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第3部 笑顔の裏に隠された真実

2-2スイーツは別腹だからいくらでも食べられる

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 午前、九時二十分。私はほうきを持って、目的地に向かう。今向かっているのは、会社の敷地内の中央にある〈風車広場〉だ。この広場には風車があって、会社のトレードマークにもなっていた。

 凄くでっかい風車なので、空からでもよく見える。なので、空からの観光名所にもなっていて〈ミル風車〉と呼ばれていた。

 ここは、社員たちの待ち合わせ場所にも、よく使われる。風車が見えてくると、たくさんの新人たちが、ほうきを片手に集まっていた。待ち合わせの二人も、すでに来ていて、世間話で盛り上がっているようだ。

「おーい、フィニー、おはよー!」
 ゆっくり近づいて行くと、ミューリアが、元気に声を掛けてきた。彼女は、いつもテンションが高い。なんか、風歌に感じが似てる。

「あ、フィニーちゃん、おはよう。今日は、時間通りだね」
 隣にいたメイベルが、静かに挨拶して来た。彼女は、いつも控えめで大人しい。

「おはよう……ミュー、メイ」

 私は、話すのが面倒なので、あまり積極的に、人とは話さない。でも、この二人とは、割りとよく話す。なぜなら『スイーツ仲間』だからだ。

 二人とも、スイーツが超大好きで、町中のスイーツを、食べ歩いていた。三人で情報交換をしたり、一緒に店に行ったりする。ミューリアは、私たちのことを『スイーツ同盟』と呼んでいた。

 ちなみに、ミューリアは、ドーナツが大好き。ドーナツのことなら、何でも知っている。ドーナツの種類・作り方・歴史とか。

 メイベルは、クレープが大好き。クレープに超詳しくて、熱心に研究してる。自分でも、よく作るらしい。

 私も食べ物のことは、かなり詳しかった。でも、この二人のスイーツの知識は、ずば抜けている。特に、新作スイーツの情報を手に入れるのが、とても速い。だから、いつも教えてもらってる。

「何だか今日は、一段とテンション低いね、フィニー」
 ミューリアは、いつも通り声が大きく、とても元気そうだ。

「掃除で、テンション上がる人なんて、誰もいない……」

 屋外の掃除当番の時は、超ゆううつだ。できれば、サボりたい。でも、以前サボって昼寝してたら、マネージャーに怒られた。それ以来、昼寝は会社の敷地外でしている。

「そんなこと言わずに、頑張ろう、フィニーちゃん」
「うんうん、掃除は新人の基本だからね。気合を入れて、超キレイにするよー!」

 メイベルもミューリアも、何かやる気満々だ。

 何でこんな超面倒なの、やる気あるの? 疲れるし、お腹減るし、単純作業でつまらないし。でも、仕事だから、しかたなくやるけど――。

 うちの会社の敷地は、超でかい。シルフィード会社の中で、一番の大きさだ。でも、それだけ掃除が大変ってこと。敷地の掃除は、伝統的に、新人の仕事になっていた。午前中は、新人が総出で、建物内と敷地内の掃除をする。

「今日は〈そよかぜ寮〉ルートだよね」
「うん、じゃあ、始めようか」

 私は渋々、二人のあとをついて行った。

 この中央の〈風車広場〉から、特定の建物までを、ずっと掃除していく。目的地まで、かなり距離があるうえに、目的の建物の周囲も広い。今日は、社員寮の周りと、そこまでの道を、すべて掃除する。

 途中までは、他の北ルートのグループと一緒なので、掃除は割と簡単だ。それに、今の季節は、落ち葉なども少ないので、あまり手間は掛からない。ただ、分岐点でそれぞれが分かれると、三人だけになり、ここからが大変だ。

 天気のいい日は毎日、掃除なので、そんなに汚れてはいない。それでも必ず、目的地まで、はき続けるのがルールだ。

 どんなに小さなごみも、見逃してはいけない。芝生や植え込みの中も、細かくチェックする。持ってきたゴミ袋に、小さな葉っぱや、飛んできた紙切れなどを入れて行った。

「はぁー、ナギサの会社は、ぜんぶ業者がやってる、って言ってた」

 超メンドイので、ぐちが自然に出てくる。うちも、大きい会社なんだから、業者にやってもらえばいいのに……。

「〈ファースト・クラス〉は、掃除とか、自分ではしなさそうだよね。みんな、凄く上品そうだし、お嬢様っぽい感じだもん」 

 ほうきを動かしながら、メイベルは笑顔で答えた。

「私は絶対に、自分で掃除したほうが、いいと思うな。自分ちの、庭みたいなものだし。体動かすのって、気持ちいいじゃん」 

 ミューリアは、活き活きと体を動かしながら話す。

「体動かすの嫌い――疲れる」

 私は昔から、体を動かすのは苦手だ。だから、スポーツ系も全部ダメ。肉体労働にも向いてない。

「フィニーは、相変わらずだなぁ。シルフィードは、体が資本なんだから。しっかり体動かして、体力つけなきゃ」
 
「エア・ドルフィン乗るのに、体力いらない。面倒な掃除あるなら、別の会社がよかった……」

 そもそも、シルフィードなら、力仕事がないと思って選んだ。空飛ぶだけなら、体力いらないし。

「フィニーちゃん、そんな悲しいこと言わないで、頑張ろうよ。掃除が終わった後のスイーツは、格別に美味しいよ。特に、疲れた時の甘いものは、最高だからね」
「う――確かに」

 疲れた時に食べるスイーツは、普段の十倍おいしい。でも、疲れるのは嫌だし、すごく悩む……。

「これ終わったらさ、ドーナツ食べに行こうよ」
「おぉー、ドーナツ!」

「ミューちゃん、昨日もドーナツ食べたじゃない。今日は、クレープがいいよ」
「おぉー、クレープ!」

 頭の中に、チョコたっぷりのドーナツと、クリームたっぷりのクレープが広がった。甘い香りも、ただよってくる。今すぐ、食べたい――。

「でも、今日からママドで、ティータイム限定、ドーナツ全品、三割引きキャンペーンが始まるんだよ」 
「おぉー、三割引き!」

 ちなみに、ママドとは〈マーマレード・ドーナツ〉のことだ。世界中に展開されている、有名なチェーン店。

「ストキャだって、今日から新作の、期間限定クレープが始まるんだよ。ティータイム・サービスで、シェイク半額もあるよ」
「おぉー、期間限定クレープ! シェイク半額!」

 ストキャは〈ストロベリー・キャッスル〉という、クレープ屋のこと。こちらも、世界中に展開している、チェーン店だ。

「やっぱり、ガッツリ食べられる、ドーナツでしょ」
「いいえ、じっくり味わえる、クレープよ」

「ドーナツ!」
「クレープ!」

 普段は、大人しいメイベルも、スイーツのことになると、絶対に譲らない。だから、たいていは意見が割れる。私は、どっちでもいいけど。

「フィニーは、ドーナツだよね? お腹いっぱいになるし」
「フィニーちゃんは、クレープよね? 美味しく味わうほうがいいし」

 二人の熱い視線が、こちらに向いた。

「んー、両方たべればいい」
 どっちも好き。だから全部たべればいい。何で、もめるんだろう?

「いやいや、両方は無理でしょ」
「そうだよ。そんなに食べたら、太っちゃう」
「私は平気。いくら食べても、太らない」

 みんなは、結構カロリーとか、気にしてるみたいだけど、私は平気。今まで、一度も太ったことがない。でも、横に広がらない代わりに、縦にも伸びなかった。『食べたカロリーは、どこに消えてるの?』とよく言われる。けど、私にも分からない。

「フィニーなら、本当に両方でも平気だろうけど。私たちが、もたないからなぁ」 
「フィニーちゃんのペースに合わせてたら、もっちり体系になっちゃうよ。いくら食べても太らないって、ちょっとズルイよねぇ」

 二人とも、ため息まじりに語る。

「じゃあ、二日に分けて行けばいい」 
「おぉ、それ名案だね」
「そうだね、そうしよっか」

 二人とも納得したようで、笑顔に戻った。

「よし、なら、さっさと終わらせて、スイーツ探検に行こうか」
「そうね、早く終わらせてしまいましょう」
「お、おぉー、スイーツ探検!」

 掃除が終わったら、スイーツ食べ放題! ちょっと、やる気が出てきた。

 私は、ほうきを動かしながら、どんどん道を進んで行く。でも、頭の中は、スイーツで一杯だ。スイーツを食べることを考えれば、かなり頑張れる。

 だが、数分後、
「疲れた……もう帰りたい」
 すぐに、やる気と体力が尽きた。

「って、相変わらず燃費わるっ! まだ、半分も終わってないよ」
「ほら、フィニーちゃん頑張って。スイーツが待ってるよ」

 二人に励まされ、再び動き始めた。

 結局、頑張ったり、休んだりを繰り返す。二時間ほどかけて、ようやく敷地の掃除が完了した。死ぬほど疲れて、芝生に寝転んだ。

「お疲れ。掃除用具を片付けたら、練習飛行にいこうか」 
「そうね。今日はどこの地区を回る?」
「まずは、昼ごはん。そのあとスイーツ」

 すでに、エネルギー切れだ。練習とか無理……。

「ランチには、まだちょっと早いんじゃない?」
「軽く練習飛行してから行ったら? お店への移動もかねて」
「やだ! 今すぐ、昼ごはん食べるっ!」

 私は、むくっと起き上がると、残った力を振りしぼって、歩きだした。向かう先は、もちろん社員食堂だ。

「まだまだ、元気じゃん」
「あ、ちょっと、二人とも待ってー」

 こうして、無事に午前の仕事を終える。でも、私の仕事の本番は、ランチタイムからだ。

 待ってて、スイーツ……の前に、ガッツリお昼ごはんだ!!


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次回――
『私の妹は大食漢の妖精さんでみんな人気者』

 知的な生き物の価値は肉の味で決まる、と言ってるです?
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