見掛けたことが有るらしい。
家の場所はわからないけど、公園のそばに、住んでいる可能性がある。私は、彼女の手を引いて、目的の公園を目指した。
公園にたどり着くと、少女は入口の前で、立ち止まった。
「ここ知ってる?」
念のためきいてみると、しばし考えたあと、小さく頷いた。
となると、やっぱり、この近くに住んでるのかもしれない。でも、歩きっぱなしで、さすがに疲れた。
普段、移動は、全てエア・ドルフィンなので、あんまり歩き慣れてはいない。とりあえず、二人でベンチに座って、ちょっと休憩することにした。
さて、これからどうしよう? 時間は三時を過ぎて、もうすぐ夕方だし、そろそろ見つけないとまずい。
もうちょっとだけ、探してだめなら、警察に連れて行こうか――。などと考えていると、一人の女性が、息を切らせて走って来た。
「エフィー……どこに行っていたの? 随分、探し回ったのよ」
見た感じ、母親だろうか? 何となく顔が似ている。
少女は、しばらくジーッと見つめたあと、小さくうなずいた。母親に対しても、いつもこんな感じ? いくらなんでも、反応がゆっくり過ぎる。
「あの、もしかして、この子を連れて来てくれた方ですか?」
「通りを歩いていたら、服を掴まれたので」
「ご迷惑をお掛けして、すいませんでした。この子、よく迷子になるんです」
彼女は深々と頭を下げる。
「いや、大丈夫。家覚えてないみたいだったので、三時間以上、探し回ったけど」
「なっ、三時間も?! お仕事中に、すいません。本当に、すいません」
彼女は、何度も頭を下げて謝るが、そこまでする必要はない。ちょっと、予定は狂ってしまったけど、お目当ての、ウイング焼きも食べられたし。おいしい定食屋も、見付けられたから。
それに、家探しをしている間に、この地区の地形も、だいぶ覚えることができた。結果的に、ちゃんと練習にもなっていたからだ。
「時間かかったけど、見つかってよかった。この子、いつも全然、話さないの?」
「実は、この子は自閉症で。人との会話や意思疎通が、極端に苦手なんです」
「あぁ、そういうこと――。まぁ、偶然、出会ってよかった。会話はなかったけど、ずっと大人しくついて来たし」
以前、聞いたことがある。自閉症の人は、感情表現や意思を伝えたりが、上手くできないって。ただ、大人しくて、ノンビリな子かと思ってた。けど、それだけでは無いらしい。
「この子は、物凄く人見知りなので、誰かについて行くのは、珍しいんです。普段、知らない人には、目も合わせないですし。でも、あなたには、かなり懐ているみたいですね」
「そうなの?」
少女を見ると、私の目を、ジーッと見つめてきた。これって、懐いているってこと? 私、特に何もしてないけど……。
「エフィー、渡しておいたメモは、見せなかったの?」
彼女は少し考えたあと、ポケットから折りたたまれた紙を出し、私に渡してきた。
「ちょっと、エフィー。今渡しても遅いでしょ。迷子になった時に、渡すのよ」
私はとりあえず、紙を開いて中を見る。そこには『エリスフィール・グリーン』という、彼女の名前と、家の住所が書いてあった。
なるほど、略してエフィーか。そういえば、まだ彼女の名前きいてなかった。でも、親とも会えたし、名前も知れたし。凄くのんびりな理由も分かって、何かスッキリした。
「それじゃ、仕事に戻るので」
私は、エフィーにメモを返すと、ゆっくり立ち上がった。
エア・ドルフィンを取りに行って〈北地区〉を軽く流してから、会社に戻ろうかな。それで、飛行訓練、したことになるし。
あと、今日はいっぱい歩いたから、超お腹減った。勤務時間が終わったら、すぐに社員食堂に行って、大盛りの料理を食べまくろう。
私が立ち去ろうとすると、背中をクイッと引っ張られる。振り向くと、エフィーが私の服を、掴んでいた。そういえば、出会った時も、こんな感じだった。
彼女は、ジーッと私の顔を見ていたが、相変わらず口は開かない。その代り、柔らかな笑顔に変わった。
おぉっ、初めて笑った!
その笑顔は、ほんの一瞬だけだった。再び、いつもの無表情に戻る。でも、不思議と心が温かくなった。その笑顔が、今日の中で一番、嬉しかったかもしれない。
彼女が服から手を離すと、私も彼女に微笑みかける。
「エフィー、またね」
軽く手を振って、その場をあとにした。
大変ではあったけど、たまには、ハラハラ、ドキドキする、こんな冒険もいいかもしれない。それに、ほんのちょっとだけ、子供が苦手じゃなくなったかも……。
だから、まじめに練習しようと思ったけど、ナギサは会社のセミナー、風歌は先輩の仕事の付きそいだ。一人だと、あまりやる気が出ないので、とりあえず〈北地区〉にやってきた。
〈北地区〉は、人が少なくて静かなので〈西地区〉の次に好き。昼寝のスポットもあるし、穴場の飲食店も、結構ある。
最初に向かったのは『ウイング焼き』の出店だ。町のあちこちにあるけど、店によって、だいぶ味が違う。町中の出店を回ってみたけど、ここには五本の指に入る、超おいしい店がある。シンプルなお菓子だけど、生地や具は、かなりの違いがあった。
店に着くと、とりあえず、ウイング焼きを十個買う。焼きたては、凄くおいしいので、いくらでも食べられる。私は、ぬくぬくした紙袋を抱えながら、ご機嫌に歩いていた。あとは、広場のベンチに座って、のんびり食べるだけだ。
ついでだから、今日のランチは〈北地区〉で食べよう。この地区は、漁港や市場が近いので、魚料理のおいしい店が多い。
ワクワクしながら、軽い足取りで歩いていると、服が何かに引っ掛かった。
あれ、道の真ん中で、引っ掛かる物なんかあったっけ?
ゆっくり振り返ると、そこには、小さな女の子が立っていた。私の服の背中を掴みながら、ジーッと見つめてくる。無言のまま、マジマジと見て来るので、居心地が悪い。
「ん……どうした?」
私は、恐る恐る声をかけた。
でも、少女は黙って見つめたまま、何も答えない。沈黙が訪れ、気まずい空気が流れる。どうしていいか分からず、しばし固まった。私は、子供が物凄く苦手だ。何を考えているか分からないし、うるさいからだ。でも、静かすぎるのも困る。
えーと、どうすれば――? 私は、子供をあやしたりとか、気の利いた言葉はいえない。しかも、この子は、私以上に無口だ。無口な人間同士では、全く会話が成立しない。
そうだ、風歌たちに助けを求めよう。いや……そういえば、今日は二人とも、用事があっていないんだった。メイリオ先輩は――今日は、予約が一杯だって、言ってたっけ。
んー、んー、んー……。困った――本当に困った。
少女は、私の服を掴んだまま、ずっと私を見つめて動かない。私はその時、抱えている袋のことを思い出した。
「ウイング焼き……食べる?」
これ以外に、気の利いた言葉が、思い浮かばなかった。
少女は、しばしジーッと見つめたあと、小さく頷いた。それを見て、少しホッとする。どうやら、言葉は通じているようだ。
少し先にある広場まで移動すると、彼女を椅子に座らせ、ウイング焼きを渡した。焼きたてなので、まだホカホカだ。
しかし、彼女は食べようとせず、しばらくジーッと、ウイング焼きを見つめていた。一分ほどたって、ようやく彼女は食べ始める。
ふぅー。何かいちいち緊張する。
全てに対して、反応が物凄く遅く、表情も変わらないので、何を考えているのか全く分からない。あー、でも、私も表情変わらないから、昔は『何を考えてるか分からない子』って、よく大人に、言われてた気がする。
しばらく、二人でベンチに座って、ウイング焼きを食べてくつろいだ。でも、食べ終わると、またさっきと同じ状態になってしまった。少女は無言のまま、私をジーッと見つめて来る。そんなに見つめられると、物凄くやりづらい――。
やはり、警察に連れて行くべきだろうか? でも、こんなボーッとした子が、そんなに遠出をするとも思えない。
だとすると、この近所に、住んでいるのだろうか? 警察に任せたほうが確実だけど、何もせず他人に丸投げするのも、少し気が引ける。
「家、どこか分かる?」
念のため質問したが、彼女はジーッと私を見つめたあと、首をかしげる。
まぁ、予想はしてた。やっぱり、間違いなく迷子のようだ。
「一緒に、家探しにいこう」
私はベンチから立ち上がると、右手を差し出した。
手をつないだりとか、面倒だけど、服を掴まれるよりはいい。服を掴まれてると、後ろが気になって、歩きづらい。
歩きながら、見覚えがあるか、ちょこちょこ尋ねるが、反応は毎回おなじ。しばらく考え込んだあと、首をかしげるだけ。こんなタイプの子は、初めてだ。静かなのはいいけど、こうも反応がなさすぎると困る。
私も無口だから、お互いに、ずっと無言のまま歩き続けた。長時間、沈黙していると、何か気まずくなってくる。チラチラと隣を確認するが、本人は特に気にした様子はなく、ボーッと遠くを眺めていた。
あちこち歩いてみたけど、結局、何の手がかりもないまま、時間だけが過ぎて行く。歩いている途中で、私のお腹が『グーッ』と鳴った。元々歩き回る予定なんかなかったし、時計を見たら、もう十二時を回っていた。
「お腹すいたから、ご飯食べていかない?」
私は少女に声をかける。
彼女は、しばし私を見つめたあと、小さくうなずいた。ただ見つめているのではなく、色々と考えているようだ。
とりあえず、最初に目に付いた食堂に入る。外のメニューには、沢山の魚料理が書いてあった。経験上、魚がメインの店には、ハズレがない。特にこの地区は〈セベリン市場〉が近いため、新鮮な魚を扱っているからだ。
店内に入ると、向かい合わせにテーブルに座り『おすすめ日替わり定食』を頼む。魚料理は、特にこだわりがなければ、お店のおすすめが一番だ。その日に仕入れた、一番おいしい魚を出してくれる。
少女は、またジーッと、私を見つめて来た。見つめられると落ち着かないので、視線をそらして、壁のメニューの札を眺める。
壁中に貼られている、沢山の手書きメニューを見ながら待つのが、町の定食屋の楽しいところだ。料理を想像したり、次に来た時、なにを頼むか考えるだけで、ワクワクする。
チラリと横目で少女を見るが、まだこちらを見つめていた。本人に悪気はないと思うけど、やっぱり、ジーッと見られるのは苦手。
ほどなくして、料理が運ばれて来た。思ったよりも早い。トレーには、各種フライ・お刺身・あら汁・ご飯・野菜の漬物がのっていた。どれも、凄くおいしそう。これだけあって、六百ベルは超安い。
私は、フライにソースをかけると、フォークに手を伸ばし、さっそく食べ始めた。だが、少女はジーッと眺めたまま、食べようとはしなかった。
「もしかして、魚嫌いだった……?」
そういえば、食べ物の好みを、きくの忘れてた。この町の人は、みんな魚が好きだと、思い込んでいたからだ。
彼女は、少し考え込んだあと、静かに首を横に振った。しばらく料理を見つめたあと、フォークを手に取り、ゆっくりと食べ始めた。
その様子をみて、ホッと一息つく。私は、うるさい子供が嫌いだけど、こうも静かすぎると、逆に疲れる。やっぱり、子供は元気なほうが、いいのかもしれない――。
私は、彼女がゆっくり食べている間に、ご飯を三回お代わりした。ついでに、フライも追加で頼む。
普段なら、もっとたくさん食べるけど、今日は一緒にいる子に合わせて、だいぶ控えめだ。このあと、また、家探しをしなければならないし。今一つ、食欲がわいてこない。
少女は、とても時間は掛かったけど、ちゃんと完食した。表情は変わらないけど、満足した様子だった。何となくだけど、そんな感じがする。
会計を済ませると、私たちは店を出て、家探しを再開した。本当なら、食後はどこかで昼寝をしたいけど、そこはグッと我慢。明るいうちに見つけないと、あとあと大変だ。もしかしたら、親も心配しているかもしれない。
念のため、歩きながら彼女に質問する。だが、相変わらず、的を得た答は返ってこなかった。道も見覚えがない様子だ。彼女に視線を向けると、こちらをジーッと見つめ返して来る。ずっと、この繰り返しで、全く進展がない。本当に困った……。
でも、最初に会った時に比べると、彼女の目に、力がある気がする。最初は、もっとボーッとした感じだったけど、ご飯を食べて、元気が出たのだろうか? それとも、少しずつ、意思疎通ができるように、なって来たのだろうか?
歩き回ること、一時間以上。全く進展がないので、さすがに焦って来た。知らない人と話すのは、超面倒だけど、出会った人に、この子のことを尋ねてみる。でも、誰もこの子のことを、知らなかった。
本当に、この近所の子なんだろうか? もしかしたら、物凄く遠いところから、来たんじゃないの? やはり、最初から、警察に行くべきだったのかも?
考えている内に、だんだん不安になって来た。
色んな人にきいて回ること、十数人目。ようやく、この子を知っている人に出会った。何でも、ここから少し離れた所にある公園で、見掛けたことが有るらしい。
家の場所はわからないけど、公園のそばに、住んでいる可能性がある。私は、彼女の手を引いて、目的の公園を目指した。
公園にたどり着くと、少女は入口の前で、立ち止まった。
「ここ知ってる?」
念のためきいてみると、しばし考えたあと、小さく頷いた。
となると、やっぱり、この近くに住んでるのかもしれない。でも、歩きっぱなしで、さすがに疲れた。
普段、移動は、全てエア・ドルフィンなので、あんまり歩き慣れてはいない。とりあえず、二人でベンチに座って、ちょっと休憩することにした。
さて、これからどうしよう? 時間は三時を過ぎて、もうすぐ夕方だし、そろそろ見つけないとまずい。
もうちょっとだけ、探してだめなら、警察に連れて行こうか――。などと考えていると、一人の女性が、息を切らせて走って来た。
「エフィー……どこに行っていたの? 随分、探し回ったのよ」
見た感じ、母親だろうか? 何となく顔が似ている。
少女は、しばらくジーッと見つめたあと、小さくうなずいた。母親に対しても、いつもこんな感じ? いくらなんでも、反応がゆっくり過ぎる。
「あの、もしかして、この子を連れて来てくれた方ですか?」
「通りを歩いていたら、服を掴まれたので」
「ご迷惑をお掛けして、すいませんでした。この子、よく迷子になるんです」
彼女は深々と頭を下げる。
「いや、大丈夫。家覚えてないみたいだったので、三時間以上、探し回ったけど」
「なっ、三時間も?! お仕事中に、すいません。本当に、すいません」
彼女は、何度も頭を下げて謝るが、そこまでする必要はない。ちょっと、予定は狂ってしまったけど、お目当ての、ウイング焼きも食べられたし。おいしい定食屋も、見付けられたから。
それに、家探しをしている間に、この地区の地形も、だいぶ覚えることができた。結果的に、ちゃんと練習にもなっていたからだ。
「時間かかったけど、見つかってよかった。この子、いつも全然、話さないの?」
「実は、この子は自閉症で。人との会話や意思疎通が、極端に苦手なんです」
「あぁ、そういうこと――。まぁ、偶然、出会ってよかった。会話はなかったけど、ずっと大人しくついて来たし」
以前、聞いたことがある。自閉症の人は、感情表現や意思を伝えたりが、上手くできないって。ただ、大人しくて、ノンビリな子かと思ってた。けど、それだけでは無いらしい。
「この子は、物凄く人見知りなので、誰かについて行くのは、珍しいんです。普段、知らない人には、目も合わせないですし。でも、あなたには、かなり懐ているみたいですね」
「そうなの?」
少女を見ると、私の目を、ジーッと見つめてきた。これって、懐いているってこと? 私、特に何もしてないけど……。
「エフィー、渡しておいたメモは、見せなかったの?」
彼女は少し考えたあと、ポケットから折りたたまれた紙を出し、私に渡してきた。
「ちょっと、エフィー。今渡しても遅いでしょ。迷子になった時に、渡すのよ」
私はとりあえず、紙を開いて中を見る。そこには『エリスフィール・グリーン』という、彼女の名前と、家の住所が書いてあった。
なるほど、略してエフィーか。そういえば、まだ彼女の名前きいてなかった。でも、親とも会えたし、名前も知れたし。凄くのんびりな理由も分かって、何かスッキリした。
「それじゃ、仕事に戻るので」
私は、エフィーにメモを返すと、ゆっくり立ち上がった。
エア・ドルフィンを取りに行って〈北地区〉を軽く流してから、会社に戻ろうかな。それで、飛行訓練、したことになるし。
あと、今日はいっぱい歩いたから、超お腹減った。勤務時間が終わったら、すぐに社員食堂に行って、大盛りの料理を食べまくろう。
私が立ち去ろうとすると、背中をクイッと引っ張られる。振り向くと、エフィーが私の服を、掴んでいた。そういえば、出会った時も、こんな感じだった。
彼女は、ジーッと私の顔を見ていたが、相変わらず口は開かない。その代り、柔らかな笑顔に変わった。
おぉっ、初めて笑った!
その笑顔は、ほんの一瞬だけだった。再び、いつもの無表情に戻る。でも、不思議と心が温かくなった。その笑顔が、今日の中で一番、嬉しかったかもしれない。
彼女が服から手を離すと、私も彼女に微笑みかける。
「エフィー、またね」
軽く手を振って、その場をあとにした。
大変ではあったけど、たまには、ハラハラ、ドキドキする、こんな冒険もいいかもしれない。それに、ほんのちょっとだけ、子供が苦手じゃなくなったかも……。
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※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
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